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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
二人だけの王国
183/211

4

 ――屋敷で過ごしていたとある日、父親が夜空の下の中庭に立ち、一人で夜空を眺めている場に出くわしたことがある。

 その日は、父が先ほどまで何やら複数人の大人の人と会議をしていたのを、ルーナは廊下で聞いていた。領土、国民、国力、などと聞き覚えの無い大人の人の声が聞こえたかと思えば、父親の否定するような声での応答が続く。少なくとも、円満な関係で終わった会合でないのは、当時六歳ほどののルーナでさえも分かっていた。


「――お父上」


 屋敷の廊下の窓を開け、ルーナは父親に声を掛ける。


「ルーナか。もう寝る時間だろ?」

「父上こそ、゛捕食者イーター゛が怖くはないのですか?」


 父上でありオルティギュア王国国王――ヴィクトルは、王家に伝わる白銀の髪をなびかせ、穏やかな表情で振り向く。一国を背負う一人の人間としての覚悟を常に持ち、他の人の前ではいつも険しい顔をしているヴィクトルも、娘の前では一人の父親に他ならない。


「今日も綺麗なオーロラだと思ってな。ルーナも来てみなさい」

「はい」


 寝間着姿のまま、ルーナは雪が降り積もっている中庭まで歩く。年中極寒のこの地域の夜は、氷点下を優に下回る気温でもって、全身を迎えていた。

 ヴィクトルは羽織っていたコートをルーナの肩に巻いてやり、背中に手を添える。


「わあ……。綺麗、です……とても」


 夜空に広がっていたアメジスト色のオーロラのカーテンに、感動するルーナは息を呑む。その先に見える星も、ルーナのコバルトブルーの瞳も、きらきらと輝いているようだ。


「ああ。あのそらは゛捕食者イーター゛でさえ手が届かない、ありのままの世界の姿だ。何一〇年間も変わらない」


 ヴィクトルは微笑みながら、語る。


「ファフニールと一緒にならば、あの天にもたどり着けそうです」

「竜をそうこき使うものではないぞ」


 ルーナの使い魔を知るヴィクトルは、王家を守る力である彼を労わるようにして言っていた。


「しかしそう考えれば、゛捕食者イーター゛は怖くはない。私はどちらかと言えば、同族に恐怖を感じるよ」

「同族?」

「人だ」 


 ルーナの肩を握る大きな手にぎゅっと力を込め、ヴィクトルは眉を寄せていた。


「ルーナ。もしお前がこの王国を背負う重圧に耐えられなければ、誰かの元へ嫁ぎ、一般の人として生きても構わない。幸せになってほしいのだ」


 唐突に告げられた提案に、ルーナは驚き戸惑いながら、真上にある父の顔を見上げる。紫色のオーロラの輝きを浴びる、偉大な父の姿は、どこか寂しそうにも悲しそうにも見える。


「な、なにを言うんですか!? 私はラスヴィエイト家の、父上と母上の元にいるのがいいです! 王家の一員として、覚悟はしております!」

 

 ルーナは、背中に感じる父親の温もりに負けじと、声を張り上げていた。


「ルーナ……。すまない。愚かな父親を赦してほしい」

「父上は立派でございます。愚かな事なんてありません」


 ルーナは確信を持って言えた。普段から国民の為を思い、公務をこなしてきた父親の背は、いつだって大きく感じるものだから。

 ただ、この時のルーナは幼すぎた。まだ六歳児の身では、重たすぎるこの国の問題など、とても理解できるものではない。

 だからこそヴィクトルは、悲し気に目を伏せてしまう。


「それに、私にはクリシィがいます。今度はクリシィと一緒に、このオーロラを見たいです」

「く、クリシィとな……? それは一体誰だ?」

「メイドのクリシュティナの事です」

「おおそうかそうか。仲良くしてくれているようで、私も嬉しいよ」

「はい!」


 大きな父親の腕に抱かれ、ルーナは初めて出来た友達の存在と、それを作ってくれた父親に感謝していた。


「クリシィと父上、母上がいるこの王国を、私は守ります。それが私の幸せです」


 ルーナの決意に応えるように、天高く見えるオーロラの輝きが、より一層強くなった気がする。

 

 夜空の下。――目の前で倒れた血まみれの少年を見つめるルーナの目は、悲しく揺れていた。あの日の父親同様、もう戻れない所まで来てしまったのだろう。

 ルーナとファフニールの足元には、粉々になった刃の破片が散らばっている。そして、倒れている少年の手には、半壊した剣があった。

 それは確実に、自分が振るった槍によって引き起こされた、取り返しのつかない事であった。少年の背負った剣を、破壊したのだ。


                ※

   

 初詣の日に訪れた神社まで、誠次たち四人は美術館から直接駆け付けていた。三日連続で訪れる事になったここには、さすがに昨日一昨日ほどの混雑はなく、人の数もまばらであった。


「一応、応急処置は済みました。火傷の痛みは残ると思います」

「……すまない。感謝する」


 火傷してしまっていたエレーナの背中に当てていた治癒魔法を終え、しゃがんでいた香月はゆっくりと立ち上がる。


「なあ。やっぱアンタは帰った方が良いんじゃないか?」 


 志藤がエレーナの身を案じているが、エレーナは美術館から険しい表情を変える事はなかった。


「アイツに恨みがある人間は私だけじゃない……。昔の仲間の為にも、引くわけにはいかない……」


 エレーナへの複雑な心境から、何も言えないでいる誠次の目の前で、銀色の髪が揺れ動く。

 さすがに一日中使い続けているのは、いくら凄腕の魔術師としても魔素マナ切れを起こしかねない。《インビジブル》を解除している香月は、誠次の横に並び立っていた。


「ベルナルト。本当に来るかしら」

「アイツも俺に用があると言っていた。もしも最初から俺に用があったと言うのならば、ルーナもクリシュティナも巻き込まれているのかもしれない」

「あの二人は確かに大事なクラスメイトよ。でも私たちにとってそれ以上に大切なのは、あなたなの……」


 誠次と、その背に装備されたレヴァテインとを交互に見つめ、香月は心配そうに言う。


「大丈夫だ。俺には心強い仲間がいる。ルーナとクリシュティナも、この国で心配してくれる人がちゃんといるんだってことを、分かってほしい」

「……そうね。それに暴力で無理やり証拠を隠滅するような人の元へなんて、絶対にいさせるべきではないわ」


 何だかんだで、負傷したエレーナの事を気には掛けている香月であった。

ベルナルトが現れる気配もしないまま、時間は刻々と過ぎていく。太陽が西の果てに落ちて行くのに連れ、焦りが生まれて来る一同であったが、それすらもベルナルトの作戦なのだろうか。

 夕暮れ時となれば、神社にいた人々もそれぞれの帰るべき家へと帰っていく。


「よお。まだ人探ししてるのかい坊主?」

「ああ、はい」


 二日目に会った牛串のおやっさんに、誠次は声を掛けられる。向こうは帰り支度をしていた。 


「これ余ったから丁度四本やるよ。賞味期限怪しいけど、人探しまあ頑張れよー」


 にかっと笑ったおやっさんから、牛串を四本受け取る。

 無人の屋台が不気味に軒を連ね始めた屋台は、三が日以降も出店するように、多くは残されているようだ。枯葉を散らす初凪が吹き寄せるだけの寂しい場で、ひたすらベルナルトを待つ。


「食わないのか香月?」

「お肉はあまり好きではないの……。そう言うしし唐くんも、食べないなんて珍しいわね」

「俺は天ぷらにすると美味いやつか……。でも、さっきちょっと吐きそうになっちまってさ。てか、吐いたし……」


 初めて垣間見た、人の生死の狭間を行き交う光景に、志藤は適応できていなかった。 

 

「私も初めて大切な人が傷つく光景を見た時は、とても悲しい気持ちになったわ」

「天瀬の事か?」

「ええ……」

「今のアイツには……俺よりもお前の事が必要なはずだ。だからアイツの事、頼むぜ」


 志藤はそう言い切ると、どこか恥ずかしそうに、顔を背ける。そして香月から差し出された手から、牛串を取っていた。


「食べてどうぞ」

「サンキューな香月。腹が減ったらいざって時に動けないし、吐いた分取り戻すわ」

「そうして頂戴」


 から元気でも、笑った志藤に向け、香月もまた安心したように口角を上げていた。 


「エレーナさんは、復讐が終わったらどうするんですか?」


 一方では、牛串を頬張りながら、誠次がエレーナに訊く。


「さあな。明日の事はどうなるか分からない。傭兵なんてそんなものさ」


 エレーナは肩を竦めていた。

 そして次には、面白そうに誠次に笑いかける。


「サムライボーイこそ。国際魔法教会ニブルヘイムに喧嘩を売って、オルティギュアの姫とメイドを救った後はどうするんだ? まさか、添い遂げるのか?」

「喧嘩を売るつもりまでは……でも、そうなるんでしょうかね」

  

 二人を助けたその先は……。ずっと国際魔法教会に頼って来た二人を変えようとしているのは、紛れもなく自分たちだ。 

 

「俺も志藤やみんなも今はただ、クラスメイトとしてあの二人を連れ戻したいだけですよ」

「――来た」


 串に刺さっていた四切れの牛肉を一口で頬張っていたエレーナが告げれば、一同は緊張した面持ちで辺りを見渡していた。


「ベルナルト・パステルナーク……!」


 やがて、目を細めていた誠次が見つける。罰当たりも良いことに、長身のロシア人男性が一人、神社かむやしろ瓦屋根の上に立っていたのだ。


「思ったよりも可愛らしい連中が来たな。ええ、エレーナ? お前が情報を与えたのか」

「ベルナルト。私は約束通り、アンタを殺しに来た。こいつらはその為の駒さ」


 エレーナは問答無用で破壊魔法の魔法式を展開し、ベルナルトへ向ける。

 にやりと、不敵な笑みを見せつけるベルナルトもまた、片手で破壊魔法の魔法式を展開する。

 まだここではやらせるわけにはいかないと、誠次はエレーナの一歩前に立った。


「ルーナとクリシュティナをどこにやった?」

「……不思議なのは、どうしてお前らがそこまであのオルティギュアの姫に拘るかなんだが。アイツらはお前らを騙してたんだぜ?」


 ベルナルトは日本語を巧みに使い、返答をする。

 誠次は腕を振り払い、ベルナルトを睨み上げる。


「ならばその説明を、自身の口でしてもらうまでだ! あの二人はもうヴィザリウス魔法学園の同級生でクラスメイトで、友だちだ! 返してもらう道理はこちらにある!」

「うっわ暑苦しい。お前想像以上に面倒臭いな……」


 ベルナルトは誠次を見下し、嫌味混じりに笑いかける。


「まあいいさ。会わせてはやるよ。その先の将来のコトについては、三人でゆっくりと話し合いな?」


 不敵にほくそ笑むベルナルトが、片手をひょいと持ち上げる。

 直後、誠次たちの背後にて、砂利が弾け飛ぶ音がした。


「!?」


 誠次たちが振り向くと、そこには白いコート状の衣装を着た、見慣れたはずの銀髪の女子が平然と立っていた。腰まで伸びた銀髪の姿は、ルーナで違いない。


「ルーナさん!?」


 香月が声を掛けるが、ルーナは静かに佇んだまま、右手を静かに天へと向ける。そして、叫んだ。


「――来いっ!」

「香月っ! 危ない!」


 何か、凶悪な何かが迫り来る気配を察した誠次が咄嗟に地を蹴り、香月の腕を掴んで引き寄せる。

 直後、香月が立っていた石造りの地面に、天より飛来した棒状の物体が、金属音を立てて突き刺さった。石造りの地面を簡単に破壊し、地面に突き刺さったそれを、ルーナは引き抜き、右手の周囲で回転させて見せる。


「この切れ味……レヴァテイン……!?」


 驚き途惑っている香月を背後に回しつつ、誠次がレヴァテインを構えれば、ルーナも自身の得物を誠次へと向ける。それは銀色の光を放ち、誠次の身体を付け狙う。


「ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト。参る!」

「ルーナ!? その格好は!?」


 誠次目掛け、神速の素早さでルーナは槍を繰り出す。

 誠次がレヴァテインを持ち上げた瞬間、ルーナの槍の先端はレヴァテインの柄に命中。両手が痺れるほどの衝撃が、誠次に襲い掛かる。


「ぐあっ!?」


 火花を散らしながら、誠次はレヴァテインをどうにか振り切り、ルーナを突き放す。

 反動で舞い上がったルーナは、空中を優雅に一回転してから、地面に着地。その場で槍を振り払い、誠次目掛けて攻撃魔法の魔法式を展開、発動する。


「天瀬くんっ!」


 香月が防御魔法を展開し、誠次目掛けて放たれた雷属性の魔法は全て弾かれる。


「ルーナやめてくれ!」


 ルーナに向け、誠次は叫ぶ。


「……残されたクリシュティナの為。私は貴様を倒す」

「クリシュティナの為、って……!」


 誠次は唇を噛み締め、後方のベルナルトを睨み上げる。

 

「貴様! ルーナに何をした!?」

「ちょっとした教育さ。お姫様が国の為に奉仕するのは、当然のことだろ?」


 ベルナルトは屋根の瓦に腰を掛け、高みの見物を決め込む気でいるようだ。


「ちなみに幻影魔法でもないぜ。お前を倒したいって言うお姫様の意志だ」

「おのれ……!」


 一撃が届かぬ間合いにいるベルナルトに接近すべきか、このままルーナと消耗戦を繰り広げるか。判断を迷う誠次の後ろでは、エレーナがすでに動いていた。


「オルティギュアの姫を足止めしてろ! 私がアイツを仕留める!」

「おー怖。んじゃ、あばよ」


 屋根の上から飛び降りたベルナルトを、エレーナが追いかける。


「エレーナ!? 天瀬、俺はエレーナを追う。ルーナを頼むぞ!」


 素早く判断した志藤が、レヴァテインを構える誠次に向け叫ぶ。


「志藤こそ、エレーナを頼む! ルーナはくい止める!」


 時間を稼ぐため、誠次が再びルーナと戦おうと身構えた瞬間、目の前で銀色の光が鋭く迫る。

 一瞬のうちに、ルーナは誠次の目の前まで接近していた。


「天瀬くん!」


 香月が防御魔法を展開し、誠次への一撃を防ぎきる。


「!? そんなっ」


 しかし、香月が発動した防御魔法を、ルーナの槍は見る見るうちに貫通していく。


「やめろルーナ!」


 それでもルーナは構わずに、誠次の顔を貫かんと槍を押し出す。

 誠次がレヴァテインを振るい、ルーナの槍を弾き返す。

 ルーナの方も、レヴァテインの強烈な一撃を細身の体で味わっているのか、暗い表情の下の唇が歪んでいた。


「やめろ! 俺たちは戦う為に来たわけじゃない! 連れ戻しに来たんだ! みんな心配しているんだぞ!?」


 誠次が必死に叫ぶが、ルーナが答える事はない。

 ――その代わりに、


「グングニール。我が手の加護の元、敵を貫け」


 ぼそりとルーナが、まるで槍にキスをするように唇を近づけて語りかける。

 すると、ルーナの抱くグングニールに眩い光が集い始める。エンチャントに酷似しているが、果たして。


「それは――エンチャントか!?」

「ルーナ、さん……」


 右腕を上げ、香月が悔しそうに攻撃魔法の魔法式を展開した直後、


「――沈め!」


 ルーナは光る右手のグングニールを、投げ槍の如く誠次たちの元へ放る。放たれたグングニールは魔法の光の軌道を描き、まず香月の魔法式を貫く。


「――え!?」


 妨害ジャミング魔法の如く魔法式を粉砕され、驚き途惑う香月の目の前まで、グングニールは飛来する。


「っ!?」


 誠次が伸ばしたレヴァテインの刃が、グングニールを受け止め、辛うじて弾き返す。

 尋常ではない痛みを両手に受ける誠次の目の前に、再びルーナは接近していた。グングニールは先ほど投げたばかりのはずが、ルーナの右手にすでに戻っている。

 グングニールが誠次を貫かんと、突きの一撃で襲い掛かってくる。


「ルーナ!」


 誠次はレヴァテインを構え、襲い掛かるルーナと鍔迫つばぜり合う。

 レヴァテインとグングニールはお互いに譲ることなく、火花を散らす。至近距離で刺し込み合えば、ルーナの顔がぶつかりそうになるほど、接近していた。


「貴様を倒す!」


 焦る誠次に対し、ルーナは一切の感情を覗かせずに、そう言い切るのであった。


「ルーナ……お前は……!」


 誠次は渾身の力を振り絞り、レヴァテインを横薙ぎに振るい、ルーナを突き放す。

 ルーナは軽い身のこなしで宙返りをすると、地面に着地。再びグングニールを投げる構えを見せる。


「香月! 俺のレヴァテインにエンチャントをしてくれ! 零距離まで飛び込んで魔法を阻止する!」

「ええ」


 誠次がレヴァテインを後方へ向け、香月がそれに手を伸ばし、付加魔法の魔法式を展開する。


「させるか!」


 先にグングニールへのエンチャントを終えたルーナが、右腕を持ち上げ、グングニールを投げつける。ルーナの腕から放たれたグングニールは風を裂き、誠次目掛けて突き進む。


「ぐあっ!?」

「きゃあっ!」


 誠次と香月の中心にあったレヴァテインに、グングニールは鋭く命中し、二人は衝撃を全身で浴びる。冗談でもなく、身体が宙に浮き、二人して吹き飛ばされていた。

 

「まだだ!」


 それを見たルーナは地を駆け、落下するグングニールを掴み取りながら、誠次の元へ突撃する。


「覚悟しろ!」

「やめて!」 


 地面に膝をつく香月が形成魔法を発動し、ルーナの目の前に魔法の障壁を生みだすが、グングニールは魔法の壁をいとも簡単に突き崩す。

 誠次も立ち上がり、ルーナを止めようとレヴァテインを構えるが、ルーナの一撃は強力無比であった。

 剣は腕ごと弾き飛ばされ、誠次は踏み込んだルーナの足蹴りを胸に喰らう。香月もまた、ルーナによって胸倉を掴み上げられ、倒れていた誠次の元へ投げ飛ばされていた。


「ルーナさんっ、やめっ!」


 足をよろめかせ、香月は誠次の元へ飛び込んでくる。


「香月!?」


 誠次は香月を左手で受け止めてやるが、すぐ直後にルーナがグングニールを振りかざし、誠次の頭部目掛けて振り下ろしてくる。


「駄目!」


 倒れ込む間際、香月が風属性の魔法を後ろに向け照準もつけずに発動し、三人の間に暴風が発生する。それは円形状に拡散し、誠次と香月とルーナをもれなく吹き飛ばした。


「小癪な……!」


 吹き飛ばされたルーナは、砂埃を上げながら、地面をブーツで擦って姿勢を整える。

 一方で地面を転がった誠次と香月もまた、すぐに立ち上がった。二人とも衝撃で身体を地面に擦りつけられ、ひりひりと痛む擦り傷が出来てしまっている。


「平気か、香月?」

「ええ、まだ行けるわ」


 顔に汚れをつけながらも落とすこともせず、誠次と香月は同時に立ち上がる。

 寄り添うような、そんな二人を睨みつけるルーナは、小さく歯ぎしりをしていた。 


「まだだ……クリシュティナの為にも私は、負けられないんだ―っ!」


 ルーナは自身の跳躍力を使い、近場にあった屋台の屋根を踏みつけ、トランポリンのように空高く跳躍する。それは、たった一回の反動で生み出されたとは思えないほどの高度まで、上昇しており――、


「なんて跳躍力だ……!」

「――沈め!」


 夕暮空に飛翔したルーナを追い、誠次が見上げた途端、高高度からルーナがグングニールと共に、誠次目掛けて降りて来る。

 誠次がレヴァテインを構え、ルーナの空中からの降下攻撃を受け止める。グングニールがレヴァテインの刀身に接触した直後、あまりの衝撃に、誠次の足場の石に亀裂が入る。ルーナの一撃を受け止めた誠次もまた、全身が痺れるほどの強い衝撃を味わっていた。


「ぐあああっ!?」

「まだだ――っ!」


 ルーナはレヴァテインを踏み、再び空高く飛び立つ。

 間もなく、雷に似た閃光を放ちながら、ルーナの二撃目が誠次と香月の元へと降り注ぐ。


「腕が、痺れて……。レヴァテインがうまく持てない……っ!」

「天瀬くんっ!?」


 落下点の予測もままならず、エンチャントをする隙もなく、誠次と香月は衝撃波を全身に浴びていた。

     

                ※


 神社境内の林の中。逃げるベルナルトを追うエレーナは、木々の間を駆け抜ける。


「あのさ、俺たちやり直さない? このまま戦うの面倒なんだけど」

「だったら大人しく出てこい。墓に埋めてから話しかけてやる。それに私たちはそもそも始まってもない」

「墓って……。俺もう死んでるじゃん」


 風属性の魔法を自身の足元に発動させ、ベルナルトは木と木の間を通り抜ける。


「死ね! 《サイス》!」


 エレーナが破壊魔法を発動し、ベルナルトに向け放つが、直線的で遅い軌道の魔法の光が命中することはない。ベルナルトはエレーナを嘲笑うかのように《サイス》を寸前のところで回避してみせ、振り向きながら魔法を放つ。


「おー怖い。《グラビドン》」


 ベルナルトが放った魔法により、エレーナのいる場に円形状の光が発生する。直後、エレーナに襲い掛かったのは、手を地面についてしまうほどのGであった。


「かはっ!?」


 草原も凹み、エレーナは顔をがくがくと上げる。


「んでもって、《シュラーク》」


 身動きが出来なくなったエレーナへ向け、ベルナルトは攻撃魔法を放つ。魔法式から飛び出した巨大な槍が、エレーナに向けて迫り来る。


「最高だよな。身動きできない相手をなぶるのって」

「――私が無策で突っ込むと思ったか?」

「!?」


 ベルナルトの背後の木の枝上から、エレーナが笑みを浮かべながら出現し、ベルナルトの背後へ回り込む。


「《ハルシオン》」


 自身の幻を短時間出現させる幻影魔法を、エレーナは発動していた。


「へえ。少しは頭を使うんじゃん」


 ベルナルトは《シュラーク》の反動で咄嗟には動けない。エレーナはベルナルトの背後で、破壊魔法を発動、発射する直前まで持ち込む。


「いいのか? 俺を殺せばもう一人、オルティギュアのメイドの居場所は分からず終いだけど?」

「構うものか。私はお前を殺せればそれでいい」

「執念深い女って本当怖いわ」


 ベルナルトが微笑んだ直後、エレーナの周囲で数発の爆発が起きる。


「なにっ!?」


 咄嗟に身を翻したエレーナに向け、ベルナルトは魔法式を向けていた。


「《マインヒューズ》。俺は一応軍師だぜ? 頭使わないでどうするよ」


 ベルナルトは自身の周囲に、予め時間差で起動する攻撃魔法の魔法式を展開しておいていた。エレーナの接近に対し、発動していたのだ。

 大地の上や木の幹に浮かんだ魔法式が連鎖爆発を起こし、衝撃波がエレーナに襲い掛かる。


「っち!」


 エレーナはバックステップで必死に回避行動をとるが、ベルナルトは炎属性の魔法を用いてエレーナを追い詰めていく。


「《フェルド》」


 放たれた火炎の放射に対し、エレーナは《プロト》を発動するしかなかった。


「防御魔法、とうとう使っちゃったね?」


 守勢に回ったエレーナを、ベルナルトは炎の先から見つめて嘲笑う。一対一の魔法戦においてそれは、ほぼ勝敗が決まったようなものであった。


「……クソっ」

「逆に死ねや。《メオス》!」


 攻撃魔法《エクス》の上位互換である破壊魔法、《メオス》をベルナルトは発動する。エレーナの身体を内部から爆発させる魂胆だったが、それは失敗に終わった。

 照準がやや下へ逸れ、エレーナの足元に《メオス》は着弾した。それでも威力は破壊魔法の名に相応しく、エレーナは爆発の衝撃を浴び、悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちた。


「おいおい。横入りとはマナー違反だぜ。日本人らしくないな餓鬼!?」


「――ヤバすぎんだろ……!」


 駆けつけた志藤颯介しどうそうすけが放った《エクス》が、ベルナルトの手先を掠め、照準を狂わせていた。

 志藤は今、口で荒い呼吸をしながら、木の幹に背を預けて身を隠している。背後からは、苛立つベルナルトのロシア語が聞こえて来る。


「んだよ、見た事も聞いた事もない魔法ばっか使いやがって……」 


 頼みの綱であったエレーナはやられ、地面にうつ伏せで倒れてしまっている。方やベルナルトは無傷だ。

 自分の持つ少ない魔法戦の知識でどう対抗するべきか。向こうは戦闘のプロだぞ!?

 ……自問自答を繰り返す志藤の背を支えていた木が突然、音を立てて切り裂かれた。


「なにっ!?」

「教えてやるよ。対人戦闘においてまず重要なのは状況の把握だ。敵の情報を知る情報戦でいかに優位に立てるかってのが、はるか昔から伝わる鉄則なんだぜ?」


 空間魔法でこちらの居場所を把握し、風属性の攻撃魔法でベルナルトは、志藤がいた場所を八つ裂きにして来た。


「くそっ!」


 堪らず志藤は木の幹から飛び出し、次の隠れ場所である木々が並んだ場へ一目散に走る。志藤にとっての不幸は、冬の季節の為に枯れた木が多く、満足に身体も隠せない事だった。もっとも、ベルナルトの空間魔法の影響下では、どこへいても見つかるのだろうが。


「追いかけっこに付き合ってやるほどこっちは暇じゃないんだ。こそこそしないで出てこい。楽にかしてやるよ」


 悠然と歩こうとしたベルナルトは、ぴたりと立ち止まる。左右の木の幹に、魔法式が浮かんでいるのを目ざとく見つけたのだ。志藤が仕掛けたトラップであったが、無駄に終わってしまった。


「おいおい。餓鬼の相手はマジで面倒臭いんだが」


 ベルナルトは髪をぽりぽりとかきながら、うんざりとして言う。


「だったらさっさとルーナちゃんとクリシュティナちゃんを解放しろっての!」


 木の幹の後ろに身を隠し、志藤は叫ぶ。顔を出すのが恐ろしく、ベルナルトがどこにいるのか上手く把握できていない。


「声、震えてるぞ。怖いんなら家でママの乳でも吸ってな」


 破壊魔法の魔法式を宙に浮かべ、ベルナルトは冷酷に告げる。


「……世の中分かってない甘ちゃんに、大人の厳しさ教えてやるよ」

「どういたしまして……!」


 手当たり次第に志藤は、自身の足元に攻撃魔法を数発乱射する。

 砂埃が舞う程度の攪乱しか出来ないでいる光景を見つめ、ベルナルトは鼻で笑った。


「目くらましならもっとマシな魔法使えよ。日本人ヤポンスキー

「ご生憎これしか覚えてねえんだよ!」

「馬鹿の相手は疲れるぜ」


 ベルナルトは木の幹の後ろに隠れている志藤目掛け、破壊魔法《メオス》を放つ。放たれた魔法の弾が木の幹に命中すれば、木の中に埋め込まれていた爆弾が爆発したかのように、豪快な音を立てて弾け飛んだ。


「っち!」


 志藤は咄嗟に横に走り、ベルナルトとの一定の距離を保つ。


「いつまで逃げてるつもりだ?」

「《エクス》!」

「無駄だ」


 走りながら志藤が放った二発の攻撃魔法を、ベルナルトはいとも簡単にかわしてみせ、反撃に炎属性の破壊魔法を唱える。


「爆破しろ。《エラプション》」


 驚愕する志藤の目の前に、真っ赤な火の塊が生まれたかと思えば次の瞬間にはそれが爆発。摂氏1千度を超える超高熱の炎の弾が飛び跳ね、ホーミングする弾となって走る志藤に襲い掛かる。


「やべえッ!?」


 防御魔法《プロト》を発動した志藤であったが、魔力の差は歴然であった。 

 志藤の身を守るべく展開した魔法の壁は、灼熱の炎を前に氷のように煙を上げて溶け、何発かの火の粉が身体に襲い掛かって来た。


「ぐああああああっ!?」


 火の弾の着弾のたび、身体が焼かれ、志藤は悲鳴を上げて地面に倒れる。枯れ落ちた木の葉が舞い、志藤の視界を遮っていた。


「結局何がしたかったんだよ、お前」

「――これが、したかったんだよっ!」


 痛みを堪え、歯を喰いしばる志藤は叫ぶ。

 身体から煙を上げる志藤の号令の元、落ち葉の下からずるりと、しなやかに長い何かが飛び出し、ベルナルトに襲い掛かった。


「ヘビ?」


 その細長い見た目とは裏腹に、志藤の使い魔であるヘビの締め付ける力は強く、ベルナルトは両手を身体に密着させた状態で動けなくなる。


「今だ!」


 志藤の叫び声に反応したベルナルトの背後から、


「《サイス》!」


 立ち上がったエレーナが、倒れている木々の彼方から、即死の破壊魔法を放つ。


「へえ」


 速度はそれほどでもないが、着実に迫り来る死の鎌を見つめ、ヘビに絡まれるベルナルトがニヤリと微笑む。その心は、余裕に見溢れていたのだ。


「姫を守りたいんだろ!? メイドちゃんよ!」


 声を荒げて叫ぶベルナルトの号令に、従う者がいた。

 目前まで迫っていた《サイス》は、横から突如として飛来した妨害魔法の魔法の光に包まれ、共に消滅する。


「なん、だと……!?」


 唖然とする志藤はよろよろと立ち上がる。

 一瞬の気の緩みが、ベルナルトの解放を許した。ヘビを引きはがしたベルナルトは、それを志藤に向かって投げつける。

 ――誰がベルナルトを救ったのか、志藤にはすぐに分かった。木々の間からちらりとその影が覗き、それを睨めばびくんと震えるようにして、身を隠す。


「奥の手は残しておくもんだぜ? 頭の良いことをしたかったみたいだが、俺はその二手先を行く」


 実力も、経験も、運も、知力も。何もかもがベルナルトが上手うわてであった。

 今の自分では倒せる相手ではないと直感し、愕然とする志藤の目の前で、ベルナルトは嗤う。


「さて、餓鬼のおままごとに付き合う暇もないんでね。俺が用があんのはお前じゃないんだよ金髪ボーイ?」

「結局、天瀬かよ……」

「お前もついてないな。俺を倒すにはまだまだ実力不足だったし、はっきり言ってお前には魔法戦のセンスがない。せめてなんも関わんない努力をしたら、もっと長生き出来てたかもな」

「はは。やっぱ俺、センスないんスかね……」

「逃げろ颯介! 私が、時間を稼ぐ……!」


 足を引きずる満身創痍のエレーナが、近づいて来る。逃げ出したい気分は山々だったが、エレーナの前で格好の悪い姿を見せたくはないと言う妙な感情が、沸いていた。


「逃がすかよ。《エクレルシージ》!」


 ベルナルトの目の前で、黄色い魔法式が浮かび上がり、魔法文字スペルが瞬く間に打ち込まれる。

 刹那、拡大した魔法式から電流が円形に広がり、志藤とエレーナの身体を雷が無慈悲に駆け巡った。

 目の前が眩くフラッシュしたかと思えば、全身が火だるまになったかとも思えるほどの痛みが、志藤とエレーナに襲い掛かる。


「があっ!?」

「くはっ!?」


 雷の膜の中心に立ち、服を優雅に風になびかせるベルナルトは、燃え焦げ、地面に倒れる二人の姿をじっと見つめていた。

 ぐちゃりと、吹き出した血によって湿った音を立て、地面に崩れ落ちる二人の意識は、もはやこと切れる寸前であった。


「とくと味わったか? ハエを落とすには電気を使えってね――」

「――《エクス》!」


 まだ、終わってはいなかった。

 飛来した攻撃魔法は、志藤とエレーナに止めを刺そうと一歩を踏み出したベルナルトの足元に、着弾する。


「まだいるのは、想定外だが?」


 立ち止まったベルナルトの真後ろ。

 息を切らしながらも、右手を伸ばして現れたのは夕島聡也ゆうじまそうやだった。


「遅れましたか!」

「志藤!? 野郎!」


 小野寺真おのでらまことと、帳悠平とばりゆうへいも駆け付け、それぞれ倒れているエレーナと志藤の前に立つ。


「餓鬼が増えやがった」

「俺たちを……ヴィザリウス魔法学園の魔法生を舐めるな」


 眼鏡の奥の赤い目に力を込め、夕島が言い放つ。


「舐めてはねーぜ? その価値すらもないからな。餓鬼が何人増えたって敵わないってこと、教えてやるよ」


 右手を掲げたベルナルトが、破壊魔法の魔法式を展開する。

 夕島、小野寺、帳もまた、鮮烈なる戦いへと身を投じた。

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