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そんなこんなで始まっていた、星野百合へのヴィザリウス魔法学園の施設紹介。誠次はまず、教室がある学科棟を、百合に紹介していた。
「俺もまだ一学年生なんで、詳しいところまではわかりませんけど、七階建てで上のほうにつれて上級生の先輩方のクラスになっています」
廊下を歩きながら、自分のすぐ横を歩く百合に話す。百合は周囲をきょろきょろと見渡し、ほうほうと頷いている。
美しい金髪碧眼の百合が周囲を歩く生徒たちの目を引いているのは明らかで、誠次は少し居心地が悪い気分であったが、顔や態度には表さなかった。
代わりに。
「先生、一つ質問してもいいですか?」
「うふふ。あなた授業中から私のことばっかり見てたものね?」
一瞬で妖しい笑みを浮かべ、首を傾げてくる百合に、誠次は二度戸惑う。
「そ、それは先生のほうが……」
「いいわ。なんでも聞いてちょうだい?」
誠次はこほんと左手で空咳をすると、異様に距離が近い百合を見て、
「大阪のアルゲイル魔法学園に通っている、星野一希君と友達なんですけど、お姉さんでしょうか?」
あら、と百合は目を大きく反応させる。
「ええ、私の可愛い弟よ。一希を知っていたのね?」
百合は長いまつ毛の目をぱちくりとして、逆に誠次に問いかける素振りだ。
「はい。大阪に行った時に、会いまして」
「え。それで友達、なの?」
「向こうはどう思っているかは分かりませんが、俺は少なくとも同じ夢を持っているライバルであり、それを共有する友達だと思います」
誠次がハキハキと答えるが、百合の表情は冴えないものであった。
「……そう。一希が友達、か」
長いまつげの目元を細め、百合はぽつりと呟いていた。
「こちらに戻られてから、一希とは会いましたか?」
「いいえ。お互いの連絡先も知らない状況よ。会いたいとは思うけど」
これは少し複雑な問題なのかもしれない。語尾を濁した百合を横に、誠次はそう思っていた。
「そうですか……。次は、こちらに行きましょう」
「ええ。お願い」
誠次の案内は続く。
そして、そんな誠次と百合を尾行するかのように、学科棟の廊下に張り付いている、二つの影が――、
「……ごくりっ」
「……」
軽い印象を受ける金髪が眩しい志藤颯介と、さらりと流れる銀髪が美しい香月詩音である。この二人の共通点は、つまるところ、帰宅部という点だ。
待ち合わせも示し合わせもしていなかったため、唐突に横にいた香月に志藤は素で驚く。
「こ、香月……!? い、いやー天瀬の追っかけなんて、なんだ、暇なんだな、お前も」
「そう言う……ええっと……――ナツダワンの中の人こそ」
一瞬だけ真剣に考えた後、しれっと香月は言い放つ。
「もう絶対わざとだよな!? 俺の名前間違えるシリーズ! もう諦め半分で一応言っとくけど志藤だからな!?」
「ええ、覚えたわ」
「嘘つけっての!」
無表情で即答してくる香月に、志藤はどうしようもなくがしがしと髪をかいているのであった。
「この間はありがとう。あなたのおかげで、テロを未然に防ぐことができたわ」
香月はじっと誠次と百合の様子を見つめつつ、志藤に言う。気を取り直していた志藤は、壁に両手を添えたまま香月を見て、硬直していた。
「ま、まさか香月からありがとうなんて言われるなんてな……」
「……」
またなの? と香月はどこか不機嫌そうに眉を寄せていた。
「そんなに私が言うとおかしいことなのかしら……?」
「い、いやなんつーかさ。昔の香月だったら無視か睨むだけではい終わり、じゃん。天瀬から良い影響を受けたんだなって思ってさ」
鼻の下をかきつつ、あははと志藤は笑って言う。志藤自身、どう伝えればいいのかよくわからないのだ。しかし一方で、志藤の言葉を聞いた香月は、自身の胸に手を当てていた。
「だったら、それも含めて、あなたたちのおかげね」
「よ、よせよ。俺はなんもやってねえよ。……この間だってそうだ」
志藤はふうと息をつき、スラックスのポケットに手を突っ込んで肩を竦めていた。何か思うことがあるのか、沈黙は少し続く。
「あの、シドくん」
「……もうツッコまねーぞ……」
「天瀬くんと百合先生、どこかに行っちゃったみたいだけど……」
「なんだって!? やっべっ!」
他愛なさすぎる無駄話を続けていた結果、ターゲットを見失ってしまったようだ。
志藤が曲がり角から身を乗り出して悔しがる。
「そもそもなんでシドくんは天瀬君を追いかけているの?」
きょとんとする香月が、志藤に問いかける。
「そりゃあ香月お前……色っぽいお姉さんと初心な男子が二人っきりってことは、もうそういう事しかねーじゃんかよ! 要するにスクープの目撃者だぜ!?」
誠次の追跡を諦めたのかどうかは定かではないが、志藤は両手を広げてジェスチャーを交え、得意げに香月に説明する。その顔は若干赤く、興奮しているようだ。
「そういう、事……? それって……」
香月はいまいち要領を得ないようで、小首を傾げている。
「つまりだな……なんつーか……その……。……歴史の目撃者的なっ!?」
「……?」
「自分で言っといてなんだが……せ、説明できねぇ……っ!」
「……?」
よくわからない志藤の説明に、香月はひたすら首を傾げているのであった。
――だが。
「なんだか分からないけど……もやもやする……」
そんな志藤と香月のやり取りに気づくはずもなく、誠次と百合が次にやって来たのは、ヴィザリウス魔法学園にて活動する部活動の施設が集中している、特別活動棟と呼ばれる棟だった。学科棟と委員会棟と隣接しており、それは中央棟から見て南東の位置に建っている。
「ここでは各部活動の部室が軒を連ねています。運動部と文化部も関係なく、一緒ですね」
白亜の通路を見渡しながら、誠次は説明する。途中で、部活の服に着替えた生徒たち何名かとはすれ違っていた。この棟を制服姿で歩くのは、結構珍しいことではある。
「なるほど。それじゃあ、せっかくだから本城千尋さんが誘ってくれた水泳部のプールに行きましょうか? 室内よね?」
「いや、しかし……」
百合が提案してくるが、誠次はあまり乗り気ではなかった。
「確かこっちです……」
百合だけを中に入れるのであれば、大丈夫だろう。そう誠次は自分の中で言い訳をして、百合を案内する。
「ありがとっ。剣術士くん」
最終的に誠次が折れる形で、百合を連れて室内プールがあるはずの特別活動棟、一階へと向かった。
「本当、この学園って広いですよね。三年間ではもったいないくらいに」
室内プールへと向かう途中、何か会話でもと思った誠次は、少し嫌味を混ぜてこんなことを言ってみる。
「んー。確かにここも広いけど、私がいたアメリカのエウラモス魔法大学と比べると、狭いわ」
「このスケールでまだ狭いって……さすがアメリカですね」
「まあね。向こうはもはや軍事基地に近い形だったもの。それだけ、力を入れているってことよ……」
明るく会話をしながら通り過ぎていく女子生徒たちを見つめ、どこか暗い百合の口調だった。
そんな会話をしているうちに、室内プールの入り口まで、二人はたどり着いた。通路とはスモーク加工されたガラス戸で仕切られており、二つある扉はそれぞれ男子、女子更衣室へと繋がっているのだろう。
「ルームメイトの話では、男子と女子のプールは別々になっているそうです。おそらく更衣室から別れているんでしょうね」
「あら。それじゃあ、男子水泳部員が少し可哀そうね」
「はは……確かに、そうかもですね」
自重しない百合の発言に、誠次は苦笑いをしていた。本当、自由の国気質と言うのかなんなのか、である。
「それじゃあ、女子水泳部の方へ行きましょうか」
言うと百合は、なんと誠次を逃がさないように誠次の左手を両手でぎゅっと握り締め、そのまま女子更衣室へと引き込もうとしてくる。
「ちょ、ちょっと!?」
誠次が慌てて百合を振りほどこうとするが、百合はぎゅっと誠次の左手を掴んだまま「大丈夫、大丈夫! 先生がついてるから!」と笑うだけだ。
「先生って言っても……まだ研修生ですよね!?」
相手は女性で、しかもこちらは怪我をしている。誠次も身体での大した抵抗はできないでいた。
「そうよ? だから何があっても私が責任取るから安心して頂戴」
「いえ、ますます安心出来ませんよ!?」
「もう良いから良いから! 女性の教員証だったらここも楽々解除できちゃうし。私一人だと心細いし」
必死の抵抗を試みた誠次であったが、最終的に百合の勢いに負け、また内心でこの状況に゛どうにでもなれとも思ってしまう゛自分もおり、とうとう女子更衣室の中へと入ってしまったのであった。
「あくまで案内だ……。俺は何も悪くない……悪くない……!」
目を瞑り、祈るようにして誠次はぶつぶつと唱える。視界がなくなり、敏感になった鼻に仄かに香る、女性らしい優しい匂い。
きっと自分のこんな反応を見て、百合は面白がっているに違いない。そう直感した誠次は、薄目を開けて、左手を握る百合の方を見てみる。
「可愛い反応ね?」
案の定であった。
幸い(?)にも女子の着替えなどはロッカーにしまわれているようであり、誠次は目を完全に開いてみる。
「俺をおちょくっているんでしたらっ! ……その、勘弁してほしいのですが……」
「おちょくってるわよ? そして、勘弁してあげない」
誠次がむきになって反抗すると、百合はさらに嬉しそうに笑ってくる。一瞬だけ、あどけない笑顔が重なっているようにも見えて。
どうすればいいのか、と誠次がひたすら悩んだままでいると、
「あら、あれって千尋ちゃんじゃない? 行ってみましょう」
誠次の気持なんかちっとも意に介さず、百合はるんるんと鼻歌でも歌いそうな勢いでとうとう、プールサイドへ繋がる強化プラスチックの戸を開けるのであった。
「神様どうか俺に、平和な明日をっ!」
とうとう神頼みに走った誠次を、温室プール独特の湿った空気と水が弾ける音が迎えていた。
「こんばんわー」
対照的に気の抜けるような挨拶をしていたのは、やはり楽し気な百合だった。角形の室内で反響した百合の声に、競泳水着姿の女子高生たち数十人が一斉に反応した。
「あ、来てくださいました! 誠次くん!」
プールの中で、独特の反響をする女子たちの声。
水が滴る金色のロングヘアーを揺らし、本城千尋がやってくる。元々スタイルの良い千尋であったが、その身体のラインがぴったりと強調される競泳水着姿である。水がつーっと、千尋の白肌な太ももから流れ、落ちていく。
「誠次くん?」
千尋が目の前までやって来たところで、その姿を見つめ切れず、誠次は顔――と言うよりは、千尋の頭頂部を赤面しながらじっと見ていた。
「す、すまない……あの……練習の邪魔をして……」
「あー。一組の剣術士くんじゃん。見に来てくれたの?」
一斉に誠次と百合の周りに集まってくる、女子水泳部員たち。皆一様に水着姿であり、誠次にすれば美味しいことこの上ない状況であったが、凝視するわけにはいかず、やはり目のやり場に困るものだった。
「見に来たわけじゃなくて、その……先生の付き添いで。新しい人だから……」
髪をかきながら、視線をあっちこっちに向け、誠次は言い訳をする。
「ふーん――」
――だが、そんな誠次の態度や仕草はどうやら、ここの部活の女子たちには面白く映っていたようで、
「ねえ、テロと戦って勝ったんだよね? 凄いじゃん!」
「天瀬君の剣、触らしてー」
妖しい笑みを浮かべてにじり寄ってくる、女子水泳部員たち。
「なんで知ってるんだ!? ちょっと、顧問の先生は!?」
お世辞にも露出度が低いとは言えない競泳水着を着た女子たちに囲まれた誠次は、助けを求めるように、千尋を見て尋ねる。
「国語の祭田先生です。女性版、男子体育担当の岡本先生と言われて怒ると非常に怖い先生です。今は席を外していますから安心してください」
「岡本先生怖いから!」
あの体育教師の怒声は聞くだけで身震いがする。
今の説明の一体どこに安心できる要素があったのだろうか。ぴちゃっ、と更衣室で靴と靴下を脱いでいた裸足の足音を立てる誠次。千尋たち水泳部員も、水着の下の艶かしい素足を全て誠次に向けていた。
「岡本先生って怖いのね。覚えたわ。職員室にいるときはイタズラしないように注意しないと」
あごに人差し指を添えた百合が、変に覚えてしまった。
「イタズラ……?」
誠次が色々な意味でぞっとしていた。
「――ってそんなことより、ここに男の俺がいちゃまずいだろ! もうちょっとないのか!? この、悲鳴をあげられるとか!」
「え? 誠次君はそうしてほしいのですか……?」
「違う!」
「クスクス」
千尋と誠次のやり取りに、周囲から笑い声が漏れてくる。
そうなると、いよいよ誠次は耐え切れずに赤面し、
「ああもう……外で待ってますっ!」
誠次は女子たちの視線から逃れるように振り向くと、一応はプールサイドなので早歩きで、女子更衣室まで戻っていく。
一方で、誠次が去った後のプールサイドにはどこか落胆のムードが漂っているのであった。
「……もしかして、誠次君を怒らせてしまいましたかね?」
「千尋の水着姿を見て恥ずかしがってるだけよ。可愛い反応だったじゃん」
一つ先輩の水泳部員が、楽しげな表情で言っている。
「そうだと、いいのですけど……」
湿った水着の胸に手を添え、千尋は気落ちしたように呟いていた。
「お父様がこの間の一件以来、誠次君をとても気に入ってしまったんです」
「何があったかは聞いたわ。本城直正さんね?」
「格好いいです、誠次君……」
苦笑する百合だったが、千尋の妄想は止まらない。プールサイドにて、ぴちゃりと楽し気に水が跳ねる音は、その後も止まなかった。
そのまた一方、女子更衣室からからがら逃げ出した誠次は、最悪の局面を迎えていた。
「お前……なんで、女子更衣室から……」
特別活動棟通路にて、お隣のドアより。そこから出てきた水泳部の男子と、ばったり鉢合わせしてしまっていたのであった。
「これには、理由が」
誠次は女子更衣室のドアに手をかけたまま、しばしの硬直。遭遇した他クラスの男子水泳部員も、タオルを片手に、硬直している。
「そりゃあお前……いくら持て余してるからって、やっちゃ、ダメだろ……」
「違、う……」
「どうしたんだ?」
そこへ現れたのは、今の誠次にとっての救世主だった。
「夕島!」
濡れた黒髪の下にタオルを巻き、眼鏡をかけている夕島聡也が、男子更衣室から出てきた。
その後夕島の方からも、教育実習生への施設の案内、と釈明してもらい、誤解はどうにか解けた。――だとしても、女子更衣室から出てきた事実は変わらず、終始なにか危険なものを見る目をされてしまっていたのだが。
「助かった夕島。面倒をかけたな」
夕島と二人きりとなった誠次はため息交じりに声をかける。それも、百合に振り回される放課後は、まだ始まったばかりなのだ。負傷している右手のせいもあるだろうが、とにかく体が重い。
「別に構わない。天瀬もいろいろと大変なんだなって、思うからな」
ワイシャツのネクタイを締めながら、夕島は微笑んでいた。
「も?」
「時に天瀬。今お前は、女性問題で頭を悩ませているだろう」
ズバリ、と。何かの名探偵を彷彿とさせるように、突然眼鏡を光らせた夕島は、唐突にそう告げてくる。
面食らったのは誠次の方だった。
「多くの女性に好意を持たれ、どうしていいかわからない。そうじゃないのか?」
誠次は答えにどもる。だが誠次自身、自覚がないわけではなかった。
「……仰る通りなんだ」
誠次は困ったように後ろ髪をかき、続いて悩ましく目を瞑る。
「俺自身、どうしていいかわからないんだ。もちろん嬉しいし、期待には応えたいけど……。なんかこう言うの、口に出すと恥ずかしいな……」
何よりも誠次にとっての問題は、付加魔法関連の事なのだ。結構前に証明された通り、付加魔法は女性からのものにより、最大限の力を発揮できる。そしてその効果中に女性に現れるあの現象。――それらを加味した場合、とても女性からの好意を無碍にするわけにはいかないのだ。
複数の女性から好意をもらうとはまさか夢にも思っておらず、誠次は困り果てていた。もちろん、迷惑なわけではないが、実際自分の身に起こったこの状況に、どうすればいいのか誠次には分らなかったのだ。
「……その点も含めて、俺の知り合いにどうにかできそうな人がいるんだ」
「なんか、図書館の時と立場が逆転してるみたいだな……」
後で百合に紹介する施設にて、プール前のひと騒動を思い出し、誠次は言う。
「でも一体誰だ?」
「正直あまり頼りたくはない相手だけど、ルームメイトの為なら俺が頼んでみるよ」
「そ、そうか。重ねてすまないな、夕島」
「いい。それじゃあ、夜にでもまた会おう」
軽く微笑んだ夕島は、湿ったタオルを片手に、再び男子更衣室へと戻っていく。
夕島が頼りたくはないけど、その手のことについてはどうにかできそうな人とは、いったい誰だろうか?
「図書館の時は夕島のお兄さんに結構な目にあったけど、まさかな」
夕島の兄――夕島伸也のちゃらい風貌と態度を思い出しつつ、誠次はうんうんと笑っていた。
その後すぐ、女子更衣室から出てきた百合に「なんでニヤニヤしているのかしら?」と聞かれ、答えに困りもした誠次だった。




