12
パーティーはつつがなく、極めて穏やかに、かつ平和的にその幕を降ろそうとしていた。ステージでは生徒に無理やり仮装をさせられたのか、ヘンテコな衣装を着た学校の教師が苦笑交じりに閉幕の言葉を綴っている。
「しくじったか? 朝霞、戸賀」
パーティーの気分に浮かれる周囲には聞こえない声量で、東馬は呟いた。まさか、とは思ったが、作戦開始予定時間はとうに過ぎてしまっていた。
(詩音の姿も見えない……。天瀬の姿も……。ヴィザリウス魔法学園の……アイツらか……!)
相も変わらず本城直正のすぐ隣にいる兵頭賢吾を睨み、東馬は呻く。
ことごとく邪魔をしてくれる。よもや学生にテロを止められるなど、後世に笑われることだろう。
もはや被害妄想に近い形で、東馬は目眩を感じながらよろよろと歩き出す。
「許さない……どうしてみんなで、俺を邪魔するんだ……!?」
異常に噴き出す汗を拭うこともせず、東馬は狂気染みた怒りを吐き出していた。
『――待ちきれません。狙撃します!』
髪に隠す形で、耳元にセットされている通信機から、同胞の男の声がする。警備兵に扮した、志を同じくするものだ。
東馬は汗ばんだ髪をくしゃと片手で抑えつつ、通信機に息を吹き込む。
「いや、やめるんだ……」
『しかしこの場を逃したらチャンスはもう……! それに、我らの意志は――!?』
「機会は、まだいくらでもある。今は我々の敵、若き魔法生たちに花を持たせてやれ。甘い蜜を吸ったぶん、地獄に落ち易くなる」
東馬はそう念じるように呟き、会話を一方的に終える。そして振り向こうとした途端、目の前を奔って通り過ぎて行く少女に、思わず気を取られてしまった。
「桜庭莉緒……」
初夏の祝日に天瀬誠次と共に見た、純粋で無邪気な笑顔が印象的な少女だ。
今の桜庭は少し大人びた感じで、オレンジ色のひらひらとしたドレスに身を包んでおり、パーティー会場を走って室内通路へと向かって行く。周りの目も気にせず、何故か一目散に。
そちらに気をとられていると、
「――おっと、すいません」
東馬の背後から、ガタイの良い身体つきの男子が、慌てた様子で走って来ていた。東馬は身構えるようにほぼ反射的に、振り向いていた。
「ああ、東馬氏。こんばんは。先ほどは熱い議論、ありがとうございました」
「君か」
兵頭賢吾が苦笑交じりの顔で桜庭を追いつつ、東馬に一礼をする。こなれた年下の礼に、東馬も思わず礼を返してしまっていた。
「熱い議論か……こちらこそ、どうも」
あえて議論の内容は口にせず、東馬はきょとんと演技をして訊く。見た目ならば、若々しい外見も相まって好青年そのものだった。
「科学連の代表者が、魔法に関することの行事に参加してくれている。俺はそれが嬉しいですよ」
兵頭は後頭部をかきながら言う。
「科学なんて、今や魔法のおまけだよ。何十年も前、この国の人は科学を信じて発展させた。それでも魔法が生まれれば、たちまち便利すぎるその力にすぐ人は魅せられ、こうやって魔法世界を作ろうとしている」
東馬は周囲を見渡して言っていた。
「……それが悪い事だとは言わないけどね。本城大臣の言う通り、魔法世界に幸あれ、さ」
「……」
東馬が肩を竦めて言った言葉を聞き、兵頭はじっと、東馬を見ていた。
※
「――だーかーら! 三〇年以上前の治療法なんざオレはよくわからねーんだよ!」
「しかしこれではまるでミイラではないか! 私の天瀬がっ!」
「二人とも寝てる人がいるんですけど……。って八ノ夜理事長、私のって……」
意識が戻ったとたん、聞こえたのはそれぞれタイプの異なる三人の女性の声だった。
天瀬誠次はゆっくりと、まぶたを開ける。いたのは保健室だった。白く温かい光と、薬品の匂い。ヴィザリウス魔法学園と同じだなと感じれば同時に、ここはアルゲイル魔法学園の保健室なんだなとも感じた。
「気を失ってたのか……」
ひどく渇いた喉から、誠次は声を発する。身体も重たく、上半身を起こすのもやっとだった。
「……天瀬!」
誠次の声に真っ先に反応したのは、八ノ夜美里だった。ヴィザリウス魔法学園の理事長服姿で、誠次の寝ていたベットの足の方に立っていた。
「お! 起きたか?」
「天瀬!」
そして、ミシェルと桜庭の声もした。
白衣姿のミシェルは、やはり年上にはとても思えない華奢で小さな子供の姿で、なにやら薬らしき瓶を両手いっぱいに持っている。
「ええっと、ミシェル先生がお手伝いの人と一緒に治療してくれたの。こうちゃんも大丈夫だって」
ドレス姿の桜庭は誠次の一つ隣のベットの傍に寄り添っており、そのベッドにはこれまたドレス姿の香月詩音が眠っている。
誠次に魔法の力を貸してくれた香月詩音。ベッドの上に拡散するように広がる、鮮やかな銀色の髪。呼吸に合わせて上下する白肌は、淡い電光色に照らされていた。
「はい……。朝霞と戸賀は?」
誠次は上半身を起こして尋ねる。とたん、ずきりとした痛みが現実となって襲い掛かって来て、思わず小さな悲鳴が出てしまう。右肩を見ると、包帯で幾重に巻かれており、右手の自由は効かなくなっていた。頭部の異常な締め付け感からして、頭も包帯でぐるぐる巻きにされているのだろう。
こちらの問いに答えたのは、すぐ横まで歩んできた、八ノ夜だった。
「安心しろ。特殊魔法治安維持組織の増援が来て、しっかり捕まえた。アイツらの魔素もなくなって抵抗はできないさ。なにより生かして情報を獲得できる。お前のおかげでな」
優しい瞳の八ノ夜の言葉を素直に聞いていた一方で、その奥に見える桜庭の存在が、誠次には気になっていた。
「桜庭さんには……」
誠次がゆっくりと声を発すると、桜庭が椅子から立ち上がり、こちらへ来る。
「……全部、八ノ夜理事長から聞いたの」
「隠す必要なんてないだろ?」
八ノ夜が腕を組んでいた。
「そうか……」
どこか悲し気な桜庭に、誠次も視線を落とす。全部とは、いったい何から何までだろうか。今夜のことは、きっと全て知られているだろうとは思ったが。
「俺は……俺がやったことは間違ってないと断言できる。……慣れたくはないけど……」
斬ってでも、止めなければならなかった。本城の父親となによりも、桜庭を守るためには。誠次が俯いて言ってると、
「そう言うことじゃないよ……。あたしは……っ」
頬を赤くし、涙目の桜庭を見て、誠次は「えっ……」と声をだしていた。
「責めるべきはこの場の誰でもない。テロリストが悪い、そうだろ?」
「まさか理事長がテロリストだったってのはな。仮にも教師失格だぜ……」
八ノ夜が桜庭と誠次両者に手を添える一方で、ミシェルが薬の瓶を机の上に置き、苦汁をなめていた。
「遅れてすいません、理事長」
続いて保健室までやって来たのは、いつもの熱さは鳴りをひそめ、神妙な雰囲気の兵頭だった。
「誠次少年! 無事か?」
兵頭はほぼミイラ姿の誠次を見るなり、そばまで一目散に駆け寄って来る。いつもの兵頭だった。
「は、はい……。……二人とも、今回の事を知っていたんですね」
「裏で動いていたと言うべきだな」
八ノ夜が腕を組み、説明を始めた。
「まずお前から林間学校明けで、先代のアルゲイル魔法学園の理事長、奥羽正一郎の名を名乗る゛男゛と言うことを聞いた。そこが混乱要因だったんだ。朝霞が普段女性として私たちに振る舞ってきていたせいで、捜査に時間が掛かった」
「まさか朝霞のやつが男だったなんてな……。軽い幻影魔法にでもかかってた気分だぜ」
ミシェルが俯いて言うと、八ノ夜は「あながちそれは間違っていないかもな」と言葉を重ねた。
「なんだって?」
白衣を翻し、緑色の目を大きくしたミシェル。
「おそらく朝霞は、会う人に軽度の幻影魔法を施していたのだろう。そして朝霞のあの容姿だ。女性と勘違い゛させられていた゛のも無理は無い」
八ノ夜の説明の途中、桜庭が誠次の耳元に口を寄せて来た。
「星野君は、男だって言ってたよね?」
「確かに。見抜いていたのか、分かっていたのか」
誠次がじっと考える一方で、兵頭が口を開く。八ノ夜との会話の途中だった。
「でも誠次少年に魔法は効かない」
「そうだ兵頭。そこで朝霞はやむをえず、男のまま天瀬と戦わなければならなくなった。つまるところ朝霞にとっての一番の障害は、ヴィザリウス魔法学園に通う天瀬誠次だったのだ。林間学校での戦いは、天瀬誠次の排除が目的だったのだろう」
最後まで、朝霞とテロの障害となっていたのは、皮肉にも魔法が使えない誠次本人だった。八ノ夜からそれを聞いた誠次は、難しい表情で自分の左手を見つめていた。
「……」
桜庭がそんな誠次を、じっと見つめている。
「私たちの動きだが、まず私は天瀬の情報を元に、真っ先に朝霞刃生に目をつけた。そこで兵頭に頼み、言い方は悪いが天瀬をもう一度朝霞の元へと送り込んだ。鬼が出るか蛇が出るか……果たして、朝霞はクロだったわけだ。朝霞の方も、まさか私と天瀬が二人ともここに来るとは思っていなかったんだろう」
「誠次少年を弁論会に連れて来た理由は、これだ。騙すような真似をしてすまないと思っているさ。莉緒少女も、巻き込んでしまってすまない」
「事情は分かりました。……ですが、せめてなにか一言でも頂ければ」
白いシーツをぎゅっと握り締め、誠次が不信感をあらわにして呟いた。
八ノ夜はそんな誠次の左肩に手を添え、
「よく頑張ってくれた天瀬。だが、どうしてもお前にも知らせられない状況だったのだ。特に、今のお前にはな」
八ノ夜はそう言うと、誠次、ベッド横にかけてある誠次のレヴァテイン、眠っている香月を順に見ていた。
「……っ」
八ノ夜の表情は、これ以上なく険しい。
「八ノ夜さん?」
誠次が不審に思って問うと、八ノ夜は我に返ったように「あ、ああ……」と曖昧な返事をしていた。八ノ夜がここまで悩んでいるのは、珍しい光景だ。
気が付くと、兵頭も胸の前で腕を組み、香月詩音を見つめていた。
「して、そちらはどうだった? 兵頭」
「おそらくは……。いえ、今日の対談で疑惑は確証に変わりました。……残念です」
「……そうか」
八ノ夜と兵頭の会話に、誠次はひたすら首を傾げていた。先程から続く要領を得ない二人の会話に誠次が耐え切れなくなったのと、それを感じて八ノ夜が誠次に再び視線を向けたのは、ほぼ同時のタイミングであった。
「何の話ですか?」
「香月詩音に関わる重大な話だ。しかし確証はまだ持てないんだ……。今は落ち着いて、怪我の治療に専念してくれ」
八ノ夜の言葉に、兵頭も「その通り」と頷く。
香月に関わる重大な話。気にはなるが、怪我を治さない限りはどうすることもできない。誠次は自分の右肩をじっと見つめ、頷いた。
「……はい」
「天瀬の怪我の間の介護は桜庭、頼むぞ。右手が利き腕だし何かと不便だろう」
「は、はい! 任せてください!」
八ノ夜に急に指名された桜庭は、びしっと敬礼をして答える。
(なんだろう。すごく不安なのは気のせいだろうか……)
妙に張り切っている桜庭を見た誠次は、頭の中で暗澹とした未来を浮べていた。
特殊魔法治安維持組織への捜査協力の為、八ノ夜と兵頭は再びロフトに戻っていった。
保健室に残される形となった桜庭は、誠次のベッドのすぐ横に椅子を持って来て、それに座る。
「こうちゃんは魔素酔いだって。怪我はないみたいだから、明日にでも目が覚めるって先生たち言ってたよ」
「そうか。良かった……」
誠次は上半身を起こし、ベッドの柵に背中を預けていた。右腕は面白いほど力が入らないが、痛みはなかった。ミシェルのおかげであり、誠次が礼を言うと、ミシェルは「構わねーよ」と男勝りすぎる口調で返していた。
「オレは隣の部屋にいるから、なんかあったら呼んでくれ。さて、これから忙しくなりそうだな――」
ミシェルは頭の後ろに手を回しながら、やれやれとぼやき、隣の部屋に向かう――と見せかけて、
「そいつは怪我人だから、あまり激しいことはすんなよ? ナース服がありゃよかったんだが……」
ドアからひょっこり顔をだし、ニヤケながらミシェルは言ってくるのであった。
「「し、しませんよそんなこと!」」
二人して顔を赤くして抗議する。桜庭は顔をものすごく赤く染め、誠次の方は身体も飛び跳ねる勢いであった。
「冗談だよ!」
二人の若々しい反応を見た、見た目小学生の女性保険医は、満足そうに笑いながら今度こそ隣の部屋に入っていった。
「も、もう……。今ので傷口とか、開いちゃったりしてない?」
「大丈夫だ……。あれでちゃんと成人してるから、不思議だよな……」
「あたしもさっき見た時はびっくりしちゃったよ。ダニエル先生と同じだね」
「そうそう」
誠次と桜庭は苦笑いを交えて、会話をする。
――やはり、ぎこちない。
会話の端々からも、それは感じてしまった。
「俺、レヴァテインで人を斬ったんだ……」
誠次は言葉に詰まりそうになりながら、そう言い切った。
桜庭は身体をぴくりと動かし、黄緑色の目で、俯く誠次を見つめる。
「先輩には慣れろと言われたけど、俺は慣れたくはない……。でも、もう迷ったりはしない。こうするって決めたんだから……」
人の肉を切断する重さ、その時の悲鳴。なにもかもが、不愉快だった。戦国時代などは、それがあたり前だったと思えばぞっとする。だがやはり、こうでもしないと守れないものがある。
誠次の言葉は、どこからともなく溢れていた。まるで、震える心臓を落ち着かせようと、自分は間違っていないと、念を込めるように。
「どうにか、殺さないようにして……頑張って……。それで相手が魔術師だから……魔法を使って怪我を治療してくれれば……っ、俺は……」
左手で頭を抑えながら、誠次は言い続ける。
「天瀬……。……っ」
突然、桜庭がどこか思いきった様子で、立ち上がる。
「桜庭……?」
誠次が声を掛けると、なんと桜庭が抱き付いて来た。桜庭に抱き締めらた誠次は、目を大きく見開き、そして、落ち着いたように細めていた。
「……ごめん。心配させたな……」
冷え切っていた心が、桜庭の体温を感じて熱を取り戻し、落ち着いているようだった。
「あ、あたし、な、なにやってるんだろ……。……でも」
左肩の上に顔を乗せ、耳元で桜庭が上ずった声を出している。その言葉のわりに桜庭は、こちらの背中にも手を回し、優しく抱きしめていた。
少し露出度の高いドレス姿である桜庭の柔らかい感触がする身体と、密着する形となった誠次も、次第にこの異常な状況を呑み込み――、
「さ、桜庭……」
「天瀬……また、汗臭いね……」
誠次の耳元から桜庭は顔を離し、そのまま鼻先と鼻先が掠れそうなほどの至近距離で、見つめて来る。逆に良い匂いのする桜庭の顔を、誠次はまじまじと見つめていた。
「えっと……か、身体拭いてあげよっか……?」
「そ、それくらいは自分で出来る! 大丈夫だ!」
とっさに左手を振る誠次。
「だ、駄目だよ! あたし……頑張るから!」
「そ、そこは頑張らなくていい!」
「それくらいはあたしにやらせてって! あ、さきにご飯食べさせてあげるね」
「で、でもな……」
「ちゃんと食べないと駄目。寝起きだから喉渇いてるはずだし」
運動部の女子マネージャーのようなことを桜庭は言うと、ベッド脇に取り付けられてある机の上に置いてあった栄養食を持ち、それを自身の膝の上に置いた。
誠次は落ち着かず、桜庭の行動を見ていた。
「はいっ」
桜庭はチューブに入った栄養ドリンクを、誠次の口元に寄せる。実際、喉が渇いていたのは事実だった。
「あ、ああ……。ありがとう」
誠次はこっ恥ずかしい気分だったが、桜庭の持つチューブドリンクに口をつけ、吸う。
「えへへ。じゃあ次はこれ」
誠次が栄養ドリンクを飲んだのをどこか満足気に見た桜庭は続いて、消化が早いスープものをスプーンでよそう。それをこぼさぬよう、片手をスプーンの下に添えつつ誠次の口元へ。
「新幹線であたしのチョコ食べてくれなかった仇だ! なーんて」
「恥ずかしい……」
口で僅かばかりの抵抗をした誠次だったが、ぱくりと桜庭がよそってくれたスープを飲んでいた。
しばらく、桜庭に食事をとらせてもらっていると、不意に桜庭がこんなことを言い出した。
「……ごめん天瀬。やっぱりあたしには今はまだ人を斬った重さって言うのが、実感沸かないんだ……。もちろん、怖いとは思うよ」
膝の上に皿を乗せ、ドレス姿の桜庭はお淑やかな雰囲気だ。
「でも、何度も言うけど、やっぱり天瀬は天瀬だよ。いつもみんなの事を思ってくれる優しい男子。きっとヴィザリウス魔法学園のみんなも、分かってくれると思うよ。魔法学園に入学した時から、そういう覚悟はしなくちゃ、駄目なんだもんね……」
「決して平和な世の中なんかじゃ、ないんだからな」
もぐもぐと食べ物を咀嚼していた誠次は、頷く。――さきほどから恥ずかしい思いばかりしていたからなのか、何も言い返すことはもうなかった。
「香月にも同じ事を言われたよ。ありがとう桜庭。篠上に約束した通り、二人は守れたんだ。本城の、お父さんだって」
桜庭はにこりと笑って、顔を上げてくれた。
「……ありがとうは、あたしこそだって。……だから、胸張って東京まで帰ろ?」
「そうだな」
まだ、悩みが解決できたわけじゃない。朝霞との決着はついたが、まだテロとの戦い終わったわけではない。むしろ八ノ夜と兵頭の会話だと、その先に続くなにかが――なにかがあるのだろう。
それでも誠次は、この険しい道のりを乗り越え、進んでいくと決めたのだ。仲間と、ともに。
※
給仕の仕事を終えた星野一希は、ふうと息をつきながら、自分の寮に戻って来た。今度は間違えはない、臨時的に自分の寮となっている、部屋にだ。
いくら冷房が効いているとはいえ、まだ季節は夏。汗が滲んだ顔を洗面所で洗い、金髪に少しかかった水気をはらう。
「給仕係なんてなんでやるのよって、理に怒られたけど……」
何故か同級生の理に怒られ、一希は釈然としない気分であった。女性の先輩に誘われたので、仕方なくやっていたのだったが。
――釈然としない点は、もう一つあった。
「誠次たちは、一体どこにいったんだ?」
給仕係として働いている途中、ちょくちょく東京からの三人の同級生の姿を見つけていた。しかし最終的には、三人ともどこかへ行ってしまっていた。
(それにしても本城大臣、急に演説なんてするなんて……)
あれにはさすがに驚いたと言うより、呆気にとられていた。
会場中の注目は当然本城に向けられており、間違いなく目立っていただろう。そう言えばその時、傍にヴィザリウス魔法学園の生徒会長と、誠次の姿もあった。
「?」
ネクタイを外していた一希は、そこで気づく。
机の上に、なにかが丁寧に巻かれて置かれていたのだ。細長い包装の上には、一通の封筒が。今時珍しい、レトロな便箋だ。
そこに書いてあった名前は、一希が心から信頼する人だった。
「朝霞理事長……。なんだ、剣が泣いているって……」
苦笑しながらも一希は、その包装を解いていく。ゆっくりと、着実に。
そして包装が解かれ、朝霞からの贈り物の全体像を見た一希は、思わずそれに視線を奪われてしまっていた。
「……凄い。……これなら僕も……」
唯一信じられる存在から与えられたモノを見たその時、心の底から溢れて来るのは、異様な気。高鳴る心臓の鼓動。
一希は整った眉の下の目を細め、青い視線を続けて窓の外へ自然と向ける。大阪――日本の漆黒の闇は、そこに果てしなく広がっていた。




