魔王とプリン
「ただいま〜。今帰ったぞ〜」
一ヶ月前から俺はただいまを言うように心掛けている。
結婚している訳でも、恋人がいる訳でも、ペットを飼っている訳でもなかったので、ただいまを言う必要が無かったからだ。
言っておくが、余りの寂しさを紛らわす為に言っている訳ではない。
同居人とやらが出来たからだ。
正確に言えば、『出来た』と言うより『拾ってきた』の方が合っているだろう。
トテトテトテと軽い足音が聞こえてくる。
見れば、長い銀髪でポニーテールの小学生程度の美少女が俺目掛けて走ってきた。
「おかえりなのじゃ賢介!はよ、はよご飯!」
「分かってるから、ちょっと待て。引っ付くな」
ごはんごはんとせがむ姿は正直言えば可愛らしく、甘えてくる飼い犬を彷彿とさせる。
しかし、この子は『魔王』である。
そう、魔王だ。
ファンタジーの定番。勇者の対義語。ゲームのラスボス。曲のタイトルにだってある恐怖の権化。
「賢介が返ってくるのが遅いから、お腹がペコペコなのじゃ!」
・・・もい一度言うが、この子は魔王です。
予防線を張らして頂くが、決して俺の頭が狂った訳でも、妄想癖があるわけでもない。
ましてや、実は俺は異世界で勇者していた訳でもない。ただのアパートで一人暮らしする大学生だ。
コイツ、魔王は偶然道ばたで倒れているところを見つけて拾った。
そして、介抱したところ懐かれ、今に至る。
自分のことを「ワシは魔王じゃ!」、「今は弱って仮初めの姿をしておる」なんて言った時には、なんて可哀想な(頭が)子だと思った。
だが、実際に魔法とやらを見せられ、話を聞くうちに本当なんだと分かった。
しかし、今のこの姿からは全く魔王が想像できない。
どこからどう見ても無垢な少女にしか見えん。
むしろ、天使と言われた方がしっくりくる。
その事を言うと、本人はとても怒るので言わないが。
「ほら、弁当だ。レンジの使い方分かるだろ、あっためといてくれ」
「・・・またORIGINの弁当なのか。いや、美味いのは分かっておる。じゃが・・・」
「そんな顔すんな。ほれ、代わりにプリン買ってきてやったから」
「プリンじゃと!ならば、許す!」
プリンと聞いた少女はそれはもう大層お喜びで、トテトテと弁当の袋引っさげて台所へと向かった。
「まったく現金なお姫様で」
いや、魔王か。
パーンッ!
『のじゃー!?何か破裂したのじゃー!』
台所の方から弾けた音と、可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。
「・・・ソース外さずに回したな、あいつ」
後で掃除と、電子レンジでの注意事項を教えておかなくては。
俺はため息をしつつ、靴を脱ぐのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「・・・・・・すまぬ(しょぼん)」
「気にすんな。言わなかった俺も悪いし」
ちょっとレンジがソース臭くなったけど。
悪気があったわけじゃないし。
大丈夫だと言っても、なかなか立ち直ってくれない。
「この失態、配下のメチヤ・パネエを失った時に匹敵するのじゃ」
「おい、その配下大切だったの、それとも軽かったのか。どっちだ」
可哀想だな、その配下の人。
ソースと同列扱いとは。しかも弁当の。
「ほら、俺の分のプリンもやるから、さっさと立ち直れ。な」
「なぬ、二個も食べてよいのか!?」
「やるやる。だから、忘れて立ち直れ」
「ふ、ならばしょうがないの!ありがたく貰ってやろう」
小さな魔王様よ、セリフの使いどころ間違えてやしないかね。
そして、チョロイぞ。
朝三暮四の逸話を思い出した。
まあ、いつもどおりの笑顔が一番だ。
「うぬ!プリンに免じて、メチヤ・パネエのことは忘れるのじゃ」
「そっちは覚えてあげなさい」
天国のメチヤさん。
どうやらアナタは魔王の中でソースと等しく、プリン二個より軽いそうです。
もはや、プリンにしか眼中になく俺のツッコミをスルーする魔王。
魔王は慌てて台所へ行き、食器棚から小皿を持ってきた。
いそいそとコンビニで買ったプリンの蓋を開ける、ひっくり返し皿に当てる。
そして、プリンの入った容器の底面にあるボッチを倒し、プリンが皿の上に着地する。
「おお、これじゃこれじゃ!ただでさえ黄金に輝く魅惑の菓子というのに、皿ひとつで更にその輝きが増す!たまらんのじゃ!」
コンビニで買った一個百円ぐらいのブッチンプリンでここまで喜べるとは。
あまりにも幸せそうで、見てるだけで羨ましくなってしまう。
「では、いっただきまーす!パクッ・・・う~んッ、美味いのじゃ!」
ほっぺに手を当てくねくね悶絶する魔王。
至福の表情を浮かべ、次の一口を頬張る。
「〜〜〜♪」
よほどプリンが好きなのかスプーンを握り、足をパタパタとさせている。
こうして見れば、本当ただの子供だよなぁ。
『近寄るな人間!』
その少女はボロボロでそんな事を言い放った。
その姿を見て俺は、ふと人に捨てられた犬を思い出した。
裏切られ、怯え、だからこそ牙を剥く。
目の前の少女は正にそれだった。
何が少女をそうさせたのか、過去に何があったのか、どんな事を見て来たのか。
それは、俺には分からない。
たとえ、少女の話を聞いたところで、本当の共感は出来ず、少女の真の意味での理解者にはならず、出来るとすれば同情だけであろう。
これまで18年しか生きていないが。
プロファイリングのプロフェッショナルでもないが。
その事だけは分かった。
怯えていて、そして奥底で誰かに助けを求めている、その少女の瞳が物語っていた。
だから、俺はなけなしの頭を振り絞って、少女にこう言ったのだ。
『俺は君の味方だ。あ〜・・・とりあえず、プリンでも食べるか?』
この言葉が最適な解答では無かったのは分かる。
実際、この後に少女には警戒された。
だが、この行動は、少女を助けてあげたいという想いは、最善であったと俺は信じている。
「---け。どうしたのだ、賢介。ボーとしておって」
「ん?ああ、すまない。ちょっと昔のこと思い出しててな」
おっと、気づかない内に物思いにふけっていたか。
見れば魔王は二個目のプリンを食べに取り掛かっている。
そんな姿をジーと見つめる。
「なんじゃ?ワシの頬になにか付いておるのか?」
「いや、やっぱ魔王はカワイイなって思ってよ」
ポロリと俺はそんなことを零した。
「なっ?!・・・ふ、ふ〜ん。なんじゃ、やっとワシの魅力に気づきおったか。な、ならば今夜は一緒に寝るかの?」
すると、魔王は面食らった顔をしたが、顔を赤らめチラチラこっちを見ながらそう誘ってきた。
「結構です。お前のまな板ボディには一切ときめかないから安心しろ」
しかし、俺は至ってノーマルなので丁重にお断りした。
すると、魔王はプクーとほっぺを膨らませ、地団駄を踏んだ。
「誰がまな板じゃ!今は弱っておるが、本来のワシは凄いのじゃぞ!ボンキュボンなのじゃぞ!」
「へーへー、そりゃ恐れいったよ」
「ムー!」
ゲシッゲシッ
俺はテキトーに返事をして、食器の片付けに入る。
魔王は怒っているのか俺の足を蹴ってくるが、痛くも痒くも無い。
逆に蹴っていた魔王の方が疲れ、ゼーゼーと息を荒げている。
このまま放置するとヘソ曲げてメンドくさいので、オチどころをつける。
「そこらへんで許してくれ魔王。ほら、明日『丸々バナナ』買ってきてやるから。な?」
「・・・・・・チョコのやつが良い」
俺への怒りと甘味を天秤にかけ迷っていた魔王であったが、小さな声で、しかし、はっきりとそう言ってきた。
そんな変わらず可愛らしいお姫様を見て、俺は何度目かになる笑みをこぼすのであった。
ソース = メチヤ・パネエ < 2プリン
はい、この式テストに出ないので覚えなくていいですよー