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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
香月ご乱心
63/211

3 ☆

 三分。

 それは短いようで、長い時間だった。


「しっかりしろ、香月……」

「っ!?」


 香月こうづきはレヴァテインにいていたエンチャントが切れると、ハッとなっていた。

 誠次せいじが「終わったか」と安堵の息をつく。

 

「見ましたか八ノ夜はちのやさん。これが、例のアレですよ」

 

 誠次は赤い顔のまま、よれてしまった制服を整える。


「見届けた。アリだな……」

「なに、感慨深く言っているんですか……」


 誠次がツッコんでいると、香月も着崩していた制服を整え、立ち上がる。片方脱げていたシューズも、黒いショートソックスの上に履いていた。


「時間停止の事はよくわからんがその気分の変化はおそらく、魔素マナ酔いと見て間違いないだろう」

魔素マナ酔い? ですがそれは、ぐったりと気分が悪くなる症状ですよね?」


 誠次の質問に、八ノ夜はううんと首を横に振る。


「簡単に言えば、酔いには二種類あるだろう。車に酔う酔いと、酒に酔う酔い。どちらかと言えば付加魔法エンチャントは後者のような感じだろう。例えの話だがな」


 だが誠次は、八ノ夜の一見分かりやすい説明にも納得いかない面持ちだった。


「ですが、魔素マナ酔いは短時間に極めて大量の体内魔素マナを消費した時に起こる症状です。高位魔法を大量に使用したわけじゃないんですよ?」

「その通りだ。よって考えられるのは一つ。付加魔法エンチャントの消費魔素マナは、当初思っていたよりもはるかに多い」


 たった一つの魔法式で、人が一人ぶんのエネルギーを使う強力な魔法、と言えば良いのだろうか。それは誠次自身、初耳であった。


「試しと言ってはなんだが香月。もう一度レヴァテインに付加魔法エンチャントをやってみてくれないか?」


 少し可哀想な気もしたが、香月はむしろ良いようで、


「わかりました」  


 八ノ夜に促され、誠次がレヴァテインを香月に向け、香月がそれに両手を添える。香月の手から青い魔法式は――生まれなかった。


「香月?」


 誠次が驚く。

 香月は念じるようにレヴァテインに手を伸ばしているが、やはり魔法式は生まれない。


「どう、して?」


 悔しそうに自分の手を見つめる香月。

 八ノ夜があごに手を添え、頷いていた。


「うむ。やはり連続の使用は出来ない、か。ますます良いせって……じゃなく、使いどころを見極めないとな」

「今何か言いかけましたね? 良い設定だ、とか言いかけましたね?」

「殴るぞ天瀬」

「すいません。強いし痛いんで、勘弁してください」


 誠次は深く頭を下げた。


「不確定要素は多いがどうであれ、これなら心配は無用のようだな。大阪へ行くが良い」

「ツッコミたいところは多々ありますが、八ノ夜さんは弁論会に参加しないんですか?」


 今の物言いだとそうとしか思えないものだった。


何故なぜ私が好きでも無い魔法のことに関した話し合いに参加しなければならんのだ。勝手に理由作って辞退した」

「清々しいまでの魔法嫌いですね」

「今更だな天瀬あませ


 八ノ夜は悪びれることもなく言い放つ。

 しかし、八ノ夜のこの態度。

 GW中に香月は八ノ夜の真の姿を知っているので、今さら驚きはしないのだが、逆に八ノ夜はそんな香月を気にしてもいないようだ。つまり香月に今のこの姿を見られても問題ないと、八ノ夜は思っているのだ。隠す必要が無い、と言うことは、すでに香月が自分の本当の姿を知っていたと分かっている為だろう。そうすると、もしかして八ノ夜は、GW中《インビジブル》を使用していた香月がいたことを知っていたのだろうか?

 だが、今はそんな些細ささいな問題より――。


「ですが八ノ夜さん。いや、理事長。状況は切迫しています。まだやつらが仕掛けて来ると決まったわけじゃありませんが、それはとても――」


 無責任ではないですか、と誠次は言いかけた。

 おれだって見栄を張る。香月や桜庭を守れる自信が100%あるわけじゃない。その可能性を上げる。念には念を、だ。

 だが八ノ夜はそれでも、首を横に振っていた。


「無論、私もなにより魔法生を、一番大事なお前の事を考えて行動している。だが私はそれ以前に学園理事長。学び舎の主役は教師ではなく、そこで学ぶ子供たちだ。ゆえに教師の出る幕は最小限に、だ」

「生徒の力を信じる、ですか」

「私たち教師はあくまでサポート役であり、主役であるお前達のお目付け役だ」


 八ノ夜は真剣な表情で、


「だが――どうしても危ない時やお前が間違えそうになった時は、力を貸そう。しかしお前には私が渡した力がある。まずはそれをお前自身が正しく使ってからだ」


 レヴァテインを見つめて、言ってきた。


「……分かりました。信じてます、八ノ夜理事長」

「任せろ、天瀬」


 自分はまだまだ子供で、目の前にいるのは恩師であり、命の恩人。だから八ノ夜さんの行動をとやかく言えることは、誠次には出来なかった。 

 

(今は八ノ夜さんと、自分の力を信じるしかない……)


 誠次は続いて、先ほどから待ちぼうけを食らっている香月の方を見た。 


「大丈夫か香月? 悪いな、置いてけぼりにして」

 

 誠次は香月を見て言う。

 香月はいいえ、と首を横に振っていた。


「あなたが()()()のことをよく考えてくれてるのはわかったわ。だから私も、安心してあなたに身を捧げることが出来る」

「できれば他の言い方はなかったのかと訊きたいけど、そう言ってもらえると助かる。それから、ごめんな」


 誠次は香月に深く頭を下げていた。


「え?」 


 香月はきょとんとしていた。


桜庭さくらばとの外出は……まあデートと見られてもおかしくないか……。でも、違うんだ。遊ぶためじゃ無く、ちゃんとした目的があったんだ。あの時桜庭が三城高校の制服を着ていたのも、その一環だ。また教室で会えるし、香月にはあの時話し掛けなくても良いとは思っていたんだが、配慮が足らなかったな。もちろん、桜庭に悪気があるわけじゃないんだ! 桜庭はちゃんと、俺に香月に会うように言ってくれたし……」


 取り敢えず誠次は丁寧に、かつ事細かに当時を説明していた。


(あれ?)


 誠次は何故か場違いな空気を感じていた。誠次の釈明しゃくめいが終わると、香月はきょとんと、八ノ夜はやれやれと肩を竦めていた。


「べ、べつに、私は怒ってない……」

「え? じゃあ俺の勘違いだったのか?」

「そうじゃなくて……それは……その……」


 どうしたものかと香月は、混乱しているようだった。

  

「フ。天瀬誠次あませせいじとはこう言う男だ香月。凄い性格だろ?」

「それは、どう言う意味ですか?」


 誠次は不満げに八ノ夜を睨んだが、八ノ夜は構う素振りすら見せず、にこりと笑っていた。

 

「香月。私は最初から君をテロの手先だとは思ってはいない。エンチャントの性能を確かめたかっただけだ。騙すような真似をして悪かったと思うが、()()()()()()?」


 GW中やはりばれていたか、と誠次は少し冷えるものを感じた。

 これにはさすがの香月も驚いたようで、ぴくり、と身体を反応させていた。


「はい……」


 香月の返事に、八ノ夜は満足そうに笑っていた。


「天瀬からとてつもない魔法少女が現れた、と聞いた時はどうしようかと思ったがな。君もまだまだだな。三年間この学園で魔法を学び直せ。いいな?」

「あ……」


 香月が八ノ夜の意図を察したようで、こくりと頷いていた。  


「分かりました……。ありがとう、ございます……」

「やったな、香月」


 誠次も胸のつっかえがとれたようで、香月に笑いかけていた。

 香月は誠次をじっと見つめると、


「また、エンチャントさせて……」

「それは助かるけど、必要なとき以外しないからな?」

「……ケチね」

「なんでそうなる……」


 まるでエンチャントの時間が待ち遠しいとさえ言いそうな、香月だった。

 八ノ夜は場の空気を変える為、手をパンと叩いていた。


「なに、私は君に感謝しているんだ香月。GWの時はお蔭でレヴァちゃんを持ち出せたからな。これからも天瀬とレヴァちゃんを頼むぞ、香月」

「剣にそんな愛くるしい名前つけてる人初めて見たぞ……」

「はい。任せてください」


 胸を張って答えているように見えなくもない、香月だった。

 驚いたのは誠次。


「な、なんだこのえもいわれぬ敗北感……」

 

 この二人が組むと、この先とんでもないことになりそうだと、誠次は思った。


 香月を先に寮室へと戻らせたあと。

 誠次も明日の用意の為に寮室へと帰ろうとしたところ、八ノ夜に話し掛けられた。


「彼女自身は、完全に()()()()()()()()たもとを別ったと思って間違いはない」


 誠次は慌てて、八ノ夜を見た。

 確かな確証を、八ノ夜は持っているようであった。


「……本当は、まだ疑っているのですか?」


 誠次は目を細めて、八ノ夜に問う。


「いや……疑うべき対象は彼女の出自しゅつじだ。こちらで調べても不明瞭なところが多い。やはり東馬仁とうまじんさんに詳しく話を訊く必要がある」


 ――何故なぜか誠次は、東馬さんを庇いたくなっていた。


「レヴァテインの名付け親は、東馬さんです」


 誠次が背中にある黒い柄に視線を送りながら言っていると、八ノ夜は「なんだと!?」と声を出した。


「剣好きのヤツに悪いやつはいないな! 少し安心したぞ!」

「そ、それでいいのでしょうか……」


 誠次はげんなりとして言っていた。でもそれで、良いのかもしれない。


「なんにせよ、お前は弁論会だ。頑張って来い」


 八ノ夜は笑顔で言ってくる。何だかんだで、八ノ夜の笑顔を見ると力が沸くようだった。


「見学と言う立場ですが、了解です」


 すると、そうだ、となにやら八ノ夜は思い出したようだ。


「影塚から聞いたぞ。対人戦闘優先、と。゛捕食者イーター゛への復讐は諦めたのか?」

「いいえ。じぶ……俺の目標は変わりません」


 誠次はかぶりを振る。いつか人が再び、怪物に怯えることなく夜の外を出歩ける日が来ることだ。


「でも友達は大切にしたい……。゛捕食者イーター゛やテロから、俺を信じてくれているみんなを守りたいんです。゛捕食者イーター゛は倒したいですけど、大切な存在も守りたい……。……これって、欲張りでしょうか?」


 はやしに言われた事を思い出しながら、誠次は訊いた。

 八ノ夜は薄く笑うと、


「なに、夢は多い方が叶う確率が高くなる」


 ドヤ顔で八ノ夜は言う。えへんと、格好いいこと言っただろとも言いたげだ。

 確かにその通りかもしれないと、納得はした。剣を渡された理由も、今になら充分にわかる。


(相変わらず扱いに注意しないとならないが、これで誰かを守ることはできるんだ……)

 

 ただ増やした分、叶わない夢の確率も増える。その分は、やはり自分自身の努力で補うしかないと、誠次は胸の内で決めていた。


「一皮むけたな。その調子で下の方も一皮むけてくれるといいんだが」


 そして時にかまして来る八ノ夜の下ネタである。お蔭で誠次は変に慣れたものだ。


「俺は魔法使いになると言う夢もあるんで、それは無理でしょうね」

「? いやお前は魔法使いには……」

「知らないんですか八ノ夜さん!? じゃあ教えてあげますよ――」


 その後、誠次の得意気な説明に、なぜか八ノ夜はどこか複雑そうな表情を見せていた。


「お前それ信じているのか……?」

「勿論です。何か変ですか?」

「お前にインターネットを与えた私のミスだ……」

「?」 


 明日から始まる大阪の魔法学園での三日間の弁論会。

 ――そこでは多くの人の思いや執念が、交差する。


               ※


 夏の大阪。

 アルゲイル魔法学園、第二演習場――。

 黒が基調の夏服に、青いネクタイをきっちり締めた一人の男子生徒が、形成魔法けいせいまほうのブロックの上に立っていた。

 目をみはるほどの綺麗な金髪に、透き通るような青い目。背丈も高く、凛々しい顔立ちも相まって目元まで伸びた金髪でも、遊び慣れている軽い男、と言う雰囲気はない。


「ちょ、空飛ぶのは無しやって!」


 下から聴こえた同級生の声に、少年は反応する。 

 栗色のツンツンヘアーで、少年と比べるといくらかやんちゃそうな風貌ふうぼうだ。


「飛んでないよ。形成魔法で足場を作って、そこに着地してるだけ」

「攻撃が届かんのや!」

「分かったよ。降りればいいんだろ」


 駄々をこねる同級生を見て、少年は仕方ないなと形成魔法を解除し、タイル床の上に降りる。

 直後――。


「今やもろたで!」


 同級生が攻撃魔法こうげきまほうを発動し、少年の身体を魔法の衝撃波で吹き飛ばしにかかる。


「甘いよ!」


 その行動をすでに予測していた少年は、同級生相手に意気込んで応える。

 素早く展開した防御魔法ぼうぎょまほうで衝撃波を防ぎ、お返しとばかりに同じ攻撃魔法を繰り出した。

 焦る同級生に対し、少年は余裕綽々よゆうしゃくしゃくの表情だ。

 そして、同級生は攻撃魔法を身体で食らい、演習場の壁に背中からぶつかる。


「かあーしくった!」


 タイル床の上に尻をつき、同級生は悔しそうにしていた。  


「いやあ、不意打ちでも一希かずきには勝てへんわー」

「あれは不意打ちだったのか……。それより、怪我はないか?」


 少年――星野一希ほしのかずきは、同級生の元に歩み寄り、手を差し出した。にこりした笑顔は、爽やかそのものだ。

 そこへ来たのは、二人の女子生徒だ。先ほどまで、同じ階で一希と同級生の戦いを観戦していた。

 

「ふ、二人とも、あの、お疲れ様です」

「ありがとう、はるか」


 おずおずと、チューブのドリンクを差し出された一希は、笑顔でそれを受け取る。

 はるかは一希を前に、嬉しそう微笑んでいた。

 綺麗な瑠璃るり色の目に、ライトブラウンの肩までの髪。どこかあどけないその容姿は、気弱そうな声でもって同級生と言うよりは、一つや二つ下の後輩のようである。

 

「不意打ちで負けるとか、相当ださいわよ」

「うるさいわあや」 


 同級生男子は、もう一人の女子、理を睨んでた。


「さ! 早く行きましょ」

「あ、理?」


 理は一希の手を引っ張ると、そそくさと歩き出す。

 はるかと同級生男子が、その後を急いで追う。


「あっ、明日から弁論会だね」


 そう言えばとはるかが、後ろから落ち着かない様子で声を出す。

 アルゲイル魔法学園の棟はどこも、関東からの来訪者を歓迎するよう装飾などの準備が最終段階を迎えていた。


弁当会べんとうかい? なんやそれ、食い放題か?」

「弁論会だよ」


 同級生男子の言葉に、一希は苦笑して返す。

 

「東京のウィザリウス魔法学園の人が来るんでしょ?」


 一希の手を引く理が、複雑そうな顔色を浮べていた。理は、ヴィザリウス魔法学園の話題になるといつもこうなのだ。


「来るのは二学年生の先輩たちがほとんどだから、僕たちとはあまり関わらないと思うよ。三日間だけだし」

「そ、そうよね!」


 一希は歩き辛いなと感じながらも、理の気分を取り繕うようにして言っていた。

 その言葉を受けた理は再び、笑顔で一希の手を引っ張っていく。

 アルゲイル魔法学園一学年生、星野一希の日常は、そうして今日も過ぎて行く。


挿絵(By みてみん)

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