2
「それでは、ごゆっくり!」
従業員はこちらと向こうのグループお互いにぺこりと頭を下げると、忙しそうに去って行った。
誠次は、優しそうな目に整った顔立ちをしている金髪の少年に、頭を下げ、
「すみません。相席、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
誠次と桜庭が言い、香月も頭をぺこりとさげる。
「僕たちも三人だけですし、構いませんよ」
金髪碧眼の少年は真面目そうな声で、言った。
まず桜庭と香月を奥の方に座らせてやり、誠次は真ん中の席――金髪の少年の目の前――に座った。右斜め前が桜庭、隣に香月が座っている。
誠次の左隣と左斜め前には、これまた同年代の女子二人が。男子が一人に女子が二人。向こうの状況は、こちらと同じか。
「……あ、メニューいります?」
「ありがとうございます」
左斜め前の女子は、雰囲気からしておっとりしているようだった。
茶色の緩やかな髪に、丸っこい小動物チックな顔立ち。
「……」
そして左隣の席の女子は、そんなおっとりとは真逆の不機嫌オーラを醸し出していた。こちらも目鼻口と整った顔立ちに、夕日のような橙色の目。そして金髪のツインテール――どこか、見覚えが――。
「小野……寺!?」
少女を見て驚いた誠次は、思わずそう呟いてしまっていた。ルームメイトである小野寺真が女装するとだいたいこうなるだろうと言えてしまえるほど、その見た目はそっくりだった。
髪色と目の色もとても近い。
唯一違うと思えるところはやはり、その不機嫌そうにつり上がっている目元だろうか。
「――はあっ!? ちょっとキモいんですけど!」
隣のツインテ少女は身体を引きつらせ、誠次を睨んで来た。
「驚いたな。二人は知り合いだったのかい?」
正面の金髪男子が、顔だけ驚いて訊いて来る。
「知らないわよこんなキモい男! なんで私の名前知ってるわけ!? マジでキモいんだけど!」
椅子から立ち上がり、激昂する少女の声に反応して、周囲のお客さんが訝しげな眼でチラチラと誠次を見て来る。このままではキモい男としてこの場の全員から見られてしまう。
「あ、天瀬はきもくなんか……!」
桜庭が思わず言った感じだったが、口ごもる。
誠次も慌てて、
「す、すまない! ただ俺の知ってる人とあまりにもそっくりだったから思わず……」
「理ちゃん、少し声が……」
左斜め前のおっとり女子がおどおどと、理と呼んだ少女を宥めていた。しかし先程の反応を察するに、隣の少女の名は小野寺理で間違いないだろう。
「な、なんなのよコイツ……! マジであり得ないんですけど!」
理は椅子を半分以上空けて、誠次と限界まで距離をとるようにして座り直した。
「す、すまん……」
まさか名前を呟いただけでここまで気味悪がられてしまうとは、と誠次はすっかり疲弊した顔で頭を軽く下げた。
――一方。
「……っ」
右隣の香月が、破壊魔法の術式を構築して小野寺に当てようとしていた。先ほどから「絶対に許さない」と言うような顔で、香月は破壊魔法の魔法式を組み立てる仕草をしていたのだ。誠次以外見えないよう、鉄板テーブルの下で。
(お、落ち着け香月……!)
誠次が香月の手を咄嗟に掴み、組み立てる事はさせなかった。
「理、少し言い過ぎだよ」
続いて目の前の少年が困った表情で、理を咎めていた。
「ご、ごめん一希! ……はるかも」
一転して大人しい子犬のように理は少し顔を赤くして、一希と呼んだ金髪少年とはるかと呼んだおっとり少女に、ツインテール頭を下げていた。
「いきなりごめんね。僕は星野一希。十六歳だ」
少し申し訳なさそうに微笑みながらも、星野一希は誠次に笑いかけていた。毒味の無い爽やかな笑顔は、誰とでもすぐに話が出来てしまいそうな要領の良さを、見せつけて来るようだった。
同い年か、と誠次は星野の方を向き、
「こっちこそ悪かった。俺は天瀬誠次。同い年だ」
「そっか。じゃあ僕の事は一希で良い。君のことも誠次って呼んで良いかい?」
「!? え、お、おう……わかった……頑張る……」
誠次は変に高い声を出しかけたが、どうにか切り抜けていた。
「私も……」
ふと気づくと、右横の香月が何やら少し不満そうな顔をしていた。
それに声を掛ける間もなく、一希が、
「よろしく誠次。さっきのお詫びだけど、なにかドリンクでも奢るよ」
「か、一希のせいじゃないわよ! 悪いのは……こ、わ、私」
一瞬「コイツ」と誠次を見て言いそうになった小野寺理。
「気にしてない。でも大阪に来るのは初めてなんだ。だから代わりになにかおススメのお好み焼きでも教えてくれないか?」
誠次は首を横に振り、(必死に)爽やかに言葉を返す。
一希は少し得意げな表情で、
「観光かな? もちろん。僕は゛広島風゛お好み焼きなんておすすめだよ」
「うん……。……出来れば、他ので、頼む。大阪だし」
誠次は苦笑してしまった。
(大阪で広島風……)
しかも一希はボケた様子でもない。つまるところ星野一希は、優しい、イケメン、天然、と三拍子であった。……手強い。
「……一希くん、そこは何か大阪らしいものを……。あ、私は雛菊はるか、です。上の名前は難しいから、親が下の名前は覚えてもらいやすいようにひらがなで、はるか、らしいです。下の名前で大丈夫です。理ちゃんが失礼しました」
はるかは人差し指で字を書く仕草をしながら、自己紹介をしていた。自信なさげな表情と声だったが、誠次はそれに頷いていた。
「そりゃあ名前を知られたらストーカーとも勘違いされても仕方ないな。俺こそ悪かったよ」
「私は……小野寺理。さっきは……ごめんなさい」
理も自己紹介をし、いくらか砕けた様子の桜庭と香月がそれぞれ自己紹介をしていた。
その一方で香月は相変わらず、理に対しては敵意剥き出しのままである。
そしてさらに一方、こちらも相変わらず、誠次から距離を置いたまま理は、
「もしかして、おに……アイツを知ってるの?」
理の口調や表情は、硬いものだった
「小野寺真。同じクラスで、ルームメイトの男子だ。あまりにもそっくりだったんだ。もしかして、双子とかか?」
「……うん」
「理に双子がいたなんて、初耳だな」
一希も知らなかったことらしく――そもそも一希と理がどういう関係性なのか知っているわけでは無いが――、理を見て驚いていた。
「男のクセになよなよしてて、女みたいな奴よ。いつも自信なさげな感じも見ててイラつくし」
「あうう……」
「はるかは女の子だから良いの! ……アイツは男なのに!」
「場にいない人の悪口を言うのはよくないと、僕は思うよ」
一希が理を再び咎め、理はハッとなって肩を落とす。
「でも……」
「小野寺くんは優しい性格の男の子。それが駄目なところなんて、ないと思うわ」
よくわからない理への敵対心からか、香月がなんと声を出していた。
少し驚いた様子で一希たちは、声を発した香月を見た。
そして、理が思いついたように声を出した。
「――って同じクラスってアンタたち、ヴィザリウス魔法学園の生徒!?」
直後、従業員が大きなお椀を片手にやって来た。
「はいネギ豚お待ち!」
「おっ、美味そう。そうだけど?」
「返答と感想の順番がおかしいわよ!」
しれっと言った誠次に、理がツッコんでいた。
今のは店員も少し困った顔をしていたが、すぐ忙しそうに業務に戻っていく。
「そうだったんだね」
はるかがなるほど、と頷く。
「と言うことは、弁論会でこっちに? 僕たちはアルゲイル魔法学園の生徒なんだ」
少し嬉しそうに、一希は微笑んでいた。
「同じ一年生なの?」
「うんうんそだよ。一年生が来るのは珍しいって言うけどね」
理の質問に、どこか誇らしげな桜庭が答えていた。
「なんで二人で違う魔法学園なんだ?」
理に一応視線を向けて、誠次は尋ねる。
理は不機嫌そうなまま、
「昔っから仲悪かったから、私がこっちの魔法学園にしたいって言ったの。ホント、なんでアイツが魔法学園に入ったのかワケわからないわ。弱々しいのに」
理はまるで反吐を吐くように言っていた。
「下手に干渉する気は無いけど、あまり親を困らすなよ」
誠次は困った顔で言った。
「アンタに何が分かるって言うのよ……。マジキモイ」
「きもいって……」
ねちっこく言ってくる理を、誠次はもう慣れた様子で肩を竦めていた。
「いい加減にするんだ理。さあ、何はともあれ同じ魔法生だ。これも何かの縁として、今日は楽しもうよ」
「う、うんうん! あたしたちも!」
その後、一希とその隣の桜庭の存在の甲斐あって何とかこの場は再び盛り上がりを見せ、相席での食事は進んだ。誠次と理も一時の火花――理の一方的な攻撃――を解除し、「水取って」などの端的な会話なら問題なくなっていた。
六人席で鉄板は二つあったので、お互い別々の鉄板料理を焼いて食べることが出来る。
「もんじゃお待ちー!」
しばらく雑談しながら鉄板焼き料理に舌鼓を打っていると、従業員によって運ばれて来たのは二つのもんじゃ焼き。
それをそれぞれ、誠次と一希が受け取っていた。
「もんじゃ焼きだー! 作り方があるんだよね?」
誠次の手に持っているお椀に目を向ける桜庭が、美味しそう、と目を輝かせていた。
「フ。俺は天瀬家のもんじゃ焼き作りの天才と呼ばれた男だ。任せろ」
誠次はその場で立ち上がり、宣言した。
「なにその天瀬くんの無駄な天才シリーズ」
ドヤ顔で言っていた誠次に、香月が冷静にツッコんでいた。
「でも、もんじゃ焼きって……?」
「こうちゃん、もんじゃ焼き初めて?」
「ええ」
続いて香月は、誠次の手にあるお椀を覗いて見て来た。しかし見た途端、複雑そうな顔になり、
「なにか……ゲ――」
「ストーップっ! それ以上言うなっ!」
誠次が慌てて言葉を遮っていた。
「うるさいわね」
「わ、悪い……」
横から理に怒られ、誠次は申し訳なく頭を下げておいた。
「楽しそうだね」
一希はもんじゃ焼きを新品の箸でかき混ぜながら微笑んでいた。
「すっごい見方だな……」
誠次も箸を取り、一希と同じくもんじゃ焼きを混ぜ始める。お椀一杯のもんじゃ焼きのタネを、溢さないように丁寧に混ぜるのは、結構難しいものだ。
先ほどから一希が誠次たちに対して友好的なのが気に食わないのか、理は不満げな顔で、
「一年生でアウェーの弁論会に来るってことは、さぞや優秀な魔法生なんでしょうね」
「……」
誠次はぐるぐると無言でもんじゃ焼きを混ぜ続ける。少しだけむっとしていた理は、尚も誇らしげに、
「……一希なんか凄いのよ? 実技試験で先輩を倒しちゃったんだから」
「理のことじゃなくて、僕のことかい……」
理が誇らしげに言うと、一希はよしてくれよと少し恥ずかしそうに笑っていた。
「勉強もできますしね」
「はるかこそ、座学の成績は凄かったじゃないか」
一希がそつなくフォローしてやると、はるかは顔を赤らめて黙り込んでしまった。
一方、ヴィザリウス陣営はと言うと、香月がコップの水を一口飲んでから、澄ました顔をして、
「私は先輩をバク宙させて壁に激突させて悲鳴をあげさしたわ」
「私も座学は好成績――って、え!? バク宙!?」
香月の発言に言葉を失う、理。本当なの? と、誠次と桜庭を交互に見てきていた。
説明は桜庭に任せるとして、今は――
「「混ぜ終わった」」
誠次と一希が、同時のタイミングで箸を置く。
(やるな一希。俺と同じか……)
互いに目を合わせたが、互いにすぐに視線を外し、自陣の鉄板へと目を向ける。
「よし小さいヘラを持て香月、桜庭。まずは具材を先に炒める」
ここから先が、美味しいもんじゃ焼きを作れるかどうかの分かれ道だ!
誠次が張りきって言う。
「了解!」
「……っ」
桜庭は楽しそうに返事を返し、香月もハガシ――小さいヘラ――を右手で持って、鉄板を興味津々そうに見ていた。
まず誠次は、混ぜた具材のみを鉄板の上にのせた。
誠次の指示のもと、桜庭と香月は具材をドーナッツ型にしながら炒めていく。一生懸命それっぽい形を作っていく二人の女子高生の姿は、どこか微笑ましい光景だった。
だが、香月はジト目でもんじゃ焼きを見つめていた。
「まどろっこしい……。魔法で固めれば……」
「それ駄目でしょこうちゃん。でも早く食べたい……。はっ、もしかしてこの焦らされ具合にもんじゃの美味しさのメカニズムが……!」
そしてただ言いたかっただけ感が半端ない桜庭である。
「二人とも器用だな。美味しそうだぞ」
「天瀬は混ぜただけだけどね」
「その混ぜ方にコツがあるんだ!」
誠次が慌てて言うと、くすりと桜庭は笑っていた。
「――負けられないな」
それは、果たして単なる対抗心だったのか。
一希が片手にハガシを持って、自陣のもんじゃを寄せ始める。綺麗な円形を作っていき、たちまち香ばしい匂いが漂う。
「天瀬くん。どうぞ」
「ああ」
何かを込めたような力強い手つきで香月にハガシを渡され、誠次ももんじゃ焼きの形づくりに入る。そう。残った汁を空洞の真ん中に流し込み、それをせき止める作業だ。それはもんじゃ焼き焼きに関して、一番大切な作業工程と言えよう。
作業を開始した誠次を、一希がちらりと見て、
「そう言えば、君の成績はどのくらいなんだい誠次?」
「そうだな、俺も魔法実技試験では先輩に勝ってる」
白い煙が立ち上る。それが果たして、戦国時代の狼煙のような合図だったのか。
(受けて立とう、一希……っ!)
「へえ。じゃあ、かなり魔法は得意なんだね?」
(はい負けたー)
誠次は涙目を堪えつつ、
「と、得意すぎて制限がかかるまであるからな……」
誠次は目を瞑り、努めて得意げに言った。お椀がぶるぶると震える。
「制限? それは詳しく聞きたいかな」
「まあまあそれは置いといて。聞いたら鉄板に触ったように火傷してしまうからな」
「……え?」
きょとんとする一希。
誠次自身、今のは正直、自分でもなかったと思うところだ。
「座学の成績はクラストップだ。……ルームメイトが」
「へえ……って、ルームメイトが、か」
真剣な表情の誠次に、軽く笑っている一希。
お互いにもんじゃ焼きを作る手をささっと動かしながら、視線を合わせずに言い合う。黒い目と青い目で見ているのは、どれだけ互いのもんじゃが綺麗に作られているか、だ。
「天瀬……」
「一希……」
桜庭と理がお互いそれぞれの学園の男子生徒を見て、少し呆れていた。
挙句の果てには、二人して同時に立ち上がる。これにはさすがに気持ち悪いとさえ思った誠次。
「おいおい、どう言う気だ?」
「どうもないけど、僕はトイレに行こうとしただけだ」
「奇遇だな、俺もだ」
「場所はわかるのかい?」
「わからないから教えてほしい」
全体的に見れば、誠次の圧倒的な敗北であったが。
「ふ、二人とも……」
はるかが戸惑った声を出すが、その前の理が気にしない様子でバラシを鉄板に向け、
「一希の子供っぽいところよ、気にしないで食べちゃいましょ。アンタたちも」
「どこか子供っぽいのはうちの天瀬もね……。こうちゃん?」
「さっきからムカつくわね……あの女の人。真くんを知ってると尚のこと――」
「……た、食べよーっと……」
生返事を返した桜庭は、いつもとは違う香月の様子に、少し困惑気味に苦笑していた。




