5 ☆
あの後、お好み焼き屋まで帰り、桜庭たちと合流。残念ながらバックを盗られたお婆ちゃんと青年の姿はすでになく、はるかの提案によりバックは警察に預けておいた。
――アルゲイル魔法学園。
それは、波打つ大阪湾を背に聳え立っていた。ヴィザリウス魔法学園が近代的なビル群で出来ているのに対し、アルゲイル魔法学園は中世の城と、その周りを囲むような砦のような建築物の数々で出来ていた。所有面積は、だいたい同じ程度だろう。――地下に広大な演習場などの施設が広がっている点も、含めて。
一希たちの案内で、誠次たちは関西の魔法学園、アルゲイル魔法学園へとたどり着いた。
「誠次……さっきはごめん。君には少し酷な話だったね……。僕もつい熱くなってしまって……」
先頭を歩いていた一希が、小声で誠次に話し掛けて来る。
「大丈夫だ。それに、同情するなって言ったはずだ」
誠次は少し俯いて、
「……一希の言うことも、一理ある。甘えていたわけじゃないが……」
「……」
一希も同じく、俯いていた。
だがやはり゛捕食者゛と人は違う。魔法と剣も、違う。
(また、俺は迷うのか……?)
誠次は黒い袋にしまうレヴァテインを、じっと見つめていた。
「またね、莉緒ちゃん」
「うんまたねー! はるか!」
横でははるかと桜庭が何やら話しており、仲が良くなったのだろう。おそらく、お好み焼き屋に残された二人が共同作業でもんじゃを食べたからか。
「やっとこの変態からおさらば出来るわ……。清々する……」
「?」
理の方だが、カツアゲ犯を追いかけたあたりからなぜかまた風当たりが強くなっていた、
一方で香月は、お好み焼き屋から出てずっと理を睨んだままだった。理は理で、香月の視線など全くもって意に介していない様子だった。
「じゃあ僕たちはここで」
「案内ありがとうな、一希」
「いいよ」と軽く笑って、一希は去って行く。
誠次は少しだけぎこちなく、一希たちを見送っていた。
「何かあったの?」
桜庭が首を傾げ、誠次に尋ねる。
お好み焼き屋の時のような、良くも悪くも明るかったムードに影が差したのだ、気になるのも当然なのだろう。
「……少しだけ」
「……あたしに相談できること、かな?」
心配してくれているのは重々承知で、そうさせている自分が自分で悪い気がしてしまった。
「……大丈夫だ」
桜庭は何処か納得できていない様子だったが、「そっか……」と言って詮索をやめる。
「心配かけてすまない。桜庭と香月とは別の部屋だな。もし何かあったら、俺に連絡してほしい」
誠次はいつもの明るい表情に戻り、桜庭と香月に告げた。
「あっ……。そ、そのことでなんだけど!」
少しだけ顔を赤くした桜庭が、私服ポケットから何かを取り出す。
「学校教材じゃなくて、私物のデンバコで、アドレス交換しようよ! 何かあった時、連絡取れないと不便だからさ!」
「はっ……!?」
その要求に対し、誠次は変な声を出してしまっていた。
「けど、俺はプールで負けた! 友達を裏切るわけには!」
「まだ引きずるのそれ!?」
桜庭は黄緑色の目を丸くして驚き、「うーむ……」と少し考えていた。そして間もなく、思いついたようだ。
「あっ、だってほら! 天瀬審判だったじゃん! それに、あたしたちの味方してくれたし最初からこっちチームだったって言うのはどう!?」
「おおよそ審判失格だよなそれ……」
げんなりする誠次に、桜庭は苦笑していた。
確かに、今は学園の教材のタブレットは持ってきておらず、離れた所でも互いに連絡をとれる手段はなかった。魔法が使えない誠次は、尚更である。
「連絡してほしいと言ったのは俺だし、ありがとう桜庭」
誠次はズボンから自分の電子タブレットを取り出していた。
そして、桜庭の電子タブレットと合わせ、データを交換する。これにて、連絡先が交換されたのである。
「あたしこそありがとう! あ、あとしのちゃんにも教えて良い?」
「篠上に?」
またしても驚く誠次。
「うん。前に天瀬のデンバコのアドレス知らない、って訊かれたから、知りたがってると思うよー。――いやぁ、そ、それにしてもあたし……天瀬のアドレス知ってるって思われちゃってたんだね……な、なーんてっ」
何やら両手で顔を押さえている桜庭の前、誠次は全身を引きつらせていた。
「私物のデンバコにか!? 篠上が!?」
全く関係ないところで出て来た、篠上の名前である。
「……そ、そうだけど……」
だが、誠次の過剰ともとれる声に、ぴくりと震えている桜庭。
――篠上こそ、学園の教材メールで委員会の連絡なら事足りるしな……。
誠次は少し考え、唐突に閃いた。
「……まさか。魔法使えないくせに足引っ張んってんじゃないわこの馬鹿、とか特に脈略の無い悪口でも言われるのか、俺」
「いや、絶対違うと思うけど……」
桜庭が冷静に指摘するが、誠次の頭の中で篠上のイメージと言うともうそれなのである。ここ最近の夏休み中は特に機嫌が悪いし。
誠次はううむと悩んだ末、ぴきんと閃いた表情を浮かべる。
「よしわかった。なら桜庭から篠上のアドレスを教えてくれないか?」
「え? いいけど、どうして?」
困惑し、桜庭が首を傾げる。
「俺から電話して先手を打ってやろうと思う。向こうも知りたがってたし、これでフェアだ」
「ただの連絡交換なのになんでこんな深読みしてるのかな……?」
苦笑する桜庭。
だが無駄な所で深読みを重ねる誠次には、そんな桜庭のどこか呆れたような言葉は、届かなかった。
(やられる前に、やってやる)
誠次はフフフと、八ノ夜譲りの勝ち誇ったような意地汚い笑顔で言っていた。
「う、うわぁ……。まあしのちゃんの方が知りたがってたし……ごめんねしのちゃん……」
と言いながら、誠次の言うことに従う桜庭は、悩まし気な表情こそしていたが誠次の電子タブレットを受け取る。そして自身の電子タブレットをかざし、アドレスの交換を行う。
ちなみに香月は私物の電子タブレットを持っていなかった。
だからか、今までずっと黙っていた香月は、静かに口を開いた。
「今度、私も買いに行こうかしら」
香月の言葉に、誠次は電子タブレットをしまいながら答えた。
「お、あるとやっぱり便利だぞ。東馬さんに頼んでみたらどうだ?」
こればかりは親の契約の問題があるだろう。
そう思った誠次が提案すると、香月はほんの少しだけ複雑そうな顔をして、
「……やっぱり、いいわ」
首を横に振っていた。
「……」
香月がほんの少しだけため息のような呟きをしていたところを、誠次は今はまだ、気づくことが出来なかった。
※
君の気持ちもわかるよ誠次。人なんか出来れば傷つけたくはない。でも、この世はそんな甘い考えじゃどうにもならないんだ。やられる前に、やらなければならない――。
窓の外から見える日は、すっかり傾いていた。大阪の発展した都会の街並みが、茜色に染まっている。夕方になると、夏の虫の鳴き声がよく聞こえるものだ。
一希はアルゲイル魔法学園の黒を基調とした夏服に着替えており、アルゲイル魔法学園学科棟を歩いていた。内装は豪華絢爛と言ったところか、通路はまるで王宮のように、大窓に調度品が並べられている。
「結局いろいろと聞きそびれちゃったな……」
魔法が使えないはずの彼が使ったまるで魔法のような力。やはり不思議だったのは、彼が一切の魔法式を起動していなかったと言うこと。
何もかもが異常だったあの時、辛うじて分かったのは――。
「付加魔法か……」
一希の青い目は、その術式をしっかりと捉えていた。
「たぶん、香月さんが発動したんだろうな……。それを剣につけていた」
やがて一希は寮棟へと戻り、普段自分が過ごしている寮室へと向かう。
明日はヴィザリウス魔法学園の生徒を交えた一大イベントだ。なんにせよ、忙しくなるのだろう。
一希は自分の部屋に手を掛け、ドアを開けた。
「あれ? 隼人? 帰って来てるのか?」
気の良い関西弁の友達であり、ルームメイトは今日は夜まで演習場で遊ぶと言っていたはずだ。他の二人のルームメイトは実家に帰っているはずである。
「帰って来てるんならドアくらい開けてくれても……」
――にも関わらず、人の気配がする。そして、夏だからなのか、妙に湿気がある。
電気も点いており、無人だと思っていた寮室を一希は不審に進んで行く。
「はあー、すっきりしたー」
「もう……一緒にお風呂なんて恥ずかしいよぉ」
「うるさいわね、ただの゛測定よ゛――」
「そ、測定?」
バスタオル一枚だけを巻いた際どい姿の、ほぼ裸の女子高生二人が、バスルームから出て来た。理と、はるかだ。
ほんわかと湯気が立ち、風呂の水が慎ましくぴちゃんと音を立てる。
水がつたう二人の白い肌。そして火照った身体……と言うよりは、裸体……。
細身の身体つきに、白い一枚の布から覗く生足が眩しい理。果たしてそれは隠せているのかと尋ねたくなるような、高校生離れしたわがままボディを持つはるか。
その二人の女子高生は一希の目の前で、立ち止る。
――ぴちゃん、と再び音がした。
「え?」
ワンテンポ遅れて、一希が顔を手で蔽ったが、時既に遅し。
この時一希は、一生忘れることのできないだろう光景を、頭に焼き付けてしまっていた。
「えっ」
「え˝」
しんと一気に静まった部屋の中は、夏だと言うのに底冷えするほどのものだった。
――きャああああああ――ッ!?
……と、声が室内で弾けた直後、一希も理からの平手打ちで、意識を飛ばしていた。
……そう言えばヴィザリウス魔法学園の生徒が来るから寮室の配置が変わっていたんだった、と一希が思い出した時には、後の祭り状態だった。
※
――その時、部屋の照明の光が軽く点滅していた。
「今なんか女性の悲鳴が聞こえなかったかっ!?」
「確かに、まるでこの世の終わりのような悲鳴が聞こえましたね兵頭さん」
その絶叫に近い悲鳴は、ヴィザリウス魔法学園からの遠征主要メンバーである兵頭賢吾、長谷川翔。そしておまけの天瀬誠次の寝泊まる寮室まで届いていた。三人ともヴィザリウス魔法学園の白を基調とした夏服に着替えている。
「なんか聞き覚えがある声だった気がするけど……まあ気のせいだよな」
ソファに座っていた誠次は、気にしないことにした。
「気を取り直して、明日のスケジュールの再確認といきましょう」
長谷川が慣れた手つきで三人分のお茶を配膳している。先ほどまでは制服にアイロンをかけていたところだ。その仕草はなにからなにまで、主夫のようであり――、
「長谷川先輩、主夫みたいですね」
長谷川が目の前に来た所で、誠次は何げなくそう言っていた。その瞬間、兵頭の顔が一瞬だけピクリと動いたのを、つゆ知らず。
「天瀬。今なんて言ったか聞こえなかったかなぁ先輩。もう一度、詳しく、聞かせてくれないかい……?」
ニッコリと笑顔の長谷川は、
「お、お茶が、遠のいていく……っ!」
誠次の手をひょいひょいとかわす。
……どうやら、禁句だったようだ……。
「なんでもありません……すいませんでした、長谷川先輩……」
「よし、それじゃあ気を取り直して――」
長谷川による明日の事の説明が終わり、話は議題の事についてまで至った。
「やはり、お偉方の心に訴えるのが一番だ! 言葉で話し、それが駄目なら拳で伝える!」
「いや拳は駄目です兵頭さん!」
「最初に言った通り、魔法使いは怖くないと訴えれば印象も良くなるでしょう。観客を説き伏せるのです」
「目的はあくまで制服外出許可だぞ天瀬!」
「その意気だっ! 誠次少年!」
「光栄ですっ! 兵頭先輩!」
がっちりと、兵頭と誠次は固い握手。
「お前らーっ!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、三学年生と一学年生に二学年生が困り顔でツッコんでいた。
兵頭はベッドの上に座って腕を組みながら、ううむと唸っていた。
「明日の直前会議で最終的な案は煮詰めるが、いまいち決め手に欠けるな」
「確かに天瀬が言っていた通り、テロがあるこのご時世です。例年通りの出来レースと言うわけにはいかないですよね」
なにもこの制服外出許可を求める議題は、ヴィザリウス魔法学園とアルゲイル魔法学園相互の生徒の投票で決まったものだ。つまりは、多くの魔法生が望んでいるもの。これを可決する事は、必然的に生徒会へ立候補したい人が大勢――長谷川曰く大勢が肝心――出て来るのではないだろうか。
「生徒会長となったからには、なにか大きく夢のある業績を、下級生の為に残したいんだけどな……」
「分かってます。会計としてお手伝いしますよ、兵頭さん」
「……」
最下級生として、また生徒会メンバー外の特別参加者として、また魔法が使えないあぶれ者として、誠次は口を挟まずただじっと二人の上級生の会話を聞いていた。
「ともあれ、誠次少年が行ってくれた調査は役に立った。ありがとうな!」
「あ、いえ。あれは桜庭さんが率先してやってくれたことです。俺は特には……」
「アンケートなんてよくやるもんだ。俺は恥ずかしくて、少し無理そうだ」
「俺だってめちゃめちゃ恥ずかしかったですよ……」
しかし、二人の上級生に褒められたのが少し嬉しく、誠次はぎこちなくネクタイを触っていた。
部屋に散らばるピーナッツにさきいかと言ったおつまみの袋。空のペットボトルに、ジュースの入ったコップ。
誠次が寝泊まる寮室は現在、なにかの打ち上げ会の様相を見せていた。
明日のことを話していたはずが、会話の内容は次第に脱線し始め、最終的には先輩後輩無礼講の世間話へとなってしまっていた。
「んで、実際桜庭さんとはどうなんだよー天瀬ー」
ぐびっとコップのドリンクを飲みながら、長谷川がお茶らけた態度で訊いてくる。この手の質問には慣れていないのか、少しだけ赤くなった頬を見れば、酒でも飲んでいるみたいである。
「た、ただのクラスメイトです。それに先輩こそ、相村先輩とはどうなんですか?」
少し笑みを交え、誠次は誤魔化すように言う。
「コイツはぐらかして俺にフリやがったな……!」
「うわっ!」
長谷川が掴みかかって来て、誠次はそれに応戦する。
酒など飲んでいないのに長谷川の顔が赤くなっていたのは、やはりなにか思うところがあるからだろうか。
「お前から答えろ!」
「こ、断ります!」
「まったく……! あ、そう言えば兵頭さんは色恋話まったく聞きませんけど?」
誠次の頭をがしがしとしながら、長谷川が訊く。
兵頭はピーナッツを口に豪快に放り込んでから、一息に呑むと、
「俺はまず相手の事をよく理解してから、伴侶は決める」
「格好良いですね……」
あと、よくわからない立派な雰囲気があった。
「は、伴侶……。高校生にしては重たいですね……」
誠次と長谷川が困った顔で返していた。
そんなような実のあるような無いようなノリのパーティー前哨戦は続き、すっかり夜も遅くなっていた。三人は交替で風呂に入り、最後に誠次が出ると、二番目に入った長谷川はすでにベッドの上で寝てしまっていた。――かなり、疲れていたのだろう。
寝巻きに着替えた誠次は、窓際のソファで静かに腰を下ろし、夜の外を眺めている兵頭を発見した。
「む? さっぱりしたか誠次少年?」
「あ……はい……」
少し湿っている短め茶髪に、バスローブ姿の胸元から覗く胸板が、逞しく――。
(お、おい……!?)
淡い室内の光も相まってただ漠然と、ヤバい雰囲気を醸し出してしまっていた。
(ち、違うよな……? 大丈夫だよな……? 風呂上がりの美少女とばったり遭遇なんて夢みたいな高望みはしないからせめて……゛妄想の一歩上を突き抜けないで欲しい゛!)
などと、誠次が身の危険を感じてしまったのもつかの間だった。
「どうした? まあ座るといい」
「は、はい……」
風呂上がりだと言うのにかいて来た汗を、首に回したタオルで拭いながら、誠次は机を挟んで兵頭の前のソファに腰を下ろした。
「何か悩んでそうな目をしているな? 遠慮せずに言ってこい」
誠次の黒い目を見つめ、兵頭は腕を組んだ。
「!? はい……」
兵頭の言葉は図星である。
実は一人でシャワーを浴びているときも、誠次はずっと悩み、考えていた。浮かない表情の誠次はタオルから手を離し、膝の上に両手を置いていた。
「……急な質問になるんですけど、先輩は魔法で人を傷つけたことはありますか?」
「一年の春。魔法実技試験の時に、とある先輩の骨を折り、気絶させた。それを皮切りにと言ってはなんだが、しょっちょうあるな」
兵頭は臆する素振りも見せず、即答していた。むしろ、それが日常茶飯事だと言わんばかりに。
「確かに急だな。それがどうしたんだ?」
誠次は唾を呑んでから、質問を重ねる。
「……それは慣れるもの、なんでしょうか……?」
そう前置きしてから誠次は今日起きた出来事を、一希との会話を、兵頭に伝えた。
「矛盾だな。人を守りたいけど、人は斬りたくない、か――」
話を聞いた兵頭は濃い眉毛の下の目を、細めていた。
その表情は険しく、誠次の言葉をよく思っていないようだった。
「……初めて魔法で人に怪我を負わせたときは、さすがに堪えはした。でも慣れないと駄目なことなんだろう。こんな世界で誰かを傷付かせずに生きて行けるのは、不可能だと考えた方がいい」
「……」
「君は魔法実技試験の時、確か人は斬らないと言ったな?」
「……はい。今思えば、それは甘い考えだったのかと思います……。理事長にレヴァテインを渡された時から、覚悟は決めておかなくちゃいけなかったはずなんです……。でも俺は、答えを先延ばしにしてきた……」
「迷うこと自体は間違っちゃいない」
兵頭はそう言って、がっしりとした手を誠次の肩においた。
兵頭の握力は強く、自然とこちらの体に力が入るようだった。
「誠次少年はまだ一般人で、学生だ」
だから君は、と兵頭は続ける。
「こう考えてみるんだ。人を守る為に、レヴァテインを振るうと。相手が人間でも、躊躇していたらこちらがやられる。そうなってしまえば本末転倒。莉緒少女や、君が守ると言うものさえ守れないだろ?」
誠次は目を瞑って、じっくりと考える。
頭に浮かぶのは、屈託のない桜庭の笑顔。桜庭だけじゃない、゛ようやくここまできたのだ゛。それを守れるも、壊されるのも、自分次第だと言うことを、誠次はまたしても痛感する。
「その通りですね……失う前に、守れる。俺には今、その力があるはずだ」
誠次は真剣な表情で、決意を述べていた。
それを見た兵頭が「その意気だ」と満足げに頷く。
「それに、君は魔法は使い方を間違えなければ良いと、初対面の時に言った。それは何も、魔法と剣で変わらないんじゃないか? レヴァテインを持っている君だからこその考え方だと、俺は思ったけどな」
兵頭が思い出すようにして言う。
「っ!?」
誠次は衝撃に似た感覚を味わい、言葉を失う。
こちらが気落ちしたように見えたのか、「忘れていたのか?」と軽く微笑んだ兵頭が夜の外を見据えていた。
「……」
誠次も、細めた目で同じ方を見つめる。
人はいないが、光はよく見える。むしろ人がいない事で、その光がよりいっそう輝いているようにも見えた。その光の中で人は、今日の夜を乗り越え、明日を生きて行くのだろう。――それは時に、春に見た夜の外に持った感想とは違うものだった。
「視野を広く持て誠次少年。この世界に絶望するのは、まだ少し早いぞ。落ち込む事があったら、周りに頼って見るのも悪くない事だ。俺にだって、頼ってくれていい。それが魔法学園生徒会長の……いや、魔法生の先輩からの言葉だ」
「ありがとうございます、兵頭先輩。今回は悩みが早く解消できました」
「構わないぞ。それに、後輩の力になれて俺は嬉しいぞ! ほら、飲め!」
そう言われ、兵頭から渡された炭酸飲料入りのコップを、誠次は受け取り「はい」と首肯した。
ああそうだ。まだこの世界も捨てたものじゃない。この世界に住む多くの人の微妙に違う生き方は、魔法が使えない身からしても、とても深く勉強になるものだ。
ジュースを流し込んだ身体は、明日に感じる微かな緊張感を、少しだけ解していた。
「む?」
「どうしました兵頭先輩?」
「猫だ。黒猫」
「猫……」
にゃあと声がした方を見ると、寮室の窓際を黒猫がとてとてと歩いていた。凄まじく可愛いし、夜に見る黒猫はどこか格好よかった。
初めて見た気がしないのは、確か昼の裏路地で見たからか。
兵頭が黒猫に手を伸ばしたが、黒猫はそんな兵頭のゴツイ手を見ると一目散に逃げて行った。
「あぁ……」
どこか名残惜しく虚しそうに、兵頭が空気を掴んでいる。
「兵頭先輩……」
「悔しいな……。昔から動物に好かれないんだ……どうしてだ!?」
「おそらく、その熱気かと」




