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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
姉と兄と
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1

「大変そうですね……」


 アルゲイル魔法学園での戦いから二日経った午前。すなわち、夏休み最終日の八月三一日。

 ヴィザリウス魔法学園中央棟の職員室は、いつになく慌ただしい喧騒に包まれていた。教師たちの足の踏み場がないほど、床には紙が散乱しており、誠次せいじはそれを踏まないようにしつつ、担任教師である林政俊はやしまさとしの前に立ち、一言。


「それお前が言うか」


 頭の包帯は取れたが、右手を抑えるギブスは固定されており、右手の自由は効かない。今時魔法であら不思議のこの時代に、このような旧式の処置を受けているのはやはり珍しくあった。


「まあ、俺たちも結果的に尻拭いをさせられてるようなもんだしな」 


 林は黒いローラー椅子に背中を押し付け、いかにも面倒くさそうな表情をしていた。そんな林の机の上にも、所狭しと無数の紙が。

 ――アルゲイル魔法学園の理事長が、テロリストのメンバー。その事実は世間に広がる事こそは相変わらずなかったものの、主に魔法に関する政府の重役などから、ヴィザリウス魔法学園にも火の粉が降りかかっている状態だった。今も、職員室の中では怒号に似た苛立ち声が、絶え間なく聞こえてくる。


朝霞あさか戸賀とがは、あれからどうなったんですか?」

「戸賀ってのはともかく、朝霞理事……いやもう理事長じゃないのか。朝霞は特殊魔法治安維持組織シィスティムでこってり取り調べを受けているところだろうよ。二人ともメーデイア行は確実だろうな」


 そして、相変わらず八ノ夜はちのやは今この学園にいないようだ。


「八ノ夜理事長は現在どこに?」

「あの人が昨日今日とで行ったところをマーキングすれば、日本なんかあっという間に真っ赤だな。全国を駆け巡って事情説明の最中だ。そんな中でも、調べたいことがあったようだが……」

(例の香月に関することか……)


 何だかんだで、あの人はこの学園と生徒の為に尽力してくれている。誰が言ったか、八ノ夜美里がいる限り、ヴィザリウス魔法学園は安泰あんたいだと言う言葉まで出ているらしい。


「では、アルゲイル魔法学園の現状は?」

「現在は校長が代理のトップだ。なんせ今は向こうの方が大変だろうよ。生徒の保護者には言い方は悪いがうまく話をつけなけりゃならんからな」

「校長? 理事長の他に、学園にはそのような人がいるんですか?」


誠次は首を傾げていた。


「知らなかったのか? 世界各国の魔法学園は理事長の下に学校法人関係が続いて行く形なんだ。俺たちのような魔法科担当教師は一般高校教師とは別物だな」


 林が説明してくるが、誠次はまだきょとんとしていた。


「……すいませんわかりません」

「分かりやすく言うとだな。普通科の高校に、魔法って要素がとっついているのが魔法学園ってわけだ。当然ここヴィザリウス魔法学園にも、本来の普通科高校分の校長はいる」

「この学園にも校長先生がいるんですか? 誰ですか?」

「? 知らなかったのか? 柳敏也やなぎとしやさんだぞ」

「え!?」


誠次は思わず変な声を出してしまった。その時頭に浮かんだのは、朗らかな笑顔――すこしお茶目――でこちらにピースをしている柳の姿だった。


「あの人が、影の支配者だったんですか……!」


 誠次が身震いしていると、林は軽く笑い、


「なんだその怖い二つ名は……。まあお前らが知らなくても驚かねえな。あの人、基本的に学園事業は理事長に任せてるし、出来るだけ生徒の近くで接していたいって人だしな。実際カフェのマスターなんてお似合いだぜ。……おっと、今のはべつに失言じゃねえよな剣術士?」

「いや俺に確認するように言われましても……」


 一方で、夏祭りで知らず知らずのうちに校長先生のお孫さんを守っていたんだと、思い出している誠次であった。

 ふと突然、何やら林が右手で作った拳を上げて来ていた。


「ま、やったな剣術士」


 今回の件で、怪我人こそ誠次自身を含めて大勢出たものの、死者は〇。今はそれを喜ぶべきなのだろう。


「……ええ、やってやりました」


 誠次も軽く笑い、林と左手で拳を合わせていた。


「――いやまあ本城さんがやられちまったら、俺たちの給料払ってくれるところがなくなっちまうから、マジで助かったぜ剣術士」

「不謹慎極まりないな!」


胸に手を当て、ふうっと安堵の息をつく林に、誠次は全力でツッコんでしまっていた。周囲の教師が誠次と林の方をちらりと見るが、すぐに事後処理に戻っていく。


「それはそうとお前、とうとうそのレヴァテインで人を斬ったそうだな」


 打って変わり、林は机に乗せた左手で頬杖をつき、真剣な表情で告げて来る。周りの人は電話に夢中で、林が意図的にひそめた声は聞こえていないようだ。


「……はい。こうするしかなかったと思い、やりました」


 レヴァテインは今日も背中に装備している。誠次は背中に視線を送りつつ、林と同じく真剣な表情だった。


「そうか……」


林は頬杖をやめ、ローラー椅子を動かして身体ごと誠次を見る。


「三〇年前、一度この世界は死んでいる。当時はモラルも何もない時代だ。当然、生まれたての魔法を使った犯罪が横行していた」


 林は胸のポケットから煙草を一本取り出し、おもむろに口に咥える。失われた夜生まれの体験者、だからこその言葉だろう。林は煙草を咥えたまま、遠い目をして話し続ける。


「あの、林先生……」

「まあいろいろあって三〇年。ようやく世界が落ち着き始めて来た時に、このテロだもんな。つまりなにが言いたいかと言うと、お前が剣で人を斬った事なんざ、この三〇年間の中では言っちゃ悪いが、それはそれは小さい出来事に過ぎないんだ。だがその慣れたくはないって気持ちだけは、絶対に忘れるな」


 林は赤い魔法式を展開し、煙草に素早く火をつける。


「なんの感情もなく人を傷つけるような奴にはなるなって事だ。相手も一応は人間だ。――ただ、売られた喧嘩は必ず返せ。それがこの魔法世界流の礼儀だ」


 ふう、と煙を吐いて林はドヤ顔で言っていた。おそらく、良い事言ったと思っているのだろう。その姿はどことなく格好良かったが――、


「なるほどなるほど……。つまり職員室で生徒を前に平然と喫煙することは、私たちに対して喧嘩を売っていると言うことですね林先生?」

「え?」


 慌てて煙草を口から離し、ぎょっとした声を林は出す。


「やっば! 無意識に……」


 林の真後ろには、茶色の髪をポニーテールでしばった若い女性教師――向原琴音むかいはらことねが、腰に手を当てて立っていた。


「無意識ではすみません。学園内は全棟禁煙です!」

「まーまー。夜吸えねーから勘弁してくれよ、向原」


 開き直り、ニヒルな笑みを浮かべて林は肩を竦める。

 途端、ぼかっ、と鈍い音が響く。林の頭頂部に、向原が空手チョップをお見舞いしていたのだ。


「痛ぇ!?」

「自業自得です」


 向原はそのまま手をぱんぱんとはたくと、ふんとそっぽを向いて去って行く。


「お、おい剣術士……。敢えて訊こう……なんで向原の接近を教えなかった……?」


 頭を抑え、涙目の林が恨めしく誠次を見やる。


「ちゅ、注意しようとは思いましたが、タイミングが……!」


 びしっと気をつけの姿勢で、誠次は答えていた。


「よし、お前の夏休みの宿題は見なかったことにしといてやろう」

「夏――……しまったまだ終わってないっ!」


 ハッとなり、誠次は青ざめる。夏休み最終日まで宿題放置と言う様式美を、見事に遂行してしまったのである。


「はい、アウトーッ!」


 椅子から飛び跳ねるほどの勢いで、林は宣告していた。その後、あまりの五月蠅うるささに、ただでさえ忙しい身の周りの教師からの御怒りを頂戴していたのは、言うまでもない。誠次も含めて。


 昨日は一日中病院にいた為、実際にヴィザリウス魔法学園の寮に戻って来るのは、今日が大阪から帰って来て初となる。職員室での報告を済ませた誠次は、すっかり見慣れ、どこか安心できる廊下を歩いていた。


「うお、なんだそれ。ミイラの真似かなんかか?」

「怪我の固定用のギブスだ。階段から転んで骨折してさ。昔の人はみんなこうやって骨折とか怪我とか治してたんだぞ」


 学科棟を歩けば身体をじろじろ見られ、顔見知りから説明を求められればそう返していた。

 やがて自分の教室の扉の前まで戻って来た誠次。何故か志藤しどうから、寮室ではなくまず教室に来てくれとの連絡があったのだ。


(みんなには、ちゃんと事情を説明しないとな……)


 誠次はドアに手をかけ、心の中でそう呟く。

 たった数日会っていないだけなのに、なぜかひどく遠くに感じてしまう存在。

 ドアを開けると、まず視界に飛び込んで来たのは、親友の顔だった。


「おかえりー! 天瀬あませ!」

「し、志藤しどう?」


 志藤颯介しどうそうすけはにこにこ笑いながら、戸惑う誠次に声を掛けて来ていた。


「ういっす」

「お帰りなさい、天瀬さん」

「お帰り」


 とばり小野寺おのでら夕島ゆうじまも、朝日が差しこむ教室で待っていた。


「天瀬くん」

「天瀬……」

「お帰りなさい……」


 驚くことに、教室にはさらに学園の制服姿で香月こうづき桜庭さくらば篠上しのかみまでもがいた。


「まずは天瀬からの話をみんなで聞こうぜ」


 まるで前から用意していたかのようにてきぱきと、志藤が仕切る。

 教室の中に入って数歩進み、誠次が尚も困ったままでいると、志藤がやって来て、耳元でぼそりとこう言った。


「゛捕食者イーター゛やテロのことは、お前だけの問題じゃないはずだ。俺たちにもそれくらい、共有させてくれよ」

「……」


 誠次は頷いてから、こちらを真剣な表情で見ているクラスメイトたちの顔を見る。


「……」


 香月と桜庭と目を合わせつつ、誠次は志藤を含めた七人の前まで、歩いた。


「分かった。俺は――」


 クラスメイトたちは、みんな真剣に誠次の言葉に耳を傾けていた。


「――そうでもしないと、桜庭と香月を守れなかったんだ……。リリック会館の時だって、仕方がなかったんだって、言いたい……」


 誠次は視線を落とし、自分に言い聞かせるようにして言っていた。

 しばし、沈黙してしまった室内の雰囲気を変えたのは、桜庭の言葉からだった。


「もしもの話だけど……あたしが天瀬の立場だったら……天瀬とおんなじことしてたと思う……。その、みんなに内緒にしてるってとこ。巻き込みたくはないもん……」

「そうですね。自分も、みなさんには内緒にしてしまっていたと思います……」


 桜庭の意見に頷いたのは、中性的な顔立ちの小野寺真おのでらまことだ。


「だな。それにリリック会館でお前が人を傷つけたって言うんなら、俺だって同罪だ。ぶっちゃけ、もっとばっさばさ人を斬ってたとも思ってたぜ? まあそれが本当ならやっぱり怖いけど、それでも天瀬はクラスメイトで友達だ」


 帳の言葉に同調し、頷いたのは篠上だ。


「私も……林間学校で私は天瀬と一緒に戦った。だったらその責任は私にもあるわ。もう三〇年以上前みたいに……日本も平和じゃないんだもんね……」

「篠上さんの言う通りよ。身近なところに危険があるから、対処できるように充分に気をつけないと、駄目よ」


 香月がさらっと言ってくる。それに香月以外の誠次を含めた七人全員が、驚いている。名を出された篠上に至っては、青色の目を点にしていた。


「……え。みんな、どうしたの?」

「……い、意外だと思ったんだ」


 夕島がずれた眼鏡を整えながら、戸惑う香月をまじまじと見ている。


「意外って……?」 


 香月はわけがわからないと言った表情で、教室内の全員を見渡していた。


「そもそもこう言う場に集合しているのも意外だったんだけど……!」

「まさか、あの香月さんが……! 自分たちの事を心配してくれるなんて……!」


 帳と小野寺が顔を見合わせ、何故なぜか妙に感動している。


「わた……私だって、それくらいは……」


 それにどこか不服そうな香月は、どうしたものかと誠次を見た。

 誠次は誠次で、そんな香月の反応が面白く感じてしまい、軽く笑っているのであった。


「えへへ。でも、確かにこうちゃんの言う通りだよ。あたしたちも、天瀬とこうちゃんに守られてばかりじゃ駄目だと思う」


 桜庭がみんなを見渡し、自信満々の顔で言う。それに頷いたのは、誠次と香月を含めたこの場の全員だった。

 ここでようやく、机の上に座って腕を組んでいた志藤が、口を開く。

 

「――よっしや。これからはみんなでちゃんと情報を共有していこうぜ。もちろん俺たちだけでじゃなく、学園のみんなでだ」

「なんで志藤が仕切ってるのよ」


 篠上がジト目で志藤を見る。


「い、いーだろ別に!」

「「「あはは」」」


 一見、変わらないクラスメイトたちのなんともないやりとり。


(志藤……?)


 しかし誠次は、志藤のどこかいつもと違うから元気のような雰囲気を、感じていた。


「そーそー。小野寺くんの妹さんと会ったよ」

「! 会われたんですか桜庭さん……。な、なにか失礼なことなどは……?」 

「あー……あたしは大丈夫だったけど、天瀬がちょっとね……」


 桜庭を中心に大阪の話で盛り上がっているクラスメイトたちをひとまず余所に置き、誠次は志藤の所まで歩み寄った。


「志藤。あの時は助かった。志藤と志藤のお父さんのおかげだ」


 志藤は誠次に気付き、組んでいた腕を解く。


「そうか、ならよかったぜ」


 窓から差しこむ朝日の逆光のせいか、どこか陰があるように感じる言葉。


「志藤の親って、いったい何者なんだ?」


 誠次の問いに、志藤の黄色い瞳が微かに動く。


「……特殊魔法治安維持組織シィスティムの情報処理を行っている機関のお偉いさんだ。機密で今まで言えなかったんだと」

「なんだ、それって凄いことじゃないか」


 周りから妬まれたり羨ましがられるのも当然か、と思った。

 誠次の素早い返しに、一瞬だけ目を点にしていた志藤は後ろ髪をかきあげ、


「はは、まあな。俺の偉大さがわかっただろ?」

「いや、それは志藤のお父さんの方だろ……」

「それもそうだな」


 志藤と誠次はお互いに苦笑をこぼす。その直後、教室のドアの外から、ノックする音が響いた。


「さて、行ってやれよヒーロー」


 志藤がドアの方へ視線を向けて、誠次をかす。

 何事かと誠次も志藤と同じ方を見ると、ドアのガラス窓の向こうに、少しだけ申し訳なさそうな表情をしている少女がいた。


「あの……少し……お話しが……。……天瀬くんと。お取込み中でしたら大丈夫です」


 金髪の同級生少女、本城千尋ほんじょうちひろだった。大阪で人知れず誠次が守った、魔法執行省大臣、本城直正ほんじょうなおまさの娘である。どこか言い辛そうに、本城は周囲をきょろきょろと見渡していた。

 

「職員室の用が終わったらしいわね」


 篠上が椅子から立ち、本城に軽く手を振りながら言う。


「良いムードだからって、強引なのは駄目だかんな……」

「な、なんのことだ!」


 志藤のお小言に、誠次は顔を赤くしてツッコんでいた。

 そうして、椅子から立ち上がった誠次を追いかけようとしたのは、香月だった。


「今度は駄目」


 それを桜庭が腕を掴んで止め、香月は「?」と言うような面持だったが、大人しく桜庭の言うことに従う。


「……」


 そして、なおも親し気に談笑しているクラスメイトたちを、志藤はどこか思うような表情で見つめていた。

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