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――授業が終わり、休み時間。
「林間学校、楽しみだね」
配布された紙のしおりをはたはたと扇ぎながら、隣の席の桜庭が、唄いだしそうなほどにまで弾んだ声で言ってきた。
ちなみに棟内全ての箇所で冷房は普通に効いているので、別に暑くはない。ただ、少しじめっとしているので、無性に風が欲しくなるものだと本人は言っている。
「桜庭、さん……」
誠次は、そんな桜庭とは対照的にまたしてもどんよりとしていた。
「なっ……。い、いつか見たことがある、気落ちした天瀬だ……」
桜庭は「頑張れ頑張れ」と、こちらへ向け手で風をはたはたと送る。
誠次は悩ましげな表情で、項垂れる。
「魔法を使う課外学習だ。俺は、魔法が使えない……」
握りこぶしを机の上に乗せ、悔しく呻く誠次。
「そう言えば、そうだったね……。天瀬が魔法使えないの、ちょっと忘れてたな-……」
思い出したように桜庭は苦笑いしていた。
林間学校では、男女三人づつの六人での班で活動するそうだ。そして班はいつの間にかに、林によってあらかじめ決められていた。
班決めに於いての選考は、林曰く゛仲が良さそうかつ面倒事が起こらなそうな組み合わせ゛とのこと。
「それにしても、何でもかんでも先にぽんぽん決めるよな、あの人は」
「省エネ思考だって。なんか得意げに言ってたよ?」
「ただの面倒臭がりな性格を格好良く言っただけに聞こえるのは俺だけか?」
誠次の班は男子が志藤と帷。
女子のメンバーは篠上と本城と香月。
他の班の男子からは、1-Aの゛ルックス人気トップ組゛を攫ったとして少なくない妬みの目線を喰らったが、そんな問題は今更誠次にしてみれば小さなことである。――主に凶器所持による好奇の目の所為。
ただ問題は――。
「まあ俺らの班、俺と帳が頑張んねーとな~」
一つ前の席の志藤が、誠次の机に椅子ごともたれかかりながら一言、言ってくる。
口角を軽く上げて、おちょくるような目は誠次を見ていた。
「うぐっ」
魔法と関係した課外授業など、誠次には嫌な思い出しかなかった。
小中学と、悲惨な課外活動だった。どう足掻いたところで、魔法が使えない誠次が役に立つところなどありはしない。今回もおそらく、足手まといになるのは想像に難くないのであったのだ。
「こうなったら、病欠すると言うのはどうだろうか」
天下の最終手段に思え、誠次は指を立てて言う。
――この時までは。
「ダニエル先生に嘘つけるのか?」
今度は後ろの席の帷が、言ってくる。
「そう言えばだった……!」
誠次は髪をがしがしとかく。
誠次の頭に浮かぶのは悲しいかな、ダニエル・オカザキ氏の上半身裸の姿。――アンドモア、マッチョポーズ……。
普段の授業もだが寮生活の都合上、ダニエルによる診察で病欠出来るかどうかが決まるのだ。
「……俺、いよいよどうすればいいんだろうか……」
そのことを思い出した誠次は、肩を落とす。
「深刻そうだな。まあ冗談だって。気にすんなよ天瀬。構わないっての」
「ハッハッハ。同じくだ。一緒に頑張ろうぜ」
志藤が笑いかければ、後方の帳からも大きな笑い声がした。
「志藤、帷……。お前ら、最高だ」
誠次は黒くキラキラした眼差しを、二人の男子に向けた。
「お、おう……」
「返答に困るな……」
志藤と帳は、苦笑していた。
林間学校でなにをするかは、波沢からだいたい聞いていた。
舞台は長野県の山の中。魔法と自然の関わりをテーマとした、カレー作りだ。
一泊二日で、夜は山の豪華なコテージに泊まるらしい。
「でもちょっと待て。女子に篠上って、同じ班に学級委員二人って良いのか……?」
誠次が首を傾げる。
「私が思うに、天瀬と゛こうちゃん゛が二人一緒の班って時点で゛しのちゃん゛が必要だと思う」
妙に説得力があることを、くちびるに人差し指を添える桜庭が言ってきた。その表情は、どこか得意げだ。
しのちゃん改め篠上綾奈の学級委員としての手腕が高いことは、紛れもない事実であった。
――曰く、この魔法学園に於いて魔法が使えないクラスリーダーの分も、頑張ってくれている。初日の出会いや委員立候補理由こそ最悪そのものだったとしても、与えられた仕事はキッチリとこなす人物だ。
「まあ香月、篠上、本城の三人が同じ班ってのは、確かにラッキーだよな。退屈しないですみそうだぜ」
宝くじの大当たりに当選しましたと言わんばかりに、志藤は言う。
「そんなこと堂々と言っていると、クラス中の男子から殺気染みた目線で睨まれると思うぞ」
「あながち反論できないから性質が悪いな」
早死にしそうな友人の言葉を前に、今度は誠次と帳が苦笑いをしていた。
「志藤……。さすがに引く……」
桜庭がげんなりとした様子で、志藤を軽蔑していた。
「そ、そんな目で俺を見るなお前ら……」
実に、ゴールデンウィーク中の゛家庭の用事゛上がりに見せていた苦みのある苦労顔を、志藤はおよそ一か月ぶりに見せていた。
「って言うか、さっき天瀬も志藤と一緒に廊下眺めてたよね。あれって……」
「み、見られてた……」
桜庭の軽蔑の視線を受け、誠次もへたっと苦い顔をしていた。
林間学校の詳細が告げられたその日の放課後。
誠次は1-A学級委員として、各クラスの学級委員が集まる総会に参加していた。
一学年生の七クラスから学級委員である男女一名ずつ。計十四名の一学年生学級委員の一人として、参加だ。
総会の議題内容は、やはり林間学校についてであった。
学級委員として――クラスを纏めるリーダーとして――林間学校当日の行動を確認したところだ。
「……」
「……」
夕暮れ時の学科棟通路を歩くのは、誠次と篠上。両者取り立てて話題もなく、無言だ。
教室でも、委員会の仕事がある時はどちらかが短く声を掛け、「わかった」などのこれまた端折った言葉で返しては、仕事に向かう。
特徴的な赤髪をポニーテールで纏めており、パッチリとした青い瞳。遠目でも如実に分かるスタイルの良さにより、白の夏服姿はいっそう映えていた。
「お、テストの結果だ」
通路の端を眺め、唐突に誠次は呟いた。
四月と五月を跨いで行なった中間テストの結果だ。
それは棟の通路に゛浮かび上がっていた゛。
「ホントだ」
篠上も立ち止り、誠次と同じようにホログラム文字を見つめた。
電子機器によるホログラムの文字で、一学年生の゛座学テストの゛順位結果が、顔写真と共に浮かんでいる。
名前検索欄を手でタッチし、自然と自分の名前を探す誠次と篠上。
「見つけた。私一三位だ」
一学年生はだいたい三百五十人。篠上は充分、上位に組する位置だろう。
「フン。どうよ天瀬?」
渾身のドヤ顔で、篠上は誠次を見て来る。
「凄いじゃないか。俺は……」
篠上から上へ少し、誠次の総合順位はちょうど一〇位であった。
男子クラス別で見れば、1-Aは男子は夕島がトップ。次点が小野寺だ。
ちなみに女子は笠原と言う女子がトップ。次点が本城だ。
「よし」
結果に満足気に頷く誠次の横で、篠上は唖然としていた。
「あんたに……負けた……? 私もう、お嫁に……行けない……」
青い目が点を作り、わなわなと震えている。
「おいおい……。そんなにショックなのか?」
誠次はきょとんとしていた。
篠上はそんな誠次にいっそう腹を立てたようで、
「うームカつく……! 当たり前よ!」
半分泣き顔で、篠上は訴えて来る。
一言で言うと、篠上はプライドが高い性格だった。
中学校の時は、学校でもトップクラスの成績だったらしい。そして確かな見た目も相まって、彼女の友人である本城が言うには、男子からの人気も高かったそうだ。
「俺だって毎日遊んでいるわけじゃない。普段の授業を真面目に受けているだけだ。それに、自慢だけど俺は中学の頃はガリっガリのガリ勉だったからな?」
「じ、自慢ってあんた……」
「まあ十一月があります。俺に勝てるよう、頑張りましょう」
「その昔の先生みたいな口調、無性に腹立つんですけど……!」
篠上ははぁー、と大きくため息をすると、観念したかのように話しだした。
「林間学校、問題起こさないでよね?」
篠上の急な話題転換に、誠次は小さく驚く。
「どうせ俺は問題児だよ。この世界じゃ」
肩を竦めて誠次は言った。
いくら頑張ったところで、これなのだ……。
だからと言って、めげることはないが。
「ご、ごめん! どっちかって言うと……私は、香月さんの方が心配なんだけどね」
篠上は慌てて前を向きながら、こちらに視線を合わせては来なかった。
分かり易いフォローではあったのだが、無いよりはマシであった。
「なんだ、気にするなよ。それに、担任はクラスの親睦を深める為とか言ってた。これから仲良くなれれば良い」
「そんなこと良く覚えてるわね……」
誠次が何の気なしに言ったところ、篠上は少しぎこちなく言っていた。
「問題が起こらないようには努力する」
誠次は篠上から視線を逸らしながら、言っていた。
――同じ学校生活を送るクラスメイトとは、誰だって仲良くしていたいよな。あとから知った事なのだが、なんとこの魔法学園、三年間ずっと同じクラスでクラス替えがないらしいのだ。
それもあるので、親睦が深まれば良いのだが、果たして。




