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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
大黒天の使い
93/211

5

 決心した誠次せいじの行動は、悟りを開く事から始まっていた。電子タブレットをズボンのポケットにしまい、事情を説明するために二人の女子の元へ向かう。心情的には、クラスメイトをプールに誘った時と同じような感じである。――いや、今度はそれ以上にマズイ状況だろう。何せ同級生と一つ上の女子先輩を、同じ部屋に誘うのだから。


「なんで、こんな事ばっかり……」


 切ない思いをする誠次だったが、はやしとの会話の通り、二人の安全を確保するのは真っ当なことだと思う。香月こうづき波沢なみさわの魔法の腕を考えると無用な心配かもしれないが、それでも、万が一何かがあってからでは遅い事は、分かっていた。


「そうだよ。俺が注意すればいいんだ……! ああそうだ! これはあくまで二人を守る為であって……やましいことは何もないんだ……何も……」


 ――自分自身に言い聞かせるように、ぶつぶつと言い始めた誠次である。


(さっきから叫んだと思ったらぶつぶつ何言ってるの……? 頭大丈夫?)


 そうこうしているうちに、いつの間にかに香月の前にたどり着いてしまっていた。誠次の顔を覗き込み、本気で心配されてしまっている。

 

「ぬわ!? こ、香月。……元気か?」 

(? ええ、元気だけれど……。……頭大丈夫?)

「そうか元気か、良かった。俺は大丈夫だっ! は、ははは!」


 不思議そうな表情を浮かべている香月を前に、誠次は変に笑っていた。


(……?)


 そうすると、香月はますます困惑したように、首を傾げる。


(……っ! あの追伸ついしんさえなければ……!)


 かっかっかと笑う林のニヤケ面を思い出し、誠次は心の中で悪態をつく。

 そして目の前にいる香月。彼女のプールの時の、濡れた水着姿をふと思い出し、誠次は思わず口元を手で隠す。なにか、鼻の奥で鉄の臭いがくすぶっているのだ。


(顔が熟し過ぎて捨てられる寸前の林檎りんごのように赤いのだけど……。北海道に来て風邪? 頭大丈夫?)

「随分と切ない例え方、どうも……。俺は大丈夫だって……。あと頭って付けると余計やばい奴っぽいから止めてくれ……」


 香月にまじまじと顔を見られた誠次は、視線を怪しくきょろきょろと動かしながらも、口を開く。


「ヴィザリウス魔法学園が、魔術師三人組に襲撃された。正確には、本城千尋ほんじょうちひろを狙っていた奴らを取り押さえたんだ」


 笑い事ではない事実を聞き、香月の表情が締まった。


(まさか、レ―ヴ、ネメシス……?)


 香月の紫色の目が、微かに動く。レヴァテインを握る細い指に、ぎゅっと力を入れている。

 そんな人を前にしてしまえば、誠次もようやく真面目な表情に戻る事が出来た。


「対処した林先生は怪我をしたけど治癒魔法でなんとかなったし、おそらくテロじゃないと言っていた。それに、香月が気にすることじゃない」

(……ええ。ありがとう)


 香月は少しだけ安心したように、小さく深呼吸していた。

 誠次はそんな香月をじっと見つめてから、せきを切る。


「そ、それでだな香月……。本題なんだけど……」

(?)


 なにかしら、と香月が小首を傾げてくる。その仕草がいちいち、今の誠次の目にはどうしても魅力的に映ってしまう。


「……今晩、俺と一緒の部屋で寝てほしい……」


 誠次は香月のアメジスト色の瞳を真っすぐに見つめ、拙い声音で、言っていた。


(……)


 香月は始め、何を言われたのか分からなそうに、きょとんとしていた。そして無言で、誠次をじーっと見つめてくる。


(寝て、ほしい……? 一緒、に……?)

「そ、そうだ。香月と波沢先輩を、近くで護衛するために……。も、もちろんっ! やましい気持ちは一切ないっ!」

(……)


 香月は口元に手を添えて、じっと考えたのち


(別に良いわ)


 相変わらずの上から目線で、そう告げてきた。

 しかし、誠次はそれでもほっとしていた。


「ありがとう。いや……ありがとうと言うのも、変か……?」

(ええ。それに、だってあなたとGWの時に一つ屋根の下で過ごしたじゃない)

「!? あ、あぁ……そうだったな……」

(覚えて、ないの……?)


 香月は視線を落とし、不服気な態度を示していた。

 誠次は慌てて、


「勿論覚えてるけど、それとは違って、同じ部屋だぞ!? 一つ屋根じゃなく、一つ天井の下だ!」

(声が大きい……)


 香月が周囲をきょろきょろと見渡して、どこかハラハラとしながら指摘する。


「あ、す、すまない……」

(あなただったら、何もして来ないと思うし)

(それはそれで何か複雑だな……)


 誠次は内心で、切ない気分を呑み込みこんでいた。

 一方、波沢は少し離れた所に設置されているロビーのソファに座っている。そこへ近づく、ホテルマンらしき従業員服姿の若い男。おそらくは部屋の準備が出来たので、鍵を渡しに来たのだろう。

 誠次がそれに気づく。


「マズイ……! すまない香月! ありがとう!」


 誠次は駆け足で、波沢の元へ向かう。

 それを目で追いかけていた香月は、自身の変化に、気づいていた。


(……あれ、なんで私、ドキドキしてるの……? GWの時は何ともなかったのに……)


 レヴァテインを抱える香月は、誠次のすぐ後ろをついて来た。


「お待たせしました波沢様。お部屋の準備が出来ましたので、荷物をお運びします」

「ありがとうございます」


 やって来た爽やか笑顔なホテルマンにうながされ、波沢は読んでいた本を閉じてソファから立つ。


「少し、待ってください!」


 その現場へ突然誠次が割って入り、二人は目を丸くしていた。


「天瀬くん? お部屋の準備が出来たみたいだから、行こうよ」


 波沢の言葉を聞きながら、誠次はホテルマンの手に二つのカードキーが握られている事を、確認する。


「男性のお客様ですね。お部屋は隣同士ですので、こちらへどうぞ」

 

 ホテルマンがにこりと笑って、誠次も促してくるが、


「部屋は、一つで十分です」


 誠次は神妙な面持ちで、そう告げた。


「……」

「……」


 わけが分からないと言ったぽかんとした表情を浮かべているのは、ホテルマンと波沢の方だ。


「波沢先輩! 俺と一緒の部屋で今晩過ごしてください!」


 単刀直入これでもか、と言わんばかりに、誠次はもはや理由を説明する間もなく言ってしまっていた。


「……え。……ーえっ!?」


 みるみるうちに、波沢の頬が紅潮していく。改めて自分の発言の無鉄砲さに誠次が気づいたのは、この時だった。念のために確認しておくが、ここはホテルである。ホテルである、のだ。


(しまった……っ。急ぎのあまりは、はやりすぎた……っ!)

「あ、あははっ。わ、私とした事が何とは、配慮に欠けていたことか……。い、いやぁお若い……ではなく、すぐに一つだけの部屋にチェンジして差し上げますね!」


 ストレートにそのような物事を考えたホテルマンも顔を赤くし、にこにこと引きった笑みを浮かべて走り去って行く。


「い、一緒の部屋って……こ、香月さんは!?」


 頬赤い波沢の青い目が、渦を巻いているようにして見える。


「香月さんも、一緒の部屋で……もう承諾を受けていていて……」

「ふ、二人で……男の子と……。……あ、あ……」

(大変よ天瀬くん。波沢先輩が……壊れそうよ……)


 呂律ろれつもままならずに天を仰ぎ始めた波沢を前に、香月が冷静に指摘していた。確かに、今目の前にいる女性の姿は、二学年生の成績トップの才女と言われてもいまいち納得ができない姿であった。――誠次の所為であるが。


「わ、私まだ……。そ、そんな……っ」

「波沢先輩落ち着いてください! 俺の説明不足でしたっ!」


 しまった、と誠次は増々ますます慌てて、ふらふらしている波沢の両肩を掴んで姿勢を制御させる。

 ――今の波沢にそれは、逆効果であるとも知らずに。


「あっ……」


 変な声を出している、波沢香織。


「えーっと……」


 誠次はかなりの気まずさを覚えつつ、波沢に事情と状況を説明を開始した。変な誤解を生ませたことに関して謝罪もした誠次だったが、波沢の方も自分の早とちりだったと非を認め、ようやく落ち着いてくれた。


「――そうね。何が起こるか分からないし……一緒の部屋で、その……っ」

「そ、そうです……。お風呂とか、お手洗いとかは、そっちが優先していいですし! 大浴場が、ありますしっ!」

(……)


 やはりたどたどしい二人のやり取りを、香月が静かに見つめている。


「お待たせいたしました。いやちょうどお部屋が満室で、こちら側も助かったんですよ。急に宿泊なさると言うお客様を、この時間帯に無理やり追い出すわけには参りませんから……」


 先ほどのホテルマンがカードキーを一つだけ持って、髪をかきながら頭を下げてくる。その視線の先には、ロビーのソファに座っている若いカップルらしき二人組が。

 それを聞いた誠次と波沢は、自然と目と目を合わせ、落ち着いて頷き合っていた。


「まあ、他の人に使ってもらえるのなら結果オーライ、かな?」


 波沢が微笑んで首を傾げ、誠次にそんなことを言う。


「そうみたいですね」


 誠次もほっと一安心していた。 


 用意された部屋まで向かう、ホテル内の通路。暖房がきちんと効いており、外のような寒さは全く感じない。

 掃除が行き届いた綺麗な通路を歩いていると、ふと波沢が服のポケットから自身の電子タブレットを取り出していた。


「着信。誰からだろ……」


 波沢が画面を見るのを、誠次は横を歩きながら眺めていた。

 すると、波沢の横顔から覗く表情が若干曇っていた。


「さ、佐代子さよこから……。なんだろー……」


 波沢と同級生であり、今は札幌のホテルにいるであろう生徒会書記の相村佐代子あいむらさよこ。同じく生徒会会計の長谷川翔はせがわしょうも、同じ場にいるはずだ。

 嫌な予感しかしない、と波沢は頭に手を添えて悩まし気な表情だ。


「そう言えばはやし先生。先輩たちの方にも連絡は入れたんだろうか……」

(入れたのだとしたら、相村先輩と長谷川先輩は二人で同じ部屋で寝るのかしら?)

「……そう、だな……」


 おそらく何の気なしに、後ろからそうぼそりと言った香月に、誠次は冷や汗をかいていた。


「ちょっと電話してるから、先にお部屋行ってていいよ」

「分かりました」


 眼鏡を掛けなおしながらの波沢の言葉に、誠次は頷き、香月と一緒にホテルの通路を再び歩いていた。

 そして、波沢より一足先に誠次と香月は今晩泊まる部屋にやって来た。簡単な部屋の説明をホテルマンから受け、二人っきりとなる。

 

「い、良い雰囲気の部屋だな……香月……」


 眉をぴくぴくとさせ、誠次は変な声を出している。


(何だかいやらしいわね……天瀬くん……)


 横に立ち並んで、同じく部屋を見渡している香月がジト目を向けてくる。

 だが、誠次もジト目で応酬し、 


「香月、声震えてないか……?」

(!? ……全然)


 銀髪をさらりと払って、さも平然そうに香月は言ってくる。

 ……。


(いやなんだこの妙にドキドキとした感じは!?)


 すなわち現在の誠次の心境は、新婚夫婦の初夜の旦那である。

 そしてGWでは平然としていた香月も、今日に至ってはなぜか動揺しているようだ。やはり同じ部屋、だからなのだろうか?

 その時、誠次の背後からコンコンと部屋をノックする音が。


「はい!?」


 それだけでも誠次は変に反応してしまったが、香月は冷静だった。香月が誠次の肩を、そっと掴む。


(本城さんを襲った人たちかもしれない)

「っ!? そうだったな。俺としたことがつい浮かれて……」


 誠次は頬をパンと叩き、気を引き締め直す。ここにおれがいるわけは、香月と波沢を近くで守る為だ。

 誠次は素早く、電球色の温かい光が照らす室内を見渡し、


「香月、部屋の中に隠れていていてくれ。最悪俺の後ろでもいい」

(わかったわ)


 夕方から夜になったこの時間、ドアをノックしてきた謎の来客に対し、細心の注意を払う。まず波沢であればノックなどせず、ドアを開けに来るだろう。

 香月はレヴァテインを握りしめたまま、誠次の背後に立っていた。ならば、と誠次は背後の香月を守ると固く決め、ドアの覗き穴を伺う。

 果たして、立っていたのは一人の浴衣姿の男だった。外見は二十歳ハタチ前後だろうか、若く線の細い美青年。ブロンドの髪は一瞬だけ女性のそれと勘違いしそうになったが、浴衣から覗く鎖骨下の体躯たいくは、トレーニングにより引き締まったものともわかる。


「誰だ……?」


 見覚えのない顔に、誠次は覗き穴から視線を外しつつ、考える。

 すると、待ちかねたのか、ドアの向こうから男の声が響いた。


「怪しい者じゃない。落とし物を拾ったんだ。フロントに届けようとは思ったが、君が落としたのを目の前で見てな」


 これは警戒し過ぎたか? と半分警戒心を解きつつ、誠次はドアを少しだけ開けた。


「ああ。良かった」


 ドアを開けると、待っていた青年は軽く微笑んでいた。

 

「すみません」


 誠次は申し訳なく軽く頭を下げつつ、ドアを完全に開ける。

 そして、青年が手に持っている物体を見てみる。青年が持っていたのは、誠次自身の落とし物ではなかった。


「三日月の……髪留めかな?」


 香月がいつも付けている髪留めだった。思わず誠次が振り向くと、《インビジブル》を使用したままの香月もあっと口を開け、自身の髪を触っていた。確かに、いつの間にか外れてしまったのか、ない。


「綺麗で目立つので拾ったんだ。女性用だと思うが……」


 そして、青年は香月の髪留めと誠次を交互に見て、少し困惑しているようだ。

 誠次は首を横に振りながら、青年から香月の髪留めを手渡しで受け取る。


「ありがとうございます。大切な人の、大切な物です」


 それを聞いた青年は、何かを察したように、軽く頷いていた。


「そうか。こんな世の中じゃ、一度失くしたモノはそう簡単には帰ってこない。気をつけるんだ」


 青年は誠次の黒い瞳を真っすぐに見据え、ささやく。

 どこか重みのある目の前の青年の言葉に、誠次は「……はい」と生唾を呑んでいた。だが、すぐに表情を引き締める。


「肝に銘じます」

「そうか」 


 次に、青年は口端を面白そうに軽く上げ、


「あと、これは出来ればいいんだが俺は隣の部屋だ。だから、今夜はベッドであまり彼女との物音を立てないでくれると助かる。明日は早起きなんだ」

「っ!? し、しませんからご安心を……」


 打って変わった下世話な話に、誠次はげんなりとしてツッコんでいた。こういう一面もある人なんだなと、少しの安心感を覚えながら。

 

「冗談だ。それじゃ」


 細長い手をフッと微笑した顔の横に挙げ、青年はクールな挨拶で去っていく。

 

「あ、ありがとうございました」


 その後姿を見届けた誠次はドアを閉めた。


(良い人だったな……)


 一方、後ろでは香月が《インビジブル》を解除し、レヴァテインをベッドの横に立てかけていた。


「香月。香月の髪留めだ」

「ええ……。落とすのに気づかなかったぐらい、いつも付けてたから……」

「いつからだ?」

「物心ついた時から、ずっとね」


 誠次は「そうか……」と言いつつ、香月の三日月の髪留めを確認する。ずっと昔から付けているモノだと言うのに、三日月をあしらった髪飾りは、一切の汚れも見当たらない。まるで本物の月のように綺麗だ。

 

「関節が緩んでいるかもしれない。工具があったら直せるかも」

「ありがとう天瀬くん……」

「構わない。大事なモノなんだろう? 俺が直してやるよ」

「そっちじゃなくて、その前……」

「? 前?」


 香月の言葉に、誠次は要領を得れず、首を傾げていた。

 そんな誠次を前に、香月は思わずと言った感じで微笑していた。


 落とし物をちょっとした気まぐれで見つけ、わざわざ隣の旅行客に渡しに行った青年――日向蓮ひゅうがれん

 用意されたホテルの自室に帰り、柔らかいベッドの上に腰を落ち着かせる。


「ホテルを借りるとは、最近の学生は、随分と進んでいるんだな……」


 茶化すような笑みを残したまま、明日への用意の為に、タイマーをセッティングする。この時期の道北の朝は寒いと言うのは理解しており、布団を退かして起きるのにも苦労しそうだ。

 しかし、隊長である以上、国家に選ばれた一流の魔術師である以上、それに似合う働きを求められ、常に応えなければなるまい。それが特殊魔法治安維持組織シィスティム第一分隊長である自分の、使命なのだから。


「あの目……」


 それとちらと目線を合わせただけで、印象に残るものだ。まだ幼さを残してはいるが、芯の強さを感じる黒色が特徴的な目だった。夜を失い、世界も大分だいぶ狭くなった。また、どこかで会うこともあるかもしれない。


「そんなわけはないか……」


 あり得ない予想に苦笑しつつ、明日に備え、日向は静かにベッドに横になった。


                ※


 ――同時刻、北海道は札幌のとあるホテルにて。


『し、知らないわよ!?』

「そんな事言わないでお願いかおりんっ! マジ私人生最大のピンチなんだけど!」


 電話先ですっかり消耗した顔の同級生、波沢香織に大声を出す、相村佐代子あいむらさよこ。少しの化粧を施しているその顔は、頬に乗せるチーク以上に赤く染まっている。


「アンタだって天瀬くんと一緒の部屋でしょ!? わ、私まだ心の準備が……。でもこれって逆にチャンスよね!?」

『そ、そうなんじゃないの……? そうなのかな……?』


 相村の言葉に、画面先の波沢も顔を赤くしているようだ。


「相村―。荷物散らかってるぞー。一緒の部屋を使う以上、整理整頓してくれよ」


 呑気にも相方の長谷川はせがわは、ドアを挟んでベッドのある部屋で自分の服を綺麗に畳んでいる。生徒会室にてよくありすぎる光景だ。そして、長谷川がそういう態度であるから、相村は困りに困っていたのだ。


「し、しょうちゃん……」


 こちらの声など、きっと彼には聞こえていないのだろう。

 デンバコから顔を離し、相村が呆然と声を出す。


『私も自分の荷物整理したいから、もう切りたいんだけど……』

「ま、待ってかおりんっ! 私こう言うの初めてなんだけど、本当にどうしたらいいの!?」

『初めてじゃなかったら怖いよ!? 私だって分からないってば!』


 相村と波沢がきゃあきゃあ言っているのを背に、長谷川は黙々と明日着る用の制服にアイロンをかけている。完全に主夫である。


「もう勘弁しろよ相村。森田もりた先生が安全のために一緒の部屋にいろって言ってきたんだからさ」


 二学年生の魔法科担当の茶髪眼鏡姿の教師の名を上げ、長谷川は言ってくる。


「まあなんも起こんないと思うし、寝るときは反対側向いてやるから、安心していいからさ」

「そう言う問題じゃないでしょ翔ちゃん!?」

「? はぁ?」


 何のことかきょとんとした顔をしている長谷川に、もはや相村は呆れを通り越して絶句していた。


「明日は早いんだし、早く寝よう」

「!? ああもうこの馬鹿ッ!」

「は!? 馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」

「バーカバーカっ! もう知らないからね!?」

「何がだよ!?」

『……』


 そうして言い争う生徒会メンバーの光景をまじまじと見た波沢は苦笑しつつ、我が身の事でもある、と言う現実感をひしひしと感じているようだった。


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