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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
赤の付加魔法
36/211

 圧巻だ。

 無数の星々が、暗い夜の空できらめいていた。黒の背景に散りばめられた光が線を結んで形を作り、星座が浮かんでは消えていく。どこまでも続きそうな闇の果てに、星は生きているかのように鮮明な光を放つ。

 空へと吸い込まれてしまいそうで、天を見上げていた誠次せいじは息を呑んだ――。


「――作り物ね」

「名残惜しい事を言うなよ……」

「事実よ」


 隣の席に座る香月こうづきの冷めた声が、これはプラネタリウムだったなと、思い出させていた。

 例え作り物でも、初めて見るような夜空の光景に感動している様子の志藤しどうを含めた他の班員たちを尻目に、香月はとてもつまらなそうだった。

 現在は、コテージに併設されている゛日本アルプス科学館゛の中にて、一学年生全員揃って始まったプラネタリウム見学の最中だ。館オリジナルである、星の擬人化キャラクターなるものが最新のホログラフィックで浮かんでは、輝く星の間を泳いでいく。そこからは、音声でそれぞれ星の説明がされていた。

 球形を半分に切ったようなのドームの中なので、座席と言う障害物が無ければ、地平線の彼方にまで星が続いているようには見える。


「こんなのを見て何が楽しいのか……私には分からないわ」


 嫌悪感を示し、香月はぼそりと言っていた。――はしゃぐ周りのクラスメイトたちには聴こえないような小声であったのは、香月なりの配慮か。


「プラネタリウム、香月は面白くないか?」


 誠次はその配慮に同調し、皆に聴こえないよう小声で会話をする。


「私はね。周りのみんなは楽しそうだけど……」


 あくまで作り物の星を嫌う香月は周囲を見渡し、複雑そうな表情を見せていた。


「あなたはどう? 好き?」


 興味を失くしたプラネタリウムから視線を背け、香月は探るような視線で誠次を見上げていた。

 紫色の視線を受けた誠次は、


「好きって……。……どうだろうな」


 プラネタリウムを好きかどうかと訊かれても、返答に困るものであった。

 誠次はあごに手を添え、考える仕草をしていた。


「綺麗だと思う」

「ハッキリと私を見て言ってるけど……」


 香月はくすりと、仄暗ほのぐらい中で笑っていた。


「――星っ! 話の流れで星のことだ!」


 夜のように静寂な空気の中で、誠次は思わず声を荒げてしまった。同時に、周囲からの冷たい視線を味わう。


「……っ」 


 そして誠次は、続く言葉を失っていた。

 確かに、魅惑的な笑顔を浮べる端正な顔立ちと、線の細い身体の背後には無数の星が広がり、合わせて視界に入れればそれは反則級の美しさだ。

 平然を気取ろうとしても、美しいものを見た心臓の妙な高鳴りは抑えられなかった。

 

「そう……」


 暗い所為せいで、視線を落としていた香月の表情はうかがい知れないものだった。

 

「――突然ですが問題です! 月は月でも食べられない月はなんでしょう?」


 後ろの座席から本城ほんじょうが、こちらと香月の座席まで身を乗りだして来ていた。

 本城を見上げる香月は、一瞬だけ身じろぎしていた。


「食べられない月……?」


 真剣に考える誠次と、香月。視線が合い、お互いに首を傾げていた。

 一方で、答をわくわくと楽しみに待っている本城。


「……っ」


 篠上しのかみが、本城の隣でなにかを言いたそうにムズムズとしている。

 誠次は誠次で、本城が出した難問に苦戦していた。

 食べられない月、とはいったい?


「分からないな……」


 誠次は降参していた。 

 

「分かりませんか?」

「う……っ。月見草つきみそうバーガーは美味しいのだけど……」


 にっこり笑顔の本城の言葉に本気で悔しそうに、香月はピンク色の唇を噛み締めていた。

 月見草バーガー。都内でよく見かけるバーガーショップの人気メニューだ。目玉焼きと野菜たっぷりの美味しさも去ることながら、リーズナブルな値段で確かに人気の一品だ。

 ――だが。 


「よく知ってたな香月……」

「月見草バーガー……? なんでしょうか?」


 本城ははて、とぽかんとしている。

 どうやら本当に知らないようであったので、生粋きっすいのお嬢様なのだろうか。


「知らないのか本城?」

「はい。名前はあまり美味しそうじゃな――」

「美味しいわよ。絶妙に」


 香月は鼻でも鳴らしそうな勢いで、本城の言葉に続けて断言した。気の所為せいか、それともプラネタリウムの星の所為か、瞳がキラキラしているようだ。


「――でしたら今度一緒に行きましょう! 天瀬くんと綾奈あやなちゃんも一緒に、ね?」


 本城は笑顔で香月を見ていた。


「!?」


 香月と篠上が共に驚く。――一応誠次も、二人とは比べものにならないくらい小さくだが驚いていた。

 香月のそれと比べればあやしげに光った本城の瞳は、試しにと篠上を見ていた。

 

「じ、上等よ……。私は知ってるけど食べてないだけだから、いつか行きたいと思っていただけだから。千尋ちひろにも付き合ってもらうんだから……!」


 まくし立てるようにして篠上は言った。


「え!? は、はいぃ……」


 本城からすれば、篠上による予想外の反撃であったことだろう。

 すぐさま萎縮して、助けを求めるように視線を泳がせていた。

 篠上は顔こそ赤いものの、勝ち誇ったような表情を浮べていた。

 

「なんだこの戦い……」


 誠次がツッコんでいると、


「アンタと……香月ちゃんもね!」


 勢いそのままに、篠上は誠次の座席を掴んで身を乗りだして来た。

 それを見た香月は、


「月見草バーガーの美味しさを教える為ならば、遠慮はしないわ。……天瀬あませくんの奢りで……」

「今最後なんか聞こえたぞ!?」

「楽しみだわ」

  

 誠次のツッコミに香月は取り合わず、涼しい顔をしていた。

 気づけば、プラネタリウムのプログラムも終盤を迎えていた。


「それはそうと、なぞなぞの答はなんだったんだ?」


 誠次は椅子に深く座り直し、本城に向けて顔を上げた。

 すっかり忘れていたようで本城は、思い出したかのようににっこりと笑って、手をぽんと叩いていた。


「あっ。答は香月ちゃんでした! 柔らかそうでとても美味しそうですけど、食べられません!」

「……」

「こ、香月ちゃん……。目が、目が怖いです……」

「……」


 それを聞いた香月はさらに本城をきつく睨んでいた。ある意味、香月にしては珍しく感情の篭った目だ。

 

「千尋……。その前にずっと言いたかったんだけど、月ってそもそも食べられないよ……?」


 冷静に篠上が指摘していた。


「そう言えばそうだな……」

 

 誠次もついつい本気になって考えてしまっていた。が、根本的に考えればなんとも低レベルな。

 同じく指摘されて気づいた本城はあっ、とした表情を浮べている。

 

「――甘いわ篠上さん」


 ――だが、香月は違った。


「え?」


 篠上が少し驚いている。


「月が地球に食われる瞬間がある。それを人はこう言う……皆既月食と」


 香月渾身のドヤ顔が、三名に炸裂していた。


「「「あ……」」」

「ふふ」


 勝ったわ、とでも香月は言いたげで。

 誠次たち三人は、えもいわれぬ敗北感を味わっていた……。


               ※


 午後から始まっていたプラネタリウム観賞が終わり、これにて林間学校における学園の行事は終わった。時刻にして午後四時頃となり、緑の山々にだいだい色の光が射し込んでいた。

 ヴィザリウス魔法学園の生徒たちは、今夜寝泊まる部屋に男子女子別に集まっていた。部屋と言ってもコテージの大宴会場を丸ごと使用し、そこに布団を敷いただけの、言ってしまえば保育園のお昼寝前のような光景だ。


「しっかし、見事に山の中って感じがしねえな、ここは」

「程よく疲れたし、今夜はいい夢見られそうだな」


 志藤と帳。電子タブレットでゲームを互いにしているのは、今風の光景だ。

 しばらくの談笑の後――。


「……お、おい帷。な、なんか聞こえないか?」


 笑っていた顔を瞬時に硬くし、志藤が怯える素振りをしていた。ドスドスと重い足音が大広間に、近付いて来ているのだ。


「確かにな……」


 帳も険しい表情で周囲をきょろきょろと。


「なんだなんだ?」

「凄い音だな……」

「怖くね?」


 大広間でそれぞれの時間を過ごしていた男子生徒たちも、顔を見合わせていた。

 ――そして。


「――男子生徒諸君! 待ちに待った入浴の時間だッ!」


 部屋のふすまが豪快に開けられ、飛び出して来たのはなんと、ダニエル保険医だった。引率として、来ていたのか。

 その姿は、鋼鉄の肉体と称すべき上半身をむき出しに、下半身はなんとふんどし一丁だ。


「さあ……くぞッ!」


 ふすまとふすまの間で仁王立ちし、男子生徒たちに向け、無駄に響く声を出す。


「と、通りたくねぇ……っ! っつか、はたから見たら絶対不審者だぞアレ!」


 その雄姿を見た志藤が上ずった声を出していた。


「ふんどしが風になびいて……ヤバいぞ……」


 帳があごに手を添え、うんうんと言う。


「そっちに意識を集中させるなっての!」

 

 志藤が頭に手を添えて、悩ましげに言う。

 男子生徒たちが(気乗りしない様子で)立ち上がる光景を見ていたダニエルは、どこか満足気に頷いていた。

 ――しかし。


「ム!? 天瀬誠次あませせいじ君ではないか!?」


 お目当てのお宝でも見つけたように、ダニエルは目を輝かせていた。

 

「倒れているぞ!? どうしたのだ!?」


 ほりの深いダニエルの目元の視線の先にいたのは、志藤と帳と、眠っている天瀬誠次あませせいじだった。


「いや寝てるんスよ……」


 硬直する志藤と帳のすぐ近くで、誠次はすやすやと寝息を立てている。プラネタリウム見学が終わってすぐ、溜まりに溜まった眠気に、誠次は負けていた。

 誠次は私服姿のままだったが、そばにある漆黒の剣が一見近寄りがたい雰囲気を醸し出してしまっている。


「この無垢むくなる表情……。起こすのは手が引ける……!」


 それでもダニエルは気にせず、誠次の前で鼻息を荒くした。

 二人の男子生徒は、それに純粋なる恐怖を感じていた。


「た、確かに幸せそうな表情はしてますが……」


 帳はどうしたものかと、自分の髪をかいていた。

 

「ウム。ならば吾輩に任せたまえ、風呂に入れてやろう」

「「……えっ」」


 志藤と帳は二人して絶句する。


「君たちも私と一緒に入るかね?」

 

 首を傾げてダニエルは訊いていた。


「いいっスっ!」

「はっはっは……」


 志藤と帳は全力で首を横に振る。


「そうか……」 


 ダニエルは、残念そうに肩を竦めた。そしてその強靭な肉体で、次の瞬間には寝ている誠次をお姫様抱っこしていた。

 他の生徒たちが唖然あぜんとなって見守る中、ダニエルは誠次を抱えて悠々と歩いて行く。


「悪い天瀬……どうしようもねえ……!」

「フォト撮っておこうかな」


 なぜか楽しげな帳。


「止めといてやれ……。俺らも風呂入ろうぜ」 


 やれやれと志藤は帳を促してから、電子タブレットの電源を落として自分も立ち上がる。

 ちらと窓の外を見れば、山と山の間に、日が刻々と沈んでいく光景があった。

 ちなみに誠次の゛危機゛は、担任のはやしが誠次を背負うダニエルを見つけて阻止していた。それでも誠次は起きなかったあたり、よほど日頃の疲れが溜まっていたのだろう。

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