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7 ☆

 夜。

 いつもはしんと静まっていなければならない夜空の下、今宵こよいは違った。

 黒の世界の片隅、赤いランプの光がいくつも輝き、一斉に一つの建物を照らしている。

 

「たった一人で侵入とは……。よほどの馬鹿か命知らずか……」


 或は、相当な手練てだれか――。

 腕時計型のタブレットから映る映像を睨み、眉間にしわを寄せる男、佐伯剛さえきつよしつぶやく。


「良い子は寝ないといけない時間なんですけどね」


 彼の周囲には、彼と同じく黒いスーツを着用した特殊魔法治安維持組織シィスティムの面々が。ただしシィスティムの証である胸元のバッジはなく、候補生、と言う立場の者たちだ。

 佐伯はタブレットの電源を落とし、仲間たちの顔を見渡す。


「ああ。手短に状況を説明する。俺らの後ろにそびえるムショ、゛メーデイア゛に侵入者だ。魔法障壁の警報が作動した時には、すでに侵入者は建物の地下に侵入。収容者を見境なく次々解放している」


 魔法による犯罪を犯した者を収容する、刑務所。通称――゛裏切りの魔術師メーデイア゛。一般犯罪者を収容する刑務所とは違い、対魔法による警備が施された、最新の収容所でもある。表向きの見た目は普通の学校のようだが、その地下には巨大な収容施設が広がっている。

 佐伯の言葉を聞いた候補生たちの何名かが、ごくりと息を呑んでいた。


「警備隊は何をやっていたのです?」

幻影魔法げんえいまほうの餌食だそうで、みんな仲よくお寝んねらしい。これより中に突入し犯人、ならびに脱獄者確保に向かう。抵抗する場合は破壊魔法はかいまほうの使用許可も出ている」

「はっ」


 特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の敬礼を交わし、先遣隊がいくらか落ち着いた様子で、門をくぐって入って行く 

 夜の外の立ち会議を可能にしていた、結界を張る高位防御魔法ぼうぎょまほうの術式を解いた佐伯に、一人の男が近づいた。


「レ―ヴネメシスでしょうか、佐伯さん?」

「さあな。なんにせよ、俺らの相手は゛捕食者イーター゛のはずなんだが、魔法を犯罪に使う馬鹿野郎のお世話もしないとならん」


 さて、どう出て来るか……。

 未だ慣れない対人戦闘だ、と心中にぼやきつつ、佐伯はメーデイアの門をくぐった。

 怪談話でよく耳にする、光無き夜の静まり返った学校のような独特の怖さが、そこにはあるようだった。


                ※


 メーデイア内部。

 外とは打って変り、白明るい通路では、銃声が絶えず鳴り響いていた。

 夏の湿気に混じる、火薬の臭いと、乾いた音。花火であれば風情があるものだが、放たれる銃弾から生じるのは、殺意の火花だった。


「……」


 たった一人の侵入者である男は、左手を正面に向けて伸ばしていた。それだけで、銃弾は魔法の障壁に阻まれ、足元に次々と落ちて行く。

 男はしなやかに腰まで伸びた黒髪を一本に纏め、細身の身体は鋭利な印象。脚が長いスタイルを見れば、雰囲気だけは二枚目役者のようではあるが、その顔には奇妙な面を被っていた。


『メーデイアコマンドより各員! 侵入者は一人! お面を被った魔術師だ! 地下へと向かっている模様! 繰り返す――!』


 通信機から、戦場では大して意味の無い言葉が続く。


「目の前にいるってのっ!」

「文句言ってる暇があったら撃ちまくれ!」


 自動小銃が次々と火を放つ。放たれた弾丸は黄色い閃光を描いて正面方向へ向かうが、侵入者の男には一発も命中しない。

 淡い青色のもやのような壁が、やはり弾丸を次々と跳ね返しているのだ。

 奇妙なキャラクターのお面を被った男は、何事も無いようにゆっくりと、銃を打ち続ける二人の男に歩み寄る。 


「回り込む。撃ち続けろ!」


 らちが明かないと判断したか、警備兵が銃声の合間に声を出す。

 男は、もう一つの魔法式を起動、構築を開始した。


「了か――ぐわっ!?」


 巻き起こった魔法の突風に、警備兵が一人、吹き飛ばされる。吹き飛ばされた男は悲鳴を上げながら通路の壁に激突、そのままずるりと崩れ落ちていく。 


「あ、あ……」


 一人残された男が、仲間を行方を追い、顔を向けて振り向いてしまった。


「――銃。本来、人は尊い存在のはず。その命を、引き金を引く軽い指の感触だけで奪えてしまうのは、気に入らないですね」


 侵入者の男は警備兵の目の前まで歩み寄ると、頬を優しく撫でた。

 警備兵はぞくりと、身体を震わせていた。男に言わせればそれはとても、可愛い反応であった。

 

「な、なんだ……」

「人を殺すのならば、その人の感触を感じ、触れ、最大限の敬意を払わなければならない。命は重たいものですから」


 お面の男は残念にも肩を竦め、首を横に振っていた。

 訳が分からないと言うのは、警備兵の方だ。


「っ!?」

「その点、剣は相手の命の重みを知ることが出来る。研ぎ澄まされた一撃に込められた、他者を思いやる気持ち……。大切だと思うのですよ」


 お面の男はどこから取り出したのか、細身の日本刀を見せつけていた。銀色の刃が、警備兵の防護マスクで囲まれた喉元に添えられる。


「フフ」

「うっ……うあああああ!?」


 日本刀によるとどめ……はなかった。

 耳元でぱちんと、男が指を鳴らす。

 代わりとなる幻影魔法の紫色の光が、警備兵を暗黒へといざなっていた。


「わかってくれませんか? ならせめて、良い夢を……」


 お面の男は壁に寄り添って倒れていた警備兵にも幻影魔法を施し、さらに地下へと進んでいく。途中の遭遇戦も難なく対処し、銃はすでに魔法に対して時代遅れだと言う事実を知らしめた。

 階段を降り、上の階層と比べて薄暗くなった地下の牢獄地帯。魔法犯罪でもそれなりの悪行を働いた者を閉じ込める、不可侵の檻が並んでいる。無論強力な妨害魔法ジャミングまほうがかかっており、中から魔法で脱出するなどと言ったことは出来ない。

 やがてお面の男は、とある独房の前で立ち止まる。


「こんばんは。お久し振りですね」


 特殊加工された鉄の窓越しに、男は笑いかける。ほんの少しだけ、(あお)るように。


「随分と趣味の良いお面被ってんじゃないか。何だそれ」


 小部屋の中にいた青年が、しかめっ面の顔を上げた。

 若干黒が目立つ焦げ茶色の髪に、紫色の三白眼の一重。若く引き締まった身体をしているが、囚人服の所為せいか、本人のまとう雰囲気の所為か、近寄り易い印象はない。


「今日やってた祭りで思わず買っちゃったんですよ。名前はユキダニャンさんです」


 ユキダニャンのアホ面お面をくいっと持ち上げ、顔を見せた男――奥羽おうばは笑う。自身が思う、素晴らしいサプライズは成功した。


「可愛いじゃん。……一人か?」


 牢屋の中の男が鉄格子を両手で掴み、奥羽の後ろを見渡して来た。


「我々も相当消耗していますので、お迎えの人数が少ないのはご容赦して頂きたいです。戸賀とが

「いや……なんで詩音しおんがいないんだ?」


 ああ……始まった。

 奥羽は内心で、ため息をしたい衝動を抑えていた。

 戸賀は険しい表情で、鉄格子を握る手に力を込めた。握力の強さか鉄の檻がミシシ、と音を立てる。

 

「なんで俺の迎えに、詩音が来ない!?」


 唾が飛びそうな勢いで、戸賀は叫ぶ。

 奥羽は困った顔で、思わず後退っていた。


香月詩音こうづきしおんさんなら、今はヴィザリウス魔法学園にいます」

「詩音を学校に!? ジンは何を考えているんだ!? あんなところ危険だ!」

「さあ。アルゲイルの方と同じように、ヴィザリウスにスパイを送り込む魂胆こんたんかと思いましたが、どうやら違うようで」


 奥羽はかぶりを振って答えたが、戸賀は納得出来ていないようだ。


「俺の詩音を迎えに行く……。出してくれ」

「フフ。そのつもりです。離れてください」


 奥羽は高位妨害魔法ジャミングまほうの術式を、牢屋のドアに向けて展開する。

 白い魔法式がドアの正面に浮かび、奥羽は文字を魔法式に打ち込む。


「さすがはメーデイア。一筋縄ではいきませんね」

「出来ないのか?」


 戸賀が訊いた直後、魔法式の完成を示す音と光がなる。


「フフ。まさか」


 複雑な制御魔法せいぎょまほうだったが、奥羽はそれを解除した。

 ドアが開かれ、戸賀は自由の身となった。


「昔っから詩音は……俺がいないと駄目なんだ……守ってあげないと」


 身体の感触を確かめるようにノビをして、戸賀は狂気を感じさせる笑顔だった。

 それは仲間としては、時に変な意味で心強いものだ。


「はいはい。では、その為の力を」


 奥羽はまたしても、何処どこからともなく剣を取り出した。日本刀と見比べると極めて大振りの、大剣と呼べる代物だった。


「あ? 剣だと? ふざけているのか」

「滅相もありません。ただ、私たちの敵となる存在が少々厄介でしてね」

「黒スーツじゃねえのか?」

「それもあるのですが――香月詩音さんを我が物顔で独占しているいけない男の子がいるのですよ」


 途端、ぴきっ、と戸賀の頭部の青い血管が浮き出て来た。

 奥羽はそれが面白おかしく、内心で笑っていた。 


「誰だ。……僕の詩音を、勝手に取ったヤツは」


 奥羽はあごに手を添え、ほくそ笑んで答えた。


「剣術士くんです」

「剣術士……?」

「――当たれっ!」


 ――それは幻影魔法により、気配を消されていた。

 奥羽と戸賀が咄嗟に反応し、防御魔法を展開。放たれた攻撃魔法の直撃は、目と鼻の先、直前で防ぐことができた。魔法と魔法が接触した爆発音と共に、目の前で白煙が巻き起こる。

 がつがつと、いくつもの足音。

 奥羽は敵を、判断していた。


「思ったより早いですね。さすがです」


 しゃがみつつ、奥羽が階段の方を睨む。

 黒スーツ、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の先遣隊が追いついたようだ。

 だが、彼らの胸元には特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の象徴であるバッジが無い。それにこの数の多さ……研修生か予備か。

 いずれにせよ――。


「黒スーツどもが。お前らの所為せいで! 俺と詩音は離れ離れになってしまった!」


 そう、二人が結ばれるのは運命だった、とでも言うように、戸賀がくちびるを噛み締めていた。

 奥羽は顔を隠すように、ユキダニャンのお面を被り直すと、


「ではよりを戻しに行きましょう」

「当たり前だ。僕の詩音だぞ!? 絶対デートするんだっ!」

「生々しいですね……」


 いくつもの魔法式が光る、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)たちのいる方から、威圧的な声が聞こえる。


「侵入者一名と脱獄者一名を発見! 両手を頭の後ろで組んでひざまずけ! 従わない場合、破壊魔法での直接攻撃の許可が下りている!」

「仕事熱心な国の犬が……」


 奥羽は忠告を聞かず、立ち上がる。


「牢屋の中じゃやることと言ったら筋トレぐらいだったぜ。ちょうどいい、暴れてやる」


 隣の戸賀も、大剣を片手で掲げていた。言葉通り、重たい得物を扱える筋力はあるようで、筋肉質な肩に刃の無い方を添わしていた。


「逆らうか。止むを得ん、交戦を許可する!」

「了解!」

 

 特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の戦闘員が手を上げ、白い魔法式を次々に展開する。

 始まった、と奥羽は戦闘の気配を察し、しかし笑う。


「上で合流しましょう。私がせっかく助けた命を無駄にしないで下さいね?」

「うるせえ」


 ジト目で奥羽を見上げる戸賀。


「詩音さんを取り戻しましょうね?」

「当たり前だ!」


 一転し、戸賀はやる気が出たようだ。

 とたん、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の方から破壊魔法の光の球が、飛んできた。だが、奥羽と戸賀の目の前でその球は弾け、爆散する。

 奥羽の防御魔法が、相変わらず攻撃を防いでいたのだ。

 破壊魔法の残骸とも言うべき白煙が、たちまち通路を満たす。


「もう牢屋に戻りたくない! 俺は詩音に会うんだ! 邪魔するなーっ!」


 異様な気迫だ。それゆえ――恐ろしい。

 その白煙を貫いて、戸賀が飛び出した。大剣を大きく振り回しながら、狭い通路の中を全速力で走る。

 戸賀の奥からさらに、奥羽が攻撃魔法で援護を行う。  

 

「なんだ!?」

「ぐわっ!」


 防御魔法で攻撃を防ぐシィスティムメンバーの面々が、次々と戸賀の剣の一撃によって吹き飛ばされていく。

 突破口は開けた。やはり、モノは使いようだ。

 —―しかし。


「待たせた! 防御魔法を展開しつつ、押し返すぞ!」


 落ち着いた低い男の声が、階段からした。

 若く、それでいて信念を感じさせる、優秀な魔術師の顔。

 その男の顔は、知ってる。特殊魔法治安維持組織シィスティム第七分隊隊長、佐伯剛……。

 奥羽は人知れず、ユキダニャンのお面を手で顔に押し付けるようにしていた。


「あの男は私がけ合います。上で合流しましょう、戸賀」


 奥羽が攻撃魔法で衝撃波を放つ。魔法式から広がる波のような波動は、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の行動を遮っていた。

 身を怯ませず、立ったままだったのはやはり、佐伯ただ一人だ。


「一人で相手か……舐められたものだな」


 こちらの魔法を防御魔法で防いでおいてよく言う。


「またまた。今回の私の作戦目標は人員の解放。目標を果たす為の成功確率を上げただけですよ」


 走り出す戸賀と、それを追う特殊魔法治安維持組織(シィスティム)のメンバーを見送り、奥羽はお面の下の素顔を笑わせる。


特殊魔法治安維持組織(シィスティム)より最後通告だ。署までご同行願えるかな?」

「もうムショですよ? ここは」

「おっとそうだった」


 一杯喰わされた、と佐伯は笑う。

 ……が、次には感情を殺して、


「なら次のステップだ。――地獄に落ちろテロリスト」

「恐ろしい。誰かさんを思い出します」


 佐伯が腰のホルスターから銃を抜き、奥羽が日本刀を構えた。  


挿絵(By みてみん)

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