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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
赤の付加魔法
33/211

6 ☆

 昼飯となるカレー作りが、コテージに到着した班ごとに始まった。

 見渡す限り緑の木々の中、誠次せいじは重たいまきを手に、山中さんちゅうひらけた平坦道を歩いていた。結局空気に味はしなかったが、木の葉を揺らしてそよぐ風は、汗ばんだ身体には気持ちが良かった。


「ここか」


 山のコテージのすぐ近く、誠次はキャンプ地となっているひらけて平坦な広場に薪を運んでいた。燃やされるだけに存在していると断言してもいい薪は、やはり燃やされる運命のようだ。

 ――魔法によって。


「いやー重かったー」


 どさっと音を立てながら、志藤しどうが目の前で薪を降ろしていた。


「そりゃよっと」 


 とばりも抱えていた薪を無造作に落として、照りつける陽射しの下、汗を拭う。キャンプのさまには成っており、首にかけたタオルが無性に似合っている。

 そして、一通り薪を運び終えた男子三人とも、ふうと大きく息をつく。


「そう言えば不思議なんだけど、物体浮遊の汎用魔法はんようまほうを使えば良かったんじゃないか? 楽だろうに」

 

 チューブの水を呑んでいた誠次は、きょとんとしていた。

 ここまでですれ違った他の魔法生まほうせいたちも、みんな険しい表情で愚痴をこぼしながら、手で持って薪を運んでいたのを不思議に思っていたのだ。

 そんな質問をする誠次を見た志藤と帳は、顔を見合わせてから、


「天瀬でも魔法学まほうがくで分からないところがあったんだな」


 帳がニヤニヤと、楽しげに言う。


「簡単そうに見えるかも知んねーけど結構難しいんだぜ、物体浮遊。常時魔素マナを放出しなくちゃなんねーし、それこそスタミナ持ってかれるって。なにより物運ぶには、浮かした後さらに物体を移動する方の魔法式まほうしきも組み込まなくちゃなんねーってわけ」

「なるほど……」


 ジェスチャーを交えて説明をする志藤の前、知識が増えた誠次は、感心するように頷いていた。

 つまるところは二つの魔法を同時に操作しないといけない、と言うことか。

 香月こうづきはそれを何食わぬ顔でやっている辺り、やはり魔法の才が優れている証なんだろう。今日はやっていないが。おそらく、山登ることで精一杯の本人のスタミナ不足の所為せいである。


「知らなかったな」


 この魔法世界には、まだまだ分からないことが多くあるものだ。

 誠次が感慨深く頷いていると、


「まあ、はやし先生の言葉をパクっただけだけどよ」


 志藤は軽く笑みを浮かべて、言葉を返してきた。


「そうだ」


 誠次は思い出した、とズボンのポケットに手を突っ込む。


「ん? なんだそれ」


 誠次がポケットから取り出したとある物を見た帳が、首を傾げていた。


「なにって、缶だ」


 誠次はきゅぽっと缶の蓋を外し、ふりふりとそれを振る。


「何やってんの、お前……」


 志藤がジト目で誠次を見る。


「何って、見ればわかるだろ? 長野県の南アルプスの空気を入れてる」

「甲子園の高校球児かっ! 奇行に走ったかと思ったぞ!」

「八ノ夜さんに頼まれたんだ」

「使用用途が迷子だぞ……」 


 志藤と帳のツッコみを受けつつ、誠次は缶のふたを閉じた。

 周囲はわいわいがやがやと騒がしいキャンプ場に、はやしがやって来たのは会話がひと段落した直後のことだ。


「よし注目ー」

 

 半袖のシャツにジーンズ姿と、林はラフな格好だ。

 

「今から火属性の攻撃魔法と、風属性を組み込んだ汎用魔法で火を制御してもらう」


 良く通る林の声が、一学年生たちのお喋りを一瞬で止めていた。初の課外学習と言うこともあってか、羽を伸ばしたい心の底では、やはり緊張の二文字が新人魔法生たちには残っているようだ。

 一応魔法生として例外なく誠次も、真剣な表情で林の言葉を聞いていた。


 案の定と言うべきか、見事なまでに魔法を使った火おこしであった。

 まずは、極限まで弱めた威力である火属性の下位攻撃魔法を、新聞紙に向けて放つ。すなわち、着火である。


「頑張れ、帷」


 誠次が念を送る。

 誠次たちの班では、帳がまずその着火作業とやらをすることとなった。


「おう……。いくぜ」 


 誠次と志藤が見守る中、石で造られたかまどに向けて、帳が火属性の魔法式まほうしきを展開していた。自然が多い中で、魔法の火を扱うのは危険であると思ったが、あらかじめかまどには先生方により妨害ジャミング魔法の術式が組み込まれていた。

 これにより、文字通りオーバーヒートはしないようになっている。

 ――だが、それでも。

 真剣な表情で魔法式を操作する帷を見れば、誠次も微かに緊張し、ごくりと息を呑んでいた。


「――うおっ!?」


 帳のくぐもった声。そしてかまどの中から聴こえた、小さな破裂音。

 次の瞬間に帷は、展開していた魔法式を慌てて解除していた。


「み、見事にまる焦げだな……」


 志藤が浮ついた声で言う。

 三人の視線の先には、一瞬で燃え尽きた黒い灰の塊が。ぶしゅうーと、何かが燃えている音がしている。


「「「はは……」」」


 三人とも引きつった笑みで、新聞紙の残骸を見つめていた。


「まあなんだ……。難しいな……」


 帳が短めの髪をポリポリとかきながら言っていた。

 

「ま、まあ次は俺の番な」


 続いて志藤が前に進み出た。

 火に送る風を発動させる、汎用魔法はんようまほうを発動させるためだった。

 志藤は真顔となり、自分の目の前に白い魔法式を展開する。

 ――直後。


「うわやっべ!」


 発生したのは微風ではなく、突風。

 凄まじい風に誠次と帳が顔を伏せたのも一瞬、志藤が起こした魔法の風は、かまどの薪を豪快に吹き飛ばしていた。

 風にあおられ巻き上がった薪。それを見上げ、それが無情に辺りに落ちて行くさまをしかと見届ける三名。

 ――カラン、カラン。


「「「……」」」


 せっかく運んだのに、容赦なく辺りに散乱する薪。しばし、気まずく無言となる誠次と志藤と帷。


「お前らなに仲よく盛大にやらかしてんだ……」


 一部始終を見ていたのだろう、林がやれやれと、こちらまで来ていた。

 周りの生徒も悪戦苦闘はしているが、薪をまき散らすまで盛大にやらかすことはしていなかった。

 ある意味、志藤が凄いと言えば凄いことになる。


「煙草に火をつけるようにやるんだ」

「その例え、未成年には分からないっス……」


 薪を手で拾い集めながら、志藤が苦笑いで言う。

 林も散乱した薪を拾うのを、手伝ってくれてはいた。


「普通に火をおこした方が早いんじゃないですかね?」


 薪を脇に抱え、帳が林に尋ねていた。


「本末転倒だな。魔法学園の課外授業なのに魔法使わないでどうすんだ。魔法の威力調整は難しいんだぜ。事実、これだからな」


 肩を竦めて林は、いまだに散乱している薪を、仕方ねえなと言わんばかりに眺める。  

 この状況を見れば、林の言う通りであった。


「おっ、そうだ剣術士。お前にはこれだ」


 思い出したかのようにどこから取り出したのか、誠次は林にうちわと白いタオルを手渡された。


「……何ですかこのセットは……」


 誠次は警戒心満々の表情で、それを見る。


「火おこしセットだ。もしかしたら使うかもしれんぞー? ほれあおげ扇げ」


 ニカッと笑いながら、林は火おこしセットとやらを押し付けて来た。


「俺は今まさにあおられていますが……」


 誠次は戦慄せんりつしたまま、二つのセットを受け取っていた。周りのみんなはスタイリッシュに魔法を使っていると言うのに、このままでは完全に屋台のオヤジの風貌になってしまうのだ。


「よーし。諦めずに再チャレンジだ」


 林監修の元、再びくべられた薪に向けて、志藤と帳が魔法式を展開していた。

 誠次は気難しい表情で、二人の同級生が頑張る姿を見ていた。

 

「しっかしここはむさ苦しいな……。女子はどうした女子は?」


 滲んでいる汗を拭いつつ、林が辺りを見渡していた。

 確かに周りは、全ての班ではないものの、男子女子万遍なく混ざってきゃっきゃうふふと楽しげに魔法式を展開したりしている。

 中には女子だけが火おこしをしていると言った、少々目を引く班もあった。


「お前らの班は最高だと思うんだがな? 可愛いの揃えただろ?」


 にしし、と下種げすな笑い声をだす林。


「班での役割分担は、篠上さんに一任しています」


 言いながら誠次は、自分の言葉に微かな違和感を感じていた。

 「丸投げ」と言う言葉を「一任」と言う響きが良い感じで纏めたのが、理由ではない。

 篠上によって決められたカレー作りでの担当分けだが、彼女が香月こうづきと一緒に行動するメリットがないはずだ。自分で好きに選べたはずなのに、なぜ篠上は香月と一緒のグループで行動することを決めたのだろうか。

 とても良好な関係とは言えないはずだからだ。  


「もっと落ち着けって志藤。俺も頑張るけどよ」


 誠次の目の前。

 難しい顔をしている志藤に、帳が毒気のないアドバイスを送っていた。

 帳だったら、香月と入れ替えても大丈夫だろうとは思うのだが。

 

「志藤には悪いが、俺と志藤はな……」


 女性の扱いに関しては、林間学校前で晒した醜態が全てを物語っていた。


「1-Aの班分けは、林先生が決めたんですよね?」


 同級生たちが魔法を使って火をおこす光景を、どこか遠くを見るように眺めながら、誠次は林に訊いていた。


「これちょームズいんですけど!」

「おい俺の服に火をつけるな!」

「きゃあ!」


 目の前で火おこしに苦戦するクラスメイトたちの姿を見れば、魔法などが便利なものだとは、とても言い切れないものであった。

 それこそ火おこしのすべなど、魔法なんか無い原始時代から人が知恵を絞った結果、あるものだと言うのに――。


「そうだぜ」


 横に立つ林も、誠次と同じように、自然広がる光景の中で悪戦苦闘する生徒たちを眺めていた。


「仲良さそうな組み合わせだ」


 敢えて、言われてしまったような気が誠次はした。

  

「篠上さんと、自分と香月さんを一緒の班にさせたのは何か意図があってのことですか?」

「意図? 別にお前ら教室で仲良さそうだったし、それを見て一緒の班にしただけだが」


 一体どこがでしょうか、などと言いたくなった口を誠次は寸でのところでつぐんだ。


「しかしお前……香月の保護者かなんかか? 香月の名前を出すとは……」


 ほぼ無意識であったことに、誠次は自分でも驚いていた。


「い、いや、香月さんにはちゃんと親いますし……」

「親いるのか!?」


 びっくり仰天したように、素で驚く林に、


「アンタやっぱ最低だ!」 

 

 誠次は声を荒げていた。

 いまだに信じられないと言った表情の林は、悪い悪いと髪をかきながらも、


「いやぁあんな危なっかしい感じだと、てっきりいないと思ってな」


 確かにもうこの世にはいないことには、変わりがないのだろうが。

 ゛捕食者イーター゛孤児。深い事情であるはずなので、林に本当のことを話すべきかどうかは迷うものだ。


「……」


 誠次は視線を落とし、かまどの方をじっと見つめていた。 


「本当にいるんだったら、親の顔は見てみたいかもな」


 林がぼそりと呟いていた。

 香月の里親である東馬仁とうまじん。林より年齢は年上だが、年下に見えるはずなので、なんとも言えない気分を味わうだろうなと、誠次は予想する。


「うっしゃ! 火完成!」 


 志藤の歓喜の声が響き、今は山の中のキャンプ場にいたんだったなと、誠次に思い出させていた。


「よし! やったな!」


 帳も安心したかのように大きく息をつき、志藤とぱちんと手を合わせていた。

 見れば、薪にゆらゆらと、綺麗なオレンジ色の火がついていた。


「――ってすまない志藤、帷! 俺なんもやってないな……」


 気落ちして頭を下げる誠次。


「いや。どうやらこれから大仕事のようだぜ……?」


 汗を腕で払いつつ、帳が遠くをのぞんで言っていた。


「仕事?」


 よく意味が分からず、誠次は帳と同じ方角を見た。


「あっ、いました!」


 見れば、カレーの具材準備を担当していたはずの本城ほんじょうが、切羽詰まった様子でこちらまで走って来ている。


「大変です! 綾奈あやなちゃんと香月さんが――!」



挿絵(By みてみん)

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