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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
仮面舞踏会に煌めく魔剣
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4

「お前が、アルゲイル魔法学園の理事長なのか!?」


 驚愕の表情で、誠次せいじは身構える。

 一本で纏めた黒髪に、特徴的な声の長身の男。夏の日差しを背に、忘れもしない、林間学校の時からの宿敵が、理事長の座るはずの椅子に、座っているのだ。


「――アルゲイル魔法学園の理事長の名前は、朝霞刃生あさかばしょうのはず」


 後ろから香月が、誠次の横に並んでくる。


「香月!? ついて来たのか!?」 


 誠次は少し驚いたが、今はそれより――。


何故なぜお前がここにいる!? 朝霞刃生は……!?」

「朝霞刃生こそ、私の本名。奥羽正一郎と言う男は先代のアルゲイル魔法学園の理事長。それはそれは偉大な魔術師だったのですが、謎の失踪をしてしまいましてねぇ」


 失踪、と言う単語を強調して使った奥羽――否、朝霞刃生。理事長室の机の上で手を組み、相変わらずの細く長い目からは、表情が読み取れない。


「全てお前がしたことか!」

「フフ。相変わらずの怖い顔ですね。そうでした、東京のお客さんをもてなさなければ。紅茶は好きでしたよね、詩音しおんさん?」


 朝霞が物体浮遊の魔法を器用に使い、手元の机のテイーカップに紅茶を注ぐ。それをそのまま、誠次と香月の前へ送る。

 水平にスライドするようにして送られて来た紅茶だったが、誠次と香月はそれを無視する。


「あなたなんかに、名前を呼ばれたくないわ」


 芯から冷えるような、香月の言葉。


「手厳しい。昔と変わらないですね」


 朝霞は理事長席の上で腕を組み、香月を眺めていた。


「……っ」

「香月。ここは俺に」


 怯んだ香月をかくまうように、誠次は一歩前へ出る。

  

「誘拐だけでなく、ここで何をするつもりだ?」


 背中のレヴァテインに指を添わせ、誠次はいつでも抜刀できる姿勢でく。

 やはりと言うべきか、それでも朝霞は余裕のある表情を浮べている。

 このままでは……林間学校の夜と同じだ……! ――だが。

 朝霞を前にした誠次の額には汗が否応なく浮かび上がり、それを見つめる朝霞はさらに笑う。


「私はみにくいテロリストである以前に、ここアルゲイル魔法学園の理事長です。業務として、ここにいるのですが」

「お前が理事長なのは本当なのか?」

「信じられない気持ちはわかります。一度刃を交えた仲ですからね」


 肩を竦めて、朝霞は言う。


「――ですが今日、それは二度目となる」


 朝霞の細い目に、微かに光が宿る。


「まさか、仕掛けるつもりか!」


 誠次は鞘からレヴァテインを浮かせ、銀色の光を朝霞にちらつかせる。


「残念です。やはりあなたは私たちの前に立ち塞がるのですね」


 よろしいならば、と朝霞は席を立つ。太陽を隠す長身が、朝霞の影を妖しく作りだし、誠次と香月の二人を覆う。

 誠次は左手を伸ばして香月を制するようにしつつ、朝霞をじっと睨む。


「私はこの世界の将来をうれう。魔法世界となったこの世を人が生き残るためには、より魔術師に適した世界を作らなければなりません。言うなれば魔術師による、魔術師わたしたちの魔術師わたしたちによる魔術師わたしたちのための世界を作る。一九世紀の政治家の言葉をなぞりました」


 コツ、コツ、と音を立てて歩き、朝霞はそう告げる。


「そのためには私たち魔術師以外……。そう、魔法が使えない大人たちの排除が急務です」

「魔術師だけの世界を作る……。それがお前の狙いか!?」


 レヴァテインを握る右手に力を込めながら、誠次は問う。


「ええ。今やこの世で魔法が使えない者は力を持たないただの弱者。何もできずに、この魔法世界に寄生する弱い虫。駆除するのみです」


 理事長机の前まで進めた歩を止め、朝霞は両手を掲げて宣告する。

 完全なる魔術師主体の国を創る。それが、朝霞刃生の目的だった。

 

「そんな一方的な考え、押し通るとでも?」


 反応したのは、誠次の背後に控える香月だった。


「同じ人間を駆除だと!? そんなこと絶対にさせない!」


 誠次もそれに頷いた。

 それを訊いた朝霞は、冷笑を浮べる。


「同じ? 違いますよね? 本来あなたはこの世に在ってはならない存在であり、魔術師ではない。それなのに、自分とは違う魔術師たちを守ると言うのですか?」


 一瞬怯んだ誠次だが、すぐに体勢を整え、


「……魔法が使えるか使えないか、そんなものは関係ない! 俺は全てを守る! そして、お前たちテロと゛捕食者イーター゛を倒す!」

「もしかして、゛捕食者イーター゛とテロによる犠牲者を無くすつもりですか? それでいてその二つを滅ぼすと?」

「可能なはずだ!」

「魔法の力を持たないあなたが、なんと愚かな」  


 朝霞は目眩を感じる仕草をして、こちらを嘲笑あざわらう。


「……ですが、私はこれでも魔法学園の理事長。生徒の夢は応援しなければなりません。ウチの優秀な生徒、星野一希ほしのかずきくんのようにね」

「彼を洗脳したのはあなたなの?」


 香月が問う。

 確かに、星野一希の言動が過激なのは、朝霞の教えだと言うのなら納得がいった。

 が、朝霞は首を横に振っていた。


「まさか。洗脳はわたしの主の役目です。彼は元から正義感の強い子であり、それでいて生まれ持った自分の強大すぎる力を制御できない。私はそんな魔術師の卵に、゛私のように゛道を踏み外さないよう教えを施さなくてはなりません」

「嘘をつくな! この学園の魔法生も誘拐したはずだろ!?」

「御冗談を。そんなことをすれば、たちまち世間は大騒ぎです。それに私の目的は魔術師の為の世界を作ること。魔法生を傷つける必要はありません」


 掴み処のない朝霞の声による言葉を、思わず本気で信じそうになる誠次。

 首を横に振ったはいいものの、確かにここまで表沙汰にならなかった事実を思い浮べた胸の内は、揺らいでしまっていた。


「さて。私の野望を聞かせたところで、そろそろ本題に戻りましょう。先に述べた通り、私たちは今宵こよい仕掛けます。昔から勘の鋭い八ノ夜美里はちのやみさとが今日この場に来ないのは、これ以上ない好都合ですから」

「何故それを俺に伝えた? まさか、俺がお前の言葉を聞いて大人しくするとでも思っていたのか?」

「そうしてくれると良いんですけどね。なにせ、何だかんだであなたには私たちの計画を止められてしまいそうなんですよ」

「残念だったな……」


 ほぼ虚勢に近いなにかだったが、それでも誠次はにやりと口角を上げていた。――頬には、誠次の心情を示す一筋の汗が。


「フフ。そうでなくては」


 上等、と同じく口角を上げたのは朝霞だった。だが対照的に朝霞のその表情には、今だ圧倒的な余裕があることを物語っている。


「教えたのは、林間学校での一件でのお礼ですよ」


 それに、と朝霞は


「私は、私とは逆の考えを持つあなたに完全に勝つことで、自分の正当性を証明したいのです。自分とは全く違う考えの相手を完膚なきまでに打ちのめすことで、その意地を砕く。これってこれ以上に無い楽しみだと思うんですよ」


 異常な殺気を感じさせる朝霞を前に、誠次はようやく自分の頬をつたう汗を自覚する。

 朝霞の腰に備わる一太刀の日本刀は、あの日と変わらずある。

 ――そして。


「恩をお返ししました、天瀬誠次あませせいじくん。今宵、パーティの時、我々は仕掛ける事をお教えしましたよ? ――止めようとしてくれますよね?」


 林間学校の夜と同じように、朝霞はこちらを試すように、見て来た。


「夜を待たなくとも、今お前を止めればいい」

「あなたたちの思い通りには絶対にさせない」


 香月も右手を、朝霞に向けて伸ばしていた。

 剣と魔法を前にしても、朝霞はやはり余裕の表情を崩さなかった。


「残念ながら今私を止めようとしても、私は何も罪にはとがめられそうにありませんよ? 君たちが魔法学園の理事長に勝手に勝負を挑んだ、ただそれだけです。ことが起こらないとこの国の人は動かないのは、君が何よりも知っているはずですよ?」

「だとしても、何も出来ないであなたたちに好き勝手をやられるよりは遥かにましよ。私はもう、あなたたちの言う通りにはしない」


 香月が魔法式の構築を行おうとしたまさにその瞬間、朝霞は妨害魔法ジャミングまほうで香月の魔法式を打ち消す。

 秒速の域で行われた二人の魔術師による速効の戦いに、誠次は改めて魔法の恐ろしさを実感していた。


「聞き分けの悪い生徒ですね。では、こうしましょう。このアルゲイル魔法学園には私の仲間がすでにいる。君と一緒に来た女子生徒、桜庭莉緒さくらばりおさんの安全を、考えてはいかがでしょう?」

「……っ!」


 ハッとなり、止まる香月。

 今桜庭は体育館で一人っきりだ。何かをされても、対処が出来ない。

 言ってしまえば、この学園にいる以上は朝霞の手の平の上にいると言っても過言では無い。下手に動けばいとも簡単に、握りつぶされてしまう。


「魔法生には手を出さないんじゃなかったのか!?」

「巻き込まれて不慮の事故……。なんてこともあり得ますからね。悲しいです」

「桜庭には指一本たりとも触れさせはしない!」


 誠次が怒りをあらわに叫ぶと、朝霞は結構、と頷く。  

 

「これはアドバイスです。夜まで準備を整え、私たちがすると思う事に最善の策をとるのが良いでしょう。あなた方に幸いなことに、今は特殊魔法治安維持組織シィスティムがこの学園に大勢います。彼らに助けを求めることも、おススメです」

「あなたは一体、何を考えているの?」


 疑惑の表情の香月の言う通り、敵にも味方にもなる朝霞の考えだった。


「仮面を被っては、色々な事を考えているのですよ」


 朝霞はほくそ笑むと、物体を動かす汎用魔法を使い、理事長室のドアを遠距離から開けた。


「急いだ方が良い。手遅れになる前に」


 背中から吹き込む新しい風が、誠次の背中を誘う。

 誠次は悔しげに唇を噛み締めながらも、声を振り絞った。

 

「……最後に訊きます。思い留まる気は、ないんですか?」

「天瀬くん……」


 最後の……極めて確率の低い可能性を尋ねた誠次に、香月が顔を向ける。

 その対象である朝霞はただ、ほくそ笑んでいた。 


「話し合いで解決できる時代は、とうの昔に終わりました」

「……わかりました……。失礼しました、朝霞、理事長……」


 踵を返して部屋を後にする誠次に、朝霞は手を軽く振っていた。

 

 ――誠次が去った後、朝霞は今一度理事長の席に深く座る。黒革の高級な作りの椅子は、どうも自分の身体には馴染まないものだ。


「゛捕食者イーター゛亡き世界。辿り着く所は同じはずですが、あなたの考えは少々、優しすぎるのですよ、天瀬誠次くん」


 魔法を使ってカーテンを操作し、自分には眩しい太陽の光を遮断する。影に落ちた朝霞は、背中を椅子に押し付けて、底知れぬ笑顔を浮かべていた。


               ※


 現在時刻は午後二時過ぎ。夜のパーティを含めると、昼の部とも言うべき弁論会はそろそろ中盤を迎えていた。

 一階では双高の生徒会役員が、会議を続けている。

 だが、桜庭莉緒さくらばりおはそこに注目出来ずにいた。


香織かおり先輩……」

「あなたは……」


 リボンの色と桜庭の言葉により波沢香織なみさわかおりを先輩と判断した一希は、素直に道を空けていた。


「天瀬くん、どこか行っちゃったの?」


 茶化すようにくすりと笑いながら、波沢は自然な仕草で桜庭の横に座る。

 

「は、はい……」


 戸惑う桜庭を見て今一度上品に笑いながら、波沢は立ちつくしている一希の方を見上げた。


「初めまして。ヴィザリウス魔法二学年生の波沢香織です。二人っきりのところにお邪魔してごめんなさい」


 お辞儀をした波沢だったが、次には強い目線で一希を見つめる。

 一希は波沢の顔をじっと見ると、なにかを感じたように、目線を逸らした。


「アルゲイル魔法学園1-D、星野一希です。失礼しました」

 

 ぺこりとスマートなお辞儀をすると、一希は大人しく引き下がり、その場を後にする。

 ほっと息をついていたのは、波沢の方だった。


「少し、怖かったでしょ?」


 そして、優しく桜庭に声を掛ける。

 桜庭はぎこちなくだが、それに対して頷いていた。


「はい……」

「……少し前の私があんな感じだったから、よくわかるわ。星野くんの気持ちも少し……」


 遠くを見つめながら、波沢は呟くようにして言う。


「でも、人に自分の意見を強引に押し付けるのは間違っていると思うの。……私がそうだったように」


 そこまで言うと波沢は急にそわそわしだし、周囲をきょろきょろと見渡す。

 そして、小声で桜庭に問い掛ける。


「ところで……。天瀬くんは本当にどっか行っちゃったの? お手洗い?」


 伏し目がちだった桜庭は、少し驚いて顔を上げる。


「え、あたしてっきり、さっきまでの会話を香織先輩が聞いていたかと思いましたけど?」

「う、ううん聞いていないよ? なんか桜庭さんが星野くんに言い寄られているように見えて、割り込んだだけだよ?」


 きょとんとしている波沢。普段はしっかりしているのに、どこか抜けているところがこの先輩にはあると、桜庭は思った。


「そ、そうなんですか。ありがとうございます」


 あははと苦笑いを浮かべながら、桜庭はそんな愛嬌あいきょうのある先輩に話した。


「ここの学園の理事長に呼ばれて、理事長室に行っちゃったんです」

「一緒に行かなかったの?」

「はい。一人でってことらしかったので」

「……そうなんだ」


 波沢はそこで辺りを見渡すのをやめ、桜庭をじっと見る。


「天瀬くん、また一人で頑張っているのかもね」


 だが、桜庭は首を横に振る。


「いえ。今はあたしの友達が一緒にいますから……」


 香月は天瀬の後を追った。

 桜庭はそう思っていた。

 では香月が自ら天瀬を追った理由は?

 ――自分より魔法の才が優秀な香月と、普段の天瀬との様子を見れば、答は明白だった。


「香月さんだっけ? 一人でって言われたのに、それは変だね」


 新幹線で香月の事は知っていた波沢。波沢の当然の疑問に、桜庭は苦笑しているしかなかった。

 

「きっと天瀬は香月さんの事を信頼してるから……」


 信頼、と言う言葉でしか、桜庭は例えられなかった。

 魔法が使えない天瀬と、真逆のように魔法の才に優れた香月。その二人の関係性、を。

 前方を見据えて言った桜庭の声音から、波沢も何かを感じたように、目を細めていた。

 

「……何か、私たちでも役に立てれば良いんだけどね……」

「はい……」

「……」


 それは彼に関することのみならず。

 波沢は一階にて活動している生徒会の面々を見つめ、ぽつりと呟いていた。

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