表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
エーギルの温泉館にて
190/211

3

 寒い季節になると、夕島聡也ゆうじまそうやはいつも思い出す事があった。

 それは、寒い冬の日。兄が中学生時代で、自分が小学生時代の他愛もなかった会話だ。


「ねえ兄さん。最強の魔法ってなに?」

「最強の魔法?」


 小学生らしく、漠然としすぎている質問であった。

 しかし当時は眼鏡を掛けて真面目な印象のあった伸也しんやは、勉強する手を止めてまで考えてくれた。


「最強の魔法か……」

 

 当時の伸也は事あるごとに、考え事をする際は片手を頭に添えて目を隠す仕草をしていた。それ以外にも、眼が疼くとか急に言ったり、やたら黒い服を着たがったり、銀色の派手なアクセサリーを付けたりと、聡也にはよく分からない思考を持っていた。


「どうしてそんな事を?」

「だって、強い魔法覚えた方がいいじゃん! 絶対!」


 本当は同級生に負けない必殺技を覚えたいと言う理由は誤魔化していた。


「わかった。じゃあ教えてやる。お兄ちゃん直伝の最強の必殺技を」


 伸也は窓の外の冬景色を眺めながら、言っていた。


「最強の、必殺技!?」


 聡也はぱあっと表情を明るくする。


「その名も……」

「その名も……!?」

「《エターナルフォースブリザード》」


 ふっと微笑んだ後、伸也は鬱陶しいほど伸ばしている前髪を振り払いながら言い切る。


「エターナル、フォース、ブリザード!?」


 ごくりと息を呑んだ聡也は、その名のあまりの格好良さに、興奮を隠せなかった。

 両手を持ち上げ、兄に詰め寄る。


「ねえ! それって魔法文字スペルはどうすればいいの?」


 しかし、変なところで意地悪であった兄は、難しそうな顔をして、


「悪いな聡也。この魔法は強力過ぎるんだ」

「法律に違反しているんなら使わないよ!」

「そうじゃないが、今のお前には教えられないんだ。いつか、その時が来たら教えてやるよ」

「兄さん……――」


 そして時が流れた今、未だに聡也は《エターナルフォースブリザード》の発動の仕方を教わってはいなかった。自分でそれなりに調べもしたが、有力な情報もなかった。

 だが、今ここは魔法学園。ここならば、最強の必殺技である《エターナルフォースブリザード》の事が何か分かるかもしれない。


「温泉ですか!?」

「ああ。皆で行かないかってなって。小野寺おのでらも来るだろ?」

「是非! しかも箱根じゃないですか! 有名なところですよ!」


 幸いにも今、寮室には誠次せいじと小野寺がいる。

 夕島は早速、二人を交えて会議をすることにした。椅子から徐に立ち上がり、ソファに座っている二人の元へ近づく。


「二人とも。急に悪いんだけど、ちょっと付き合ってほしいんだ」

「どうした?」

「はい?」

「最強の魔法の事についてなんだ」


 夕島もリビングのソファに座れば、三人がテーブルを囲む形となる。


「最強の魔法だと?」


 誠次は早速乗り気で、ソファから身を乗り出している。


「そんなものがあるのですか?」


 小野寺もお菓子に伸ばしていた手を止め、夕島をまじまじと見る。


「ああ。その名も《エターナルフォースブリザード》」

「「《エターナルフォースブリザード》……」」


 ごくりと、三人して息を呑む。

 眼鏡を光らせる夕島は、慎重に頷いて、二人を見渡す。


「何か知っている事はないか?」

「名前は格好いいな……。英語って事はアメリカやイギリスの魔術師が発案したのか?」

「永遠の暴風雪の力。直訳するとそうなりますね……」


 誠次も小野寺も真剣な表情で考え合う。


「氷属性って事か……」

「生徒会長さんなら、何か知っているかもしれませんね。氷属性、得意じゃないですか」


 小野寺の発案に、なるほどと誠次と夕島は頷く。


「生徒会室に行ってみて、忙しそうでなければ話を聞いてみよう」

「助かる天瀬。正直、一人で生徒会室に行くのは緊張する」

「それは俺もだ」


 誠次と夕島はすぐに立ち上がったが、小野寺はやや遅れ、申し訳なさそうに立っていた。


「すみません……。自分はこれから、陸上部のグラウンドの水捌みずはけ作業があるんです。今になって雪が溶けて、グラウンドがびちゃびちゃで……」

「構わない。逆に悪かったな小野寺」

「いえ。自分も《エターナルフォースブリザード》の秘密、解き明かしてみたかったです……」

「俺と夕島に任せてくれ。必ず《エターナルフォースブリザード》を習得してみせる!」


 実際、そう張り切る誠次が使える事はないのだろうが。

 誠次と夕島は早速、波沢香織なみさわかおりに会いに委員会棟にある生徒会室に向かう事にした。

 生徒会室まで続く通路へ向かうには、一度許可を貰わないと通れない。その為のパスは、地下へと続く階段下の壁にある。

 

「いるかな」


 生徒会室と通信が出来る端末をタッチし、誠次と夕島は立ち話をしながら待つ。頭脳明晰な夕島の知識は本当に為になり、誠次は多くの事を学んでいた。

 やがて、生徒会室の方から返事が返ってくる。


『誠次くん!? ちょっと早く来て!』


 とてつもなく元気な声で応答したのは、副会長の渡嶋わたしまであった。映像いっぱいに緑色の髪が広がっており、部屋の中がどうなっているのかがよく分からない。

 立て続けに、硬く閉ざされていたドアが自動で開いては閉じるを繰り返す。まるで、何かをプレスする機械のように……。


「な、なんだ……?」

「さあ……」


 なにかのアトラクションをするように、誠次と夕島は不審に思いつつも、開いたり閉じたりを繰り返しているドアをタイミングを見計らって通り過ぎ、生徒会室へと続く通路を進んだ。


「失礼しま――」


 木製のドアをノックしてから、誠次と夕島は部屋の中に入ろうと、ドアノブを回す。

 そしてドアを開けた瞬間、中からは凍てつくような冷気が襲い掛かって来た。入れ替わりのその風を浴びただけで、背筋が凍りつきそうになる。


「寒っ!」


 夕島の眼鏡にも一斉に霜がつき、震える身体を両手で抱える。

 生徒会室の中は、青い氷の世界が広がっていた。天井からは尖った氷柱が伸び、椅子も机もクリスタルのような白い氷に覆われている。


「な、何ですか、これ!?」


 誠次も白い息を吐きながら、震える身体を抑え込んでいた。


「まさか……これが《エターナルフォースブリザード》!?」


 眼鏡を真っ白にしたままの夕島が興奮しているが、おそらく違うだろう。


「わーこぉ……なんで入れたのよぉ……」


 部屋の奥の方から、全身氷まみれの少女がふらふらとした足取りでやってくる。夕島と同じく眼鏡を凍らせた、波沢香織に違いない。


「誠次くん、どこぉ……?」


 氷まみれの手を伸ばしながら、あてもなく彷徨っている女性の姿は、かなりのホラーシーンである。


「ぎゃあーっ!?」

「ま、待って誠次くんっ!」


 怯える誠次が悲鳴を上げれば、香織はびくりと身体を震わせ、両手を交互に振るう。振るう度に身体の氷がパキパキと音を立てて剥がれ落ちる。


「かおりんの《グレイシス》はまさに殺人級だよー……」

「なぜこのような事態に……?」


 被害者であろう、同じく氷まみれの渡嶋に、夕島が訊く。


「授業のレポートを作るのに、魔法の事だったから氷属性の魔法を使ったら、魔素マナ調整を間違えて……」


 香織はとほほと意気消沈している。


「ちょうどいいところに来てくれたよ天瀬くん。天瀬くんとかおりんの愛の炎でこの氷を――」

「っ!? さ、先にわーこが見たいって言ってきたんじゃんっ!」


 香織が咄嗟に渡嶋の口を押さえ込んでいる。

 氷まみれの女子同士がもつれ合っている光景を前に、誠次も夕島も違う意味で身体を震わせていた。

 凍土と化している生徒会室の氷はしばらく溶けそうにない。無理やり炎属性の魔法で溶かそうにも、危険すぎる真似だ。

 氷を纏った制服から着替えるべく、ジャージに着替えに行った香織と渡嶋を待つ間、誠次と夕島は部屋の外へ出る。


「《グレイシス》は氷属性の魔法の中でも高度な魔法だ。それを扱える生徒会長ならば《エターナルフォースブリザード》について何か知っているかもしれないな」

「いや、あれは扱えていたのか……?」


 香織の腕を信じる誠次に、夕島が冷静に指摘する。

 やがて、白いジャージ姿に着替えた香織と渡嶋が帰ってきた。


「びっくりさせちゃってごめんね誠次くん、夕島くん……。また誠次くんに恥ずかしいところを……」

「い、いえ。こちらこそ、忙しそうな時に申し訳ありませんでした」

「あれを見て忙しいと思われちゃったら、生徒会長として申し訳なくて悲しいよ……」


 香織はジャージのファスナー状の胸元に手を添え、本日二度目のため息を零す。


「悩める後輩たちよ! 我々生徒会になに用かな?」


 わざとらしくこほんと咳ばらいをし、渡嶋がえへんと胸を張り、誠次と夕島に耳を向けて来る。


「とある魔法の事に関しまして、主に生徒会長にお尋ねしたいことがあるのです」

「私?」


 夕島に向け、香織は首を傾げる。


「《エターナルフォースブリザード》と言う魔法を、ご存知ではないでしょうか?」

「え、えたーなるふぉーすぶりざーど……?」


 きょとんとする香織の前で、夕島は真剣な表情だ。


「おお、なんか強そうだね!」


 名前の響きを聞いただけで、渡嶋がはしゃぎだす。

 

「そうですよね!? なんか、すごく強そうなんですよ! こう、心をくすぐられると言いますか!」

「え……。う、うん……そだね……」


 顔をぱっと明るくした誠次にまでは付いて行けず、渡嶋に曖昧な返事をされてしまっていた。


「《エターナルフォースブリザード》。聞いたことがない名前の魔法だね……」


 博識のはずの香織も、顎に手を添えて真剣に考えている。


「生徒会長でも知らないとなると、一体……」


 ここへ来て、夕島は増々思いつめてしまっている。


森田もりた先生だったら、何か知ってるかも」


 渡嶋が提案する。


「先生なら知っているでしょうけど、教えてくれますかね……」


 最強の魔法だと言うのならば、確かに危険が伴う。魔法科の教師が進んで教えてくれそうにはない。


「図書館に行ってみるとか。魔法の参考書、いっぱいあるし」


 香織は閃いたように、顔を上げる。


「確かにあそこなら、何か魔法に関する資料があるかもしれませんね」


 誠次も頷いていた。


「じゃあ決まりだね。さ、行くよわーこ!」

「うええっ!? 私もー!?」


 渡嶋が驚愕しているが、香織はジャージの袖をしっかりと掴んでいた。

 誠次と夕島と香織と渡嶋は、解氷を待つ氷漬けの生徒会室を後にし、図書館棟へと向かう。


「そもそも誰が《エターナルフォースブリザード》なんて魔法を言ったのさ?」


 通路を歩きながら、渡嶋が夕島に訊く。


「兄です」

「ああ……あの胡散臭いせんぱ……けふけふ」


 最後までは言わず、渡嶋は語尾を濁す。


「いつも兄にはいいように弄ばれて来た俺ですけど、この魔法を習得して見返したいんです」

「うーん……。今も遊ばれてるってこと、ないかな……」


 頬をぽりぽりとかきながら、渡嶋は遠い目をして言っていた。

 しかしやる気に満ち溢れている今の夕島に、渡嶋の言葉が通じる事はない。 

 図書館は季節関係なく、魔法生たちに人気の場だ。広大なドーム型の棟だが、暖房はしっかりと効いている。


「かおりんジャージなんて珍しい。またお勉強しに来たの?」

「ううん。ちょっと探し物」


 図書委員の同級生女子と会話をする香織の背後を、三人の男女が通る。

 入場して早々、渡嶋は図書棟内を見渡す。


「いつ来ても広いねーここは」

「普段よく来るんですか?」

「いや全然。だからこそ広く感じるんだよ若者よ。私はすぐネットで検索しちゃうしね」


 誠次の質問に、えへんと胸を張って渡嶋は答える。意外だと思っていたら、まったくもってイメージそのままであった。


「じゃあ手分けして探そっか」


 合流した香織が言い、四人はそれぞれ別の方向へ別れ、図書館の中を探し始める。

 誠次はすいすいと、魔法書物コーナーの方へ向かっていた。ここにある本は若い人向けの物ばかりで、図解で魔法の発動の仕方の解説をしている本など、沢山だ。


「――あっ、せーじ!」


 氷属性について書かれてる本を探し求めていると、後ろから声を掛けられる。

 振り向くと、声を掛けてくれたのは心羽ここはだった。水色の髪を特徴的に束ねた、魔法が得意な少女である。


「心羽? ここで何してたんだ?」

「お勉強。せーじが本でお勉強するといいって言ってたから」


 心羽は両手に辞書のような大きな本を抱えていた。【ガブリ―ル魔法博士による魔法の手引き】と、とても心羽の年代が読むようものではない難しそうな題の本ではあったが。


「そう言えば、そうだったな。ちゃんと覚えてるなんて心羽は偉いな」

「えへへ、ありがとう。いつかせーじと一緒にここの生徒さんになりたいから」


 山梨県での会話をちゃんと覚えていた心羽は、誠次の前で嬉し恥ずかし、微笑む。


「そうだ心羽。魔法の事で訊きたいことがあるんだ」

「わあ。なに!?」


 心羽は髪の耳をぴんと立て、張り切っている。


「《エターナルフォースブリザード》と言う魔法について、何か知らないか?」

「え、えたっ、えたーなるふぉーすぶりざーど?」


 心羽も香織同様、正式名称を言えずに噛んでしまい、むむむと口を結ぶ。


「心羽、分からない……。ごめんなさい、せーじ……」

「い、いやいや! いいんだ。俺たちも分からないしさ」


 せっかく頼りにされたのに、心羽は答えられなくて落ち込んでしまっていた。

 しゅんと俯いてしまった心羽の目の前で、誠次は慌てて両手を振る。

 

「香織先輩に心羽も、氷属性が得意な人たちが軒並み分からないとなると、もしかしたら氷属性ではない可能性も出て来たな……」

「せーじ?」


 あごに手を添え、真剣な表情で考える誠次の顔を、心羽の可愛らしい顔が覗き込む。

 根本的なところから、おれたちは間違っていたと言うのか……? もしかしたら、答えはすぐそこにあって、何か重要なものを見逃している可能性もあるかもしれない。

 考えれば考えるほど、最強の魔法であると言われる《エターナルフォースブリザード》の深みに嵌まっていく誠次は、目を瞑って瞑想(迷走)しているようであった。

 立ち読みをしながら、誠次は図書館の通路を巡る。二階にまで届くほどの大きさの本棚に挟まれて、時間が許す限りはずっとここにいたくもなっていた。鞘がまだない為、今はレヴァテイン・ウルを持っていないので、余計にそう感じるものだ。


「俺は本の代わりに剣を持った、か……」


 ひと通り目を通した本を棚に戻し、誠次は自嘲気味に呟いていた。見上げれば、魔法の光を受けた無数の本が上空を行き来している。 


「――天瀬。すまないな、こんな事に付き合わせてしまって」


 夕島が後ろの方からやって来て、声を掛けて来る。

 誠次は一瞬だけハッとした後、振り向いて夕島を見つめる。


「今更だな。それに、気にするなよ。俺だって《エターナルフォースブリザード》が何なのか、知りたいし」

「天瀬は相変わらず不思議だな。使えないはずの魔法の事について、知りたがって」


 夕島は適当な本を捲りながら、微笑んでいた。


「それも今更だな。知識を得る自由は、俺にはまだ許されているんだ。使えるか使えないかなんて、関係ない」


 誠次はこの魔法世界を諦めてはいない。やがてたった一人になるだろう、魔法が使えない身だとしても、この世界で生きる事は出来るはずだと。


「天瀬を見てると、俺も負けられないって思うんだ。でもいつも目標にしていた兄さんは、遠くにいる。今だってそうだ……」


 少し悲しそうに、夕島は眼鏡の奥の視線を落としている。


「夕島は夕島だ。伸也先輩とは違うだろ」


 本を棚に戻しながら、誠次は何気なく言っていた。


「天瀬はいつも自信があって、少し羨ましいよ」

「そう思われるけど、自信なんて大してないよ。大切なものを失いたくないから、強がってるんだって思う」

「そうか……。なんか、すまなかった……」

「いや、別に平気だよ。寧ろそう見られていて、嬉しいしさ」


 本棚に並ぶ本に手を添えて、誠次は微笑んでいた。

 そんな誠次の横顔を、夕島はじっと見つめていた。


「そうだ俺の事、名前で呼んでくれないか? 兄さんだけだとややこしいだろ? 俺も誠次と呼ぶ」


 夕島がそう言ってくれて、友だちとして信頼されている事を感じ、誠次は嬉しく微笑んだ。


「分かった。頑張って《エターナルフォースブリザード》を習得しよう、聡也!」

「ああ!」


 気合いを入れ直した二人は再び図書館の中を回り、《エターナルフォースブリザード》について調べ始める。途中でサボっている渡嶋を見つけたり、本棚から盛大に本を落としてしまっている香織を見つけたりもした。

 しかし、肝心の《エターナルフォースブリザード》に繋がる資料はなく、時間だけが無情に過ぎていく。


「このままじゃエターナル図書館で探す事になってしまう……」


 疲れ果てた様子で木製の椅子に腰かけ、聡也はいまいち反応に困る事を言っていた。


「俺にもっとフォースがあれば……」


 いけない……。

 釣られた誠次もまた、しようもないことを言い、あやうく場がブリザード化するところであった。

 放課後から続いた《エターナルフォースブリザード》への道は、外が真っ暗になるまで続いていた。本は好きで、図書館は一日中開いているが、さすがに一日中ここにいる気力はない。

 香織と渡嶋も氷漬けの生徒会室の件がある為、夕飯の時間には戻る事になった。


「ごめんね……全然役に立てなくて……」

「いえこちらこそ。突然変な事に巻き込んでしまって申し訳ないです」


 香織がぺこぺこと頭を下げて来て、聡也も慌てて頭を下げる。

 

「ここまで探しても見つからないなんて……」


 生徒会室へと戻る二人の背を見送り、誠次は呟く。


「そうだな……。でも、悲しいとか、悔しい気持ちはないんだ。不思議と、清々しくもある」


 眼鏡の奥の聡也の赤い瞳は、上を向いていた。


「清々しい?」

みんなで探しても見つからなかったんだ。道は甘くはない」


 でも、と聡也は首を軽く横に振る。


「協力して探すことが出来て、楽しかった。一人で勉強をしている時よりも、ずっと」

「それも今更だな。それに、俺はまだ諦めてはいない!」


 図書館以外にも、まだ探すあてはあるはずだ。

 聡也の為にもと、張り切る誠次の前に、見覚えのある男子生徒が通る。


「おっ、天瀬と夕島じゃん。何してんの?」


 クラスメイトの神山かみやまであった。何か借りていたのか、彼も図書館に用があったようだ。


「神山か。一応、訊きたいことがあるんだ」


 聡也が神山に声を掛ける。


「なに?」

「《エターナルフォースブリザード》と言う魔法について、何か知らないか?」


 いくらなんでも神山が知っているわけがないだろうと、誠次が言おうとしたところで、


「ああ、知ってるよ」


 なんの変哲も感じさせず、神山は答えていた。


「「本当かっ!?」」


 肉薄するような勢いで迫る誠次と聡也に、神山は思わず後退りをしながらも、頷いていた。


「お、おう。結構有名じゃないか? 使うと相手は死ぬって魔法だろ?」

「「相手は……死ぬ!?」」


 誠次と聡也は顔を見合わせる。

 《サイス》のような恐ろしい魔法だったと言うのか……? 通りで、一般的な魔法の参考書には載っていないはずだ。


「そんな危険な魔法なら、知らない方が、いいかもな……」

「ああ。俺たちには、不要な魔法だったな……」


 聡也と誠次は頷き合う。

 そんな二人を目の前にした神山は、気まずそうに、ごくりと息を呑んでいた。


「いや二人とも……。大昔に流行った架空の魔法だってことは……分かってるんだよな?」

「「架空の魔法……!?」」

「あ、ああ。俺も詳しくは分からないけど、魔法がない三〇年以上前の人が考えた魔法だって。ライトノベルで知った」

「三〇年以上の前の人はなんて魔法を考えてくれたんだ……。死ぬなんて危ないじゃないか!」


 握り拳を作る誠次が怒るが、神山は「いや知らねーよ……」とツッコむ。


「現実にあったのならば、間違いなく法律違反の破壊魔法だな。これは、封印されるべき魔法だ」


 聡也が冷静に言うが、神山は「そもそも架空の魔法だし……」とツッコむ。


「じゃあ、俺はこれで」


 終始苦笑していた神山は、新入荷したライトノベルを借りる為に、コーナーの方へと向かっていく。


「兄さんは、架空の魔法を最強だと俺に教えていたという事か……? 俺は、また兄さんに騙されて……」

「聡也。……別にそれは今に始まったことじゃないだろ……」


 愕然としてから気落ちする聡也の肩に、誠次は手を添えていた。二人してまさしく、湯を沸かして水にした気分である。

 ――しかし。


「とりあえず、飯食わないか? 夕方からなんも食わないで腹減った」


 誠次の提案に、聡也は頷く。


「そうだな……。今日は俺が奢るよ」

「やった!」


 誠次はガッツポーズを決めていた。

 《エターナルフォースブリザード》習得の夢は潰えたが、夕島聡也との友情は深まっていた。


               ※


 山梨県の八ノ夜はちのやの家では、三人の特殊魔法治安維持組織(シィスティム)所属女性が今も共同生活を送っている。比較的不自由はない生活ではあった。

 

「……っ!」


 クリスマスイブに救出された波沢茜(なみさわあかね)は、体力回復の為のランニングを終えたところであった。げっそりと()けていた頬はふっくらとなり、筋肉も戻ってきていた。柚子(ゆず)の作る美味しい料理と、草鹿(くさか)の栄養管理の賜物(たまもの)である。


「煮詰めすぎだぞ茜。まだ身体は鈍っているんだ。無理はするな」


 家の外にある柵に肘を掛け、草鹿が声を掛けて来る。


「分かっています。でも特殊魔法治安維持組織シィスティムを取り戻すためには、多少の無理はしなくては。《エクス》」


 丁寧に答え、宙に浮かべた魔法式に魔法文字スペルを打ち込み、ジャージ姿の茜は空中へ向けて攻撃魔法を放つ。衝撃波は茜色の空中へと消えて行き、魔法の反動により、茜の足元に落ちている枯葉が舞う。


「っぐ……!?」

  

 茜はその上に、膝から落ちていってしまう。たった一発の魔法だけで、魔素マナ酔いを引き起こしてしまっていた。


「ほら、言わんこっちゃない」


 やれやれと肩を竦めながら、草鹿が歩み寄り、茜の肩を持ってやる。


「ごめんなさい……」

「気持ちは分かるよ。私だって、ここで永遠に燻ぶっているつもりはない」

「お二人も、同じ気持ちなんですね」


 家で夜ご飯作りをしていた柚子も、手をタオルで拭きながら、やって来る。

 

「でも焦りすぎはよくないですよ」

「分かっています……。今私がここにいられるのも、妹やみんなのお陰だと言うのは……」

「分かってるんなら命を粗末にするな。ゆっくりと英気を養って、対策を考えるぞ」

八ノ夜はちのやさんと協力して、ですね?」


 柚子が両手を合わせてにっこり笑顔で言うが、草鹿はとてつもなく不愉快そうな顔をしていた。


「それは嫌だ」

「そこで駄々をこねますか、草鹿さん……」


 そっぽを向く草鹿に、茜が苦笑する。

 ところで、と茜は、やって来た柚子の片手に握られている丸まった画用紙を見つめる。


「その手に持っているのは何なんですか?」

「あっ」


 柚子は丸めていた画用紙を、巻物を解くかのように広げて二人に見せる。

 画用紙には、クレヨンで絵と文字が書かれていた。お世辞にも上手とは言えない、子供が書いたような絵は、棒人間が魔法を放っている様子だと言うのが辛うじて分かる。


「【最強のマホウ、スーパーアルテメットファイナルバースト】……?」


 (これまた結構汚い字である)大きな黒い文字にて、画用紙に書かれている文字を茜は呟く。おそらく、棒人間が発動している魔法の名前だろう。聞いたことがないあたり、架空の魔法なのだろう。


「地下室のお掃除をしていたら、見つけたんですよ。なんだか可愛らしい絵でしたので、皆にも見てもらいたくて」


 柚子も画用紙を眺めて、ほのぼの呟いていた。


「この家の地下室にあったって事は、小さい頃の天瀬誠次が書いたのか?」


 草鹿も興味深げに、絵を見つめている。


「ふふ。弟が出来るのであれば、誠次がいいな」


 首にタオルを掛けながら、茜は微笑んでいた。  


               ※

 

 ――約一〇年ほど前。

 少年期の誠次は、自分の部屋の机の上で、せっせと画用紙に絵を書いていた。


「出来た……っ!」

「――天瀬? なにをしてるんだ?」


 高校生時代の八ノ夜は、いつもノックもせずに部屋に入って来る。

 しかしよりにもよってこの瞬間に声を掛けられるとは思いもせず、誠次は身体をびくんと震わし、慌てて机の上の画用紙に覆いかぶさっていた。クレヨンがぽろぽろと、机の上から落ちていく。


「は、八ノ夜さんっ!? なんでも、ありません!」

「おおそうかそうか。――って、甘いわ!」


 画用紙に直接魔法を浴びせ、まるでトイレットペーパーが巻き取られるように、誠次の腕の下から画用紙が引き抜かれ、八ノ夜の元へと飛んで行く。


「あっ、駄目!」

「どれ。【最強のマホウ スーパーアルテメットファイナルバースト】……?」

「う、うわああああああ! 見ちゃ駄目ーっ!」


 いつか魔法が使るようになったら、使ってみせる。これがおれが考えた、最強の魔法だった。

 ……程なくして、地下室に封印されることになるのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ