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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
魔法少女と剣術士
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 ヴィザリウス魔法学園は、広大な敷地の中にあるいくつかの棟によって、巨大学園施設の様相を見せている。棟は中心にある中央棟ちゅうおうとうを三百六十度囲むように、上空から見てみれば巨大な円形を成して建てられていた。どこぞの英国イギリス紳士が言ったかは知らないがこの円形により、『日本のストーンヘンジ』などと呼ばれている。

 中央棟から南南東の方角。オフィスビルのような外観の、七階建ての男子寮棟通路。

 夕方から夜に移る時間はとても短いもので。窓の外の景色は一面、黒景色となっていた。


「……まじで剣持ってる……」「魔法使えないらしいぜ?」「こわー」


 男子寮棟内でも、同級生から受ける好奇の目は変わらず。


(これじゃ良い見世物だよな……)


 うんざりする思いで、誠次せいじは歩く。

 

(……今は、耐えるんだ)


 だが――。

 そんなので良いのか、と思っていた誠次の目の前を、銀髪を肩まで流した少女が横切っていた。

 夜の男子寮棟の中を、女子が歩いている。

 ……ああこれは、犯罪の臭いしかしなかった……。


「女子……? なんでこんな所に?」


 そんな誠次の言葉に反応したのは、周りにいた高校一年生と言う年代の男子生徒たち。すぐにきょろきょろと辺りを見渡した後、異性なる単語を呟いた誠次に視線を戻した。 


「は? 女子なんていねーぞ。魔法が使えないから頭いかれたのか?」


 他クラスの男子生徒が、高圧的な態度で言ってくる。


「? 目の前、同じ一学年生」


 ヴィザリウス魔法学園の白い制服には、一、二、三学年生の区別がつけられるよう、それぞれの学年のカラーをあしらった線が装飾されている。

 一学年生のカラーは青なので、少女のブレザーの色でそう判断した誠次は、指をしてまで周りの男子に言っていた。


「――いなくね? ここまで来ると逆に心配になって来るんだが……」


 しかし周りの男子生徒は、やはり銀髪の少女など見ていないようで。


「なんで、みんな見えてないんだ……?」


 一方少女は、誠次を含めた男子生徒たちを気にすることなく、背中を向けてずんずん進んでいく。


「そっちは確か、中庭に続くゲートしかないぞ」

「なに独り言言ってんだよ……」


 周囲の嘲笑を無視し、誠次は少女の行き先だけを視線で追っていた。


「外だぞおい! 待て!」


 まさかとは思ったが。

 次には、誠次はなりふり構わずに走りだし、少女の後を追いかけていた。


「独り言多い奴だな……」


 はたから見れば突然かつ奇怪きっかいだった誠次の行動に、周囲の男子生徒たちは顔を見合わせ、しんと静まり返っていた。

 

 中庭――外――と男子寮棟を繋ぐゲートには、夜間の生徒の外出を防ぐため、強力な魔法による障壁が施されている。一歩外へ出ようと障壁に触れれば、瞬く間にヴィザリウス魔法学園内の警報システムが作動し、教職員に伝わる代物だ。

 見た目は綺麗なガラス細工のような魔法障壁。

 その前で立ち止まっている少女の元へ、誠次は追いついていた。

 少女は線の細いあごに手を添え、障壁の前で何か考えごとをしているようであった。


「あ……」


 やっぱり、年頃の男子生徒が色めき出すには充分なまで、少女は綺麗だった。肩まで降ろした銀色の髪に、透き通るような色白の肌。幻想的な色合いの紫色の瞳に、まるで身体が吸い込まれそうだ。


「っ……」


 誠次は思わず嘆息していた。

 しかし少女はこちらなど眼中に無いようで、右手を魔法の障壁に向けて上げていた。


「何してっ――!?」


 出した声は、途中で止まってしまった。

 少女の手元に光が発生した直後、ゲートの魔法障壁が音を立てて、粉々に砕かれたのだ。一流の魔術師であるはずの学園の先生方が仕掛けた魔法を、同級生の少女がいとも簡単に――。


「今のは妨害(ジャミング)魔法……? 警報が鳴らないって……術式を読み解いたのか!?」

「……」


 誠次の呟きに、少女がピクリと眉をひそめたのもほんの一瞬のこと。

 少女は外へ向かって歩み始めていた。

 何も無くなったゲートの外をうかがえば、夜の闇が広がっており、誠次は少し身震いしていた。


「待て。外に出るのか?」


 誠次はそれでも冷静を務め、まるで檻から逃げ出そうとする小動物をなだめるように、慎重に尋ねる。


「――忠告だけど、来ないで」


 鈴の音のような、ソプラノであった。

 それは、こちらに背を向ける少女から確かに聞こえた。


「゛捕食者イーター゛が怖くないのか……? それに、今出たら法律違反だぞ!?」


 必死に止めようとした誠次に、少女は不愉快そうな表情を返して来た。紫色の目とこちらの黒い目が合った瞬間、誠次は金縛りにでもあったかのように動けなくなってしまった。


「バイバイ、私の姿が見えた不思議な剣使いくん」


 少女はこちらに興味なさそうに冷たく言い放つと、背を向けて走って行ってしまった。

 みるみるうちに、少女の姿が暗闇の中で小さくなっていく。


「待てって!」

 

 尚も必死に呼び止めようとしていた。そして、そうしようした自分に、誠次は驚く。

 少女が向かった先は、未だ経済大国の栄華を誇ると言わんばかりの明かりが灯る、夜の都会の街中だろう。――ただし、その光の中にいるのは人間ではない。無数の゛捕食者イーター゛だ。

 人はこの世を、夜を失った世界と言う。

 少女に向けて伸ばしかけた手を止め、誠次は息をついていた。


「……夜間外出禁止法」


 ずきりと、こめかみの奥で頭痛が起きていた。

 忌わしい痛みと共に脳裏によぎるのは、幼い頃の記憶。

 スーツの女性の肩に必死に掴まっていた、夜。周囲の家の窓から見える光と、歪んだ人の顔。夜の外に出たヒトを見放す、温かい光の中の、冷たい目線。゛捕食者イーター゛の魔の手から人を守る為の法律が、゛人を殺していた゛。

 ――おれは゛アイツら゛とは、違う……。

 誠次は伸ばしていた右手を強く握り、胸元へと添える。


(まだ、間に合うはずだ……!)

 

 そして、何かを呑み込むように大きく深呼吸をした誠次は、黒い瞳で黒一色の外を見据えた。

 ゲートと男子寮棟の入れ替わりの風が、誠次の決心を肯定するように、外へと吹いていた。

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