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 1-A教室内にて。昼の委員会の活動が終わり、日は西に傾いて来たところだ。クラスメイトたちは少数だがまだ室内にいたりする。お喋りの話題はやはり、夏休みについてだろう。

 初の長期休暇を前に浮かれる気分となっている周りと比べ、誠次せいじは悩んでいた。


「高校生で……かけ算が出来ないとは……思わなかった……」

「なんで一と一がかかって一になるのかしら? だったらそもそも一をかける意味が無いと思うのだけど」


 はたから見れば馬鹿にしているような物言いだと思うが、香月はあごに手を添えて真剣に悩んでいる。


「かけ算を考案した人が泣くような事を言うなよ……」


 机と机を合わせ、目の前の席に座る香月を驚愕の表情で誠次は見ていた。

 香月は頭が良いのに、勉強が出来ない。……自分でも矛盾していると思うが、そう表現すべきだろう。


「分母が違う分数の足し算と引き算は、通分をしないと駄目だ。答えは約分が出来ればそうする」


 お察しの通り香月は、分母が違う分数をそのまま足したり引いたりしている。


「そのまま計算した方が早いと思うのだけれど」


 おすすめよ? とでも言いたげに香月は言ってくる。天使の甘言かんげんか、悪魔のささやきか、誰かが真に受けそうで怖いものだ。


「なんだろう……。言っていることがすべて正しく思えてしまう……この論理的な感じは一体何なんだ……!?」


 まさか「勉強が楽しい」が「知識が増えるのが楽しい」となっているとは……。


「面白いわね……」 

「はあ……」


 桜庭さくらばが買ってやったペンで、香月は真剣にノートに数式を書き込んで行く。内容は数学と言うよりは算数だが、やはり覚えは早い。何より香月本人が勉強を楽しんでいるのが、一番良いことなのではなかろうか。


「おっ」


 勉強を一旦区切り、休憩時間としたところでクラスの後ろのドアから帷悠平とばりゆうへいが教室に入って来た。

 短く切った茶髪にガタイの良い身体つき。白いワイシャツ姿は出来るビジネスマンのようで良く映えていた。


「ウッス、お邪魔だったか?」

「いいや、どうしたんだ?」


 誠次が首を横に振ると、


「急ぎの用だ」

「用?」


 帳が手を上げてこちらまで来たので、誠次は答えた。落ち着いた感じであるが、内心で結構焦っているようだ。


「実は……折り入ってお願いがまたあるんだ」

「またアイドルを助けに戦うの?」

「違う違う」


 首を傾げた香月の一言に、帳は苦笑して手を横に振る。


「新しいアイドルか? グッズか?」

「お前らが普段俺をどう見てるかがよくわかったところで、これだ」


 帳が自分の電子タブレットを起動し、画面を誠次と香月に見せて来た。()()()()()に花火が打ち上がり、それを着物姿の人が楽しそうに見上げている。


「夏祭りか?」

「その通り天瀬。夏休み入って最初の日曜日、ヴィザ学の目の前の大通りでやる」


 帳は窓の外を指し示していた。見てみると、先日桜庭さくらばと通った大通りに赤い提灯ちょうちんが装飾されていた。屋台らしきテントも見え、祭りの準備が始まっているのだろう。

 夏休み入って最初の日曜日、それはつまり、来週の日曜日だ。予定はない。


「わかった。じゃあ日曜日遊ぼうぜ。香月も来るか?」


 一日ぐらいだったら、べつに大丈夫だろう。根拠はないが、大丈夫だ。

 

「ええ。行きたいわ」


 香月はこくりと頷いてくれた。


「おいおい。遊びの約束で済んだら焦ってはない」


 はっはっは、と爽やかに帳は笑う。とても落ち着いているように見えるが、やはり焦っているようだ。


「じゃあ一体なんだ?」


 誠次は帳の話を聞いてみることにした。


 外の空が夕方と呼べる色合いに変化し始めた頃。

 1-Aの教室には、誠次、香月、帷、そして志藤しどうが集合していた。志藤は帳が呼んだらしい。


「――その家族の親の実家の人が、危篤きとくらしいんだ……。一刻を争うから、祭に参加することができないらしい。ご家族が危ないって時に、さすがに縁起が良い祭には参加出来ないだろう」 

「なるほど。つまり祭の実行委員の家族がドタキャンをしちまって、お前んとこのご両親が祭の実行委員会トップだから、抜けた人員をどうするか悩んでいたと」


 志藤が机の上に座って腕を組み、帳にそう確認する。


「ああ。ただ一週間前にキャンセルって事で、うちの両親は大慌てだ」

 

 頷く帳は、教室のホワイトボードを背に立っていた。

 

「そもそもそこらの家族とかって言う軽いノリで、祭の実行委員ってのはやるもんなのか?」

「サブカルイベントで言う、公募こうぼスタッフみたいなもんだな」

「うおイマイチ分かんねぇ例えが来た……」


 指でくるくるとペンを回す志藤は、その手の話題にはうとかった。


「ハッハッハ。まあ話を戻すと、うちの親父が働いている会社がこの祭のスポンサー企業なんだ。んで、実行委員は都民の中から公募でつのっている」


 それの祭の実行委員会のトップとは、帳の親は会社の中でもそれなりの立ち位置なのだろうか。

 一方で、帳と志藤の会話は続く。


「祭の運営の報酬として、商店街の金券がもらえるんだ。相当な額」

「なーる。それ目当てで一般の家族が祭の運営を手伝うノリか」

「無論、金券が使える店はうちの両親が勤めてる会社系列のところのみだけどな」

「そこは……ややこしくなりそうだからスルーしとくぜ……」


 志藤が苦笑いで応じていた。確かに掘り下げるとよくないところなのだろう。


「で俺らが何を? 祭の運営を手伝うのか?」

 

 椅子に座ったままの誠次が、帳に尋ねる。

 帳はああ、と頷いた。


「さすがに大きな事を頼むつもりじゃないが、ある雑務を手伝って欲しいんだ」

「うー……。浴衣美人といちゃつく奴らを見て働くってのはなあ……」


 志藤が難色を示す表情をしていた。


「勿論()()()代ははずむ!」

「バイトか……」


 バイト――悲しいかな、この年頃の男子はバイトと言うものに憧れてしまう、はずだ。事実、誠次がその一人であった。


「バイトか、まあ金もらえるんだったら悪くないかもな」

「やる気か天瀬……」


 志藤が気乗りしないような目で、誠次を見ていた。

 だが、誠次は得意げに指を突き立て、


「ああ。あと例えば俺たちが必死でバイトをやっている中、偶然クラスメイトの女子にバイトしている姿を見られる」

「……」


 得意げに言いだした誠次を、志藤がジト目で見ていた。


「クラスメイトの女子は一人で私服姿。そして少しの会話をし、頑張れよ、などと言ったやり取り。……正直格好良くないか!?」


 誠次は爽やかに言い放つ。


「ねーよ! 夢見すぎだろ……」


 志藤がやれやれとツッコんできた。

 ――だが、次にはどこか言い辛そうに志藤は顔を背けてから、


「ま、まあ俺も予定とか特にねーし、ヒマを見つけて遊べるかもしれねーし、いいぜ」

「やっぱりお前もこの気持ちが分かるか!」

「があーっうるせーぞ! ま……まあ確かにそうだよな!」

「のっけから下心丸出しとサボる気満々なのは何とかならないのか……。まあ、助かる二人とも」


 帳が苦笑交じりに、軽く頭を下げた。


「そのクラスメイトの女子って、誰のことかしら?」


 香月が誠次をじーっと見つめて、言う。


「え、いや、特にそう言うのはなくてあの……今のはジョークと言うか……」

「本当に?」

「は、はい。……だから、あの、そんなジト目で見ないでくれ……」


 誠次が答えに詰まっていると、志藤と帳が目線を合わせて、何やらやれやれと肩を竦め合っていた。 

 香月は誠次から視線を外すと、帳を見上げ、

 

「帷くん。私も……バイトしてみたい、です」

「待て香月! 今の片言な敬語はなんだ!?」 


 こちらに対する態度とは、雲泥の差であり、誠次は慌てて横に座る香月を見た。


「……っ」


 香月はものすごい恥ずかしそうに顔を赤くしてから、そっぽを向いていた。 

 思えば、今まで香月が他の男子と話している姿を見たことが無かった。


「ま、マズい……。今の香月の一言は正直、グッと、来た……!」

「ヤベえっ! 帳が沈む!」


 帳が胸元を抑える仕草をしつつ、後退したところ、志藤もまた驚いていた。――どうでもいいかも知れないがやはり帳は、天然タラシの才能がありそうだった。


「だが俺には愛すべき、守るべき大切な存在が……!」

「アニメキャラたちな……」


 握りこぶしを作って歯軋りする帳に、誠次がツッコんでおいた。    


「まあてなわけでだ。香月も手伝ってくれるのか? 願ってもない話だが……」


 けろっと元に戻った帳が、誠次に視線を向ける。さらに香月に至っては駄目かしら? と誠次に目で訴えて来た。


「いや、べつに俺が決定権とか持ってないよな! 香月と帳の自由だ」


 誠次は慌てて手を横に振った。


「そうか。じゃあ頼むぞ香月!」

「ありがとう、帷くん」

「香月が来てくれれば、いるだけだけで集客率アップかな」


 志藤が調子良く笑って言う。

 

「ありがとう。えー……っと、()()()、くん?」

「志藤な!? 供え物とかいらないぞ!? ってかもう四か月は経つんだから、名前くらい覚えてくれよ!」

「ごめんなさい天瀬くんの添え物としか」


 とたん、辛辣しんらつな言葉遣いに戻る香月。何だかんだで、クラスメイトのことはよく見ているようだ。

 一方で志藤は、左手でごはんのお椀を持つモーションを実行し、


「ああ確かに、醤油つけてご飯に乗っけて食べると美味しいよなー……って! 俺は漬け物じゃねえ!」

 

 右手で箸を突き出す仕草をして、渾身のノリツッコミを行った。


「……お、そうか……」

「……ご、ごめんなさい」


 帳と香月が至極、申し訳なさそうな表情をしていた。


「くっ。相変わらず志藤のツッコミは面白いな」


 素直にそのツッコミのスピード、キレ、声のボリュームは素晴らしいと思った誠次だけが笑い、感心して口をはさんでいた。


「褒めないで、下さい……」


 しかし、なんとも言えない切ない表情で、志藤。


「今の、面白いの……?」

「それは心の中にそっとしまっておいて、言わないで下さい……」

 

 不思議がる香月に、志藤が痛い痛いと言わんばかりに、涙を呑んでいた。

 そして、ハッハッハ、と腕を組んで帳が笑い、


「助かるみんな、詳細は追って通達する」

「おう」

「ああ」

「ええ」


 志藤、誠次、香月が返事を返す。

 なに、助かっているのはお互い様だ。普段の学園生活、今も昔も。そしてきっとこの先も、卒業するまで――。


 七月三一日。ヴィザリウス魔法学園体育館にて。


『生徒のみな、明日から一か月間の長期休暇だ。物騒な事件ばかり聞くが、また九月に顔を揃えて、私に同じ光景を見せてくれ!』


 学園理事長八ノ夜はちのやのノリノリ演説が、ステージの上から鳴り響く。おおかたどこかの漫画か小説の言葉を真似しているのであろう。

 現在は夏休み前の全校集会の最中だ。


「はあ……八ノ夜理事長って美人だし憧れるわあ」

「カッコイイし、ってか何歳なんだろうな?」

「何歳でも良いけど独身だったら結婚してえ……」


 八ノ夜信者とも言うべき、生徒たちのお喋りが斜め後ろの方から聴こえた。一学年生のうちの天瀬誠次あませせいじの集会での立ち位置は、どう転がっても一番前である。


(何歳でも良いと言うのは、相当なアレだな……)

「ねえ、八ノ夜理事長とあんたってどう言う関係なわけ?」


 同じく、学級委員として一番前の篠上綾奈しのかみあやなが、青い瞳の視線を前へ向けたまま尋ねて来る。こういう時に篠上の方が話し掛けて来るのは珍しかった。

 誠次は篠上の視線から逃れるように、少しだけ身体をよじらせていた。 


「周りはどう見てんだ?」

姉弟きょうだいじゃないかって、まことしやかにささやかれてるわよ。け……レヴァテインの所持を許可してるくらいだし……」

「まことしやかにささやかれてるのか……なんだその怪談話みたいなノリは……。まあ、そんな風であながち間違ってない」


 ただし、間違っても「母さん」などと声に出して言ってはいけない。ボコされかねない。


「間違ってない!? じゃあやっぱり成績のえこひいきを――っ!」

「そこかよしつこいな! 実力だ!」


 ――いつもの篠上だったら、ここまでしつこくは無い。何より時と場をわきまえる人物のはずだ。先日の学級委員集会からこんな感じが続いている。


「お前ら夫婦漫才めおとまんざい他所よそでやらんか……」


 いつの間にか目の前までやって来ていたはやしに、誠次のみが頭を小突かれた。

 不公平極まりないと目で訴えるのは誠次だ。

 

「痛っ!?」

「誰がこんな奴と夫婦になんか!」


 篠上が誠次を指差し、声を荒げる。顔は真っ赤だ。

 そして、この間から、夫婦や結婚云々のやり取りに食って掛かって来ている篠上だ。

 良く考えないで()()()()()をしてしまった自分を、誠次はここへ来てかなり後悔していた。


「落ち着け篠上! このままじゃ林先生の思うツボだ!」


 誠次は頭を抱えつつも、篠上に訴える。


「お前らやっぱ仲良いな……」

「違います!」

「林先生、篠上を暴走させる行為はやめて下さい!」

「なんでアンタだけ冷静でいられるの!? こっちは旦那を勝手に決められてるのよ!?」

「そんな深刻に考えるなっ!」

「まあ、取り敢えず落ち着こう。冷静な俺を見習え」

「「先生が言わないで下さい!」」


 篠上と誠次に、林はやれやれと髪をかいていた。

 一方で、篠上の制服胸ポケットにしまわれていた゛夏祭りのパンフレット゛に、誠次は気づくことが出来なかった。

 夏休みに入ってその後、夏祭りの日まで、篠上と誠次が会うことはなかった。

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