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「クソッ! どいつもこいつも、いくら詩音が可愛いからって俺との恋を邪魔しやがって!」


 階段を駆け上がりながら、戸賀とがは悪態をつく。

 昔から、詩音には俺がいないといけない。今も、そう、絶対に!


「見付けたぞ!」


 階段上より、ずかずかと足音が聴こえた。


「邪魔するんじゃねえ!」


 戸賀は直上に向けて攻撃魔法を放つ。続けて、自身の足元に形成魔法けいせいまほうを発動。半透明の魔法のブロックを足場に、階段を無視して一気に駆け上がる。


「な、なんだ!?」


 特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の候補生は慌てた素振りで、こちらを見上げていた。


「くそ逃がすな! 食い止めろ!」


 下から拳銃の弾が何発か飛んでくるが、それはあまりにも魔法の前に無力すぎる。

 実戦経験の少ねぇ、甘ちゃんどもが……! のんびり訓練なんかしているからだ。俺が味わってきた地獄に比べりゃ、こんなもの……!

 戸賀は激昂に似た苛立ちを隠す事もせず、


「らあッ! 洗濯機気分を味わえ!」


 戸賀は真下に風属性の汎用魔法を発動。たちまちサイクロンのような風が巻き起こる。容赦なく、続いて水属性の汎用魔法を発動。浮かべた魔法式から滝のような水流が発生し、下に向かって雪崩れ落ちる。


「あっハハハッ!」 


 牢屋の中じゃ魔法は使えなかった為、良いストレス発散だ。

 ……だが、やはり物足りない……! この欲求不満はやはり、愛しい存在をこの目で見なければならない!


「待ってろ……詩音。今、君に会いに行く……!」


 魔法のブロックから降り、戸賀は再び階段を駆け上がる。


「逃がすものか!」

「しつけえ!」


 目の前に現れた特殊魔法治安維持組織シィスティムに、大剣を振るう。

 ブオンっ、と風を切る音がした。


「うわっ!?」


 咄嗟とっさに防御魔法を発動したお蔭で難を逃れた特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の男だったが、尻餅をついて倒れてしまった。

 そんな男には目もくれず、戸賀は一目散に走り去っていく。


「なんだったんだあの男は……」

「囚人番号〇七一、戸賀彰とがあきら。女性を誘拐、監禁した罪を筆頭に多々罪状がある。レ―ヴネメシスのメンバーだ。データ転送する」


 下の階から男が追いつき、途切れ途切れの息で説明する。

 その他にも下から、黒いスーツをずぶ濡れにした特殊魔法治安維持組織(シィスティム)メンバーが次々と追いついて来る。


「サイコパス野郎か」

「最近じゃそこまで珍しくはない。早く追うぞ!」

「どうせ地上にも包囲部隊はいる。逃げられはしないはずだテロリスト……!」


 戸賀が去った後を忌々いまいましく睨みつつ、シィスティムたちは彼の後を追いかけた。


              ※


 メーデイア地下監獄地帯。

 あたりの施設は魔法の直撃を受け形を次々と変形させ、散乱した破片やひしゃげた壁。そこは一種の戦場の様相を見せていた。

 攻撃魔法の魔法式が、空中に浮かんでは発動し、消えていく――。

 佐伯剛さえきつよしと、奥羽正一郎おうばせいいちろうの戦いだ。

 

「……っ!」

 

 佐伯が発動した攻撃魔法の爆発を、奥羽は避ける。


「こちらこそ」


 奥羽が発動した破壊魔法はかいまほうの光を、佐伯は防御魔法ぼうぎょまほうで防ぐ。

 凄まじい衝撃がまた一つ、首都の地下で拡散し、地上の人に知れず収束していく。

 佐伯はちらりと、手に持つ拳銃の安全装置を確認して、

 

「ふざけた仮面を着けてるわりには、強いじゃないか」

特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の分隊長に褒めて頂けるとは、光栄です」

「ぜひとも名前を教えて貰いたいな」

「丁重にお断りします」


 佐伯の言葉に、奥羽はぺこりと一礼する。


「そうか」


 もっとも、佐伯は対面時からすでに確信があった。

 丁寧語……日本刀……髪を一本に縛っている……。先日、ヴィザリウス魔法学園の生徒天瀬誠次あませせいじ君から教えてもらった男の情報に一致する。

 ――奥羽正一郎。

 もし本当にそうだとしたら、確かめねば。

 佐伯は拳銃の安全装置を解除し、奥羽に向けて放つ。

 どうせすぐ使い物にならなくなる。佐伯は連射を重ね、銃を一気に撃ち尽していた。


「銃……。銃口から向けられる真正面のみへの射撃。かわすのは容易です」


 ステップを刻んで銃撃をかわし、奥羽は肩を竦めて言う。

 人間離れしている動きだが、この世界ではべつに不思議なことではない。


「ご丁寧な説明、どうも—―っ」


 佐伯は銃を放り投げ、両手で一気に拘束魔法こうそくまほうの術式を構築する。

 奥羽はすぐに妨害魔法ジャミングまほうで佐伯の魔法式を撃ち消して来る。そして一瞬の溜め動作の後、佐伯の前に出現する。

 俗っぽい言い方をすれば、まるで忍者のようだった。


「ちっ!」


 佐伯は護身用の警棒を腰から引き抜き、日本刀の一撃をどうにか受け止めた。

 だが警棒は本来、鍔迫つばぜり合いなど想定してはいない。

 すぐに押し負けてしまい、切断された警棒の半分が、佐伯の手から吹き飛ばされる。


「さて」 


 奥羽はすぐに攻撃魔法の魔法式を展開し、佐伯の頭上に無数の魔法の光弾こうだんを出現させる。《メルギオスト》。光る雨のような、攻撃性と威力の高い、高位攻撃魔法だ。

 仮面姿の奥羽を見ると、すでに目の前から離れたところから、こちら窺うようにしていた。――それはまるで、お手並み拝見、とも言っているようで。


「舐めるな」


 佐伯は頭上に円形の防御魔法を展開。それは雨を受け止める傘の如く、攻撃を受け止めた。

 だが、凄まじい衝撃の反動により、佐伯は地に膝をついてしまっていた。


「なる、ほど……」 


 ――強い。影塚かげつかと同等か……以上か……。

 これを魔法が使えない少年が相手にしていたのかと思うと、佐伯は思わずぞっとしてしまっていた。

 だが故に……ここで俺が仕留めなければなるまい。


「これは躱せるか?」


 佐伯は奥羽の周りに向けて、複数の魔法式を展開する。奥羽を囲むように、魔法式は輝き、いつでも発動できる状況だ。

 奥羽は周囲をきょろきょろと見渡し、自分の状況を確認していた。

 佐伯は折れた警棒を構え、奥羽に真正面からちかかる。


「……《プロト》」


 奥羽は防御魔法で佐伯の進行を阻止したが、佐伯はそれを想定していた。

 

「喰らえっ!」


 魔法障壁との鍔迫つばぜり合いの中、佐伯が片手で指を鳴らす。

 すると展開しておいた魔法式が時間差で発動し、奥羽の背後より襲い掛かる。


「逃げられません……か」


 奥羽はそれでも、左手で自身の背後に素早く防御魔法を展開――途端、攻撃魔法が着弾した。ヘッドホンの音量調整を間違えたかと思うような爆音と、鼠色ねずみいろの煙が周囲に発生。

 佐伯はそれでも、奥羽の力が弱まっていないのを警棒越しに感じる。


「さすが、国から手厚い保護を貰っているだけはあります……」


 煙の中、鼻水を垂らした猫の口が動かずに言葉を発する。

 互いが腕に力を込め、魔法障壁が点滅し始めていた。


「心にもないことを」


 猫のお面――奥羽は、佐伯の言葉に肩を竦める。


「フフ。面白い話をしてあげましょう。国のトップ――すなわち、あなた方の飼い主は魔法が使えない無能な奴らです。そんな奴らに一流の魔術師であるあなたがたは命令されているのですよ?」

「もしかしてそれは、俺らを褒めてくれているのか?」

「誇り高い魔術師をけなす理由はありません。だからこそ、この世界は間違っていると言っているのですよ。力である魔法が使えない年代が、魔術師たちのトップに立つほどおかしいことはありません。違いますか?」

「少しでもまともに話す気があるのなら、そのフザけたお面を外してからにしてもらえるとありがたい」


 佐伯は左手をお面の目の前に向け、魔法式を展開する。

 ここで奥羽は佐伯から距離を離し、同じく攻撃魔法の魔法式を展開。

 刹那せつな、互いの発動した魔法が衝突し、二度にたび爆発が起こる。目に見える濃度の魔法元素エレメントの残骸粒子が、度重なる魔法の発動で周囲に発生していた。静かな場所で見ればそれは夏の花火の如く、とても綺麗なものだと思う。

 今年はまだ、家族と見れていなかったことを、佐伯は変に思い出してしまった。


「いずれこの国は破綻はたんします。いえ、世界は。そうなる前に、この歪んだ状況を正さねばならない。まさにそれが、゛捕食者イーター゛を滅ぼす為の我々の第一ステップです」


 片手を掲げ、奥羽は余裕そうに言ってくる。

 いかにも悪役の考えそうなことだなと、佐伯は薄く笑っていた。


「確かに、無能な奴が上に立って人をこき使う状況は喜ばしくはないな」


 煙を吸わぬよう口元を押さえ、佐伯は正面方向へ向けて言い放つ。

 冷房システムがたび重なる破壊と衝撃で誤作動を起こしたか、身体は暑く、額には汗が滲んで来ていた。


「これはおすすめの方法だが、大人しく選挙にでも出たらどうだ? 今なら同情票を入れんこともないぞ?」


 それでも身体を奮い立たせ、佐伯は怯みもせずに言い放つ。


「結局言葉ではなにも変わりませんから、悲しいです」

「佐伯さん!」


 奥羽が肩を竦めていると、彼の背後より特殊魔法治安維持組織(シィスティム)第四分隊の連中が駆けつけて来た。


「時間稼ぎと客引きは上々。ここは、引きましょう」


 奥羽は日本刀を背後に振るい、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の面々を後退させる。その隙を目ざとく逃さず、奥羽は特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の間を駆けて行く。

 一対一では、互角が良いところだった。


「無事ですか!?」


 奥羽の後を何名かが追い、一人が駆け寄って来る。


「平気だ。それより奴を追え。地上の奴らと連携して、何としても捕まえろ」


 佐伯は手をぱんとはたいて、上がっていた息を押し殺していた。

 魔素マナを消費しすぎ、奴の作戦勝ちではあった。


「それですが、先程から地上の奴と連絡がつかんのです」

「なに? ここが地下だからか?」

「いえ、《リコインド》による連絡もとれません」


 《リコインド》。空間魔法の一種で、遠く離れた者同士で簡易的なやり取りが出来るものだ。通常は魔術師同士で通信機による連絡が取れない場合に使うのだが。


「妙だな……。すぐに上がるぞ」



               ※


 やはり、国の忠犬に言葉は伝わらなかったか。

 奥羽、はしんと静まり返ったメーデイア内部を駆け上がっていた。そろそろ幻影魔法も消え、関係無い囚人たちも起き始める頃合いだ。何個かの牢は開けておいたので、何名かが脱獄を企て、さらに一騒動が起こることだろう。


「しかし、静かすぎますね……」


 戸賀を追ったはずの特殊魔法治安維持組織(シィスティム)メンバーは、すでに地上まで到達したのだろうか。自分の息の音以外は聴こえず、メーデイア全体がまさしく眠っているようだった。


「……おや」


 ……おお。……息が、上がっている……? 久し振りだ……。

 小さな感動を呑み込みつつ、奥羽はメーデイアの外へと出た。


「これは……?」


 奥羽は驚いていた。

 一歩外へ出ると、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の車両がそこら中で大破、炎上していた。蒸し暑い夜空の下、車から発生した炎がぱちぱちと音を立てている。ごくごく局地的なサイクロンでも、発生したようだった。


「うぐ……」


 見渡すと、黒いスーツを着た男女や、メーデイアの警備兵が至る所に倒れている。苦しそうにうめいている者、頭から血を流して車に寄りかかっている者。いずれにせよ、傷だらけだ。

 警戒の為発動していた防御魔法を解除し、奥羽は横転している車の間を進んで行った。

 そして、一つの気配を感じた。

 黒いワンピースのみを着た少女が、横転しているトラックの上に座っていた。ぼんやりと浮かぶ三日月を背に、薄い水色の髪を夜風にそよがせ、足を伸ばしている。吸い込まれそうなあい色の瞳は、どこを見ているのかわからないほど、淀みなく綺麗にんでいるようだった。


「こんばんは。"女神様"」

「……」

 

 女神と呼んだ少女からの返答はなかった。自身の身長程はある長く水色の髪が、少女の下に敷かれているようだった。


「あなたが一人でやったのでしょうか?」


 周囲の惨状を見渡し、奥羽は思わず驚いていた。


「俺が来たときにはもうこの有様よ。コイツらざまぁーねえぜ!」


 ケタケタと笑い、瀕死状態の特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の顔を踏んでいるのは、先に地上に出ていた戸賀だった。


「――作戦は成功。目標の人員は解放したし良くやった。俺たちも上がるぞ」


 余計な問答を遮断し、白衣姿の東馬仁とうまじんが、車両の横から姿を現した。吸っていたのか煙草を放り、東馬は茶色い髪をはらう。

 ああその目……。その目は、魔法が使えないあなたも何人の人を亡き者に……。

 なんとも酷い人だ、と奥羽は笑う。


「わかりました」


 奥羽が返事を返すと、東馬は振り返り、少女に向けて、


「"ネメシス"、来い」

「……」


 少女はゆっくりと立ち上がると、トラックから飛び降りた。


「ご注意を」


 奥羽が手を添えてやり、紳士のように少女をエスコートする。


「……」 


 少女はそれに対してもまったくもって意に介さす、奥羽は少し悲しい気分を味わった。――ちなみにユキダニャンのお面はもう外している。

 戸賀は唾を吐いてから、つまらなそうに歩き出す。


「なあジン。剣術士って一体どこのどいつだ? このカマ野郎に訊くよりアンタがいい」

「おや。折角助けたのに、ずいぶんと失礼ですね、戸賀」

「剣術士。彼は魔法が使えず、逆に属性魔法以外の魔法が効かない」

「他には?」


 戸賀の言葉からは、並々ならぬ闘志と殺意を感じた。

 東馬はじっと考えたのち、こう答えた。


「――この世の中を懸命に生きた、男子高校生だ。殺していい」

「……」


 奥羽は無言で、東馬と戸賀の会話を聞いていた。


「次の作戦場所だが、さっそく戸賀と向かえ」


 東馬が前を向いたまま、告げて来る。

 奥羽は頷いたが、抗議の声を出したのは戸賀だ。


「はえー……。せっかくシャバに出たと思ったらよ……」

「詩音に会えるぞ?」

「絶対行くぞ! どこだ!?」


 仮にも自分の娘のことをやすやすと口にする東馬に、戸賀は表情明るく返事をする。


「大阪、アルゲイル魔法学園だ」


 先頭を歩く東馬の含みのある言葉に、奥羽は細い目をピクリと動かして、


「楽しいパーティになりそうですね」

「……」


 一方、三人の男の中心を歩く藍色の髪の少女は、月夜の空をじっと見つめているのであった。 

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