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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
魔法少女と剣術士
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 夜のスクランブル交差点の、ど真ん中。

 誠次せいじを待っていたのは、少女と――巨大な黒い影だった。

 腹部の奇妙な模様と、吸い込まれそうな黒い体躯たいく。いびつで、頭部の無い、どろどろとした不完全な人のような姿。影より生まれ、人を襲う怪物――゛捕食者イーター゛。

 それが生まれた最初の四年間。唯一の反撃の術である、魔法はこの世に生まれてはいたが、扱える者がいなかった。銃火器による無意味な攻撃を繰り返した人類は人口を低下させ、みすみす夜を明け渡していた。

 多くの生命が存在する地球。その生態系のトップに君臨していたはずの人類が、四年間で衰退した事実。

 だが――人類最初の反撃は五歳児。それは子供による、魔法の反撃だった。 


 ――地球の夜の新たなる支配者、゛捕食者イーター゛はビルを背景に、誠次と少女の目の前で吼える――。


「――ギャアアアアアアア!」


 ゛捕食者イーター゛から出た人間の女性の悲鳴に似た鳴き声が、周囲の建造物を通過していた。

 それらに祭り太鼓の如く、ずんと、身体を刺激されたようで。

 

「゛捕食者イーター゛……っ!」


 誠次は、なにかを否定するように叫んでいた。歯が削れそうなほど強く、歯軋はぎしりをする。゛家族の仇イーター゛の姿を確かに瞳に映した身体が、心臓が、自然と大きく鼓動を刻んでいた。

 一方で、隣にいる少女の行動は素早かった。


「倒す……!」


 意気込む少女はすぐに、白い魔法式まほうしきを空中に展開。

 紫色の目と白い手で、式の周りに浮かんだ文字を次々と組み込み、魔法を発動する。

 攻撃魔法こうげきまほうの一種で、゛捕食者イーター゛の身体に小さな爆発を起こすものだ。


下位攻撃魔法かいこうげきまほう……? 構築が早い……!」


 少女の魔法発動は、同年代の少年少女と比べ、異様な素早さだった。

 間を置かず、対象である゛捕食者イーター゛の黒い身体に突然の爆発が起こる。 

 巻き起こった激しい風に対し、誠次は顔を伏せていた。


「――あなたは早く逃げて」


 吹きすさぶ風の中。取り付く島もないような冷たい言葉が、戸惑う身体に降り掛かってきた。

 誠次は顔からすぐに両手を振り払うと、


「戦うのか!?」

「今更ね」


 人を喰う怪物を前にしても冷静な少女の声と言葉に、誠次は驚いていた。

 そんなこちらを気にする事無く、立て続けに攻撃魔法の術式を組み立て、゛捕食者イーター゛への爆撃を行う少女。

 素早すぎる構築動作は、もはや一流の魔術師のレベルだ。


「凄い……」


 美しい少女の手から、次々と放たれる魔法。その恐ろしくも花のある光景に、誠次は見惚れそうになってしまっていた。

 ――だが、すぐさま危険な状況に意識を戻す。

 少女の後ろ。電光灯の影が突然、立体的な動きを見せていたからだ。


「後ろだっ!」


 棒のように立ったまま、誠次は叫んでいた。


「っ!?」


 少女は誠次の声に気づき、すぐに回避行動をとった。

 ゛捕食者イーター゛の背中から伸びる無数の触手が突き刺さり、頑丈なはずのアスファルトが穴を掘られたようにえぐれていた。

 どうにか少女はかわせたようだが――。


「あんなの、人間が喰らったらひとたまりもないぞ……!」

 

 アスファルトをも砕く゛捕食者イーター゛の攻撃力を見てしまい、誠次はぞっとしてしまっていた。新たな乱入者は、敵の味方だったのだ。


「倒せてない……!? 私の魔法で……そんな――!」


 そして、さらに。

 少女が発動した攻撃魔法を食らったはずの、一体目の゛捕食者イーター゛は、あろうことか無傷だったのだ。それも、まるで少女ニンゲンを無力だと嘲笑うかのように、身体をふるふると揺らしながら。

 当たり前だ……。楽に魔法で一撃で倒せる相手ならば、人類は夜を明け渡すまで衰退してはいない。すぐに魔法で消滅できるような存在だったら、どれほど人間が有利に戦える事だっただろうか。


「一撃じゃ、死なない……。そんなの、聞いてない……」


 少女はそんなことさえ知らなかったのか、愕然としていた。


「なに考えてたんだアイツは! いや、どうすればいい……っ。俺は――」


 ――゛捕食者イーター゛に唯一対抗できる魔法は使えない。

 誠次は少女と゛捕食者イーター゛とを、黒い瞳が映す視界に収める。

 ……なら、あとは……。


「ちょっと――!」


 考えるように俯いていた誠次の目の前に、新手の゛捕食者イーター゛の太い両腕が、カマのように素早く迫り――。


「あっ!?」


 気づけば、誠次はコンクリートの上で尻餅をついて倒れてしまっていた。

 だが、痛みは無い。

 驚く目と鼻の先で、゛捕食者イーター゛の攻撃は、突如生まれた光の壁によって弾かれていた。


防御魔法ぼうぎょまほう……?」


 守られた五体満足の身体で、振り向く。


「危なかった……!」


 後方で少女が展開していた黄色の魔法術式は、やはり防御魔法のものだった。振動のみが地続きで迫り、身体を揺さぶられる。


「守、られた……」


 後退した身体を意地でも踏ん張らせ、誠次はほとんど呆気に取られた声を出す。気を立て直したのか、それとも人としてとるべき行動を、淡々と処理しただけか。いずれにしても、゛捕食者イーター゛の攻撃を的確にかわしながら、少女は、


「目の前で人が死ぬのは不愉快なの。まして、私の所為せいで」


 視線をこちらに向けることなく、淡々と言い放ってきた。


「そんな……」


 誠次は顔を伏せ、苦い表情をする。

 また、おれは守られた……? ――あの時と、同じだ……。変わっていない。大切な人も守れずに、それをまた、繰り返すのか……?


「――っあ!」


 二体の゛捕食者イーター゛に挟み込まれるようにして攻撃され、少女の身体が飛ばされていた。

 レンガの壁に衝突した華奢きゃしゃな身体から、小さくない悲鳴が出る。

 魔法の力を持っていたとしても、人はどこまでも人だ。たった少しの身体の損傷でさえ、致命傷になってしまう。ましてや、しなやかであるが華奢な身体つきの少女など。


「痛……っ!」


 少女の方を見るとなんと、スカートの下から伸びる右足が、ありえない方向へ曲がってしまっていた。

 その光景に、誠次はぞっとしてしまう。


「足が、折れたのか!?」

「うぅ……あぁっ……」


 少女の苦悶くもんの表情と、悶絶もんぜつの息が、返答だった。


「……不愉快だなんて。……そんなの、俺だって同じだ!」


 ――違う。

 まだ間に合うと思ったから、追いかけたんだ。あの時の、二の舞は、もう御免だ!

 誠次は大きく息を吸い、


「畜生……。ふざけるなーっ!」


 叫んでしまえば、たまらずコンクリートの地面を蹴っていた。

 

「!? 駄目!」

 

 少女の悲鳴交じりの声が、正面から聞こえた。

 だが身体を反転させた誠次が向かったのは、倒れた少女とは逆の、二体の゛捕食者イーター゛のいる方。

 闇に吸い込まれるように、誠次は走る。

 上がる息と、叫んだ声に反応するように、二体の゛捕食者イーター゛がこちらをのっそりと向く。眼は無いが、それに睨まれたようであった。


「……踏ん張れよ!」


 思わず足がもつれそうになるが、誠次はどうにか身体を制御する。 


「貴方、魔法が使えないのに!」


 倒れた身体の上半身だけを起こした少女が、驚愕の表情でこちらを見ていた。 学園の中では(嫌な意味で)有名人だと自覚があったので、少女がこちらのことを知っているのは驚かない。

 魔法が使えなくとも、勝機はある。だが、それには……少女の力が必要だ。

 有無を言わせず襲い掛かる゛捕食者イーター゛の攻撃。その行方を、誠次は咄嗟とっさに見極める。

 左右から迫る、こちらの身体を捕まえようとする四本の腕。

 次の瞬間には、二体の゛捕食者イーター゛のあいだを滑るように走り抜け、黒の身体の後方へと回っていた。

 肥大している胴体の背中には、ヒトの手のような無数の触手が、気味悪く生えている。

 そんな背中の触手がこちらを追撃をしてくるが、それらさえ全て回避する。

 獲物を逃した゛捕食者イーター゛の触手の行く末を見届けながら誠次は、膝を地面についている少女に向けて声を荒げた。 


「そんな姿を見せられて一人で逃げられるか!」


 その為には、


「頼むぞ……!」


 誠次が語りかけた先は――背中の黒い剣。そのまま八ノ夜はちのやから貰った背中の剣に手を掛け、誠次は引き抜いていた。

 ……やれるな……?

 黒の冷たい剣の柄は、右手にすっと馴染んでくる。

 そして血走りそうなほどの鋭い眼光で、誠次は二体の゛捕食者イーター゛を睨み上げていた。


「……」


 少女が紫色の瞳を丸くして、こちらを見ていた。

 誠次の手に握られている、黒い剣の刀身が、天照らす月光を受けてにぶく光を反射する。

 物理的な干渉は一切受け付けない゛捕食者イーター゛だが、なにも剣も例外では無いはずだ。


「っ!」


 左手で照準を定め、剣を振る。

 ゛捕食者イーター゛の足元を切り抜いたはずが、身体ごとやはりするりと通ってしまう。

 

「効かない……っ!」


 灰色のアスファルトを踏みしだき、誠次はうめく。高性能な兵器を揃えていたはずの世界各国が衰退すいたいした理由が、これだ。

 いったんはくずした体勢を整えて、誠次は後方の゛捕食者イーター゛に急ぎ、向き直った。


「剣じゃ無理に決まってる! 魔法じゃないと!」


 少女の悲鳴に近い絶叫が、誠次に事実確認をしてきた。


「……!」 


 黙ったままの誠次は、゛捕食者イーター゛の一方的な攻撃を次々とかわしていた。中には寸でのところでかわしきった攻撃もあり、背筋がぞわりと冷える。 

 

「――魔法を使えないあなたじゃ戦えない! 早く逃げて!」

 

 核心をついた少女の叫びが、誠次の身体を引き寄わせていた。


「なら――っ!」


 地面を強く蹴り、゛捕食者イーター゛の攻撃をかわしつつ、゛跳ぶ゛。


「え……!?」


 少女の目線の先で、゛捕食者イーター゛を飛び越える。

 普通の人間ならばあり得ない高さを、魔法の力を使わず跳躍ちょうやくした誠次は、足を怪我している様子の少女の前に着地すると、


「――お前の魔法チカラを貸してもらう!」


 黒い剣の先を少女に向け、誠次は力強く言っていた。

 今の言葉では、きっと意味が理解できないであろう。

 剣を突き付けられた少女は、案の定だった。


「え……?」


 更に戸惑いを見せた少女の表情が、大きく強張っていた。

 黒光る刃に反射するのは、戸惑う少女の美しい顔だ。

 しかし、今はそれに見惚れているわけにはいかない。

 誠次は構わず少女にぐっと顔を近づけた。

 物理攻撃しか持たないこちらが、魔法攻撃しか効かない相手を前にしたこの状況を乗り越える為には――。


付加魔法エンチャントしてくれ!」

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