5 ☆
三城高校の制服を着た誠次が桜庭に連れられて次にやって来たのは、新宿にある巨大ショッピングモールだった。
一歩足を踏み入れたとたん、彼方まで広がるショップの数々。外から見た大きさも、全て回るのにとても一日じゃ足りないと思うほどだ。
「うわー広いっ。人も多いよ」
ショップを眺めながら、桜庭がおおーっと声を出していた。
雨でもやはり休日。家族連れなど人は多く、賑やかな雰囲気で繁盛しているようだ。都会の真ん中の施設なので、当然と言えばそうなのかも知れないが。
「どうした日本……。行くとこ来るとこ巨大建築物だらけだぞ」
「確かに。でも、大きい方がなんかいいじゃん!?」
桜庭はわくわくしているようだ。
「誰かと会いそう……」
それが今一番の心配で、誠次は不審げに周囲をチラチラと見渡していた。
「あたしは気にならないけどなー。違う高校の制服着てるし。あっ、でも同じクラスの人とか知ってる人はちょっと気まずいかも……」
さすがの桜庭も、そこは少し落ち着かない様子だった。
「で、ここで何するんだ?」
尻込みしてても仕方なく、誠次は桜庭に訊いた。
「んー……。適当に、そこら辺をぶらぶらする、とか」
桜庭はあごの前で人差し指をくいくいやって、言う。
三城高校の夏服とヴィザリウス魔法学園の夏服は似ているので、一見魔法生が制服で出歩いているようには見えるはずだ。
誠次は周囲に建ち並ぶ店を眺めていた。
「ぶらぶらって言ってもな……」
「元を正せばあたしかも知れないけど、天瀬が言ったんだよ?」
「俺が言ったのは商店街を歩くとか、神社に行くとか、そう言う事でだな……」
「なんか古くない!? それ完全に今時高校生の外出じゃないよ!?」
「今時高校生の外出なんか知るか!」
「いやあたしたちのことっ!」
ここどころかショッピングモールに来るのは記憶を辿っても初めてだが、寄れる店も多く人も大勢で、目が回りそうだ。
「まあちょうど買いたいモノあったし……桜庭が良いんだったら、いいけど」
べつに今日済ますつもりじゃなかったが、丁度いいタイミングでもあった。
お手上げだ、と誠次は心中で呟きながら、桜庭に言う。
「あ、お買い物あたしもある! じゃあ二人で見て回ろっ!」
とたん桜庭が、表情をぱあっと明るくしていた。
「了解」
そんな桜庭の表情を見ると嬉しくなる自分がいることも、誠次は知っていた。
「ありがとう天瀬!」
「こんなんでお礼言うのか……? 俺こそ、ありがとうな桜庭」
むしろこちらが感謝するべきではないのか、とさえ思う誠次であった。
どうやら桜庭もここに来るのは初めてらしく、二人で傘とパンフレットを片手にショッピングモールの中を進んでいく。
「夏休みやっぱ宿題あるらしいよー……」
道中、桜庭は苦い顔で言っていた。
「夏休み前半での宿題の片付けなら特技の一つだ。小中学と夏休みそれだけだったからな!」
「うん……。いまいち羨ましいと思えないのはあたしだけかな……?」
思えば、女子と二人で買い物は初めてである。出歩くのはGWでの香月の一件があったが、あれは親に会いに行くと言う妙な理由だ。まこと、香月らしいが。
まずは誠次の用事を桜庭は優先してくれた。
誠次が向かったのは一階部のカルチャーコーナーだ。
「おっ、発見発見」
テーマパークと言われても遜色ない大きさのショッピングモールだ。あるとは思っていたが。
「え……」
誠次の目的地の目の前で、桜庭は立ち止っていた。表情はあまり乗る気ではなさそうだ。
誠次と桜庭が来たのは、サブカルチャー専門店だ。要するに、オタクグッズショップである。看板や店のウインドウなどに描かれている二次元美少女の絵を見て、桜庭はここがどんな店か察していた。
「ここ?」
「ここだ」
桜庭の確認に、誠次はあっさりと頷く。
「入る……?」
「もちろんだ」
店の前でううー、っと子猫のように唸る桜庭を見つめ、誠次は仕方なしに息をつく。やはり女子高生と言うのは、こういう店に抵抗があるのだろうか。
「無理そうだったら悪いけど、あそこのベンチに座って待っててくれ」
噴水広場を指差し、誠次は言う。
「いやい、行くよ! 大丈夫だから!」
桜庭は首を慌てて横に振り、誠次の横に並んで立つ。隣ですうと深呼吸をしているが、そんな危険な店じゃない。
「学園の保健室じゃないんだし……。じゃあ、行くぞ」
一歩を足を踏み入れたとたん、桜庭は誠次の制服の袖をぎゅっと掴んで来た。
「さく……!?」
「……っ」
驚く誠次に、真正面をじーっと見ている桜庭。
桜庭の容姿の所為か、制服高校生二人の所為か、他のお客さんにじろじろ見られている。
「あ、天瀬ってこう言うの興味あったの……?」
桜庭が落ち着かない様子で周囲を見渡していた。
「俺が聴くのもあるけど、まあ友だちの誕生日プレゼントを買いに来たんだ」
何を隠そう、ルームメイトの帷悠平への誕生日プレゼントだ。七月三一日が彼の誕生日である。
「誕生日プレゼントかぁ。うん、そう言うの、良いよね!」
目的を知った桜庭は、微笑ましそうにしていた。
「ああ、友達は大切にしないとな。桜庭は誕生日いつだ?」
「え……」
何の気なしに訊いていたら、桜庭はほんの一瞬だけ硬直していた。
「あ、あたしは四月二〇日。……天瀬は?」
「俺は七月二七日」
「それって……もうすぐじゃん! 来週じゃん!」
ビックリ仰天これでもか、と言わんばかりに桜庭は驚いていた。
「じ、じゃあ。な、なにか欲しい物とか……ある?」
目を伏せ、言い辛そうにもごもごと桜庭は質問して来た。
「欲しいもの……」
少し真剣に考えたが、今は別に欲しい物が浮かばない。それに話の内容を遡ると、こちらがあたかもプレゼントを要求しているようで、少し気が引けてしまった。
「今は特にないかな。……さ、桜庭と一緒に、出掛けられてるから充分だし……」
「え? 最後声小さくて聞こえないよ? なんでちょっと恥ずかしがってるの?」
「い、いいからほら! 俺は何もいらない!」
「むー……」
ぶつぶつと言っていたものの、最終的に桜庭は引き下がっていた。
最初の桜庭の質問をはぐらかし、誠次はお目当てのグッズを見つけていた。
帷お気に入りのアイドル、太刀野桃華の公式グッズである。他のグッズと比べて明らかに桃華関連の商品展開スペースは大きく、プッシュされているのだろう。
「あっ、この娘知ってる。この間テレビでやってた。歳一つ下なんだよねー」
ホログラム映像で流れる桃華のライブ映像を眺めながら、桜庭が呟く。中々好意的だ。
「あとGWだっけ? 確か魔法でファンを救ったんだよね? テレビ凄かったよ」
桜庭の呟きに、誠次は軽く頷いた。
「確かそうだったな」
何であれ、桃華が魔法を使ってテロの攻撃からファンを救った事に変わりはない。そう言う点で見れば、魔法は゛捕食者゛の魔の手から人を救うためのものとも考えられるはずだ。ただ、忘れてはならないのは、それと同時にテロリストが魔法を使って人を傷つけようとした事実もあることだ。
誠次は桃華の新発売楽曲のデータカードを手に取っていた。見た目はライブ衣装を着た桃華がプリントされた薄っぺらいカードだが、そこに書かれているコードをデバイスに入力すると、楽曲がダウンロードされる代物だ。限定特典映像のおまけ付きである。
(元気そうでなによりだな……)
確かつい先日発売したのに残りが少数だけだったあたり、もう大人気アイドルと言っても差し支えないだろう。親身と言うわけではないが、一緒にテロと戦った以上、気にはなった。
誠次はデータカードをギフトカードよろしくプレゼント用の包装に包んでもらい、購入した。
「あっ、さては帷のプレゼントでしょ!?」
店を出た途端、突如桜庭が閃いたように手をぽんと叩いていた。
「正解。よく気づいたな」
誠次が感心していると、桜庭は誇らしげにえへんと胸を張っていた。
「だって帷、教室とかでも堂々とアニメの話とかしてるもん」
「あれは凄いよな……。じゃあ、帳の笑い方は?」
「知ってる! はっはっは、だよね?」
桜庭は楽しそうに答えていた。
「正解。まあ実際はもっと低い声で、ハッハッハ! だけどな!」
「そこまで真似できないし……微妙に似てるし……。そうそう、天瀬って寮室で普段何してるの?」
「俺は読書で帳は基本ゲームだな。夕島とは勉強したり、小野寺とは菓子食ったりしながらテレビ見てたりもする。桜庭の方は?」
「あたしたちはデンバコ弄ってたり、テレビ見たりとかしてお喋りかな。寮生活、楽しいよ」
楽しい。確かにその通りだと、誠次も頷いていた。
誠次の買い物は済んだので、続いて桜庭のお買い物だ。時間は昼過ぎとなり、人もさらに多くなってくる時間帯だ。
桜庭はエスカレーターを上がってすぐのセレクトショップまでやって来た。女子が好きそうな小物や服が並んでおり、先ほどのサブカルチャー専門店前での件を、立場を変えてやり終えたところである。
「どれが良いかな――」
桜庭は小物コーナーで商品を真剣に選んでいるようだった。
誠次もどことなく商品を眺めていた。
ここまでで調査報告だが、本当の事を言うと、よくわからない。傍から見ればただの制服で外出している男女と言うだけで、周囲からの好奇の目は特にはない。――常に学園で好奇の目に晒されているので、誠次にその違いはよく分かるつもりだ。
誠次が可愛い猫のぬいぐるみをもふもふしていたところ、いつの間にか桜庭はすでに買い物を終えていた。
「お待たせ天瀬」
「それは、なに買ったんだ?」
誠次は桜庭の手に持っている袋を見ていた。
「ペンとかノートとか。これはこうちゃん用で、あと部屋に飾るアクセサリーもちょっと」
桜庭が袋の中身を見ながら言う。
「香月に買ってやったのか?」
誠次は面喰った顔をしていた。
「うん、勉強一緒に頑張りたいから。……ってなにその意外そうな顔……」
桜庭にジト目で見られてしまった。
「意外と言うか……参ったな。香月の方からもちゃんと礼を言っておかせるようにしとくよ」
「なんかお父さんみたいだよ!? それにこうちゃん、お礼はちゃんと言える子だと思うよ?」
むっとした桜庭に言われ、誠次は思い返してみた。
「確かに思えば……。基本的な礼儀作法は出来ている……んだよ……な……?」
ただやはり、伝え方が少し特殊なだけであるとは思う。
続いて誠次と桜庭が二人で来たのは、ショッピングモール地下にあるフードコートだった。フードコートの割には妙に小洒落ており、スイーツ専門店などが軒を連ねてもいる。
「美味しそう……! けど、太る! けど、食べたい! どうする天瀬!?」
「俺が決めることなのか!?」
案の定、桜庭はスイーツ店を座席から見渡しては、目を輝かせてはしゃいでいた。
川島と野田がいた店では結局ドリンクだけしか注文しておらず、お腹が空いたとの事で少し早いかもしれないが、昼食だ。
「じゃあ、選んでくるね」
「俺は少し座ってから行くよ。少し疲れた」
「あたしの所為?」
「俺の経験値不足だ」
椅子に座りながら誠次が笑いかけると、桜庭は何処か安心したように笑っていた。
「じゃあ、何か買って来てあげようか?」
「大丈夫だ」
「わかった……。じゃあ行ってくる」
次に、桜庭は納得いかない様子だったが、諦めて背を向けて行った。
「ホント、性格良いな……」
もしこれが本当の恋人同士でデートだとしたら、とてもおれには勿体ない。桜庭がいなくなった後、誠次は背もたれがある椅子に深く座りなおしていた。
道行く人の声が、なぜか心地いい。平和だな、と漠然と感じていた。
「――あれ、天瀬誠次くんかい?」
聞き覚えのある男の声が、背後からした。
落ち着いた大人の、しかしどこかエネルギーある若さを感じる、声だ。
「え、はい」
聞き覚えはある気がするけど、誰だ……? 誠次は衝動的に振り向いた。
「やあ。久し振り」
そこにいたのは東馬仁。香月詩音の養父が、にこやかな笑みを浮べて立っていた。
「お、お久し振りです、東馬さん。お買い物ですか?」
「そ。家族三人でね。陽子と詩音は別のフロアでお買い物中だよ」
フレッシュな印象の七分丈の白いシャツに、明るい染色のジーパン。着痩せするタイプなのだろうか、ほどよく日焼けして見える手肌には神経の筋が浮かんでおり、それなりの筋肉があることを証明している。
そして、首元にある十字架のネックレスが、さらに若々しい印象をくれた。
「林間学校で詩音がまた世話になったようだね」
東馬はそう言うと、ごくごく自然な流れで、誠次の目の前の席に座った。
「いえ……」
――不思議なのは、東馬の姿を視界に入れた身体の背筋が、少しぞわりと冷えていたことだ。普段はある剣が無い、背中が。




