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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
二人だけの王国
186/211

7 ☆

「へえ。これが日本のヘリか。さすが技術力はあるな」


 森林を切り開いた平地に、カモフラージュを施されたその機体は置かれていた。


「アンタがロシアの傭兵さんかい? 俺は光安の者だ」


 最新モデルの軍用ヘリコプターの操縦席から、日本人の男が声を掛けて来る。


「俺は警察は嫌いなんだが」

「警察なんかと一緒にすんなって。あいつらは魔法の事に関しちゃド素人だ」


 光安の男は笑いかけ、ベルナルトへ向け手を伸ばす。


「動作に問題はないんだな?」  

「何なら地球一周の観光旅行でも? 最近も大雨の中飛ばして、道路を走る一台の車を狙撃した所だからな」

「ヘリコプターで車を追いかけるとは、映画みたいな展開だな」

「あの時は俺も興奮したよ。堪んないってね。俺も一回、犯罪者共をああ殺ってみたいもんだ」


 右手を閉じたり開いたりし、光安の男は当時の熱狂を思い出しているようだ。


「ハハ。相当ヤバい奴とは何人も会って来たけど、アンタは中々だな」


 ベルナルトは失笑しつつ、ヘリコプターへと乗り込もうとする。

 その時、背後側にある自分たちのキャンプの方で、何か人の悲鳴がこだました。二人の間に一瞬の間が訪れるが、人々の悲鳴は大きくなる一方だ。

 

「……飛ばせる準備はしておけ」


 すぐに敵襲だと理解したベルナルトは、金で買収した光安の男にそう告げていた。


              ※


 目覚めの時は、体感的にもすぐに来た。


「起キロ、寝坊助」


 まだ夜は明けてはいないが、ファフニールは遠くをじっと見据えている。雨はすぐにやんだようで、枯葉が湿った独特の臭いが鼻につく。


「夜襲作戦か?」

「人間ノ目ハ夜ニ弱イ。戦力ノ不利モ覆セルダロウ」


 誠次せいじは身体を起こし、半壊しているレヴァテインを拾い上げる。身体は完全に回復しておらず、手先やつま先を動かすたびに、一々胸が痛む。正真正銘の自分の身体だというのに、言う事を聞きたくないと駄々をこねられているようで、誠次は歯を喰いしばる。


ヤツラ、ドウヤラ夜明ヨアケを待タズシテ動クヨウダ。仕掛ケルニハ今シカナイ」

「分かった」

「背ニ乗レ、小僧。振リ落トサレルナヨ?」


 ファフニールは自らの巨大な身体を地面に這いつくばり、誠次に催促する。

 十分な休息がとれたとは言いきれないが、誠次はすぐにファフニールの背に乗った。ごつごつとした見た目通り、ファフニールの鱗は硬く、また今はやんだ雨を受けたせいか冷たかった。身体を支えるのは己の腕のみと言う状況で空を飛ばれるのは、どことない恐怖心も沸いてくる。


「怖イカ?」

「……ああ」

「姫モ初メテ我ノ背ニ乗ル時ハ、恐レヲ抱イタモノダ」


 レヴァテインを背の柄に入れた誠次が背に乗った事を確認したファフニールは、前方を睨む。


「シッカリ掴マッテイロ。落チテモ保険ハ効カヌゾ?」

「上等だ」


 友を救う信念が生み出す力が湧き上がったのか、ファフニールの鱗が突き出た、棘のような個所を誠次の両手はしっかりと掴んでいた。


クゾ!」


 誠次の視界の左右で、ファフニールの両翼が大きく動き出し、風を生む。風の勢いは凄まじく、舞い上がる木の葉に、木の幹が音を立ててしなっていた。


「ルーナ、クリシュティナ! 今助けに行く!」


 ファフニールの背の鱗にしがみつき、誠次は気合を込めて叫んでいた。

 

「フー!」


 何度かの翼の上下運動の後、ファフニールはとうとう大地から足を離す。急上昇したファフニールの背に、膨大な量の風が押し寄せ、誠次は歯を食いしばり、必死に鎧のような鱗に掴まっていた。


「っぐ!?」


 覚悟はしていたが、ファフニールに気遣いの気持ちは微塵もなかった。余りにも凶悪な大気の振動に、誠次が振り落とされそうになっていると、ファフニールが声を掛けて来る。


「今一度口ノ中ニ入ルカ?」

「勘弁っ、してくれっ!」


 言いたくはないが、獣の臭いはあまり心地のよいものではない。


「ナラバ堪エロ!」

「分かっているっ!」


 数時間後の夜明けを待つ世界が、見下ろせばそこにはあった。

 遥か下では、ここは本当に東京なのかと思うほど、山の稜線りょうせんが広がっている。ファフニールが低空飛行で飛んで行けば、木々は風を受けてゆらゆらと動いていた。


「上空から突入するのか!?」

「左様。今更迷ウナ。我ノ腕ニ回レ!」

「腕に回れ!?」


 吹き寄せる風の中、誠次は手を伸ばし、ファフニールの背中を少しづつ移動する。

 すると、ファフニールが短い右腕を折りたたむように回して来て、誠次の身体を鷲掴みにする。


「うわっ!?」


 驚く誠次の身体を強引に引き寄せ、ファフニールは自身の胸元に誠次を抱く。


「臓器ヲ吐クナヨ? 洗ウノガ面倒ダ」

「っぐ!?」


 髪は逆立ち、身体の中の液体や物体がずるずると這うように登っていく感覚。食わず嫌いで乗ったことはないが、ジェットコースターの急降下がこれと同じ感覚なのだろうか。いやおそらくは、それ以上だろう。

 凄まじいGの暴力にさらされながら、堪える誠次はファフニールに抱かれて急降下をしていた。

 

「アソコダ」


 森林の中、流れる滝水の辺りに、橙色の明かりがきらめいているのが確認できた。白い煙も上がっており、複数人の人がキャンプをしているのだろうか。


「頼む!」

「アア」


 翼を閉じ、まるでロケット弾のように鋭利なフォルムとなったファフニールは、天から放たれた巨大な槍の如く、ベルナルトたちの野営地へと降下した。


 防御魔法の結界の中、いくつものキャンプが立ち並んでいる西東京の山奥。今まさに、防御魔法の展開を終えた男が、焚火に当たっている二人組の男の元へやって来る。


「まったくついてないな、年明け早々こんな国で任務なんてよ。ほら交代だ」

「払いは良いんだ。文句言うなよ」


 コーヒーの入ったコップを交換しながら、男たちは悪態をつき合う。


「あの世間知らずの姫様とメイドは、どうするんだ?」

「ベルナルトが上手く処理するそうだ。まあ使い捨てだろう」

「使い捨て?」


 白い息を吐きながら、立ち上がった男が二人に問う。


「エレーナと目撃者を討ちに行かせて、あわよくばエレーナたちを殺し、そうでなくても俺たちが逃げる時間は稼げるって算段だ」

「亡国のお姫様が落ちぶれたもんだな」

「メイドの人質がいるから逆らえないんだと。情け深い姫様だろ?」


 男たちが笑い合う。クリシュティナが入れられている檻のすぐ傍では、グングニールを携えたルーナがうたた寝している。テントは用意しているが、ルーナは拒み、食事もっていなかった。


「早いとこロシアに帰りたいぜ」

「酒も飲めるし、女も抱き放題」

「――おいっ!」


 見張りに向かっていたはずの男が、慌てた様子で戻ってくる。


「もう明け方なのに゛捕食者イーター゛か?」


 テントのロープに足を掛けてしまい、男が盛大に転ぶ。テントが傾き、中にいた男たちも慌てて出て来る。


「ち、違う! ど、ドラゴンだっ!」

「ドラゴンだぁ!?」


 目撃したと言う男以外は、みな首を傾げている。


「どうしたんだコイツ?」

「ゲームのやりすぎだろ」 


 げらげらと笑い声が広がる中、頭上から何か巨大な黒い影が、轟音を立てながら接近していた。


「お、おいアレっ!」


 誰かが空を指差せば、全員がそちらを向く。

 大気を切り裂かんとする咆哮をあげながら、それは大きく翼を広げ、直前で降下の勢いを殺して舞い降りる。


「防御魔法ノ結界カ。小癪コシャクナ」

「俺だけを降ろしてくれ。俺に魔法は効かない!」


 髪の毛が逆立つほどの風を浴びながら、誠次は叫ぶ。


「ホウ。ナラバ術者ヲ止メロ。サスレバ我モ突入デキヨウ」


 ファフニールの腕の力が弱まり、誠次は空中に身を躍らせる。敵たちの姿を確認してから、空中で地面に対し背を向け、身体を少しだけ丸める。

 落下地点はファフニールが指定した。男たちが寝ているテントの屋根だった。誠次がそこへ落下すれば、トランポリンのようにゴムの支えがしなり、布の屋根は跳ね、落下の衝撃を吸収していた。

 跳ね、床を転がりながらも二本の足で耐え立った誠次は、一気に防御魔法を展開している男の背を取ろうとはしる。


「今のはなんだ!? このっ!」


 傭兵故のさすがの対応力か。ロシア語で罵声を浴びせつつ、防御魔法を展開していた男は誠次に対し蹴りを食らわせようとするが、


「じっとしてろ!」


 奇襲で主導権を取った誠次は、男の蹴りを回避しつつ、男の背後に回り込む。雨でぬかるんだ泥が跳ね、男の顔に飛沫が掛かった時にはすでに、男の背に折れたレヴァテインの先を押し当てていた。


「ひっ!」


 怯えた男は両手を上げ、防御魔法を解除した。


「ヨクヤッタ小僧」


 ゆったりと旋回し、上空でドーム状に広がっていた防御魔法が消えたのを確認したファフニールが、好機と言わんばかりにキャンプ地へ突入する。


「ど、ドラゴンだーっ!」

「お、落ち着け、逃げるなっ!」

「逃げろっ!」


 その大騒動は、テント場近くで眠るルーナの元まで聞こえてきた。

 夢うつつだったルーナは、


「ファフ、ニ―ル!?」


 戻って来たファフニールは、ベルナルトの部下たちに向け、灼熱の炎を吐き出している。

 始めて見る実在する竜を前に、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げている。ファフニールが吐く炎を背に、こちらに向かってくる黒い影が一つ。


「――ルーナ! クリシュティナ!」

「っ!? 馬鹿な……!?」


 立ち上がったルーナが驚き、戸惑っているようだ。

 それもそのはずか、一度は殺しかけたものの、地獄から舞い戻って来た少年が、半壊しているレヴァテインを右手に、向かって来ているのだから。


「誠次……っ。生きて、いた……」


 ルーナがどこか安心したかのような表情を見せたのも一瞬だった。すぐに我に返ったように、グングニールを持ち上げる。


「どうしてまた、来たんだ……!?」

「約束したからな」

 

 誠次も半壊しているレヴァテインを掲げる。半壊しているレヴァテインは切れ味を失っており、こうなればもはや鈍器の要領だった。

 誠次はルーナの横を通り過ぎ、クリシュティナが囚われている牢屋へ向かった。


「君は馬鹿で、愚か者だっ! 傷ついたのにっ!」


 後ろからルーナの声が聞こえたが、誠次はおもむろにレヴァテインを掲げていた。


「ぐはっ!? 血が……!?」 


 急激な動きは骨と言う支えを失った内臓を苦しめ、誠次の口内にはだ液以上の血が溜まりつつあった。

 呼吸の度にすら痛む胸元が更なる悲鳴を上げ、誠次の意識を鈍らせていく。それでも、誠次はレヴァテインを勢いよく振り下ろし、鉄格子を切断しようと試みる。


「ああっ!?」


 鉄格子と斬り合う度、レヴァテインの残り少ない刃は次々と欠け、吹き飛ばされていく。短い得物は振動を腕にくまなく伝え、誠次の顔に苦痛の色を浮かべさせた。これでは斬り合う度に、主人に苦痛を味あわせる、諸刃の剣だ。


「小僧! 姫!」


 誠次の元へ、ファフニールが上空を低空飛行して接近する。


「ファフニール! なにをしている!?」


 ルーナがファフニールを見上げ、叫ぶ。 


「姫ヲ救イニ来タ」

「頼んでなどいない!」

「デハ何故我ヲ消サナカッタ。コノ小僧ノ事ヲ、案ジテイタノダロウ?」

「揃って私をたぶらかすなっ!」


 グングニールを振りかざし、ルーナは銀色の髪を振り乱す。


「乗レ小僧!」


 窮地と見たファフニールが急降下し、誠次に向けて腕を伸ばす。

 誠次は咄嗟に腕を伸ばし、ファフニールと手を繋ぎ、背中に飛び乗った。直後、ルーナの振るったグングニールが、誠次がいた地面を突き砕く。


「すまない! 想定以上に胸の痛みがきつい……! 長期戦は不利だ……!」

「サテドウスル。姫ハ混乱シテイル」

「分かっている。そのためにはクリシュティナをまず助けなくては」


 ファフニールに跨り、誠次は共に地上を睨む。

 檻に入っているクリシュティナは気を失っているのか、ぐったりと頭を下げている。


「ファフニール……。主を見失ったか!」


 地上からはルーナが激昂し、眷属魔法の魔法式を展開した。

 全てを悟った様子のファフニールは、悲し気な瞳をルーナへと向ける。

 

「ドウヤラココマデノヨウダ小僧。姫ヲ……頼ム」

「ファフニール!? ……必ずルーナは助ける」

「……オ主ヲ信ジヨウ――」


 魔法元素エレメントの粒子となって消えて行くファフニールの背をそっと撫で、誠次は今一度地面へと落下する。前方へ一回転をしながら、地面へ着地し、誠次は再びルーナと接敵する。


「ルーナっ!」

「誠次っ!」


 再び斬り合えば、吹き飛ばされたのはレヴァテインの刃だった。いよいよ折れた柄だけが残されたレヴァテイン。視界の隅で破片が飛び散り、このままでは押し負けると、誠次は焦る。


「――今だ! 包囲しろ!」


 ファフニールが消えたと知った男たちが、ここぞとばかりに誠次目掛けて魔法式を展開しながら、接近してきている。


「追い詰めろ! 相手はたった一人だ!」

「――《トリスタン》」


 白亜の大剣が、群がる外国人集団に向け薙ぎ払らわれ、現場を蹂躙する。


「なんだ!?」


 誠次とルーナが立ち止まり、突如として乱入してきた第三者の方を向く。

 ヴィザリウス魔法学園の女性教師、星野百合ほしのゆりが、キャンプ場の入り口に立っていた。


「ハーイ。敵は一人じゃないようよ?」


 魔法の大剣を身体の周囲に展開し、手裏剣のように回転させながら、キャンプ場のテントを切り刻んでいく。なぜか赤いジャージ姿ではあったが、百合は外国人傭兵集団を次々と薙ぎ倒していく。


「百合先生!?」

「初日に職員室にいた教師か……!」

「一応先生なんだし、生徒には名前を覚えていて欲しいわね」


 百合はルーナを見つめ、くちびるに手を添えて言う。大人数を相手していると言うのに、彼女には余裕があるようだ。


「誠次くんはクリシュティナちゃんをお願い。貴方が空から降って来た時は、私もびっくりしちゃったわ」


 百合に言われ、誠次はすぐに横にそびえる鋼鉄の檻を睨む。猛獣が押さえ込まれそうな強固な檻は、大きな鍵が掛けられており、簡単には開きそうにない。


「待て誠次!」


 ルーナが誠次を追いかけようと手を伸ばすが、誠次はその手を逆に強引に掴み寄せ、ルーナの身体を檻に押し付ける。


「きゃっ!?」

「ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト! クリシュティナを助けたいんだろ!?」


 衝撃で飛び跳ねたルーナの身体の肩を掴み、誠次は至近距離でルーナを睨んだ。


「クリシィを助けるには、君のクラスメイトを私が倒さないといけないんだ……!」


 瞳に涙を浮かべるルーナは誠次の手を振り払おうと、身体をじたばた揺する。

 壊れているレヴァテインの柄をルーナの胸元に押し付け、首を横に振る誠次はルーナの躰を押さえつけていた。


「そんな事はさせない! 俺がクリシュティナを助ければ、ルーナは俺を信じてくれるだろ!? 俺の事を信じてくれ!」


 必死に叫ぶ誠次は、ルーナの目の前でレヴァテインを掲げ、振り下ろす。刃無き柄は檻の横棒に当たり、甲高い金属音が発生した。

 物理で檻をこじ開けようとしたのだ。

 

「かは……っ!」


 レヴァテインが金属と接する叫び声を上げた直後、全身を強烈な痛みが駆け抜け、誠次は血を吐いた。

 ルーナはそんな誠次の姿を見つめ、青冷めた表情をしていた。


「もうやめろ誠次、檻を破るなんて無理だ! 君のその身体とつるぎでは……っ!」

「まだだ……っ」


 二度目。レヴァテインが鋼鉄の檻を噛み、破片が飛び散っていく。レヴァテインはいよいよ柄にも亀裂が走り、鈍器としても使い物にはならなくなっていた。


「ぐうっ!?」


 口から噴き出す血に、黒い眼にも赤い血が走る。今のレヴァテインでは、鋼鉄の檻を打ち砕くのは不可能であった。


「無茶だ誠次!」

「俺は諦めない……! ……っ!? 危ない!」

「きゃっ!?」


 後方より属性攻撃魔法の飛来を察し、誠次はルーナと共に地面を転がってそれを躱す。攻撃してきたのは、


「――しつこい男は嫌われるぜ、サムライボーイ!」

「ベルナルト・パステルナークッ!」


 よろよろと立ち上がる誠次は、駆け付けたベルナルトを睨む。

 上半身が裸の上にボタンを留めていないコートを着ているせいで、割れた腹筋とその上の不気味なタトゥーが丸見えだ。

 

「親玉のご登場みたいね」


 いつの間にか百合が、誠次の後ろに立ち、二人の前に防御魔法を敷いていた。


「ルーナとクリシュティナを解放しろ!」

「笑わせるなよサムライボーイ。交渉できる立場じゃないの、分かってるだろ? それにその二人は、お前が考えているほど軽い身分でも、軟弱な鎖で縛られてる囚人じゃないんだ」

「私はこの二人が通っている魔法学園の教師だけれども、二人ともただの魔法生よ? 入学させておいて今更御用があると言うのなら、職員室に話を通してほしいわね」

 

 百合はベルナルトに冷静に告げ、誠次とルーナを守る構えを見せる。


「分かってねぇな」


 ベルナルトはやれやれと肩を竦め、誠次の横に立っているルーナを指差す。


「おいルーナ! その牢屋の中のメイドの事が大事なら、分かってるよなァ!?」


 ベルナルトの言葉を受け、ルーナは右手のグングニールを持ち上げ、誠次に向ける。

 視界の隅で銀色の輝きが見え、誠次は生唾を飲み込む。


「ルーナ……」

「私は、私は……っ」

「お前はどうせもうどこにも行き場はないんだ! 育ての親の国際魔法教会ニブルヘイムを裏切るつもりか!」

「行き場ならある! ヴィザリウス魔法学園だ!」


 ルーナを行かせまいと横に手を伸ばし、誠次が勇んで叫ぶが、ベルナルトは叫び返す。


「餓鬼がしゃしゃり出るな! 高校生活を満喫させて、ゆくゆくそいつと結婚でもして面倒見るってのか!? ああ!?」

「ルーナもクリシュティナも……お前なんかに決められる安い価値なんかじゃない!」

「さすが、良い事言うじゃない」


 このような状況の中でも、百合は関心するようにうんうんと頷いて見せる。


「私は教師として、生徒の二人とお話をしたいのだけど。でもそちらはもう話す口は持っていないのかしら?」


 百合がベルナルトに問う。


「悪いな。見つかっちまった以上、目撃者は全員排除する」

「立つ鳥跡を゛汚さず゛、か」


 どこか違う気がする言葉を百合は述べる。


「さーて最終確認だ。お姫様はいずこに?」

「……」


 ベルナルトの言葉を受け、無言のルーナは、唇を微かに噛み締めた後、動き出す。銀色の髪が、虚しく離れていく。


「分かって――」


 誠次の手をはらい、ゆっくりと歩き出すルーナに、誠次と百合が愕然とする中、ベルナルトは肩を竦め、


「――覚悟しろっ! ベルナルト!」


 不意に前方でロシア語が叫ばれたと思えば、誠次は俯いていた顔を上げる。ルーナが、ベルナルトへ向け突撃していた。


「――ねえなッ! 《サイス》!」


 しかし、それさえも読んでいたベルナルトは、ルーナへ向け破壊魔法を発動する。


「っ!?」


 一瞬の閃光が発生し、魔法を正面から浴びたルーナの意識が飛ばされ、うつ伏せの姿勢で倒れていく。


「自由を夢見た姫が最後に選んだ道は、無理心中だったか……」


 破壊魔法を放った自分の手をじっと見つめてから、ベルナルトはルーナを見下す。


「ルーナ!?」


 誠次が叫ぶ。


「……」


 百合は無言で、ベルナルトを睨みつけていた。


「おいお前ら、適当に遊んでおいてやれ」


 ベルナルトの合図の元、敵たちが一斉に動き出す。倒れているルーナを、覆い隠してしまうように。


「――さま……っ。姫様……ッ!」


 背後の檻の中では、絶叫するクリシュティナが手の手錠を自力で解こうと、金属の音を立てている。


「ベルナルト……貴様だけは……貴様だけはっ!」


 走る誠次はルーナの元に近づき、グングニールを拾い上げる。シンプルな見た目の槍は重たく、まだこちらを持ち主として認めてくれはしていないようだ。


(まだ息はしている!?)


 ルーナの容態を確認すれば、微かに呼吸をしている。《サイス》が上手く命中しなかったのか、誰かが守っていたのか――?


「やっちまえ!」


 逡巡しゅんじゅんする誠次目掛けて、攻撃魔法が一斉に襲い掛かる。それらを防いだのは、百合の防御魔法であった。


「遅くなってごめんなさいね誠次くん。数日前から、この二人の事は先生調べてたの。でも一歩遅れちゃったみたい」

「それでも助かります。ここを突破しましょう!」

「ええそうね。私本気出しちゃうわ」


 百合は魔法式を、誠次はグングニールと壊れたレヴァテインを構え、多数の相手と向かい合う。

 

 血反吐を吐きながら誠次が檻を叩きつける音によって目覚めていたクリシュティナは、必死にもがいていた。

 身動きできない檻の中から、まずは手錠を外そうと腕を交互に動かしてみる。しかし、手の肉が引き裂かれんばかりの痛みが走るだけで、手錠はびくともしない。


「そんな……姫様……ルーナっ!」


 誠次がルーナのグングニールを使い、魔術師たちと互角の勝負をしている。百合もよく戦っているが、このままでは確実に追い詰められるだろう。二人ともルーナを庇いながら戦っている為、下手な動きは出来ないでいるようだ。


「天瀬誠次……っ」


 今すぐにでもこの檻から出て、誠次と魔法学園の教師の救援に向かいたい。しかし、この手に食い込む手枷と檻をどうにか出来なければ、身動きは出来なかった。


「――姫を救いたいのか?」

 

 背後から、どこか懐かしいような、聞き覚えのある男の声がし、俯いていたクリシュティナははっとする。


「当然、です……。ルーナは私の大切な……友だちです……!」

国際魔法教会ニブルヘイムの命令に逆らってもか?」

「……国際魔法教会ニブルヘイムよりも、ルーナの事が大切です……」


 微かな迷いも今はなくなり、クリシュティナは断言していた。自分の事を見捨てず、自分を守ろうとしてくれたルーナへの、親愛な気持ちだった。

 思わず後ろを振り向けば、顔をフードで隠した、国際魔法教会ニブルヘイムの男が檻のすぐ傍に立っていた。冷静に戦いを静観するその姿には、ただならない威圧感を感じたが、


「貴方は……?」 

「クリシュティナ・ラン・ヴェーチェル。現時点を持ってお前を国際魔法教会ニブルヘイムの特別保護対象から外す。今後は国際魔法教会ニブルヘイムからの援助は一切ないと思え」

「……」


 言い切られてしまったが、後悔はなかった。


「ここで待っていろ」

「ま、待ってください。この牢を開けて、私も戦います!」

「足手纏いだ。終わったら開けてやる」


 一体誰なのだろうか、と考えている間にも、フード付きのコートを被った男は、誠次たちが戦いを繰り広げている焚火の方へと向かって行く。その背に、国際魔法教会ニブルヘイムの紋章を背負いながら。


「――剣術士スルト。手を貸す」


 グングニールの柄で敵を気絶させていた誠次の元へ、男は到達し、傭兵たちへ向け攻撃魔法を放つ。男の攻撃魔法は強力で、傭兵たちは再び誠次を倒す好機を失いつつあった。


「国際魔法教会……。貴方は?」


 グングニールを構えながら、横に立つ男に問う。


「問答は無用なはずだ。今は味方とだけ言っておく」

「助かるわ。今とてもピンチだったから」


 百合が微笑んでいるが、誠次は慎重であった。


「……分かりました」


 属性攻撃魔法をグングニールで弾き飛ばし、誠次は反撃の為に傭兵たちの元へ接近する。


「失せろ!」


 長いリーチを生かし、誠次はグングニールを円形に振り回し、傭兵たちに尻もちをつかさせる。


「……」


 男は誠次の背をじっと見つめた後、ある種の拳法のような手捌きで、魔法を使わずに傭兵たちを無力化させていく。今まさに、背後から向かって来た傭兵の腹部を肘で撃ち、逆に組み伏せている。


「誠次……」


 ルーナがか細い声を出し、誠次に向けて必死に手を伸ばしている。


「ルーナっ!?」


 それに気づいた誠次が急いでルーナの元へ駆け寄り、上半身を支えて起こしてやる。


「すまない……ベルナルトを倒して、私は……」

「無茶な事をするな!」

「君が、それを言うのか……。君は、本当に……」


 誠次の腕に抱かれ、苦しそうな吐息を出しながらも、ルーナは力なく微笑む。


「私のグングニールを、使っているのか……?」


 誠次の右手にあるグングニールを見つめ、ルーナは言う。交換と言うわけではないが、ルーナの右手には壊れたレヴァテインがあった。


「使ってはみたけど、やはり俺には剣らしい……」

「その槍はじゃじゃ馬だからな……。私も上手く扱うのに、手こずったものだ……」


 誠次はルーナを支えたまま、彼方を睨む。

 大自然が怒っているかのように、風が吹き荒れ始める。風を受ける木々が音を立てて、しなっている。

 吹き飛ぶ木の葉からルーナを守る為、誠次はルーナの身体をぎゅっと抱き締める。


『おいおいどういう事だこりゃあ』


 まだ薄暗い世界を照らす照明が、上空から浴びせられる。青黒い空を見上げれば、そこには二つ大きな羽を回転させる軍用ヘリコプターの姿があった。


国際魔法教会ニブルヘイムがいやがる。まさか日本の警察にチクったのは、お前か』

「ベルナルト。これは作戦命令を大きく逸脱している」


 フードを目深に被った男はそうとだけ言い、黙々と傭兵たちを倒していく。一切の無駄を感じさせない洗礼された動きは、さながら何かの香港アクション映画でも見ているようであった。


『っち。まあいい。どうせこの場の全員共に死ぬんだ』


 拡声器から響くベルナルトの声を聞いた傭兵たちの顔が、青ざめていく。


「う、嘘だろベルナルト!?」

「俺たちはどうするんだよ!?」

『だから、全員死ぬんだよ』


 これには傭兵たちも戦意を喪失し、浮かばせていた魔法式を次々と消していく。


「ベルナルトてめぇ!」


 ただ一人がヘリコプターへ向け攻撃魔法を放つが、ヘリの中にはまだベルナルトの腹心がいるのか、防御魔法で弾かれてしまう。


「あの野郎! 報酬を独り占めするつもりだ!」

「あらら。いかにも悪役さんの考えそうな事ね」


 百合はそう言いながら、クリシュティナが閉じ込められている檻の前に立つ。


「安心して頂戴クリシュティナちゃん。貴女たちに危害は食わせさせないわ」


 百合は流暢なロシア語で、クリシュティナに声を掛ける。


「不用意にロシア語を職員室で話しちゃったから、助けに来ちゃったわ? さあ。一緒にヴィザリウス魔法学園に帰るわよ?」

「ありがとう、ございます……。ごめん、なさい……」

「辛かったのね……。でも、もう大丈夫よ」


 クリシュティナは自分の身体を震わし、百合に感謝と謝罪をしていた。

 一方、ルーナを庇う誠次は、黒く巨大な蜂のようなフォルムをした軍用ヘリを睨んでいた。


『この機体は台場で蟻を片付けた後らしいが、性能は十分だ。今度はお前らも潰してやるよ!』

「味方を見捨てる気か……」


 ヘリコプターの風を浴びながら、誠次は血の跡が残る唇を噛み締める。 

 そんな誠次の横顔を見つめ、ルーナは、


「誠次……」


 こちらの胸元に手を添え、ルーナが語り掛けて来る。


「今の私の魔素マナでは、グングニールもファフニールも飛ばすことも出来ない……」


 空を羽ばたくための翼は折れたが、まだルーナは諦めてはいないかのように、誠次の胸に添える手に力を込めて来る。


「平気だ。ルーナもクリシュティナも、俺が守る」


 それは、元よりまほうを持たない天瀬誠次あませせいじも同じ思いであった。ルーナの手から受け取った壊れたレヴァテインを、誠次は無意識にグングニールと合わせる。


「――あのままロシアまで逃げるつもりだ。夜明けを阻む蜂、撃ち落とせるか?」


 後ろの方より、国際魔法教会の男がゆっくりと歩み寄って来る。


「相当な腕前のはずだ。貴方こそ、やれるんじゃないですか?」

「俺がやってもケリはつかないだろう」


 フードから口元だけを出す男は、誠次に寄り添うルーナの方へ顎をくしゃる。

 確かにその通りだ、と誠次は至近距離でルーナを見つめる。


「ルーナ。良いな?」


 誠次の顔を見つめ返し、頬を赤く染めたルーナは頷いた。


「我が儘を頼む、誠次……」


 もはやその顔には微塵の迷いもないようだ。


「ならば、この剣にエンチャントをしてくれ。俺とルーナの力で、奴を墜とす!」


 正直、今のルーナとレヴァテインの状態でどこまでやれるかは分からなかった。

 それでもルーナは両手を伸ばし、重ねたレヴァテインとグングニールに魔法式を展開する。


「っ!? これは……!?」


 紫色の光が拡散していく中、レヴァテインとグングニールが真っ白な光となって一体化していく。


「私のグングニールと、誠次のレヴァテインが、融合している……!?」


 エンチャントを行っているルーナも、誠次の右手を凝視する。


「レヴァテインが、再生した……?」


 グングニールは消え、新たな姿となったレヴァテインが誠次の右手に残っていた。左右対称の刀身は前のよりは細く短く鋭く。不自然に空いている柄の穴は空白で、横幅が大きくなったにも関わらず、重量はさほどない。

 そして何よりも目に付くのは、剣先だった。剣としてはあり得ないような逆三角形の形をしている先は一見、前と比べて突く能力を失っているようにも見える。

 だが次の瞬間、その第一印象はがらりと変わった。

 ルーナの生んだ付加魔法がレヴァテインに注ぎ込まれたその時、剣先から纏まった魔法の光が伸びた。余りの出力なのか、目に見えるほどの濃度の魔素マナの粒子が飛び散っていく中、魔法の光は欠けていた刃の部分を補うかのように伸びていた。


「お前、レヴァテイン、なのか……?」

「形が変わったのか……?」


 フードを目深に被っている国際魔法教会ニブルヘイムの男も、驚いているようだ。

 再生し、生誕したレヴァテインからエンチャント完了の合図である、凄まじい突風が発生する。そうすれば、禍々しさすら感じさせる紫色の光は濃くなり、誠次の両目を紫色の光で包んだ。


「せ、セイジ、これは一体……!? なんだか、身体がふわふわして、すごく熱いんだ……っ」


 全身から汗を流し、胸元でルーナが戸惑い声を出すが、誠次も誠次で驚きを隠せないでいた。


「魔素を一点に集中して、濃度と出力を高めているのか」


 まるで最初から知っていたかのように、すぐにそうと理解した誠次は、紫色の刃を生み出す新たなレヴァテインを、上空のヘリコプターに向ける。


「今ファフニールが言った……。レ―ヴァテイン・ウル……」


 誠次に抱き着くルーナが、ぼそりと呟く。


「ウル……? ……レヴァテイン・ウル――」


 復唱し、静かに息を吸えば、生まれ変わったレヴァテインは誠次に応えるかのように、その光の濃度を増していた。

 ――破滅の剣、お前に扱えるか、小僧?


「――破滅? いや違うな。俺は大切な人たちを守るために、この剣を振るうんだ」


 何処からともなく声が聞こえた気がし、誠次はぼそりと答えていた。

 夜はもうすぐ明ける。


挿絵(By みてみん)

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