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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
メーデイア Fallen 解放戦 Snow...
173/211

6

 ヴィザリウス魔法学園の女子寮棟の一室で、パジャマ姿の篠上綾奈しのかみあやなはベッドに寝っ転がり、視線の先まで持ち上げた電子タブレットをしかめっ面で睨みつけていた。


「渋谷にいたって、どう言う事よ……」


 返信もなく、どこか遠くにいると思っていたが、なんと近くにいたようだ。

 莉緒りお詩音しおんにそのことを聞いた時は、さすがに唖然としてしまっていた。風呂上りで乾きたての髪をなぞりながら、篠上は寝返りをうつ。

 他のルームメイトの二人は、とうにボーイフレンドとどこかへ行き、千尋ちひろは父親が帰って来たからと、実家に今日から帰ってしまっている。

 するとすることもなく、一人ぽつんと寮室に残っていた篠上は、とうとう何も出来ないままイブの夜を迎えてしまっていた。千尋や友達からは誘われてはいたが、変な意地で断ってしまっていたのだ。


「おばあちゃんからまたメール……」


 もしかしてと顔を軽く上げて確認した通知に、篠上はがっくしと肩を落とす。

 電子タブレットに来るのは、友達からのクリスマスイブを楽しんでいるむねのメールか、実家のおばあちゃんからメールだ。

 何かと過保護であるおばあちゃんであるが、幼い頃から母親代わりとしてこちらを育ててくれた以上、そうなるのも仕方ないと思う。父親にも、色々と苦労もかけた。

 内容はなんなんだろうかと、一応確認してみるが、


「か、彼氏と過ごしてるのか? ですってぇー!?」


 ベッドからがばりと起き上がり、しかし二段ベッドであった事により上の段に頭部を衝突。ぶつけた頭を押さえつけながら、篠上は悶絶していた。


「そ、そんなもの……。……まだいない、し……」


 つまらなくそっぽを向き、篠上は呟く。この寝巻きもだいぶきつくなってきたようで、熱く火照った身体に手で風を送り込む。


「でも、無事でいてくれてよかった……」


 元気かどうかまでは分からなかったが、彼は無事で、近くにいる。帰って来てくれるのは、もうすぐだ。自然と笑顔になれ、篠上は微笑みながら目を瞑り、電子タブレットをぎゅっと胸に押し付けていた。


 都内の本城ほんじょう家では、リビングに豪華なご馳走が用意されていた。全て五十鈴いすずが用意したものであり、ローストチキンやサラダなど、クリスマスの本場でもある西洋風のものばかりだ。


朝霞(あさか)めしぶといな。大阪でレジスタンスのリーダーとは」


 部屋でもワイシャツ姿の直正なおまさは、にたりとほくそ笑む。


「貴方、この場で仕事の話はよしてくださいな。千尋ちひろもいますし」

「だからこそだよ」


 大きな長方形のテーブル席に座る直正の正面方向、豪華な料理を挟んで座るのは、私服姿の本城千尋ほんじょうちひろであった。白いニーソックスが包む足で椅子に座り、片手にはスプーンを持ち、真剣な表情で父親を見つめる。


「朝霞さんの所在が掴めたのですか?」

「ああ。今は政府打倒を目指すレジスタンスを率いているとか。やはり彼は、私の元に置いておくには大きすぎる器だったようだ」

「ご謙遜をしないでくださいまし。朝霞さんとの協力関係は、続けるのでしょうか?」

「向こうもその気のようだ。向こうも今はまだ組織自体は小さいし、今や魔法執行省さえも、政府の目の敵となってしまっているからな」


 直正はため息混じりに言う。

 

「証拠は得た。やはり現政府はテロと関りを持っていた。問題はその事実が丸ごと特殊魔法治安維持組織シィスティムに押し付けれらてしまったことだ。贖罪の山羊スケープゴートと言うやつだよ。おそらくは私が証拠を掴んだと思った政府が先手を打ったのだろう……。彼らが一枚上手うわてであった」

「今公表しても、誰も信じてはくれないのですね……」


 千尋は皿に注がれたスープに視線を落とし、切なく言う。魔法世界を担う大臣の一人娘として、この事実は聞かなくてはならないと言う自覚も、今では十分に出来ていた。しかし、肝心の聞かされる事実は、どれもかんばしくはないものであった。

 そして父親である直正は、特殊魔法治安維持組織シィスティムで出たと言う犠牲者の告別式に参加し、帰ってきたところだ。


「誠次くんは、どうだね?」


 直正が千尋に問う。その質問の意図とは、半分が先ほどまでの話の流れで、もう半分は世間話のような軽々しさがあると、千尋は感じ、スプーンを机の上に置いた。


「先ほどお友達から連絡がありました。東京に戻ってきているそうです」

「そうか。てっきり今年のクリスマスは彼と過ごすのかと思ってな」

「出来たらよかったのですけど……。誠次くん、また何かやるべきことがあったようで……」

「……そうか。彼もまだ、戦っているのだな」


 千尋は思いのたけを言ってしまいたくも、堪え、軽く震える身体で父親を見つめる。


「今は帰りを待っております。とても大事な人ですから」


 彼の事を思えば、浮かない雰囲気も軽くなるようだ。豪華な料理よりも心が躍るようで、千尋はにこりと微笑んでいた。


                 ※


 メーデイアの最上階、 矯正監室から中庭を見下ろしていた溝口みぞぐちは、パントマイムのように窓に両手を添え、窓の外を食い入るように睨んでいた。


「な、なんなんだ一体!? 仲間か!?」


 真っ暗闇の中、用意した二人の女性はパニック状態となり、お互いに抱き合ってうずくまってしまっている。停電したメーデイアの電源は一向に復旧する気配がない。下で激しい戦闘が繰り広げられている現実から目を背けるように、窓から手を離した溝口は自分の電子タブレットを起動する。


「なにやってるんだ! 光安だって来ているんだぞ!」


 全ては自分の為。彼らの前で失態を見せるわけにはいかない。


『今復旧作業を行っています! もう少しお待ちを!』

「予備電源とやらはないのか!?」

『貴方がここに就任した当時に、予算の無駄だと言って――っ!』


 ぷつりと、唐突に通信が切れる。

 冷や汗と脂汗を全身から流し始めた溝口は、それが敵による妨害ジャミングだと勘付いた。そうして恐る恐る、窓の下の光景を今一度見る。


「なんだ……あの光は……!?」


 白亜の閃光が、暗闇の中できらめき、こちらに向かって高速で接近しているではないか。


 エンチャントを受けた誠次は兵頭ひょうどう伸也しんや香織かおりと共に、メーデイア中庭の中心部へとはしる。


「突破口を開くっ! 中に人がいる場合、避難しろ!」


 高々と掲げたレヴァテインを、メーデイアの施設に向け、一息で振り下ろす。続いて、持ち上げたレヴァテインを横に一閃。雪の上で身体を回転させ、今度は下からすくい上げるようにレヴァテインを振るう。壁に絵を描くように、数一〇M先の重厚な壁に、レヴァテインの魔法の刃は到達した。


「今です! 突入を!」

「おっしゃ行くぜ兵頭!」

「ああ! 伸也同級生!」


 白い閃光が壁を裂き、崩れかけの外壁に伸也と兵頭が攻撃魔法を加える。特殊加工された壁は崩れ落ち、メーデイア内部への道がひらいた。


 その時、メーデイア内部各地は混乱状態にあった。゛捕食者イーター゛が出現したタイミングで、各所の停電。そして、予備電源も点かない。血気盛んな一般受刑者たちが牢屋の中で次々と騒ぎ出し、一種のお祭り騒ぎと化す。

 囚人の奴らはこの異常事態を何もわかってはいない。看守たちは急いで、電源室まで魔法式を発動しながら走る。 


「急げ!」

「分かってる! 《フォトン》!」


 魔法で光を生み出し、それを光源として暗闇の施設内を急ぐ。


「ここだ! お前が中に入って早く電源を復旧させろ!」

「人使いだけはいっちょ前だよな!」


 罵り合いながらも電源室にたどり着いた二人は、ドアを旧式の鍵で開ける。

 部屋の中は通路と同じく暗かったが、何かスパークが発生しているのが見てとれた。


「何者だ!?」


 二人の看守はお互いに怯えながら、部屋の中を照らす。電源室の中にいたのは、サファイア色の目をした一匹の黒猫だった。


「「猫!?」」

「にゃーん」


 とてとてと猫は可愛くも優雅に歩き、部屋の外へと尻尾を揺らして出て行ってしまう。スパークが発生しているのは、猫が破壊したのか、ブレーカー機器そのものからだった。配線がむき出しとなり、ぐちゃぐちゃにされている。


「あの猫っ! 大体何でこんな場所に猫が潜り込んでるんだ!?」

「文句言ってないでさっさと直せ!」

「分かってるようるせぇ!」


 まるで設計図でも熟読していたのか、猫は配線一つ一つを器用にぶち壊していたのであった。おおよそ、猫パンチでは不可能な損害である。


 背後の明かりが消え、驚く特殊魔法治安維持組織シィスティムの面々。しかし突然の停電も、闇に慣れた魔術師たちは冷静に対処できる。各々が光を生み出す魔法を使おうと、腕を天に向けて伸ばしていたところであった。


「お前は、第五の南雲!?」

「た、大変だっつーのお前ら! ゛捕食者イーター゛が出たんだ!」


 メーデイアの中から現れたのは、謹慎中のはずの南雲なぐもユエだった。

 どうしてこんなところにと、呆気に取られる特殊魔法治安維持組織シィスティムの面々の前で、ユエは大げさに両手を振る。


「俺の嫁さんが゛捕食者イーター゛に襲われてるんだ! 助けてくれっつーの! お前ら特殊魔法治安維持組織シィスティムだろ!?」

「……」

「あーあ見損なっちまうぜ! ゛捕食者イーター゛が出た場合、何よりも優先すべきは人命救助が特殊魔法治安維持組織シィスティムの鉄則だってのに、お前らときたら――」


 まるで学校の部活によく来る過去自慢が得意な部活のOBのように、ユエが額に手を添えてぐちぐちと言い出すと、


「分かりました! 俺は助けますよユエさん!」


 誰かが名乗り出たかと思えば、第三分隊所属の真田さなだと言う男性特殊魔法治安維持組織シィスティムだった。


「皆さんも! ゛捕食者イーター゛が出現した以上、優先すべきは人命救助ですよね!?」

「あ、ああ……」


 真田の熱い言葉を受け、特殊魔法治安維持組織シィスティムはゆっくりと動き出す。

 

 メーデイア内部中庭では、南雲澄佳なぐもすみかが看守長に治癒魔法を施していた。


「もう。は、恥ずかしいですよユエさん……」


 ユエの声はこちらまで聞こえていた。続々とやって来る味方となった特殊魔法治安維持組織シィスティムたちと顔を合わすことが出来ず、澄佳は俯いてしまう。


「すまない……私の、せいで……」


 看守長の意識は朦朧としており、こちらの事が誰かよく分かっていないようだ。


「これくらいの怪我なら、私でも治せます」

「っ、後ろだ!」


 看守長が突然、叫ぶ。

 しゃがんでいた澄佳が咄嗟に振り向けば、一体の゛捕食者イーター゛がこちら目掛けて突進してくるではないか。


「きゃっ!」


 反応できなかった澄佳の目の前で、゛捕食者イーター゛は腹を輪切りに突如真っ二つになり、絶命した。顔を伏せた澄佳の元まで走って来たのは、白く光るレヴァテインを持った誠次であった。


「大丈夫ですか?」

「助かりました天瀬くん……。この人の治癒は、もう少しで終わりそうです。次は゛捕食者イーター゛にお腹をやられた男の人ですね」

「感謝します。今から脱出口を切りひらきます。澄佳さんも危なくなったら、すぐに逃げてくださいね」


 誠次は目の前で軽く息を吸うと、メーデイアの堅牢な門に向かい、レヴァテインを振り下ろす。

 何をするつもりかと呆気に取られる澄佳の目の前で、メーデイアの門に白く光る亀裂が奔っていた。


「そ、そんな……。破壊魔法でも壊すのは難しいのに……」

  

 こちらに向かってやって来る途中の特殊魔法治安維持組織シィスティムも、誠次の圧倒的な力で崩れる門を見てしまえば、それぞれ驚愕していた。


「聞け゛捕食者イーター゛共! 貴様らに喰わす人間はこの世に一人として存在しないっ!」


 誠次は振り向きながら、レヴァテインを振り払う。その一撃だけで、仲間の仇とばかりに向かって来ていた゛捕食者イーター゛は両断され、銀世界の中で朽ち果てていく。


 暗視スコープを使って狙いをつけようにも、剣が放つ光はあまりに強大であり凶悪で、こちらの目がやられる。


「ぐあっ、眩しいっ!」


 メーデイアの屋上で、雪を被る光安の狙撃手たちは、誠次に狙いをつけようとするも、次々と悲鳴を上げていた。


「馬鹿野郎どもが! スコープを外して光に向かって撃ちまくれ! 一発でも当たればいい! 剣術士スルトを排除しろ!」

「――させ、ない」


 突如、屋上まで形成魔法の足場を使って登って来た巨大男。ぼんやりとした言葉遣いからは想像もつかないような素早い身のこなしで、狙撃手の男の背の上に着地する。


「こっちは仲間殺されてイライラしてるんだ。骨一本で済むとは思うなよ?」


 義雄よしおに続いて到着した環菜かんなは攻撃魔法を発動し、無慈悲に放つ。雪をかき上げたかと思えば、狙撃手たちは次々と空中に投げ出され、屋上床に叩きつけられた。


「環菜、すごい、怖い」

「せっかくの休みがこんなくだらない事で潰されたんだ。落とし前はつけてくれなきゃ困る」

「本当は、茜さん、助けたい?」  

「……はあ」


 図星を言われた環菜は義雄から視線を逸らし、屋上の鉄柵に足を掛け、眼下の光景を見つめる。また一体、誠次によって゛捕食者イーター゛が切り倒されたところであった。


「アイツ、やるじゃん」


「相手はたった二人だぞ!?」


 メーデイア内部に侵攻した兵頭と伸也を待ち受けていたのは、看守による銃撃だった。暗闇の中、彼方から火花が瞬く度に、銃弾が訪れる。しかしそれらは全て、兵頭の防御魔法の前に弾かれていた。


「んで、メーデイアのお偉いさんの場所は?」

「ここの最上階みたいだな」

「オーライ。じゃあ、俺はそっちに向かう」

「一人でか?」

「大丈夫心配すんなって。俺も魔法学は優秀だからな。兵頭はここを頼む」

「では頼んだぞ!」


 二人の魔法生は、銃弾の雨の中、冷静な会話を終えていた。


「これは熱いぞ? 《フェルド》」


 敵の銃撃の隙を突き、兵頭が炎属性の攻撃魔法を看守たちに向け放つ。

 看守たちは迫る業火に悲鳴を上げ、一斉に逃げていく。魔術師の扱う魔法に旧来の火器はまるで役に立たず、一方的な戦いであった。


「降伏するのならば今のうちだぞ! いや、そうしてくれ!」


 兵頭が叫ぶが、返って来たのは鉛弾だった。足元に火花をあげて着弾したそれを確認した兵頭は、少しばかりがっくりとして肩を竦めていた。


「ならばやむを得ない。――圧倒させてもらう!」

 

「お姉ちゃん、か……」


 通路の窓から見える外では、香織は氷属性の魔法で゛捕食者イーター゛を凍らせ、誠次が斬りこんで倒している。

 ヘルメット姿のままの夕島伸也ゆうじましんやは廊下を走り、一人メーデイアの矯正監室へと向かっていた。今もそこらで魔法による爆発音が響いている。


「そりゃ、弟に嫌われるのも当然だよな……」


 とある魔法を発動しておき、ノックもなく、また遠慮もなく、伸也は矯正監室へと入る。


「だ、誰だ貴様は!」

「ヴィザリウス魔法学園の三年生。夕島信也ゆうじましんや。俺の母校の生徒がお世話になってます」


 ヘルメットを脱ぎ落とし、染めた茶色の髪が舞う。

 

「学生、だと!?」


 窓に背中を押し付け、溝口は女性二人を盾にするようにずるずると下がろうとする。しかし、出入り口は完全に伸也が完全に塞いでいる。


「んで、単刀直入に言う。今すぐ波沢茜を解放しろ。さもなければテメェを殺す!」

「ま、待て! 学生のお前が大人であるこの私を殺せるわけないだろ!? そうだよな!?」


 伸也は容赦なく破壊魔法の魔法式を展開し、溝口に向ける。ぐるぐると回転する魔法文字があと一つ埋め込まれれば、溝口に向かって放たれる。 

 いよいよ溝口は、女性の首を掴み、その頭の横に懐から取り出した拳銃を向けていた。


「おいおい……あんたそれでも法律学んだくちかよ?」

「うるさい黙れーっ! 魔法を発動するのであれば、この女は殺す!」


 血走った目で唾をまき散らし、溝口はわめいていた。


「勘弁してくれ。女を盾にするとか、最低にもほどがあるぜ」

「「素敵……」」


 天を仰ぐ伸也の言葉に、女性たちは何か感動したかのように、うっとりとした視線を伸也に送っていた。


「――まあ、そんな俺もある意味最低最悪かもな?」


 不敵な伸也の声は、溝口のすぐ正面から聞こえた。すなわちそれは、溝口が首を絞めていた女性からであり……。


「なに!? 貴様っ!?」


 まさかと、慌てて手を離してしまった溝口に向けられる、女性だったはずの伸也の右手。至近距離で浮かんだ幻影魔法の魔法式は、溝口の意識を吹き飛ばしていた。


「《アムネーシア》。ワインの代わりにとくと味わえ。ゲス野郎」


 気配なく部屋に入った伸也は、予め幻影魔法を窓の外を見つめる溝口に当てておいてから、声を発していた。すでに幻影魔法に掛かっていた溝口は、伸也と女性を区別できずに、女性の一人に向けて一方的に声を荒げていたのだ。


「俺ってば超性格悪いわーって?」


 突然両腕に胸を押し当てられ、伸也は驚き途惑う。溝口の意識を確かめていた顔を上げると、自分の両腕を挟み込むように、二人の女性が纏わりついているではないか。


「お、おいアンタら。こんな時に何してんだよ!?」

「格好良かったわ、君。やっぱ若い方がいいわね」

「もうお姉さん、メロメロ。惚れちゃったわ」


 完全に好意を抱かれてしまったようだが、状況が状況だ。

 伸也は冷静に腕を伸ばすと、女性二人にも幻影魔法を浴びせる。ドレス姿の女性は二人とも、溝口と同じように意識を失っていた。


「ふぅーっと。こちら伸也。敵の大将を倒した。これから記憶操作するぜ……」


 人の魔素マナに干渉する幻影魔法は発動だけでも膨大な魔素マナを消費する。大量に噴き出た汗を拭いつつ、伸也は八ノ夜はちのやに通信を入れる。幻影魔法による記憶操作も簡単な芸当ではなく、繊細なコントロール能力を要求される。


『ふにゃ。……よくやった夕島』


 どうやら向こうは変性魔法を使用中だったようだ。


「人の頭の記憶いじくるのって、いつ考えても野蛮ですよ」


 続々と噴き出す大量の汗を拭いながら、伸也は慎重に魔法文字スペルを魔法式に打ち込んでいく。


『それが出来るのは君の長所だ』

「長所、ですかね。俺には魔法が、人に課せられた鎖に思えてきますよ。幻影魔法なんて得意でも、役に立つ事と言ったら法律違反の行為ばっかだ……」


 伸也は自嘲するように笑い、溝口への記憶操作を終わらせる。噴き出した汗を拭いながらふと窓の外を見れば、黒い巨大なヘビのような物体が、メーデイアの敷地内を蹂躙しているではないか。


「なんだアレ……。まさか、あれも゛捕食者イーター゛だって言うのか!?」


 見えていたのはどうやら゛捕食者イーター゛の一部だった。外の連中は無事なのか、すでに魔素マナ切れを起こし始めている身体では、助けに行くのも不可能であった。


 突如として出現した超巨大゛捕食者イーター゛は、メーデイアの施設を丸ごと飲み込まんと言わんばかりに、大きすぎる両腕を高々と掲げる。


「なんだ、コイツ!?」


 見たことも聞いたこともない巨大な゛捕食者イーター゛に、足元の誠次は息を呑んで見上げる。

 立ち尽くす誠次のすぐ後ろで、香織も同様に息を呑んでいた。


「大きすぎる……!」

「危ないっ!」


 こちら目掛けて伸びてくる゛捕食者イーター゛の触手から、誠次は香織を庇いながら後退する。攻撃をかわす為に雪の上で前転し、誠次は片膝をついて身構える。


「あともう少しで茜さんにたどり着けるのに!」

「――コイツは、東海タワーをぶっ潰した゛捕食者イーター゛じゃねぇのか!?」


 ユエが誠次と香織の元へたどり着き、共に巨大゛捕食者イーター゛を見上げる。


「コイツが東海タワーを!?」

「澄佳の目の仇は討つ。゛捕食者イーター゛が合体して、さしづめ゛キング捕食者イーター゛か!?」

「何のゲームですかっ!」


 誠次とユエの間目掛けて迫る触手を、二人は同時に反対方向へ駆けて回避する。着弾点の雪が塊ごと飛び散り、触手の大きさも、段違いだ。


「お前の残り時間は!?」

「あと少しです! 一分もない!」

「やべーな!?」


 香織の手をとりながら、誠次は絶え間なく突き刺してくる巨大゛捕食者イーター゛の攻撃を躱し続ける。


「その人、茜さんの妹か!?」

「そうです!」

「似てるけど似てねー!」


 ユエも素早い身のこなしで、雪をまき散らしながら触手を回避する。

 躱した先で、誠次とユエは背中合わせになり、共に顎を上に向けた。


「打開策は!?」

「んなもん、お前のその魔法の剣でずばっと一発、一刀両断だろう!?」

「こいつは連発できません! それにこの図体。確実に急所を突かなければ意味がない!」


 迫る触手の群れを、ユエが防御魔法で弾き返す。

 触手が防御魔法に接触するたびにスパークが発生し、雪が舞う。


「なら、私がセイジを上へ到達させます!」


 香織が残された魔素マナを振り絞り、誠次の足場に氷の塔を作り上げていく。

 誠次はすぐに姿勢を屈ませ、冷たい氷の足場に左手を添える。香織の体内魔素マナはもう少ないはずだ。この一撃に全てを懸けなければ、こちらのエンチャントも切れる。


「こっちだ゛捕食者イーター゛ッ!」


 ユエが攻撃魔法を次々と放ち、゛捕食者イーター゛の囮になる動きを見せる。

 ――しかし、巨大゛捕食者イーター゛は小規模な攻撃を繰り返すユエには興味を示さず、なんと誠次目掛けて両腕を掴もうと伸ばしてくる。


「俺を狙うか、゛捕食者イーター゛」


 その瞬間、特に恐ろしくはなかった。目の前に黒々と広がる体躯を睨み、上昇する誠次はレヴァテインを構える。レヴァテインを突き刺すように傾け、黒い体躯にあてがう。


「よく聞け……゛捕食者イーター゛……」


 白く光るレヴァテインを、゛捕食者イーター゛の胴にずぶりと突き刺しながら、誠次は語り掛ける。

 相手にこちらの言葉が伝わるわけもない。それでも、白い光を瞳に宿す誠次は、まるで死に行く定めの者に語り掛ける牧師の如く、ゆったりとした口調を使っていた。


「貴様らが何の目的で、何のために人を喰うのかは、まだ分からない。だが貴様らが人を襲う以上、俺たちは抗い続ける。例え貴様らが何であろうと、今を生きる人を守る為に。そしていつか、貴様らから夜を取り戻す……」


 ――あるいは、情け容赦のない死神の侮蔑の言葉か。

 まるで誠次の言葉に怯んだように、゛捕食者イーター゛は黒い体の律動を停止させていた。


「だから今は――跡形もなく沈め!」


 深く埋め込んだレヴァテインを、゛捕食者イーター゛の体内で強引に振り払い、胴体を貫きながら横に引き抜く。間もなく、香織のエンチャントが作り出した白の刃が゛捕食者イーター゛の体内でさく裂する。巨大゛捕食者イーター゛は内部から膨張するように膨れ上がり、まるで風船が破裂するかのように切れ目が浮かび上がり、爆ぜ、絶命していった。誠次の身に到着する予定だった゛捕食者イーター゛の両腕は、立ち尽くす誠次の両腕の直前で停止し、風圧で舞い上がる雪と共に消え失せる。

 右手に握るレヴァテインの光も、その直後に消えていた。

 氷の塔がぼろぼろと崩れ落ち、誠次は滑って雪の大地の上に立つ。下では、香織とユエが待っていた。


「マジで……やったのか?」


 にわかには信じられないようでユエは、誠次とレヴァテインを交互に見つめて言ってくる。


「はい。茜さんは、目の前です」

「じゃ、そっちは頼むっつーの。俺は全員が逃げられるように、情報伝達してくるぜ」

「お願いします」 


 左頬の血は乾き、腹部の痛みも感じずに、誠次は香織と共に走る。

 波沢茜は相変わらず手足を鎖に繋がれたまま、降り積もった雪に膝立ちの下半身を埋められていた。文化祭の時に会った際に見た血色の良かった唇も、すっかり青冷めてしまっている。

 誠次と香織は鍵を探し当て、茜の手足を拘束していた鎖を一つづつ解除していく。両手の拘束を解除したところで、茜の身体は前のめりになり、雪の上に倒れる。

 

「お姉ちゃん!」


 香織が慌てて茜の身体を起こし上げ、自らの体温を差し出すようにぎゅっと抱きしめる。


「お姉ちゃん……っ。すごく、冷たい……っ」

「これを!」


 誠次は着ていたコートを脱ぎ、茜の両肩に回して掛ける。


「茜さんっ!」

「お姉ちゃんっ!」


 誠次と香織が必死に声を掛けるが、茜の反応はなく、ここまで来て手遅れなのか? 香織が涙を流して沈痛な悲鳴を上げている。

 香織の後ろで立ち尽くす誠次は、ぎゅっと左手を握りしめる。

 まだ諦めないでくれ! と喉まで出かかった言葉は、最終的に出せなかった。


「――……る」


 ――茜が、薄っすらと目と口を開けて、声を発したからだ。


「お姉、ちゃん……」

「かお、り……」


 反応してくれた姉の前で、香織ははっとなって息を呑みこみ、やがて青い瞳により一層の涙を溜めて、流し――、


「うう゛っ……よか、っだぁ……。お姉、ぢゃん……っ」


 人目もはばからずに泣きじゃくる香織は、茜の折れそうな身体をぎゅっと抱き締め続ける。

 茜も、よろよろとだが自由になった腕を伸ばし、右手は香織の腰に、左手を香織の頭の上に乗せていた。

 二人の姉妹の感動の再会に、邪魔をする存在はこの場にはいなかった。しかし、ここはまだ夜の外。地平線の先に日はまだ昇らず、今はまだ安全な場所まで逃げなければならない。


「おぶります。今は逃げなければ。香織先輩は、レヴァテインを持っていてください」


 抱き合う二人の横でしゃがんだ誠次は、香織に向けてレヴァテインを差し出し、茜に自分の背中を向ける。


「う、うん……っ!」

「こ……う……?」

「残念ですけど、違います。天瀬誠次あませせいじです」


 誠次の背中にもたれ掛かって来る茜は、少し申し訳なさそうな表情を浮かべるので、やっとのようだった。これが人の重さかと感じるほど、茜の体重は軽くなっており、同時にそれはこんな軽さであっても人は生きていると言う事実を誠次の双肩に、重く伝えて来る。


「っく!?」


 さすがにこちらも負傷している身であった。いくら軽いからと、人を余裕で運べるほどの力も気力も、今の誠次にはもう残されていなかった。おまけに、足場は雪でとても悪く、歩いてゆっくりと進むのがやっとであった。極めつけは、自業自得とは言えの視界の悪さであった。

 

「誠次くん!?」


 よろめいた誠次を支えるように、レヴァテインを抱いた香織が誠次の身体に手を添えて、並んで歩く。


「大、丈夫です……。ここまで来たんです……。ここで、倒れるわけには……!」


 歯を食いしばり、一歩、また一歩と誠次はゆっくり歩いていく。先ほどこじ開けたメーデイアからの崩れた門へと、雪に足跡をつけて、向かう。


特殊魔法治安維持組織シィスティム……」


 しばし進んだところで、゛捕食者イーター゛と今も戦闘を繰り広げている特殊魔法治安維持組織シィスティムたちの元へと、到達する。今も彼方では、魔法による激しい戦闘が繰り広げられているようだ。

 そんな中、今の誠次に出来る事は、茜を担ぎ、ただ前へと突き進むだけ。

 前方より射し込む車のライトが、誠次と担がれる茜を照らす。ここはすでにメーデイアの外なのだろうか。雪のせいでその境界線が分からなくなり、足跡と鎖の跡が確実に続いていた。


「……」


 気づけば、誠次の左右には黒いスーツを着た人々が立っている。


「まだ、来るの……!?」

「くそ……っ」


 完全に包囲されていた誠次は、茜を担いだまま香織からレヴァテインを左手で握り締め、刃を持ち上げる。しかし力は満足に入らず、情けなく腕は震え、まともに戦える状態ではなかった。

 それでも、ここまで来て諦めるわけにはいかない。姉妹は無事に再会し、゛捕食者イーター゛も倒すことが出来たのだ。あと少し歩けば、茜さんは自由になれる。香織先輩の為にも、立ち止まるわけには――。


「……っ」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムたちは白い息を吐きながら、誠次と香織と茜をじっと見つめている。その表情は、色とりどりだ。

 

「――どうした!? こいつらは犯罪者だ! 処刑しろ!」


 紋章バッジを付けていない黒いスーツの男性が、特殊魔法治安維持組織シィスティムたちに命令する。特殊魔法治安維持組織シィスティムは、その光安の言葉に、従っているようであった。


「少年……目を瞑れ」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムが次々と手を挙げ、誠次に向け伸ばす。

 属性魔法の魔法式のきらめきが、闇の先で光り、誠次は歯ぎしりをした。


「立ち塞がるのならば……倒す……!」


 レヴァテインを持ち上げるが、とうとう茜を支えきれなくなり、茜と二人して雪の上に倒れてしまう。多数の大人の前で、誠次は這いつくばってしまった。


「誠次くんっ!? このっ!」


 応戦しようと、香織が魔法式を展開しようとするが、もう生み出すほどの魔素マナが残っていないようだった。伸ばした左手の先で魔法式は浮かばず、香織も歯ぎしりをする。


「やれッ!」


 光安の号令の元、誠次、香織、茜の周りに特殊魔法治安維持組織シィスティムが群がり始める。

 誠次はレヴァテインを雪の下のコンクリートに突き刺しながら、よろよろと立ち上がった。


「もう、近寄るなーッ!」


 凍てつく冷気を身に纏い、手当たり次第にレヴァテインを振り回す。

 その鬼気迫る姿と絶叫に、特殊魔法治安維持組織シィスティムたちが一瞬だけ立ち止まるが。


「腰抜けどもが! 俺がやる!」


 光安が腰のホルスターから拳銃を引き抜き、暴れる誠次に銃口を向ける。

 それを真っ先に見つけた誠次は、もはや何の力が働いてこの身体を動かしているとも知らず、光安の男の元まで一目散に走った。


「貴゛様ーッ!」

「ひっ……! 歯向かうか!」


 光安は誠次の攻撃をひらりと躱すと、誠次の足を蹴り、誠次を再び雪の上に沈める。

 視界が一瞬のうちに真っ白に染まり、顔中が雪まみれとなる。そして、背中を無理やり光安の足が踏み、誠次をさらに雪の底へと沈めていく。息が出来ずに苦しく、空気を求めて上げた顔の後頭部に銃口を添えられた。


剣術士スルトを確保! 俺がやった、やったぞ!」

「嘘だ……ここまで、来て……! 畜生!」


 心臓がぞくりと震える。背筋が凍りつく思いは、雪の冷たさ以上の死への恐怖によるものであった。悔しく、左手で手に残る雪の残滓を握りしめる。


「まだ、まだだ……!」


 抗おうと、身体を起こそうとする誠次に対し、光安は足に力を込めてくる。これでは身体を起こそうとも、背骨が軋む痛みが帰ってくるだけだ。


「這いつくばって死ねーっ!」


 歓喜の表情を見せる光安は、迷うことなく引き金に人差し指を添える。


「駄目ーっ!」


 後ろの方から香織の悲鳴が聞こえたかと思えば、次の瞬間。暗かった誠次の視界の先で、突如として赤い光がさく裂した。轟音と共に発生したそれは、灼熱の熱風を伴い、誠次の周りまで到達する。


「な、なんだ!?」


 灼熱の熱風にさらされ、誠次を押さえつけていた光安が顔を覆い、誠次の元から逃げるように離れる。

 夜空と雪の大地を焦がした灼熱の炎は、特殊魔法治安維持組織シィスティムの車を呑み込み、大破、炎上させていった。周囲で一斉に爆発音が轟き、エンジンオイルの鼻をつく刺激臭が立ち込める。

 辺り一面が橙と赤色に染め上げられたメーデイアの外の大道路で、灼熱の火炎をまき散らしたそれは、上空より飛来した。


「お、お前は……?」


 炎の中、顔を上げた誠次は、その姿を捉える。

 白く光る月を背に、巨大な茶褐色の体躯に、胴の後ろで鋭く伸びるしなやかな尾。爆発する車を踏み潰して着陸したのは、刺々しい鱗に囲まれた、怪獣のような足。身体に比べて短い両腕であるが、それを補って余りある巨大な翼。夜空を包み込むようにして広げられた大きさにして、それは大道路の横幅以上にもなる。


ドラゴン……?」


 それこそ、異世界の中にいる気分であった。銀世界の東京。鋼鉄のビルとコンクリートの道路が埋め尽くす迷路のような都会のこの場に、現実離れした風貌の巨大な竜が、降り立っていたのだ。


「……」


 竜は、倒れている誠次を鋭い眼光を宿した目で一瞥すると、細長い首をしならせ、顔を高々と上げる。


「なんだ、こ、コイツは……!?」


 そして驚き途惑う光安と特殊魔法治安維持組織シィスティムたちに向け、竜は口にたぎらせた炎を噴射した。放たれた火炎の奔流は、たちまち周囲を焼き尽くし、雪は瞬く間に蒸発し、雪原から覗いた灰色のコンクリートさえも黒く焼け焦げていた。


「た、退避しろっ!」


 逃げていく黒いスーツたちを尻目に、竜は口を大きく開け、威嚇するような咆哮をする。

 そして次には、倒れている誠次に頭を近づかせ、誠次の姿を凝視して来た。


「な、なんだ……?」


 おれを喰う気なのか……? 立ちこめる焦げ臭さが鼻腔を支配する中、突如として現れた竜の巨大な頭を前に、誠次は震える身体を自覚する。

 しかし次の瞬間、にわかには信じられない現象が起こり、誠次は這いつくばったままの身体を硬直させる。


「――久シイナ。スルト」


 頭の中に直接エコーが掛かって反響するのは、おそらくとも言わず竜の言葉だろう。まるでテレバシーのように、人で言う壮年の大人な声で、竜の声が聞こえて来る。


「久しいって、お前は……?」


 竜を友に持った記憶などはなく、人の言葉を扱う竜に、誠次は問いかける。


「ソノヨウナ脆弱(ゼイジャク)ナ人ノ姿ニナルトハ。我ヲ忘レルノモ仕方ナイト言ッタトコロカ?」

「人の姿って……俺は、人間だ……」


 わけの分からないことを言われ、混乱しながら鼻血を流す誠次は、か細い言葉を返す。


「誠次くんっ!? 平気!?」


 茜の肩を担ぎつつ、香織が駆け寄って来る。香織も竜が一応は味方であると言うのは、なんとなく理解できたのだろう。それでも、竜が放つ威圧感は゛捕食者イーター゛にもない、圧倒的なものであったが。


「俺に、この竜が、話しかけて……」

「え? な、なにも、聴こえないよ……?」


 香織は怯えているように、竜を慎重に見つめ上げる。視線を合わせられないようで、合わせれば喰われてしまうと思っているのかもしれない。


「? 香織、先輩には、聞こえてないのか……?」


 途惑う誠次が竜に目線を向けると、「左様」と竜は頷いていた。月夜の空から降臨した竜は、凛々しくも雄々しい佇まいであった。


「勘違イハスルナ、スルト。オ主ヲ救ッタノハ我ノ一時ノ気ノ迷イダ。全テハ姫ヲ思ッテノコト」

「姫を、思って……?」

「去ラバダ。コノ恩、忘レルデナイゾ?」


 突如東京に舞い降りた正体不明の竜は、最後にそう伝えると、大きな両翼を広げ飛翔する。二度、三度翼を上下に大きくはためかせた後、月光に導かれるように、天高く夜空の先へ消えて行った。

 竜が生み出した凄まじい風圧は、残された誠次、香織、茜の三人を大きく吹き飛ばす勢いであった。燃えている車の残骸も、逃げた人々の方へと襲い掛かるように飛んでいく。


「助けて、くれたの……?」

「なんだったんだ、一体……」


 燃え続ける周囲の火炎の煙と臭いが立ち込める中、黒い煤だらけとなった誠次と香織は互いに身体を寄せ合い、しばし呆然としていた。

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