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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
赤の付加魔法
32/211

 バスに揺られたこと、三時間。

 ヴィザリウス魔法学園の生徒たちを乗せたバスは、長野県は日本アルプス山脈の山のふもとにある駐車場に到着した。


「やっと……着いた……」


 座席に背中を預け、色白な額に僅かながらも汗を滲ませていた香月こうづきは、安心したように息をついていた。

 窓の外に広がる風景は都会と打って変わり、晴天の真下に広がる雄大な山景色。青の下に起伏豊かな緑が一面と広がっている。ここで漠然ばくぜんとした感想を述べるとしたら、空気が美味しそう、だ。


『忘れ物に注意してね。ごみは必ず持ってから降りてね』


 すっかりバスガイド姿が型にはまった向原むかいはらの指示のもと、バスからのそのそと降りて行く魔法生まほうせいたち。あくびをしたり、伸びをしたりしている。


「着いた、か」


 誠次せいじも首の骨をこきこきと鳴らし、伸びをしていた。結局眠れなかったが、不思議と目は冴えていた。

 

「勝った……」


 ずっと゛なにか゛と戦っていたらしく、座席に深く座ったまま、誠次の隣の香月は呟いていた。


「お、お疲れ様……」


 一足先に立ち上がった誠次は手を差し出し、荒く呼吸をしている香月の身体を立たせてやった。

 香月はむっつりとした顔で、「……ありがとう」と小さく言ってきた。


「大したことじゃない」


 先に香月を通してやり、誠次が自分の荷物を纏めていたところであった。


「っく……!」 


 すぐ後ろで、篠上がなにかやっている。

 身体が背中で当たりそうになっていたので、誠次は身体を避けながら篠上の方を見た。


「んっ! このっ!」


 篠上は必死に背を伸ばし、なにやら荷台に積んだ荷物を取ろうとしている。

 篠上の身長は別に低い方ではないが、どうやら奥の方に荷物をやってしまったらしい。


「必死だな……。ほれ、魔法を使うのじゃ魔法を」


 誠次が大人しくアドバイス(?)を送る。

 すると見られていたことが恥ずかしかったのか篠上はきっ、と顔を赤くして、誠次の方を向いた。


「こんなところで魔法使えないわよ! 私より頭良いくせにそんなことも分からないわけ!?」


 篠上は噛み付くように怒鳴って来た。


「めっちゃ根に持たれてた!? ごめんごめん……」 


 誠次は平謝りを返す。


「ほら」 


 お詫びと言ってはなんだが、誠次はつま先足立ちで、奥の方に行ってしまっていた大きなリュックを取ってやった。


「あ……ありが、とう」


 篠上はぎこちなく、礼を言ってくる。


「構わない。一緒に頑張ろう」

「う、うん……」


 篠上の素直な謝意をドライに受け取りつつ、誠次は再び自分の荷物を纏め始めていた。


「あの篠上がありがとう、か……」


 らしくなかった篠上の言葉により、少しだけいたたまれない気分を味わっていたのは誠次だ。

 ――だからだったのかもしれない。誠次はぽろりと、荷物を持つ手を滑らしてしまった。


「お、おいおい……」


 せっかく纏め上げた荷物を落としてしまい、ただでさえ多めに持って来ていた荷物を床に散乱させてしまっていた。

 落ちる瞬間はじっと見たのだが、咄嗟とっさに身体は反応しないもので。


「な、なにあれくらいで動揺してるんだ……。落ち着け俺……」


 誠次は髪をかいて、散乱した持ち物の回収をしゃがんで行う。

 ふと、すぐ近くで差し伸ばされた誰かの手と手が触れた。

 細長い指と、程良く手入れがしてあるつめだ。


「手伝います」

「あ、本城」


 柔らかく優しい感触に驚いたのも少々、しゃがんでいた誠次の目の前で、本城千尋ほんじょうちひろが同じく腰を降ろし、散乱した持ち物を集めてくれていた。

 ふんわりと、甘いかおりがしていた。


「はい、どうぞ。すごい量の荷物ですね」

「まあな。備えあれば憂いなしだ」

「天瀬くんと一緒にいれば、もしもの時にもどうにかなりそうですね」


 本城はいつも通りの屈託のない笑顔であった。と言うより、もう笑顔が素の表情じゃないかと思うようになって来た。 


「ありがとう本城。助かった」


 荷物を拾い終わり、誠次は本城に頭を小さく下げる。


「いえいえ。みんな集まってますから、急ぎましょう、ね」


 本城は片目でウインクをする。出来すぎたお嬢様、と言う言葉が脳裏を過り、思わず誠次は骨抜きにされそうな気分だった。

 友人として篠上が守りたくなるのも当然か、とも思えた。


「うしお前ら並べ。俺様を中心に記念写真だ」

 

 今日も遠慮しない林のお言葉。

 誠次と本城の二人が最後にバスを降り、集合した1-Aの面々は一泊二日をお世話になる山を背に記念写真を撮る。


「きっ……!」

「あのなぁっ!」


 整列の際、篠上にどぎつい視線で睨まれたが、荷物を落として拾うのを手伝ってもらった、と誠次は釈明しゃくめいしておいた。

 そして写真撮影の後、クラスの班ごとに集合する。

 これより、班行動開始である。


 ――三十分ほどの登山の後、目的地であるコテージに誠次たちの班六人は到着した。

 コテージは、ゴールデンウィークにとばり小野寺おのでらと一緒に行ったリリック会館を彷彿とさせるような巨大さで、山の中のホテルのようだ。実に、およそ三百五十人ほどの一学年生生徒と、引率の教師たちが寝泊まりするには十分すぎる大きさで。


「到着ー。みんな大丈夫か?」


 六人班の先頭を歩いていた志藤が、コテージの前に着くなり振り向いていた。


「ハッハッハ。気分が良い!」 


 帳が楽勝だったぜとでも言いそうな笑顔で、応じる。実際二人の運動神経は高く、息も上がっていないようだ。

 

「まだ他のクラスの班も少ねぇし、俺ら結構早かったんじゃね?」

「と言うより、俺たちがAクラの中でトップだろ。一等賞はなんだろうな?」

「いやねーよ……」

「ち、ちょっと、二人とも早すぎだってば……」


 志藤と帳の会話の途中、疲れた様子で篠上が割って入る。

 その後ろから本城は、


「可愛いお花が沢山ありましたっ」


 疲れているのを隠そうとしているのがバレバレであったが、それでも本城は笑顔を見せる。


「つ、疲れた……。吐きそう……っ」


 そしてぜえぜえと息を出して誠次が、同じく肩で息をする香月と共に追いついた。

 誠次は香月の荷物を持っていた。


「なんで……魔法を使わないんだ……。吐きそう……っ」


 誠次は片手で口元を抑えながら、肩で息をつく。

 物体浮遊の汎用魔法はんようまほうを使えば簡単だと思うが。そしてそれは、香月のお家芸と言うイメージがある。


「なんでもかんでも、魔法に頼るのは、良くないと思うの」

「その考えは大いに尊重できる。でも俺をこき使うのは……。吐きそう……っ」

「……いっそのこと吐けば?」

「女子高生。夢を壊すような゛はかない゛事を、言うなよな……」


 あごの汗を拭いながら、香月をちらっと見る、誠次。どうです? 今の、と。


「……」


 笑わない、香月。

 

「荷物、返します……。色々とごめんなさい」


 言いながら誠次は、膝に手をついて苦しそうに呼吸をしている香月を見ていた。


「……許す、わ……」


 香月は大きく息を吐いていた。

 香月にスタミナは無きに等しく、登山に苦戦していたのを誠次が発見、荷物を持ってやっていた。

 薄々感付いていたが、魔法以外駄目なだった香月。 


「まあ怪我もないみたいだし、無事到着ってことで」


 香月に荷物を返してやり、誠次も大きく深呼吸をしていた。

 ちなみにだが都会と山とで、空気の味の違いは分からなかった。と言うよりまず、味がしない。   

 そして、どこか不満そうな表情をしていた篠上が「スケジュールに余裕はないわ」と言っていた。


「――香月さんも、自分の仕事はしっかりとやって頂戴」


 篠上は冷たい目線で、香月を見やっていた。   


「……ええ」


 香月は短く、頷いた。


「二人とも……」


 本城がはらはらとしながら、二人を交互に見る。

 二人の間に、確かにある、溝。お互いがお互いを信じておらず、お互いがお互いをとの関わり合いを避けている。

 その理由は、今の誠次には、分からなかった。

 爽やかな風が吹く日本アルプス。 

 前途多難な予感がしてならず、誠次は疲れた身体で息をついていた。


 一泊二日なので、当然着替えは必要なわけで。

 着替えの服やかさばる大きな荷物は登山にあたり、寝泊まるコテージに前もって運ばれていた。

 誠次は帳と一緒に、そんな荷物を今夜過ごす部屋へ運ぶため、コテージのロビーまで取りに来ていた。


「しっかし広いなー」


 豪華絢爛ごうかけんらんなロビーを眺め、帳が言う。


「日本アルプスによくこんなの建てられたな……。山の中にいるのを忘れそうだ」


 誠次も頷いていた。

 無造作に山積みされている荷物の中……、


「おいおい、随分練習熱心な弓道部がいるぞ……」


 誠次は見つけていた。

 弓道部員が放課後背中に背負っているような、細長く伸びた柔らかい素材の袋を。確か弓袋と言ったか。

 そう言えば篠上しのかみが弓道部だったのを無意味に思い出しつつ、誠次は指を指して示していた。周りが全て四角形のバックの中で、一つだけ細長い円形のものがあれば、目にはつくものだ。


「山に弓持って来るって凄いな」


 帳が自分の肩掛けエナメルバックを掛けながら、笑っていた。


「じゃらじゃらと二次元美少女の小さなフィギュアたちを見せつけるようにバックにぶら下げているのも、充分凄いと思うぞ……」


 帷のバッグをまじまじと見つめ、誠次は言う。クラスメイトの中にもオタクは他にもいるのだが、曰く、帳はこう言うところでレベルが違っていた。


「……っておい、天瀬……」

「ん?」

「これ、見覚えがあるんだが……」


 しゃがんでいた帳が、いつの間にかに弓袋を開けて中身を見ていた。


「帳……人の物勝手に見ちゃダメだろ……」


 弓なら見たことぐらいはある。

 誠次はとがめるようにして言ったが。


「いやこれ……゛お前のだ゛」


 ……。


「な、なに……!?」


 誠次は戸惑い、一歩、下がる。

 帳が弓袋に手を突っ込み「重た」と呟いたのも少々に、誠次は弓袋から出て来た自分の物を黒い瞳に映していた。


「お前の……剣、だよな……?」


 帳の言葉に誠次は一瞬、言葉を失った。


「なっ!? あ!?」


 帳の手に、すっかり見慣れた黒い柄が握られている。

 ――学園生活。嬉しい時も、悲しい時も、喜怒哀楽を共にしてきた心の友……。八ノ夜はちのやから貰った誠次の黒い剣が、弓袋の中から出て来ていた。

 ――いやいやいや。


「嘘、だろ……」

「随分練習熱心な剣術士だな」


 言葉を失う誠次に、帳が皮肉めいて、口角を軽く上げていた。

 記憶が確かならば、持っていく必要はないだろうと、今朝寮室に置いておいたはずである。


「たしか湖の乙女のところに封印したはずなんだが……」

「ハッハッハ。エクスカリバーかよ」


 実に帳らしいツッコミを受けたところで、誠次は後ろからの足音に気付く。

  

「湖の、乙女に――」


 ――思わず呟いていた。


「天瀬くんに帳くん。どうしたの?」


 呆然とする誠次と、帳のすぐ横、香月が素知らぬ顔で、自分の荷物を持ち出しに来ていた。


「剣送って来たの……香月か?」

「あなたの剣? 違うわ」


 軽そうな自分の荷物を持った香月は、驚いたように紫色の目を大きくしつつ、首を横に振っていた。 


「どうする気?」


 興味深げに剣を眺める香月に尋ねられた。


「どうするって……置いておくわけにはいかないだろ……」

「お、なんか出て来た」


 誠次が悩ましげに首を傾げていたその時、帳が袋の中からメモ帳を切りぬいた紙の一片を見つけていた。


「ほれ天瀬」

「ん?」


 誠次は帳から紙を受け取り、開いて見る。


【剣が……泣いている……。 ハチノヤ・ミサト】

「やかましい!」


 思わず紙を地面に叩きつけたい衝動を抑え、誠次は紙を握りつぶしていた。

 海外主張中じゃなかったのだろうかと思いつつ、誠次は弓袋ごと鞘に収まった剣を背負った。

 

「仕方が無い……。とりあえず部屋に置いとく」

「切っても切れない関係ね」


 あごに手を添え、ぼそり、と香月。


「ハッハッハ! 上手いな香月!」

「誰が上手いこと言えと……」

「……ふ」


 案の定香月は、上手いこと言ったでしょ、とでも言いたげで微かにドヤ顔であった。

 シュールな香月のギャグに苦笑いを返しつつ、誠次は重い腰を上げていた。

 ――しかし。


「ギャグセンス、香月に負けてたな……」

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