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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
大黒天の使い
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9

 これを聞かされた時、最初に思ったのは、楽な仕事だと言う事だった。共謀者である辻川一郎つじかわいちろうから指示された事は、北海道のもう一つの魔法学園、イルベスタ魔法学園に急行する事。

 ――そして。


『本当ですか!?』

「ええ……。ですから、貴方が現在いるオーギュスト魔法大学から、第一分隊の戦力を半数ほど寄越してほしいのです」


 オーギュスト魔法大学を守る特殊魔法治安維持組織シィスティムと警備員の戦力を両方とも、削る事だ。

 北海道へと向かう首都からの直行新幹線。その車両内にて、大内おおうち日向ひゅうがと端末で連絡を取り合う。


『しかし、もう部隊に警備位置は言い渡しておりまして……。そこから人員を減らすとなると、連携に支障が出る恐れがあります』


 画面に映る日向は細く整った眉根を寄せ、冷静に言ってくる。


「イルベスタの戦力では、ええっと……レ―ヴネメシスに対抗できるどうか、分かりませんので。こっちはそちらと違って、狭いですし。念には念をと言うやつですよ……」

『そちらにはすでに第四が警備任務に就いているはずですが』

「い、いいですからっ。こ、これは私の命令なのですよ? それともあなたは、第七の影塚かげつかのように命令違反をするつもりですか?」


 大内はここで、辻川に言われた通り、切り札となる言葉を言い放つ。


『!? 自分は、彼とは……違います』


 果たして、どうやらその効果は上々だったようだ。日向の顔は明らかに動揺を隠せておらず、新緑色の目の瞳孔も、大きく開いていた。


「お願いですからこれ以上特殊魔法治安維持組織シィスティムの名声を失墜しつらくさせないでください。何のための特殊魔法治安維持組織シィスティムか、貴方にならちゃんと分かるはずですよね?」

『……ですが、こちらにはなずな首相が……。志藤しどう局長からの判断を仰いだ方が良いかと……』


 さすがは分隊長を務めるだけはあり、考えることはしているようだ。しかし、最初ほどの自信はないようである。やはり、影塚との間にある確執かくしつを突いた事が大きいか。

 中々首を縦に振ろうとはしない日向に、大内は内心で苛立ちつつも、表情に出すことはどうにか防ぎ、


「志藤局長と私。権力があるのは私の方でしょう!?」

『……』


 日向は、ほんの一瞬だけ戸惑う素振を覗かせたが、


『は。それでは至急、イルベスタの方へ増援を向かわせます』


 最終的に、忠実に命令に従っていた。


「ああ。ありがとう。北海道警察の方は、私が話をつけておくよ」


 今は、不審に思われてもいい。どちらにせよオーギュスト魔法大学は、゛初めから無かった事にされる゛のだから。向こうにいる、全ての人間ごと。


『通信、終わります』

「はい」


 日向が敬礼を返し、大内は通信を終える。

 グリーン車の値段の中でも最高金額を誇る個室のソファにて、大内は北海道へと向かう。その護衛の為と言う名目で、オーギュスト魔法大学の戦力をイルベスタ魔法学園の方へ集中させたのだ。今日になって、急に向かうという事で、事態の緊迫性も程よく生まれていた。


「イルベスタの方へは、大勢の中学生が向かうはずですからね。彼らを守るのも、立派な仕事のはずですよ……」


 そう言い訳をして、大内は自分のやるべきことをきちんとやったと、深く息を吐いて安堵していた。全ては、自分の権限の為である。自分がこうして特殊魔法治安維持組織シィスティムを私的に使い、北海道に向かうのは、それ以外の、なんでもないのだから。


                ※


 ヴィザリウス魔法学園の冬服に着替えた誠次せいじ波沢なみさわは、セレモニー参加者の事前挨拶の為に、大学の構内を歩いているところだった。誠次のすぐ後ろには、一応制服に着替えてはいる《インビジブル》を使用した、レヴァテインを持った香月がいる。

 事前挨拶。これは最初の予定にはなく、なんでも薺紗愛なずなさえ首相の方からセレモニー成功へ向け提案してくれたそうだ。


「すごい広いね……」


 誠次のすぐ横を歩く波沢が、何かの芸術品でも見ているような面持ちで呟く。コツコツと、高級そうな石造りの廊下を歩く足音が三つほど。全体的にくすんだ灰色の色合いで纏められている廊下の天井は声が反響するほど高く、神秘的な光景でって何かの教会を彷彿とさせた。

 そして、()()と言えば――。


「……」


 分厚く縦長の窓ガラスの外の景色を、誠次は歩きながら眺めていた。その黒い視線の先には、銀世界の風を受けてなびく、国際魔法教会の群青ぐんじょう色の旗が一つ。日本語で言う漢字で水のような紋章は、ヴィザリウス魔法学園の制服にもあしらわれている特徴的なものだ。


「どうしたの、天瀬くん?」


 やはり少し緊張しているのか、少しだけ高い声で波沢が訊いて来る。

 誠次は「いえ……」と返答してから、


「ただ、魔法教会の旗があるのに、どうして魔法教会の人はいないのかなって……。日本人ばかりですし」

 

 周囲を見渡して、言っていた。

 こうした大きなセレモニーには、外国からのお偉方が来てもおかしくはないと思うが。例えば、国際魔法教会の幹部などだ。それがここまで、一人も見ていないのだ。すれ違うのはやはり、日本の政府高官ばかりである。


「確かに。テレビのカメラマンみたいな人たちはいっぱい来てるけど、外人の人は一人もいないね。国際魔法教会には日本人も所属しているはずだけど、そんな感じの人もいないし」

 

 波沢も窓の外を眺めて、そんな事を言っていた。オーギュスト魔法大学の正門を通過する人の数は、雪の上に新しい足元が作られるにつれ、増えていっている。


(……)


 香月も窓の外を眺め、何か考えるように紫色の目を細めていた。

 やがて三人は、首相が臨時で滞在用に使用している、オーギュスト魔法大学の理事長室にたどり着く。大きな見た目で分かってはいたが、オーギュスト魔法大学はヴィザリウス魔法学園以上に広く、学園の中心に向かうのでさえ一苦労だった。


「始めまして。貴方たちが、ヴィザリウス魔法学園の魔法生ね?」


 誠次と波沢二人の制服姿を眺め、椅子に座る薺が声を掛けてきた。五〇歳を超えた年齢でありながら、肌は目立ったしみの無い白色で、軽めの化粧も野暮ったく感じるものではない。目元の小じわを寄せながら、薺は微笑んでいた。その妙に親近感のある笑顔は、首相と言う立場である事を少しだけ忘れさせてくれ、誠次と波沢両者の緊張しきった身体を解してくれていた。


「総理。あまり時間はありませんから、手短に」


 誠次と波沢がそれぞれ挨拶を返した直後だった。若い女性秘書官が、薺の横にたたずみ、わざとこちらに聞こえるようにして告げてくる。


「ええ分かっていますから、下がっていなさい」


 薺の手元には、紙がいくつも重なっている。おそらく、直前まで職務をこなしていたのだろう。薺は少し疲れたように、ため息をついていた。


「お話とは、なんでしょうか……?」


 少し申し訳なく感じたのか、波沢が遠慮がちに口を開く。

 薺はすぐさま顔を上げ、


「そう緊張しないで頂戴。……と言っても、総理大臣を前にしたら、緊張するのも無理はないわね」

「ごっ……すいません」


 おそらくごめんなさい、と言おうとして、慌ててすいません、と訂正した波沢。

 薺はその姿を見て、思わず吹き出すようにして笑ってしまったようだ。


「その気持ちは分かります。それでも、この国の未来をになう若い二人に会えて、私はとても嬉しいわ」


 健やかな表情を浮かべ、薺は微笑む。


「今日はよろしくお願いします。日本で初めての魔法大学が出来て、とても嬉しいです。その門出に相応しい一日になれるよう、セレモニー成功の為に尽力します」


 波沢の口から出た言葉は、少なくとも本心であったと思う。横に立つ誠次も、肯定して頷いていた。


「ありがとう。大勢の人の協力があってこの大学は建てられました。この大学が始動する事で、現状様々な脅威に見舞われているこの国が、ひいては世界が少しでも平和になってくれることを、私は願っています」


 薺は力強い目つきと声で、そう言っていた。不思議なことに、その黒色の眼光の中から力強い意志を感じ、言ったことが現実味を帯びてくる感覚を味わった。――現状その可能性自体は、限りなく低いものであるが。

 その黒色の目が、何か気づいたかのように誠次を捉える。


「あなたの目……。その年では珍しい、黒いのね。私たちと同じね」


 どこか面白そうに、まるで子供のような無邪気な微笑みを見せ、薺は指摘してくる。

 唐突だったため、誠次は思わず、背筋をぴんと伸ばしていた。おそらく、薺はこの身体の事を知らないのだろう。


「はい」

「ふふ。貴方は、緊張している様子ではないわね?」

「い、いえ。ただ、本城ほんじょう大臣と夏にお会いしたので、話しても変に緊張しないと言いますか……」


 やはり妙な親近感を、目の前の机を挟んで席に座る内閣総理大臣、薺に感じるのだ。 

 戸惑う誠次を見つめる薺は、しばしきょとんとした面持ちを見せた後、またしてもくすりと微笑む。


「もし失礼でしたら、申し訳ありません……」

「いえ。この魔法大学開校に関係する全ての行政の陣頭指揮を率先してってくれたのは、他ならない本城直正ほんじょうなおまさ魔法執行省大臣よ。彼にはよく助けてもらっています……」

「総理大臣として、大変、そうですね……」


 波沢がうかがうようにして言う。

 薺は続いて、未だ緊張気味の波沢に視線を向ける。 


「ええ確かに大変ね……。多くの人の上に立つのは、それ相応の責任がありますから」

「多くの人の上……」


 波沢が復唱する。誠次も、初夏に香月の父親である東馬迅とうまじんと交わした会話を思い出していた。


「でもこう考えると、少しは気が楽になって、肩の荷が下りてくれます。私一人の力じゃなく、周りの人の意見を聞き、協力し合う。一人じゃ何も出来ませんから」

 

 言いながら薺は、傍らに立つ女性秘書官をちらりと見る。堅苦しい表情をしていた女性秘書官は、少しだけ戸惑う素振を見せたが、頷いていた。


「周りの人と、協力する……」

「ええ。自分で言うのもなんですけど、人に頼るのも素晴らしい事だと私は思いますよ」


 薺の言葉を聞いた波沢は、なんとその青い視線を、横に立つ誠次に何かを確認するかのように向けてきた。そこは誠次も少し理由ワケが分からず、思わずその美しく輝く青い瞳を無言で見返していた。


「頼る……こと……」

「え……?」


 すぐに誠次と波沢は目線を逸らし合ったが。

 

「あら……」


 そして、その様子を見ていた薺は、何かを感じたかのように含み笑いを見せていた。その姿はやはり、年相応と見るにはいい意味で、不十分で若々しいものであった。

 時間が差し迫っているもあり、首相との面談を終えた二人と一人は、理事長室から退出した。直後、波沢がはぁっ、と息を出して膝を曲げる。


「すっごい緊張したぁ……」


 緊張の糸がようやく解けたようで、へなへなと。どうやら身体の力が入らないようだ。

 

「あれで緊張しないって本当に天瀬くんって何者!? 総理大臣が目の前にいたんだよ!?」


 赤い顔をぐいと押し上げ、波沢が訊いて来る。

 誠次は困った顔で、


「いや、俺だって緊張はしてました……」


 しかし、何故だか初対面な気がどうしても誠次にはしなかったのだ。波沢の反応が普通であると思うし、自分でもそうなのは不思議で、不自然だと思うが。


「でもあの落ち着きようは凄いよ!? 詩音ちゃんも《インビジブル》使って平然と立ってるし! 二人とも本当に後輩!?」

(……なんだか、ごめんなさい)

「香月が謝ってます……」


 至極申し訳なさそうに香月がぺこりと頭を下げ、届かぬ謝罪をしていた。後輩であるのは間違いないが、二人とも特殊な境遇の後輩という事である。


「でも、俺たち学生にもちゃんと話してくれるって、優しい良い人じゃないですか。自分の立場とか、あるはずなのに」


 誠次が片手を挙げ、言う。

 波沢もそれには同意するように頷いていた。


「ええそうね。やっぱりトップに立つ人のは、ああ言うところも必要なのかもね。凄いな、総理大臣って……。本当は大変なはずなのに、ちゃんと気配りが出来るっていうか」

「その言い方ですと、まるで波沢先輩が何も出来ていない風に聞こえてしまいますよ。先輩だって、こうして後輩である自分と一緒にいてくれてます。普通に考えたら、こんな機会はありませんし」

「嬉しいけど、そんな事言わないで……。私はただ、天瀬くんを巻き込んじゃっただけだよ?」


 波沢は申し訳なさそうにしている。

 せっかく一緒にこの北の大地まで来て、遠慮されたままでは、こちらが申し訳ない気持ちにもなってしまいそうだ。

 誠次は首を左右に振る。


「なら、巻き込まれて光栄です。さっきの薺総理大臣との会話中、波沢先輩は人に頼るってところで、俺の事を見てましたね?」


 とたん、かぁっと頬を赤く染める波沢。見つめ合ってしまっていたので、気づかないはずもない。

 誠次は正面を向き、口を動かし続ける。


「人に頼られて嬉しくない人なんて、いないと思いますから」

「天瀬くんは、私とこうやってここにいること……嬉しいの?」


 誠次はあごに手を添え、真剣に考えてみる。その様子を、横から波沢がじっと見つめている。


「勿論とても嬉しいです。だってまさか、春に戦った時はこんな風に横に並んで歩く事も出来ないって、思ってしまっていましたから」


 言ってる傍から次第に誠次は恥ずかしくなっていき、視線を逸らしながら言ってしまう。


「そんな事言われると……これからも私、貴方の事を頼っちゃうかもしれないわ……」


 まるで暗く長い洞窟から、出口の証である光が射し込むのを見た人のようだ。波沢は口元を片手で隠し、バツが悪そうに微笑んでいた。

 誠次はそれを見て、何かを察したかのように、同じく微笑む。


「はい。光栄です。俺に魔法はありませんが、それでも誰かの為になれるのは、嬉しいんです」

「ふふ。後輩なのに出来すぎだよ、天瀬くん」


 しかし、波沢は嬉しそうに微笑んでいた。

 二人の後ろの静かに歩く香月は、


(……また一人増えている気がする……)


 ぼそりと、ヴィザリウス魔法学園のみならず世の男子陣とってはぞっとしない事実を、呟いているのであった。


 ――そして、オーギュスト魔法大学の開校記念セレモニー開始予定時刻、午前一〇時ちょうど。日本にとって後世の歴史に残る一日は、大勢に参加者に見守られる中、その幕を開けようとしていた。

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