10
「小野寺……さっきは強く言ってすまなかった……」
誠次はすぐ横の小野寺に、声をかけていた。
相変わらずホールの中はテロリストに占拠されたままであり、それに抵抗する人はもういなかった。みんな、魔法の力を前に怯えているのだ。
「いいえ……。自分こそ、申し訳ないです……!」
「おい。身構えて……どうする気だ天瀬?」
小野寺の先から、帳が潜めた声で訊いてくる。三人ともまだ子供であり、周りの観客の多さなどからも、多少の会話が目立つことは無かった。
「決まってる」
誠次は遠くを睨んで言っていた。
「まさか天瀬……お前……」
「き、危険です……!」
それを見て、二人は察したようだ。
「外からの助けを待った方が良いんじゃないか?」
帳が冷静に指摘するが、誠次は首を横に振っていた。
「このままテロの言いなりになっていても、被害が増えるだけだ。それに俺の所為で小野寺の存在がばれた。このつけは俺が払う」
再び、先ほどの小野寺の行動を見たテロリストの男がこっちに来るかもしれない。
「だったら……俺も戦う天瀬。二人をつれてきたのは、俺だしな。ぶっちゃけ初戦闘で、怖いが」
滴る汗も拭かず、帳がにやりと笑っていた。
「自分も戦います、今度こそ、魔法で皆を守りたいです!」
「二人とも……」
一瞬だけ驚いた誠次は、ゆっくりと頷いた。
「すまない。正直言って魔法が使えない俺だけじゃ厳しい、悪いけど´三人゛の力を借りたいんだ……!」
「「三人……?」」
「あ、いやそれは……」
――。
テロリストたちの方で、なにやら動きがあったらしい。ヘルメット越しの無線機で連絡をしている。
誠次は座席の陰から、まずは出入り口に陣取るテロリストたちを睨んだ。まずは逃げ道を確保しなければならない。
「さっき魔法式を展開したヤツがいたな! 出て来い!」
やはり、先程魔法式を展開する小野寺を見たテロリストの男が、通路方向より歩み寄って来る。大声でこちらを怯まそうとする算段だろうが、その手には乗らない。
「俺だ!」
声を張り上げ、次に誠次は倒れるような勢いで、走り出す。そして《インビジブル》を使用したままの香月が誠次の後に続く。
座席間の通路に誠次が飛び出たとたん、周囲の人々のざわめきが聞こえた。この場の全ての視線。総数二千を超える目線が一斉に、こちらに注がれているのがわかる。
「なにっ!?」
最初の敵である目線の先にいたテロリストの男は、突然の敵意に仰け反っているようだ。
「剣を!」
誠次は右手を何もないはずの横に向け、伸ばした。
(……っ)
すぐさま横を走る香月から剣が差し出され、誠次はその柄を握る。
香月の握る鞘からそのまま剣を引き抜けば、周囲の人々にも黒い刀身があらわになったことだろう。
「行くぞ! 押し通る!」
ずるりと、なにも無いはずの空から、誠次によって黒い剣が引き出されていた。
「どこから武器を!?」
相手の男が、驚いている。
対人戦闘において、剣を使うこちらが敵を゛無力化゛させる手段。国際テロリストであると大っぴらに宣言した以上、その覚悟があると思って頂いていいだろう。だから、多少の痛みには゛目をつぶってもらう゛。
「覚悟しろ!」
――人の本能的な、防衛本能を信じて。
止まらないどよめきの中、誠次はヘルメット姿のテロリストの目前まで、接近していた。
刀身が露わになった黒い剣が、照明の明かりを受け煌めき――。
「刃向かうか!」
「うおおおおおっ!」
目と鼻の先まで迫った男のうめき声を、誠次は構わなかった。
右手の剣を勢いよく振りきり――、
「ぎゃ!」
――血は、出なかった。
その代わりに、男が被っていたヘルメットのバイザー部分を誠次は粉々に砕いていた。
砕かれた破片が凶器となって男の両目を襲い、男は悲鳴を上げて顔を押さえる。襲われた仲間の姿を発見、確認したのは出入り口を見張っていた敵の男二人だった。
「子供か!?」
立ち止まった誠次に向けて、男たちは魔法式を展開したが――。
「ごぅふ!?」
重たい悲鳴を出したのは、誠次が睨んだ先にいた男の方だった。
「うおっ。当たった!」
帳の下位攻撃魔法が、魔法式を構築していた男の身体を吹き飛ばしていたのだ。
誠次が剣で敵をけん制し、怯んだ敵を最終的に帳と小野寺と香月の魔法で仕留める。それが、誠次が考えたプランだった。
「魔法生か! うわっ!?」
帳によってすぐ隣の男が吹き飛ばされ、もう一人の男が驚いて立ち止まったのが最後――。
「少し、痛いわよ」
香月が、魔法を発動していた。
周囲から見たら、剣と同じく何もない所から突然出現した魔法少女だ。
「うわあああっ!」
素早く組み立てられた攻撃魔法により、一人目と同じく吹き飛ばされる二人目の男。当然周囲は驚いたが、香月は再び《インビジブル》を発動して身を隠した。
「今のって……香月さん――」
小野寺が呆気にとられたようだが、すぐさま現在情報を冷静に処理して、我に返る。
「今です! 皆さん走って逃げて下さい!」
よく通る小野寺の叫び声が、二階の人の足を走らせていた。我先にと水を求める魚のように、一斉に出入り口に向かう人々。
的確な判断だとは思ったが。
二階部は最前列の座席付近にいたテロリストの男が、魔法式を展開していた。
「止まれ! 止まらねば撃つ!」
返答いかんを聴く間も無く、男は魔法を発動していた。
空に浮かんだ魔法式から、光の粒子の集合体が生まれる。形にして、攻撃性の巨大な光の矢であった。
「喰らえ!」
そのまま逃げ遅れた男性たちに向かって放たれる、光の矢の攻撃魔法、≪フォトンアロー≫。ひし形の魔法の光の矢が、容赦のない軌道を描き、男性の背後をつけ狙う。
「くそっ!」
間に合わないと、それでも誠次は急いで駆ける。
――しかし。
「このぉーっ! 間に合ってくださいっ!」
まばゆい魔法の光が花火のように、空で弾けていた。
小野寺の展開した防御魔法が、凶弾を防いでいたのだ。《プロト》によって防がれた《フォトンアロー》の残滓は、ともすれば綺麗な光の粒子となって、会館の薄暗いホールの中で儚く消えていく。
「や、やった!? 自分が……!?」
自分がしたことをまるで信じられないように、両手を見つめる小野寺。
「ナイス、小野寺!」
小さくガッツポーズを見せた小野寺の横を駆ける、疾風。魔法元素の抵抗を受けない身軽な身体でトップスピードを出し、一気にテロリストの男に接近した誠次は、バイザーに狙いを付けていた。
右手の剣をひるがえし、素早く振るう。
「いつの間……――!?」
「沈めっ!」
虚を突かれた男のうめき声を聴き流しながら、フルフェイスヘルメットのバイザーを叩き斬る。視界を潰された男の悲鳴でさえ意識の片隅に置き、誠次は続いて一階を睨んでいた。
視界に広がるのはこちらを見上げる人々と、二階で起こった小さな反乱に混乱し、走り回るヘルメット姿のテロリストたち。
「やりました! 二階は全員倒せましたね!」
小野寺の声が、後ろから聞こえた。
「小野寺と帳は二階の人と一緒に外へ行け! そしたらすぐに警察を呼んでくれ!」
「天瀬はどうするんだよ!」
目元を押さえてバタバタと喚くテロリストに、攻撃魔法によるとどめを刺した帳が、叫んでいた。――とどめと言っても、身体に衝撃を与える無属性の魔法で、気絶させただけだが。
「このまま一階に行く!」
「自分たちも行きます!」
「いいや来るな! もう充分だ!」
誠次は二人の同級生に向けて、声を張り上げた。
香月と二人で十分だった。これ以上、まだ実戦魔法が不得意な二人を危険に晒したくはない。
「わかった……気をつけろ天瀬!」
帳が小野寺の手を引いていた。そんな帳と目が合い、わけも無く共に頷いていた。
「ああ。外にも敵がいるかもしれない、注意してくれ!」
誠次は軽く笑って、帳とどこか悔しそうな小野寺を、送っていた。
「喰らえ!」
眼下のテロリストたちから、魔法の攻撃が飛んでくる。
無属性の攻撃魔法の為、それは誠次の身体を貫通して、背後の硬い材質の座席を凹ませていた。
属性を含んだ魔法よりは、術式構築が簡単な無属性の魔法。……人にもよるが。
なのでだろう、テロリストたちから降り注ぐ無属性の攻撃魔法。――やはりこの世界は時に厳しく、時に優しい。
「どうしたテロリストども! 照準がずれているぞ!」
相手を動揺させるために、誠次は片手を横に掲げて煽る。
予想通り、眼下のテロリストたちは慌てふためいていた。
その隙に、誠次は刃向かう敵の数を頭に入れる。
「七……」
予想より多い結果であったが、゛誤差の範囲内゛だ。
誠次はその場を強く蹴り、二階の手すりから飛び降りた。
「――しまっ!? 着地の衝撃っ!」
空を飛んでいるような錯覚のさなか、誠次は慌てて思い出す。落下の衝撃は、普通に据え置きだ。
「ぐは……っ」
視線を一斉に集めながら、誠次は豪快に地面に身体を叩きつけていた。骨がきしみ、鈍い痛みが身体全体を襲う。
「しっかりして頂戴。《インビジブル》は他の魔法と併用できないから解除するわ」
物体浮遊の汎用魔法で静かに着地したのは、冷ややかな表情の香月だ。
「訳がわからねぇけど、今のうちに逃げるぞ!」
「サンキュー゛魔法使い゛!」
「このチャンスに早く走れ!」
誰かの言葉を皮切りに、一階の人々が一斉に動き始めた。
「わかってる……!」
誠次はすぐさま立ち上がり、剣を構える。押し寄せる人の中、誠次と香月だけは逆方向を向いていた。
「やるぞ香月……!」
「ええ」
剣術士と魔法少女。その二人の表情は、勝気だ。
「ええい、構わん! 手当たり次第に葬れ!」
テロリストたちが、無差別攻撃の構えを見せてきた。
いくつもの円形の魔法式がホール内に浮かび、回転し、次々と構築されていく。
「強襲して無力化する――!」
それを見た誠次はその場で強く屈伸し、飛び跳ねた。
人々の頭上を簡単に飛び越え、離れた距離にいたはずのテロリストの男の目の前に着地すれば、
「なんだ!? 魔法か!?」
「んなもの使えるか!」
目の前の男の問い掛けに、誠次は物あたりに近い形でバイザーを斬り裂き、悲鳴を上げさせる。
一つは消せたが……。
「香月か!?」
空中に視線を送れば、構築途中の魔法式が、妨害魔法により次々と砕かれているところであった。相変わらずの神速の魔法使い、香月がやっていたのだ。
「あの銀髪の女!」
忌々し気に叫んだテロリストの一人が、次々と魔法式を組み立てる香月に向けて、攻撃魔法の術式を展開する。
「っく……」
それを見た香月の表情がくもったが、
「――させるかっ!」
急いで体勢を整え、ヒト離れしたトップスピードで誠次は走る。
空中の魔法式の下を潜り抜けながら、目の前まで接近し、顔を狙って斬りつける。
鋭い切れ味で誠次の握る剣は、薄いバイザーをいとも簡単に破壊してくれた。
「ぐあああっ!」
「よくも!」
続いて魔法の光に照準を合わされるが、相変わらず誠次の身にはなにも起らない。
「なんで魔法が発動しない!?」
テロリストの男が、動揺を隠せないでいる。
発動はしている。
――ただ効かないだけだ。
焦るテロリストを思わず笑ってやってしまいたい衝動を抑え、誠次は一気に決着をつけるために、香月のそばに駆け寄っていた。
「香月。付加魔法してくれ」
「分かったわ」
――あとは、流れるような動作であった。
かたわらで香月は両手を合わせて、淡い光の魔法式を発動する。
右手に握る剣に、たちまち青の光が纏い、やはり眩しい魔法式の中、誠次は目をつぶっていた。
――それも一瞬のこと。
すぐに見開かれた誠次の黒い瞳は青に染まり、黒い剣も刀身を青白く染めていた。
付加魔法を施す動作のさなか、香月の表情は、恥ずかしそうに綻んでいた。
「ん……っ。でき……た……っ」
細い体からこぼれる甘い言葉に、思わず鳥肌が立つ。
――しかし。
恍惚の表情を見せる香月の視線の先、青の世界を見る誠次は、エンチャントされた剣を、その場で軽く振り払っていた。
「よし……。ありがとう香月」
やはり、この身体以外のこの世の全てが止まって見えた。慌てふためくテロリストの動きが、コマ撮りされた写真を並べたように、歪んで見える。
「――片付ける」
意識の中で反響する、自分の言葉。
ぞうっとする頭の中では、無数の魔法の光が瞬いては消えていく――。
「ええ、セイジ……」
この世のモノとは思えない煌びやかさと、儚さが、そこにはあった。
頬を紅に染める香月から授かりし、魔法の力を手に擁いた誠次は、この世の悪を斬り裂いていた。




