12 ☆
黄色い幻想的な光が、弾けて光る。
防御魔法から続けて、攻撃魔法が奥羽に襲いかかっていた。
肘をついて上半身を起こした誠次は、奥羽とは反対の方向を向いて見る。
「しの……かみ!?」
「天瀬!」
篠上綾奈が呼吸荒く、誠次を見下ろしていた。右手で、魔法式を構築している。
助けられた、と思った刹那、篠上が二度目の魔法を発動した。
「このっ!」
奥羽を完全に敵とみなしている様子の篠上は、兎に角と言わんばかりに、次々と魔法式を展開する。
「未熟なただの魔法生が……私の相手になるとでも?」
防御魔法で魔法を防ぎつつ、奥羽は篠上を面白げに笑う。それもそのはずで、篠上が放つ魔法は、どれも最低限の自衛にしか適さない下位攻撃魔法だった。
篠上の放つそんな魔法は、見えない壁に弾かれているようだ。
「なんなのよアンタ!?」
魔法の発動によって起こる風に浴衣を靡かせ、篠上は奥羽に叫んでいた。
誠次は、歯を食いしばり、
「奥羽ーっ!」
痛みを堪えて立ち上がり、奥羽に斬りかかった。
奥羽は空いている左手で素早く《プロト》を展開すると、誠次と篠上の攻撃を同時に防ぐ。
「起き上がれましたか? しかし軽いですよ」
続いて奥羽は、誠次の足場に向け、白色の魔法式を展開する。
足元の光にぎょっとしたのも一瞬。地面から生み出されて来た岩の突起が、誠次の腹部を深く殴りつけていた。
「ぐ……あっ!?」
積み重なる腹の傷みに、誠次は悲鳴を上げる。
しかし奥羽は容赦なく、魔法で形成した岩を巧みに使って、誠次の身体を突き飛ばした。
「天瀬っ!?」
誠次は篠上の隣に着地したが、崩れるように片膝をついてしまう。
傷口から痛みと流血が再開し、誠次は寒気を感じ始めていた。
「篠上っ! どうして来たんだ!?」
それでも奥羽から目を離さず、誠次は声を荒げて篠上に訊く。
「剣なんか持ってる後を追いかけたら、アンタとあの男が話してて……」
少しだけムッとした篠上の声は震えていた。言葉を噛みそうにもなってしまっている。大広間の時からずっと誠次の後をつけて来ていたのだろう。
「早く逃げろ! アイツはまともに戦って勝てる相手じゃない!」
「逃げろって……。……こんなの見せられて帰れるわけないじゃない! それに戦うなんて……!」
誠次の血が滲んだ浴衣と、赤黒い傷口。
それらを見れば、篠上は青冷めた表情をしていた。浴衣姿の身体も震えており、ただひたすら怖いのだろう。
「こいつはここで俺が止める……! 魔法学園の皆に危害は加えさせない! だから早く――」
これで良い……。助けてくれたことには感謝するが、篠上を巻き込むわけにはいかない。
なので誠次は何と返されても論破し、篠上をコテージに帰らせようとしていたが、
「……皆って……。……なんで自分の身体を心配しないのよっ!?」
それが、できなかった。
「何がどうなってるのよもう……!」
青い瞳に涙を浮かべる篠上は、頭を抱えて叫んでいた。彼女にとっては、怪しい様子の同級生を追いかけて遭遇してしまった、非日常。当然の反応なのだ。
そして、誠次は息を呑む。
自分の……心配……?
誠次は左手で腹部を抑え、血の味がする唾を呑んだ。
「泣けますねぇ。どうやら悪役はこちらのようです」
面白げに笑う奥羽が、地面を蹴った。やはりその動きは捉えきれず。
誠次は腹の痛みを堪えて、篠上の前に急いで立つ。
「は……! どこに行った……!?」
「見えない……!」
お互いだが、息が上がっていた。
篠上の荒い呼吸を背中に感じる。寒気しかしなかった身体に、ひしひしと熱が篭ってくるようだった。
「っ!」
目の前の景色が歪んだかと思えば、そこに奥羽が出現する。
誠次は咄嗟に剣を構え、二回ほど斬り合っていた。
「彼女、殺しちゃいますよ? 私」
「させるものかっ!」
声の気合は良い。だが、押し込まれていたのは、やはり誠次の方だった。闇夜の中、日本刀の細身の刃が煌めいては襲い掛かって来る。
誠次の背後からは篠上が、魔法式を奥羽に向けて展開する。
「このっ!」
しかし悲鳴にも聴こえる、篠上の声だった。
「弱すぎる」
正確な魔法の弾の射撃だったが、奥羽はかわし、篠上に日本刀を向ける。
「――邪魔者ですよ、アナタ」
「え――っ」
あっとなった篠上に、奥羽の日本刀が振りかかる。
「――っ!」
誠次が体勢を整えて、篠上を奥羽の斬撃から剣で守った。
どうにか奥羽を押し返したが、誠次は左手で腹部を抑えて、膝をついてしまった。
「天瀬!?」
「……っ。絶対に、殺させない……!」
篠上に身体を支えられながらも立ち上がり、誠次は奥羽を睨みつける。その呼吸は荒く、視界もおぼつき始める。腹部の出血が増すにつれ、身体の力も尽きていくのが恐ろしいほどわかる。
このままでは三人とも、奥羽によって殺されてしまう。
誠次はすぐ隣に立つ篠上の横顔を、じっと見つめた。
この林間学校が始まるまで、ちゃんと見向きもしなかった同級生。すらりと伸びた鼻筋に、汗がつたうきめ細かな肌の頬。これも見向いて分かった――不器用だが、友達想いの優しい心の持ち主……。
それがあんな奴によって傷つけられて良いのか……!?
誠次は、咄嗟に首を横に振ると、
「篠上……。付加魔法って、知ってるか……?」
耳元で小さく囁くようにして誠次は、篠上に尋ねた。まるでそれは、魔法の言葉のように――。
「え、エンチャント……? 小学校の時に授業で習ったきりだけど……」
汗ばんでいるうなじをピクリと震わし、篠上はしどろもどろに答えていた。
「ならこの剣に、エンチャントしてほしい……」
誠次は、剣を篠上の目の前に差し出した。
篠上の目が、黒色の刀身を見て大きく見開いていた。
「エンチャントって……意味が――」
目と目が合った途端――篠上は口を閉ざしていた。月の光が作る誠次の影が、篠上を奥羽から隠すように、覆っていた。
誠次の顔を見た篠上は、何かを感じたように息を呑むと、小さく頷いてくれた。
相手は規格外の強敵。まともに戦って勝てないのなら……まともに戦わなければいい。
「若い男女がコソコソと話しているのは、私も嫉妬してしまいます――?」
奥羽の視線の先、誠次と篠上の間から赤い閃光が迸る。
魔法元素が魔法式に集合することによって発生する風に髪を靡かせる誠次は、篠上がエンチャントの術式を構築する姿を視界に入れる。
最初は緊張の面持ちの篠上だったが、次第に頬が赤く染まって行き……。
「……っ!?」
淡い赤い光に照らされる篠上が、悶えるような声を出し始めていた。
誠次は赤い光が纏いつつある剣を握り、奥羽に意識を集中させていた。
「――っ……なに、これ……っ?」
「大丈夫だ篠上。上手だ」
誠次は奥羽を睨んだまま、ぼそりと言う、
今の篠上をまじまじと見てしまうと、色々とマズい気がしたからだ。
「……目の色が変わりましたね」
興味深そうに誠次を見て、奥羽は言う。
「色々な意味で、です」
「……黙れ」
そして、尚も余裕そうに笑った奥羽を、誠次は一瞥した。
「……」
奥羽は、何かを感じたのか、こちらの言葉を聞いて口を閉ざす。
びくん、と身体を震わし、仰け反らした篠上を抱え、誠次は魔法式の中から剣を引き抜いていた。
「あっ……」
豊かな胸の膨らみを上下させ、篠上は力が抜けたように全体重を、誠次に預けて来た。
荒い呼吸をする篠上は、か弱いと感じさせるほど、軽かった。
「セイジ……私、出来たの……?」
「――ああ。ありがとう」
誠次が声をかければ、篠上はますます顔を赤らめて。
「良かった……香月さんを……っ」
「香月も、篠上も守ってやる――!」
「セイジ……」
潤んだ青い瞳で、篠上は誠次を見つめていた。
「奥羽……。情報ではもっと苦戦するとか言っていたな?」
「ええ……」
篠上を抱えたまま誠次は、奥羽に向けて顔を上げた。
赤くなった誠次の目はハイライトを無くし、虚ろだったが。
「なら、今からそれを証明してやる!」
「何をしたのか分かりませんが――!」
奥羽が日本刀を構え、高速で誠次に接近する。
「行くぞ!」
誠次は篠上を抱えたまま、赤い光を宿した剣を奥羽に向け、自らも走る。
香月のように時間のズレは無く、桃華のように剣の形状が変化すると言った違いは無い。
……だが、胸の内から込み上げてくる熱がそれでもやれると、誠次を突き動かしていた。
奥羽の日本刀と誠次と篠上の赤い光の剣が接触した瞬間――吹き飛ばされたのは誠次の方だった。
「なんですか。雰囲気は変わりましたが、力は相変わらずのようですね」
衝撃で宙に浮かんだ誠次と篠上を見た奥羽は、相変わらずほくそ笑んでいた。
――だが。
「……?」
奥羽は首を傾げていた。そしてその表情が瞬時に、素になった。
「……っ!」
誠次は歯を食いしばり、篠上の身体を引き寄せると、宙に着地していた。
足元をちらりと見る。まるで魔法式のような光の紋章が、何も無いはずの空中に停滞し、それが今。誠次の足場となっていた。
「なるほど……」
空中に立った誠次は、すぐに呟いていた。
「形成魔法、それとも物体浮遊の魔法……? ですが術式が見付からない……」
地上にて、奥羽は細目を凝らして宙に立つ誠次を凝視していた。
「宙に浮かんだところで、どうすると?」
奥羽は日本刀をその場で軽く振ってから、再び誠次に接近する。
「お前を倒す。それだけだ!」
浴衣の裾をぎゅっと握る篠上を抱えながら、誠次は右足を前へと進めた。するとまたしても光の紋章が現れ、空中に足場を作る。
篠上のエンチャントの効果をすぐに理解した誠次は、紋章を蹴ってさらに高く上昇した。
「なに……?」
驚く奥羽を見下し、誠次は上空から片手に持った剣で襲い掛かる。重力と言う名の力を込めた一撃を、そのまま奥羽に討ち込む。
奥羽は自身の頭上で剣を構えてこちらの攻撃を防いだが、その表情は強張っていた。
誠次は空を蹴り、奥羽の頭上を飛び越え地面に着地する。
「物体浮遊の汎用魔法と加速魔法を同時にやっているのでしょうかね……?」
「違うな。……俺の友達はそれは難しいって言っていた」
篠上の容体を心配し、俯いた誠次は静かに告げる。
「お願いセイジ……アイツを倒して!」
奥羽を指差して、篠上は怯える子供のように言っていた。
「任せろ篠上」
続いてゆっくりと顔を上げれば、赤く染まった誠次の瞳が、奥羽をきつく睨んでいた。
「なるほどまさか……これが剣術士の魔法のお力と言うやつですか」
奥羽の声音から余裕の意気が消え、緊張感が孕み始める。
間を置かず、誠次は宙を蹴る。放たれた弾丸のような凄まじい速さで、奥羽の目の前まで接近すると、剣を振るう。
「奥羽ーっ!」
火花を散らした互いの剣。そこから後ろに引っ張られるように体勢を崩したのは――奥羽の方だ。
「速、い……っ!?」
奥羽の声が、背中の方でした。
驚いた奥羽が、急いで誠次の方を向くが――それより速く。
誠次は空中で身体を回転させ、浮かんだ足場を使いバク宙をする。胸元の篠上が小さな悲鳴を出したが、誠次が落とさぬよう篠上の身体をしっかりと掴んでいた。
反転した視界の中で、日本刀を構える奥羽の姿を捉え――。
「喰らえ!」
「――っく!」
奥羽のうめき声。
またしても剣撃を受け流されたが、誠次は宙を蹴っては、奥羽に息もつかせず襲い掛かる。空気抵抗と重力を排除した世界の中で、誠次は月下を駆けていた。
「まずい……か!」
奥羽の口調から完全に余裕が消え、地面を蹴って走り出す。
逃がしはしない――!
走り出した奥羽の先に、一足早く誠次が着地し、行く手を遮る。
奥羽は急に立ち止ると、誠次に対して身構える姿勢をとった。今までは棒立ちに近い形であったため、それは変化だった。
「……逃がしては、くれませんか?」
「香月は何処にいる! 教えろ!」
赤い目に凄味を増して、誠次は奥羽に言い放った。
「教えれば逃がしてくれるのですか?」
「魔法を悪に使うお前たちを、許しはしない。……だけど今は、香月だ……」
「そうですか。なら……私の負けでいいですよ?」
「は?」
日本刀を木々の間に放り、奥羽は潔く両手を上げて、降参の意を示してきた。
誠次はそれでも、この男を前に警戒を解かなかった。
「香月さんはプラネタリウムがある日本アルプス科学館の中にいます。急いだほうが良いでしょう」
誠次の赤い光を放つ剣の先で、奥羽は片方の眉を曲げてひねくれた表情をしていた。
コテージに隣接している建物なので、すぐ近くであり、屋内だった……。
「……分かった」
誠次は剣を、奥羽に向けたままであった。
誠次の胸元で篠上が、首元に腕を回して来ていた。
「……私を斬らないのですか?」
「お前には法の裁きを受けて貰う。来て貰うぞ!」
だが悔しく、何かを堪えるようにして誠次は言う。
篠上が「セイジ……」と掠れるような声を漏らし、どこか安心したような表情を見せてくれたのだが。
「それは残念です……。この世では法では裁けないヤツもいますから」
奥羽の表情に、再び妖しい笑みが宿る。そして奥羽は、あごをくしゃった。
何事かと、誠次は奥羽に剣を向けたまま、顔だけゆっくりと振り向いた。
「なに!?」
一難去って、また一難……。
大きな口をあんぐりと開けて、゛捕食者゛が一体、背後にいた。
「クソッ!」
とっさに空中――ほとんど゛捕食者゛口の中――を蹴り、誠次は大きな口に呑み込まれる寸前でかわす。
篠上のエンチャントが無ければ、間違えなく飲み込まれて即死だった……。
誠次は空中で身体を制御し、逆さに空を蹴った後、立ち尽くす奥羽の真横に着地する。
「……私怖いんで、逃げても良いですか?」
頬をポリポリとかく仕草をして、わざとらしく奥羽は笑う。
「――それとも、今だったらテロリストの私を殺せますが?」
試すような姿勢で奥羽は、誠次を窺った。
黒くずんぐりとした身体をさざめかせる゛捕食者゛と、奥羽を交互に見た誠次は、
「早く逃げろ!」
「ありがとうございます。受けた恩は忘れませんよ」
奥羽は頭を下げ、木々の間の闇の中へと消えて行った。
(ここで捕まえられなかったのは悔しいが、やはり今は香月と篠上の安全が第一だ……!)
香月が捕えられている日本アルプス科学館は、立ち塞がる゛捕食者゛のさらに先の方角だ。
よって、゛捕食者゛を越えなくてはならない。
「篠上……平気か?」
「う、うん……」
「アイツを突破する。怖いかもしれないけど、もう少しだ。掴ってろ!」
首元に回された篠上の腕の力が強くなり、誠次も小さく息を吐いて気合を入れる。
そして階段でも在るかのように空を駆け上がり、誠次は゛捕食者゛の真上に飛び出した。
「来た……っ!」
篠上が下を見て、小さく叫ぶ。
誠次が見れば゛捕食者゛の背にある触手が一斉に飛び出し、上空のこちらまで掴みかかるように伸びて来ていた。
「いや……っ」
篠上もそれを見てしまってか、胸元に顔を埋めて来た。
「任せろ――!」
誠次は空中で一回転しながら膝を曲げ、逆さになった身体の足で夜空を蹴った。
目の前に広がるのは、獲物を捕らえようとする゛捕食者゛の触手たちと――地面。
落下しながら剣で無数の黒い触手を寸断しながら、誠次は地面とすれ違い様にもう一度足場を作って低高度を旋回。そのまま゛捕食者゛の胴体を切り抜けた。
「すごい……゛捕食者゛を……斬ってる……」
その力を与えてくれた篠上が、ぼそりと呟いた。
誠次は地面に着地すると、すぐさま゛捕食者゛に向き直り、平らな頭部を剣で真っ二つに斬り裂く。
頭部を両手で押さえ、ドラ声を上げた゛捕食者゛を置き去りに、誠次は走り出していた。
「振り切れるはずだ……!」
空中に次々と足場を作って空に立った誠次は、日本アルプス科学館のある方を睨んでいた。
「また来てる!?」
篠上の悲鳴交じりの声が、゛捕食者゛の黒い腕の接近を誠次に知らせていた。
空中まで伸びて来たのは人の手のような触手。……敵の新手だった。
「協力してる……!?」
誠次は剣を振り、迫って来た触手を切り伏せる。
初戦の時もそうであったが、奴らには協力して獲物を狩ると言ったある程度の知能があるらしい。
これ以上戦闘を続けても、不利なのはこちらだ。
誠次は空中を蹴りつけ、日本アルプス科学館の前まで一息で着地する。
「よし……。怪我は無いか?」
誠次が尋ねると、篠上は火照った顔で見つめてきていた。限りなく、近い距離だ。
「大丈夫……。怖かったけど……その……」
「そろそろ降りてくれると助かる……。女子にこんなこと言うのもアレだけど……重い」
「わっ、ご、ごめんなさい!」
火照っていた顔を違う意味合いで赤くして、篠上は誠次の首をがっちりと組んでいた腕を離す。
立ち上がりはした篠上だが、なにかを期待するような輝く青い瞳が、真っ直ぐに誠次を見ていた。
「セイジ……。香月さんが、この中に」
「ああ!」
剣に纏う赤い光は、もうそろそろ消える頃合いだ。
゛捕食者゛も追って来るはずなので、誠次は篠上の手をとる。
しっかりと内側から施錠し、中へと進んで行くと、外には無かった星が、輝いていた。




