2 ☆
二大魔法学園弁論会本番とも言うべき、お互いの魔法学園の生徒会が話し合う弁論会は午後からのスタートとなる。
誠次たちは三人で、弁論会会場であるアルゲイル魔法学園の体育館へとやって来ていた。体育館と言うと聞こえはあまりよろしくはないが、そこは魔法学園の体育館。やはりと言うべきか、市民体育館並の大きさであり、観客席よろしく二階もある。全体的な作りや内装はヴィザリウス魔法学園とまったく同じようで。
「ヴィザリウスと一緒だな」
そこへ足を踏み入れた誠次は驚く。
冷房が効いている涼しい体育館内の一階。そこでは弁論会直前準備が行われていた。
多くの座席の中央で、向かい合う八つの座席。多くの人の目につくその中央に、両校の生徒会メンバーは座るのだろう。座席の数などを考えるに、百はくだらない人の目。
(こんなの緊張するよな……。さすがは生徒会長たち、と言うところか……)
そんな中で行う話し合いなど、誠次からしてみれば緊張感でいっぱいっぱいになってしまいそうだった。
「うう……。あたしはちょっと無理かも。めっちゃ見られるよね?」
慌ただしく準備をしているアルゲイル魔法学園の生徒を眺め、桜庭が苦笑い。
「同じく……。あれ、香月は平気そうだな?」
香月は相変わらずの無表情で、体育館のステージ方向を見ていた。どこか怯えている桜庭と違って、やはりいつもの根拠のない自身家スキルが発動したのだろうか?
誠次が香月に視線を向けると、
「《インビジブル》を使えば誰にも見られないわ」
「その場合話し合いどこ行った……」
誠次はやれやれ顔でツッコんでいた。
「――ふふ。大勢の人に見られるのが、怖いのでしょうか?」
声がした方を見ると、赤色のリボンをキッチリ締めた制服姿で、ヴィザリウス魔法学園副生徒会長、桐野千里が立っていた。手の平を見せる片手の上には、ホログラフィックのメモ帳を浮べている。
「おはようございます桐野先輩」
「おはようございます天瀬くん。……礼儀正しいですね」
軽くお辞儀をしながら挨拶をした誠次に、どこか疑心暗鬼のような表情の桐野だった。
「桐野先輩は、緊張とかしないんですか? 例えば、こんなに多くの人に見られている所で失敗しちゃうと思っちゃうとか」
桜庭がいつにないような真剣な表情で桐野に質問する。
(桜庭?)
なにか思うところでもあるのだろうかと、誠次は一瞬だけ、桜庭を横目で見ていた。
「それは、私だってしますよ。一学年生のころ、学年代表でこういう発表会に出た時にはもう……」
当時を思い出してか、少しだけ赤面した桐野。
誠次と桜庭と香月はその様子をじっと見ていた。
「……あ」
すぐに、こほんと咳払いをして桐野は素の表情に戻り、
「でもそれ以上に、私はこういうことが好きなんです。魔法戦はあまり得意じゃ無いと言うか、苦手なので」
せっせと準備に勤しむ他校の同級生たちを眺め、桐野は呟く。
「話し合いが好きってことですか?」
桜庭が桐野に訊く。
「厳密に言うと、違いますね。何と言えばいいのでしょうか……この、平和な感じが好きなんです。゛捕食者゛も関係無く、純粋に魔法の事について学び、話せるこの時間が」
続いて桐野は少し、残念そうな顔をして、
「悲しいことに世間の人は、平和ボケしている、だとか悠長にこんなことをしている場合じゃない、という意見の方が多いですが。……それでも、いつか分かってくれると信じています」
それに、と桐野。
「将来の教科書に、私たちの活躍が載ってたら少し嬉しいと思いませんか? これは私のちょっとした野望です」
少しだけ誠次たち後輩を茶化すようにして、猫のような目元を桐野は上げて言ってくる。桐野流の冗談なのだろう。
桐野は悪戯っぽく微笑んでから、誠次を見た。
「そうですね……。魔法生は戦うだけの道具じゃないですし、俺も香月や桜庭、クラスのみんなが楽しそうにしているのを見るのが好きです。だから俺は、それを守りたいと思います」
「天瀬……」
「……」
誠次の言葉に、桜庭と香月が顔を上げる。
「い、いや今のはべつに格好つけたとかそういうわけじゃなくてだな……」
「……それ言わなきゃいいのに……」
「……」
どこか残念そうにぼそりとジト目で言う桜庭に、誠次をじっと見たままの香月だった。
最初はハキハキと、後半はジョークでも言うように答えたこちらに、桐野は少し感心しているように長めの相づちを打っていた。
「あなたは本当に私の年下でしょうか?」
やはり軽く微笑んで、桐野は訊いてくる。達観した意見、だったのだろう。
誠次は二つ上の先輩に褒めらたと思い、照れくさく後ろ髪をかいていた。
「褒め言葉として受け取ります。ありがとうございます……」
「……」
桜庭がじっと見つめる中、誠次は桐野に頭を下げていた。
桐野は口に手の甲を添え、くすりと笑うと、
「兵頭があなたを誘った理由が少し分かった気がします。あの人は一見ただ熱苦しいだけに見えるけど、その実心の底では色々なことを考えていると、私は思いますから」
桐野の濃い青色の視線の先。体育館のステージ上にて、ヴィザリウス魔法学園生徒会長兵頭賢吾は、書記の相村佐代子と共に、アルゲイルの方の生徒会の人と立ち話をしていた。
「そろそろ始まりますね。退屈はさせませんから、気楽に見てくれて大丈夫ですよ」
桐野はにこっと笑ってから自身のタブレットで時計を確認し、兵頭の元へ向かった。若干ユキダニャンの画像っぽい背景が見えたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。
「大丈夫桜庭さん?」
香月が桜庭の異変を感じたのか、無表情であるが心配そうに尋ねていた。
「あ、ありがとうこうちゃん。大丈夫。あたしたちは二階だよね?」
「ああ。さすがに一階は偉い人の席だろう。香月?」
続いて香月が何かを探すように、きょろきょろとあたりを見渡している。
一階はすでに来賓者が多くなってきていた。男女万遍なく、年上の堅物そうな人々だ。テレビのクルーもちらほらと目につく。
「お父さん……まだ来てないのかしら?」
「東馬さんか。会ったら挨拶はするつもりだけど……」
「……行きましょう」
香月は首を横に振ってから、歩き出した。弁論会本番を拝見する為、誠次たちは二階へと向かう。
※
『――大阪での一件。魔法生を頼むぞ、影塚』
「――僕が、第七を……!? 隊長は……」
『すまん……別件で駆り出されている。だが、お前なら出来るはずだ。信頼している』
「……は――」
シィスティム第七分隊所属、影塚広は、昨日の隊長との会話を思い出し、気を引き締めていた。
「佐伯隊長……」
しかし、隊長はいささか僕を買いかぶりすぎている気もする。
現在位置は、アルゲイル魔法学園体育館外側入り口。そこが今回の警備にあたって、影塚に割り当てられたポジションだ。
警備と言っても、常に殺気を放っているわけではない。不測の事態に対し神経こそ尖らせてはいるが、言ってしまえば休憩時間のサラリーマンのそれだ。喫煙者は煙草を吸っているし、読書をしている者もいる。
だが影塚のパートナーである波沢茜は、その中でもある意味異彩を放っていた。
「茜……」
影塚はホログラム文字を消した後、傍らの茜に話し掛けた。
「ん?」
「そんな目力強く仁王立ちしてたら、逆に気味悪がられるよ……」
「失礼だな広。愛想の良い者が警備などしていて誰が得する? 言わば広の事だ」
腕を組み、たしなめるように茜は言う。
影塚は苦笑だ。
会場であり、舞台でもあるアルゲイル魔法学園体育館の、二つある出入り口。重要なポイントである事は確かで、それ故か茜はいつにも増して張り切っていた。
アルゲイル魔法学園の正門は、ヴィザリウス魔法学園と同じく一つだけ。すなわちそれは、外からの脅威が正門からしか来ないことだ。よって正門に警備の目は集中している。所持品、並びに身体検査だ。
――もっとも、この世では凶器となるのは大抵魔法になるのだが。
「そろそろ来賓者も終わりみたいだ。あとは中の警備に徹しよう」
青空を見上げれば、同僚が扱う高位防御魔法の結界が張られていく光景があった。薄い透明な膜がドーム状に、大阪の魔法学園を包み込む。これで、上空からの侵入も不可能だ。
――だが。
「これ以上、魔法生を傷つけるわけには……」
「ん? なにか言ったか広?」
「いや」
きょとんとするパートナー――波沢茜に、影塚はかぶりを振っていた。
中央棟。魔法学園の主な中心施設が集う棟から出て来た金髪の青年を影塚が見つけたのは、その直後だった。快晴の空を思わす蒼い目に、スタイルの良いスマートな身体。端正な顔立ちのアルゲイル魔法学園の生徒は、少し焦っているようだった。
「君」
声を掛けたのは、茜の方だった。少し気になったら食い掛からずにいられない、と言うのは、波沢家の特徴であると昔茜は言っていた。職業上それは利点として働いているのだが。
「えっ、は、はい」
金髪碧眼の少年は体育館の前で立ち止ると、こちらを振り向いて来た。
「呼び止めてすまない。疑っていると言うわけではないが、もうすぐ弁論会が始まる。どこに行っていたのかな?」
茜が少し口角を上げ、首を傾げて少年に聞く。
少年は「すみません」と律儀に前置きをしてから、
「朝霞理事長に呼ばれて理事長室へ行っていました。これから体育館で、弁論会を見るつもりです」
「そうか。いやこちらこそ呼び止めてすまない」
茜が軽く頭を下げる最中、影塚は、目の前の少年に誰かを重ねていた。顔立ちが似ていると言うわけではないが、どことなく彼らしい雰囲気なのである。
そんな少年とこちらの目が合うと、少年は少し緊張を解したようだった。
「あ……もしかして、影塚広さんですか!? ゛捕食者゛討伐数百体越えの!」
「いや百体は盛りすぎだよ……」
ははは、似ている……。
「憧れです! 僕も将来、特殊魔法治安維持組織になる事を目指しています」
「嬉しいよ。是非、頑張ってほしい」
「ありがとうございます!」
少年は爽やかな笑顔で、頭を下げ、この場を去って行った。
「今の少年……」
「どうした……?」
察しが良い茜の言葉に、だが影塚は首を横に振る。
「昔の同級生に似ていて……。アイツに……」




