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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
Can I come back to your side?
208/211

4

 戦火に包まれているマンハッタンの市街を、二人の少女と一頭の白虎(びゃっこ)はしる。ルーナとクリシュティナ。二人は崩壊するマンハッタンの市街を見て、一〇年前に経験した祖国オルティギュアを思い出していた。驚くべきは、この光景が゛捕食者イーター゛ではなく、人同士で引き起こされているという事だった。


「ハアハア……!」

「クリシィ、大丈夫か!?」


 息を切らし始めているクリシュティナを気遣い、ルーナが声を掛ける。

 無理もなかった。道路には大量の瓦礫が散らばっており、空中に漂うのは肺を蝕む黒煙と灰だ。今もそこらで人の悲鳴や怒声が聞こえて来る。


「平気ですルーナ! もうこれ以上……わたしが足を引っ張るわけには……!」

「クリシィ……。足手纏いなんかではないぞ。私は君が傍にいるから、今もこうして頑張れる。あの日から、ずっと……!」

「――魔術師だっ!」

「ば、化け物を従えてるぞ!」


 進行方向より、英語で叫ぶ暴徒たちが二人の少女に襲い掛かる。


「クリシィの邪魔はさせない! そこを退け!」


 ルーナが警告をするが、暴徒たちは構わずに銃を構える。


「防ぎきれ! 《プロト》!」


 走りながらルーナが防御魔法を発動し、銃弾を防ぐ。ルーナの頭上を飛び越え、猛獣の声を出しながら突撃したのは、クリシュティナの使い魔である白虎パイフーだった。がっしりとした太い足でアスファルトの上に着地、次の瞬間には、暴徒たちの列に突っ込み、鋭利な牙と爪を振り回す。


「ぎゃああ!?」

「気絶させる。《ライトニング》!」


 器用にルーナが放った雷属性の攻撃魔法が、暴徒たちを纏めて感電させる。目に見える青い雷撃が、じりじりと音を立て、暴徒たちの身体に纏わりついていた。

 その隙に、ルーナとクリシュティナは暴徒たちの群れを突破する。一〇年前と違い、二人は逞しく成長していた。何よりも一〇年前と違うのは、今の二人には、帰るべき居場所があるという事だ。日本の……ひいては彼の元へ。


(姫。残サレタ魔素マナガアルウチニ、我ヲ使エ。道ヲ切リ開ク!)

「――っ。飛翔せよ、ファフニール!」


 ファフニールを天高く突き上げた腕の先の魔法式より召喚したルーナは、低空飛行をするその背に、ヴィザリウス魔法学園の制服姿で飛び乗る。


白虎パイフーヨ。女中ジョチュウノ兄ノ元マデ、道案内ヲ頼ムゾ」

「ガルルルッ!」


 動物同士(?)の会話を終え、ルーナを背に乗せたファフニールは、黒煙を切り裂いて空高く羽ばたく。


「クリシィ! 私とファフニールが君の為に道を切り開く! 迷わず走れ!」

「感謝します、ルーナ!」


 さすがに白虎パイフーを乗せる事は出来ず、抱えようにも、ファフニールも戦闘に腕を使う。

 ルーナがマンハッタン上空より、クリシュティナに声を掛け、クリシュティナは竜とそれに跨る少女に、返事をする。


「丁度イモノガアルデハナイカ」


 ビルとビルの間を駆け抜けるファフニールが何かを発見し、空中で速度と高度を保って、とある建物の外壁に近づく。丁度ルーナの目の前には、マンハッタンの寒風を受けてなびく、鋼鉄の棒に付けられた紋章旗があった。ファフニールが伝えたい事は、ルーナには一々指摘されずともよく分かった。


「わかった!」


 ルーナは紋章旗を支えている留め具を、破壊魔法で破壊する。ひしゃげた留め具から、ずり落ちそうになった紋章旗をキャッチ。そのまま自分の得物のように、右手で棒状の部分を握る。


「――あのドラゴンは、オルティギュアの姫の使い魔だ! 援軍が来たぞ!」

「俺たちの勝ちだ!」


 眼下では戦闘を続けている国際魔法教会の幹部が、空を舞うファフニールとルーナを見上げ、歓声を上げている。

 ファフニールは何を思ったのか、急降下を開始。ルーナが顔を腕で覆う中、悲鳴を上げる国際魔法教会幹部たちの頭上すれすれを滑空していく。


「う、うわああっ!?」

「危ないっ!」

「ファフニール!?」


 ルーナが驚くが、ファフニールはまるで人間のそれのように、鼻で笑う。


「フ。国際魔法教会ニブルヘイムノ輩ニ意思ヲ示シタマデ。我ハ何モ、人間同士ノ愚カナ争イニ味方スルワケデハナイ。……姫モソウデアロウ?」

「……っ。その通りだな。みんなと約束した。必ず全員無事で、日本へ帰ると!」


 唯一無二の使い魔の真意を理解したルーナも、軽く笑う。そして、自分もその意思を示す為、槍のように構えたシグナムの後ろに付いていた国際魔法教会の旗を、手で引きちぎる。


「私は国際魔法教会ニブルヘイムの味方でもない! 今はただ、大切な友だちの大切なものを守る為に戦おう!」

「我モ小生意気ナ小僧ニ、二人ヲ頼ムト言ワレテシマッテナ。ヤラネバナ」


 どこか懐かしむような口調のファフニールは、爬虫類のような目をマンハッタンの市街へ向け、口からは灼熱の炎を吐き出す。威力を細かく調整し、無意味に争う人々が丁度頭を伏せれば、直撃は避けられるほどだった。神話の世界でしか見ないような、伝説級の存在に人々は恐れおののき、噴き出す炎から逃れた。


「ヴィザリウス魔法学園1-A所属、ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト、参る!」


 クリシュティナの進行方向にいる暴徒たちの元へ、ルーナはファフニールから飛び降りて急降下する。驚き途惑う暴徒たちの手元の銃へ棒を振るい、遠距離はファフニールが炎をまき散らし、処理する。


「つ、強い!」

「早く戻れ! じきに夜が来るぞ!」


 ルーナが警告するが、向こうは銃を失っても尚、素手で格闘を仕掛けて来る。ルーナは細長い足を捻って回し蹴りをし、男の首筋をうなじから叩きのめす。

 もう一人来た男には、腹へ向け手槍の突き攻撃を繰り出す。洗礼され、素早い動作で行うルーナの攻撃を素人がかわせる はずもなく、腹部へ棒状の攻撃を受けた男は透明な唾をまき散らし、その場でうずくまる。

 飛んで来た体液でさえ華麗に避けたルーナは、振り向きながら槍を振るう。後ろから迫っていた男の顔面に槍は命中し、男は悲鳴を上げて顔を抑えた。

 ルーナは槍を更に振るい、男の膝を掛けて転倒させ、転がった男の喉元に先端を突き立てる。


「お前も早く逃げろ!」

「く、くそっ!」


 のろのろと立ち上がった男たちは、戦火を背後に凛々しく立ちはだかるルーナから、蜘蛛の糸を散らすように逃げだした。

 直後、後ろから白虎パイフーとクリシュティナが息を切らしながら走り抜けていく。

 ルーナもファフニールと呼吸を合わせ、再び彼の背に乗り、クリシュティナの援護を続ける。


 顔にこびり付いた黒い煤を落とす間もなく、クリシュティナはマンハッタンの市街地を駆ける。


「あそこは……キルケー魔法大学……!」


 ひと際人の怒鳴り声が大きく響いて来るのを感じれば、そこはキルケ―魔法大学の目立つ中央棟がそびえ立っている。限りなくセントラルパークへは近づいている。やはり白虎パイフーはここらに兄のミハイルがいると、感じ取っているようだ。

 上空よりこちらを援護してくれるルーナとファフニールを信じ、クリシュティナは黒煙の中を走り抜ける。


白虎パイフー!?」


 鳴り響いた銃声と、獣の悲鳴。クリシュティナの目の前で、白虎パイフーが凶弾に崩れ落ちる。


「魔法の獣を仕留めたぞ!」


 ルーナとファフニールが対処しきれない裏路地から、銃を構えた暴徒たちが沸いて出て来る。


「ありがとうございました、白虎パイフー……。あとは、私がやります……!」


 赤い瞳を暴徒たちへ向け、クリシュティナは幻影魔法の魔法式を展開する。

 

「《ドゥシュア》!」


 中国産の幻影魔法から放たれた紫色の霧が敵を包み込んだ時、彼らは呼吸器官に異常を感じた事だろう。クリシュティナが放った魔法の霧は毒を含み、立ちはだかる人々は毒に侵され、倒れていく。


「ご安心を。じきに毒は癒えます」


 クリシュティナがぼそりと告げた背後で、大きな爆発が起こる。思わず頭を伏せたクリシュティナであったが、爆風はファフニールが起こす風が防いでいた。


「クリシィっ!」

「平気です! ルーナ!」


 上空から飛び降りたルーナがクリシュティナに駆け寄り、肩を掴む。

 クリシュティナもすぐに立ち上がり、二人で頷き、再び走り出す。

 黒煙が立ち上がるキルケー魔法大学は、すぐそこにあった。


             ※


 少年と少女たちを見送った老王は、両手で持った杖をつき、本部ロビーの窓から見渡せるマンハッタンの街を眺めていた。背後の方では、自分が出した命令により、避難民の治療、誘導を行う職員や幹部たちがいる。


「ヴァレエフ様……あんな口の聞き方を、どうして許したのですか!? あの子供は王を侮辱しています!」


 幹部たちの中には、先程の剣術士の態度に納得がいかないようで、そんな事を伝えに来る者もいた。


「……お前、か。久しぶりに、私がただの人間でしかないと言う事を、思い知らされたようだったよ」


 幹部の怒りを受けても、ヴァレエフは穏やかに目を細め、自分の手の甲のシワを指でなぞる。


「天瀬誠次は……あの場ではああ言うしかなかったのだよ」

「どう言う事です……?」


 分からないか? と、ヴァレエフは横目で幹部を見やる。その表情は、悲し気にも見えた。


「自分が守りたいものの為にも、あの場で私が王としての威厳を保つ為にも、彼は敢えて魔術師に嫌われた。子供の説得で王である私が簡単に意思を変えてしまうわけにはいかないからな。彼が本当にそう思っての言葉だったのか、それともただ、守りたいものがある故の焦りの言葉だったのか、今となっては分からないがな……」

「そんな深い考えが、あるとはとても思えません……。何よりもあの子供は、魔法が使えない異常者です。真夜中の王の通り道(キングス・ミッドナイト・トンネル)の守備を任せて、本当に大丈夫だったのかも……」

「それでも、私は信じているのだ。これはある意味……親バカ、なのかもしれないな……」


 さしずめ、反抗期の息子を持った気分だった。研究に熱心なあまり、恋愛もしておらず、当然子供もいない。孫は可愛いと言うが、少々当りが強く育ってしまったようだ。

 ヴァレエフは白い髭に覆われた口角を、軽く上げていた。


「ヴァレエフ様……」


 始めて見たような王の表情に、幹部はかしこまり、頭を軽く下げる。


「我々にとって、ヴァレエフ様は魔法世界の秩序を新たに作られた偉大な御方。その御方の意思には、従います」

「……すまないな。"親不孝な"あの子を、どうか分かってやってくれ。彼はもう少し、周りに恵まれる必要がある」

「……ご命令とあらば」


 真夜中の王の通り道(キングス・ミッドナイト・トンネル)から一人でもマンハッタン側に通過者が現れれば、討つと約束をした。その為の処刑人は、すでに配置させている。約束通り、万が一にも彼が真夜中の王の通り道(キングス・ミッドナイト・トンネル)を守りきれなかった場合、いつでも進行者へ魔法を放つ構えだ。


「この魔法世界の未来のためにも、どうか、頼む。剣術士……」


 彼の若い頃の両親と過ごした懐かしい日々を回想し、ヴァレエフは虚しく目を(つむ)る。


            ※


 大粒の雨の雫が、芽吹き始めた新たな命である花をつたい、地面に落ちていく。予報では、東京の雨は一日中続くそうだ。よって、昼から大分経った喫茶店の中から見える外の景色は、一向に変わらない。魔術師も魔術師でない人も関係なく、色とりどりの傘を差して街の中を歩いていく。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませー」


 休憩時間を終えた香月こうづき南野みなみのが、真面目に業務を行っていたところであった。

 比較的大きな音を立て、喫茶店のドアが開かれたのだ。


「こんちゃんーす! 千枝ちえちゃんいるー!?」


 来店したのは、見るからに華やかな雰囲気を纏った、青春を謳歌せし女子大生たちだ。ぞろぞろと集団で、最後尾の方には髪を固めている男性もいた。


「い、いらっしゃいませ……」


 名を呼ばれた南野は、友だちなのか、それにしては少しぎこちなく微笑んでいた。

 今時な大学生のグループは、カウンター席に横一列に並んでいく。


「ここでバイトしてたんだー」

「ケーキ美味そう」


 わいわいがやがやと、無遠慮に声を出す女子大生たち。

 何事かと思う香月を庇う様に、南野が大勢の大学生たちの相手をする。


「ご注文は?」

「いいや違うんだよねー。今度のコンパ、女の子の数ちょっと足りないから、千枝に来てほしくって。ほら、千枝盛り上げ上手だし、お膳立て上手いっしょ?」


 くるくるカールさせた髪を弄りながら、南野の友だちらしき女性は言う。


「いやぁ……私は、そう言うのいいかなって……。褒めてくれるのは、嬉しいけど……」


 南野は困ったようにあははと苦笑しながら、後ろ髪をかいている。


「えーなんでー!? お酒飲もうよー」

「だから言ったじゃん。千枝っち、彼氏いるから無理だって」


 奥の方から椅子に腰を掛けている男性が、南野をからかうように笑いかける。


「彼氏ってあの……高校時代から付き合ってるアイツ? まさかまだ付き合ってんの!?」

「まあ……一応……私はそうだと思ってる……」


 いつもの屈託のない明るさは消え失せ、南野は俯きながら答えている。


「絶対もう別れた方が良いって。アメリカでしょ? 向こうもアメリカ人の女の子と付き合ってるって」

「向こうって情熱的らしいからねー。慎ましい私たちとは大違いだってば。ねー?」


 ぎゃははは、と喫茶店の中で笑い声が充満する。


「い、いや……。今のところ、別れる予定とか、ウチは考えてないって言うか……」

「じゃあさ、コンパ来てってば。ウチらがこんなにお願いしてるんだよ?」

「だから、飲むって言っても男の人とは飲めないって……。私には隼人はやとがいるから……」

「――ご注文はお決まりでしょうか、お客様」


 狼狽ろうばいする南野を庇うように、黙っていた香月が前に出ていた。


「は? ちょっと空気読めてないんだけど」

「うわ、引くわー」


 カウンター席に座る女性が、通常通り無表情で接客をする香月を見つめ、嫌悪の態度を見せる。

 しかしそれでも香月は、自他共に認める愛想のない接客態度を貫く。


「お勧めは、ニューヨークチーズケーキです」

「「「何故なぜに!?」」」

「ここでもアメリカ推し!?」


 大学生たちと南野のツッコみを受け、香月ははっとする。


「いけない……。また無意識だったわ……」


 香月はおでこに手を添え、悩まし気にしている。


「変な娘……。頭ヤバいんじゃない?」


 カールの大学生が香月を睨む。


「ご注文はないのですか? なければ掃除をしたいので、即刻退店をお願いします」


 あくまで香月は向こうの挑発に乗らず、店員として業務を行う。


「……あ、確かにもうすぐカウンター周り掃除の時間だ!? 悪いけどテーブル席に移ってくれるかな?」


 南野も香月の横に並んで立ち、せかせかと大学生たちに告げる。


「いやいいし。マジで付き合い悪いわ千枝。正直引く」

「あ、あはは……。ごめんね……」

「もう行くから。失礼しましたー」


 終始良いお客さんとは言い難く、カウンター席から大学生のグループは去って行く。


「ふぅ……。……ありがとうね、香月ちゃん。きっと香月ちゃんがいなかったら、私アイツら殴ってたかも」

「いえ……。私も、心の中では早く帰ってほしかったので。余計なお世話でなければ良かったです」

「ううん。本当にありがとー」


 南野はにこりと笑っているが、次には落ち込んだように、深く息を吐きだす。


「……きっと隼人、もう向こうで他に好きな人見つけてるのかな……」

「南野さんは素敵な人だから……。そんな事は、ないと、思います……」


 やや恥ずかしく、香月は真正面方向をじっと見つめて言いきる。


「え?」

「バレンタインデーに好きな人にチョコレートを渡す手伝いをしてくれたことは、クリシュティナさんも感謝していますから。気さくで明るくて、リードしてくれて……。私と違って……きっと男の人から見たら、とても頼りになる女性だと思います」

「……い、嫌だな香月ちゃんー。お姉さんを惚れさしてどうする気よ?」


 ぎこちなくではあるが、やや明るさを取り戻した南野に、香月は内心でほっとしていた。


「隼人も……まったくよね。早く帰ってこないと、こんなにいい女が台無しになっちゃうぞー、だ」


 腰に手を添え、南野は口を尖らせて言っていた。


             ※


 火薬の匂いが立ちこめる真夜中の王の通り道キングス・ミッドナイト・トンネルで、誠次せいじは多数の暴徒を相手に戦う。


百合ゆり先生……!? ……おのれ!」


 銃弾に倒れた百合を守るため、誠次は紫色の光を纏うレヴァテインを手当たり次第に投げつける。地面に刺さったレヴァテインは、しばしの間残り続け、暴徒たちの百合への接近を拒んでいた。

 誠次はすぐに百合の元へ駆け寄り、腹部から出血しているその身体を担ぐ。何発かの銃弾をレヴァテイン・ウルの刀身で防ぎ、一時後退する。


「すみません……遅れてしまって……!」

「いいのよ……それよりも来てくれて……ありがと……」


 誠次の背中で、百合は苦しそうな吐息をする。

 誠次は道路を塞ぐように横に停まっている、座高の高い運送用トラックを見つけ、運転手が慌てて逃げたからか、運転席側のドアは開きっぱなしだった。

 散乱しているスナック菓子の袋と中身とコーヒー缶を手で払い退け、誠次は百合を運転席に座らせてやり、リクライニングを押し倒す。


「撃たれたのは、背中からですか?」

「ええ、そうよ……」

「なら、銃弾は貫通しています。落ち着いて治癒魔法をしていてください」


 そう言って誠次は、トラックの運転席のドアを閉める。


「ま、待って誠次くん! まさか、貴方一人だけ!?」


 窓に手を添え、百合が叫ぶように訊いてくる。


「安心してください。敵は全て食い止めます」


 右手で持ち上げた剣を見つめ、誠次は言い切る。

 暴徒たちは確実に誠次と百合を追いつめようと、車と車の間を進んで来ていた。


「向こうは銃を持っている……。香月こうづきのエンチャントがなければ不利だが、やりようはある……!」


 赤いマフラーを左手で持ち上げ、深く息を吸う。しんとする寒さが全身を覆っていたのだが、暖かさを口元から感じる。

 戦術を選び抜いた誠次は車の上にジャンプをして乗り、わざとその姿を大勢の前に晒す。


「ここから先、王の通り道は封鎖する! これ以上進ませはしない!」


 誠次は高々と掲げたレヴァテインを振り抜き、目の前にあったトラックの荷台を一刀両断する。魔法の刃は易々と鋼鉄を切り裂き、地面にまで切れ込みを入れていた。


「っ!?」


 レヴァテインの威力を見た暴徒たちの動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。それで退いてくれれば万々歳なのだが、向こうも決死の覚悟であった。

 誠次目掛けて一斉に、銃を構える暴徒たち。それを見た誠次は咄嗟にボンネットの上を転がり、無数の銃弾を回避しながら前方の地面へ落ちる。


「ならばっ! 力ずくで行く!」


 誠次は車を盾にして立ち上がり、上空へ向けレヴァテインを放り投げる。レヴァテインは投げ槍となり、誠次の思い描いた軌道を描いて、天井を這うように貫き進む。

 誠次の身体を穿うがとうとする銃弾が一台の車に集中し、ついには車は大破、炎上していた。 

 しかし、そこにはすでに誠次はいなかった。レヴァテインを適当な方向へ投げつけ、敵の注意を引く。紫の閃光は存分に人の目を引き、その隙に誠次は暴徒たちの懐にまで一気に接近する。


「俺はここだ!」


 そして、誠次が天井に向け投げていたレヴァテインは、天井の照明をすべて破壊していた。光は左右の照明からのものだけとなり、より一層の暗闇がトンネル内で広がる。それはすなわち、射撃の照準を著しく狂わせるものとなる。


「うわっ!?」


 一閃。紫色の魔素マナを接触の瞬間にだけ発生させ、暴徒の手に持つ自動小銃を切り裂く。次には魔素マナを消し、誠次は暗闇に身を潜ませる。

紫の光が発生次第、そこへ銃撃を加える暴徒たちだったが、それは誠次が投げたダミーにすぎない。光を追いかけた暴徒の元へ、紫の瞳をする誠次は近づき、火花を散らして次々と銃器を無力化していく。


「じ、銃が!」

「なんて奴だ!」


 レヴァテイン・ウルを回転させ、前方と後方にいた男の銃を切り裂く。


「じきに夜が来る! それまでに退()け! 抵抗するなっ!」


 向けられた拳銃を手で払い退け、レヴァテインを押し当て、銃口を切断する。


「化け物めーっ!」


 こちらがいくら叫んだところで日本語は通じず、銃を乱射する輩が現れれば、誠次は急いで車の影に隠れ、窓越しに火花の発生点を特定する。


「そこかっ!」


 天に向けレヴァテインを放り投げれば、レヴァテインは空中で方向を転換し、垂直に銃を乱射する男の手元に突き刺さる。

 直後、エンジンに跳弾した銃弾が原因となり、誠次が隠れていた車も爆発を起こす。


「くっ!?」


 誠次は急いで車から離れ、身体を吹き飛ばし焦がす、灼熱の熱風から逃れる。


「相手はたった一人だろ!?」

「聞いた事がある……。剣を使って戦う、日本に蘇った侍……」


 英語なので、向こうが何を言っているかはうまく聞き取れないが、焦っていると言うのはよく分かる。


「なんでそいつがこんなところにいる!?」 

「でもそいつは、魔法が使えないんじゃ……」

「だったら俺たちの味方のはずだろ!? 畜生!」


 暴徒たちの武器は次々と切り裂かれ、次第に攻撃の手段を失っていく。

 それにしても大規模な武装だった。いくら昔は銃社会だったとは言え、フルオートの自動小銃など暴徒たちが道端で拾えるわけでもないはずであり、何か大きな後ろ盾があるように思えて仕方ない。


「貴様たちは魔術師の魔法の前では無力だ……。それを自覚して、今は大人しく手を退けーっ!」


 吹き飛ぶガソリンの刺激臭が鼻を刺す中、叫ぶ誠次は、トラックに積まれていた木材を見ると、それを抑えていたロープを叩き斬る。すぐに誠次は運転席のドアを開くと、荷台の操作レバーらしきものを手当たり次第に引っ張る。抑えを失った大木は、操作によって傾くトラックの荷台から次々と落ちていき、暴徒側に襲い掛かる。

 中には引火した車を押しながら進んだ大木もあり、滴るガソリンに火を点けながら、大木は暴徒たちへ襲い掛かる。


「に、逃げろーっ!」


 火と木の攻撃に怯える暴徒たちは、銃と言う武器をも失い、次々と後退していく。


「あり得ない……。たった一人の餓鬼に、俺たちが……俺たちが……!」


 燃え盛るトンネル内の炎を見つめ、暴徒たちが呆然としている。トンネル内と言う空洞は、空気の流れが一定化し、熱風が容赦なく押し寄せて来る。当然のごとくスプリンクラーが作動し、車の影に身を潜める誠次の全身を、冷たい水がずぶ濡れにした。スプリンクラーの水を浴びても、ガソリンの火災は収まる事を知らず、むしろその熱量を増すかのように、車から車へと次々と延焼していく。


「大方向こうの銃は潰せた……。こちらにはまだ時間がある。……そうだろう、ウル?」


 誠次はレヴァテイン・ウルの柄に顔を添え、小声で話しかける。早々に決着を付けようと、焦る気持ちをどうにか抑えていた。今一度、赤いマフラーを口に押し当て、誠次は深く深呼吸する。


「残る問題は――っ」


 口で荒い呼吸をする誠次は紫色の目を細める。 

 脅威は、すぐ後ろにまで迫って来ていた。

 背中にあった車が゛ずれた゛のを感じ、誠次は慌てて立ち上がる。


「馬鹿な……車を、持ち上げたっ!?」


 さしずめ、先ほどまではこちらの戦闘の様子を静観していたのか。炎の中を突き進み、接近して来ていたガルムが、1T以上はある車を片手で持ち上げていたのだ。

 こちらの紫色の目と、向こうの獣の目が合った時、震えたのは誠次の身体だった。

 ガルムは持ち上げた車を、誠次目掛けて投げ飛ばす。

 

「ぐおっ!」


 誠次はレヴァテインを切り払い、投げ飛ばされた車を切り裂く。斬られた車は、丁度誠次を中心に左右へ別れ、破片をまき散らしながら地面に衝突。回転しながら後ろの方へと転がっていき、最終的には爆発した。


「あの装甲で筋力を上げているのか……」


 炎により気温も確実に上がり、汗を流す誠次は、レヴァテイン・ウルを両手で握る。得体の知れない相手ほど、目の前で相手をした時の脅威と実力は計り知れない。

 ガルムは無言のまま、誠次目掛けて右手を突き出す。炎の橙色の光を受けながら、きらめいた獣の爪は、確実に誠次の首元を狙っていた。


「ぐっ!」


 誠次はレヴァテイン・ウルを構え、ガルムの攻撃を受け止める。


「なんて、力だ……!?」


 こちらの魔法の刃をもろともせずに突き出された一撃は想像を絶し、誠次の身体は、それこそハリウッドアクション映画の何かのワンシーンのように、いとも簡単に吹き飛ばされる。


「ぐあっ!?」

 

 誠次は背中を強くバスに強打し、透明な唾をまき散らす。バスの激突地点が凹んだと言えば、その衝撃が凄まじかったのを物語っているだろう。

 

「はっ!?」


 両足で確りと地面に立った誠次の目の前まで、ガルムは一瞬で近付いていた。そのスピードは、こちらよりも確実に素早く、まさしく狩猟する四足歩行の肉食獣の域だった。

 誠次は急いでレヴァテインを持ち上げ、ガルムの攻撃を受け止める。左手の攻撃は頭を狙ったもので、誠次は咄嗟に顔をずらす。すぐ隣で黒の腕がバスに突き刺さり、誠次の鼓膜に不愉快な振動が奔る。

 横をちらりと見れば、バスの装甲はいとも簡単に突き破られ、ガルムは無言の脅威と暴力を誠次に与え続ける。


「こんなものを、アメリカは開発してたのか……!?」


 まさしく普通の人間を超人へと変貌させる、悪魔のような装甲スーツだった。

 脈拍数を限界まで上げる心臓は、誠次の胸をきつく締め付ける。そんな誠次の目と鼻の先で、あり得てはならないとある事態が起こっていた。


『……GARMガルム。それはアメリカの国土と国民を守るために、過去のアメリカ政府が作った兵器だ』

「日本……語? 日本人!?」


 驚き途惑う誠次の紫色の瞳の先。その、余りに訛りの無い滑らかな日本語は、日本人独特のもので、目の前に立ち塞がる黒い装甲から聞こえた。


『お前の事はこの国でもよく知られている。魔法が使えず、魔法のような剣を使って戦う、現代に蘇った侍。随分と屈折した侍像と言うのは、海外から見た日本と言う事で、有りがちだろう?』

「お前は……何者だ!? すぐに進軍を止めさせろ!」

『俺たちは止まらない、剣術士。魔法が使えないお前が何故なぜ魔術師の味方をする? 本来ならばお前は、隔離された人々アイソレーションズの味方をするべきだ』


 ガルムの黒い装甲越しに聞こえる籠った声は、こちらを否定するかのような気迫を感じさせるものだった。


「こんなやり方では、魔法の力で力ない人を押さえつけた魔術師たちと同じだ! そして俺は、大切な人やそんな人がいるあの国を……居場所を守りたいだけだ! 俺だけじゃない……あの四人にだって、それぞれ守りたいものがあって戦っている!」


 日本語が話せるのならばと、誠次は叫ぶ。国を失ってしまったルーナも、兄を失うかもしれないクリシュティナも、弟と会う事が出来ないでいる百合も。……王として人を導くヴァレエフも、誰もが決意を決めて戦っている。

 そんな彼女や彼らたちを守るためにも、誠次は腕に力を込めるが、


『居場所だと……? 守りたいものだと……? フン。結局はお前はそう言って、国際魔法教会(ニブルヘイム)の味方をするんだな』


 ガルムは、そんな誠次の叫びを否定するように、レヴァテインと鍔ぜり合う右腕に力を込める。ギュン、と、機械が律動する音がよく聞こえ、腕の力が高まるのを体感でも聴覚でも感じられた。


「違う……! 今はただ、この無意味な戦いを終わらせるんだ!」

『違う、か。なるほどな……。それゆえ、人は斬らずに武器を斬ったか? それで虐げられた人の怒りが沈むとでも?』

「どうとでも言え……。これが俺の戦い方だ!」


 誠次は咄嗟に足を引き寄せ、ガルムの腹部を蹴る。装甲はやはり鋼のように硬く、巨大な岩を足で押しただけのようだった。

 それでもガルムは、何を思ったのか誠次から一旦距離を離す。


『関係ないと知らぬ顔をする人の為、日本人である俺はこの装甲を身に纏い、アメリカの地で戦う……。後悔は、していない――!』

「ハアハア……!」


 レヴァテインを構える誠次の目の前、ガルムは静かに頭に両手を回し、頭を覆っていた装甲をゆっくりと持ち上げる。機械が作動する音が聞こえ、首と頭を連結していた箇所が外れていく。


「お前は……」


 誠次は緊迫した表情のまま、ガルムを見つめる。

 まるでバイクに乗る際のヘルメットを外すような手つきで、ヘッドギアを脱いだ男は、若く、

 

「俺は一之瀬隼人と言う。お前には誰よりも分かるはずだ。隔離された人々(アイソレーションズ)の痛みが!」


 汗で湿った黒い髪を頭ごと左右に揺すり、ガルムがその東洋人の顔立ちを誠次へ見せつける。立ちはだかるのは、明らかに魔法が使える、若い青年である。こちらに負けず劣らずの何かを成さんとする強固な意思を示す紫色の瞳の下、首元でぶら下がるネックレスが、全てを焼き尽くす灼熱の炎を受けて煌めいていた。

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