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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
王が歩む道
204/211

5 ☆

「ヴァレエフ・アレクサンドル……」

「いかにも。私が国際魔法教会の最高指導者だ」


 その声の主は、自分の頭の中の記憶の糸を辿っても、どこにもいなかった。

 彼が杖を付いてゆっくりと歩めば、高圧的な態度をしていた国際魔法教会幹部たちは次々と、敬服して頭を下げていく。

 立派に蓄えた白い髭の奥、しわが寄った表情こそ優しいのだが、その奥に威厳と覇気が宿っている事は、誰の目から見ても明らかで。

 誠次もルーナもクリシュティナも、初めて目の前にした魔術師たちの王の行く末を、動揺する心と目で見つめていた。


「せっかく日本から来てくれたと言うのに、外が騒がしくてすまない。体調が思わしくないので、座っての会話を失礼する」

 

 しんどそうな咳を(こぼしながら、ヴァレエフ・アレクサンドルはとうとう、誠次の真正面方向の座席へと座る。七五歳を越えた身体は、すでに酷使する事を終えた段階まで来ているのだろう。


「皆、楽にして欲しい」


 ヴァレエフが片手を持ち上げて、今度は英語で言えば、立ち上がっていた国際魔法教会の幹部たちも、静かに着席していく。


「ヴァレエフ・アレクサンドル……。国際魔法教会の、最高責任者……」


 あまりの驚きから、誠次はただただ呆然としていた。別格、である。


「そう言う君は今や、ヴィザリウス魔法学園の魔法生、か。逞しく育ったようだな」


 ヴァレエフは背もたれに背中を添え、透き通った青い目をこちらに向けてくる。欧米人ならではの彫りの深い顔立ちに見つめられると、まるで全てを見透かされているような、不思議な感覚があった。


「日本語、話せるのですか? それに俺のこと、昔から知って――」

天瀬優徳(あませゆうと天瀬明希菜(あませあきな。二人の日本人天文学者のことは、よく覚えている。世界が夜を失い、絶望に染められた世の中で、あの二人はいつだって(そらを見ていた」

「父さんと母さんを、知っているんですか……?」


 物心が付いてからは、僅かしか共にいられなかった懐かしい存在は、誠次の記憶の中で今も生きている。志半ばでこの世を去った彼らの事を、もっと詳しく知りたいと思った。


「こう見えて私は元々その筋の学者でね。君のご両親とは知り合いだった。まだ赤ん坊だった君を、明希菜は大事そうに抱いていたよ」

「そう、ですか……」


 そう言われれば、誰かが背後から自分を抱いているような優しい温もりを感じ、誠次は思わず口角を上げていた。


「でもどうして、貴方のような人と、俺の両親が話すなんて機会を……」

「話せば長くなるが、聞きたいか。……それは、そうだろうな。君の目は、優徳によく似ている。真実を追求し、人を思う、純粋で優しい目だ」


 ヴァレエフはゆっくりと片手を上げる。次の瞬間には、老いた身の彼が今もなお、世界各国の魔術師たちの王に君臨するに相応しい光景が、広がっていた。


「皆すまぬ。少しばかり、眠っていてくれ。……《ナイトメア》」


 瞬時に会議場の端から端まで広がった白い魔法式が、右手を掲げるヴァレエフの号令の元、一瞬で完成される。瞬く間に、国際魔法教会幹部たちは(こうべを落とし、誠次の背後にいたルーナとクリシュティナも、床へと倒れていた。二階席の百合(ゆりや聴衆も深い眠りへと落ち、やはり誠次のみが、正気を保ったままだった。

 

「その歳で魔法が、使える!? それにこの範囲で、今の構築速度は……!?」


 膨大な魔素(マナ魔法元素(エレメントが反応を起こした眩しさから逃れるため、腕で顔を覆っていた誠次が、ヴァレエフを凝視する。


「これでも遅くなった方だよ……。私も老いたな……」


 ヴァレエフは口で荒い呼吸を繰り返し、苦しそうにしていた。


「そして、物忘れも多くなった。二人のお嬢さんを気遣いなく床に倒してしまうとは。すまないが、介抱してやりなさい」


 ヴァレエフは誠次の後ろで寝息を立てているルーナとクリシュティナを見るような動作をし、誠次を促す。すぐに「はい」と返事をした誠次は、着ていた黒いコートを脱ぎ、二人を包むように広げて布団代わりにしてやっていた。室内は暖房が効いているため、そこまでの心配はいらないと思うが。

 そして、ヴィザリウス魔法学園の白い制服姿となった誠次は、今一度ヴァレエフと対面する。誠次とヴァレエフ以外、誰も起きることが許されぬ、ここは不可侵の領域だった。


「白亜の制服。よく似合っているよ、魔法世界の剣術士」

「……」


 ヴァレエフが呼吸を落ち着かせる最中、誠次は彼をじっと見つめていた。


「聞きたいことが山ほどあると言うのは分かる。順を追って、話そう」


 ヴァレエフも神妙な表情で、立ち尽くす誠次を見下ろしていた。


「二〇四九年の大晦日。俗に言う失われた夜の日(ロストナイトデイより前から、かねがね訪れたかった日本で、私はロシアからやって来た老学者としての日々を過ごしていた。蛇足かもしれぬが、まだ私が子供の頃に開催された、大好きな母国の選手が出場するオリンピックを見に、日本に訪れてな。それ以来、日本が好きになったのだよ。日本語が話せるのも、日本で長年過ごしていたからだ」

「学者って……天文学者、ですか?」

「当時ではもうあまり人気はなかったがな。世界は科学技術が最先端を行っていたから、皆その知識を身に付けることで精一杯だった。果てない天を見るよりは、手元の技術を見る方が確実だと。ロシアへ帰ろうとしていたある日、二人の高校生の男女が、私の元を訪れた」


 ヴァレエフは目を細めて、誠次をじっくりと見つめる。こちらに優徳と明希菜の面影を見て、懐かしさを感じているようだった。


「それが君の両親だった。二人は天文学に興味があると言う、当時では少し変わった印象があった生徒だった。だからこそ、二人仲が良かったのだろうな」


 述懐(じゅっかいするヴァレエフは、当時を懐かしんでか、緊張を解した優しい表情で微笑んでいた。

 両親が今の自分と同じ頃、この目の前に立ち微笑む老人にお世話になっていたと言う。そう思えば不思議と、目の前に座る元天文学者の老人に、感謝の気持ちも沸いて来る。


「二人は時に喧嘩もしながら、私の元で熱心に天文学の勉強をしていた。三人で夜空の彗星を観測した時は、今でも昨日の事のように覚えている……。――゛捕食者イーター゛が出現した、大晦日の夜も」


 そこでヴァレエフは苦しそうに咳をする。誠次が容態を気遣おうと手を伸ばすが、ヴァレエフは「結構……」と制する。


「優徳と明希菜のご両親も、その日のうちに死亡した。君も知っている通り、その後の五年間まで、栄華を極めた人類は、絶望の日々を送ることになる」

「五年間……。人類が初めて魔法で゛捕食者(イーター゛に反撃して、魔法の存在が認知されるまで……」

「五歳児による魔法の反撃。それは人類に残された希望だった。そして他でもなく、その子供を保護したのが、当時大学生だった君の父親、優徳だよ」


 衝撃の事実を聞かされた体は、少なくない衝撃を受け、誠次の全身が強張る。 


「俺の父さんが、魔術師を助けた……」

「ああ」


 ヴァレエフは頷く。


「共に両親を失った優徳と明希菜は、私と共にロシアの北の果てに居たのだ。君も物心がつく前の幼い頃、少しだけロシアに居たのだぞ?」

「だから、キリル文字に見覚えがあったのか……」


 数ヵ月前、特殊魔法治安維持組織(シィスティム本部で見た憲章を思いだし、誠次は自分の右手をじっと見つめる。


「優徳が保護し、隠居生活を送っていた私の元に連れてきた子供は、不思議な子だった。どこから来たのか、産まれた所も、両親の名も分からない。自分の名前と産まれてからの年齢だけは分かる、一種の記憶喪失だったのかもな」

「その子供の名前は?」


 世間的にも、当時五歳の子供が人類で初めて魔法を使ったとしか認知されていなかった。


「ヴィル・ローズヴェリー。あの子は自分の名を、そう呼んでいた。男の子か女の子かも分からなかったよ」

「分からなかった?」

「一夜を明けたら、あっという間に姿を消してしまってな。そして代わりに私に宿っていたものが、この偉大な魔法の力だったのだ」


ヴァレエフは皺の寄った自分の左手をじっと見つめ、言う。


「ヴィルが居なくなって。貴方が代わりに、魔法使いになったのですか」

「解釈の仕方は、人それぞれだ。優徳と明希菜の勧めもあり、私は゛捕食者(イーター゛に唯一対抗できるこの魔法の力を世界に広める活動をした。老い先長くはない生涯だ。私より長く生きるべきだった、死んでいった者たちのためにも、私は必死に魔法の存在を世界に示した。魔法など空想のものだと、最初は誰もが鼻で笑っていったが、実際に私の力を目にした者たちは次々と賛同をしてくれ、同時に魔法の研究も国家間を跨いで始まった。最先端を行っていた旧来の兵器は廃絶され、次第に魔法中心の世界へとシフトする。その移り変わりの中心には、やはり私がいたのだ。そして、私に賛同してくれ、多くの資金を提供してくれる出資者や、国家もあった」

「それが、国際魔法教会の元となったと言うことですか」

「その通りだ。だが……本来ならばこんな年寄りではなく、優徳が今の私の座にいるに相応しい存在だったのかもしれぬ」


 ヴァレエフは左手を右手でさすり、物悲しげに呟いていた。

 実の父親が国際魔法教会の最高指導者だったかもしれない。そう言われると、背筋をなにかが駆け抜けていく奇妙な感覚を覚え、誠次は身体を震わせた。


「だが、彼はあくまでかけがえのない日常を愛した。生まれたばかりの君と、愛していた明希菜を連れ、日本へ帰っていったよ」


 ――おれも、そうだ。


「一つだけ、訊きたいんです」

「何かな?」


 言葉を挟むようにした誠次だったが、ヴァレエフは優しそうな目で、誠次を見つめる。


「両親は……父さんと母さんは、幸せそう、でしたか……? こんな時代で生まれて生きて、魔法が使えない俺を、生んで……」

「……勿論だ。例え君が魔法が使えなくとも、あの二人は君の事を大切に育てていただろう。私も君の両親の訃報を聞いたときは、年甲斐もなく涙を流したよ」

「そう、ですか……。ありがとう、ございます……」


 今となっては、本心は分からないが、それでも。両親を思って泣いてくれた人がいたことや、また両親が自分や妹を生んだことに後悔をしていなければ、誠次は黒い瞳に涙を浮かばせるほど、嬉しく思えた。


(泣いちゃ、駄目だ……。格好悪い……)


 雫が溢れる前に、誠次は目元を急いで腕で拭い、顔を上げた。

 ヴァレエフは相変わらず、優徳と誠次を重ねているように、青い瞳を真っ直ぐこちらへと向けている。


「君の両親はこの世界を愛していた。そして私も、まだ多くの人が生きているこの世界を心から愛している。この老いた身体で特別に魔法が使えるのであれば、私はこの魔法世界の平和と安定の為に尽くしたいと思っている。君が見た憲章も、将来の世代へ向けた私の願いだよ」

「……」


 ヴァレエフの語りは、心地よく誠次の身体に響き渡る。彼の言葉を本当に鵜呑みにするべきなのか、誠次はしばし、判断に時間を要することになる。


「そろそろ皆を起こさねばな」


 椅子に腰かけたままのヴァレエフは、右手を前方へ伸ばし、白い魔法式を展開、すぐに発動する。

 放れた《グィン》の閃光が会議場を一瞬のうちに蹂躙し、百近い魔術師たちは目覚めを迎えた。

 

「うあ……っ。……誠、次?」


 後ろからルーナの声が聞こえ、顔を覆っていた誠次は振り向く。

 誠次の黒いコートを掛けられていたルーナとクリシュティナも共に、布団を掴むように上半身を起こしていた。


「昔話に花を咲かせたが、本題に戻ろう。天瀬誠次」


 周囲の国際魔法教会幹部たちが慌てて姿勢を正し直す中、先程までの優しい感情を一切まで殺しきったヴァレエフの威厳ある声が、誠次の現在の状況を知らしめる。審問は、まだ途中だったのだ。

 ――もっとも、もはやここはルーナとクリシュティナのこれからを議論する場ではなく、天瀬誠次とレヴァテインについての査問となっているわけだが。


「我々国際魔法教会(ニブルヘイムは、世界の平和と秩序の為に(る。君が持つ魔剣レーヴァテイン。我々はその強力な力を管理したい。そこで、君は国際魔法教会(ニブルヘイムに来る気はないか?」

「来るって、どう言うことです?」

「幹部となり、我々と同じ理想の為に尽くすのだ。魔法世界の平和と安定。それは君の両親も望んでいたことであり、君自身の願いのはずだ」


 そうすれば全ては丸く収まる。ヴァレエフの真剣な表情は、誠次の逃げ道を潰していくようだった。

 まるで視界が左右から(せばまっていくように、誠次はヴァレエフから目が離せなくなっていた。

 ――それでも今は、それでいい。五月蝿い外野は無視をして、この目の前の玉座に座する王に、剣術士(おれの意思を伝えるだけだ。


「俺は……父さんと母さんと妹に恥じない生き方をしていきたいです」


 誠次は右手の握り拳に、ぐっと力を込める。


「魔法世界の平和と安定。俺もそうなればいいと、思っています」

「では――」

「ですが、俺は貴方たちとは行動を共には出来ません。貴方たちが魔術師ならではの方法で理想を実現すると言うのであれば、俺は剣術士として、自分の理想を実現させます」


 魔術師たちの冷ややかな目が一斉に、宣言をした誠次へと向けられる。

 流石にヴァレエフも、少々面白くなさそうに顔をしかめているようだった。


「君の持つ魔剣は危険極まりないものだ。その強大すぎる力は世界のみならず、自分をも傷つけてしまうだろう。私は国際魔法教会(ニブルヘイムの最高指導者の身分であると同時に一人の人としても、君の身を案じているのだ」


 多くの人の上に立つ王としての威厳を保ちつつも、どこかでヴァレエフは誠次の両親の姿を誠次に重ね、案じているようだった。さしずめそれは、まるで孫を見守る老人のような優しさだ。彼の言葉に首を縦に振れば、約束された未来があるのだろう。

 しかし誠次は「お気遣い、感謝します」と、少なくとも本心から軽く頭を下げていた。そして、すぐに顔を上げる。


「かつて伝説の魔剣レーヴァテインが世界を滅ぼしたと言うのならば、俺の握る今のレヴァテインにそんな力は無いと思います」

「憶測か?」

「直感です。確証のある」


 誠次は即答した。


「俺と、俺の振るうレヴァテインはただ、すぐ近くにいる仲間を守る為の力しか持っていません」


 今も後ろにいてくれるルーナとクリシュティナの視線を感じながら、誠次は断言する。


「ほう。その力を見極めるものは……果たして?」

「解釈の仕方は、人それぞれだと思いますから」


 ヴァレエフの豪快な白い眉毛が、ぴくりと動くのを、誠次は見ていた。


「だから俺は、今までもこれからも。大切な仲間や友だちを守るためのレヴァテインで、戦い続けます。世界を滅ぼしたり、世界の平和を脅かすような圧倒的な力なんて、とても俺にはありませんから……」


 ――魔術師たちの持つ、魔法のように。


「俺はこれからもレヴァテインを扱い、剣術士として俺に出来ることを見極め、未来を切り開いていきます。俺の居場所はもう、ヴィザリウス魔法学園だけですから。帰る場所を、そこで他愛ない日常を過ごす人たちと共に、俺は生きます」


 最後に、誠次は三百六十度こちらを取り囲むようにして見つめてくる魔術師たちへ黒い視線を送り、ヴァレエフへと戻す。

 ヴァレエフは誠次を吟味するように、立派に蓄えた白い髭を軽く撫で、小さく嘆息した。


「……」

「……」

「……」


 長い長い沈黙が、会議場を支配した。心なしか、肌寒くなったと感じると同時に、内に込み上げる熱が収まることはなかった。

 まるでこの会場にいる全ての人が、誠次とヴァレエフの言葉を待っているようだった。


「……その強情と正義感は、母親譲りか……」


 ヴァレエフは眠りにつくように、静かに瞳を閉じる。昔を思い出すように、深呼吸をしているようだった。


「貴方も言ったように、剣術士と魔術師、この魔法世界でたどり着く場所は同じはずです。歩む道は違えど、その理想の到達点にお互いたどり着けるよう、俺は助け合っていきたいです」

「……諸君。聞いたかね?」


 両手で握った杖を前に、ヴァレエフは口を開く。

 国際魔法教会の職員たちは、返答に困っているようで、ざわざわとした言葉にならない声が、両耳に聞こえてくるだけだった。


「情けない話ではあるが、現状の国際魔法教会(ニブルヘイムは、一枚岩ではない。君を認める者もいれば、君を認めない者がいることもまた事実だ。君が我々と同じ道を行かず、一人で他の道を歩むと言うのならば、道は熾烈と困難を極め、険しいぞ?」

「一人ではありません。今も共にいるルーナさんやクリシュティナさん、百合(ゆりさん。日本にもいる仲間と友だちと、俺は進みます。例え道が困難でも、命を懸けてまで守りたいものが、この魔法世界にはあるんです」


 男友だちや、自分に魔法(チカラ)を貸してくれる少女たち。それら以外にも今までに出会ってきた人々の顔を、彼ら彼女らの色とりどりの表情を頭に思い浮かべ、誠次は言い切る

 ヴァレエフは誠次の黒い瞳をじっと見つめる。そして、またしても長い静寂の後、顔を軽く逸らす。


「オルティギュアの姫、ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト。そして女官(にょかんのクリシュティナ・ラン・ヴェーチェル」


 ヴァレエフが声を掛けたのは、誠次の後ろにいるルーナとクリシュティナだった。

 声を掛けられた二人とも、なにも言わずに頭を軽く下げている。それは誠次もだったが、そうしなければならないと言う覇気が、やはりヴァレエフにはあった。


「祖国の救援に我々の魔術師の到着が遅れたこと、すまなく思う。そして、私の知らなかったことであったとは言え、結果として君たちの若い大切な時間を長年奪ってしまったこと、謝罪する。ロシアの支部の幹部には、私からも厳しく注意をした。その上で、君たち二人の意思を改めて(こう」


 誠次が身体を反らし、ルーナとクリシュティナに視線を送る。二人とそれぞれ目が合えば、二人は力強くうんと頷き返した。


「私とクリシュティナは、ヴィザリウス魔法学園で誠次たちと共にいることを望みます。かつていた、オルティギュアの民を忘れることなく」

「私もこれからもルーナを支えながら、誠次や大切な友だちたちと、ヴィザリウス魔法学園を卒業したいです。重ねますが、身寄りを失った私たちを保護してくれた国際魔法教会(ニブルヘイムには、感謝をしています」

「……そうか。二人とも、晴れやかな表情をしているな。おそらくとも言わず、君のお陰なのだろう、剣術士」

「二人を救えたことは、俺の誇りに思っています」


 身体を正面へと向け直し、誠次は力強く頷いた。

 ヴァレエフは堪えきれない咳を再び溢した後、ゆっくりと立ち上がる。


「魔術師と剣術士。この西暦の魔法世界の中では、歩む道は違うのだろう……」


 少しだけ、寂しさを漂わせる表情をしてから、ヴァレエフは白と黒のマントを(ひるがえす。


「が、たどり着く場所は同じか……。だから、君の周りには、多くの理解者がいるようだ」


 国際魔法教会の幹部たちも次々と立ち上がり、ヴァレエフを見つめる。


「それは貴方にも、同じことが言えます」


 改めて見れば、ヴァレエフを崇拝する圧倒的な人の気配に、誠次は全身の肌が粟立(あわだつ思いだった。

 多くの人の視線を浴びながらも、ヴァレエフの堂々とした佇まいは、彼が七五歳を過ぎた老人であると言うことを忘れさせるものだった。


「諸君。若き彼らを日本へと帰してやりなさい。そこが、彼らの居場所なのだろう」

「「「……」」」


 ヴァレエフの言葉に対し、反論を唱える者はこの場にはいなかった。

 威厳を(まとったまま、歩き出すヴァレエフ。若い頃の家族のことなど、まだ聞きたいことや、話したい事は沢山あった。しかし、今の誠次には、彼が歩くのを止めることが、出来なかった。この魔法世界の全てを、若き日とは比べて小さくなった肩に背負った老王はもう、こちらに背を向けていたのだ。


「……」


 彼が見るこの魔法世界とは、いったいどのような光景なのだろうか。読み取ることは出来ず、誠次もまた、ヴァレエフが杖をついて歩く姿を見送っていた。


『……閉廷する』


 王が放った言葉により、ルーナとクリシュティナの形だけの査問会は終わりを迎えた。


「終わ、った……」

 

 緊張を通り越した何処へ心はあったのだろう。瞬時に全身から汗が噴き出し、足も震えていたことに、誠次は気づく。

 多くの大人たちだけでなく、この地球に生きる全ての人々の頂点に立つ人と面と向かって口論をしたのだ。どう考えても、正常な心境でいられるはずではなかった。


「「誠次っ」」


 ――例え強がりでも、それができたのは、駆け寄ってくるルーナとクリシュティナがいたからだろうか。


「あはは……。か、身体が、うまく動かない……」


 盛大に息を吐き出し、振り向いた誠次は、二人を受け止めるように両手を伸ばしていた。


「感謝する、誠次……。君がいなければ、私もクリシィも、きっとどうにもならなかっただろう……」

「ありがとうございました、誠次……。貴方がいてくれて、本当に、嬉しいです……」


 二人の少女からの感謝の思いを受けとれば、これ以上のやり甲斐はなく、誠次も二人と同じく喜びの笑顔を見せていた。


「日本に、俺たちの居場所に、帰ろう!」

「ああ!」

「はい!」


 三人で手を取り合う中、誠次は二階を見上げる。


「――おめでとう……本当に良かったわ……」


 面白くなさそうに会議場を後にする大人たちの中、目立つ金髪の風貌をした百合は、こちらを優しく見下ろして、うんうんと何度も頷いてくれていた。


           ※


「――査問が終わったよ。彼は相変わらず、かつて愛した女性(ヒト)を守り続けている。それはもはや理屈ではなく、幾億年前から続く宿命。だから、だからこそ女神(カノジョ)たちは彼に魔法(チカラ)を与え続けているのかい……?」


 ただただ人を斬るだけではなく、言葉での活躍を終えた誠次の活躍は、若い少年の風貌をしたトリックスターには極めて面白くない出来事であった。

 

「まさかあの場で、あそこまでの胆力(たんりょくを発揮するとは、想定外だよ剣術士(スルト。さすがは、僕が愛した人の王……」


 落胆する一方でしかし、あの頃自分が゛愛していた゛者の活躍に、トリックスターは微笑む。


「せっかくこの異国の地まではるばる来てくれたんだ。初日と同じように、サプライズをしなくちゃ。最愛の僕からの贈り物だ。きっと、彼も喜んでくれるはず……」


 他でもない、マンハッタン初日に誠次とクリシュティナが巻き込まれた騒ぎの発端は、トリックスターが放った魔法によるものだった。魔法が使えない隔離された人々(アイソレーションズ)は魔法を恐れ、今も街を自由に歩く若き魔術師たちの陰に隠れる生活を、強いられている。


「彼だけが幸せすぎるのは、不公平だろう? 喜びも痛みも、分かち合わないと、いけないんだ……。私はまだ、彼を愛しているから……」


 周囲に風を遮る建物が少ないここは、マンハッタンの東隣、ブルックリンに在る遺棄された軍事基地だ。かつて世界最大にして最強と呼ばれたアメリカ陸軍を象徴とする施設だが、魔法が生まれてから数年。旧来の重火器や兵器の有用性が薄くなるに連れ、ついには棄てられた土地である。新造する施設もまだ決まっていないようで放置されているようだが、当然、今でも危険な銃等が保存されており、一般人の立ち入りは固く禁止されている。

 ふと足元を見れば、ぼうぼうに生えた雑草から覗く、舗装された滑走路。かつては無数の戦闘機がそこを飛来していたが、今となっては、それらの元となった鳥たちが餌を求めて飛び降りてくるだけだった。

 そして、その忘れられた土地の地下に、トリックスターが求める存在があった。


「銃社会から魔法社会へと移り変わった自由の国。その忘れ形見たちを、お前はまだ守っていたのか――?」


 錆び付き、風土となろうとしている過去の遺物たちを足で踏みながら、トリックスターは軍用施設の地下へとたどり着く。

 周囲の錆び付いた機材と比べ、そこで綺麗に保管されてあったのは、人の姿のように、頭と手足がある漆黒の兵器だった。有事の際、生身の人へ直接装着し、人のあらゆる行動や能力を限界まで高める装備として、米軍が開発したその兵器はかつて、パワードスーツと呼ばれていた。

 いくつもの試作品の後、完成したそれは、人が着るにはあまりにも禍々しい形をしていた。まるで、血肉を漁る獣のようで。

 埃が積もったヘッドギア部分には、その印象を抱くに後押しするような刻印が刻まれていた。

 微笑むトリックスターは、まるで生まれたての赤子を撫でるような優しい手つきで、ヘッドギアの白い埃を指で絡めとる。

 ――正確には、子犬か。


番人(スルト)がここまで来ているよ。互いに守るべきもののために戦え、番犬ガルム


 役目を終え、静かな眠りについていた番犬(ガルム)の首輪が、解かれた――。


挿絵(By みてみん)

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