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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
あの星空をもう一度
23/211

8 ☆

 GW三日目。

 香月こうづき八ノ夜はちのやとの用事も終わり、誠次せいじは寮室で優雅な休日をすごせる事だろうと思っていた。

 

 ――思っていたが、現在。時刻にして午前八時。空は白いくもり空。

 都会の街をヘビのように走るリニアモーターカーの中に、誠次はいた。

 東京のビル群の中、立体的かつ複雑な網目状に敷かれたレールを走るのは、今や電車の代わりに通勤通学の足となった、リニアモーターカーだ。


「帰省中じゃなかったのか?」


 誠次はつり革に掴まりつつ、右隣に同じく立つ人物に話し掛けていた。

 いるのは、私服姿のルームメイト、帳悠平とばりゆうへいだ。

 高校生にしては中々筋肉質な体型の帷だが、それゆえスタイルは良く、目立っていた。

 ただ休日と言うこともあり、車内はそれなりに混んでおり――新東京中央線を走るリニア車の内装は、従来の電車と同じつり革座席式――帳の体格上、今は窮屈そうだ。


「帰省って言っても一日だけだ。それに、家にいたって暇だしな」


 どうやら、窮屈だと感じていたのは今だけではなかったらしい。


「一か月ぶりに家族と過ごすのは楽しくないのか?」  


 何の気なしに訊いていた。すぐ前の座席に座っている、楽しげに窓の外を眺める男の子と、それを注意する母親の姿をどことなく見つつ。

 はっとなった帳は、バツが悪そうに微妙な笑みで、


「悪い天瀬あませ……」


 口調的には謝罪の意を込めているのだが、誠次は大して気には留めなかった。


「ふぅん。……って、気にするなよ帷」


 こんな所で心が沈んでしまうほどネガティブであっては、この世はやっていけない。思春期のことだろうなと漠然ばくぜんと予想しながら、誠次は続いて左隣を見た。


「天瀬さん」


 そこでは小野寺真おのでらまことが、左手を伸ばしてつり革に掴まっていた。

 線の細い身体つきが目立つ、どこかフェミニンな雰囲気の私服姿だ。いつも学園では制服姿なので、誠次を含めて三人とも私服姿は中々珍しい。 


「自分は実家が東京にあるので帰省と言うほどではありません。帷さんに呼ばれたのですが、天瀬さんもそうなんですか?」


 相変わらず、小野寺は丁寧な言葉づかいだ。


「どこ連れて行かれるかは聞かされてないけどな」


 言葉の終わり、誠次と小野寺両者の視線が同時に、右の帳へと向けられた。


「悪い。今は言えない……。後で絶対話す」


 帳は周囲をちらりと確認する素振りと小声で、言っている。どうやら、人目が気になるようだ。


「分かりました……」


 はぐらかした帷に、小野寺はまごまごと言葉をにごらしていた。

 そして助けを求めるように、上目づかいでこちらを見上げて来た。


「楽しみだ」 


 誠次は帳を見て、笑顔で言う。


「あ、天瀬さん……」


 小野寺がとほほ、と肩を落とす。どうやら味方だと思っていた男の裏切りにあったようだ。


「そうこなくっちゃな天瀬!」

「まぁ自分も予定はありませんでしたし構いませんが……」 


 一息で言ってこれ以上の抵抗を諦めた小野寺は、しかしおおよそ言葉に合わないなにかを不思議がるような表情を、次には見せていた。


「……ところで天瀬さん。なんでそこのスペース空けているんですか?」

「そ、それは……っ」


 ……さっきから話題を逸らそうと必死だったが、ここまでのようだ……っ。

 小野寺が不思議がるのも当然だと、誠次は思った。

 目の前の座席にいる人が、靴下を見せてまで窓の外を眺める子供では無く、これよか少しばかりでも成長した少年であろうものなら、そこからも不審な目で見られてもおかしくはない。

 多くの人でぎちぎちの車内の中、誠次は腰を少し引いた体勢で、つり革に掴まっていた。つまり、誠次の目の前には、゛ちょうどヒト一人分゛が入れるスペースがある。

 後ろからの圧迫にも負けず、誠次はこのスペースを死守していた。


「確かに。つめたらどうだ? その体勢辛くないのか?」


 太い左腕越しに、帳もいぶかしげな表情でこちらの目の前のを見やる。


「だ、大丈夫だ!」


 なぜなら、ここに女の子がいるのだから。


(……)


 女の子――香月詩音こうづきしおんはじっと黙ったまま、誠次と向かい合わせでリニア車に乗っていた。


「なんで来た……?」

(暇だから)

「……」


 今朝、香月と共に東馬とうまの家からヴィザリウス魔法学園には戻って来たのだが、すぐさまそこへ帳の招集メール。

 特に予定はなかったので、正門での待ち合わせをしていたところ、香月もついて来ていた。――ちなみに、乗車料金はちゃんと払っている。


「だ、大丈夫か?」


 下を見てしまうと、密着寸前で香月がいる。この馬鹿げた状況、誠次の中でえもいわれぬ背徳感が込み上がっていた。ワンピースなので上半身の露出面積が地味に多いのだ。

 しかし、香月は無表情で、 


(問題ないわ)

「いや俺に問題が……。……はあ。なんで剣持っているんだ?」


 極めて小さな声で、理性で視線を上に向けたまま誠次は訊く。 

 なんと香月は八ノ夜はちのやから貰った剣を、大事に抱き締めるように両手で握っていた。

 触れたものも透明化させる魔法なので、香月が持つ剣も周囲の人には見えていない、はずだ。 

 

(朝、寮にいたら持って行けと理事長から言われたの)

「八ノ夜さんが? どう言うことだ……?」


 昨日の外出の時、香月がいた事がやはりばれていたのだろうか? 

 どちらにせよ、あの人は゛剣大好き宗教゛でも作ろうとしているんじゃないかと思う誠次であった。 


「え? なにか言いましたか天瀬さん?」


 ゛誠次の独り言゛が聴こえてしまったらしく、横から小野寺。

 《インビジブル》だが、使用者の声もどうやら周りには聞こえないらしい。この場合は香月の声だ。

 

「な、なにも」


 誠次は慌てながらも、平然を努めていた。心臓は色々な意味でバクバクしていたが。


 帳に連れられ、降りた地は東京の電気街だ。

 より一層高いビル群が立ち並び、その窓にはさまざまな映像がハイライトされて流れている。

 

(何と言うか……きらびやかな街ね)


 香月が街の光景を見渡しながら、感嘆とした息をついている。

 活気づいている街だが、香月はそれに呑み込まれそうになっているのが、どこか初々しかった。


「何と言うか……特徴的な看板が多いですね」


 状況は香月と同じようで。小野寺も街の雰囲気にまだいまいち馴染めないと言った感じで、戸惑いを見せている。


「だな。でも好きな街だ」


 時は戦国。それはまるで、自分が治める領土を悠然と歩く大名の雰囲気を出しているのは、帳だ。ほら貝の笛音が聴こえてきそうである。


「と、帷さん……」

(…………) 


 胸を張り、人通りの多い道路をずんずんと進む帳は、今の二人――小野寺と香月――にすれば頼もしくもあり、恐怖でもあったようだ。


「そう言えば、夕島ゆうじまさんと志藤しどうさんはどうだったのでしょうか?」

「あー。一応二人も誘ったんだけど、二人とも家の用事らしい」


 帳が残念そうに言葉を返す。


「志藤さんが来ないのは珍しいですね」

「志藤は家が有名なところだからな。魔法世界で」


 詳しい事はよく分からないが、ぞくに言う゛名家゛と言うヤツだ。誠次の説明に、帳と小野寺はそろって驚いていた。


「驚き、だな……」

「驚き、ですね……」

「おーい……。志藤のイメージ……」


 苦労人であると思う友人の満面の笑みのガッツポーズを空に思い描き、誠次は切ない気分となっていた。


 その後少し歩き、帳に連れられてやって来たのは、大きな都民会館だった。名前はリリック会館。会館と言っても形式上で、その実野球場を彷彿とさせる大きなドーム会場だった。

 そこには何やら、横断幕が掲げられており――。


太刀野桃華たちのとうかバースデイライブイベント……?」


 誠次は、ピンク色が基調とされた横断幕に書かれていた文字を眺めていた。


「知らない名前ですね」


 小野寺もそれを見上げて、呟く。辺りを見てみれば、人混みは冗談じゃないほど多くなっていた。


「よし入るぞ」

「ちょっと待て! なんだここは!?」


 帳の言葉通りには、さすがに誠次もいかなかった。


「……説明しよう。アイドルイベントだ」

「……」

「……」 


 何かの解説キャラクターでもパクったような言い方に、誠次と小野寺は二人して顔を見合わせていた。

 つまり周りの人の大群は、太刀野桃華ファンと言うことか。軽いお祭り状態である。


(グッズとか売ってる売店もある……。面白いわね)


 香月こうづきが極めて余裕そうに呟いていた。先程から順応力が高すぎる。


「つまり、このイベントに一緒に参加してくれってことか?」


 内心で香月に突っ込んでいた誠次は、続いてにやけている帳に訊く。


「おう。所謂いわゆる布教ってやつだな」

「布教……? 怖いですね……」


 小野寺が苦い表情をしていた。確かにその単語のみのイメージだと結構怖い。


「……」


 誠次は腕を組んで逡巡しゅんじゅんしたのち、割り切った表情で、


「べつに俺は構わない」

「おっ、サンキュー天瀬!」


 どうせ寮室に戻ってもやることはないし、と誠次は頷く。それにここまで連れて来られたらと言う、帳の作戦勝ちでもあった。


「でもチケットとか必要なんじゃないか? さすがに高いのは払いたくないぞ」

「安心しろ。すでにある」


 すっ、とポケットから一枚のチケットを取り出す帷。

 どうやら、団体用らしい。 


「本当に自分たちで良いんですか? お値段、結構しそうですよ?」


 小野寺の言う通り、ドーム会場でやるイベントと言うことで結構なコストがかかりそうだったのだが。

 だが小野寺の質問に、帳は首を横に振っていた。

 

「抽選で当たったやつだ。複数人用だし、問題ない」

「抽選で当たったのか。すごいな……」

「二階席の後ろの方だけどな。本当はソロチケット目当てだったんだけど、せっかく当たったのを無駄にするのも悪いしな」


 帳が悔しそうにうなっている最中、誠次は帳から受け取ったチケットを見てみる。


「なるほど……」


 さきほど団体用と言ったがどうやらこのチケットは家族用でもあったようだ。つまり、下は五歳児から上は上限なしとなっている。


「上限なしって、凄いですね……」


 小野寺も誠次の手元のチケットを見ていた。


「そうでもないんじゃないか? 結構おじいちゃんとかおばあちゃんもいるし、小さい子もいる」


 先ほど周囲を見渡しているときもそうだったが、老若男女さまざまな世代が、ここリリック会館前には集合している。家族連れや、高齢者カップルなど多種だ。

 こちらの言葉に顔を上げた小野寺も「あっ、本当ですね」と呟いていた。


「ここが桃華ちゃ――桃華さんのすごいところなんだ」

「……」


 ちゃんとは、聴きましたかな小野寺さん? と誠次はニヤケ面で小野寺を見やる。


「あ、あはは……」

「ゴホンッ!」


 帳が誤魔化す為に咳払いをしているのを、誠次はジト目で見ていた。


「まあすごいから、幅広い世代に愛されているんだろうな」

「わかるか天瀬! わかってくれるか!」

「お、おう……」


 誠次が相づちを打ったところ、帳に感心されていた……。


挿絵(By みてみん)

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