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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
気持ち新たに
43/211

3 ☆

 ハイパーアクアパラダイス。略して゛ハイパラ゛。

 それは【東京都に巨大アクアテーマパークを!】と言うスローガンのもと建設された、リゾートホテルであった。

 そこには温水プール浴場があり、日帰りでも楽しむことができる。

 

 ――はずだった。


「許さない……。絶対に許さないからな……っ」

「何にキレてんだよ!? さっきからこえーって!」


 恨みつらみを込めた誠次せいじの一言に、志藤しどうが恐怖を感じる表情でツッコんでいた。

 誠次の目の前には広大に広がる水面。老若男女、さまざまな水着を着た人々が楽しげに、遊んでいる。

 しかし誠次は、そこに飛び込むことを許されはしない。泳ぐことを許されはしない。

 

「はあ……。なんで上脱がねぇの?」


 横で準備運動をする志藤は、訝しげに眉間を寄せて誠次を見下ろしていた。

 パーカーを上に着たままだった誠次も、一応、足の柔軟をしているところだ。


「……日焼けしたくない……」


 遠くを見据え、誠次はぽつりと言う。プール独特の塩素の臭いが、鼻についていた。


「……なんか、お前の背中から凄まじい哀愁あいしゅうが漂ってるんだが……」


 志藤は、怯えていた。


「は、はははっ」

「だから怖ーって!」


 綺麗な水の前で誠次が乾いた笑みを見せつけると、いよいよ志藤は身体を引きつらせていた。


天瀬あませさん、志藤さん! こっちです! 早く!」


 無邪気な小野寺おのでらの声が、目の前の通称゛流れちゃうプール゛から聴こえた。

 見ればとばり夕島ゆうじまも一緒で、仲よく楽しげに遊んでいた。

 志藤は「おーう!」と呼びかけに答えてから、いま一度誠次を見てきた。


「太ったかなんだか知らねーけど、先行くぜ?」

「ああ最近食い過ぎたからな……。……早く行ってくれ、志藤」


 思いついたノリツッコミを途中で止め、誠次は切なく言った。


「……ああ」


 何だかなと言うような顔をしていたが、結局志藤は小野寺たちのところへ行っていた。


「はあ……」


 志藤の背中を見送った天瀬は、大きくため息をついていた。

 自業自得なのだが。

 昨日の土曜日、誠次はダニエルに傷口を見て貰ったが、まだ完全に塞がってはいないと言われた。そしてここで無理に運動しようとすれば、治りかけていたのが酷くなるとも。行こうかどうか悩みはしたが、誘っておいた本人が欠席するのは駄目だと思い、結果これである。

 プールの水に浸かれないのならば、水に浸からないでプールを楽しめばいい。そんな斬新な発想で、誠次はベンチにじっと座っていた。 


「――天瀬ーっ!」


 桜庭さくらばの声がした。

 ぺたぺたと、裸足の音を立たせながら誠次の元へ駆け寄って来る。上は同じく黄色のパーカーを着ているが、下は青の水着だった。よって太もも以下は丸出しであり、綺麗な脚に豊かな胸元。


(わぁ……)


 思わず誠次はそこに視線を奪われそうになる。

 

(いや凝視したらこれただの変態だな……。て、早くこの場から退散しないと変に誤解される!)

「天瀬?」


 だが、桜庭は誠次の目の前に立っていた。そうされると視線と合わせて身体の行き場を無くし、誠次は慌てていた。


「泳がないの?」


 手を後ろで組み、首を傾げて桜庭は訊いて来た。距離は近く、桜庭の身体からはほんわりと良い匂いがする。

 誠次は目線を泳がせてから、


「……ひ、日焼けしたくない……」


 綺麗な体育座りで、誠次は変わらず遠くを見て言った。


「え、完全に室内だけど……。それに水入っちゃえばいいじゃん」

「水難の相って知ってるか? あれがひどくて今日俺水に入ると溶ける日なんだ」

「何、その日……? そんな日あるの……?」


 一瞬だけ真面目に桜庭は考えたのち、


「あっ、さては――」


 桜庭は誠次の身体をまじまじと見て来た。


「あまり、じろじろ見ないでくれ……」


 誠次も下は水着なので、近い視線に妙にどきどきとしてしまう。


「天瀬……泳げないとか――?」

「ぐ……! ……。じ、実は、泳げないんだ」


 この際、そうであった方が色々と都合が良い気がしたので、誠次は困ったと言う顔を作って答えていた。しかし、代償として猛烈に格好悪い気分を味わう羽目になる。


「あっ、当たっちゃった……?」


 引かれたのかと思えば、桜庭はどこかぎこちなく視線をらしていた。


「桜庭……?」

「ち、ちょっとまだ居たの!?」

 

 後ろから、篠上しのかみの声がした。


(……赤好きなんだなー……)


 見てみると、淡い水色のパーカーに、下は真っ赤な水着であった。

 スタイルを見れば、高校生と言うよりは大学生と言っても通用しようではあった。

 

「は、恥ずかしいから早く行きなさいよ……!」


 パーカーは着たままだが、胸元を手で隠し、篠上は噛みつくように言ってくる。 


「わかったからそう怒らないでくれ……」


 誠次がいそいそと立ち上がろうとしたところで、

 

綾奈あやなちゃん、見られて恥ずかしいものじゃありませんのに」

 

 本城ほんじょうの声と同時に、篠上の後ろからすっと手が伸び、パーカー越しに胸をもみもみと。

 目の前で繰り広げられた光景に、誠次はピタリと、行動を停止してしまった。


「ひあんっ!?」

「おおっ!?」


 男のさがか、ガッツポーズしそうになってしまう誠次。


「小学五年生の時は、私の方が大きかったのに……ズルいです」


 どちらかと言えば小悪魔染みた笑顔で、本城が篠上の胸をぽよんと後ろから触っていた。

 本城はすでに上下水着姿で、黒を基調としたフリルの水着に、ブロンドヘアーと白肌のスタイル良い身体つきがよく映えている。


「これが……水着……」


 続いて、香月こうづきが落ち着かない様子で歩いて来る。もじもじと初々しく、自分の身体を見つめている。

 見れば、白いの水着で、露出度が高い身体は、本城よりかは控えめだが、引っ込むところは引っ込み、出るところは出ている。


「こうちゃん似合ってるー!」      

「可愛いですよ詩音しおんちゃん!」


 桜庭と本城が手を合わせ、香月を褒めている。中学生の時、女性の『可愛い』は信用するな、と言う悲しい事実を志藤から聞いた気がするが、それでもだった。

 

「千尋が選んだ水着、中々似合ってるじゃない」


 篠上が値踏みするように、香月を見つめて言う。

 女性陣三人の称賛を受け取った香月は、「そ、そう……」などと言って、まんざらでもないような表情を見せていた。


「その……なんだ……。四人ともナンパされないように気をつけろよ」


 されてもおかしくないものなので、誠次は忠告しておいた。日焼けした男に絡まれ、そこで颯爽さっそうと助けに入るようなアレである。

 中学の時、そんな妄想をいくらかしてた誠次。もちろん助ける側で、プール以外にも、路地裏パターンやリニア車内パターンも何でもござれ。ありとあらゆるところで、可憐かれんな美少女を救う妄想をしていた。


「あう……」


 美少女四人に囲まれ、次々と妄想を思い出すかたわら、次第に誠次は頭を抱えていた。


「これが……末代まで続く暗黒のなんとやらと言うやつなのか……!?」

「あ、天瀬……」


 桜庭が何かを察したように、苦笑いで誠次をうかがっていた。


「天瀬くんがなんか、一人で自滅してますよ……?」


 本城は困った様子だ。

 では、残りの二人はと言うと。


「ナンパ……? そんなやつ魔法でぶっ飛ばすわよ!」

「身ぐるみ全部剥いで土下座させて謝らせるわ」


 篠上と香月が阿吽あうんの呼吸で即答していた。


「なんだこの魔法少女二人……怖すぎるんですけど……」


 どうやら助けは微塵みじんも必要にないようで、ぞっとした気分で誠次はツッコんでいた。


 プールで泳げないのは退屈だと思ったが、案外そうではない。ここ゛ハイパラ゛は南国のリゾートをイメージしていると言うことで、個性的な売店やアクティビティーが多々あった。

 誠次はパーカーを着たまま、サンダルをいて館内を探検していた。さすが最近出来たばかりと言うことで、設置物が一つ一つちゃんとしていた。ヤシの木やビーチに海賊船。それを見るのが楽しいこと楽しいこと――。


「いや、プールの楽しみ方ってこれで良いんだっけか……?」

 

 誠次は再び遠い目をしていた。

 一方、趣向を凝らした遊び場からは、主に子供たちの歓喜の声が聞こえて来る。

 見れば、深海の洞くつをイメージしたスポットだった。少し薄暗く、迷路を作るように置かれた岩のオブジェクトからは、一定間隔を置いてちょろちょろと水が出て来る。

 きゃーきゃー言いながら、水を浴びる子供たちが、岩の迷路の中を無邪気に駆け回っていた。

 

「面白そうだ。参加したいな」

 

 しかし、もし高校生男子゛一人゛があそこに突入するとしよう。はしゃぎ声を発しながら。

 たちまち周囲の子供たちの楽しげな声は止み、気味悪がられた目で見られるのがオチだろう。


「これが、大人への脱皮か」


 子供の頃の無邪気さは、そうやってどんどん無くなっていくのだろうなと、誠次は一人、しみじみと思いつめていた。


「――洞くつゾーンだって、天瀬」

「え?」


 名前を呼ばれた誠次が驚いて振り向くと、目の前に桜庭がいた。パーカーは脱いでおり、水色に白いフリルが着いた水着姿であった。派手すぎず可愛らしい印象は、桜庭とよく似合っている。ふし色の髪もサイドでアップしており、いつにも増して明るい印象を受ける。


「桜庭! み、みんなと一緒じゃなかったのか!?」


 だがしかし、水着姿と言うのはやはりどうにも目のやり場に困るものであり、誠次は視線を外した先、流されるプール方面を見ながら訊く。


「う、うん。何だかなーって……」


 どこか言葉につまりつつ、桜庭はえへへと笑っていた。


「……?」


 桜庭の様子が少しおかしく感じ、誠次は首を傾げていた。


「そ、そーだ……。水着……どうかな? 似合ってるかな……?」


 顔を俯かせ、それでも両手を頭の横に挙げつつ、桜庭は訊いて来た。プールだけにか、その視線が泳いでいる。


「ああ。似合ってるよ。下のふりふりとか特に」


 元より答は一つであり、誠次はうんと頷いていた。


「あ、ありがとう!」


 落ち着きなく髪を触りつつ、顔を赤らめて桜庭は言った。  


(可愛、いい……)


 どきどきさせる仕草を前と言動を前に、誠次は胸の動悸が速まっていると実感していた。実際に似合っているのだが。   


「そ、そんなことより! 遊ばないの?」


 何かを誤魔化すように、桜庭は弾んだ声で言ってくる。水面を映す緑色の目は今は、洞窟ゾーンに向けられている。


「さすがに一人で行くのは……ちょっとな……」

「ああ確かに……。なんか恥ずかしいよね」


 そして誠次と桜庭。お互いの視線が同時に、人工洞くつの中へと注がれる。


「……じ、じゃあ一緒に行こうよ!」

「ああ。分かった」


 誠次は洞窟を眺めながら即答する。

 

「やったっ! 早くこっちっ!」

「ひ、引っ張るな!」


 嬉しそうな桜庭に、気づけば誠次はパーカーの袖を引っ張られていた。

 

「パーカーいつまで着てるの天瀬? ……ちょっと浮いてるよ?」


 じろじろと誠次を見て、桜庭は言ってくる。

 しかしパーカーの下、腹の傷を見られて余計な心配を貰う訳にはいかない。それにこれからだと言うのに、何故なぜかもうすでにどこか楽しげな笑顔を見せている桜庭を見ていたら、そんな表情を暗くさせたくないと言う、妙な気持ちが誠次は沸いていた。


「いまさらだな。学園の中じゃ比べものにならないくらい浮いている。それに比べたら安い話だ」


 引っ張られていない片手を飄々ひょうひょうと挙げ、誠次は言う。


「あー。確かにそうかもね……」


 大きな黄緑色の目を残念そうにたたみ、桜庭は笑っていた。 


「よし、行くぞ! いやべつにどうしても行きたかったわけじゃないけど……桜庭が行きたいと言うのなら仕方が無いな。いやホント!」


 誠次はパーカーの腕部分をまくり上げ――気合を入れ――桜庭に声を掛けていた。


「はいはい……。仕方ない仕方ない」


 何かを察した様子の桜庭に、誠次はごほんと咳払いする。


「ほら、手を!」

「え!? う、うん……!」


 誠次は手を差し伸ばし、桜庭がそれをぎゅっと握る。

 誘った張本人であるはずの桜庭は少し驚いたようであったが、次の瞬間にははにかんで、誠次の後をついて来た。

 洞くつゾーンの中に一歩入るとそこは、見事なまでに水中を歩行しているような錯覚を味わえる迷路であった。リアルな岩壁に生息する綺麗な疑似珊瑚が、薄暗い中で光っている。


「うわぁー。すっごいリアルだねー!」


 すぐ隣を歩く桜庭がはしゃぐ。


「ああ。海の中の洞くつにいるみたいだ」


 目の前を走って通り過ぎて行く子供たちを眺め、誠次は頷いていた。

 男心と言う名の元の冒険心でも、くすぐられているのだろうか。ちょろりと出ている水の湿った感覚と、ぴちゃぴちゃと鳴る足音も、すべてが楽しかった。


「きゃっ!」

「お、おい……。危ないぞ」


 悲鳴と同時に、突然桜庭が誠次に抱き付くように接近して来た。岩から出た水が身体を濡らしたのだろう。


「ご、ごめん……抱き付いて……」

「い、いや、俺は大丈夫だ。あ、足元滑るから、注意してくれ……」


 内心でドキドキしながらも、誠次は桜庭を自分から離してやる。


「う、うん。……も、もう! 不意打ちとか卑怯すぎ!」


 なにかを誤魔化すようにぶつぶつと岩壁に言いながらも、楽しそうにえへへと笑う桜庭。脇腹の濡れた箇所をさすっていた。

 誠次も水による不意打ち攻撃を、何度か喰らってはいた。それでも、腹部への直撃はどうにか避けていた。運営側も傷が裂けると言う危険と隣り合わせで遊んでいる人間など、いはしないと思っているのであろう。


「やるな運営……!」


 それはそれは絶妙かつ巧妙な、水飛び出し口の配置だった。言ってしまえば、ここで水に濡れないで出て来れたら百万あげる、と言われてもゲームとして成立しそうである。


「え? 運営?」


 誠次がぼそりと呟いた言葉に、桜庭は不思議そうに反応していた。

 小さな子供が遊んでいるとあって、迷路はすぐ終わるものであった。

 出口とは名ばかりに、すっかり元の明るい中央広場まで、誠次と桜庭は戻ってこれた。


「脱出成功……! やったな!」

「楽しかったー!」


 楽しみ方が違う二人による、まったく違う感想である。

 桜庭は楽しかったようで、子供の群の中で両手を挙げて飛び跳ねたりしている。女子高生のはずだが、どこか保育士のようであった。


「……?」


 ただ、まだ幼い子供たちが桜庭の高いテンションについて行けないようで、そこからは完全にスルーされていた。


「ちょうど正午か」 


 楽しい時間は無意識に早く過ぎると言うので、どうやら桜庭のお蔭でどうにか午前中を乗り切ることができたみたいだ。

 時間も時間だし、泳げないのならばあとは、食うしかない。というわけで、誠次は、


「腹減ったから俺は昼飯食いに行く」


 それを聞いた桜庭が、子供たちの中から歩いて来る。


「あっ、あたしも行く!」

「べつにいいけど――」

「こっち」


 今度は桜庭に引っ張られるように、誠次はフードコートまで向かった。


(プールなのに泳がなくて良いのか桜庭……?)


 こちらと違って、彼女の綺麗な素肌のお腹に傷は見当たらないと言うのに。


挿絵(By みてみん)

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