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魔王とスーパー

本日は、冷蔵庫にケチャップとヤクルトしかなかったので、近所のスーパーへ買い出しに来た。


「のじゃあ・・・大きいのじゃあ」


初めてのスーパーにポカーンとする魔王。


入り口にデカデカと店の名前が書かれ、チカチカと光っている。


田舎で生まれて育った俺も、初めて行ったジャスコでは目を輝かせハシャいでいたものだ。


異世界からきたウチのお姫様にとっては、スーパーでも十分興味がそそられるんだろう。


ウチの魔王(おひめ)様のソワソワした模様が繋いだ手から伝わってくるので早速入ることに。


自動ドアを潜ると共にガンガンに効いた冷房が俺らを歓迎した。


「のじゃー、ひゃっこいのう。へくちっ」


ぶるりと体を震わし、可愛らしいクシャミをする魔王。

俺はポケティで鼻を拭いてやる。


「迷子になるなよ、魔王。まあ、ここはそこまで大きくないし。上の方に置いてる商品が書かれた看板があるから、魔王でも迷わないだろ」


「むっ!ワシをバカにするでない!迷子などになるものか!」


「ははは、悪かった悪かった」


さてと今日は何が安かったかな?とチラシを見ながら、献立を頭の中で組み立てる。


そして、チラシを一通り見て視線を戻すと、


「あれ?魔王がいない」


あの魔王(アホの子)、言ったそばから消えやがった。


心配になった俺だが、魔王を探すと綺麗な銀髪が目立つおかげですぐに見つかった。


魔王はお菓子コーナーの前で、まるで宝の山でも見つけたかの如く目をキラキラさと輝かせている。


あの小さな身体だ。

ただでさえ好きな甘味があるというのに、見上げても終わりはない。

小さな身体であれば尚更のこと。菓子の壁があるかよごとく。

ヘンゼルとグレーテルもこのような状態だったのだろう。


「ジーーーーーーー」


はた目から見てもバレバレなほどに目から欲しいという文字が浮き出ていた。


「のお、これは全て菓子なのか?」


「そうだけど」


「ジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


「・・・ひとつだけ買ってやろうか?」


「本当か!?」


そう言ってやると、魔王は喜々としてお菓子を物色し始める。

俺はその後ろ姿を見ながら苦笑する。


しばらくして知育菓子のグミを作るのと、うまし棒10種類フレーバーセットを悩ましそうに交互に見てる。

魔王の頭の中では、菓子を乗せた天秤が遊覧船の如く揺れているのだろう。


「・・・のお、2つともというのは」


上目遣いでせがんでくる魔王。

正直言って、ロリコンでない俺でもその愛くるしさに心が揺れる。

しかし、俺は心を鬼にして甘やかさず教育する。


「ダメだ。今月はカツカツなんだ。2つは買えない」


「むう〜」


そう言うと魔王は頰をプクーと膨らませ、またもやお菓子の審議に取り掛かる。

悩み過ぎて今にも頭から煙が出てきそうな様子だ。


そんな時に、それは始まった。


カラーンカラーン!


何処からかベルの音が聞こえ、お店のアナウンスが始まる。


『ご来店のお客様、本日はありがとうございます。4時から鮮魚コーナーでタイムセールを行います!本日、鯖1匹10円で販売致します』


「ああ。そういやそんな時間か」


腕時計を見れば既に15時55分であった。


「賢介、たいむせーる?とは何なのじゃ」


「えーと、その日の時間限定で破格の値段で商品を売るのさ。こういった地元スーパーだとよくあることだな」


俺は分かり易いよう噛み砕いて説明してやる。

それをふーんと聞いていた魔王。


俺はタイムセールが開かれる鮮魚コーナーの方を向く。

出来ることなら俺も夕飯に買いたかったが、ここのスーパーのタイムセールは有名だからな。


なんて事を考えていると、何故か魔王の意気込んだ声が聞こえてきた。


「ならば、そこで食材が安く仕入れられれば、お金に余裕が生まれるのじゃな!」


「そうだけど・・・もしかして!?魔王、バカなマネは、って既にいねえ!」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


賢介の予想通り、魔王は鮮魚コーナーへと向かっていた。


「あそこが鮮魚コーナーじゃな!」


『4時になりました。これよりタイムセールを開始致します』


魔王の目がタイムセールと書かれた旗を捉えた。

魔王は全速力で駆ける。


「時間ぴったりなのじゃ!待っておれ賢介、今すぐ今日のオカズを持って行くからの!」


ドドドドドッ!


「なんじゃ?」


あと少しで届くという所で後ろからの音に振り向く魔王。


それがいけなかった。

その好奇心が、魔王の運命を分けた。


もし、ここで振り向かず一直線に鯖を取りに行っていれば話は違ったのかもしれない。


魔王は知らなかった。

主婦の恐ろしさを。


魔王は知らなかった。

ここが戦場であることを。


その姿を形容するならば。

それは、人を喰らう悪鬼羅刹の如く。

それは、闘争に駆られる阿修羅の如く。

それは、憤怒に燃える般若の如く。


しかして、その言葉だけでは言い表せぬ強者の権化が、我先にと鯖が並べられた棚へ踏み進む。


その光景に畏怖し硬直するしか魔王には出来なかった。


魔王は主婦の波に飲まれた。


「のじゃあああああ!?へぶっ!」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「魔王!魔王、どこにいる!居るなら返事をしろ!」


慌てて鮮魚コーナーに駆けつけた賢介。


タイムセール開始から1分と経っていないというのに、既に鯖は無く、主婦の姿は消えていた。


賢介は必死に魔王の名を呼ぶ。


「・・・こ、ここじゃ、賢介」


「・・・ッ!魔王、無事か!」


無事かと声を掛けたが、魔王の姿を見ただけで無事でないことが分かる。


髪は乱れ、靴は片っぽが脱げたのか穿いていない。

所々におばさんが踏まれたであろう足跡が付いている。

あんなに活き活きとしていた目は、疲れ果て虚空を見つめている。


全体的にボロボロだった。


「ふ、ふふ・・・賢介、どうやらワシは聞き間違えていたようじゃ。あそこは・・・鮮魚コーナーではなかった。まさか戦場コーナーじゃったとは。ワシとしたことが・・・ぐふっ!」


「もういい、それ以上喋るな魔王!そして、対して上手くないぞ」


「舐めて、いた。ここを戦場だと気づかず、厚化粧なんぞで隠されただけで殺気に気づかんとは・・・・・・じゃがの、ワシじゃって魔王なんじゃ」


ゴソリと魔王は服の下に入れていた物を取り出した。

それは魚が入ったパックであった。


「まさか!お前、あの中で!」


「タダでは死なん。賢介・・・受け取ってくれ」


俺は魔王の弱々しく震える手からパックを受け取った。


「のう、賢介・・・ワシは、ワシは主の役に立てたかの?」


「・・・ああ、充分さ。魔王は充分役に立ってくれたさ」


「そう、か。それは・・・良かった、の、じゃ」


魔王は微笑んだ。


「こんなことに、なるとは・・・次からは、欲張らずに・・・お菓子は一つだけにする、の・・・じゃ・・・がくっ」


「・・・魔王」


魔王は満足そうな顔をして燃え尽きた。

俺はそのあどけない笑顔を見ながら呟いた。


「クッ・・・魔王。これ、鯖じゃなくて(ブリ)だよ」


魔王から渡されたパッケージには『ブリ2切れ 280円』と書かれていた。


魔王は散った。それがブリだと知らずに。

賢介は堪えた。優しい嘘を貫き通して。


ただ二人の間には店内BGMの懐メロが流れるのみであった。











補足だが、この後賢介はお菓子を二つ買ってあげ、魔王が入手した鰤も購入した。

魔王はしばし悪夢にうなされ、主婦を警戒視するようになった。

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