8 ☆
執事服姿の誠次と、ドレス姿の香月は、真紅の絨毯が敷かれているパーティー会場を歩いて行く。
同じクラスの女子、本城千尋の父親であり、魔法執行省大臣本城直正。見る者を威圧すような厳格な佇まいで、オールバックにしてある茶色の髪が年齢よりかは若々しい印象だった。
そんな彼は今、赤いワインが入ったグラスを優雅に片手で持ち、会場に次々と運ばれる料理を立食しているところだった。
(美味しそう)
給仕係――アルゲイル魔法学園の生徒――によって円形のテーブルの上に乗せられる見た目も美しい料理を見つめ、横を歩く香月がぼそりと呟く。
今が平時であれば、誠次も手をつけたいとは思うほど、美味しそうな料理の数々だ。
「食べていいんだぞ?」
(我慢するわ……)
名残惜しそうに香月は言っていた。彼女の中でも、今やるべき事の踏ん切りはついているようだった。
「平和なら、問題ないのにな……。今はこうしてテロと戦おうとしてる。まさか最初に学園に来た時は、テロと戦うなんて思ってもなかったよ」
やや苦笑しながら、誠次は言う。
香月はそれを見て、頷いていた。
(私もよ。まさかこうして、誰かと一緒にいるだなんて、考えもしてなかったわ)
そんな会話をしている内に、本城がいる立食用のテーブルまでやってきていた。
黒い背広にサングラスをかけた如何にも、と言うような風貌のSPたちは、料理には一切手をつけずに本城を守っている。
誠次は極めて自然な形で、ごく普通の魔法生を装い、本城の元へ近付いたつもりだった。
「――今日は剣を持っていないのかね? 魔術師と対をなす、剣術士」
本城は、一瞬で誠次のことを看破していた。
鋭い眼光を向けられ、またすぐに自分の事を言われ、誠次はほんの一瞬だけたじろぐ。
「はい。……天瀬誠次です。初めまして、本城直正さん」
誠次はすぐに動揺を呑み込み、お辞儀をする。
本城も片手にグラスを持ったまま、お辞儀を返して来た。
「突然で驚いたかな? 君の話は娘からよく聞いているよ。なんでも、゛捕食者゛をこの世から消し去りたいとか」
SPたちが一斉に誠次と言う、一人の少年を見下す中、本城は身体を向け、話す。
「はい。その為の努力は惜しまないつもりです」
不思議と言葉がすぐに出たのは、思っていることを述べただけだからだろうか。誠次の言葉に、本城は眉根を上げる。
「そうか。では早速だが、試しに問おう。君は゛捕食者゛をどうやって滅ぼすつもりだね? 具体的な考えはあると言うのかね?」
その言葉に、周囲でひっきりなし聞こえていた雑音が止まったようだった。
「……」
誠次は、視線を少し落としてから、
「今は……ありません……」
力なく言っていた。
「ないだと?」
「笑わせるな」
SPたちが顔を見合わせた後、誠次を鼻で笑うような素振りを見せる。
「ほう……?」
だが、本城は目を細め、まるで誠次を吟味するような眼差しをしていた。
誠次は臆することなく、応え始めた。
「今は゛捕食者゛に対しての情報があまりに少なすぎます。同時に、魔法の事に関してもまだ未知数の事が多過ぎます」
「未知数、か。確かにその通りだ」
「今はまだ、耐えるべき時だと思います。その為にも、夜間外出禁止法は尊寿され、徹底されるべきだと思います。そしていつか、今より整備され、万全の準備が整った完全な魔法世界で゛捕食者゛を滅ぼします。それまでは例え最低限でも、人を守ることはできるはずです」
「我々も同じ方針だ。君のような若い少年に理解してもらえることは嬉しい。だがしかし、世の中にはそんな政府の方針を待ち切れず、一方的にこの世を変えようとする輩が存在する。さしずめ。テロリストだな」
「アイツらがやっていることは、使えると思う人を誘拐し、考えにそぐわない人を殺し、自分たちだけの理想の国を創ることにすぎません。アイツらがやろうとしていることは変革ではなく、一方的な独裁です!」
熱くなった誠次が声に力を込める。
本城は冷静に頷いていた。
「正しい。私たちのように人の上に立つ者は、何も国を守るのではない。国に住まう国民を守らなくてはならない。私はその為の努力を惜しまない気でいる」
だがテロはその国民を犠牲に、国を守ろうとしている。
誠次がじっと考えていると、
「君は私が憎くないのかね?」
本城は、一切の表情を崩さずに、誠次にそう訊いてきた。
「え……」
誠次は戸惑う。
「君のご両親は私たちが決めた法律、夜間外出禁止法によって殺されたと言っても過言ではない。それに今の日本の法律では、君の剣の戦いは不自由極まりないであろう」
「……」
誠次はじっと考えた後、首を横に振っていた。
「憎くなんてありません。ましてや、人が憎いからと殺しに至るような真似など」
「貴様」
誠次の言葉に、SPたちが咄嗟に身構える。腰の拳銃ではなく、右手を上げて魔法式を作る構えだ。だが誠次は動じず、本城だけを見据えていた。
(……!)
誠次の背後に控える香月も《インビジブル》を使用しながらSPたちに手を向けていた。
「やめたまえ。誠次くんの方がいくらか大人だぞ」
それら全てを手で制したのは、本城だった。本城は澄んだ黒い瞳を誠次にちらとむけ、
「面白い事を言う。君にそんな事を言われる様では、私の命を狙おうとする者はさしずめ多いだろうな」
続けて本城は明かりが灯る体育館の天井を見渡し、面白げに言っていた。
「それはなにも゛捕食者゛だけではない、な」
本城が持つグラスのワインに、一つの波紋が広がっていた。
BGMの曲調が変わったのを境に、そこへ一人の男子がやって来る。
「――本城大臣。我が校の生徒がご迷惑をお掛けした事をお詫びします」
頭を下げつつやって来たのは、ヴィザリウス魔法学園生徒会長であり、先輩の兵頭賢吾だった。
SPに負け劣らない屈強な身体つきの兵頭は、誠次の前に立つと、まじまじと本城を見る。
「構わないよ、賢吾くん」
「兵頭先輩っ」
誠次があっと驚く声を出すが、そこにさらなる登場が重なる。――扉を開ける、大きな音とともに。
「なんだ!?」
驚くSPたち。
体育館の内部通路側入り口が開けられ、銃で武装した警備員たちが入って来たのだ。波沢茜が手配したのだろう。だが、おおよそパーティーに似合わない物々しさに、会場にいる生徒たちは一時騒然となる。
「全く物騒だな。優雅にパーティーを楽しむ事さえできない」
館内に入るなり、まるで全ての生徒たちを監視下に置くように並んだ警備員たちを見渡し、本城はため息をつく。
「本城大臣。あなたの命を狙う者は多く存在しております。その身、失わないようにご注意をお願いします」
「忠告痛み入る賢吾くん。しかし、あれはどう言った余興かね?」
警備員たちを眺め、本城は興味深く尋ねる。
「その答えは、誠次少年が教えてくれるはずです」
兵頭は身体を斜めに逸らし、誠次の肩に手を乗せる。
そして小声で、こう言うのだった。
「――やはり君の師の予感は正しい。君を弁論会に誘って正解だった」
「え、それって――」
「さあ、誠次少年」
兵頭によって背中を押され、誠次は本城の真正面に立つ。
言われなくとも、初めからそのつもりだ。誠次は意を決する。
「本城大臣。あなたを狙うテロリストたちが、今この場にいます」
誠次は目線だけ周囲を見渡しながら、本城に告げる。
「なるほど」
本城はあごに手を添え、頷く。SPたちが呆気に取られているが、本城は尚もそれを手で制していた。
「面白い。しかしいかんな。このままでは、この弁論会のパーティーは全てテロリスト共によって壊されてしまう。この会場にいる人々はそれを望んではいないはずだ。何より、魔法に対する悪しきイメージはこれ以上持たれたくはない」
「しかし本城大臣。僭越ながらあなたにはこの世で戦う力を持っていません」
兵頭がことりと、空になったグラスをテーブルに置く。
「そうか。ならばこうするまで――」
突然、本城は息を大きく吸うと、両手を頭上で掲げた。そして会場全体をぎょろりと見渡すと、
「皆聞け! 私はここにいるぞテロリストども! 私が憎く、命が欲しくば取りに来るとよい!」
背後で響くBGMをも掻き消すほどの大声で、本城は叫んでいた。
当然、周囲の人々の目は誠次、本城、兵頭の側に注目してくる。
あまりに豪快すぎる本城の行動に、誠次と香月は目と耳を疑う。
「私はこの国とそこに生きる国民の為に道を示す! だが貴様たちはどうだ!? 正体を隠し、こそこそとやるような奴ら共に道を示す資格はあるというのならば、やってみせよっ!」
周囲の人から見れば唐突に始まり、尚且つ要領を得ない本城の演説だ。みな視線をステージ側に向けてはいるものの、首を傾げている反応が大多数だった。
しかし、それで良いと口角を上げたのは、兵頭であった。
「本城さんが注意を引いてくれている。さて、こんなところで立ち止まっている暇ではないぞ誠次少年。この場は俺に任せて、君は行け」
「行けって、あなたは一体……?」
「全ては終わってから話す。今は一刻を争う事態だろう? 向こうは待ってはくれないぞ。莉緒少女は今は俺に任せてくれ」
生徒会長、兵頭賢吾の赤い眼差しを受け、誠次は慎重に頷く。
みんなが楽しみにして来た今日のパーティー。本城の言う通り、少しでもそこへ戦いの影が見えてしまえば、それはたちまち嫌な意味で忘れられない日になってしまうのだろう。
そうさせない為にも――、兵頭が自分を今回の弁論会に誘った本当の理由は――、
「分かりました。ここはお願いします!」
誠次は踵を返し、先ほどから黙ったままであった香月の手をとった。周りの人は相変わらず本城を見ている。
「行こう香月。ここは兵頭先輩と本城さんを信じて。なんとしてもテロを瀬戸際で止めるんだ」
(でも、どこへ……?)
手を引かれる香月は、戸惑う声を出した。
「さっきから茜さんからの連絡が来ない。影塚さんからもだ。そこを頼りにしていけば……」
誠次が言うと、大勢の人の中で、とある人物と視線が合う。体育館内で踊る人や立ち話をする人。それぞれの表情には一様に笑顔が浮かんでいるのだが、その人物は違っていた。
「……」
「食べないの莉緒ちゃん? どうしたの?」
同じくドレス姿の雛菊はるかと話している、桜庭莉緒だった。普段の桜庭だったら食べるかどうか迷いそうなほど美味しそうな料理にも手をつけていないようで、俯き、儚げな表情を浮べていた。
「……よし」
誠次は小さく決心すると、仮装した人混みの中、桜庭の元へ一直線に進んだ。
桜庭は近付く誠次に気付くと、少し申し訳ないような表情を浮べて、また視線を逸らしていた。
「桜庭!」
だが執事服姿の誠次は構わず、ドレス姿の桜庭の目の前まで歩み寄る。執事が必死にお嬢様に詰め寄るようで、まるで、なにかの劇のようであった。
「……あ、天瀬」
やがて、円形のテーブル横にて、誠次と桜庭は至近距離で再会する。
「すまない……。まだ用事は終わってないんだ」
「うん。簡単な用事じゃ、なさそうだね」
桜庭はぎこちなく頷いていた。
「でも必ず終わらせる。終わらせて、桜庭のところに戻る。桜庭が俺にしてくれたことは忘れないから、今度は俺が桜庭に報いる番っ、だ、だから……」
少し顔を赤くしながらも、誠次がはっきりと告げる。
だが――、
「変な所で下手なのね、あなたは」
「え、こうちゃん!? いつの間に!?」
《インビジブル》を解除したのか、香月がしれっと言い放っていた。
桜庭とはるかは二人して、驚いていた。
「……でも、私も大概ね。……桜庭さん、私さっきは言えなかったことがあるの。二人だけで、話しましょう」
「香月……」
「え……」
今度は誠次と桜庭が戸惑うが、香月は真剣な顔色を変えることなく、桜庭をじっと見ていた。
「じゃあ誠次くんは、私とこっちへ」
はるかが何かを察したようで、誠次の手をとっていた。
「お願い天瀬くん。ここは私に任せて」
香月にこのようにお願いをされるのは、おそらく初めてだろうか。
「香月……。わかった」
誠次は、香月の意志を尊重することにした。はるかと共に、誠次は一旦二人の元を離れた。
その場に残った香月は、桜庭をじっと見つめたまま、
「天瀬くんは今、とても複雑な事件に関わってしまっているの。あなたの身に危険が及ぶかもしれない重大なこと」
「う、うん……。なんとなくは分かるよ。あたしもそこまで頭回らなくはないから……」
「そして、そうなってしまった原因は少なからず私にあるわ。ごめんなさい……」
香月は綺麗に深く頭を下げた。
桜庭はまだ状況が全て理解できていないようで、なんとも言えない表情を浮べている。
「これだけは言わせて。天瀬くんは、桜庭さんのことを大切に思っている。大事な局面で桜庭さんの名前が出た時、あの人、桜庭さんには指一本も触れさせないって格好つけてたわよ。それにこの間は、桜庭さんのことをちゃんとフォローしていた」
「ふ、フォロー?」
一瞬だけ、桜庭の表情に明るさが戻る。
「え……。天瀬とこうちゃんは……」
「私は魔術師としては一流でも、人としてはまだまだ学ぶべき事が多過ぎる半人前。桜庭さんのように、人に優しく出来ない……。私があなたより劣っているところなんて、沢山あるわ。勿論、大人しく負けるつもりはないけれど」
香月は微かに自信のある表情を浮べ、桜庭に告げていた。
「天瀬くんは……そんな私を大事にしてくれている。だから今度は、私が彼を大事に守る番」
香月の言葉の終わり、桜庭が香月の手をとり、それを自分の胸に当てていた。
「桜庭さん……」
「私だって、誰かの役に立ちたいよ……!」
柔らかい感触と温もりに触れた香月の紫色の目が、大きく動く。
「でも……うん。こうちゃんお願い、天瀬を守って。今のあたしじゃ力不足なのはわかるから、゛今は゛こうちゃんに託すよ。でも、あたしだって負けるつもりはないからね! これは貸し!」
緑色の目に力を込め、強い口調。色々な意味で、と付け加えられもする桜庭の言葉だった。
「天瀬くんと桜庭さんや誰かと一緒にいるのを見るのは、何故か温かい気持ちになれるの。私はそれを守るわ」
香月は強く感情を持って、頷いていた。
「あ、そう言えば、天瀬くんの事についてもう一つあるわ」
「え?」
「あの人、胸が大きい方がいいみたい。傍にいるとよくわかるわ」
「しのちゃんと八ノ夜理事長の圧勝!? ……じゃなくて、今いるのその情報!? それって本当!?」
「ふふ。場を和ませたかったの。でももし本当にその場合……私って……?」
「こうちゃん……。……気が抜けちゃうよ」
香月の人間らしさに、桜庭は自然と微笑んでいた。それは香月が誠次と一緒にいつも見るような、見る者を元気にさせる力を持つ、眩しい笑顔だった。
(私゛も゛もう、大切な人を失いはしない――!)
それが香月詩音、一五歳の決意だった。
香月と桜庭がなにやら会話をしている中、誠次ははるかと別のテーブルまで来ていた。視界に二人の姿はあるのだが、会話の内容までは聞こえなかった。
「女の子同士でしか話せないことって、あるんですよ」
「そう……みたいだな。俺、相変わらず噛んでしまったし……」
はるかの言葉に、誠次は頷く。気にはなるのだが、はるかの言う通りなのだろう。
誠次は緊張を解す為、未成年の生徒用に用意されているグラスのジンジャーエールを一口呑んでいた。
「そう言えば、一希は?」
「今は給仕係です。一希君とは少し、険悪な感じになってしまいましたよね?」
ドレス姿のはるかは、少し悲しげに目線を落としていた。
「……そうなんだ。俺はべつに、言い争う気はなかったんだけど」
誠次は視線を落としていた。
「一希君と同じこと言ってますよ、誠次くん」
くすっと笑ったはるか。
誠次は「そうなのか?」と問い掛けた。
「あ、私一希君と私は幼馴染なんです。小さい頃から家がお隣同士で、よく遊んでました。私の家は一般的な普通の家だったんですけど、一希君の家は凄かったんですよ」
「お金持ちってことか?」
「そうなんです。お父さんが検事で、お母さんがお医者さんだったらしいです」
「だった?」
誠次が気になったところを質問すると、はるかはどこか言い辛そうに、あたりを見ていた。
そしてじっと考えた後、少しづつ、話してくれた。
「……誠次くんには話します。小学一年生の時、一希君はご両親を殺されてしまったんです」
「まさか、゛捕食者゛にか?」
「い、いえ、魔法犯罪者に……。ご家族は、アメリカの魔法大学にいたお姉さんを除いて二人とも……」
当時の治安は、今よりも酷かったのは明白だ。聞いたところによる星野一希の家柄上、そう言った輩の目につけられるのは、容易であったのだろう。
「だから、あんなに犯罪を憎んでいたのか……」
゛捕食者゛を憎むおれと、理由は同じだ。と誠次はしみじみ感じていた。
「一希君は、あまり人にこの話をしません。たぶん私しか知らなかったことです。でも今日の一希君、少し様子がおかしかったと言うか……。誠次くんになら、話してもいいかなって思えて」
「ありがとう。俺も家族を失った身だ。天文学者で、このご時世あまりお金持ちじゃなかったけど」
「てんもん、学者? なんです、それ?」
「えーっと。夜空の観察をする仕事で……全然観察できない、とか言ってたのを覚えてる」
誠次とはるかが会話をしていると、背後からレヴァテインを持った香月がやって来ていた。その隣には、桜庭もいた。
「お待たせ、天瀬くん」
「香月、桜庭。もういいのか?」
「ええ、伝えたいことは、伝えたわ」
香月はこくりと頷き、誠次の横に歩み寄り、桜庭と向かい合う。
「天瀬……頑張って。これくらいしか、あたしはまだ言えないけど……!」
桜庭は胸元でガッツポーズを作り、いつもの明るい表情だった。
「桜庭……」
「天瀬のこと、こうちゃんが教えてくれたの。あたしはもう大丈夫だから、お願い……絶対帰って来て」
「……わかった。行ってくる!」
誠次は頷き、桜庭に二度背を向ける。今度は苦しくはない。清々しいものだ。
「ありがとう香月。桜庭に何を言ったんだ?」
「それを訊くのは野暮よ」
傍らの香月は、相変わらずの無表情である。どうやら深く詮索して欲しくないようであり、そっぽを向いていた。
「わかったよ。でもこれで時間の猶予は本当にないな。急いで朝霞を探そう!」
「ええ」
朝霞の狙いはこのパーティーに関する何か。その事に、変わりはないのだろう。よって仕掛けるとしたら、この厳重な警備体制が敷かれた体育館の中と言うことになる。
誠次は周囲を見渡す。
警備員は体育館の随所に配備され、小動物の侵入さえ許さないと言った配置。外には波沢茜が言っていたとおり、高位防御魔法の結界が張られているのだろう。高位防御魔法の前では例え朝霞ほどの魔術師が解除しようにも、一瞬で術者がそれを察知出来てしまうはずだ。
「すでにこの中にいるってことなのか……?」
しかし、パーティー会場にそれらしき人物はおらず、そもそも軽く百を超える人数の中では、捜す事さえ困難であった。
「影塚さんと茜さんは一体どこにいったんだ?」
「連絡はつかないの?」
「さっきから特殊魔法治安維持組織用の端末にかけているけど、出る気配がないんだ」
「……」
とその時、執事服のスラックスから端末の着信音が鳴る。鳴ったのは特殊魔法治安維持組織用の通信機ではなく、自前の電子タブレットのほうだった。
「こんな時に、一体誰だ?」
誠次が使い慣れた自分のデンバコを取り出すと、発信者は東京にいるはずの志藤だった。
「志藤かよ……。今は話している場合じゃない」
誠次は少し苛立ち混じりに吐き捨てると、デンバコをしまおうとした。しかし、横から伸びて来た手にそれを止められる。
「香月?」
「志藤くんの悪運の強さは、私の中で有名よ」
「? だからって、志藤まで巻き込むことは……!」
「一人で悩むなって言ったのは、どこの誰だったかしら?」
よく覚えているな、と誠次は香月を見た。
香月は言ってやった、と言わんばかリの表情だ。
「それは、そうだけど……。今志藤と話してもな……」
香月の言葉に内心で諭されながらも、誠次は判断を迷っていた。
「だったら私が話すわ。その……デンバコ……操作したいから」
「……香月」
「……」
香月の思わぬ要求に、誠次は思わず苦笑してしまっていた。今朝の会話から、ずっと操作したかったのだろうか。
誠次は相変わらず志藤から着信している自分のデンバコを、香月に差し出していた。
「ほら、電源つけ方はわかるか?」
「ええっと……」
「ここだ。画面は突然浮かぶから、驚くなよ?」
香月は時代の利器に興味津々のようで、たどたどしく、両手で誠次のデンバコを操作していた。この様子だと、学校教材の方も使った事はないのだろう。
「凄い……」
ホログラムの光に紫色の瞳を輝かせ、香月は初々しく驚いているようだった。
やがて、誠次の説明の元、志藤と連絡が繋がる。テレビ通話ではない、昔ながらの音声通話のほうだった。
『よかった、繋がってくれたか天瀬! 俺だ、志藤颯介!』
志藤は何故か切羽詰まった様子の声だった。まるで、今の自分たちの状況と同じように――。
香月は目線で誠次に、話しても? と訴えて来る。誠次はうんと頷いた。――この些細な間にも周囲を警戒しながら。
「なにかしら、ジゾウくん?」
『いや志藤な!? シ、ド、ウ! もうすぐ五か月だから早く覚えて頂戴香月さんっ! ……ってあれ、香月?』
「ごめんなさい、天瀬くんに代わるわ」
香月からデンバコを返され、誠次はそれをすぐに耳元にあてがう。
「俺だ、志藤」
『おお天瀬。ったくこっちが恥ずかしいからあまりやってくれるなっての……』
「香月が操作したいって言ったから、やらしてやったんだ」
『香月の親父かよお前はっ! ……って、親父、か……』
通話口の先、自分の発した言葉を、意味あり気に復唱する志藤。
「何か用か? 焦ってたみたいだけど」
『いや、それがよ……。全部聞いたんだ、お前のこと……』
「え!? 全部って」
思わず身体をよじらせる誠次。
『GWに林間学校のこと……。なんか、俺の親父に……』
「志藤のお父さんが……? どういうことだ……?」
志藤の父親のことは、誠次も何も知らなかった。ただ偉い人、とは常日頃から聞いていたが、志藤は深くは教えてくれなかったのだ。
『これは親父からの伝言だ。……影塚さんって人と波沢さんって人の連絡が、体育館のロフトで途切れたって。……それを伝えてくれって、親父から頼まれたんだ』
誠次はハッとなり、天井を見つめる。数千人を収容するコンサートホールにも成り得る巨大な体育館だ。天井裏くらいあっても、不思議ではない。
――だが、
「どうして、影塚さんと波沢さんのことを、志藤のお父さんが知ってるんだ……?」
『わかんねーよ。親父に訊いても、いつもはぐらかされるんだ……。よく行くパーティーだって、何の人が集まってるパーティーなのか教えもしてくんねぇ……。それが今になって俺を頼るかって話』
しかし、猶予はない。それに志藤の、友人の言葉なら、誠次は疑うこともなく信じれた。
「……今はお前と、お前のお父さんを信じるよ」
『なあ、お前……テロと……゛捕食者゛と――』
「聞きたいことはいっぱいあると思う……。帰ったら、全て説明する」
『……おう。俺も言いたいことがありすぎる。……なんか、どうしてこうなっちまうんだろうな……』
志藤は少し悲しそう声で、言っていた。
「やっぱり平和が一番、だよな」
誠次が口角を上げ、パーティーを楽しむ魔法生たちを見渡していた。
電話先で、思わずと言った感じであるが、志藤の笑い声が聴こえた。
『ああ、違いねーな! とにもかくにも、俺への大阪土産は、お前香月桜庭の三人がぴんぴんして帰ってくることだ!』
「ああ! 必ず帰る!」
志藤との会話が終わり、誠次は天井裏をじっと睨んでいた。
「待たせたな。行こう香月」
「ええ。守りましょう。私たちなら、出来る」
傍に寄り添う香月は、誠次を見つめ、頷いた。
「ケリをつけるぞ、朝霞!」




