5 ☆
男子がメールアドレス獲得を賭けて、女子が男子への一日服従権を賭けて、ビーチバレー対決は始まっていた。六点先取のワンゲームだ。
やはりと言うべきか、先に得点を決めたのは男子チームの方だった。
志藤と帳のコンビプレイにより、スパイクショットが女子チーム側コートの砂浜を抉っていた。
「悪いな、手加減はなしだぜ!」
志藤が器用に指先でボールをしゅるしゅると回しつつ、女子たちに向けて言う。姿は格好良いのだが、戦う理由が理由である。
「男子一、女子〇」
誠次は指でのサインも交えて審判を務めていた。
「っく、負けない!」
「綾奈ちゃん……」
すっかり熱が入ったのか篠上が心底悔しがっており、それを見る本城が苦笑いを浮かべている。
次は、帳のサーブからだ。
「っらあ!」
勇ましい声を出した帳から放たれたのは、スパイクに匹敵するスピードのサーブショットだった。
高速で放たれたサーブボールは、女子チームの左後、香月詩音の方へと向かう。
「こうちゃん行ったよ!」
桜庭がハッとなって声を出すが、
「……」
ボールが迫っても、香月はなぜか棒立ちのままだった。
そして、棒立ちの香月の真横にボールはすぐに着弾。帳のサービスエースでそのまま男子チームの得点である。
「男子二、女子〇」
何事かと香月を見ながら、誠次の得点コール。
「よっしゃあ!」
「ナイス帷っ!」
帳のガッツポーズに、志藤が大そう喜んで応じていた。
一方で、
「詩音ちゃん!?」
香月の目の前のネット際より、篠上が驚いていた。
「……バレーのルール……よく、わからない」
ぼそりと、香月は言った。
「あ……」
残りの女子三人が顔を見合わせている。
「い、今から説明するから! 天瀬、ボールとって来なさい!」
「えっあ、はい」
ごくごく自然な流れで、篠上に命令されるまま誠次は砂浜を小走りでボールを取りに行く。
(従ってるけど、いつの間にか俺って負けてたのか……?)
サーブ権は変わらず、今度は小野寺のサーブから。
小野寺は少し緊張しているのか、軽く深呼吸をしていた。小野寺には頑張ってほしいが、女子チームもそろそろ得点しないとマズい状況だ。
「では、行きます!」
ボールを軽く上げ、緩いサーブを小野寺は放つ。狙いもルールを覚えたばかりの香月ではなく、その隣の本城の方だった。もう先程の志藤と帳の気迫が恥ずかしいレベルの優しさだ。
「来ましたっ、えい!」
本城が両手を使い、ボールを打ち上げる。
「はい!」
続いて本城の正面方向の桜庭が、トスをする。経験者なのか、絶妙な高さのトスだ。所謂、チャンスボールと言うやつだろうか。
「貰ったっ!」
それに反応したのが、篠上綾奈だった。トスされたボールの真下より、篠上は飛び跳ねる。
「おお……っ」
誠次は、思わず目を細めてしまっていた。
なぜなら"篠上のバレーボール"も大きくっ! 飛び跳ねて――っ!
「――あごめん手が滑った」
「ぐはあッ!?」
ぼむっ、と肉が弾ける鈍い音。
気づいた時にはもう遅く、篠上の手が滑ったボールが、誠次の顔面に直撃していた。
「なん……っ!?」
視界が一瞬、全て黒に染まり、身体が仰け反る。誠次は銃で撃たれたかのように、それはそれは綺麗に、背中から砂浜に倒れていた。
「天瀬ぇ―っ!」
「天瀬が逝ったーっ!」
夕島と帳の叫び声が、遠くのほうで聞こえ、頭が、くらくらしていた。
「なにやってるのしのちゃん!?」
「ごめん。なんか声が聞こえた気がしたから……つい手が滑っただけ」
「手が滑って一直線に審判かよ!?」
桜庭と志藤の驚きの声の中で、篠上はしてやったりと言わんばかりに手をぱんぱん、と払っていた。
「ご、ごめんなさいっ」
誠次は顔を抑えながら立ち上がり、取り敢えず篠上に頭を下げておいた。
手に汗握る――口に血が滲む――試合は進み、男子チームが五ー〇でマッチポイントとなっていた。
女子チームはもう一点も失点できない状況だ。
そして、男子チームのサーブはあの帳の番。状況を鑑みるに、女子チームは絶体絶命の状況と言っても過言ではないだろう。
「悪いが、これで終わりだぜ!」
手元でボールをぽんぽんと投げながら、帳が女子チームに宣言する。
女子チームは香月を含め、皆息が上がっていた。単純に、身体能力の差だった。
「……っく」
篠上が険しい表情をする。
「この状況じゃ、奇跡でも起こらないと逆転は無理だろうな……」
誠次がぼそりと、肩を竦めて言う。
それに反応した人物が、一人。
「――は、奇跡をおこすもの」
「……?」
どうしたものかと考える誠次の傍ら、香月が何やら呟いていた。
「行くぜ!」
帳が高くジャンプして、剛腕を振り下ろす。放たれたサーブはやはり速く、一瞬で女子コートに到達したが――。
「させない」
棒立ちのままの香月が咄嗟に、物体浮遊の汎用魔法の魔法式を発動する。
すると帳のサーブボールが、香月の放った魔法の光を受けて地面すれすれで急停止し、逆に高く打ち上がった。
「え……」
「……」
呆気に取られる誠次を尻目に、香月は続いて風属性の攻撃魔法を発動。すらすらと魔法式に文字を書き入れ、重力により落ちて来たボールに向けて、魔法を放つ。目に見える白い風圧がボールを包みつつ、男子チームのコートに一直線に向かう。
ちなみに、ここまでで香月は一歩も動いていない。
「ちょ、おいっ!?」
帳のサーブなどもう比べ物にならないレベルの高速の球が、なにが起こったのか分からないと言った表情をしている志藤の真下に、叩き込まれていた。
反動により地面が少し揺れた気がし、眼下にボールが来た志藤に至ってはあまりの威力に尻餅をついて倒れてしまっていた。
「殺す気かっ!? 今のアリかよ審判!?」
「せ、セーフッ!」
誠次はその手の超能力スポーツ漫画によく出てくるような、゛主人公たちのあり得ない能力を目の前に戸惑いつつも声を張り上げてコールする審判゛のように、両手を伸ばしていた。
――いや、どこかでこうなるんだろうなとは少しわかっていたところはある。実際に反則はしていないと思うし、いいんじゃないのかと。なにより、魔法使えない身にはわからないところだ。
「おいマジかよ!? 俺死ぬかと思ったぞ!」
志藤が立ち上がって誠次に抗議の声を上げる一方で、女子チームは喜びの声であふれていた。
「天瀬の言う通りよ! この世は魔法世界。魔法を使ってなんぼのものよ!」
「いやお前香月になに教えてくれちゃってるんですか!?」
「フンっ!」
篠上がここぞとばかりに誠次に組して来た。なんだか水を得た魚みたいだった。
「まあ審判の言うことには、絶対だな」
面白くなって来たぜ、とでも言いたげで帳が腕を鳴らす。
「おいおい、なんだこのノリ……」
志藤が周囲をきょろきょろ見渡し、なにかを諦めたように肩を落としていた。
どうであれ、女子チームがようやく得点したのでサーブは女子の方からだ。
篠上がボールを持ち、息をすぅ、と吸うと、
「――喰らえっ!」
「喰らえ、ってもうバレーで出る言葉じゃないよな!?」
志藤がコート越しに声を荒げる。
それでも篠上は構う素振りを見せず、香月と同じく攻撃魔法の術式を展開。
「ちょっと篠上さん!? 落ち着いて! 下さいっ!」
志藤が顔を大きく引きつらして言う。
香月ほど魔法式の構築スピードは速くないが、その間がかえって男子チームの恐怖心を煽っているようだ。
「うん。楽しいのは、いいことだ」
面白いので、誠次はその様子をじっと静観していた。
試合は進む。
「守備は頼んだわよ千尋!」
「かしこまりました! 綾奈ちゃんは攻撃をお願いします!」
女子チームだが、攻めては篠上の攻撃魔法が男子チームのコートに襲い掛かり、守りでは本城の防御魔法が鉄壁の布陣を築く。
「「香月ちゃん!」」
「任せて」
香月に至ってはもはやなんでもありで、自陣に来たボールをコントロールするのでは飽き足らず、男子チームのコートのボールまでも操っていた。
「これバレーなのかな……?」
女子チームでは唯一桜庭だけが、どうしようもなく佇んでいた。
一方で、男子チームもやられっぱなしと言うわけではない。
「このままじゃマズい……! 小野寺!」
篠上が構築する魔法式の中で輝くボールを睨み、帳が斜め前の小野寺に向けてなにやら叫んでいた。
「はい帳さん!?」
「防御魔法だ! 早く!」
「な、なんか激しいデジャヴが……帷さん……」
小野寺が困った顔と声で言う。
確かに、と同じく誠次は苦笑していた。
「守る為の魔法だろ!?」
「ちょっと恥ずかしいからやめてくれ帷!」
さすがに誠次が顔を赤くして抗議する。
それにしても今の、小野寺しかわからないことだろう。
「な、なんだ?」
「さあ……」
案の定、志藤と夕島を含めた面々は首を傾げている。
「……っ。そうです! 自分は、皆さんを守ります!」
小野寺が何かに目覚めたようにはっとなった。
「いや、そんな大事じゃないからな!?」
誠次がツッコむが、
「よくわかんねーけど今は頼むぞ小野寺! 篠上の殺人ショットを止めてくれっ!」
志藤がボールを持つ篠上を指差して叫ぶ。
「はい!」
「無駄よ」
小野寺が防御魔法を展開したまさにその時、香月の冷やかな声がした。
神速のスピードで香月は妨害魔法を繰り出し、小野寺の構築途中の魔法式を粉々に粉砕していた。
「香月もいたんだよ……な」
誠次がそう呟いた直後、
「当たれーっ!」
今だっ、と篠上はボールを魔法式から放った。
「いやだから当たれってそう言うスポーツじゃねぇって!」
志藤の叫びも虚しく、ボールは志藤の下半身に吸い込まれるようにして向かって行き――。
「ちょっ、おいっぐほぉっ!?」
志藤の海パンの上の方に、ボールはねじ込むように直撃していた。つまりはそう、比較的、いやかなり脆いところである。
「うっわ凄い痛そう」
誠次はしげしげと、呟いた。
下半身の一点を抑え込み、断末魔の悲鳴を出して志藤は、それはそれは綺麗に崩れ落ちていく。
「志藤ぅーっ!」
「志藤が逝ったーっ!」
夕島と帳が、悲痛な叫び声を上げていた。
「お前らっ、他人事だと思い……やがって……。やばい痛い……っ」
志藤は砂浜に突っ伏し、ぷるぷると震えていた。彼は色々ななにかを、必死に戻そうとしていた。
それからと言うもの、試合は一方的な展開を見せていた。
女子チーム、と言うより、篠上と香月の二人により男子チームが一方的に押されていたのだ。
眼鏡を光らせた夕島が「こうなったら必殺技を使う!」とか突然言って起動した魔法式でさえ、香月は易々と打ち砕いていた。――夕島本人は魔法式以外にいろいろと何かを打ち砕かれたようだった。
「――五―七。女子チームの逆転勝利、です……」
浮かない表情での誠次の宣言により、試合は終息した。
試合終了直後、男子チームは篠上の命により全員コート上で正座させられていた。
何故かと言うべきか当然と言うべきか、誠次も含めて。
「おい志藤……」
「なにも言うな天瀬……。ほぼお前のせいだからな……」
周りの一般客から何事かとじろじろと見られおり、この上なく恥ずかしかった。女子は女子で固まって去ってしまい、砂浜で静かに正座する男子五人が、目立たないはずが無い。
これが所謂、公開(後悔)処刑と言うヤツだろう。剣所持による学園での目立ちようとは遥かに違う何かが、ここにはあるようで。
誠次はじっと、白い砂を眺めていた。篠上には、努力が足りない(?)、と言われる始末である。
「君たちなにしてるんだい……?」
黄色いキャップを被ったプールの監視員の男性が、深刻そうな顔で誠次たち五人を見ていた。
「試合に負けたので、反省です」
夕島が背筋をぴんと伸ばして答えた。
「審判としての、自覚が足りませんでした」
「天瀬、混乱を招く発言は止めとけ……」
帳がぼそりと言って来た。
「自分たち、一体どこで何を間違えたのでしょうね……」
周囲の好奇の視線を味わう小野寺が、今にも泣きそうな声で言う。
おそらくだが勝負を挑んだ時点でだと、誠次は思った。
「……よくわからないけど、ぼっこぼこになったバレーコートの整地作業はやってね」
苦笑いの監視員がビーチバレーコートの方を見ながら言う。
誠次も見てみると、ボールの威力を物語るかのようにバレーコートは穴だらけとなっていた。――主に男子コートの方。
審判だったと言うのに、誠次は項垂れた。
「……り、了解っス。すいません……」
皆への謝罪の意も兼ねてか、志藤が気落ちした声で答えていた。
「林間学校の仇、とれたのか?」
誠次がぼそっと、志藤に尋ねる。
「傷が、増えただけです……」
志藤が泣き出しそうになりながら、言っていた。
「――まあ、もう一つの目的は達成したし、良しとすっか」
それでも志藤は満足そうだった。
「息抜きか……」
「何て言うかこう言うの、悪くないだろ?」
志藤の言葉に、誠次は頷いた。
「ああ。志藤のお陰で、今なら言える。俺はこんな光景を、日常を、守りたいんだ」
復讐ではない。誠次が新たな決意を述べると、志藤は鼻頭をぽりぽりとかいていた。
「へへ、かっけーこって。それに、なんか恥ずかしいな……。よっしゃ一発泳ぐか!?」
「いや、絶対に泳がない」
「空気ぶち壊すなよ! そこは泳ごうぜ!?」
「いや、絶対に泳がない」
そこだけは絶対に譲れない誠次であった。
午後もだいぶ経った。
ハイパラのメインスポットでもある、超巨大プールのステージ上では、何やらパレードショーが行われていた。
パンフレットを見るに、ここの目玉公演らしい。
魚を模したコスチュームに身を包んだ男女が、色とりどりの水が噴き出す中を華麗に踊っている。見上げれば、魔法によって作られた巨大なあわが、ゆらゆらと空中を漂っている。汎用魔法の光が周囲に煌めいており、どこかで魔法を使用しているスタッフがいるのだろう。
ノスタルジックなBGMもあわされば、水中世界にいるような錯覚を誠次は味わっていた。
「――怪我、治ってないんでしょ?」
突然、篠上の声が真横でし、誠次は驚いた。
誠次が見れば、篠上はすぐ隣で同じようにパレードショーを見ていた。
「なんだ、ばれてたのか」
誠次はばつが悪そうに後ろ髪をかく。
「さっきは……その……バレーボールぶつけてごめんね。なんかあんたがじっと私を見てる気がして、つい」
「憶測で顔面に殺人的なスピードの球投げられたのか……」
「ご、ごめんってば……」
しかし篠上の予感は的中していたので、誠次は苦笑いで「大体あってるから構わない」と言った。
「そ、それ言うんだ……」
不自然に声を急に高くして、篠上は言っていた。
「まあな。篠上は泳がなかったのか?」
こちらはともかく、ずっとシャツを着たままの篠上に、誠次はなんの気なしに訊いていた。
篠上はすっと、顔を赤くした。
「お、泳いだわよ。でも……見られるのは……恥ずかしいの。だから、なるべく男の人がいないところで……」
自分の身体を見下ろして篠上はぼそっと言う。
「な、なんか、悪いな……」
林間学校の夜はあられもない姿だったけどなと意地悪にも思い出してしまい、誠次は慌ててあさっての方向を向いていた。
「べ、別にいいわよ……」
「……」
そのまま無言が続いていたところで、誠次はとあることに気がついた。
BGMの曲調が変化したと思えば、空中に浮かぶあわにまとっていた汎用魔法の光が、解除されようとしていたのだ。
妨害魔法の一種がかかった、と誠次は瞬時に判断、理解していた。
「篠上、下がった方がいいかもしれない……」
「え、なんで?」
あわを見上げ、誠次は一歩二歩と下がっていた。
篠上が訝しげに誠次を見ていると、間もなくあわが空中で破裂。大量の水が、誠次と篠上がいる観客席の方へ降り注いで来た。おそらくパレードショーの演出か。
周囲の客はほとんどが水着なため、水を浴びて歓声を上げているが、篠上は違った。
「きゃっ!」
動いていなかったため、篠上はシャツ姿のまま頭上からどしゃ降りの水を浴びてしまっていた。
「……」
「ださ……っ」
水に濡れた赤い髪が顔に張りつき、ぽたぽたと身体中から水を流す篠上の意気消沈した姿に、誠次は思わず笑ってしまった。
「……あっ」
その最中、誠次の目には見えた。見えてしまった。
上半身もシャツごとびちゃびちゃになっており、薄い生地の所為かぐっしょりと濡れたそこには赤い水着が透けて見えていた。当然そこには、赤い布で押さえつけらている二つの大きな――。
何と言えばいいか、透けて張りついて見える肌色と言うのは、この、青少年の教育上良くない事態となってしまっている。
「……~っ!」
思わず視線を奪われそうになった誠次だが、篠上が両腕を胸元に回して恥ずかしそうに身をよじらせているところを見てしまう。
「ほ、ほらっ!」
(いろいろな意味で)勿体ないとは思いつつも、誠次は自分の着ていたパーカーを咄嗟に脱いで、篠上に投げてやった。ただ、周りの見ず知らずの男にじろじろ見られたくはないだろうなとは思ったので、だ。
篠上が驚いて、誠次が投げたパーカーを受け取る。
「あ、天瀬……!?」
「か、勘違いするなよ!? 誘ったのはこっちだし、風邪ひかれたら困るだけだ! 返しても返さなくてもいい! 早く着とけ!」
何故か逆のような台詞を誠次は吐き捨てるように言うと、本当は隠しておかなければならないわき腹のガーゼを手で隠しながら、篠上に背を向けていた。ずっと野暮ったいパーカーを着ていた所為か、気分が妙に清々しかった。
「あ、香月」
取り敢えず、もう服に着替えようかと荷物置き場まで戻った誠次は、ベンチに座っている香月に気付いた。
香月はビーチボールを両手に抱え、遠くからパレードショーを見ていたようだ。
「綺麗……」
プラネタリウムは毛嫌いしていた香月だが、魔法と水が織成す幻想的なショーは気に入ったようだ。色とりどりの光が館内を照らし、反射で香月の顔も鮮やかな色に染まっているようだった。
「隣いいか?」
「ええ、どうぞ」
誠次は取り敢えずバスタオルを羽織り、香月の横のベンチに座った。
パレードショーは山場を迎えており、眼下では桜庭や本城以下男子陣がはしゃいでいる。
「プール、どうだった?」
香月を横にして、自然と浮かんだ言葉を誠次は言った。
「うん。篠上さんも楽しんでたみたいで、良かったわ……」
(あれは楽しんでたと言うよりは暴虐の限りを尽くしてたと言うか……まあ、いいか……)
やはり、篠上を巻き込んでしまった事をずっと負い目に感じてしまっていたのだろう。
どこか安心したように、リラックスした表情で香月は言った。
「私、考えたわ」
「なにをだ?」
「レ―ヴネメシスのこと。私の考えを、聞いてもらっていい?」
「勿論」
一人で悩むなと言ったのはこっちだ。断る理由は無く、誠次は頷いた。
「私は八年間ずっと、テロリストに奪われた時間を取り戻そうと戦っていた」
八年間と言うことは、香月がおよそ七歳ぐらいの時に、両親を亡くしたのだろう。同じ時期に、誠次もまたそうだった。
そして香月が子供として、少女としての時間を失っていたことに変わりはない。
香月は一度言葉を切ってから、首を横に軽く振っていた。
「でも、これからは違う。皆と一緒に新しい時間を過ごしたいと思うの。過去を忘れるんじゃなく、否定するのでもなく、受け入れて。前に進みたいと思うの」
「俺も同じだ。手伝うよ」
つくづく自分と同じだなと誠次は思って、言っていた。
「こう思えるようになったのは、あなたのおかげ。ありがとう天瀬くん」
香月が上目づかいで、こちらを見上げて来た。魔法とそれを反射する水の光が輝く世界の中で、香月の紫色の瞳は一際輝いて見えた。
それを見つめていると胸の動悸が早くなった気がし、誠次は慌てた。
「――そ、そうだ。バレーボールを貸してくれないか?」
「? いいけど」
誠次は香月からバレーボールを受け取ると、それをそのまますぐに香月につき返した。
「?」
一見、誠次の意味不明な行動に、香月は首を傾げていた。
「このバレーボールにエンチャントをしてみてほしいんだ」
確かめたかったのだ。エンチャント自体に問題が無いとするのであれば、八ノ夜から頂いた剣に何らかの原因があるはずだと。
つまり剣ではなく、この何の変哲もないバレーボールにエンチャントをしてもらっても、゛特殊な効果゛が発動するかどうかを知りたかっのだ。
香月はバレーボールと誠次を交互に、怪しんで見ていた。
「剣術士をやめて……球術士にでもなるの?」
「なんかださいなそれ!」
誠次のツッコみには耳を傾けず、香月は青い魔法式を展開していた。
「あの、せめて軽くでもいいんで笑ってはくれないだろうか……?」
「集中してるから黙ってて」
「はいすいませんでした……」
やはりまだ、辛辣な口調のままだったが。
「……」
術式構築の最中、香月の表情に変化はまったくなかった。
バレーボールには青い光が纏いこそしたが、それもそこまで。
誠次の方にも時間のタイムラグはなく、香月と二人して青く光るバレーボールをどことなく見ていた。
「俺の目、青いか?」
「……何の変哲もないただの黒よ」
香月にじっと見つめられたのち、首を横に振られた。
「やっぱり、あの剣になんらかの秘密があるんだろうな……。ありがとう香月」
「構わないわ」
香月が首を横に振る中、誠次は「効果なしか……」とぼやいて青く光るバレーボールを無意識に放っていた。
「やばっ」
当てずっぽうに投げた為、ボールの行先はわからない。幻想的な光の中で、宙を舞うバレーボール。
「ふふ。あっちよ」
――それでも微笑む香月と、香月の力である魔法の光の線が、その行くべき方向を見失わないよう、誠次を導いているようだった。




