7 ☆
昼食を終えた誠次と桜庭は、ショッピングモール内にあるゲームセンターへとやって来ていた。
ゲームセンターに来た理由は、食事中に次は何処に行こうかと言う話題になったところから始まる。誠次が「本屋で立ち読みは?」と言ったところ、桜庭が「ぶらぶらしてない! 立ち止ってる!」と言う理由で却下。結果、適度に歩けて暇を潰せるスポットとして桜庭がゲームセンターを提案し、今に至る。
UFOキャッチャーやらのゲーム機の間を通っていると、何やら聞き覚えのある男子の声がしたのは、間もなくだった――。
「あ、あれって……」
桜庭が上ずった声をだし、誠次の制服の袖をちょんと引っ張る。
誠次も、確認していた。
「夕島先輩?」
「おっ、天っちじゃん!」
ルームメイト、夕島聡也の兄、夕島伸也が私服姿で立っていた。ダメージジーンズに、ロックバンドのロゴティーシャツ。茶色の髪を遊ばせるようにくねらせ、赤い目は興味津々そうに゛誠次を゛見ていた。そしてこの場に流れる、どこか気の抜けた雰囲気。
「ねえ誰?」
夕島伸也のすぐ横には、腕を絡ませるように組んでいる、見知らぬ女子が一人。
(こ、この間の図書館で見た彼女さんと違う……!?)
誠次が内心で驚く。
「ただの後輩。にしてもなに、二人ともこれだったワケ? 先に言っといてよー」
彼女への手短な説明の後、夕島伸也は小指を立てて、このこのと言ってくる。
「そうです!」
すぐに否定しようとは思ったが、誠次は夕島伸也の勢いに負けていた。しかし、なによりも、今はそう言う体の方が良い気がしたので、言っていた。
「……」
桜庭はどうしていいかわからず誠次の後ろに隠れている。
「俺そっちの趣味は無いんだから。なに、寝取るってやつ?」
「夕島先輩がそれ言ってもいまいち信憑性がありませんよ……」
「うわっ、厳しい! 聡也みたいだよ天っち。あの後ダニっちのお説教一時間ぐらい続いてマジ大変だったわー」
夕島伸也はやれやれと、誠次の肩をぽんぽん叩いて来る。
「そのお前の所為だ、みたいな目はやめて頂きたいですんが……」
「悪かったって天っち。顔が怖い怖い。ほら笑って笑って」
「無理です!」
次にフレンドリーに誠次の肩に腕を回し、夕島伸也は笑いかけて来る。誠次は棒立ちのままだった。
「って、なんで制服着てるの? 校則違反じゃん! 先輩チクっちゃうぜ?」
夕島伸也は目ざとく見つけ、一番やられたくないことを言っていた。
「これは三城高校の制服です。理由は――」
ここまで説明が重なると、誠次はもう馴れた口調だった。
「マジで? 一年が行くの珍しいじゃん。兵頭のヤツも面白いことをしやがんな」
ふうんと、夕島伸也は含んだ笑みを浮かべていた。
「兵頭生徒会長とは、お知り合いなんでしょうか?」
夕島伸也は「お知り合いとか、硬っ」と、笑った。
「二学年生の時は俺もヴィザ学での時の弁論会に参加して、その時にちょっとだけ。けどいいなあ、アル学の娘も結構可愛かったし、一年の時から行けば良かったかも。もっとも会場側の高校は一年の参加も多いけどね」
「伸也ー。私暇なんだけどぉ」
夕島伸也の現在彼女が、不満そうに唇を尖らせていた。
「ああ悪い。んじゃ、そろそろ行くわ! またねー」
にこりと笑って手を振って、夕島伸也は彼女の背中に腕を回して去って行った。
「彼女さん変わってた……。なんか凄い……」
「変なところで感心するクセが桜庭あるよな……」
「それ褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からない……」
話題に出なかったためか、後ろの桜庭がホッと肩を落としていた。
――ナンパしたと言うのに、夕島伸也はあまりにも桜庭には興味が無いような感じだったと思う。
「ありがとう天瀬、さっきのは助かったよ……その、嘘でも……」
「ああ構わない。俺こそ、勝手に彼女だなんて言って悪かったな」
「……」
誠次と桜庭、共々安堵の息を溢していたところ、またしても聞き覚えのある声がした。
「ゲーセンかよ……。言っとくけど、俺は一円も使わないぜ?」
「安心しろ、ゲーセンで一円で動くゲームは無い」
「いやそう言う問題じゃねーよ!」
なんと、志藤と帳だった。二人とも私服姿で、志藤はポケットに手を突っ込んで嫌そうな顔で、帳は腕を胸元で組みながら相変わらず豪快に笑っていた。
「志藤と帳!? こ、こっち来てるよ天瀬! このままじゃばれる!」
「で、で、デートじゃないんだし、ど、堂々としていればも、問題はないっ!」
「もうこの時点で全然堂々としてないよ!? そ、それにあの二人に見付かると色々とヤバそうだよ……」
「っく!」
このゲームセンター、出入り口は一つのみで、細長い構造。筐体の陰に隠れてやりすごそうにも、見つかった場合の言い訳がつかなくなる。
「さあ百円玉を入れればあら不思議! 楽しい夢の時間の始まりだぜ志藤!」
「あー……俺にはここの機械が悪魔のお金ホイホイマシーンに見えるぜ……」
「いくらなんでも仰々しいな……」
そうこうしているうちに、二人はどんどん近付いて来る。
まだ誠次と桜庭の姿は二人は見えていないようだが、見つかるのは時間の問題だろう。
「ね、ねえ!」
誠次が必死に考えていると、桜庭にぽんぽんと肩を叩かれた。
「どうする桜庭?」
「あれだよ、あの中に入ってやりすごそうよ!」
妙に小洒落た白い箱を、桜庭は間違いなく指差していた。
誠次も同じ方向を向き、
「ぷ、プリクラっ、ですか……」
誠次は声のトーンを落として呟いた。
目の前のプリクラ機から感じるのは、純粋な恐怖だ。髪を大袈裟に盛った女性がプリントされたカーテンを見るとどうしても、自分のような男が入って良いもんじゃないと言う無言の圧力を感じてしまう。
だが、今は状況が状況であった。
「ナイスアイデア!」
「早く早く!」
桜庭はプリクラ機のカーテンをのれんよろしく捲って、誠次の腕をぐいっと引っ張る。
引っ張られて中に入ると、思いの他狭く、お互いの半袖の腕、つまり素肌と素肌がぴたりと密着してしまった。雨だと言うのに桜庭の左腕は綺麗で、すべすべしている。
「閉めるよ……?」
桜庭がカーテンを閉め、二人して息を殺す。心臓が熱く、凄い勢いで鳴っている。
誠次がゆっくりと桜庭の方を見ると状況は同じか、頬は赤く、ゴクリと息を飲んでいるようだった。
「んー。おっ、プリクラでも一緒に撮るか?」
「撮らねーよ気持ち悪りーっ!」
「ハッハッハ。冗談だよ」
「お前のは時々冗談に聴こえないんだよな……」
すぐ近くで帳と志藤の声がすると、桜庭は身体をこちらに寄せて来る。
(いやここで止まらずとも、もっとスペースがあるはずだ……)
そう思った誠次が止まっている桜庭の方を見ると、やはり奥がある。
誠次が桜庭の方をチラリと見ると、なにやら桜庭は画面の説明をじーっと真剣に読んでいた。画面から出る淡い白い光が、桜庭の端正な顔をぼうっと照らしている。
「……っ」
そんな少女と肌が密着している状態で、誠次は身体の温度が上昇するのを感じた。
やがて、二人の足音が遠くなっていく――。
すると、桜庭が何やら意を決したように口を開く。
「ね、ねえ。今からこれやろ?」
「なんだ?」
誠次が訊くと、桜庭は少し恥ずかしそうに視線を逸らし、プリクラの操作パネルを見て、
「プリクラ……一緒に撮ろ?」
「え……良いけど、良いのか?」
「なにその返し……」
桜庭は続いて、再び操作パネルをじっくりと見ていた。操作パネルには、やり方らしき文字の羅列がある。
誠次は驚いていた。
「まさか……桜庭プリクラやったことないのか?」
「えっ!? う、うん……ってなにその意外そうな顔!?」
「いやもうわが魂の如く知っていると思ってさ……」
「我が魂って……」
桜庭はげんなりと肩を落とす。
「そう言う天瀬は知ってるの?」
「無い。……て言っても、証明写真と同じじゃないのか?」
「それは絶対違うと思うよ!?」
手をぶんぶんと振って、桜庭は言う。それにより今まで密着状態だった身体が、ようやく離れた。
「じ、じゃあ、やるからね!?」
「あ、ああ……」
説明を読んだ桜庭がお金を入れて、画面で背景を選ぶ。いろいろと背景があったが、今日の天気が雨だったと言うことで、水玉模様を選んだ。
桜庭によって操作は続き、肌色やらなんやらを指定していた。
身体は離れたものの、簡易的にも密室で女子と二人きりと言うことで、誠次はじっと黙って待っていた。
「これで良し、っと」
【さつえい、始まるよ~】
桜庭が画面をタッチした途端、女性の声がどこからともなく聞こえた。
「うわっ、始まるよ天瀬!」
興奮している桜庭が、誠次の肩をぺちぺち叩く。
「いや始まらなかったらおかしい」
慌てて前髪を整えたりしている桜庭を横目に、誠次は腕を組んで冷静だった。――ここまでは。
「そうだけど! ポーズどうする!?」
「ぽ、ポーズ!? え、グーサインとか……?」
「プリクラでグーサインって聴いた事ないよ!?」
そんな言い合いをしていると、フラッシュが焚かれてしまった。お互いカメラの方さえ向いていない。
「次始まっちゃう! 今度こそなんかポーズ!」
一枚撮るだけでは終わらないらしい。
「っ!」
なにかポーズをとらなければ!
桜庭の焦り声に反応し、咄嗟に誠次は何も無い背中に手を伸ばしていた。つまるところそれは――まさかの抜刀する構えである。
「……」
「何そのポーズ!? 剣なんか無いよ!?」
何やらポーズを決めた桜庭が、唖然としていた。
「無意識に間違えた!」
誠次は慌てて誤魔化すように、伸ばした右手をそのまま後頭部に添える。
その直後、フラッシュが数回焚かれる。
「撮れたよ……ね?」
「撮れちゃったんだよ……な?」
微妙な空気である。
ここから撮った写真を落書きをする為、誠次と桜庭はカーテンの外に出て落書きスペースへと移動した。
「こっから出て来るんだな……」
撮れた写真を確認したとたん、桜庭が吹き出した。
写真に写った誠次の顔を指差し、
「あはははっ! なにこれ! 目の色黒いのになんかキラキラしてるし! めっちゃ面白いっ!」
腹を抱えて笑いを必死に我慢し、だが我慢できずに桜庭は笑う。
構図的には、はしゃぐ桜庭を誠次の方はやれやれと気取ったポーズで嗜めていると言った感じで。
一方、やはり素材が良いのか、ダブルピースをしている桜庭の方は全てが輝いて見えた。
「思うにだな、男がプリクラで写真撮ると高確率で誰でも悲惨なことになる」
「小野寺くん辺りは似合いそうだけどね。でもやっぱり――天瀬はそのままの方がいいかな」
誠次を見上げ、桜庭はしれっと言ってくる。
小野寺うんぬんのところは誠次も頷いていたが、後半は思わず耳を疑ってしまった。
そして、桜庭も自分の言った言葉を反芻したようで、
「……あ、あれ? い、今変なこと言った?」
「い、いや……」
「ご、ごめん……」
「謝るって話でも……」
「……」
「……」
またしても流れる、しかし先程とは違う妙な空気。
誠次と桜庭は視線を合わすことが出来ず、どことなくプリクラ機に視線を戻した。
まだ、落書きの途中だった。落書きには制限時間があるらしい。
「あ、あたしなんか書くね!」
「あ、ああ……」
おそらく、普通のカップルの普通のデートだったら、なんとも無いやり取りだったことなのだろう。桜庭がタッチペンで写真に何やら書き込んでいるかたわら、誠次は周りを見渡してみる。
仲良さそうな若いカップルがそこらで楽しげに遊んでいる。三〇歳以下。腕はどうであれ、魔法が使える人達だろう。
「出来たっ! はい天瀬のぶん」
桜庭は誠次に、その場で切り取ったプリクラを二枚だけ重ねて渡してきた。
上の一枚目、落書きで書いた文字には【七月二〇日 マホウセイとケンジュツシ!】と書かれていた。丸っこい桜庭の字の為か、ツとシの見分けが若干つき辛い。
「あのなあ……」
誠次は苦笑いをして、桜庭を見た。
えへへ、っと悪戯っぽく桜庭は笑い、目線で二枚目を見てみてよと催促して来る。
ご命令通り二枚目を見てみると【ハッピーバースデー アマセ!】と書かれていた。
恥ずかしくて写真から思わず目を背け、桜庭を見てみると、まさかの渾身のドヤ顔である。
「ありがとう桜庭。……最高の誕生日プレゼントだ」
べつに格好つけたわけではないが誠次がそう言うと、桜庭は嬉しそうに笑った。
そんな桜庭の手を見てみると、一枚だけプリクラが握られていた。
「? 桜庭の持ってる方にはなんて書いたんだ?」
「え――」
誠次が訊いた途端、かああっと突然桜庭の頬が、耳が、赤く染まった。
「ひ、秘密!」
がばっと、桜庭は両手に握ったプリクラを三城高校制服の胸元ポケットに突っこんでしまった。
「見られて恥ずかしいもんなら書くなよ……」
「天瀬にだけは見せられない! 天瀬が見ると……呪われて死ぬから!」
「なら今すぐお祓いだ! お寺に持ってけ! いいや俺が持って行く!」
「駄目ったら駄目ーっ!」
どうしても見せたくないらしく、やむなく誠次は追及を諦めた。制服女子高生の胸元ポケットに手を突っ込む真似など、出来ない。
「さっ! つ、次は街角アンケート!」
わざとらしく手をぱんぱんと叩いて、桜庭は誠次の横に立つ。
その表情は健やかで、楽しそうだ。
「り、了解」
途方に暮れたような気分を味わいつつも、誠次は頷いていた。
ここまでで調査報告だが、制服で女子と二人で外出すると、こちらが淡く甘酸っぱい気分になった。そこにはおおよそ魔法が使えるか使えないかは関係無い。
となると、周囲の大人からの目はおそらく十中八九こうだろう。
――青春だねえ。
――若いねえ。
――滅びろ。
……やはり、魔法は関係ないはずだ。
ちなみに、その後学園の寮室にて誠次と帳のバースデーパーティのどんちゃん騒ぎで寮監――体育教師――が飛んできた騒ぎになったのは、また別の話である。




