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「なんだ、ありゃ……?」
紫色の光が煌めいたその時、前方の座席に座る光安のパイロットが、思わず身を乗り出していた。
「一体何をやりやがった、剣術士……。そもそもアイツの剣は破壊されてたはずだ!」
後部座席に座るベルナルトもまた、目を凝らす。
禍々しい紫色の光が、地上より放たれている。その光の中心点に佇む少年と少女が、こちらを見上げ、睨んでいる。
「どんな魔法かは知らねーがっ!」
「なんだ!? 計器が、パンクしてやがる!?」
尖った歯を噛み締めるベルナルトの前で、パイロットが呻いている。
「なんだ?」
「対人レーダーにロック出来ねえんだよ! 人間じゃねぇ、いったいなんだよアイツ!?」
まるで゛捕食者゛を前にした一般人のような反応を、パイロットは見せている。しかしそれも無理はないだろう。事実、ベルナルトも内心でそうであった。
「……ようやく分かったぜダルコ……。お前が死ぬほど戦いたがったわけがよ!」
脂汗を流し、ベルナルトはほくそ笑む。恐れではない、未知なる相手と戦う好機を感じている。これはきっと、戦いを続けた身に染みたものなのだろう。
※
新しい相棒と迎えた初戦は、順風満帆な門出とは言えなかった。
「レヴァテイン・弐――」
ルーナを抱き、誠次が呼びかけた時、
「――っ!? ぐあっ!?」
強烈な魔力の奔流を感じ、全身に電撃のような何かが駆け巡る。
「セイジ!?」
傍らのルーナが、悲鳴を上げた誠次を見つめ、心配そうに声を掛ける。
「へ、平気だっ!」
身体が勝手に、動こうとしている!? まるで誰かが勝手に、自分の身体を乗っ取ろうと――。
「言う事を聞け、レヴァテイン! 俺がお前を必要なように、お前も俺が必要なんだろ!?」
右手に握る紫色の光を放つ剣に叫び、己の手中に収めようとする。しかし、レヴァテイン・弐は強情でありまた、凶悪であった。
『おいおい。飼い犬に手を噛まれているみたいだな剣術士!?』
こちらをヘリコプター下部に備えられているライトで照らしあげ、ベルナルトは叫んでくる。
『躾けはしっかりしておけよ。その横にいる優柔不断の姫さんも合わせてな!』
「黙れ……!」
しかし、新たな相棒をまだ扱え切れていないことは事実だ。
紫色の眼光を滾らせる誠次は、柄を握る右手に力を込める。しかしそんな事をしてしまえば、今のレヴァテイン・弐はますます力を強めるだけだった。
「頼むレヴァテイン……! 俺の言う事を聞いてくれッ!」
『確かにその摩訶不思議な魔剣の復活は恐れ入った。が、性能も確かめずに大口は叩くもんじゃないぜ?』
ライトの明かりに照らされる、ヘリコプター下部の大型ガトリング砲が、こちらに向けられる。紫色の瞳をそこへ向けた時には、火花の閃光が輝いていた。
「っく!?」
「《プロト》!」
背後にいた国際魔法教会の男が、防御魔法を誠次とルーナの前方に向ける。ヘリコプターから放たれた大きな弾丸は、防御魔法の前に全て弾かれていく。
「今の防御魔法……私を《サイス》から守ってくれたのと同じ……」
ルーナがはっとして、眩い火花を散らす防御魔法を見つめる。
「どうした剣術士。力に呑み込まれているようだぞ?」
誠次を眺め、国際魔法教会の男は冷静に告げて来る。
誠次の身体の中では今も、レヴァテイン・弐がこちらを逆に支配しようと激しい魔力を送り込んで来る。頭は真っ二つに割れるように痛み、全身を激しい熱が包み込む。
そんな痛みと熱が最高潮に達した時、とうとう誠次は頭を下げ、口を大きく開けて息を吐き出す。灼熱の身体から吐いた息は、白い煙となって大気と同化する。
「いい加減にしろよレヴァテイン……! 破壊だけがお前の全てじゃない……仲間を守るために、俺に応えろ……!」
がくがくと震える右手で、誠次はレヴァテインを高々と持ち上げる。
攻撃ヘリの顎の部分に付いているガトリング砲が再び、誠次とルーナのいる場所へ向けられる。ベルナルトが操っているのだろうか、黒い銃身が音を立てて回転を始める。
「セイジっ!」
「平気だ。全て撃ち砕く!」
『だからさぁ……。使いこなせてねーのに粋がんな!』
呆れるベルナルトが叫ぶが、
「使い方なら、コイツが自分から教えてくれた!」
誠次は掲げた手を引き、槍を投擲する要領で、ヘリコプターへ向ける。上半身を最大限に逸らし、誠次は紫色の瞳で天空の蜂を睨んだ。
『そいつは剣のはずだが、槍投げか? 芸がねえぞ剣術士!』
「五月蠅い羽を、折らせてもらう……!」
未だこちらに刃向かうレヴァテインを掲げ、誠次はどうにか標準を定める。
誠次は雄叫びを上げながら、レヴァテインをヘリコプターへ向けて投げつけた。
「駆けろレヴァテイン……! 敵を貫けっ!」
『しゃらくせえ!』
直後、ガトリング砲からは弾丸が放たれたが、レヴァテインはそれら全てを撃ち砕いて突き進む。魔術師が発動した防御魔法さえも、もろともせずに貫いて――。
ヘリコプター機内で、赤いランプが点滅する。それは機体に対し、致命傷に成り得る魔法攻撃の到来を警告するアラームだった。
「っ!? 機体を上げろ!」
巨大な銃弾をもろともせずに迫るレヴァテインに気づいたベルナルトが、前方の操縦者に向け叫ぶ。
「分かってる! こいつの性能を舐めるな!」
最新技術を用いた結果、それこそ蜂のように姿勢を安定させたまま、ヘリコプターは一瞬で急上昇をして見せる。閃光の如く飛来したレヴァテインは、機体下部のガトリング砲を貫き、白み始めている空へと紫色の光を伴って消えて行った。
「あ、危なかった……」
パイロットが安堵の息を漏らす中、
「は、ハハハッ! アイツ得物を投げ飛ばしやがった! これで武器はもう無いぞ!」
言ってしまえば、武器を使い捨てたのと同じだ。
機首の後方へ消えて行くレヴァテインを見送った後、ベルナルトは笑いながら視線をキャンプ地へと戻す。
「――っ!?」
その先で広がっていた光景に、固唾を飲んでいた。ルーナを抱く誠次の右手には、投げ飛ばしたはずのレヴァテインがあったのだ。地上よりこちらを睨みつける紫の眼光は、いつでもこちらを狙い墜とせると言わんばかりだ。
結局、こちらはガトリング砲を失ったが、向こうの得物は健在している。
「う、嘘だろ!? 今確かに、投げ飛ばしたはず……」
「おいベルナルト! どうなってやがるんだよ!」
後部座席に座る仲間の魔術師も、自分の展開していた防御魔法を容易く打ち砕かれた恐怖からか、ベルナルトが座る座席を掴んで来る
「こうなったら対人ミサイルだ! ぶっ放せ!」
「レーダーにロックオン出来ないんだぞ!?」
「構うな、周りの人間を撃ちまくればいい。誘爆に巻き込めば、腕の一本は持っていける!」
――冥土の土産だ……。
ベルナルトが冷酷に告げ、ヘリコプター左右のミサイルポッドが起動した。
誠次の手元には、すぐにレヴァテインが戻って来ていた。彼方へ消えたはずの武器は、まるで呪いのように、離れることなく手元へと返り咲く。
誠次は傍らのルーナを見つめ、
「ルーナ。クリシュティナの傍にいてやってくれ」
「セイジ……」
「大丈夫だ。終わらせて帰ろう」
「ありがとう……」
クリシュティナの元へ向かうルーナを見送り、誠次は上空を睨む。
「ベルナルト! 降参するのならば今のうちだ! さもなくば貴様の乗る機体を墜とす!」
『あーそう言うのもういいぜ? 俺もアイツの気持ちがようやく分かったところなんだ』
「アイツの気持ちだと?」
『ダルコ・グラズノフ。生粋の傭兵だった。お前との戦いを心から楽しんでやがったが、それもそのはずだ。俺も何だかんだ、この傭兵って身分の血が疼いちまっているんだ』
こんな戦闘を心の底から楽しむわけが分からず、誠次は首を横に振る。
「強がるだけ無駄だぞ……ベルナルト!」
『お互い様だよ……剣術士!』
ベルナルトの言葉の終わり、ヘリコプター左右のミサイルが、白煙を巻き上げて発射される。
「全て撃ち落とす……!」
誠次はレヴァテインを振り払うように、回転させながら投げ飛ばす。
紫色の光を放出しながら、投げ飛ばされたレヴァテインは、誠次の思い描いた通りの軌道で、上空から迫り来るミサイルを全て切り裂いた。ミサイルは空中で爆発し、爆炎と黒煙がそこらで花を咲かせていた。
空へと消えて行ったレヴァテインは、誠次の手元にワープするかのように一瞬で移動し、誠次は再びレヴァテインを構える。
『手裏剣かよ! サムライボーイ改め、ニンジャボーイか!?』
「もう何も喋るなベルナルト。お前が何かを話すたびに、レヴァテインがお前を殺せと俺に叫んでくるんだ」
身体の痛みはいつの間にかに消えているが、激しい叫び声が、今も頭の中で響いている。誰かの悲鳴や嘆きの声。悲しそうな声に涙声。負の感情とも言うべきそれら全てを押し殺し、誠次は後方の木の枝の上にジャンプで飛び乗る。
「ちょこまかと動くな……!」
本物の蜂のように飛び回るヘリコプターを睨み、誠次は呻く。
木の下から、国際魔法教会の男が声を掛けて来る。
「剣術士。一瞬だけ奴の動きを止める。その瞬間に狙撃しろ」
国際魔法教会の男はそう言う間にも右腕を上げ、ヘリコプターへと向ける。
「《アタラクシア》」
聞き覚えの無い魔法が、男により発動される。
間もなく、男の言った通り、まるで切り取られた写真のように、ベルナルトを乗せたヘリコプターが空中で制止する。
「やれ、剣術士!」
「――っ! 沈め!」
迷う間も、考える間もなく。手元に戻ったレヴァテイン・弐を構え、上半身を逸らした誠次は投げ槍のように投擲する。閃光のスピードでレヴァテインは垂直に飛び立ち、ヘリコプターの羽のうち一つを貫いた。機械が爆ぜる音が響き渡り、火炎を打ち上げながら、ベルナルドを乗せたヘリコプターは墜落した。
朝日が昇っていくその果てで、黒い煙が打ち上がる。爆発音と鳥の鳴き声が響けば、山中に墜落したのだろう。
「ヘリを、墜としやがった……」
傭兵たちは震えあがり、互いの身を寄せ合うように縮こまっていた。
「警察に通報したわ。貴方たちは檻に入っていて頂戴ね?」
百合が傭兵たちに告げれば、親玉を失くした彼らに歯向かう意思はなかった。
何より、まだエンチャント状態が続いている誠次を前に、歯向かっても無意味な事は分かり切っているのだろう。
「まだエンチャントが続いている……?」
途惑う誠次は、自分の右手で光るレヴァテイン・弐を見つめる。
三分以上は立っているはずだが、レヴァテインはまだ紫色の光を放ち続けている。
「る、ルーナ……」
「クリシィ……!」
檻から出され、よろよろと駆け寄るクリシュティナの元へ、ルーナも駆け寄る。
近づいた瞬間、二人は誰に見られているかも構いなく、互いの身体を抱き締め合っていた。
「良かった……クリシィが無事で、本当に、良かった……っ!」
「ルーナ……。私が、間違っていました……っ。ごめんなさい……!」
二人して涙を流し合い、長い時間の抱擁であった。
「……良かった」
紫色の光を放つ目をそのままに、誠次は口角を上げていた。
「……」
そんな誠次の横に並ぶように、味方をしてくれた国際魔法教会の男が無言で立つ。こちらと同じように、抱き合うルーナとクリシュティナを見つめているようだ。
「あの魔法は、幻影魔法と拘束魔法の複合型ですか?」
その表情を見る事すら出来ないまま、誠次は静かに訊く。二つとも難度の高い魔法のはずで、それを複合できる魔術師は一握りと限られるだろう。
「あの一瞬で魔法文字を読み取ったのか? だとしたら、はっきり言って異常だな」
男の背丈はこちらより高く、日本語に若干の訛りがある事からも、外国人であることに間違いはないだろう。
魔法文字の読解力も勉強のお陰だと今までは言ってきたが、もしも本当に魔法世界があって、その時代に魔法文字が使われていたというのなら――。
いや、その時代に゛おれ゛は生きてはいない。
「勉強の、成果です……」
しかし、まだ入学したばかりの春に友人に告げた時よりかは、慎重な声音で告げていた。
「そうか」
国際魔法教会の男は、大した追及まではせずに、どちらかと言えば誠次よりは、誠次の手に握られているレヴァテイン・弐を見つめていた。未だに紫色の燐光が、レヴァテインからはあふれ出している。
「あの、これからあの二人はどうなるんですか?」
「重大な命令違反だ。クリシュティナとオルティギュアの姫は、もう国際魔法教会の加護は受けられない。祖国の復活の夢も終わりだ。処分は追って通達する」
「俺を連れて行くという貴方たちの命令があったから、あの二人は悩んで、苦しんで……!」
誠次が思わず右手に力を込めるが、国際魔法教会の男は気にすることもなく、ベルナルトを乗せたヘリコプターが墜落した方を見つめていた。
「……コックピットを狙えたはずだが、゛後片付け゛をしに行かなければ」
「待ってください! どうして国際魔法教会は俺の事を必要としたんです!?」
「国際魔法教会は世界の平和と秩序の為に活動している。俺は別件でこの国に来ただけだが、その方向で間違いないのだろう。お前は俺の専門外だ」
「本当に、あの二人はもう貴方たちの命令を受ける必要はなくなるんですか? ヴィザリウス魔法学園の魔法生として、日常を過ごせるんですか?」
「他人の心配をしている暇、か」
表情こそ窺えなかったが、最後の言葉はどこか穏やかな声音であった。
「お前がそうさせたんだろう。国際魔法教会はもうあの二人を認知しない。お前たちの言い方であれば、自由と言う事になるのかもな」
少し歩いたところで、男は今一度何やら虚しさを漂わせ、抱き合うルーナとクリシュティナの方を見やる。
「……俺の代わりに、あの二人を頼む――」
ぼそりと告げられ、誠次が紫色の目を見開いたその時にはすでに、男は木々の間の中へと消えて行った。
色々と訊きたいことはあったが、向こうは質問する時間を設けてはくれなかった。
自然と頭を下げていた誠次は、ルーナとクリシュティナの元へと向かおうと、振り向いた。その瞬間、差し込んだ朝日の眩しさと熱さに、思わず手で顔を覆う。
「朝日……。これが、夜明けの太陽……」
山の先より、生まれて初めて、太陽が昇る瞬間を目撃する。温かい太陽の日差しは、心地がよかった。
太陽の光を受ける身体から、まるで浄化されるように、紫色の光が拭われて消えて行く。レヴァテイン・弐はさんざん暴れた後の無邪気な子供のように、眠りにつくように大人しくなった。
「ルーナ、クリシュティナ。夜明けが来たんだ」
朝日の眩しさからか、頬が上がって自然と笑顔になれ、誠次が二人の元へ駆け寄り、しゃがむ。
泣き続けていた二人は、顔を上げ朝日をめいいっぱいに浴びる。頬をつたう涙が、陽の光を受けて綺麗に輝いているように見えた。
「誠次……」「天瀬誠次……」
お互いに抱き合う二人は、誠次を見上げ、嬉しそうに微笑む。
「帰ろう。ヴィザリウス魔法学園が、これからの二人の居場所だ。みんなも待っている」
血に濡れていない左手を差し出せば、二人は同時に誠次の左手に手を伸ばす。目覚めた鳥たちも、自由の身になった二人を祝福するかのように、さえずりを続けていた。
※
――確かあの日も、今と同じように寒かった気がする。いや、そもそも寒くない日など、オルティギュア王国にはなかったっけか。
「ベルお兄ちゃん! 早く遊ぼ遊ぼ!」
「ベル兄ちゃんこっち!」
「分かったから手を引っ張るな、僕は何処にも行かないよ」
市街地の公園に、幼い姉弟を連れて、当時は一〇代だったベルナルト・パステルナークは遊びに来ていた。身体に刺繍は一切なく、それどころか身なりはみすぼらしいものだ。それもそのはずか、三人の両親はすでに、他界していた。
「――お姫様だぁっ!」
「ルーナ姫っ!」
(これからどうするか……)
遠い方で、まだ幼い姉弟が無邪気に遊んでいる声をぼんやりと聞きながら、ベルナルトは途方に暮れていた。二人の幼い姉弟を養う術など、知る由もない。
「腹減ったな……」
魔法は使えても空腹が満たされることはない。出来れば犯罪はしたくはないが、もうそれしか手が無い事は、ベルナルトは分かっていた。
「大人たち、怒るだろうな……。でも、僕もお腹空いてるんだ……」
両親からのプレゼントであったマフラーを深く被り、ベルナルトは白い息を吐く。
「――い、゛捕食者゛だ!」
大人が叫ぶ。子供たちを置いて、彼らは一目散に逃げていく。
ハッとなったベルナルトは、俯けていた顔を上げた。血の繋がった幼い姉弟が闇に呑み込まれたのは、あっという間だった。
――黒煙が舞う夜明けの下、ぱちぱちと音を立てて鳴る、炎上している電子機器。黒く焦げた大地を、ベルナルトは煤だらけの身体で這っていた。
「畜生がァ……っ!」
ぜえぜえと口で呼吸をしながら、あの日と同じ、あてもなく進んでいく。
「お、俺たちが、逆に狙撃、された……。た、助けてくれ……!」
墜落し、炎上するヘリコプターのコックピットに取り残された公安の男は、変形している機体の中で身体を挟め、身動きが出来ないようで、ベルナルトへ助けを求める。
「知るかよ……。自分でどうにか、しやがれ……」
がさり、と茂みが音を立てた事に気づき、ベルナルトは止まる。
朝日すらまだ差さない森の奥で、現れたのは、剣術士の味方をした国際魔法教会の男だった。
深淵すら思わせるフードの奥の暗い表情を見た時、ベルナルトは全ては終わったのだと、悟る。
「よお……国際魔法教会サマ……。さしずめ、この魔法世界を統べる神様からのお迎えか……?」
全身に駆け抜ける痛みを感じながら、ベルナルトは笑いかける。
「お前に与えた任務はレ―ヴァテインとグングニルの回収だったはずだ」
銀色の髪の男は冷酷にベルナルトを見下す。
獰猛な肉食獣を思わせる、フード奥の赤く鋭い眼光に射竦められ、ベルナルトは血の味がする唾を飲みこんだ。
「わずかでも、最高の瞬間だったぜ……。あの日俺の家族を見捨てたオルティギュア王家と、国際魔法教会。そして剣術士に同時に復讐出来る機会だったんだ……」
ごほごほと血を吐き、ベルナルトはクマが出来た目元の目を吊り上げる。
「復讐だけがお前の人生だったのか」
「家族も魔術師に殺された……。こんな世界、くそったれだ……。どうせどう足掻いたって゛化け物゛はいる……。だったらやりたい事をやって、死んでやる気だ……」
「……」
国際魔法教会の男は、這いつくばるベルナルトへ向け、とある破壊魔法の魔法式を向ける。
それを見たベルナルトは、狂ったように小さく笑い、男を睨み上げる。
「随分と景気良さそうじゃねえか、国際魔法教会……。早いところ世界平和ってのを、実現してやってくれよ……」
「ダインスレイヴ」
死の剣が、この魔法世界を恨んだ男へ止めを刺していた。同情する気もなく、ただの口封じの為の殺害だ。木々の間で白い閃光が煌めいた先で、ベルナルトは目を見開き、絶命する。
続いて国際魔法教会の男は、炎上しているヘリコプターの残骸の元まで歩み寄る。
そこでは公安の男が、未だ必死に身体を動かそうと身じろぎさせている。
「た、頼む死にたくない! 国際魔法教会を怒らせる気はなかったんだ! 助けてくれ――っ!」
二発目の白い閃光が煌めき、木々の中から鳥たちが一斉に羽ばたいていた。
※
「――本当に申し訳ない。皆からは、どんな仕打ちも受けるつもりだ」
「全ては私とルーナ、いえ何よりも自分のせいでございます……。本当に、ご迷惑をお掛けしました……」
病院での検査を終え、ルーナもクリシュティナもヴィザリウス魔法学園へと戻り、早速今回の件に関わったクラスメイトたちへの謝罪を行っていた。
新年最初の昼休みの談話室にて、集合しているクラスメイトたちに向け、二人は頭を下げている。
「ルーナちゃんとクリシュティナちゃんと天瀬が無事で良かったよ……。お帰りなさい!」
「もう心配かけないでくださいね?」
制服姿の桜庭と千尋が、ほっと一安心している。
「迷惑を掛けてしまった……。助けに来てくれた君たちを拒んで、私は……」
ルーナは自分の右手を握り、皆と顔を合わせられないようだった。
「もう平気よ。クリシュティナさんの事を、守りたかったのよね」
「そうね。攫われてしまったのなら、貴女たちの所為じゃないし。天瀬も無事だったんだから」
篠上と香月も、二人を温かく迎えていた。
「それで、二人はこれからどうするんだ?」
女子たちに座席を譲り、立っている帳が訊く。頬の絆創膏は、治癒魔法で隠しきれなかった生々しい傷跡を隠すために貼られている。
「まずはこちらの問題を消化し、オルティギュア王国関連について事実確認をとる。本当に残された国民はいなかったのか、とかな。しかるべき手続きをとった上で、改めてこの学園の生徒になるつもりだ。君たちが、許してくれるのであれば……だが」
「国際魔法教会との連絡も取れなくなり、アパートの家賃も支払えなくなりました。この学園の寮で暮らす以外、私たちはホームレスと言う選択肢しかありません」
「ほ、ホームレス……」
高貴な身分のはずの二人して路地裏の段ボールにくるまっている姿を想像してしまったのか、小野寺が青冷めている。
「い、いけませんよそんな事! ち、ちゃんと寮で生活しましょう!」
反対する人なんていませんよね、と小野寺は皆に確認をするかのように視線を送る。
クリシュティナが少し恥ずかしそうに顔を俯かせているあたり、今のは彼女なりの冗談だった可能性が大きいが。
「そうだな。きっと天瀬も志藤も、問題ないと言うだろう」
夕島はそう言いながら、軽く頭を下げる。そして、真剣な表情でルーナとクリシュティナを見つめる。
「すまなかった。正直言って俺は、二人を助けたいと言う考えに消極的だった。でも天瀬のやる気を見て、やらなくちゃいけないと思ったんだ」
「貴方方男子の皆さんも、私たちの為に動いてくれていました。あの戦いの時は本当に、申し訳ございませんでした……」
クリシュティナが度々頭を下げている。
「いや。俺たちも、クリシュティナさんに助けられたようなものだったから、な?」
夕島が帳と小野寺に確認を取るように窺えば、負傷の身から治った二人は揃って頷いていた。
「そんな、私はベルナルトの命令に従ってしまっただけで……」
「友だちを助けたかったんでしょ? あたしたちも、そう言う思いで動いていたんだし」
桜庭の言葉を聞き、「友だち……」と復唱したクリシュティナがルーナを見つめる。
クリシュティナの視線を受け取ったルーナは、「勿論だ」とこちらが何も言わずとも頷いてくれた。
「これで晴れてヴィザリウス魔法学園の魔法生ね。ルーナさんも、天瀬くんのレヴァテインにエンチャントをしたのね?」
香月の唐突な質問に、女子たちがそわりとするが、ルーナは真剣な表情で頷く。
「ああ。グングニールを失ったが、それ以上の力を誠次のレヴァテインには宿せた。剣の形が変化した」
「形が、変わったのですか?」
千尋が訊く。
「レーヴァテイン・ウル。私の中のファフニールと言う竜は、そう言っていた。誠次が言っていたが、効果時間が伸びていたようだ」
あと気になるのだが、とルーナは女性陣に向けて問う。
「誠次のレヴァテインにエンチャントをした時、なんだか私自身が変な感じになったんだ。あれは皆も経験したのか?」
「変な感じ、と言いますと?」
首を傾げるルーナの横で、クリシュティナが尋ねる。
「ち、ちょっと男子禁制!」
「女子寮棟に、移動しましょう!」
篠上と千尋が慌てて立ち上がり、ルーナとクリシュティナの腕を掴む。
「? な、何事だ……?」
「二人、いえ四名とも……?」
戸惑うルーナとクリシュティナを攫う形で、女子たちが談話室と隣接している女子寮棟の通路へと消えて行く。
残されたこの場の男子三人も、一体何なのだろうかと、顔を見合わせていたが。
「今の奇妙な間はなんだったんだ? まあ、飯だな」
「分かりませんね……。それよりも、お腹空きました」
「どうでもいいけど、腹減った。志藤と天瀬攫って飯食い行こうぜ」
が、彼らの食い意地に勝るほどの興味でもなかったようだ。
※
「――へぇ、結構いい家住んでるじゃないか。親は何してんだ? 傭兵か?」
「ちょ、土足土足っ!」
都内のとあるマンション。志藤颯介の実家に、エレーナがやって来ていた。
エレーナに靴を脱がさせている間、志藤はリビングで買ってきたものを机の上に広げる。
「親は特殊魔法治安維持組織の局長やってたんだ。金はあったみたいでさ」
そのお陰様でこんな所に住めているんだと、志藤は周囲を眺めながら言う。今となっては誰も住むことがなくなっていた家の中は、所々埃が被っているように見える。
「本当に良いのか? 私がこんなところに住んで」
「家賃はちゃんと払ってるんだし、誰も住んでいないんじゃこの家だって寂しいって思ってさ。俺は友だちとすぐ会える寮生活の方が良いし、あてもないんだったら代わりにアンタが使ってくれよ」
何の気なしに志藤は呟きながら、変わっていない部屋の中を確認するように、歩き始める。
「……」
そんな志藤の背を見つめてから、エレーナも部屋の中を確認しつつ、志藤の後ろについて行く。
「その、感謝する……。悪いな」
「なに、アンタの情報が無ければ、俺たちだって煮詰まっていたんだ。こっちにだって礼を言う筋合いはあるっスよ。あの戦いの後、治癒魔法もしてくれたし」
エレーナに家具やキッチン等の使い方などを説明しながら、志藤は言う。
「だが、私はこの国じゃ犯罪者だ。自分から出頭するほど真面目ではないが、お前らも関わっているとマズイ事になりかねないぞ」
「出会ったときに人を縛っておいて今更そんな事言うなっての……」
あの時の恐怖は、トラウマレベルである。志藤はがっくしと肩を落としつつも、顔を上げていた。
「何だろうっスかね。今の特殊魔法治安維持組織にアンタを引き渡したくないって言うか……その、とにかく俺たちも助かったってことっスよ」
喉元まで出かかった言葉をうまく伝える事が出来ず、志藤はぎこちなく髪をかきながら言っていた。
「情報は与えたが、結局ベルナルトもサムライボーイが倒して、こうも至れり尽くせりってのは性に合わないな。交換条件が傭兵時代の癖なんだが、何かないか?」
一方であくまで切り替えは早く、呑気にリンゴを皮ごとかじりつつ、エレーナは言う。
「これはどうだ? 何か厄介ごとがあったら私に言ってくれ。消してやる」
「やっぱ物騒だなアンタ!」
志藤が慌ててツッコむが、エレーナはいたって本気のようだ。
「はぁ。まあそんな物騒な事よりかは、ちょっとした事は頼むかもしんねース」
「任せろ。今日から私は、お前の専属の傭兵だな」
「せ、専属。契約成立って事で」
志藤とエレーナは互いの手の拳を合わせていた。
「……ところで颯介。この肉は生で食っても平気な奴か? それとも焼いた方が良いのか?」
パッケに入った豚肉をつんつんとつつき、エレーナは訊いてくる。
「……とりあえず、今度は本屋で料理本買わないとな……」
いや、この場合は家庭科なのか? 一般常識が欠けすぎていると言わざるを得ない女性と契約を交わした志藤は、金髪をがしがしとかいて困り顔をする。
部屋の暖炉を模したヒーターの上に置かれている写真に映った志藤の両親が、新たな世界に飛び込もうとしている息子を、優しく見守っているようだった。
※
「――以上が、ルーナとクリシュティナをめぐった今回の一連の戦いの報告です」
「レヴァテイン・弐……」
誠次と書類を抱えた百合が横に並び、理事長室の椅子に座る八ノ夜美里に今回の事件の経緯を説明したところ、八ノ夜も戸惑ってしまっていた。
「ルーナさんの持つグングニールと融合した結果、このような形になりました。名称はルーナさんの使い魔であるファフニールが言ったものです」
百合の説明の後、誠次が説明を加える。
新たな姿となったレヴァテインは弐の名を冠し、今は横長の机の上に置かれている。エンチャントが掛かっていない状態では、やはり銀色に光る両端の刃のみが唯一の殺傷力を持っているようであった。
先端無き剣の姿を確認した八ノ夜の瞳は、どこかわくわくしているように輝いて見える。
「これは……新しい鞘を使っておかないとな!」
「飲み込み早っ!」
誠次は慌ててツッコむ。
「うふふ。兎にも角にも、誠次くんは良く頑張ってくれたわ」
「その褒美が北欧ルーン文字の第二文字を宿した新たな剣か」
八ノ夜はレヴァテインをしげしげと眺め、顎に手を添えて呟く。
「ウル……」
誠次は呟き、姿の変わったレヴァテインを見つめる。剣は復活し、誠次の手元に舞い戻って来た。まだ守り続けるために、戦うために。
「どうした天瀬?」
八ノ夜が誠次の表情を眺め、訊いてくる。
誠次はすぐに、八ノ夜を見つめ返した。
「いえ……場違いかもしれませんが、少しわくわくしているんです。この力で、皆を守る事がまた出来る」
「愚か者。自惚れはするなよ?」
「分かっています」
八ノ夜の言葉に、誠次は慎重に頷いていた。
「オルティギュア王国ですが、確認されている限りはやはり国民の生き残りはいなかったみたいだ。ルーナちゃんとくりなんとかちゃんはずっとそれを隠されていて、あたかも王国復活を望む人がいるって責任を負わされて、ある意味国際魔法教会の道具としていいように使われたみたいだ」
担任教師である林政俊が、調べ上げた情報を言う。二人の事情や戦いの事を知った上で今日のHRを、林は敢えて何事もなかったかのようにこなしていた。無論、前もってルーナとクリシュティナを職員室に呼んで会話をしてはいたようだが。
「お願いします林先生、八ノ夜理事長。あの二人をここの学園の生徒として、これからもこの学園にいさせてやってください」
念には念を押す思いで、誠次が頭を下げる。
「お前は親か」
腕を組んで林が苦笑しながらツッコむ横で、八ノ夜もにやりと笑っていた。
「いてくれた方がエンチャントで強くなれるからな?」
「そ、そう言うわけでは!」
「冗談だ。あの二人もこの学園にいたいと、今日の朝っぱらからこの理事長室に事情の説明がてら押し掛けて言われた事だ。もし国際魔法教会が今更何かを言ってきたとしても、優秀な魔術師をそう易々と手放すわけはないよ。それに、姫とメイドってなんか良いじゃないか!」
「元、ですけどね」
勝手に興奮している八ノ夜の言葉に、大事な事ですからと百合が付け添える。
「ありがとうございます」
頭を上げた誠次は、ようやくこれで今回の一連の騒動が収束した雰囲気を感じ、安堵の表情を見せていた。
レヴァテイン・弐は鞘がまだない為、少しの間八ノ夜に預かってもらうことにした。流石に刃がむき出しの状態で、学園の廊下を歩くわけにはいかない。
二人を無事に助ける事が出来た今は、じっくりと休みたい。寮室へと戻る途中の廊下を歩きながら、誠次はファフニールが見せてくれたかつての魔法世界の光景を、思い出していた。
「スルト。俺は大切なモノを守るために、この魔法世界で剣術士として戦っている。お前は何の為にレーヴァテインを振るっていたんだ? その根本的な考えは、気の遠くなるような時を重ねても、変わらないんじゃないか?」
夕暮時の窓に映った自分の顔に向け、誠次は問いかける。
「もしお前が伝承通り、世界を滅ぼしてしまったというのなら、まだ不完全でも、新しく生まれ変わったこの魔法世界を、一緒に見守ってくれないか? 剣術士と剣術士で、一緒に」
伸ばした右手と、窓に映るもう一人の自分の右手を重ね合わせた。窓に映る自分の顔が、誰か違う人の者に見えた時、その表情は――希望を抱いてぎこちなく微笑んでいるようにも、魔法世界を恨んで憎んでいるようにも見えた。




