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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
姉と兄と
86/211

6

 ――誠次せいじたちが中央棟の保健室にたどり着いた頃、その八階、理事長室にて。


 紅茶の良い香りが、漂っている 。理事長室で紅茶、と言えば、大阪のアルゲイル魔法学園で朝霞あさかに出されたものがあるが、あれより遥かに温かく、芳醇ほうじゅんな香りだ。


「――っん。とても美味しい紅茶だ。悔しいが、私が淹れてもこうはならないだろう」


 白いティーカップに口をつけ、八ノ夜美里はちのやみさとは満足そうに微笑んでいた。


「ありがとうございます」


 香月こうづき八ノ夜はちのやは、シックな木製の机を挟み、対面する形で、ソファに座っていた。

 香月は無表情のまま、八ノ夜をじっと見つめ、


「そのとある話って、何ですか?」

「私の昔話だが、交換で少し香月の昔話も訊きたくてな」

 

 紅茶の入ったカップを置き、八ノ夜の試すような言葉を受けた香月の整った眉が、ぴくりと動く。


「それは……レ―ヴネメシスの事に関する尋問でしょうか」

「話したくないなら別に話してくれなくてもいい。無理やり訊くなんてことはしないよ」


 八ノ夜はかぶりを振っていた。

 

「いえ。何か協力できることがあれば、私でも協力したいです。この学園とみんなの、自分自身の為にも」


 香月は八ノ夜を見つめ、むしろお願いをするように言っていた。


「そうか……ありがたい」


 八ノ夜は崩していた姿勢を正し、膝の上で手と手を組んだ。


「お礼と言ってはなんだが、私と天瀬の昔話でも聞きたくはないか?」

「是非」


 紅茶をすすりながら紫色の目に光を宿らせ、尚且つ食い気味で答えた香月に、八ノ夜は内心で(苦労してるんだな、天瀬あませ……)としみじみ感じていた。


「前もって遠慮しておくが、そこまでドラマチックなのは期待しないでくれ」


 香月は無言で頷いた。八ノ夜はそれを見て、よしと頷いてから、話し始めた。


「私が天瀬と出会ったのは、ちょうど十年前だ。私はちょうどお前と同じような子供で、一六歳の頃だ」


 現年齢は二六歳だと述べる八ノ夜。見た目はもっと若く感じるが、古風な口調を加味すれば、変な言い回しだが、バランスがとれていると言ったところか。


「天瀬は六歳。小学校に入りたてのまだ純粋無垢な少年で、それはそれは可愛かった。もちろん今でも可愛いが。いや、むしろ大人びてきて最早最高に……」


 うむうむと腕を組んで頷く、変態極まりない八ノ夜を前にしても、香月は無表情で紅茶を啜っていた。

 八ノ夜はハッとなり、こほんと咳ばらいをして続きを話しだす。


天瀬奈緒あませなお。天瀬に一つ下の妹がいたのは知っているか?」

「はい。元気で、年の割に少しませていたって、前に天瀬君が自慢するようにとばり君たちに言っていました」

「元気、か……。天瀬はそう言っていたのか……」

「?」


 香月が小首を傾げる。


「その時は病院の帰りだった。天瀬奈緒は生まれつき身体が弱く、ようやく家への一時帰宅が認められたそうなんだ」

「天瀬君が言ってました。たしか、交通事故が……」


 香月は目を伏せて、物悲し気に言う。

 八ノ夜は目を細め、


「ああ。今なら言えるが、ただの交通事故だったらどんなにマシだった事か……。事故が起こったのはここからそう遠くない、都会の道路だ。しかし時刻が夕方だったのが、不幸だった。そして唯一動けた天瀬がまだ、六歳児でしかない子供だったことも……」

「……誰も下に降りて助けようとはせず、特殊魔法治安維持組織シィスティムを呼ぶことを優先したんですね」

「……彼らが悪いとは一概には言えないよ。彼らはあくまで法律に従い、その手の者に任せようとしただけだ。間違ってはいない……」


 悔しそうにだったが、八ノ夜はふうと息をつき、遠くを見据えていた。サファイアのように綺麗な青い目が、どこかうるんでいるようではあった。


「だが、だからこそ天瀬は、あの日法律を破ってまでしてお前の事を助けたのだ。あの日、窓の中から哀れの目を向けていた連中とは違う、とな。それを忘れるな」

「はい。……天瀬君には本当に感謝しています」


 香月は膝の上に添えた拳を握りしめ、素直に頷いていた。


「話を戻そう。そして駆け付けたのが、¨私たち゛特殊魔法治安維持組織シィスティムだ。……もう、夜だったがな」


 香月の紫色の目が、その時ぴくりと反応した。


「え。少し待ってください。理事長さんはその時まだ一六歳ですよね?」

「当時じゃよくある話さ。現役魔法生で、特殊魔法治安維持組織シィスティムなんてことは。求められたのはとにかく、即戦力だったからな」

「なるほど……」


 昼は高校生であり、夜はその手の仕事の請負人。フィクションではありがちな話に、香月は一応の納得はした。


「現場はまさしく悲惨ひさんで、地獄だった。私たちが駆け付けた時にはすでに、天瀬誠次以外のその場にいた人間は全員゛捕食者イーター゛に捕食された後。生存していた天瀬を最後まで守っていたのは、奈緒さんが起動していた防御魔法だった」

「五歳で、防御魔法……」


 それも実戦で通用するレベルの、防御魔法である。防御魔法は得意な部類ではないが、それは香月から見ても、出来そうにない真似だった。


「そうだ。……こう言ってはなんだが……生きていれば奈緒さんは偉大な魔術師になれたはずだ。本当にやまれるよ……」


 八ノ夜はすっかり冷たくなった紅茶に視線を落とし、つらりと呟いた。


「唯一生存した天瀬は事故のショックで、一時いっとき人間不信になってしまっていた。心を閉ざし、記憶も無くし、会話もろくに出来ないほどの重度な症状だ。周りはこのご時世よくある事だ、などと言っていたがな。そして実際、気の毒だが私もそう思ってしまっていた……。何より私もまだその頃は、子供だった」


 だが、と八ノ夜は目を細める。


「天瀬は魔法が使えなかった。のちに病院に連れて行ったときにそれが判明した。物を浮かす簡単な汎用魔法の展開も出来なかったのだ。それを聞かされた時の天瀬の姿を見たら、さすがにな……。私も両親を亡くした身だし、だから施設の代わりに私が預かることにしたのだ。二人暮らし開始だな」

「理事長さんのご両親も、亡くなられていたのですか」

「なに、珍しい話ではないよ」


 八ノ夜は微笑みながら、そう前置きをする。


「まぁ始めたは良いのだが……。その……色々と大変な二人暮らしだったな」


 八ノ夜は頬をぽりぽりとかいて、当時を振り返っているようだった。その表情は苦笑しているが、嫌な雰囲気ではない。


「特に二人でお風呂に入るときなんかはな……」


 八ノ夜は目をつぶり、あごをさすりながら言っていた。


「天瀬君と、お風呂……。……っ」


 とたん、香月が瞬きを二回ほどする。あ、反応した、と八ノ夜は少し面白く感じていた。


「ま、この話はまた今度にしよう。さぁ次はお前の番だぞ、香月」

「今からが面白いところだと思うのですけど……」


 少しだけ意地悪な八ノ夜に、香月は言葉で不服を示す。

 だが、八ノ夜はどこか勝ち誇ったようににんまりと笑っているだけだ。

 

「でも、わかりました……。私は何から話せばいいでしょうか?」

「気になるのは、君が施設にいたころだ」


 八ノ夜の言葉を聞いた、香月は少しだけ俯いていた。


「思い出すのが辛かったり、言いたくなかったら、無理をしないでいい」

「いいえ。大丈夫です。私は七歳の時まで、テロリストの施設にいました。それ以前の両親の記憶は、あまり覚えていません……」

「構わないよ。しかし、施設とはどんなところだ?」


 八ノ夜の問いに、香月は眉をひそめて、首を横に振る。


「外には出れませんでしたので、地理までは……。ただ、雪がずっと積もっていて、とても寒かったのは覚えています。あとは、温かい紅茶だけが美味しかったのは覚えています……」


 香月は自分が淹れた紅茶に視線を落とし、告白する。


「そこでお前は、魔法を学んだのだな。お前以外にも子供はいたのか?」

「はい。国籍はバラバラでしたが、みんな対人戦闘用の魔法を習得する訓練を、毎日行われされていました。それ以外の事は、何も……」

「一般常識はなしに……戦闘用の魔法だけ……か。まるで戦うだけの戦闘兵器だな……。その時の、魔法を教えていた指導者は覚えているか?」


 あごに手を添え、八ノ夜は問いかける。


「はい。それもまた様々な人種の人が、日替わりで来て魔法を指導していました。その中に、朝霞刃生あさかばしょうの姿もありました。名前はその時、誰も名乗らないのでわかりませんでしたけど」


 香月は視線を落したまま、話し続ける。


「……私たちが生まれた理由は、ただ゛捕食者イーター゛を倒すためだけだと、今思えば施設では洗脳まがいの事が行われていました」

「ふむ……。ではいつ、お前は東馬とうま氏の元へ?」


 八ノ夜の目つきが変わり、鋭い言葉でもって、香月に尋ねる。

 香月はそんな八ノ夜には気を取られることもなく、どこか影がある声で話し続けた。


「さっきも言いましたが、七歳の頃です。完全に管理、規律された生活を過ごしていた施設に突然、武装した警察が襲撃してきました。魔法での戦いの末、施設は崩壊。そして私たちも一応は、解放されました」

「その後、君は東馬とうまさんの家族と暮らし始めたのだな?」


 八ノ夜は身を乗り出すほどの勢いで、聞いてくる。なぜだろうか? なぜここまでお父さんとの出会いを聞きたがるのだろうか? と、香月は少し戸惑っていた。


「はい。私の両親の友達だと言って、もしもの時は私を預かる約束をしていたそうです」

「……」

「そこからは小学校、中学校と学校に通わせてくれました。……友達も出来ず、勉強も全然出来ませんでしたけど」

「だが今は、どうだ?」


 八ノ夜が茶化すように言うと、香月はそれに釣られ、思わずといった感じで硬かった表情を崩していた。


「今は……この学園にいれて、よかったと思います」

「そう言ってくれると、私も嬉しいよ。学園とはやはり、こうでなくてはな」


 八ノ夜は満足そうに、頷いていた。

 八ノ夜の望む学園像。それが少しだけ、ぼんやりと見えたような気が、香月にはした。

 香月を先に部屋に帰らせた一方、八ノ夜は内心にて呟く。


(十年前から、どうやら全ての因縁は始まっていたようだな、天瀬……)


 休息の時はない。九月の夜の外へと外出をするため、八ノ夜は理事長室の電気を落とし、部屋を後にした。


今晩はグッドイブニング八ノ夜理事長」


 出た直後、聞き覚えのない女性の声に、足を止められた。声のした方を見ると、絵に描いたような美しさの金髪碧眼の女性が、通路に立っていた。


「ん? 初めましてだな」

「初めまして、星野百合ほしのゆりと申します。お疲れ様です、八ノ夜理事長」


 百合は軽い会釈をしていた。随分と綺麗な女性だな、と胸の内で思う傍ら、八ノ夜は思い出しもした。


「ああ、教育実習生の者か。今日が初日だったはずでしたね。ご苦労さまです」

「いえ。とても楽しく過ごせたんで、疲れはありませんでした。噂の天瀬君に、学園内の案内もしてもらいましたし」

「そうですか。お人好しですね、アイツは」


 八ノ夜は微笑む。


「……それにしても、ずいぶんとお若いんですね、理事長さん」


 百合はどこか感心するように、八ノ夜を見つめていた。

 八ノ夜は少しだけ居心地が悪そうに、苦笑する。


「魔法科担当の教師など、どこもかしこも若いはずですよ。向こうもそうだったでしょう?」

「確かに、そうですね。――でも……不思議だと思いませんか?」

「? 何がだ?」


 百合の青い目を見据え、八ノ夜は少し戸惑いの色を見せる。


「魔法学園の理事長、その強さ。そして、誰が理事長を決めるのか? 大阪でのアルゲイル魔法学園での朝霞刃生あさかばしょうの凶行を許したのは、果たして誰なのか?」

「……」


 ニコリ、と笑った百合の口から溢れるように出る言葉を、八ノ夜はじっと聞いていた。


「そして、なぜか魔法が使えない天瀬誠次君の持つ剣。神話に出てくる魔剣の生まれ変わり。それをこの世に生み落とした人とは、一体誰なのでしょうか? 私はとても興味深いです。ええ、謎が多すぎるほど、興味深いです」


 歌でも歌うかのように胸に手を添え、うんうんと頷きながら百合は言ってくる。


「全てはトリックスターの仕業、かもしれませんね」

「トリック、スター?」


 百合が首を傾げる最中も、八ノ夜は静かに考える。

 ――なぜ、よりにもよって東馬がレ―ヴァテインと言う名を口にした? それはこちらにとってみれば、あまりにも都合が良すぎる話だったのだ。

 そして気になる点はもう一つ。朝霞刃生の行動理念だ。彼の言っていたと言う完全な魔法世界。だとすれば、彼がおとなしくテロに従っている理由がわからない。そもそも東馬は、魔法が使えない年代のはずだ。


(もう一度詳しく調べる必要があるな……)

「お時間を取らせて申し訳ありません、八ノ夜理事長」


 百合が道を開け、八ノ夜は意識を現実へと引き戻されていた。


「構いませんよ。では私は少し出かけてくる」

「あら、頼もしい言葉遣いですね。ただ、なにとぞお身体にはお気をつけて」


 去り際の百合の言葉が身に染みるようで、八ノ夜は意を決していた。

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