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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
竜が揺蕩い、虎は哮ける
175/211

1

 一二月二五日。魔法生にとっても冬休み初日。ヴィザリウス魔法学園へ久々に戻って来た誠次せいじは、寮室のソファの上に寝っ転がり、静かに本を読んでいた。


「……」

「……」

「……」

「……」


 ちらと横目で室内を見渡せば、とばりは電子タブレットで何やらネットサイトを見ているし、小野寺おのでらはうとうとと日なたで昼寝しようとしているし、夕島ゆうじまはクリスマス一色に染まる都会の街並みを窓から眺めている。

 ちらと部屋のデジタル時計を見れば、昼になろうとしている。


「そろそろ腹減らないか?」

「減った」


 誠次が上半身を起こしながらみなうかがえば、帳がまず返事をする。


「どこか食いに行くか」

「いいですね」


 夕島も窓際から離れ、あくびをしながら小野寺も立ち上がる。

 四人は制服姿のまま部屋から出て行った。


「外、寒そうだな」

「温かい格好をしておいた方が良さそうですね」


 男子寮棟の通路を歩きながら、帳と小野寺が会話をしている。


「何食いたい?」

「国道沿いの商店街のファミレスのクーポンなら、俺が持っている」


 誠次と夕島が後に続く。

 男子寮棟から外に出て、校庭を歩き、正門から国道沿いの道へ。途中男子生徒と女子生徒が手を繋いで歩いているところとすれ違ったり見つけたり。


「寒い……」

「確かに、制服がコートとは言え寒いな」


 帳が身体を震わせ、夕島が白い息を吐く。年末という事で人も多く、商店も年末商戦真っ盛り。街も活気に満ち溢れているようだ。


「香織先輩は今日から修学旅行に行ったんだってさ。本人はお姉さんを介護するつもりだったんだけど、あかねさんが強引に行かせたみたいで」

「生徒会長さん普段から頑張ってくれていますし、良かったです」


 誠次と小野寺が会話をしていると、立ち止まっていた帳と夕島とそれぞれぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。ファミレスは目の前にあったが、どうやら入れるに入れないようだ。


「今日は月曜日なのに、混んでいるな……」

「冬休みだからでしょうか」


 駐車場から賑わう店の中を見つめ、夕島と小野寺が首を傾げている。駐車場に止まっている車も多く、店の中も人でいっぱいだ。男子高生の食事とは無駄に長くなりがちであり、迷惑はかけられない。


「じゃああそこは? 歩道橋近くのあのラーメン屋」

「いいな。ぶっちゃけラーメンが食いたい」


 前にも行った事がある商店街のラーメン店を誠次が提案すれば、帳が頷いた。


「あの店なら、トッピング無料のクーポン券持ってるぞ」

「お前どんだけクーポン券持ってんだよ……」


 夕島が自分の財布の中身を確認する横で、帳が苦笑する。

 歩けばすぐに着いた見た目は古っぽいラーメン屋は、ファミレスに比べればいつもと同じ長閑のどかさで、男子四名を迎える。昔ながらのブラウン管テレビが壁の台に乗せられ、お客さんも中年の男性が数名テーブル席に座ってる程度だ。


「いらっしゃい」


 誠次は醤油、帳は豚骨、小野寺は塩、夕島は味噌味のラーメンを注文し、カウンター席に横に並んで座る。あとはそれぞれお好みで餃子と炒飯だ。こちとら一か月近く自炊生活が続いていたので、久しぶりの外食に胃が躍っていた。


「脱獄させたって……逮捕とかされないのかよ? 絶対目付けられてるぜ?」

「確かにな。でも八ノ夜さんが大丈夫だって言ってたから、大丈夫だろう」


 醤油の香りが漂うラーメンを食べながら、誠次はまるで気にしてないように呟く。


「怖くないんですか……? 道を歩いていると、後ろからいきなりなんて事もあるかもしれません……」


 小野寺がレンゲに麺を丸めて乗せながら、誠次に尋ねる。


「もしも自分の身に危険が迫ったり、友だちが危険な目にあったら抵抗はする。覚悟はしている」

「とても同じ学生には思えないな……」


 湯気で眼鏡を真っ白に曇らせた夕島が、見えないはずなのに誠次の方へ顔を向けて言う。


「ハッハッハ。そんな天瀬の学生復帰記念だ。乾杯しようぜ」


 水の入ったグラスを持ち上げ、誠次も微笑んでグラスを重ねる。

 季節もありそうだが、やはり友達と語り合いながら食べるラーメンは美味いと感じる今日この頃である。


「ありがとうございましたー」


 ラーメン屋での昼食を終え、四人の男子は店を出る。


「今何時だ?」


 誠次が白い息を吐きながら、のれんをくぐる。


「一時過ぎです。まだ遊べそうですね」


 小野寺は楽しそうに、三人に笑顔を振り撒く。


「ゲーセン?」


 腕を組んでいた帳が、唐突に提案するが、


「却下。金の無駄遣いになりそうだ」


 夕島がつまらなそうな表情で答える。


「身体を動かすのはどうだ? スポーツ複合施設が近くにあるらしい」

「専売特許で来やがったな」


 誠次の提案に帳が笑いかけて来るが、帳には笑われたくない。


「学生なら安いってところですね? テレビのCMでやってました」

「あそこのドリンク一杯無料のクーポン券なら持ってるぞ」

「だからなんでそう都合よく持ってるんだよ……」


 夕島が財布からすっと紙切れを取り出すと、帳が肩を竦めている。

 スポーツ複合施設では、普段公園などで行い辛い球技が出来る。卓球にやバドミントンやボウリングなど、コートや設備も整っている。


「そんで、今は光安が特殊魔法治安維持組織シィスティム牛耳ってんのか?」


 力任せに腕を振るい、ボウリングのボールを投げ飛ばす帳が、待機している誠次にく。高速のボールは摩擦をものともせずに真っ直ぐ先頭のピンへと向かい、待ち構えていたピンたちを瞬く間に薙ぎ倒した。倒れた数にして十。見事なストライクである。


「ああ。一時はまともに特殊魔法治安維持組織シィスティムも機能できていない状態だったけど、今は光安が特殊魔法治安維持組織シィスティムの権限を掌握しているらしい」


 そう言いながら誠次が転がしたボールは、真っ直ぐガターへ落ちて行く。しかし、顔立ちだけはストライクでも叩き出したかのように、きりっとしたままで振り向く。あえて言えば、見栄である。


「光安ですか。ニュースでも見かけない、あまり表舞台に立つことのない組織ですね」

「それが今、表舞台に出てきてなずな総理の元動いてるという事か」


 両手で小野寺の言葉を聞いた夕島が立ち上がり、スピンがかかった技術力のあるボールを転がして、スペアを獲得する。直後、彼は微かにどや顔を浮かべている。


「やっぱ帳が一位か」

「悔しいな。勝ちたかった」


 誠次と夕島がスコアを睨み、悔しく歯ぎしりをしる。


「ハッハッハ。再戦はいつでも受け付けてるぜ!」

「ボウリングの次は、ペアでバトミントンやりましょうよ!」


 すぐ隣では若い男女のカップルが楽し気にシャトルを打ち合っている中、四人の男子がワイシャツ姿でコートに入場する。


「ショッピングモールで謎の外国人か」

「その人たちは光安とは、違うんですか?」


 ネットの向こうで立ち塞がる帳と小野寺が、ラケットを構えながら訊いてくる。


「おそらくは。光安の他に何かの組織があると考えている」

「組織か。海外にも目を向けるとなると、大変なことになるな」


 誠次の後ろで、夕島がサーブを放つ。

 ぱこんぱこんと、真剣な表情でお互いに羽を打ち合っていた。

 複合施設を出て、昼過ぎの街中を再び歩く。数時間は複合施設にいたので、時間潰しは出来たようだ。


「小腹空かないか?」

「空いたな。コンビニで何か買っていくか」


 帳の発言に、誠次がすぐ横のコンビニを指差す。


「おい珍しいぞ! ローストチキンが売ってる!」


 まるで宝物でも見つけたかのように、誠次は声を大にする。


「ではお店の人の迷惑にならないように、代表の人が買いに行きましょうか」


 じゃんけんの結果、速攻で負けた誠次が行くことになった。列に並び、ショーケースで温めれていた四人分のローストチキンを購入し、店の外へ出る。振り向く直前、可愛い女性店員さんからは何故か同情されるような視線を送られていた気がする。


「冬休み、いつまでだっけ?」


 チキンは醤油味が香ばしく、中までちゃんと火が通っていて美味しい。

 誠次がローストチキンを頬張りながら尋ねれば、三人から「一月の三日(です)」とはもって返される。三人はそれで笑っていた。


「短いな」

「一か月間休んでたくせに」

「さんざん説明しただろ……。繰り返すぞ」


 帳にツッコみつつも、たれがとても美味しく、チキンを触っていた指先まで舐めてしまう。公園のベンチに四人で並ぶように座り、しばし休憩する。冬の太陽は遠く、肌寒い風が微かに吹いている。


「あのカップル、なんだか修羅場みたいだぞ」


 公園の噴水付近を眺めていた夕島が呟く。

 顔を上げた四人の視線の先には、二人の女性に詰め寄られ、狼狽うろたえている男性がいた。


「あの人たちにとって、今日は特別な日だったんでしょうね」


 小野寺は心配そうな表情で、三名を見つめている。

 片方の女性が男性にビンタすれば、もう片方の女性が男性の腹にグーでパンチする。男性は涙目になりながらも、去りゆく二人の女性に向けて腕を伸ばし、その場に崩れ落ちていた。


「どうしたんだろうか……?」

「そっとしておいてやろうぜ。俺たちには、きっとわからない何かがあそこにはあるんだ」


 首を傾げる誠次の横で、帳が慎重に言っていた。

 

「そろそろ、帰らなければならない時間ですね」

「冬はやっぱ短く感じるな」

「゛捕食者イーター゛いんのに、人間同士がいがみ合ってる場合じゃねえってのにな」


 小野寺が空を見上げ、夕島が正面を見据え、帳が視線を落として言っていた。


「今日は久しぶりにみんなと出歩けて良かった」


 誠次が立ち上がりながら、三人より先に歩き出す。


「待てよ。帰りになんか買って行こうぜ。寮室で二次会だ」

「ごみを纏めませんと」

「兄さんも世話になったみたいだな」


 ルームメイトたちも誠次を追いかけ、横に並んで歩きだすのであった。


 ――と、今日の昼から夜にかけての一日を談話室にて説明したところ、机を挟んで目の前に座る志藤に愕然とされていた。


「悲惨だ……悲惨すぎる……」

「……」


 腰掛け椅子のある二人用のテーブル付き座席に、向かい合う様にして二人は座っている。久しぶりの談話室の紅茶の味は、まったくもって美味しいものだ。


「クリスマスに、男四人で街ぶらとか、悲惨すぎる……」

「もう……悲惨とか言うなよ。多分四人とも現実放棄していたんだろう……。あの時はどうかしてたし、あの後寮室で暗い気持ちになった……。それに去年は志藤と二人で……」

「おいそれを言うな……。俺を巻き込むな……」


 苦い思い出に焦る志藤は「呆れた……」と言いながら、グラスに入った微糖のコーヒーを、ストローを無視してがぶっと飲み始める。


「じゃあそう言う志藤は今日は何してたんだ? 誘っても忙しいって言うし」

「!? いや忙しいってのは……! ……その、見栄、張ってたんだよ」


 ごぼっ、とむせ返りながらも、小声でぼそりと志藤は言っている。

 なんと言っているのか、誠次にはうまく聞き取れず、首を傾げていた。


「と、とにかく! マジで今日クリスマスだったんだぜ?」

「一二月二五日だからクリスマスだな」

「女子は!? なんか誘われなかったのかよ? 全員恥ずかしがり屋か!?」


 志藤は腕を組んで背もたれにもたれ掛かる。


「香月が新調した電子タブレットのアドレスは教えてもらったけど、それ以上はなにも。お帰りなさいとは言われたけど……」

「悲しいなお前……。いや、やっぱあれじゃね? 全員怒ってんだよ。一か月間も無視してるような状況だったんだし」

「だから、鳥の巣作りに使われてたんだって……」

「そんなファンタジックな説明で誰が納得するんだっての……」

「――心羽ここは!」

「ぬわ!?」


 机の下から顔を出したのは、山梨へ行く初日に病院外で出会った時と同じ服装をした心羽だった。志藤は友達だと認識したのか、にこにこと笑顔を浮かべ、誠次と志藤がいる机へ手をつく。


「せーじのお友達さん、びっくりさせちゃった?」

「心羽ちゃんは元気だな。一方で、軽く犯罪臭がするけど、大丈夫か―天瀬?」


 水色の髪の耳をはたはたとさせる心羽を眺めてから、苦笑する志藤は肩を竦めて言ってくる。


「やましい事はなにも」


 心羽はここ談話室で、やなぎの孫娘の真由佳まゆかと一緒にカウンターで店員の真似事をしている。そこでは真由佳が心羽に勉強を教えていたり、微笑ましい光景が見られる。心羽と視線が合えば、嬉しそうな表情をして笑顔を返してくれる。また談話室が生徒たちにとって憩いの場となりそうだ。

 心羽は誠次と志藤にそれぞれおかわりを差し出してから、また元気よくカウンターへ戻っていく。ここが気に入ってくれたようで、心羽の背を見送る誠次はほっと一安心していた。


「子供って、ああやって大きくなっていくんだな……」

「いや、悟るなよ……」


 寂しがる誠次に、志藤がツッコむ。


桜庭さくらばと香月は桜庭の実家に行くって言ってたし、篠上しのかみ千尋ちひろは部活らしい。桜庭の親御さんが無理やりと、顧問の先生が急に入れたとか」

「そうだったのかよ。可哀想に」


 色々な意味で、と志藤はお菓子を口に運ぶ。外はすっかり暗く、夜だ。今年のクリスマスも、もうすぐ終わろうとしている。


「それで、これが写真だ」


 誠次は特殊魔法治安維持組織シィスティム本部で新崎しんざきから受け取った写真を、志藤に差し出した。


「……そっか。サンキューな」


 机の上に置かれた写真をじっと見つめてから、志藤はそれを手に持ち、持ち上げる。


「こんな事言うのもなんだけど、両親がいなくなるお前の気持ちが身に染みて分かったよ。……たった一日の数分のうちで、いきなり父親が犯罪者として追っかけまわされて、母親は国外逃亡してるって言われて、家族は誰も近くにいなくなった……」


 周囲を見渡していた志藤が視線を落とし、力なく言う。


特殊魔法治安維持組織シィスティムのある人が命を懸けて、志藤の父さんを逃がしてやったんだ」


 そんな友人の姿を見ていられず、誠次は何か話せねばと思い、告げていた。


「知ってるよ。墓参り、しないとな……」

「その時も俺も行くよ。いや、行かせてくれ……」


 二人して視線を落とし、ため息をつき合う。しんみりした空気など嫌いだが、そうせざるを得ないと言うのが、クリスマスの夜に二人に突き付けられた現実だ。


「……帳も言っていた。なんで、人同士でいがみ合っているんだって……」

「こんなの、むしろ゛捕食者イーター゛と魔法が生まれる前より状況は酷くなってないか……? みんな必死だって言うのは、なんとなくわかるけどさ」


 コーヒーを飲み終え、志藤は氷だらけになったグラスを見つめて言う。

 誠次はどこか達観している志藤をじっと見つめていた。


「んだよ。俺が言うと可笑しいか?」

「いや。そう思ってるのが俺だけじゃないって思って、なんだか嬉しかったんだ」

「……調子狂うな。ま、お帰り。やっぱお前がいないと寂しかったぜ」


 今のは冗談半分と言ったところか。久しぶりの友との会話は、時間を忘れるほど語り合う事が多く、会話が途切れることがない。溶けることを知らないほど積もりに積もった、外の雪のようだった。

  

 久しぶりに戻ってこれた学園の廊下は、まるで四月に入学したころと変わらないような好奇心を抱いて歩けるものだ。戻ってこれたと言う安心感に、少しはのんびりしていたいと言う気持ちも沸いてくる。

 いずれにせよ、ここ最近は激しい戦い続きだった。休息の期間は必要だと思っていたのだが。

 談話室から男子寮棟へ向かう途中にも、多くの男子生徒から声を掛けられた。


「おー帰ってたのか剣術士。久しぶり」

「球技大会は俺たちのクラスが優勝したぜ?」


 知らぬ間と言うわけではないが、このヴィザリウス魔法学園にとって自分と言う存在がどれほど大きく影響していたのか、否応なしに実感する。レヴァテインを背中に背負ったまま、懐かしい顔に軽い挨拶を返し、誠次は男子寮棟の通路を歩いていた。


「? なんだ?」


 山梨から帰って来た初日で疲れている。今日はもう寝てしまおうと、戻って来た自分の寮室の前で、何やら人だかりが出来ている。


「悪い、通してくれ」


 他クラスの男子生徒の肩を引き、間を掻い潜る。 


「この騒ぎはなんだ?」

「お前……」


 人混みをかき分ける途中、崖のように立ち塞がる男子生徒たちから睨まれる。まるでおしくらまんじゅうでもしているような男子生徒たちの群れから飛び出せば、ヴィザリウス魔法学園の制服を着た二人の女子生徒がそこにいた。

 一人は銀髪に、まず同年代女子では見かけないようなガーターベルトが目につく、綺麗な女子。顔立ちは凛々しくも美しく、コバルトブルーの瞳は人混みをかき分けたこちらをじっと見つめている。

 もう一人の茶髪の女子は――見ようとした誠次の視界いっぱいに、暴力的なまでに銀髪の少女が身体を寄せて来た。


「初めまして天瀬誠次あませせいじ。私の名前はルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト。君の活躍はよく聞いている」


 見た目は外国人のようだが、不敵な笑みを浮かべるルーナと名乗った女子生徒は、流暢な日本語でそう告げて来る。ルーナの動向を見守るように周囲の男子陣が、そわそわと声を出している。


「活、躍……? は、初めまして……。天瀬、誠次です……」


 見知らぬ女子生徒の突然の自己紹介に、誠次は戸惑い声で応じる。


「聞くだけではリリック会館での防衛。大阪の魔法学園の戦い。北海道の魔法大学救出戦。東京のリニア車防衛。ヴィザリウス魔法学園の防衛。そして……テロ組織の壊滅。十分に称えられるべき功績だ」

「功績って、言われても……。俺はただ、皆を守りたくて戦っていただけだ」


 途惑う誠次が自然と浮かんだ言葉を述べると、ルーナはコバルトブルーの目を大きくする。


「……それでいて、誠実だ」


 すぐに細めた目は、何かを期待するように、誠次を見つめてくるものだった。

 まるでこちらの全てを知り尽くしているようなその目に、誠次は戸惑いを隠せずに黒い目をしきりに瞬かせていた。

 ルーナはルーナで、警戒する誠次の心情など御構い無しに、ずいずいと近寄って来る。


「誠次。君の力が必要なんだ。゛付き合ってくれ゛!」 

「はっ!?」


 周りの男子陣を気にすることなく頭を下げて来るルーナに、誠次は唖然とする。


「あ、天瀬のファンも、ここまでくればやばいな……」


 誰かの震え言葉に、誠次はハッとなる。


「ファン!?」

「知らないの? ルーナちゃんとクリシュティナちゃん、天瀬のファンなんだぜ?」


 後ろから茶化すように、男子の声がする。しかしそれはまだいい方で、奥からは殺気を感じるのは何事か。

 誠次は慌てて周囲を見渡してから、ルーナに声を掛ける。


「ば、場所を変えよう!」

「ちょっ、誠次!?」


 誠次はルーナの手を引き、教室へと向かおうとする。ルーナの手に強引に触れた瞬間、彼女の身体が強張ったが、向こうが撒いた火種は大きすぎていた。人混みは混雑を極め、むしろ誠次を追い詰めようと包囲網は縮まっている。


「天瀬誠次!」

「忘れよ。《アムネーシア》」


 ルーナを庇う形となっていた誠次の背後から、控えていたクリシュティナと呼ばれていた女子が幻影魔法を発動する。魔法式から飛び出た白い光が次々と男子生徒の頭を通過し、クリシュティナの手元に戻って来る。


「法律違反の幻影魔法……」


 当然、同年代の女子が安易に覚えてはいけないものである。

 警戒しなければならないと誠次が身構える前で、男子生徒たちは先ほどまでの喧騒が嘘のようにみ、それぞれ何をしていたんだと戸惑っている。


「失礼な真似をして申し訳ございませんでした天瀬誠次。クリシュティナ・ラン・ヴェーチェルと申します」


 クリシュティナはぺこりと一礼する。

 わけがいまいちわからないまま、誠次はルーナとクリシュティナを連れて、今のうちに教室へと急いだ。

 平穏を切り裂く新たな嵐は、異国の地からやって来た二人の少女によって起こされようとしていた。

 クリスマスの夜という事もあってか、都合の悪いことに一学年生の教室にはまだ男女のカップルたちがいるようだった。何を期待しているのか、男子同士や女子同士で集まっているところもある。


「ここなら大丈夫だろう」


 そこで誠次は、今は修学旅行で京都にいる二学年生の教室がある階まで向かうことにした。

 先輩たちが普段使っている教室に入るのは、どこか緊張するし、なぜか空気も違く感じるものであるが、なりふり構ってはいられなかった。


「それで、いきなりなんなんだ?」


 教室に入ってドアを閉めた直後、振り向いた誠次は二人に抗議をする。

 二人ともヴィザリウス魔法学園の制服を着ているが、見たことがない。

 すると、ルーナの後ろをぴったりとついて来ていたクリシュティナが、自分たちが一か月前に来た転校生であることを、説明してきた。


「同時に二人も、ロシアから転校してきたのか……?」


 誠次も落ち着きを取り戻し、ルーナとクリシュティナを交互に見つめる。異国の地からはるばるやって来て、この二人は自分に用があると言う。


「――厳密には違う」


 腰に手を添えるルーナが、真剣な表情で口を開く。


「オルティギュア王国。かつてロシアの果ての極北にあった、世界地図にも載らないほどの小さな王国です。私とルーナはそこで生まれ、育ちました」

「オルティ、ギュア、王国……? 王国って……」

「珍しいものでもないでしょう。今も世界中に王国はいくつか存在します」


 クリシュティナは椅子に背筋を伸ばして座り、誠次をじっと見つめて言っていた。


「私は、オルティギュア王国の国王の娘だった」

「国王の娘……お姫様!?」


 ルーナをまじまじと見つめてから、誠次は再び驚いてしまう。

 月が近いのか、カーテン先から淡い青色の月光が薄暗い教室内を照らし、椅子に座るルーナの横顔を濡らしていた。


「い、いや、騙されないぞ……!」

「本当だ信じてくれ! 私は姫なんだ!」


 両手を細かく上下に動かし、姫が姫を自称してくる。

 そうは言われても、いまいち信ぴょう性がない。世の中にはいろいろな人がいるもので、騙されるわけにもいかないだろう。

 誠次は慎重に、ルーナと距離を置き始める。


「なにかの読みすぎとか……?」

「なんで信じてくれないんだ!? そんなに私が姫に見えないのか!?」

「い、いや……」


 気品溢れる見た目や勝気な表情は確かにお姫様のようであるが、怒るたびにどうしても弾む胸元に視線が行ってしまいそうになり、誠次は必死に黒い目を明後日の方向へ向ける。

 それと同時に、もし彼女が友達をも巻き込むような妄想癖の激しい少女ではなく、本当に王国の姫君ならば、何の用でこの魔法学園にやって来たのだろうかと言う疑念も沸いた。


「クリシュティナさんの方は?」


 茶色の髪を前に流して束ねている少女を見つめ、誠次は問う。ルーナと比べればだが、目鼻立ちは丸っこく、東洋系の血筋を感じた。


「私は王国に仕えるメイドです」

「め、メイド……」


 あの白と黒のひらひらの衣装を身に纏った、本物のメイドが目の前にいる。……椅子に座ってこちらを無言で見上げている様は、どう見ても同年代の少女であるが。


「日本人が想像しているような華やかなものではないので、あしからず」


 軽い感動と共に、すぐに想像してしまったメイド服姿を思い描いていたのが顔に出ていたのか、クリシュティナが釘を刺すように言ってきて、ぎょっとした誠次はぎこちなく後ろ髪をかいていた。


「信じるか信じないかは別として、お姫様とメイドさんが、どうしてヴィザリウス魔法学園に来たんだ?」


 答えたのは、机の端を細長い指でなぞるルーナであった。


「やっと信じてくれたか……」

「いや別として……」

「祖国のオルティギュアは……一〇年前に滅んだ。極夜の日に、国が゛捕食者イーター゛に襲われたんだ」

「極夜……。北欧の地域で起こる、一日中夜が続く日……」

 

 誠次は顎に手を添えて呟く。

 白夜とは対の自然現象である。


「それ以降、オルティギュア王国はロシアの統治下に入った。そして私とクリシィは国を失った身として、国際魔法教会ニブルヘイムに保護された」

「ニブルヘイム?」

「国際魔法教会の事を、私たちはそう呼んでいます」


 誠次の復唱に、クリシュティナが答える。


「オルティギュアの国民からは王国復活の期待を寄せられ、国を失った私たちを保護してくれた国際魔法教会ニブルヘイムに私たちは返しきれない恩がある」

「そんな……」

「……父上も母上も、最期まで国民の為に力を尽くしていた。私もそれに応えなければならない。何よりも祖国の再興を願う国民の為、ラスヴィエイト王家の血を引く者として」


 そう言ったルーナの横で、無言のクリシュティナも俯いている。ただ、嘆きの表情を見せるルーナに対し、どちらかと言えばクリシュティナは、怒りの表情に近い。


国際魔法教会ニブルヘイムの任務をクリアすれば、国際魔法教会ニブルヘイムは祖国の復興を約束してくれた。私たちは国際魔法教会ニブルヘイムと故郷の為に、この国に来たんだ。私は絶対にオルティギュアを、王国を復興させる」


 誠次を見つめ、力強い口調でルーナは言う。思わず屈服してしまいそうなほどの力強さを感じる彼女の意思は、誠次の言葉を大いに詰まらせた。 

 いや、今の相手は同じ学生だろ? と自分に言い聞かせた誠次は息を呑み、ルーナを見つめ返す。


「それで国際魔法教会の任務とやらに、俺が関係しているのか?」

国際魔法教会ニブルヘイムは貴方の日本での活躍を高く評価しています。そんな貴方とルーナがロシアに来てくれれば、国際魔法教会ニブルヘイムがルーナのご意思を認めてくれます」


 途方もない話を聞かされているようだが、クリシュティナは真剣な表情であった。

 だが同様に、誠次の意思も固い。それもようやくこの学園に戻れたばかりなのだ。言われるがままロシアまで連れて行かれるわけにはいかない。


「俺の事を国際魔法教会が評価してくれていると言うのなら、なおさら分かってくれるはずだ。俺はこの学園のみんなと共に、この学園を卒業する。悪いけど、ロシアには行けない」


 はっきりとこちらの言葉を聞いた目の前の二人が分かりやすく落ち込み、視線を伏せている。


「……そうか」


 ルーナが悔しそうに視線を落としている。


「……すまない」


 落ち込む二人の少女を前に、誠次も俯いてしまう。


「――だが私は諦めない。必ず君をロシアへと連れて行ってみせる!」


 すぐに顔を上げたルーナは、右腕を差し伸ばし、誠次へと向ける。その手先に、何かの光が閃いたかのような気がし、ルーナの気迫と合わせて誠次は息を呑む。


「いいや。俺は絶対にロシアにはいかない!」


 呼応する誠次は右手を背まで伸ばし、レヴァテインの柄に手を添える。


「なぜ双方得物を構える仕草を……?」


 あごに手を添えるクリシュティナが、不思議そうに二人を見つめている。そして、よろしいでしょうかと小さく挙手をする。


「私が思うに、まだ二人はお互いの事を深くは理解していません。ここは親睦を深めてみると言うのはどうでしょうか? そうすれば、考えも変わっていただけると思います」


 二人、と言うよりは、やはり誠次の方を見つめてクリシュティナは提案してくる。


「お互いをよく知る為にも。私に考えがあります」


 画竜点睛がりょうてんせいを狙うルーナの傍らで、ようやく獲物が舞い込んできたと微笑むクリシュティナは、虎視眈々こしたんたん姦計かんけいを張り巡らせる。

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