2話
さて、どれにするか。
相も変わらず膨大なスキル表記の数に辟易しつつも、その眼は休むことなく文字列を読み上げる。
中身は鑑定術、言語理解、速読術といった便利そうなものから壁召喚、どこでもメモ帳、家作成などというよくわからないものまで様々だ。
例えば、鑑定術。
スキル【鑑定術】:発見した様々な生物、物の正体を鑑定し、持ち主に教えてくれる。鑑定できるものは本人の熟練度に依存される。
と一見便利そうだが、ここで気になるのは熟練度。
一個しか持ち込めない上に、これから殺し合えなどと言われている世界において、果たして役に立つのか。
”情報”は戦いの渦中において、これによってすべてが左右されるといっても過言ではない、重要なファクターの一つである。よって一見とても有用なスキルであるように思われる。
だが、エクデシアという世界がどういう場所であるのかをヤツは説明していない。
そう、説明していないのだ。
だから、たとえこのスキルを選択したとして、それが役に立つとは限らない。
いきなり魔物の大群の中とか、戦争真っ只中の中心へと飛ばされるかもしれないし、そもそも鑑定する必要のない世界、たとえば俺達しかいない世界の可能性だってある。
このスキルは生物を鑑定できるとあるように人を鑑定できるのかもしれない。ならば、敵の情報がわかるということは非常に有利に働く。だが、そこで疑問に上がるのが熟練度という存在。
熟練度が向こうでどのように作用してスキルに影響を及ぼすのか。初期の時点でどこまで鑑定できるのか。これによって、有用性は変わっていくのだ。熟練度の説明通り、大器晩成型である場合、序盤はほとんど役に立たない可能性だってある。
そのため、簡単にこれだと選ぶのは危険なのである。
ならば、最初に選ぶべきなのは、自分の身を最低限守れる力だ———と思うんだろうな。普通は。
これはあくまで一般論だ。少し考えれば迂闊に選ぶのは危険だと思い、自分の身を守ることから始める。
俺もそのことについて異論はない。
他の7人はそうすればいい。
だが、俺は違う。
俺はエクデシアという場所がどういう所で、そこで俺たちがどういった存在であるのか。
そして、何が行われるのか。よく知っている。
だから、一週目の時点でアレを見つけたのは本当に運が良かった。
そしてそれに賭けた俺はその賭けに勝った。
いや、次からの戦いこそが俺にとっての本番だ。その土台に立っただけ。ここで油断することこそが命取りとなる。
スキル【原点回帰】×10:あらかじめ決めたポイント(ただし一度指定した場所は変更できない)からやり直すことが出来る。発動は自分がいる場所を起点とする。※一度選んだ場所に再度登録することは出来ない。発動条件:保持者が死んだ時。残り10回。
俺が最初に選んだスキルだ。
そして、これは他と違って回数制限がある。
見るからに癖のありそうな代物だが、見方を変えればこれは、10回死ねるという事だ。
進んで死にたいとは思わないが、これから行われるのは殺し合い。残機は多い方が良いだろうと思って小心者な俺は生き残れる可能性が上がるのならばとこれを選択した。
その場で生き返るというのではなく、文字通りセーブした場所からやり直せるという事が決め手となった。
その場で殺された場合、生き返ったところであっという間に10回殺されるのが目に見えるからだ。
最初はそんな単純な動機だった。
そして時間いっぱいまで他のスキルを閲覧した後、これを選択した俺はスキルの使い方を模索して、色々と試した。
発動自体は使いたいと念じれば発動したので問題はなかった。
その時に指定場所を求められた。
だが、文字通りいきなり呼ばれた俺にとって———そしてスキルの特性上も含めて、試すためにも、指定できる場所も——————ココしかなかった。
そして、それは出来た。出来てしまった。
そこで、さらに驚くべき表示が出たのだ。
———細分指定できます———
最大2時間まで遡ることが可能。
時間指定00:00
つまり、過去に遡る時間まで細かく指定できたのである。
これは、完全に予想外だった。
タイムスリップ。人類の夢じゃなかろうか。まあ、自分の身に現在進行形で起こっている事の方が非日常なのだが。その時、俺は思ったのである。
「これ、もしかしたらスキル選びからやり直せるんじゃ」と。
そう思い至ってからは必死に頭を働かせた。
ここに召喚されて、スキル選びの流れまでどれくらいの時間が掛かったのか。
おそらく1時間もかかっていないだろう。
現在進行形で巻き込まれておきながらあれだが、創作物特有の時間の流れがどうなっているのかはわからない。しかしこれはもう信じるしかない。
そして、最大2時間とあるように今最大まで使った場合、ココに来る前に戻れるんじゃないかと思い至る。
だが、たとえ戻れたところでどうにもならないだろうとすぐ思い直した。
なにせ、俺はおそらくその2時間前には就寝していたからな。
最後にベッドに入った時のことを覚えているからたぶん、これはほぼ間違いない。
ということは俺は寝ている間にココに召喚されたのだろう。
だが、もしかしたら何かあるかもしれないと時間は最大の2時間を指定。
そして、黒い外套の男に1時間経過した後エクデシアに飛ばされ———
そこで、周りが色々なギフトを手に入れた中、俺だけスペックは凡人のままでこの戦いに身を投じたのである。
周囲より圧倒的に不利な状況の中、周囲よりたぶん圧倒的に有利な状況で。
そして、俺は死んで戻ってきたのだ。
黒外套の男に召喚されたところから始まったという事は、時間軸が違ったのか、ただ単純に意識がなかったのかはわからない。だが、無事にもう一度、しかもコレを一つ保持した状態という思わぬ副産物を携えた有利な状況下で———スキルをもう一つ選択できる今、そんなことはどうでもいい。
そして、強くてニューゲームというなかで、死ぬ前に考えていた必要なスキルが無駄ではなかったことに安堵すると同時にその候補があるかを探す作業を繰り返す。
膨大な数の中、指標があるというだけでかなり違ってくる。
説明を見ては外し、候補に残しを繰り返して、そして残り5分というところであるスキルを見つけた。
スキル【魂魄強化】×1:魂を強化する。すべての根源は魂にあり。これ即ち限界を超える道への鍵とならん。すべてのステータス成長に+補正。※熟練度の上昇率変更・肉体的強度上昇・精神的強度上昇・才能開花。残り1回。※解除不可。
「なんだこれは」
思わずそう呟く。
すべてのステータスに補正だって?
これが本当だとしたら、とんでもないことになるぞ!
だが、説明が少ないうえに、よくわからないことが多い。
スキルの本当に細かい所まで知りたいならば選択した後でないと解らない。
俺の【原点回帰】がそうであったように。おそらくこれは仕様だろう。
ある程度の説明は出るが、その細かい所までは選択するまで分からない様になっている。
そして、それが、このようなスキルを選ぶ動機を失くしているのだろう。
現に、俺が体験した殺し合いにおいて、ほとんどの人間はスキルではなくクラスを選択していた。
その方が合理的だからだ。最初にアイツがそう言ったように。
故意か偶然か。それはこれを創ったヤツにしか分からない事だし考えてもしょうがない。
もう時間は無い。
ほかの候補にするためにスクロールする時間は、今すぐ切り替えてギリギリと言った所だ。
それとも他に凄い物があることを期待して残りをスクロールに費やすか……。
答えは直ぐにでた。
「一か八か、か」
一度目の賭けには買ったんだ、なんとかなるさと根拠のない自分の直感に賭けることにした。
スキル【魂魄強化】の所で決定して程なく。
「時間だ」
ウィンドウのカウントはゼロを示した。
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