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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
王が歩む道
203/211

4

 翌朝。ホテルのロビーにて、桐野きりの沢田さわだとは別れる。彼女らはセントラルパーク内の、キルケ―魔法大学へと向かうのだろう。

 そして、誠次せいじたちはマンハッタンの東を流れるイースト川沿いにそびえる、国際魔法教会本部へと向かう。レヴァテイン・ウルを移動用の車のトランクに入れた所で、誠次は後ろから桐野に声を掛けられる。


「頑張ってください、天瀬(あませ)くん。兵頭ひょうどうに勝った貴方なら、どんな困難も乗り越えられると思いますから」

「ありがとうございます。先輩たちが歴史を紡いだヴィザリウス魔法学園の為にも、頑張ります」


 誠次は胸を張り、桐野へ答える。


「キルケー魔法大学には私と沢田さん以外にも、沢山のヴィザリウス魔法学園の卒業生がいます。そして、ヴィザリウス魔法学園出身者には現地の人から決まってかれることが、あるんです」

「訊かれること?」

剣術士ソードマンを知っているか? と」

「そう言えば、ネットで知られているんでしたよね」


 苦笑した誠次は頬をかきながら、周囲を見渡す。

 ここへ来て実感がないのは、ここでは迂闊にレヴァテインを装備出来ないので目立たないからだろう。自分がヴィザリウス魔法学園の象徴となりつつあることに驚く一方で、魔術師たちの為の魔法学園なのに剣術士が目立っている現状が奇妙に感じる。


「――隔離した人間共アイソレーションズを許すな!」

「――お前は魔術師か!?」


 突然、マンハッタンの朝に響き渡る、群衆の叫び声。声の方を見れば、プラカードを掲げた人たちが、荒々しく白い息を吐きながら、行進をしているところであった。行進する軍団によって、幅広の道路は塞がれてしまっている。

 国際魔法教会が手配したタクシーの運転手は、車のボンネットに手を付き、忌々し気に群衆を睨んでいる。


「彼らは何と?」

「アイソレーションズを排除しようとしている人たち。つまりは、私゛たち゛と同じ、魔術師ですね。魔術師ではない人たちを探し出して、マンハッタンから排除しようとしているようです」


 桐野も猫のような釣り目を細め、行進する彼らを見つめていた。

 昨日とは真逆の強行集団。魔法が使えない人々を排除しようとする、魔術師ウィザードたちだった。


「日常茶飯事なんですか?」

「ええ。セントラルパーク付近の市街地ではよくある事です。逆魔女狩り、とはよく言ったものです……」


 日本では考えられない光景に、桐野も慣れるのに時間が掛かったと言う。


「貴方は彼らに対し、どう思いますか?」

「……」


 アルゲイル魔法学園でのやり取りを彷彿とさせる桐野の質問に、誠次は視線を落とし、じっと考え込む。もしかしたら自分も、隔離された人々アイソレーションズなどと呼ばれていたかもしれないと思えば、不思議な感覚もあった。


「……俺にはまだ、よく分かりません。けれど、あんな風に声を荒げて、もう一方を完全に否定するような考え方で、状況が良くなるとは思えません」

「共存の道、ですか。二つの人の境界線に立つ、貴方らしい考え方ですね。大事にしてください」


 やがて行進の列が去って行き、今のうちに誠次たちはタクシーに乗り込む。

 誠次は助手席に。百合ゆりとルーナとクリシュティナは後部座席に乗り込み、車はイースト川方面へ向け発車する。


「それでは」

「ぐっばーい!」


 微笑む桐野と陽気に手を振る沢田を乗せた車も、同じ道路を走り、やがて離れていく。

 天気は昨日の曇り空がより黒ずんだ、鼠色だ。ビルとビルの間をすり抜けて見える、どんよりとした黒い雲は、溜め込んだ大量の涙を、いつニューヨーク市民へ向け流してもおかしくはなかった。


「見えたわ」


 後部座席から身を前に出した百合が、誠次の座る助手席に手を添え、前方をのぞんでいる。


「あれが国際魔法教会本部よ」


 ルーナとクリシュティナも、ロシアにある支部には何度も訪れたと言うが、本部は初めてだと言う。

 古代の神殿のような佇まいをした国際魔法教会本部の建物は、ニューヨークに並び立つ周辺のビルと比べて、異質さが目立っていた。

 国際魔法教会本部は、厳重なセキュリティで、四名の日本からの渡米者を迎えた。有人認証システムの門を幾つも潜り、重苦しい空気が漂う神殿の中を、タクシーが入って行く。なんでも国際連合時代は、一般人の入場も出来、ツアーなどもかつてはあったようだ。その名残は、今となっては一つも残されてはいない。


「お待ちしていました、ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト様。クリシュティナ・ラン・ヴェーチェル様。天瀬誠次様」


 駐車場でタクシーから降りればすぐに、灰色のスーツを着た外国人男性職員がやって来る。


「付き添いの方ですね?」

「はい。星野百合ほしのゆりです」


 本日の旅の目的地という事もあって、四人とも昨日までの観光に適したラフな格好ではなく、厚手のコートの下には制服を着ている。風を受け幾つもの国際魔法教会の旗がひるがえる真下、リクルートスーツ姿の百合は、会釈をしていた。


「控室をご用意しています。総会の時間まではそちらでお過ごしください。手順はそちらで説明いたします」


 次いでやって来た職員が、車のトランクを開けようとする。


「待ってください」


 それらを制したのは、駆け寄った誠次であった。


「レヴァテインは……剣は俺が肌身離さず持っています。ここは厳密には合衆国の領土でもないはずの、中立の地のはずです」

「何だと?」


 日本語での言葉に、長身の職員二人が顔をしかめる。


「誠次はツルギの所持を訴えている」


 ルーナが英語で翻訳し、職員二人に告げる。

 ルーナの姿を一目見た途端、二人の職員は慌てた様子で、手を引く。ここも日本ではあまり実感が湧かなかったが、やはりルーナは国際魔法教会の中では名の知れた高貴な姫と言う存在なのだろう。


「ありがとうルーナ。さすがお姫様だな」

「誠次……。私と君はもう同じクラスメイトのはずだぞ……」


 感謝の意を送ったつもりだったが、ルーナはねたようにくちびるを尖らせ、胸元の青いリボンを見せつけて来る。

 誠次は鞘に収まったレヴァテイン・ウルが入った大きな黒い袋を、背中に掛けていた。背中に感じる重量感を確認すれば、緊張で高鳴っていた胸がやけに落ち着いてしまうのは、もうご愛敬だろう。


「どうぞ中へ。ご案内します」


 微笑む職員に促され、誠次たちは百合を先頭に国際魔法教会本部の中へ。この時代となっては随分と必要性の乏しくなった金属探知機も、入口にはあった。


(銃社会の名残、か……)


 魔法大国となる前のこの国には、銃が蔓延はびこっていた。時代が魔法に移ろい変わり、それらは歴史の一部となって、次第に人々の記憶から薄れていく。


「機密保持のため、外部と連絡の取れるものはこちらで預からせて頂きます。ご了承を」


 この決まりはどこの国際魔法教会支部も同じようで、ルーナとクリシュティナは手慣れた様子で電子タブレットを預ける。百合と誠次も、ルーナとクリシュティナに習って、自分の電子タブレットを預けていた。

 その後は電子スキャンによる感染症の確認。同性職員によるそれぞれの細かな身体チェックを繰り返され、ようやくロビーへと入る事が出来た。数分に渡るチェックを受ければ、まるで精密検査を受ける出荷前の新車の気分である。

 用意された控室は、四人が共同で使う、ホテルのスウィートルームの一室のような場所だった。ただし本来は開かれていたと思われる大きな窓は閉ざされ、外の様子は伺えない密閉された部屋だった。圧迫感を感じないと言えば、やはり嘘になる。


「お時間までの間、何かご入用であれば内線電話をお使いください。お食事等のルームサービスは、そちらにメニューもございます」


 簡単な部屋の説明を終え、終始笑顔でいた職員が一礼をして去って行く。部屋が完全に締め切った後、思わずため息を溢したのは四人ともにだった。


「日本が恋しくなってくるわ……」

「確かに。あくまで優待されているとは言え、これでは息が詰まりますね」


 椅子に座る百合と、部屋の中を見渡すクリシュティナが声を発する。


「まるで監視されている気分だ」


 ルーナも細い腰に手を添え、面白くなさそうに呟く。


「何か頼みますか?」


 重たい空気を払おうと、誠次がルームサービスの一覧が浮かび上がるタブレットを出力し、メニューをスライドする。ホテルで頼もうものならば、数千は下らないものばかりだろうが、どれも無料だった。


「なっ!? メニューに、お茶が、無い……」


 ここへ来てまさか増々寂しい思いをするとは……。異国の地の洗礼に、誠次が涙を呑んでいた。


「私だってマヨネーズを取られた……」

「それは仕方ないんじゃない……?」


 気落ちするルーナに、百合が苦笑しながらツッコむ。


「総会までまだ時間があります。適度にリラックスしながら、本番に備えましょう」


 クリシュティナの言葉に、一同は頷いていた。

 基本的にはやはりルーナとクリシュティナの国際魔法教会幹部との質疑応答が中心になるだろうが、彼らがどのような質問をしてくるのか、まだはっきりとはしていない。それでも誠次はあくまでルーナとクリシュティナの為に、国際魔法教会幹部の質疑応答に誠実に応えるつもりでいた。


            ※


 ――出発前、演習場でのいつもの特訓の間、八ノ夜はちのやとの会話を思い出す。 


「罠の可能性、ですか?」

「ああ。三か月もの間、ルーナとクリシュティナを無視した後、今になっての急な呼び出し。そこへ天瀬、お前の同行も必須。ある意味、国際魔法教会の最初の狙いはこれで達成したことになる」

「俺を呼び出すために、ルーナとクリシュティナを間接的に使った事……」


 特訓の相手であり、八ノ夜の使い魔である甲冑の騎士ランスロットがうむと頷く中、誠次は顎に手を添える。


「でも妙なんですよね。間接的にルーナさんとクリシュティナさんを使って俺を呼ぶよりは、今回のように召集命令と言う形式を取った方が、確実に俺を連れて行けたはずです」

「そこで考えられるのは、レヴァテイン・ウルだな」


 誠次の右手に握られている漆黒の剣を睨み、八ノ夜は言う。すでに何度もランスロットとは刃を交わしているが、刀身に一切の傷はなく、相変わらず特別な剣だという事を、その身をもっていかんなく証明している。


「なるほど。ルーナさんのグングニールと融合させたレヴァテイン・ウルを、国際魔法教会は見ていると」

「ああ。だがその一方で、召集命令と言う言葉の響きと世間体があまり良くない真似を、連中が最後まで使い渋った、と言う線も考えられるがな」


 八ノ夜は慎重だった。

 先ほどから薄々気づいていはいたが、八ノ夜は国際魔法教会の事を連中、奴ら、と呼ぶなど、あまり心地よい印象ではない呼び名で呼んでいる。自称であるが幹部なのに、それでいいのだろうか。


「いずれにせよ用心に越したことはない。……やるべきことは、分かっているな?」


 力強い八ノ夜の眼差しを受け、誠次は真剣な表情で頷く。


「はい。ヴィザリウス魔法学園の生徒の為、ルーナさんとクリシュティナさんの為にも、俺は力を尽くします」

「良い返事だ。頼むぞ天瀬」


 誠次の言葉に、ランスロットは称賛するかのように甲冑に包まれた手でかしゃかしゃと音を立て、拍手を送っていた。相変わらず健気なランスロットである。


             ※ 


 ルームサービスによって運ばれて来たコーラを飲みながら、誠次は本部の控室にて本番に備える。ホログラムのデジタル時計が知らせる時刻は、もうすぐ正午を迎えようとしている。

 先ほど職員が来て、本番にあたり百合は席で清聴するようにと言い渡された。そして同時に渡された、本部の地図。ルーナとクリシュティナの審問は、地下にある会議場で行われるようだ。地図を見る限り、とても二人の高校生を問い質すために用意されるべき部屋ではないほど、広い印象を受けたが。


「これではまるで裁判だな……」


 ルーナの言葉通りだと思った。今はありったけのぬるま湯に浸からせておき、こちらがふやけた所を狙う算段か。


「大丈夫かルーナ?」

「ああ。誠次が近くにいると思えば、どんな困難も乗り越えられそうだ」

 

 さすがに緊張していた様子のルーナも、誠次が声を掛ければにこりと微笑み、リラックスした表情を見せていた。

 間もなく職員がやって来て、ルーナとクリシュティナの査問の時間を知らせる。誠次は証人として途中から室内に召喚されるため、二人については行けない。百合に出来ることも、傍聴席から二人を見守るだけだ。


「行ってくる、誠次」

「行ってきます、誠次」

「二人とも頑張ってくれ。俺も後から行く」

「私も上からちゃんと見守っているわ。頑張りましょう」


 言葉を交わしあい、三人の女性陣が部屋を出て行く。

 一気に虚しくなった室内で、誠次もまた、自分が呼ばれるその時を待ち続けた。ルーナとクリシュティナが向かったであろう会議場の様子を伝えるカメラもなにもない。電子タブレットもないので、暇を潰す手段もなくし、(おのずと誠次はレヴァテイン・(ウルを見つめていた。


「ルーナ、クリシュティナ。頑張ってくれ……。俺は、二人を必ず……守る」


 迂闊な行動はかえってこちらの不利を招く。鞘に収まったレヴァテイン見つめ、椅子に座る誠次は祈ることしか出来ないでいた。

 

 会議場と言うのは名前だけで、実際にルーナとクリシュティナが連れてこられたのは、連邦裁判所そのもののような場所だった。薄暗い照明の中、コの字型の机が階段を作るように並び、そこらに座る諸外国の長官は、二人の女子を背後から以外でくまなく睨み付けられる態勢だ。


『ただ今より、審問を開始します。審問対象者は、亡国オルティギュア国王のご息女、ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト。そしてオルティギュア王家に(つかえる従者の一族、ヴェーチェル家のクリシュティナ・ラン・ヴェーチェル』


 英語の声が、たった二人の女子高生を審問するにはいささか広すぎる気がする室内に、響き渡る。

 二人にとっては、ヴィザリウス魔法学園で過ごしているうちに薄まっていたもう一人の自分の存在を、国際魔法教会の職員は呼び起こしてくるのであった。


『まず始めに、これからの証言に偽りはないと、二人には神に誓いを立ててもらいます。傍聴席の皆様も、ご起立お願いします』

(まるで現代に蘇った魔女裁判ね……)


 周囲の聴衆と共に真剣な表情で立ち上がった百合は、内心でそう思い、さながら裁かれる異端者のような扱いを受けている魔法少女二人の背を見守っていた。

 表向きは、単なる尋問。その実、弁護人無き裁判は、粛々(しょくしゅくと始まっていた。


『ラスヴィエイト。ヴェーチェル。我々にはどうしても解りかねる。君たち二人のご両親が゛捕食者(イーター゛によって喰われ亡くなられた後、君たち二人を保護して育てたのは我々国際魔法教会(ニブルヘイムだ。育ての親を裏切るつもりか?』

「私とクリシュティナをここまで育ててくれた事の感謝は、忘れてはいません。しかし、オルティギュア王国の国民の生き残りがいなかったと言う事実を隠されたままだったことに対する不信感が、大きいのです。結果としてそれは、大切な友達を傷つけてしまったと言う最悪の事態を招いてしまいました」


 こちらを包囲してくるような大人たちの鋭い目線にも負けじと、ルーナは顔を上げて声を張り上げる。


『大切な、友達……?』


 その言葉が呟かれれば、会議場で失笑が沸く。まるで、ルーナの言った言葉を馬鹿にするように。

 その瞬間、クリシュティナは気づいた。自分より半身分身体を前に出しているルーナの足が、小さくだが、震えていたのだ。

 今もまた、私はここでルーナや誠次に守られようとしている……。

 首を横に振ったクリシュティナは、無理をしているルーナの手を後ろからぎゅっと握りしめ、自身も前へ身を出す。


「私は……ずっと国際魔法教会(ニブルヘイムを信じて生きてきました。……そうするしかなかった状況が、今となっては異常だと感じていますっ! 私は゛ルーナ゛の言うことが正しいと思います!」


 顔を真っ赤に染め上げながらも、クリシュティナは懸命に叫んでいた。

 急に手を掴まれて驚いていたルーナであったが、クリシュティナの真剣な表情の横顔を見れば、うんと頷いていた。


『愚かな……。王家に仕える身分で、口を出すとは』

「そのオルティギュアは……滅びました。国を亡くした私とルーナを保護してくれた事は、私も感謝しております。しかし、故郷の事実を知らされなかった件は、また別の問題だと思います!」

『今の今までずっと姫の後ろでこそこそしているだけの存在だと思っていたが、いらない感情を身に付けたようだな? ヴェーチェル』

「私だって……人です……」


 クリシュティナも精一杯の反抗だった。大多数の大人たちのこちらを見下す目に押され、次第に覇気を無くしていく。

 それでもルーナの為にと胸を張ろうとしたクリシュティナの意思を挫いたのは、この世に残された一つの、大切な存在だった。


『ミハイル。(しつけがなっていなかったようだな?』

「申し訳ございません。ヴェーチェル家の恥です」


 ミハイル・ラン・ヴェーチェル。向かって右斜め前方面の上の階に座っていた、クリシュティナの兄の国際魔法教会幹部の青年は、深々と頭を下げていた。


「お兄、様……っ!?」


 驚愕するクリシュティナは、赤い瞳を揺らし、ミハイルの姿を見上げる。

 満足そうに微笑む国際魔法教会の幹部たちの様子を見るに、これのためにわざわざロシアからミハイルを呼びつけたのだろう。


「ベルナルト・パステルナークと言う野蛮な傭兵を使った、国際魔法教会(ニブルヘイムのやり方はおかしい!」


 身体を縮こまらせ、完全に言葉を失ったクリシュティナを、今度はルーナが庇うように、震える声を張り上げる。


『あれは奴の暴走だ。我々の知った事ではない。そもそも我々は、もっと事を穏便に済ませようとしていた。そこに剣術士が無理やり介入した事で、事態は複雑化したのだ』

「っ!? 誠次は私たちを救ってくれた! それにそもそも、誠次の身柄を欲したのはそちらだろう!?」

『すべては本人の口から語らせるまで。なんでも今日は遠路はるばる日本から来てくれているらしいじゃないか。彼を呼びなさい』

「最初から、これが狙いか……っ!」


 ルーナもまた、自分の意見は軽く流されてしまう状況に、進退窮まっていた。

 初めから国際魔法教会の幹部に話し合う気などは、無かったのだ。自分たちを餌に、彼らは当初の目的であろう天瀬誠次の召集を成し遂げた。


「結局、私たちは……。誠次……すまない……っ」


 国際魔法教会の幹部たちが手元の資料を捲る中、ルーナは悔しく歯軋りをしていた。


          ※


「――天瀬誠次様。お時間です」


 その時は、比較的早く来たと思う。誠次がただ静かに待つ、静寂が包んでいた部屋に、国際魔法教会の女性職員がやって来た。日本語が話せる、おそらく日本人であろう、東洋風の顔立ちだ。

 

「……はい」


 もしかして、日本の方ですか? と言った些細な会話を向こうが許してくれる気はせず、誠次は座っていた椅子から立ち上がって、深呼吸をしていた。

 こつこつと足音を立て、静かな国際魔法教会本部の廊下を、誠次は歩く。来た時は多少なりともあった人の気配も、審問が始まってからか、すっかり失せている。


「入場して証人として証言するよりまず初めに、神に宣誓をしてもらいます。自分の発言に嘘偽りがない事を誓うのです」

「神に、ですか」

「ええ」


 両開き扉の前で、誠次は最終説明を受ける。目の前に聳える扉の先に、ルーナとクリシュティナはいるのだろう。

 隣に立つアジア人の女性は、腕時計型の電子タブレットで、時間を確認しているようだ。


「背中の剣は、証言の間私がお預かりします。中に危険物を持ち込ませるわけにはいきませんので」

「……分かりました」


 ここは従うしかないだろう。誠次は背中に背負うレヴァテイン・ウルが入った袋を外し、女性職員に手渡した。

 間もなく、内側から扉が開かれる。それが合図となり、誠次は室内へと入場した。


『証言者。日本ヴィザリウス魔法学園、一学年生、天瀬誠次。彼はくだんの件での当事者であります。剣術士と呼ばれており、その名の通り、剣での戦いを行い、ラスヴィエイトとヴェーチェルを救出したとの事です』


 聞き取れない英語がマイク音声で流れる中、誠次は前を見据えて歩き、ルーナとクリシュティナの真横に用意された証言台へと向かう。


(こんなの、一方的じゃないか……!)


 三人を見下す瞳の量を確認し、誠次は内心で呆気に取られる。威圧する大多数の眼光。これではとても公平な受け答えなど、出来そうにない。

 こちらを見つめるルーナとクリシュティナも、すっかり疲弊ひへいしてしまっており、険しい表情を浮かべている。

 途中、二階の席に座る百合とも目が合った。この場では彼女だけが味方のようなものであり、彼女もこちらに何かを期待するような視線を送っており、誠次は軽く頷いていた。

 証言台の前に立ち、形ばかりに頭を下げる。

 

『それでは天瀬誠次くん。神への誓いを』

「……はい」


 日本語で用意された文面を見つめ、それを朗読する。ペンを使って宣誓書に署名をし、自分の名の判を押す。これにて、国際魔法教会の幹部たちが言う゛神への誓いの儀式゛とやらは完了だ。


『……宜しい。それでは只今より、証人尋問を開始します!』


 誠次が神への誓いを立てたことを、どこか満足そうに見つめていた国際魔法教会の幹部の男性が、高らかな声で宣言する。

 表向きはルーナとクリシュティナの一件で、ベルナルト・パステルナークとの間に起きた当時の状況の聞き取りだ。しかし、それらの質問からは次第に脱線を始め、誠次本人の事についての質問が多くなる。


『君に魔法は効かないと聞いたが、事実かね?』

「はい。無属性のみに限りますが」


 即時翻訳された言葉が筆記文字となり、幹部それぞれの手元の電子タブレットが浮かばせるホログラムへと、英語で出力される。

 ざわざわと、こちらの身の異常さを聞いた魔術師たちが、騒ぎ立てる。情報では耳に仕入れていたようだが、それが確信に変わった瞬間だ。


『君が持つ剣、レヴァテイン。その剣を扱う君の活躍は手元の資料で確認させてもらった。見たところ、何人もの人を斬った、とあるが、これは日本の法律で禁止されている事なのではないだろうか?』

「それは……禁止されている事なんでしょう。ですが、なにもそれは魔法にも言えた事です。剣も魔法も、人を傷つけるという点では、変わりがないと思います」

『自分の事を棚に上げる気か?』

「いえ。少なくとも俺は、自分がしている事に無責任でいる気はありません。ただ、俺は魔法が使えません。そんな中で、俺や俺の大切なものを奪おうとするモノが来るのであれば、俺は剣で対抗するというだけです。貴方たちが世界の人を魔法で守ると言うのであれば、俺は身近な人を剣で守ります。大切なものを守りたい気持ちは、貴方たちと同じだと思います」

『魔法が使えない分際で、我々魔術師と同じだと? 図に乗るな、異常者が!』


 もはや゛証人尋問゛のていを成さなくなっていると言わんばかりの、国際魔法教会幹部の激昂。

 誠次も誠次で、表情こそ冷静を務めてはいるものの、内心ではルーナとクリシュティナを追いつめた相手に憤慨していた。


「貴方たちがルーナさんとクリシュティナさんを利用したせいで、あの二人は最後まで苦しんでいたのです! それをここへ来て更に追いつめて……っ。貴方たちが世界の平和をうたうと言うのであれば、あんなやり方は……とても賛同できません!」

『世迷言を……! 我々国際魔法教会ニブルヘイムを否定するか!』

「否定だなんて……そんな排他的な考えだから、隔離された人々アイソレーションズと呼ばれる人たちを生み出してしまうんですよ! 魔法が使えない俺が、魔法学園で魔術師と共にいられるように。あの人たちにだって、この魔法世界に居場所はあるはずです!」 

「――(みな、落ち着け」


 荒れた場を一旦落ち着かせたのは、重々しくドアが開く音と共に、入場してきた老人の威厳ある声によるものだった。白髪と白髭を蓄えた、青い目をした老人は、杖をつきながらゆっくりと、中央の座席へと向かう。

 喧騒に似た声は一斉に止まり、この場の人全ての視線が、杖をつく老人が歩く姿を見つめていた。

 誠次もルーナもクリシュティナも、突如として現れたこの老人を知っている。実際に会うのは初めてであったが、それでも。他の者とは違うただならぬ気迫と風格を、老人からは感じていた。野次を飛ばし続けていた国際魔法教会幹部たちを黙らせたのも、その老人の力によるものだった。


「こうして再び君の顔を見れるとは。天瀬誠次くん」


 天使の羽のような白いマントを羽織る相手は、日本語を巧みに使い、誠次を見つめて、にこりと皺の寄った顔で微笑む。厳格そうであった表情の中に、僅かばかりの人情を感じる。老いた身体では少々苦しそうな制服も、周りのものとは違っている。


「ヴァレエフ・アレクサンドル……」


 誠次が思わず口を開け、黒い瞳を大きく見開く。

 剣を抱く魔法学園の番人の前に立つのは、この魔法世界を統べる魔術師たちの王。国際魔法教会の最高指導者だった。


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