死後数時間の輪廻転生
気がつくと自分は病院のような建物の前に立っていた。
(……どこだ…ここ? …というか自分は今まで何してたんだっけ……)
記憶が曖昧で自分がどうしてこんなところにいるのか思い出せそうにない。
(確かバイクに乗って家に帰るところだったはず……ん?)
建物の前になにやら看板らしきものが置いてあることに気づいた。
『死人の方はこちらへ→』
(あ、そういえば死んだわ、俺)
看板の文字を見て思い出した、自分が交通事故にあって死んだことを。
そして同時に理解した、ここが死後の世界だってことを。
看板の指示に従って建物の中に入ると、
「説明がまだの方はこちらへどうぞー。」
という女性の声が聞こえてきた。
その声のする方へ目をやると、見た目二十代ぐらいの女性が手を挙げて先ほど聞いたセリフを繰り返し口にしている様子が見えた。
(なんの説明かはわからないが、おそらく自分はまだだな、とりあえず話を聞きにいってみるか…)
「すいませーん、あの、説明まだなんですけど…」
「はーい、ではこれから説明させて頂きますねー。」
その女性の話によると、
ここは俗に言うあの世とかいうやつで、
この建物では死んだ人へこの世界の説明がなされ、その後各々に適した場所へ案内されるとのことだった。
「死因は交通事故、バイクで帰宅途中にトラックに跳ねられて即死ですねー、その時の記憶はありますか?」
「えぇ、まぁ。」
自分がすんなりこの世界のことを受け入れられたのは、事故当時の記憶が残っているからだと思う。
この女性の言う通りトラックに跳ねられたわけだが…、文字通り死ぬほど痛かったのを覚えている、全身の骨が砕け内臓が押し潰されるあの感覚…、思い出しただけでなんだが気分が悪くなってきた。
もう二度とあんな思いはごめんだな…、などと考えているといつのまにか説明が終わってしまっていた。
「では説明は以上です。それでは早速ですが、奥の診断室へとお進み下さい。」
…診断室?
やばい…、途中から話を聞いてなかったからなんのことかさっぱりわからない…。
でもまぁ死後の世界での診断といえば大方予想はつく…、多分だけど…診断結果は天国か地獄かの二択…なんだろうなぁ…。
頼むから地獄行きで痛いのだけはやめてくれよ…いや、ほんとマジで。
「こちらが整理券と診断についての説明がなされている冊子になります。
待ち時間の間に冊子に目を通していただくようお願い致します。
それでは順番になるまでしばらくお待ちください。」
部屋の入り口にいるお姉さんにそう言われてから、かれこれ一時間が経とうとしていた。
どうも診断室に入るのにはこの部屋で待つ必要があるようだった。
(こういうところは生きてた頃と変わんないなぁ…)
そのとき自分はふと、生前盲腸の手術を受けた時のことを思い出していた。
(あれはたしか高校の時だっけ…、はじめはただの腹痛かと思って家のトイレにこもってたんだけど、一時間経っても痛みがおさまるどころかよりキツくなって、トイレから出てリビングでうなだれてるところを見た家族が心配して病院に連れてってくれたんだよな…たしか…。
でもそっから病院で待たされた後、検査したり、手術の為に病院移ったりして、手術したのは腹が痛くなってから六時間ぐらい後だったかな…?
あのレベルの痛みを六時間近く味わうのは中々の地獄だったな…うん…。)
「番号96889010407の方、診断室へお入り下さい」
(あ、呼ばれた。てか番号長すぎな、うん。)
診断室はカーテンのようなもので二つに仕切られていた。
「こちらに座って少々お待ちくださいませ。」
指示された通り入り口の横にある長椅子に腰掛ける。長椅子には自分の他に男性がもう一人座っており、自分と同様順番待ちのようだった。
(診断室でも待たされる…だと?!
整理券とはいったい……)
などと思っていると、カーテンの奥から年老いた男性の声が聞こえてきた。
「えー、診断結果は図のようになっておりまして、大まかに解説させて頂きますと、
えー、まず幼少期ですが、裕福な家庭ということもあって特に不自由のない生活を送ります。
えーそれからですね、高校、大学を経て就職し、その数年後に結婚、結婚後は子供に恵まれ、それから死ぬまで特に大きな災難に見舞われることもないと。
そしてえー、死因は老衰で、その時の年齢が大体八十となっております、はい。
何か質問等ありましたら遠慮なくどうぞ。」
(……? 診断っていうのは天国、地獄のどちらにいくのかの診断じゃないのか…?
今の話しの感じだと、診断結果はどんな人生なのかをあらわしてるみたいだったけど、いったいどういうことだ…?)
「あの…、結婚相手の顔とか…今見れたりしますか?」
今度は女性の声だった。
「えぇ、大丈夫ですよ。えー、今参考画像を出しますのでね、少々お待ちください。
あ、出ました、えー、こちらがですね参考画像になります。」
「うそっ!やだ、超イケメン!!」
(え、そんなに?! うわー、俺もその参考画像みt……いや、ちょっと待てよ…、
さっきの話から察するに、自分はてっきり生前の人生が診断結果としてでるものだと思っていたけど…、
それだとこの女性が結婚相手の顔を忘れていたことになる…、でも女性の反応は明らかに初めて見たような風だったし…、画像を見ても生前の夫の顔を全く思い出せないというのは考えにくい、となると……)
そこでふと右手に冊子を持ってることを思い出す。
(あ、これに目を通して下さいって言われたの忘れてた!)
すぐさま冊子を開いて読み始める。
『霊暦10164年以来、私達は生まれる選択の自由を得ました。
それまでは本人の意思に関係なく、死んだらまた直ぐに生を受け、次の人生を歩まなければなりませんでしたが、
10164年の生選択制導入以降は、生まれるかどうかを自ら選択することができるようになりました。
この制度では、どのような方でも、次の人生に関する診断結果をもとに、次の人生を歩むかどうかを選択できることが保証されています。
次の人生を歩む際、記憶の引き継ぎはされず、また………』
( なんか歴史の教科書っぽいなこれ…。
ふむふむ、でもまぁ予想通り診断ってのは生まれ変わった後、つまり次の人生がどういうものになるかをあらわしたもので、
その診断結果を聞いてから生きるかどうかの選択ができると…なるほどねぇ。
…あ、でも生まれない方を選択した場合、そいつはどうなるんだ?
えっと…、たしか…このへんに書いてあった気が…あ、あった!)
『生を受けることを希望なさらない場合は、本人の了承の上、基本的に一定期間後に消滅して頂くことになります』
(消滅…!?
跡形もなく消えるってことか…!
まぁ……たしかにこの世界でも意識は存在するし、現に自分はこうして思考ができて、何かを感じることができている…、これだと生きているのと大差ないもんな…。
だから本人の希望しだいでその意識ごと消滅できるってわけか…。
あれ…、ちょっと待てよ…、俺今から生まれ変わるのか?!
そりゃいつかはそうなる気はしてたけど、まだ死んでから半日もたってないぞ!)
「えー、次の方どうぞー。」
気づかないうちにもう自分の番がまわってきたのかと一瞬動揺したが、
隣に座っていた男性が立ち上がるのを見て、呼ばれたのはこの男性の方だとすぐさま理解した。
(さっきの女性はいつの間にかいなくなってたな…、あの様子だとどっちを選んだかは明らかだけど…)
「えー、それでは説明させて頂きますねー。
といいましたものの、図の通りあなたの寿命は7才、
そこまでの短い間にこれといったことは特になく、
ただただ7才で溺死するということしか申し上げることがないのですがねぇ、えぇ。
えー、なにか質問等ございますか?」
「特に…、ありません。」
「そうですか。 えー、ではお聞きします、あなたは生まれることを望みますか? それとも望みませんか?」
「…望みません。」
「えー、その場合、基本的に消滅して、二度と生を受けることは無くなりますが、それでもよろしいですか?」
「…はい。」
「えー、はい、ではこれで終了とさせて頂きます。
えー消滅希望ということで一応出してますけども、
また気が変わった時にはですね、手続きしてもらえれば取り消し可能ですのでね、そこはお忘れなく。」
「…わかりました。」
そしてカーテンからでてきた男性は、自分に目をくれることもなく、静かに診断室からでていった。
(溺死か…、あんまり溺れた経験はないけど、相当辛いんだろうなぁ…、自分は即死だったから痛いのも一瞬だったけど、溺死は数分ぐらいは苦しみそうだし、トラックにはねられるよりよっぽど辛そうだな……。)
「えー、では次の方どうぞ。」
診断方法は血液検査そのものだった。
肉体が無いのに血液を抜かれるというのは自分でも矛盾した表現だと思うが、実際そうとしか言いようがないんだから仕方がない。
結果はものの数分ででた。
「えー、それでは説明させていただきますね。」
(あれ、さっきまでなんともなかったのに、なんかすっげぇ緊張してきた……どうか幸せな人生であってくれ! たのむ!)
「えーまず幼少期ですが、一般的な家庭で育ち、その後進学して高校に通った後起業し、会社の社長として成功を収め、三十代で結婚して、子供ができます。」
(…やった! 会社の社長とか勝ち組みじゃねぇか!
しかも結婚してるし!
よしっ! 童貞のまま死んだことも一つの心残りだったけど、次の人生で卒業できるなら問題ねぇな!)
「えー、会社はその後も業績を伸ばし続け、四十代半ばになるころには国を代表する大企業になります。」
(おぉ!すげぇな俺! 今回の人生で青春を勉強に捧げた成果はあったみたいだな!
しかしそうなると、記憶を次の人生に引き継げないことがますます残念だが…まぁいい、
来世の俺! 俺の頑張りに感謝しろよな!)
「そして五十代に差し掛かる時、自宅が火災に見舞われ家族全員焼死します。」
「…え?」
「えー、ではなにか質問等ありましたら遠慮なくどうぞ。」
(…まぁ……そうだよな…、いいことばかりじゃねぇよな人生…うん。
でも焼死はちょっとなぁ…、
ちょっとなぁというか、絶対やだ。
熱湯を直接被ってもただの火傷にしかならないのに、死に至るにはいったいどれだけ熱い思いをしなくちゃならないのか……、
今になって生きたまた鍋に入れられる食材の気持ちがわかる気がする。)
「あの…、この診断結果は絶対なんでしょうか?
結果を変えられる方法はないんですか?」
「えー、昔はねぇ、診断技術があまり発達してなかったから、診断結果の信憑性もあまり高くはなかったんだけど、
今は技術が発達して精度も上がったから、
九割方その通りになると思ってもらって大丈夫ですよ、えぇ。
仮に変わったとしても、焼死が病死になったりと、あまり大きくは変わることはないかなぁという感じですね、えぇ。」
(九割……、その上変わったとしても大きな変化はなしか、だとすると焼死を逃れてもそれと同等の死に方をすることになるのだろう…、それがなにかはあまり考えたくはないが…。
しかしどうする…、焼死することさえ目をつぶれば願ったり叶ったりの人生だ、
特に結婚できるという点がいい、自分は今回の人生では片思いばかりで彼女すらできた試しがなかったし…。
けど記憶が引き継げないんじゃあ、それもあまり意味はないのかな…?
だとすれば焼死することも別に構わない…?
……いや…、逆だ。
記憶がない以上、そいつは俺であって俺ではない、
であれば焼死するということは、焼死させるということ。
自分以外の誰かを火で炙って殺すのと同義だ。
自分で選ぶということはそういうことだろう。
ということは俺は生まれることを希望せず、消滅することを選ぶ方が良いのか?
しかしそれだと、大企業の社長になったり、結婚して家庭を築くという幸せまで摘んでしまうことになる…。
ではやはり生まれることを選ぶべきか?
でもそれだと家族全員が火に包まれて死ぬことに…、やはりそれだけは避けたい。
…どうする?
…どうすればいい??
…どっちが正解なんだ???
…全てを感じることと、何も感じないこと、どっが幸せなんだ????
…あれ、そもそも幸せってなんだっけ?
…ダメだ、考えれば考えるほどわからない……、
…きっと多分、自殺した人も同じようなこと考えてたんだろうな…、
だってこの選択と自殺するかどうかの選択ってそっくりだし。
生きてる時は自殺とか馬鹿げてるって思ってたけど、
いざ真剣に考えてみると、案外悩むもんなんだな…。)
失恋や病気、死に至る痛みなんかを経験した今だからわかる。
幸せってのはいくらあっても困ることはないけど、
不幸ってのは大き過ぎると抱えきれなくて、抱えてた人はその重みに耐え切れず潰れちゃうってこと。
辛いことがあっても、その先に幸せがあるから頑張れるっていうのは、
辛さの絶対値がある値をこえると成り立たないってこと。
その証拠に、
俺はあの事故の痛みに釣り合う幸せが全く思いつかない。
何と引き換えなら、指一本折ってもいいかな?
何と引き換えなら、足一本切り落としてもいいかな?
何と引き換えなら、手足の爪を剥がされて、歯を全部抜かれて、目をくりぬかれて、毒で悶え苦しんで死んでもいいかな?
冗談じゃない
どれだけ金を積まれたって嫌なもんは嫌だ。
幸せよりも得ることよりも、不幸を避けることの方が大事に決まってる。
なら俺は………
「えー。ではお聞きします、あなたは生まれることを望みますか?望みませんか?」




