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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
あの星空をもう一度
19/211

4

 ――だいだい色の夕日を浴びる、東馬とうまの家の中。

 誠次せいじは、閉じていた目をそっと開いた。


「はい、ありがとうね」


 天井を背景に、こちらを覗きこむ東馬とうまの口が、言葉を放って来た。同時に、仰向けで寝ている誠次の上半身の胸元から、名称の分からぬ装置を外していた。


「自分を家に呼んだ本当の理由は、これですか」


 身体を起こし、たたんで置いておいた服を拾い上げながら、やや疲れた様子で誠次は訊く。


「科学者として、この身に巻き起こる探求心たんきゅうしん好奇心こうきしんを満たしたくなったんだ」

「格好良いですね……」


 何かを誤魔化すように、気恥ずかしそうな笑みを浮かべて言う東馬に対し、誠次はぎこちない笑みであった。

 リビングでの会話のあと、誠次は東馬に、一階の一室に連れられていた。

 東馬が自室だと言った広い部屋の中には、小難しそうな機材の数々が並んでおり、研究室の様相を見せていた。

 誠次の身体に取り付けられていた機材から、小型の記憶デバイスをはずし、それを慣れた手つきで手元のPCに取り付ける東馬。


「今やっているのは、君の体内の魔素マナの計測。これね、俺たちが開発したんだよ」


 誠次が興味津々に見つめていたのを感じたのだろか、熱心にキーボードを叩く手を止めずにだが、東馬が説明とばかりに呟く。


「魔法が使えない事に関して、魔法科病院まほうかびょういんには行っていると言ったね」

「はい。どの病院も、結果は同じでしたけど」


 受け答えの次の瞬間には、東馬の目がPCのデスクトップモニターを見て大きく開いていた。


「本当だ……。体内の魔素マナが一つも無い」


 おどろいたな、と東馬。


「……」


 結局、科学の力でもこの身体の不思議はわからないということか。

 誠次は押し黙っていた。


「俺たちみたいな三〇歳以上の者も、ごくわずかだが普通は体内に魔素マナがあるんだが。君にはそのカケラすら見当たらない。こう言っちゃ悪いが、本当に異常だ……」

「はい……」


 シャツを着ながら、誠次はため息に近い声を出していた。

 つぶっていた目を、電子機器から発せられている明かりに慣れさせる為、部屋の中を見渡していたところで、一つの写真が視界に入っていた。

 写真は少しばかり昔のだろうか。笑顔でピースをしている東馬と、その右隣で頬を寄せている美人な女性。そして女性の腕には、赤ん坊が抱かれていた。


「あの写真は……」

「……ん?」


 東馬家の家族構成は、気になる所であったのだが。

 自然と呟いていたこちらの視線を追い、東馬も大小さまざまなファイルが並べられている、部屋の上方向を見上げた。

 対象である、ファイルから飛び出た写真を確認したその表情が、ふいにゆがんだと、誠次は思った。 

 どうやら、触れてはいけない事であったと、誠次は己のの悪さを痛感していた。 


「ああ、俺の妻と娘だ。妻の名前は陽子ようこ東馬陽子とうまようこだ」


 しかし東馬は、思っていたよりも動じることなく写真を抜き取ると、手元でひるがえして見せて来た。


「陽子は今日は一日仕事だ。ゴールデンウィークだと言うのに、まったく」


 東馬は肩を竦めて、写真を白衣の胸ポケットにしまう。

 ――もう一つの存在の事を語らなかったのは、この会話を早々に切り上げた東馬の素振りから、言いたくない意図があった事だろうとは、思う。


「ま、俺が言えた事じゃないからね。引き取ったと言っても、いつも詩音を一人ぼっちにさしてしまっていたよ……」


 香月の姿を思い出していると、可哀想、だと誠次は思っていた。そのせいで、人付き合いが苦手なところもあるのだろう。

 そして、少々の無言。


「……まあなにはともあれ、ありがとう」


 東馬にすれば、なんらかの収穫があったようで、満足げな表情をしている。

 こちらにすれば、相変わらずの結果であったので、浮かない表情だ。


「君はまるで過去から来た人みたいだよ。魔法がない、ずっと昔やどこかの世界からね……」


 ローラー付きの椅子を座ったまま移動させ、身体をこちらに向ける東馬。

 黄色のコントラストが特徴的な瞳は、こちらを試すように見つめて来ていた。


「タイムマシン、ってやつですかね」


 科学者である相手に合わせて、誠次は微かに笑って言う。

 しかし東馬は、苦笑しながら首を横に振る。


「残念ながらタイムマシンと呼ばれるものは、向こう何年経っても完成できるものじゃないだろう」


 なにか思う事があるのか、東馬の口振りはとても饒舌じょうぜつだった。


「う……」


 科学者が断言してしまったものだから、結構残念な事実だなと思ったのは誠次の方だ。


「でも、そう言うたぐいの゛奇跡゛でさえも起こしてくれるのが、十数年前はこの世に存在もしなかった魔法なんだ。昔からずっとあった科学技術じゃ無くてね。そう考えると、皮肉なもんだよ」

「ごもっともです……」

「おっと、メールだ」


 テーブルの上に置かれた、東馬の電子タブレットがバイブレーションと共に光を点滅させていた。

 東馬は失礼するよと、目線で誠次に訴え、画面をタッチしていた。内容は一瞬で確認できたようで、すぐさま東馬は顔を上げると、困った表情を見せていた。


「上からの呼び出しを喰らっちゃったよ。せっかくの休みなのに参ったな……」


 はあー、と大きなため息を東馬は一つ。どうやら、心底面倒くさそうな案件らしい。


「今から仕事場に行くんですか?」

「そうなるね。また詩音に嫌われそうだよ」


 東馬は壁に浮かんでいる、電子ホログラム文字のデジタル時計を睨んでいた。

 現在時刻、午後六時ちょうど前。


「終電になるな。……天瀬くんは泊まっていくと良い」


 さらっと東馬は言ってきた。


「い、いや帰りますよ。急げば学園には間に合う距離ですし」


 慌ただしく外出の準備を始めていた東馬は、椅子から立ち上がると、


「いや、詩音一人じゃ危なっかしいからね」

「親がそんなこと言っちゃダメだと思いますけど……」

「あはは、確かに」


 東馬は面白そうに声を出して笑い、部屋の扉に手をかけていた。

 半分ほど扉を開けた所で、東馬はもう一度立ち止まり、台座の上に座ったままのこちらに声をかけてきた。


「――詩音は、君の事を話しているときはなんと言うか……楽しそうだったんだ。だから詩音も喜ぶと思う」

「え……」


 今は二階にいるであろう香月の不愛想ぶあいそうな顔を思い出し、誠次は意外だと言う表情で天井を見上げていた。


「もちろん用事があるのなら、そっちを優先してくれ」


 東馬の最後の言葉が、誠次にとどめを刺して来た。

 惜しい事に、寮室に引きこもると言う用事は、胸を張って言えるものではなかった。それに、嘘をついてまで帰ると言う選択肢は、誠次の頭には浮かばなかった。

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