3
夏休みの予定は決まった――とは言え、弁論会や追試があるその夏休みまでまだまだ日がある。
誠次も誠次で、暇を持て余すわけにはいかなかった――。
――剣に纏った付加魔法の白い光が、青白い胴体を貫き、切り抜ける。
後方から迫る一対の影を感じたのは、その直後だ。
「……っ!?」
演習場のタイルとタイルの分け目の線が、次々と視界を流れて行く――。
誠次は咄嗟に、剣を横薙ぎに振るいながら、振り向く。
斬り裂かれた二つの青い身体は、演習場に漂う緊迫した空気の中へ消えて行く。
誠次が戦っている人型の相手の名は――アオオニ。魔法元素と魔素で作られた、人の言うことを忠実に聞く、魔術師の扱う眷属魔法で生み出された、使い魔という生命体だ。
「次、行くよ」
「っ……了解!」
落ち着いた青年の声が、私服姿の誠次の身体を衝き動かす。
白く光る黒い剣を片手に、アオオニの群の中に突っ込み、剣を薙ぎ払う。青年の手から次々と生み出されるアオオニを、誠次は次々と斬り伏せていた。
「多い……!」
見渡す限りの、オニの群。その視線は紛れもなく、たった一人の得物であるこちらに向けられている。
数的不利な状況は、青年の発動する魔法のせいで一向に覆らない。
「ぐあ!?」
ふと、アオオニの一体が、誠次の服の襟を掴んできた。
……苦しい……。……息が……っ!
そのままアオオニに持ち上げられた誠次は、アオオニを鋭く睨みつける。
アオオニ(使い魔)を使役するマスターと呼べばいいだろうか、特殊魔法治安維持組織所属、影塚広は険しい表情のまま、魔法式を展開し続けていた。
「分かっているね天瀬くん?」
すらっとした印象の黒いスーツ姿は、誠次を試すように問い掛ける。
誠次は、自分より立場も技術力も上の相手に純粋に、負けたくない、と言った感情が沸いていた。そしてそれは純粋に、誠次の力となる――。
「ぐっ……――はい!」
誠次は脚を思い切り上げ、アオオニの股を蹴り上げる。本来の人――男でも女でも――なら股下を抑えて悶絶することだろうが、アオオニはそのまま消滅してしまう。そうして呼吸の自由を手に入れた誠次だが、深呼吸をすることなど、許されはしない。
「来た!?」
演習場のタイルに着地し、すぐに身体をしゃがませ、二体のアオオニの掴みかかり攻撃をかわす。
「甘いぞ!」
誠次は手元で器用に剣を回転させると、攻撃して来た二体のアオオニの頭部を順に斬り裂く。
そんな動きを見せた誠次に覆いかぶさる、一体の巨大な影が。
「新手か……!?」
――総大将の、お出ましである。
他のアオオニとは一線を画す、強靭な身体つきのアオオニが、誠次の目の前に立ち塞がっていた。
その身に纏う青い靄も、強大なものだ。
誠次は剣を両手で構え、相手の姿を凝視する。
「嫌な奴を思い出す……!」
目の前のアオオニの手には、一振りの……刀が。
誠次はアオオニを忌々しく睨んでいた。
「――余裕を失っているよ天瀬くん。あの日の君の敗因はなんだったんだっけ?」
影塚の声に、誠次は滾らせていた熱を、尖らせていた神経を、鎮める。
その場でようやく、軽い深呼吸を。
(余裕を持て……。落ち着け……)
何事も……焦りは敗北の元だ。
「はー……っ!」
誠次は大きく息を吐き、剣を両手で持って斜めに構える。白色の刃が鋭い光を放ち、誠次の黒い瞳を輝かしていた。
「……」
アオオニと一定の距離を保ちつつ、互いに時計回りで歩き、睨み合う。時代劇の斬り合い直前のような光景だ。
やがて誠次が、剣先をアオオニへと向け、
「来い!」
叫ぶ。
――シュンッ!
その声に反応し、駆けたのは、アオオニの方だった。
「天瀬くん?」
影塚が誠次の剣の先で軽く笑う。ともすればそれは、少しえげつのない笑顔であった。
誠次は返答代わりに、素早いバックステップでアオオニの突き攻撃をかわした。次に反撃を試みるが、それより速くアオオニの二段目突き攻撃――。
「っつあ!」
誠次は身体を逸らせ、最小限の動きでその凶刃を目と鼻の先直前でやり過ごす。
誠次はアオオニの身体に狙いを澄ませ――、
「喰らえ!」
過ぎ去った刃の軌跡を見送った誠次は、剣を横に振るう。
斬ったアオオニの身体に光の筋が刻まれ、攻撃の命中を確認した誠次は、剣をさらに頭上に掲げ、
「散れっ!」
アオオニの身体を真っ二つに、裂いた。
アオオニは悲鳴を上げることも無く、ばらばらになって消えて行く。
「――フム。やはり、ちょうど三分だな」
ヴィザリウス魔法学園の保険医ダニエルがストップウォッチを片手に持って、演習場の端の方で立っていた。今日もピッチピチのインナーからちらちら見える肉体美が眩しい。
「どうやら、三分で固定みたいですね」
誠次は自分の握る剣を見つめていた。剣に纏っていた白いエンチャントの光が、すでに消え失せている。
汗はびっしょりとかいているが、これは単純に身体を動かした為によるものだろう。証拠に、激しい目眩など身体の倦怠感はない。
「僕とダニエル先生のエンチャントの時間は、二人とも三分ピッタリ」
影塚が魔法式を解除しながら、言う。
エンチャントの効果時間、すなわち制限時間は――三分。たったの三分か、とは感じた。
「体内魔素はお互い違うのに一緒ってことは、天瀬くんの言う通り制限時間は三分で変わらないだろうね。時間の計算は大丈夫かい?」
訓練中よりかはいくらか解れた笑顔で、影塚は訊いてくる。
「はい。友人のカップラーメンの完成時間をよく待たされてるので、三分は慣れてます」
誠次は剣を背中へ納刀し、少し微笑んで言った。
「その友人もまさかここでカップラーメンが役に立つとは思わないだろうね」
魔素を使用した後――しかも長時間――だと言うのに、影塚は爽やかな声と表情そのままで歩いて来る。
影塚との訓練で使用した、自分の思い通りに操れる使い魔を生み出す魔法、眷族魔法。
一時期、人員ロスを抑える為、使い魔を前面的に用いて゛捕食者゛を殲滅する作戦が考案されたことがあるが、それは愚策として実行されなかった。理由は魔法発動者の負担の為と、危険の為だ。使い魔を意のままに使役できる距離は限られており、眷族魔法使用者は常時魔素を放出していないといけない。その間防御魔法も発動出来ないので、人間の安全が確保できないと言う本末転倒な事態が発生するのだ。
「そして天瀬君の言う特殊能力は、やはり僕たち男性のエンチャントだと発生しない」
影塚の目がだよねと、誠次に確認をとるように向けられた。
「はい。なんでか理由はわかりませんけど……」
誠次は汗を手で拭いながら、頷いた。
「まあ、これは良かったね」
「は、はあ……ま、まあ」
確かに、やはり男にああなってもらったら非常に困る。
影塚とダニエル両者のエンチャントとも、魔法式の光は志藤のと同じく白色。色的には、無属性の魔法式だった。
「最大限の効力を発揮するには、やはり女子のエンチャントと言うことか」
ダニエルがむすぅ、と鼻息を鳴らした。
「なんで少し残念そうなんですかダニエルさん……」
「む? 天瀬くんの役に立てないではないか! これでは教師失格だ!」
「いつも助かってますよ。林間学校の時も、本当にありがとうございました!」
奥羽によってやられた腹の傷。それはダニエルのおかげで一命を取り留めたと言っても過言ではない、大怪我だったからだ。
「天瀬くん……ッ! 吾輩はっ、吾輩は嬉しいぞっ!」
「いや感極まって゛飛んで゛来ないで下さいっ!」
「ははは。そして女性が使用した時に出ると言う態度の変化。……まさかとは思うけど、悪用はしないよね?」
落ち着いている影塚が軽く口角を上げ、ダニエルから一心不乱に逃げる誠次を見ていた。
「し、しませんよ……」
誠次は慌てて首を横に振った。
「安心したよ。相変わらず利口な性格だね」
影塚は受け流すように言っていた。
続いて、あごに手を添えた影塚は、尋ねるようにして、
「しかし、久し振りの訓練だったのに、対人戦闘の方を選ぶとはね」
誠次の顔色にも、少しの緊張感が混じる。
確かに、少し前だったら迷うことなく対゛捕食者゛戦闘訓練を選択していたことだろう。
「警備がてら、時間があるときは八ノ夜さんから君の訓練を頼まれるから構わないけど……意外だね」
「今は……゛捕食者゛より奴らの問題が先ですから」
テロリスト――レ―ヴネメシス。林間学校で俺や香月、篠上を巻き込んで来た奥羽正一郎。奴らがいる限りおれが……何よりみんなが望んでいるはずの゛平和な魔法世界゛が遠ざかってしまう。
ましてや、魔法を悪に使うようなやつらを、誠次はどうしても許せなかった。
「……友だちを守る為の力が欲しいんです」
誠次は背中の鞘に剣を収め、硬い表情で言った。
そう分別をつけていたことに、影塚は少々驚いていたようだった。
「……どう言った心境の変化かな」
「……敵が増えただけです。どっちにしろ、訓練はちゃんとやります! 周りと違って魔法が使えないぶんの遅れは、こうすることでしか補えませんから。これからも、よろしくお願いします!」
「そっか。この学園に入って成長したようで、君の成長を見守って来た僕からすると、誇らしいよ」
影塚はそれきり、詮索するのをやめたようだ。
「ありがとうございます。影塚さん」
誠次は頭を下げた。
「レ―ヴネメシスの件だけど、君には当事者としていくつか報告しないといけない」
影塚は言いながら、感謝するよと軽く頭を下げて来た。
「僕たちの中でも、今はレ―ヴネメシス関連の事を第一遂行目標に据えている。近頃、日本に潜伏している奴らの新派に対する軍事作戦が、展開される予定だ。これで奴らの動きも鈍るはずだ」
影塚はどこか満足そうに、言っていた。まだ、予定だと言うのに。日本での゛軍事゛作戦。それは生まれて今まで、聞き覚えがなかったことだ。
「そんなこと、自分に言ってしまって良いんですか?」
機密事項だと思うのだが。
「もちろん上層部からは口止め令が出されてる。けど、君には知っておいてほしかったんだ。僕たちがちゃんと働いているって事で」
まるで優しい兄のような口調で、影塚は言ってきた。
「いえ……! べつに疑ってるつもりはありません。今のは頑張って聞き流しときますよ」
誠次は少し悪戯っぽく笑っていた。
「助かるよ。危うく僕がクビになる所だったからね」
影塚も、誠次と同じ表情だ。
そんな心配はないだろうにとは、思う。
「お腹に異変は無いかね?」
白衣姿のダニエルが、誠次に訊く。
「はい。お蔭様で違和感もとくにありませんでした。感謝してます」
誠次は頭を下げて答える。
林間学校で奥羽に喰らった一撃で出来た腹の傷は、もうすっかり治っていた。
ダニエルはよしと頷き、
「完治したようだな。まあまた何かあったら保健室に来るといい。何か無くても保健室に来るといい」
「いやべつに用が無いときは行きませんよ……」
「相変わらずですねダニエルさん……」
影塚が苦笑していた。影塚がこの学園の生徒だった頃も、ダニエルが保険医だったのだろう。
影塚との訓練は、相手の都合もあり午前中で終わった。警備と言うことでヴィザリウス魔法学園に来ていた影塚の方から、訓練に誘ってくれたのだ。
当面の目標としては、こうして大人たちと協力し、来るべきテロとの戦いに備えておくつもりだ。
――でも。
付き合って貰った二人に感謝し、誠次は汗を流すため私服から制服に着替え、寮室へと向かうところであった。
その通路の途中、
「本当は何もなければ、それでいいんだけど……」
だがどうしても、向こうがこちらに仕掛けて来るのであれば、こちらは武力をもって対抗するつもりだった。
誠次が俯いて考えていると、突然後ろから明るい声に呼びかけられた。
「あ、天瀬―」
声をかけて来たのは、紫がかった黒のセミロングヘアーが眩しい、桜庭だった。桜庭は両手で何やら大量の資料を抱えている。ほぼ前も見えてなさそうな積み具合だ。
「桜庭。凄いな、なんだその大量の資料」
誠次は目を大きくして、桜庭を見ていた。
「ちょうど良かったー。はい半分どうぞ!」
「重っ」
桜庭にずっしりと重たい荷物を押し付けられ、誠次は不承不承ながらもそれを受け取った。
「なにって、弁論会の時の資料。しのちゃんにも手伝ってもらったの」
桜庭はどこか誇らしげに言ってきた。どうやら桜庭なりに、頑張っていたようだった。
「篠上が、か?」
「意外だと思った?」
「あ、ああ」
誠次は驚いて頷いた。
「何回も頭下げたら、仕方ないわね、って言って手伝ってくれたの」
「なるほど。何だかんだで優しいって、篠上らしいな……」
それともやはり、桜庭に頭ぺこぺこ下げられたら、誰でも手伝ってしまうとは思う。
しばらく通路を歩いていると、なにやら桜庭が窓の外を眺めていた。
「やっぱ天瀬が言ったとおり、皆から見たらあたしたちって怖いのかな……」
世間から見た魔法生のこと、だ。それが原因で、制服外出は認められていない。
誠次は真剣な表情で、進行方向を見つめていた。
「先輩の前ではああは言ったけど、何とも言えないな……。俺は魔法が使えないけど、同時に魔法も効かないから」
「そうだよね。そ、そこはやっぱり調査するしかないよね?」
桜庭が誠次の方に視線を戻す。黄緑色の視線は、今日も綺麗に澄んでいた。
「調査?」
誠次は資料をしげしげと眺めながら歩いていたため、桜庭の表情を見ることは出来なかった。
昔の日本のことが書かれている資料らしい。確かに昔は高校生の制服外出も特に規制されていなかったらしい。誠次にすればあまりにどうでもいいのだが、やはり女子高生と言うのは制服で外に出たがるものなのだろうか。
「そう調査! 明日の海の日の休みの日、外出て街で調査しようよっ!」
ぱーっと表情を明るくさせ、桜庭は言う。
明日は予定も無かったので、別に良かったのだが。――だが。
「外って、一緒に街に出るのか? それって傍から見たらデー――」
「調査っ! あ、あくまでただの調査だから!」
顔を少し赤くして、桜庭はまくし立てるように言う。
(べ、別の目的があるような気がしなくもない……)
だがプールの時は適当にはぐらかしてしまっていたので、野暮な真似はよそうと誠次は思った。それに、目の前で何やら必死の桜庭を見ていると、その気持ちに応えたくもなる。
「わ、わかった。これは調査だ! 調査行こう! 調査!」
そう言いきると、誠次もどこか恥ずかしく、顔が赤くなる。
「そ、そう調査! 明日の一〇時に正門集合! 調査だからね! ただの、調査!」
先程から調査と言う単語が何回も連呼されていた。
一方的に言うなり桜庭は、資料を全部誠次に押し付けて来た。
「ちょっ重!? よく持ってたなこんな量!」
「ちゃんと目を通しておいてね! それじゃあ明日! 調査だから!」
その場で軽やかにターンした桜庭は、誠次と顔を合わせようとはしなかった。
「休日なのに朝、早くないか……?」
どこか満足そうにステップでもする勢いで去って行く桜庭の背を見つめ、誠次はどうしようもなく立ちつくしていた。
寮室に戻るなり、誠次は両手に抱えていた荷物を自分の机の上に置く。篠上のお蔭もあってか、資料では昔の日本のことについては一通り調べられる。本当に制服外出がしたいんだなとは思った。
だが、やはり現代の事となると桜庭の言う通り現地調査が必要にはなりそうだ。
「重かったー……」
どさりとした荷物を置いた後、肩をこきこきならしていた誠次は軽く息をつく。
普段からつけてる背中の剣もかなり重いので、誠次は肩をぽんぽんと叩いていると、
「あ、天瀬さんお帰りなさい」
小野寺が自分のスペースからやって来た。紙コップを片手に持ち、冷たいお茶を差し出して来てくれた。
「ありがとう小野寺。うん、冷たくて美味いな!」
ありがたく大好きなお茶を飲みながら、誠次は言う。先ほどからの動作を思い出すともうただのおっさんのようだった。
「なんだか上機嫌ですね? 天瀬さん」
小野寺にくすりと笑われながら、言われてしまった。
「ま、まあちょっとな……」
誠次はピタリと動きを止め、落ち着く。
「凄い量ですね。なんですかこれ?」
「これは、夏休みに二大魔法学園弁論会とやらで、アルゲイル魔法学園に行くんだ」
誠次が説明をする。
「……」
すると、なにやら小野寺が停止していることに気付く。
誠次は不審に思い、声をかけた。
「おので――?」
「あ、アルゲイル魔法学園にですかっ!?」
「ぬおっ!?」
オーバーリアクション気味だった小野寺に、誠次は身体を構え、表情を引きつらせていた。反動でコップに入ったお茶が少し飛んでいた。
「あっ、すみません! ごめんなさい!」
小野寺が慌てて手を細かく振る。
「い、いや。そこでの会議に使う資料なんだけど、小野寺アルゲイル魔法学園になんかあるのか?」
椅子から転げ落ちそうになっていた姿勢をどうにか制御し、誠次は尋ねる。
「い、いえ……。一学年生が参加するのは珍しいですね!」
なにかを誤魔化すように頬をかいている小野寺だった。
「まあ、そうみたいだな」
小野寺の話題転換に、誠次は乗っかる。
確かに弁論会の裏向きは、良くも悪くも次期生徒会候補を集うための一種のショーだ。最有力候補となる二学年生の参加が多くなることだろうし、一学年生が参加するのは珍しいことなのだろう。――もっとも、小野寺がそこまで知っているのかはさておいてだが。
「参加は生徒の自由で費用も生徒会を通して学園負担だけど、小野寺も来るか?」
「じ、自分は遠慮しておきます。ご、ごめんなさい……」
やはり西の魔法学園になにかあるらしく、小野寺はぎこちなく首を横に振っていた。
「そうだ、小野寺は制服での外出とか興味あるか?」
「制服で外出ですか。普通の高校生なら、特に禁止されてはないことですよね」
魔法生ではない、普通科の高校生のことだ。
「――その人達も普通に魔法が使えるのに、自分たちだけがわりを食っているのは、少し不公平だとは思います……」
少し不満そうな小野寺の顔は、始めて見るものだ。
確かにな、と誠次は思った。
魔法生に関わらず、二〇五〇年以降生まれの者は誰もが魔法を使える。普通科に通う高校生たちだって、魔法は扱えるはずだ。
では、魔法生と普通科の高校生との違いはなんだ?
「違うのは魔法を専門的に習っているかどうか、か。……たったそれだけかも知れないが、一般人から見たら大きな差なんだろうな」
形はどうであれ世論は魔法を望むのに、魔法を遠ざけたいと言う今の風潮。――例えば、゛捕食者゛を消し去ってほしいと大人たちが望んでいるのに、その大人たちが魔法を毛嫌いしている矛盾点――。
「゛捕食者゛と戦うのだけが魔法生の将来じゃないはずだ。この世で魔法が扱える人は、それだけで大きな会社に就職出来たも同然だろ」
誠次は小野寺を少しでも励ませるよう、明るい表情で言った。
同時に、この世は多くの゛魔術師゛を求めていた。魔法世界のこの世で、魔術師の求人倍率は今や止まるところを知らないほど高い。よって、魔法生の将来は安泰だ。――危険な将来に自ら立ち向かうのなら、別だが。
日本にはまだないが、海外には魔法大学だってある。
そう言えば日本のはただ今絶賛建設中で、もうすぐ出来るとかどうとか。
「――は、はい。そうですよね!」
小野寺は驚いた顔をした後、どこか安心した顔で、誠次を見上げていた。
そんな眩しい笑顔を向けられると、何故か理由もなくバツが悪くなってしまうものだ。
「ははは。俺が言うとおかしいか?」
誠次は後ろ髪をかいていた。
「い、いえ。ですけど、どうして突然制服外出のことを?」
「ああ、それなんだけどな――」
誠次は小野寺に弁論会に参加する旨の詳細を、説明した。――明日の桜庭との外出を説明したのは、少し間違ったか。
案の定。
「二人で、ですか?」
「そう。二人で、だ……」
小野寺が驚き、誠次は冷静に返す。
しばしの間の後、
「そ、それって……デート、ですよね?」
おずおずと探るように、小野寺は誠次を見上げる。
誠次は腕を組んで目を瞑り、深く頷いていた。
「だ、だよな……。デートに見えるよな……。違うけど、違わないよな……」
誠次が再び顔を赤くして言っていると、小野寺はハッとなり、
「服とか、今のうちに用意しておかないと!」
「遠足じゃないんだから……。けど、服か……」
誠次は苦笑しながら、自分のクローゼットを開けてみる。
「……服が」
「……ない」
小野寺と声を合わせる、誠次。
それこそ香月との外出などGWの時と林間学校の時の服くらいしか、外出用のものは持ち合わせていなかった。
「うわー……」
ほぼすっからかんのクローゼットを見て、小野寺がナチュラルに引いていた。
「こ、今度一緒に服買いに行きましょうか!」
「助かる……小野寺……」
乗り気じゃ無かったのが一転、そういう意味では制服外出許可が欲しくなった、誠次だった。
「こ、これは、調査一生懸命頑張らないとな!」




