1話
———ここはどこだ。
「おめでとう。君たちは———選ばれた」
目の前にいる黒い外套を纏ったヤツが、そう濁声を響かせた。
———どうなっている。
「なっ———!?あんた誰だ!」
「きゃぁッ!なによこれ!?」
「え、え、え……?」
付近にいる人たちがそれぞれ今起こっている現象に対してパニックを起こしている。
当然だ。自分たちが気がつけば見知らぬ場所に居て、いかにも怪しげな風貌の人物に突然祝福されたのだから。
数にして7人。
その黒外套を被ったヤツの風貌は、深淵のように真っ暗な外套が邪魔をして窺うことはできない。
だが、この見渡す限り何もない真っ白な空間において、それはひときわ異彩を放っていた。
「これから君たちには、ここエクデシアにおいて殺し合いをしてもらう」
「……え?」
どこか呆けたような声が聞こえた。
そっと周りを見渡してみると、皆言葉を失っているだけで、概ね同じ感想を抱いている事が窺える。
それは当然の反応だった。
いきなりそんな突拍子も無い事を言われたら誰だって同じ反応をするだろう。
ついで、その言葉の意味をようやく理解したのか———その表情は怒りに染まった。
「ふざけるな!」
「そうよ!さっさと家に返してよ!!」
「そうだ!これは立派な誘拐だぞ!今すぐ警察に突き出してやる」
皆が一斉に騒ぎ出す———。
「———黙れ」
黒外套のヤツは———声からして男だろうか、”その反応をあらかじめ予測していたかのように”淡々と。 その腹の底から響くような濁声を響かせる。
「「「!?」」」
その声に、今まで騒いでいた皆はまるで金縛りにでもあったかのように動けなくなった。
それは、絶対的な恐怖となって7人へと染み込んでいく。
静かになった7人に満足したのか、黒外套の男はどこか愉快気な声音で話し出した。
「真に———そう、真に残念だが、君たちに拒否権はない。恨むなら、この運命を与えた神でも呪うといい。さて、時間がないから手短に話そう。君たちにはこれから殺し合いをしてもらう訳だが、これはただ殺し合えば良いというわけではない。我が主たる創世の神たちを楽しませるための遊戯だ。ゆえに、君たちには特別な力が一つ与えられる」
——————遊戯。
そう言った。
男のそのあまりな言いようにこの場にいるすべての人間は絶句する。
———ああ、そういうことか。
今までのやり取りをどこかぼうっとした頭で眺めていた俺は、そこでようやく今の状況を飲み込んだ。
そして、その———どこか、今では懐かしく感じるそのやり取りに思わず———笑ってしまう。
「———おや?今までの説明にどこかおかしなところでもあったかな?」
黒外套の男が、俺に注意を向けてくる。
「……いや、ちょっと考え事をしていた。夢じゃないかって思ってな。どうやったら覚めるのかなーって」
危ない、危ない。ここはあまり目立たないようにしないと。
咄嗟に思いついた、そんな俺の返答に、しばし沈黙した後「ふむ」と一つ頷いた男は何事もなかったかのように話し始めた。
「残念ながら、これは現実だよ。まあ、これから嫌というほど実感することだろうから今は自由に思っていればいい」
「……ご忠告どうも」
「さて、君たちに与えられるギフトだが、この中から選んでもらう」
瞬間、目の前にたくさんの文字が掛かれたウィンドウが現れた。
そこには、魔術師・戦士・闘士・治癒術師———等と言った職業の様な物からはじまり、魔眼・召喚・闘気といった現実味の無い物まで多岐に亘る文字の羅列がどこまでも表示されていた。
ここで何気なく魔術師に意識を向けると、そこから更に火・水・土・風———等と表記が無数に枝分かれし始める。
そこで魔術師とは何かと疑問を抱けば———
クラス【魔術師】:自然の中に存在している魔素を媒介にして火を起こしたり、水を発生させたりといった行為が可能となる。それらは【魔法】と呼称され、これを行使する者を魔術師という。
その職業を補足する説明が表示された。
「選択する時間は1時間とさせてもらう。そして、ギフトについての質問は受け付けない」
「なっ———!いくらなんでもこの量を1時間で見るなんて——————!!」
刹那、その言葉に文句を言おうとしていた一人の気の強そうな女性が、黒外套の男が飛ばした殺気に中てられ青ざめた。
そして、それを見ていた周りの人たちも二の句を告げなくなり沈黙する。
いや、そうせざるをえないようにヤツがワザとやったんだろう。
平和な世の中で生きて来た人間に、己の命を脅かす殺気なんて非現実的なモノを中てたら誰だって何も言えなくなるに決まってる。
そこから溢れた殺気は女性だけでなく周囲の人間すべてに向けて放たれ、中てられた人間は例外なく動悸が激しくなり沈黙した。
これは、ヤツの”拒絶”———。
文句は言わせないという意思表示…!
「では、今から1時間とする。時間はここのタイマーがゼロになるまでだ」
黒外套の男が指を鳴らすと、ヴンッ。ウィンドウの横にカウント知らせるタイマーが出現した。
その言葉に皆は慌てて、ウィンドウを閲覧し始める。
それは俺も例外ではない。
時間は有限だ。
そんな俺達を見やり、男は”ああ”とわざとらしく付け足した。
「そうだな。多少のアドバイスはしておいてやろう。もし、例えば職業を選択した場合はその中にある物すべてを覚えられる資質を備えるようになる。一つを選ぶよりも得かもしれないな。だが、その中の一つあえて選択した場合は、その一つだけの資質を得る代わりに、通常よりもより強力な物に変わったりする。どうするかじっくり考えることだな」
ウィンドウを真剣な面持ちで見つめる俺たちに男はそう声をかけた。
(1時間と指定しておいて何を白々しい)
愚痴りつつも何気なく周囲を見渡せば、皆はその言葉でわかりやすく目の色を変えていた。
職業を物色し始めたのが傍目にも想像できる変貌ぶりだった。
(さて、どれにするか)
ウィンドウに視線を戻すと思考を巡らせる。
その前に、確認したいことがあった。
数あるギフトの欄を無視して、慣れた手つきで下へ下へとスクロールしていく。
確かここら辺に———あったあった。
そこには【その他】という文字の羅列。
こんなに多岐に亘るほどのギフトがあるなか、なぜ【その他】と括られているのかは知らないが、俺はここに用があった。
迷いなく【その他】を選択し、詳細を表示させる。
更に膨大な文字列が並ぶなか、俺は一つ一つ、だが、素早く閲覧していく。
そして、目的の物が無かったことを確認すると———笑みを深めた。
つまり俺はまだコレを持っている、ということになるのではないか。
その仮説がより、濃厚となった。
ここに来た時点である程度の確信はあったが、ダメ押しで確証が欲しかった。
そう、俺はこの人生を壊す最悪なイベントとも言うべき出来事を一度経験している。
それは本来ならありえない出来事であり、このウィンドウを開いた黒い外套の男すら認知せぬ異常事態であるのだが、本人は当然その事を知らない———。
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