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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
大黒天の使い
98/211

10 ☆

『ただ今より、オーギュスト魔法大学開校記念式典を開催いたします』 


 オーギュスト魔法大学の開校記念セレモニーの開催は、屋根が自動で開閉可能な巨大体育会で宣言された。開け放たれた天井先の大空に絵を描くように、色とりどりの魔法の花火が打ち上がっていく。


「始まった……」


 二階の座席の前に立つ誠次せいじは、胸が高鳴っていることを自覚する。日本で初めての魔法大学。また一つ、想像した魔法世界と言う未来へ近づいた実感が、沸き起こっていたのだ。

 《インビジブル》を使用したままレヴァテインを持ち、横に立つ香月こうづきも、真剣な眼差しを体育館の中央へと向けていた。

 体育館内には他にも、国内のテレビ局の報道カメラマンやアナウンサー。スーツ姿の偉そうな大人たちなど、大勢の来賓者で溢れていた。


(……? 国際魔法教会の人は、やっぱりいないみたいね……。外人がいないと言うか、日本人だけ)


 それらを見渡す香月が、呟くようにして言っている。


「旗が立ってるのにな……」


 配布されたスケジュールを見ても、国際魔法教会関連のものはない。小さな違和感は、二人とも所々に感じている。今のところそれは、杞憂きゆうに過ぎない程度で済んでいるのだが。

 

八ノ夜はちのやさんに何か聞いてみるべきだろうか……)


 国際魔法教会幹部であると自称している八ノ夜なら、少しは何か分かるかもしれない。

 そんな事を考えている間に、華やかな音楽が鳴り響き始めていた。笑顔の合唱団が、行進しながらラッパを吹き鳴らしている。その頭上から舞い落ちる色とりどりの紙吹雪が、外の雪のように一階に降り積もっている。

 そんな明るい光景を見ていると、誠次の頭の中で渦巻いていた妙な気分も、鳴りを潜めていた。


『それではまず初めに、ここオーギュスト魔法大学開校に先立っての、この大学創設までの数々の困難と努力、勇気のお話です』


 一階より軽妙な口調で、男性司会者が用意されたマイクに息を吹きかけている。その後ろの来賓者用の座席には、緑色のリボンが特徴的な制服を着た波沢香織なみさわかおりが座っていた。そこよりさらに前の席には、総理大臣であるなずなの姿もある。

 誠次が目標としている組織、特殊魔法治安維持組織シィスティムの姿をハッキリと見たのも、ここだった。彼らは何やら慌ただしく、体育館の一階部分を歩き回っている。時より耳打ちをしては、次々と体育館から消えて行く特殊魔法治安維持組織シィスティムメンバーたち。一度体育館から出て行った顔が、戻ってくることはない。そしてそのような動きは、警備員たちも同じことだった。


「……」

『先に創設されたヴィザリウス魔法学園、アルゲイル魔法学園。その二校から日本でも優秀な魔術師が、ここ二〇年の間に輩出されてきました。しかし、彼らの卒業後の進路には、国内の魔法大学と言う手段そのものが今まで無かったのです!』


 次第に頭数を減らしていく二つの防衛のかなめの動きを目で追っていた誠次の耳に、司会者の語りが乱入してくる。二階の席には、特殊魔法治安維持組織シィスティムはおろか警備員の姿さえ確認できない始末だった。


『――オーギュスト魔法大学の工事期間は、なんと僅か一年足らず! これも発達した魔法技術が、日本が誇るべき建築業の革新へと繋がったからでしょう! このように、世界と共にこの日本も、次第に科学世界から魔法世界へと、確実に発展していっているのです――!』


 

 ――背後の巨大体育館の中から、止まる事のない司会者の言葉が続いている。

 雪が積もった白銀の大地を踏みしだき、日向ひゅうがは札幌のもう一つの魔法学園に向かった部隊員の姿を思い出す。


「隊長……」


 日向が信頼する、副隊長の女性が白い息を吐いて、神妙な面持ちのこちらをうかがう。


「上からの命令に従っただけだ。文句は言うな。抜けた穴は、残った俺たちの力で埋めるぞ」


 あくまで厳しい態度で、女性に告げる。当初いた特殊魔法治安維持組織シィスティム第一分隊二〇名は、日向とこの女性を含めて半数である一〇名ほどとなっていた。警備員の数も、それに比例するように数を減らしていた。

 事が起きてからでは全てが手遅れ、とは良く言ったもので、今の日向の心情がそれであった。色々な疑問は、ある。目の前にいる女性も同じ事を思っているだろう。

 ――だが、特殊魔法治安維持組織シィスティムとして従わなければならない。やはり自分は、アイツとは、違うのだから。


「隊長、なにがあったのでしょうか……? その……私に相談できることであれば、言ってください……。それが私の……」


 女性副隊長が、遠慮がちに日向を窺う。

 日向は軽く首を横に振り、


「なにもない……。お前も早く配置につけ」

「……はい」


 少し苛立った素振を見せつけ、副隊長を下がらせる。それで良いと、無理やり自分を納得させたのは日向だった。


『――それでは、薺総理大臣よりスピーチをいただきましょう!』


 その少し後だった。総理大臣のスピーチが開始されるなと、耳を澄ましていた日向の鼓膜を激しく揺さぶるほどの、爆発音が響いたのは。


 その瞬間、誠次は目の前で起こった光景が何なのか、きちんと理解することが出来なかった。

 薺総理大臣が呼ばれ、体育館の一階部に設置された壇上に登り切った直後の事である。多くの報道カメラやセレモニー参加者の視線が集まる中、突如として、一階の彼女を多い囲むように体育館の床に円形の亀裂が走り、爆発音とともに地面からねずみ色の煙が噴き出したのだ。コンクリート破砕する甲高い音と共に、粉々となって舞い散る破片。


「な――っ!?」


 人々のどよめきが、次第に悲鳴へと変わっていく。女性の甲高い悲鳴が響いたかと思えば、一階部で起こった突然の爆発に、体育館内はたちまちパニックにおちいっていた。


「一階で爆発だ!」

「早く降りろ! 崩れるかもしれないぞ!」

「総理大臣は!? 煙で見えない!」


 雪崩にも似た、大地が縦に揺れる重たい音の中。周囲で誰かが叫んでいる。

 誠次はそこで、ようやくハッとなり、我に返る。


「――えっ!」


 背筋が凍りついており、それでもどうにか身体を突き動かそうとする。否応にもぎゅっと力が入る両手は、転落防止用の手すりを掴んだままであった。


(これは……)


 横に立つ香月は片手で顔を覆いながらも、爆発が起きた一階を目を凝らして見つめていた。

 やがて煙が晴れた一階。そこには、自然現象と呼ぶにはあり得ない光景が広がっていた。


「なんだ……あれはっ!?」


 誠次が驚き、声を上げる。

 爆発があった爆心地とも言うべきだろうか。薺総理が立っていた場所を中心として、大きく円を描くように、新たな白銀の氷の大地が出来上がっていたのだ。余りも綺麗で滑らかな氷の円状の床。例えるならば、突如として広がったフィギュアスケートリンクのようである。


(魔法で作られている……はず)

「誰がそんな事を……。いや、波沢先輩は!?」


 そこで誠次は、薺と同じく一階の座席に座っていた波沢の姿が無い事に気づく。それだけではない。一階にいた、鼠色の煙に巻き込まれた人が、忽然こつぜんと姿を消しているのだ。


「みんな氷の床の下に閉じ込められてるんだ!」


 一階で、誰かがそう叫んでいる。おそらく煙から逃れ、端に移動していた人だろう。


「氷の下!? 香月、降りるぞ!」

(ええ)

 

 誠次は香月と共に、一階まで階段を使って駆け下りる。一階に突如として広がった氷のリングは、それだけで一種の芸術品と呼べるほど綺麗で汚れがなく、平時であれば思わず見惚れてしまいそうになる。


「見たんだ、地下に人が落ちていくのを……」


 階段横で、腰を抜かして座り込む男性が、呆然と言っている。


「そしたら、一瞬で氷の床が出来ていって、人が……地下に落ちた人が閉じ込められたんだ……」

「波沢先輩や薺総理たちが、この下に……?」

 

 誠次は息を呑んで、眩しいとさえ感じるほど神々しく光を反射する氷の床を見つめる。若干水色がかっている氷はとても分厚いようで、下の様子はとてもここからでは見えない。


「大変な……事が起こりました。まだ、状況をよく整理できません……。ええ、薺総理大臣がスピーチを開始したその直後、突如として爆発が起こって、総理大臣とその周囲にいた人たちが巻き込まれました……。そして今、目の前には氷の床が広がっています。……まるで、ふたをするように……」 


 すぐ近くでは、報道カメラの前で懸命に状況を説明する女性アナウンサーの姿もある。口から白い息を吐きながら出すその声は、震えていた。


「あれは誰だ……?」


 そして、階段横に座り込んでいたボロボロのスーツ姿の男――よく見ると先ほどまで喋っていた司会者――が、見つけてしまった。果たして寒さのせいなのか、震えている指先をリングの中央へと向けている。


「……?」

(……)


 誠次と香月も、つられるようにしてその方を見た。

 冷気を纏い、そこに静かに佇んでいたのは、明らかに人ではなかった。離れて見ても分かる成人男性の身長をゆうに超える体躯。ゴリラを思わせるが、そこだけは人のようなシルエットで、筋骨隆々の身体つき。そして身体を覆う白く、まるで突き刺さった剣のように刺々しく生えた無数の毛。

 巨大な鼻からまるで蒸気機関車のように白煙を吐いた謎の怪物が、薺総理がいた場所に、立っていたのだ。


「あいつは……!?」

 

 ゛捕食者イーター゛ではないが、それと春の夜に遭遇した時のような、気味の悪い実感を味わっていた誠次。


(……っ)


 香月も誠次の横に立ち、謎の怪物の姿をじっと見つめている。


「な、何者だっ!?」


 その時、自動小銃を構えた警備員が、勇敢にも氷の床の上を走り、謎の怪物に問いただす。

 

「ゴグギガギギグ……?」


 怪物は、まともではない言葉で、何かを呟くようにして言っていた。もとはホールのような体育館なので、天井が開け放たれているとはいえよく響くのだ。


「……っ。貴様がこの爆発を仕組んだのか!?」


 警備員も、得体の知らない未知との遭遇に恐怖を感じているようで、白い息を吐きながら、どうにか振り絞った声を出している。


「ガ、ガ、ギ……」


 怪物は耳障りなほど薄気味悪い声音でそう呻くと、銃を構える警備員に、その大木の幹のように太い、人で言うならば右手をのそりと伸ばした。


「手を挙げろ! う、撃つぞ……っ!」

「ゴ、ゲ」

「あれは!?」


 誠次は、目を疑った。怪物の右手から、水色の魔法式が浮かび上がったからだ。

 

「うおおおおおーッ!」


 立て続けの恐怖からか、耐え切れなくなった警備員が銃を乱射する。

 至近距離の為、謎の怪物には何発も銃弾が直撃する。が、謎の怪物からは白い毛が雪の結晶のように舞い散るだけで、銃撃を受けても平然とその場に立っている。


「逃げろ! 無茶だ!」


 誠次が思わず叫んだが、手遅れだった。


「な!? う、うわああああああ――っ!」


 怪物が発動した魔法は、氷属性のものだった。おそらく香月が使っていた、目標物を凍らせる《グレイシス》のようなもので、たちまち警備員の身体は、魔法で出来た氷の結晶の中に、叫んでいるその表情、姿勢そのままで封印されてしまった。


「なんであんな怪物が……魔法を……? あれは、人間なのか!?」


 動物が魔法を使うなど、聞いた事がない。思わずすくみ上りそうになる足をどうにか踏ん張らせ、誠次は呻く。


「ゴグギガギギグ、ゴ、ゴ、グ」


 謎の怪物は周囲には一切気を取られずに、自身の足元をじっと見つめ、ワケの分からない事を呟いている。


「ご覧になりましたでしょうか……? 今目の前で起こった事が、私には信じられません……。あれは一体、何なのでしょうか……?」


 なおも報道を続けるアナウンサーたちと、一連の光景を見て再び悲鳴をあげ、逃げ惑う体育館内の人たち。

 ――その直後。


「そ、外にもいるぞっ!」

「大学の中にもだ! 白いゴリラみたいな雪男が沢山いるっ!」

「正門にも立ち塞がってるんだ。逃げられない! 何体いるんだ!? 特殊魔法治安維持組織シィスティムは!?」


 そして逃げ場を失った人々が、安全な場所を探して入り乱れる。

 そう、ここは周囲を山に囲まれた大学。出入口は正門の一か所のみと、外からの侵入には強い地形が完全に裏目に出ていたのだ。

 今やオーギュスト魔法大学は完全に、突如として出現した化け物の巣窟となっているようだ。


(みんな、パニックになっているみたい……)

「落ち着くのが、無理な話だ……っ」


 が、このままでは被害が増える一方だ。誠次は深く深呼吸し、肺をひんやりとさせるほどの冷気を、無理やり吸い込んだ。


「こ、香月、レヴァテインを俺に……!」


 香月が握る、漆黒の剣に誠次は手を伸ばす。


(ええ。私も《インビジブル》を解除するわ……)


 柄を背中に回し、誠次はレヴァテインを抜刀する。香月も右手をその場で華麗に振り払い、《インビジブル》を解除していた。


「君たちは……」


 スーツ姿の司会者が、誠次と突如として現れた香月を見上げ、驚いている。

 さらにその直後の事であった。


「まだこんな事をやっている場合か? すぐに避難しろ!」


 体育館に、新たな男が侵入し、アナウンサーたちを下がらせる。どこかで聞いたことのある男の声だと、誠次がその方を見ると、なんと旅館で出会った青年だった。


特殊魔法治安維持組織シィスティムの人だったのか……?」


 誠次が驚く。見間違いでなければ、その男性は胸に隊長の紋章バッジを付けている。


「正門までの道は我々特殊魔法治安維持組織シィスティムが確保致します! 皆さんは急いで正門まで避難してください!」


 そこへ女性の声が続き、一斉に動き出す人々。


「あの時の少年か……! 魔法生だったのか……? ――っ!?」


 男も、こちらの顔を覚えていたようだ。切れ長の黄色い目が、微かに動いている。その視線は確かに、誠次の顔とその右手に握られているレヴァテインを行ったり来たりと。

 

「う、動きだしたぞ! こっちに来ている!」


 何かの合図を待っていたかのように、体育館の中にいた怪物が、ゆっくりと歩き出し、こちらに接近してくる。


「ゴ、ゴ、グ……!」

「総理大臣は、この下です!」


 誠次がレヴァテインを両手に握り、ゆっくりと歩み寄ってくる怪物に向けて構え、咄嗟に男性に説明する。


「下……。氷の床に閉じ込められているのか!?」


 男性は氷の床を睨んだ。 


「この下は演習場が広がっているはずです。そこに落とされた、という事でしょうか……?」


 すぐに電子タブレットを起動し、冷静に説明する女性。しかしすぐに怪物が接近していることを悟り、身構える。


「少年。君たちも早く避難しろ。あとは特殊魔法治安維持組織シィスティムの仕事だ」


 ホテルで出会った男が冷静に魔法式を起動しつつ、言ってくる。

 誠次はほんの一瞬だけ迷う素振を見せたが、すぐに首を横に振った。


「先輩が巻き込まれたんです……! 俺たちも戦えます!」

「その剣はおもちゃか? 魔法生、遊んでいるつもりならすぐに退け!」


 予想以上に冷たく、容赦のない青年の言葉だった。ホテルで会った時とは、明らかに印象が違う。

 波沢を置いて逃げたくないと、誠次は奥歯をぐっと噛み締めて、


「アルゲイル魔法学園の戦いで、俺はこの剣でテロを止めました」


 それを聞いた青年の凛々しい表情が、二度にたび強張る。


「!? まさか……お前が第七と共闘した、魔法生だったのか?」

「はい! その上で、俺にも戦わせてください!」

「……っ」


 青年は、何か葛藤するように、顔を伏せている。 


「ホテルの時に、あなたは俺に大切なものを失くすなと言いましたよね!?」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムの青年は、誠次の言葉に一瞬だけ眉をぴくりと動かし、こちらに背を向ける。


「クソ……。来るぞ。戦う以上、最低限の自衛だけは優先して行うんだ」


 誠次は男性の横に並んで立った。


「はい……! 行くぞ香月! 波沢先輩を助けるんだ!」

「ええ」


 誠次の言葉に香月が頷き、右手をすっと前へ伸ばす。

 正体不明の怪物との、白銀世界の大学での戦闘が始まった。


挿絵(By みてみん)


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