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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
メーデイア Fallen 解放戦 Snow...
169/211

2

 外からは中の様子が見えない特殊加工されたガラス張りの外壁を歩道に沿って歩き、誠次は正面から特殊魔法治安維持組織シィスティム本部へと入る。


(やはり、警報は鳴らないか)


 アーチを潜る時こそ若干の緊張を抱いて入場したが、併設された門番は侵入者と得物を見破る事は出来ないでいた。

 しかし、中に入った途端に、イレギュラーが発生する。


「――そこのお前、待て」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムではない、光安の男に呼び止められてしまう。


「は、はい」


 新人の作業員らしく、誠次は素直に振り向き、立ち止まった。


「ここへなにをしに来た? 背中の荷物はなんだ?」

「数日間続いた電波障害の調査と修理の為に派遣されました。あらかじめ会社の方から連絡は送っておいたはずなんですけど……」


 受付嬢の待つロビーへ一直線に向かう香織の背中を目線で追いかけつつ、誠次は頬をぽりぽりとかきながら答える。


「聞いてはないな。いい、持っている荷物を見せてもらおう」

「……」


 誠次は無言で、男に両手の鞄を差し出す。


「中身が金属製の工具だったら警報が鳴るはずだが?」


 疑問系の男は、棒立ちの誠次をいぶかしげに睨んでいる。


「そんなに老けて見えますか? 俺も魔術師ですし、配線工事だって今時魔法を使いますよ」

「それもそうか」


 苦笑しながら答えた誠次に、光安の男はふんと鼻を鳴らす。両手に持っていた誠次の鞄から出てきていたのは、タオルや着替えなどのしようもないものばかりであった。お菓子の袋なんかが飛び出てきた際には、さすがの光安の男も目を点にしていたが。

 あふれ出る誠次のがらくた荷物を目にした周りの人々も、脅威はないと判断し、男を一人残してまたそれぞれの雑務へと戻っていく。

 

「まったく。背中のそれもだ」


 ロビー入り口でしゃがんで荷物チェックをしていた男は立ち上がり、誠次の背中の棒状に伸びた袋を指し示す。


「これは危険です。専門家の知識がないと無闇に開けちゃいけないんですよ」


 誠次は背中の棒状に伸びた袋を身体の前へと回し、心配な目でそれを見つめて言う。


「今さら出し惜しみをするな」


 男が強引に誠次の袋を手に持った途端、横から聞こえて来る男性の声があった。


「――あー駄目駄目! その袋、電磁波とかそういう感じのがヤバいから。開けたら機械に障害起きちゃうよ」


 袋を開封しようとした男の手を抑えたのは、誠次と同じつなぎを着た男性であった。


「機器障害、だと……?」

「そーそー。嫌でしょ? システムがダウンして、周りから白い目で見られちゃうの? これは俺たち専門の人じゃないと開けられないの。魔術師には魔術師。技術士には技術士の得異分野があるってわけさ」

 

 これまた誠次と同じ帽子を目深に被り、若い男性はほくそ笑みながら、光安の男に言う、


「っぐ……」


 自分の行動で周りの人に迷惑が掛かる。精密機械が多いこの署内では、現実味のある言葉であった。


「わかった。ならば貴様たちが何をするか、監視させてもらおう」

「いいぜ? ただ、監視するんなら、゛俺たちから目を離すなよな゛?」


 にやりと笑った作業着姿の男は、光安の男を誘い込む。

 ――今のところ、計画通りだ。光安に目をつけられたものの、あらかじめ潜入していた協力者と共に、作戦を開始する。


「そして、ここには剣術士が。――《ナイトメア》」


 首尾よく、協力者が光安の男に特殊魔法治安維持組織シィスティム本部男性用トイレ内で幻影魔法をかける。


「ふぃー。貸し一つだぜ、あまっち?」


 眠る男を個室の便座の上に座らせ、協力者の男子はぱんぱんと手を叩く。すっと、帽子に伸ばした手を上に持ち上げれば、ヴィザリウス魔法学園の三学年生男子生徒の見知った顔立ちがあった。


「感謝します、伸也しんや先輩」

「これくらい余裕よ。しっかししばらく見なかったなあまっち? 元気してた?」


 弟と同じ赤いつり目が特徴的な、夕島伸也ゆうじましんやだ。伸也は指をずびしっと誠次に向け、面白可笑しそうに言ってくる。


「お久しぶりですかね」

「ヴィザ学にはいつ戻ってくんのさ? もうクリスマスじゃん」

「少なくとも、この任務が終わってからですかね」

「おいおい。なんか、距離感感じて……お兄ちゃんは寂しいぜ――」


 歩く誠次の背中を眺め、伸也は肩を竦めていた。

 誠次は眠っている男の元まで歩み寄り、男の服のポケットに入っているパスカード等を奪い取る。


「このコードを使って局長室に向かいます。そこに全ての情報があるはずですから」

「大胆不敵な事で。バレたら俺らは学生の身でありながら、一気に退学処分……どころじゃ、すまなそうだな」


 軽薄そうな笑みを浮かべていた伸也も、一瞬で真剣な表情をしてみせる。

 トイレから出た二人は、作業員らしく機材を運ぶふりをしながら、ロビー横を通過する。


「……」


 今のところは、特に目立った動きはない。

 受付前のソファに座っている香織の姿を横目でちらりと眺めてから、誠次は目の前を通り過ぎていく。


 何かの工事をしているのだろうか、若い作業員二人組が目の前を通り過ぎる中、香織は自分の番が回って来るのを読書をして待っていた。銀行や携帯ショップの待ち時間と同じようだ。


「……」


 ここへ直接来た理由は他でもない、連絡がつかない姉の様子を確認するためだ。直接会えなくとも、家族だと伝えればどこで何をしているのかぐらいは、教えてくれると思っていた。

 香織はふと、受付嬢の方を見る。そこでは受付嬢が、こちらが提出した個人情報証明のためのヴィザリウス魔法学園の学生証を手に持ち、何やら青ざめた表情で口に手を添えている。そして、まるで監視するように傍らに控えている光安の男性に、なぜか確認を取り始めている。

 光安の男性は、学生証と生身のこちらとを、交互に見つめていた。相手に見ていることが気づかれぬように、香織は読書をしている素振りを続けていた。


「――波沢香織さん、だね?」


 予定調和の流れだったと言うべきか、光安の男性が受付からやって来て、声を掛けて来る。


「はい。あの、お姉ちゃんが特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊員でして。波沢茜なみさわあかねと言います」

「もちろん知っているよ。手続きがあるから、ちょっとついてきてくれるかな。すぐ終わるよ」

「はい」


 読んでいた本に栞を添えることも忘れ、香織は本を閉じながら立ち上がる。受付嬢の視線が悲し気にこちらに向けられていることに、多少の違和感を感じつつ。


 エレベーターで最上階まで一気に上がり、局長室へと一本道が続く通路へ作業着姿の誠次と伸也は出る。


「配線工事です」

「どうもー」


 壁を気にする素振りを見せながら、誠次と伸也は局長室へと近づいていく。途中ですれ違う光安や職員たちも、特に誠次と伸也を気にする素振りも見せずに、通り過ぎていく。


「情報ねぇ。具体的には、どんなのさ?」

「数週間前に何が起こったのか……今の状況はどうなっているのか、調べ上げます」

「あまっちは特殊魔法治安維持組織シィスティムになりたかったんだろ? 聡也そうやが言ってたぜ」

「はい……」

「そんな憧れの組織が内部でごたごたしちまってさ。同情するぜ」


 伸也の言葉を誠次は受け止め、それでも歩く歩幅に変わりはなかった。


「悲しいですけど……真実が明かされれば、また特殊魔法治安維持組織シィスティムはみんなを守るこの国に必要な組織として知れ渡ると思います。何人もの人が特殊魔法治安維持組織シィスティムによって゛捕食者イーター゛から守られてきたんですから。俺も含めて」


 目深に被った帽子の下の黒い瞳は、鋭い眼光で以って正面を見つめていた。


「あまりに早いと怪しまれます。ここで止まって作業をしましょう」

「りょーかい」

 

 局長室のドアが見えて来たところで、誠次と伸也は通路で立ち止まり、壁を向いて互いにしゃがみ込む。

 直後、局長室から出て来る一人の男性がいた。男性の黒いスーツの紋章バッジは、分隊長の証だ。


(間一髪か……っ)


 局長室から出て来たのは、一か月ほど前に会った第四分隊の副隊長、堂上淳哉どのうえあつやだった。隊長に昇格したのだろうか。

 もし歩いていたのならば、ばったりと対面していたところであったが、幸いに今は作業のふりをしてしゃがみ、背を向けている最中だ。

 手を動かしながら、背中の足音が遠ざかるのをじっと待つ誠次の頬を、一筋の汗がつたう。

 

「君……」


 しかし無情にも、堂上は誠次と伸也の背後で立ち止まり、あろうことか声を掛けて来た。


「電波障害の調査かい? ご苦労さん」


 堂上は誠次の背中に手を添え、にやにやと笑いかけて来る。

 肩に手を置かれ、心臓が跳ね上がりそうになり、誠次は微かに身じろぎする。


「まあ、頑張ってね」


 誠次の肩から手をそっと離し、堂上は歩いて去って行く。振り向くに振り向けない状況だったために、彼がどのような表情をしていたか、よく分からなかった。

 堂上の姿が見えなくなったことを確認し、誠次と伸也は共に立ち上がる。

 二人の視線の先には、こげ茶色のドアがあった。


「局長室。鍵とかは必要ないみたいなの?」 

「有事の際に隊員が素早く報告できる為です。特殊魔法治安維持組織シィスティムのあり方を考えれば、もっともな事ですね」

「なるほどね。もう中に人がいないか確認するわ」


 伸也が空間魔法を使い、扉の中に魔法式を向ける。

 円形の魔法式から薄っすらと白い魔法の光が広がって行き、


「反応はないな。無人っぽい」

「入ります」


 誠次は周囲を確認し、ドアノブを回した。

 局長室の中はひどく閑散としているようであった。綺麗に整理整頓されている机や本棚。それらが一つも列を乱すことなく並んでいるのは、逆に人の手が付いていないように見えて、不自然さを感じてしまう。


「妙に整頓されてるな」

「端末から情報を抜き取ります。伸也先輩は、周辺の警戒をお願いします」

「分かってるよ。つっても、出入り口は一つしかないから楽だわ」

「俺も急ぎます」


 誠次は局長が座る椅子を横にどかし、中腰の姿勢で机備え付けのPCにとある端末を接続する。


「やはりパスワードか……」


 しかし誠次が用意した端末にデータは全て転送される。あとはこれを持ち帰り、情報を解析すればいいだけだ。


「……? この写真は……?」

 

 机の下、足元に落ちていた一枚のぼろぼろの写真を見つけ、誠次はしゃがむ。ずっと机に挟まっていたのか、写真は折れ曲がってもいた。


「志、藤……?」


 旧式の印刷技術で作られた家族写真であり、中心に映る少年にこの上ない見覚えがあった。


「あまっち、一人来てるぞ!」


 入り口を見張る為に空間魔法の魔法式を向けていた伸也が、誠次に告げる。


「っ!」


 ドアの向こうから足音が聞こえてくれば、もれなくそれは敵だ。背中のレヴァテインの重圧を感じながら、誠次は身構えた。


        ※


 ロビーでは最低限であるが話し声が聞こえ、まだ安心感と言うものがあった。しかしここはどうか。自分のすぐ前を歩く光安の男性の足音と、自分の足音と呼吸音しか聞こえない、静寂の道だ。

 本当に先ほどのロビーと同じ建物の中なのかと思えるほどの静けさに、香織は人知れず息を呑んでいた。


「――ヴィザリウス魔法学園じゃ生徒会長なんだって? 凄いねぇ」


 突然、前を向いたままの男に話しかけられ、香織は身じろぎをする。


「は、はい。周りの人に支えてもらって、ですけど……」

「成績も優秀だし、立派な魔術師のようだ。それに、とても綺麗でもある」


 足音を響かせ、男がつらつらと述べる。


「き、綺麗って……?」


 香織が戸惑ったその直後、左右の通路からさらに二人の男性が、香織を囲むようにして合流してくる。示し合わせたかのようなその動きに、香織は完全に退路を断たれていた。振り向いて走り出そうともしたが、斜め後ろの男がすぐ後ろにピタリと張り付いてくる。  


「――残念だよ。君は深入りしすぎた」


 先ほどまでの柔らかな口調は、完全に消えていた。目の前で急に立ち止まった男がドスの効いた声で言い、冷酷な表情で振り向いてくる。


「なにを――むぐっ!?」


 叫ぼうとした香織の口を、左側に立っていた男が強引に手のひらで塞ぎ、左手を背中に回して締め上げて来る。あまりの痛みに、香織は悶絶し、足を激しくじたばたさせる。


「押さえ込め。裏切者の妹だ」

「暴れるな。手を折るぞ」


 後ろの男に青い髪を引っ張られ、冷酷な声が耳元でささやかれる。

 香織は目の端に水を浮かべ、恐怖に染まる表情を浮かべ、男たちにされるがままとなっていた。


「っち」


 前方の男が舌打ちをしている。

 どうにか顔を上げれば、そこでは知った顔の特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性が立っていた。


「これは一体……っ?」


 北海道で会った、特殊魔法治安維持組織シィスティム第一分隊の隊員、佐久間さくまであった。


「……っ!」


 香織は助けてもらおうと、必死に声を出そうとするが、左側に立つ男が相変わらず強く口を締め付けている。

 佐久間の方も、確実に波沢香織の事を知っているようで、目を合わせたまま硬直している。――しかし、助けてはくれない。それどころか、一歩も動こうとはしていない。

 前方の男は極めて冷静に、佐久間に向け、こう言うのであった。


「反逆者の血族の聞き取り調査だ。奥の部屋を使わせてもらおうか、特殊魔法治安維持組織シィスティム? 貴様たちの無能な局長とつけ上がった分隊長の失態のお陰で、俺たちがここにいるんだぞ?」

「これ以上、我々の手間を増やさないでくれ」

「……」


 完全に光安の言いなりとなっている特殊魔法治安維持組織シィスティムの佐久間は、ちらと香織のすがるような目と目を合わせた後、俯いてしまう。


「俺は……何も見てない……」

「っ!?」

「それでいい。さあ、知っている情報を吐いて貰おうか。たっぷりと時間を使ってね」


 悔しそうに俯く佐久間の横を素通りし、香織は男たちによって引きずられて行く。


 室内に入って来たのは、スーツ姿の女性だった。眼鏡を掛けた女性はどこか悲しそうに目線を落としながら、PCが置いてある机の前まで歩いてくる。


「……」


 無言で花瓶の花を取り換え、無人のように見える部屋の中を見渡す。PCに刺さっている小型のデバイスに気づくこともなく、振り向いて去って行く。


「――光安じゃあなかったか」

「みたい、ですね。どこか寂しそうでした……」


 ドアの後ろに挟まるように伸也が。机の下に身体を屈めて誠次は潜んでいた。


「データ転送、無事完了しました。あとはこれを無事に持ち帰って、解析すれば情報が手に入るはずです」

「お家に帰るまでが遠足だぜ?」


 立ち上がり、データを転送した小型デバイスを抜き取る誠次に、伸也が笑いかける。

 気づかれぬうちに部屋の外へ出て、来た道である通路を二人は歩いていく。


「あまりに短い時間でエレベーターを使用すると、怪しまれるかもしれません」

「確かに。しっかりと監視カメラもあったしな」


 あくまで自分たちは、連日続いていた電波障害の調査のために派遣された電力会社の作業員と言うていだ。


「非常用階段を使いましょう。そこなら時間が稼げます」

「OK」


 道を逸れ、非常用階段を二人は降りる。螺旋状になっている四角形の構造で、ひとまず真下を見れば身体が吸い込まれそうな暗闇が広がっている。


「ところどころ手すりが曲がってたり、壁が崩れてやがる。ここで何かあったのか……」

「魔法による傷ですね。これは物理的な衝撃で出来ているものではない……」


 ひしゃげた手すりをそっと触り、誠次は呟く。

 背後にも傷だらけの壁は広がっており、その様はまるで今の特殊魔法治安維持組織シィスティムのように、表面上は平穏を取り繕っているものの、その内部の様子は悲惨なものであった。

 それらに手をかざせば、不思議と何かに導かれたかのように意識がはっきりとしてくる。

 ――誰かが、助けを求めて叫んでいる……。

 目を瞑り、耳を澄ましていた誠次はハッとなり、手すりまで駆け寄った。


「おいっ!?」

「――先輩はデバイスを持って早くここから離脱してください!」


 突然動いた誠次に、驚く伸也が手を伸ばす。


「声が確かに聞こえたんです! 真下にいる!」


 螺旋階段を順序通りに降りていても、間に合わない。

 ならばと、しゃがんだ誠次はバックから脱出用に用意していたロープを取り出すと、それを素早くひしゃげた手すりに結び付ける。


「どこ行く気だ……? まさか……」


 もう一つのロープの端をタオルに巻き付け、誠次はそれを自分の右足に巻き付ける。タオルのお陰でロープが肉に食い込む心配はない。


「下に行きます。先輩はデバイスをお願いします!」


 確信があった。彼と彼女の声は、確かにこの真下から聞こえたのだと。


阿呆あほか! やべぇって!」


 伸也が手を伸ばしてくるが、誠次は「失礼します!」と叫び、背中から倒れるように空中に身を投げ出した。巻かれていたロープが蛇のように誠次の後を追い、深淵の底へと吸い込まれていく。


「……アイツやっぱ変わってなかったわ。良かったな聡也そうや。……俺みたいになんなくてさ」


 誠次が飛び降りた微風を浴びながら、伸也はまったくとほくそ笑むしかなかった。

 伸也は帽子を深く被り直しながら、非常用通路を歩き始める。


 非常用階段の底は、物置部屋となっている。山積みになった段ボール箱と、掃除用具が所狭しと置かれている中で、香織は光安の男により拘束魔法を掛けられていた。

 腕と口に拘束魔法の手錠を嵌められ、段ボール箱に身体を押し倒される。


「哀れな姉妹だ。余計なことに首を突っ込まなければ、まだ長生きできたものを」

「……っ」


 光安の男が拘束魔法の魔法式を展開しながら、香織の首を片手で締めあげる。抵抗しようにも身動きできず、両手を塞がれているままでは、魔法の発動も出来なかった。


「許せ。全てはこの国のためだ」


 ――だから、この行為も正当化される。と、光安の男は呟く。

 じたばたと段ボール箱を蹴ってもがくが、男の力は強大だった。首を掴む力が強くなるのを感じ、呼吸が出来ない苦しさから、意識が遠のく。


(そん、な……っ)


 暗転しかける視界の先から、銀色の光が走る。天より舞い降りたそれは、香織の首を絞めていた男の右手を正確に切り裂き、二人の間に甲高い音を立てて突き刺さった。


「痛ァっ!? な、なんだっ!?」

「っ!?」

 

 血を流す右手を抑え込みながら、男は段ボール箱を押し退け、後退する。

 左手の拘束魔法の魔法式が解除されたため、香織は自由となった手で男に向け、攻撃魔法を発動する。


「《エクス》!」

「っ! ――ぐはッ!?」

 

 男の腹部に魔法の光を直撃させれば、身体をクの字にして吹き飛ばし、背中から壁に激突させる。


「お、のれ……!」


 香織の魔法を喰らった男は顎の下を腕で押さえつけながらだが、再び立ち上がる。


「一体何だ!?」

「何が起こった!?」


 物置部屋にいる残り二人の男は、周囲を急いで警戒する。

 空中から飛来したのは、ツルギであった。そして、この剣には見覚えがある。

 剣を一目見た香織は、自分の心臓がどくんと音を立てて鳴ったのを感じていた。そして、それは熱い熱となって身体を駆け巡り、自分を動かす原動力となる。


「反逆者だ……。あの女は光安のこの私を攻撃したっ!」


 《エクス》を当てられた男が叫び、二人の男も破壊魔法を展開する。


「私に拘束魔法を掛けて……お姉ちゃんはどこなの!?」


 勇ましく香織が叫ぶが、光安の男たちは聞く耳を持たない。薄暗闇の中、上空から剣が飛来したとは夢にも思っていないようで、まだ形勢は逆転していないと思い込んでいるようだ。


「もういい死ね! 死んでしまえ! サイ――っ!?」


 魔法の詠唱の途中で、片方の男がすべての行動をぴたりと止める。


「どうした!? 早くやれよ! な――っ!?」


 もう一人の男が何事かと、動きを止めた男の方を見ると、絶句する。


「やめっ、痛い痛い痛いっ!」

「――彼女に、手を出すなーっ!」


 いつの間にかいた、作業着を着た長髪の少年が、破壊魔法を展開していた男の腕を引き、背中を足で押し、両腕の骨を肩から外そうとしている。めきめきと、関節から骨が外される痛々しい音が、物置部屋で響き渡る。


「ぎゃあああああっ!?」

「これは病室での礼だ。受け取れ!」


 脱臼させ、叫び声をあげた男を床に這いつくばせるように蹴り倒した少年は、立ちすくんでしまっているもう一人の増援の男の懐まで、息つく間もなく潜り込む。


「――貴様も、魔法は使えるみたいだな?」


 帽子のつばの下の黒い瞳で男を見上げ、作業着姿の少年は話しかける。

 

「な、に?」


 男は完全に竦み上がっており、誠次はゆっくりと歩み寄る。


「あ、当たり前だろ!」

「そうかならば――容赦はしない!」


 少年は足元にあった段ボール箱を蹴り上げ、男の視界を塞ぐ。

 戸惑い、視界に大きく映り込む段ボール箱を振り払おうと男が構えていた腕を振り払ったのが最後。少年は男の腹の中心目掛け、強烈なパンチを打ち込んでいた。


「がはっ!?」

「とった――!」


 透明な唾を吐き、腹を抱えてうずくまった男の顎を、少年は最後に固い靴で蹴り上げる。

 男は糸が切れた人形のように、床にも強く頭を打ち付け、うつ伏せの姿勢で気を失っていた。


「誠次く――!」


 香織が名前を呼んで駆け寄って来るのを、誠次はそっと自分の口元に人差し指に手を添えて制止する。


「っ。すいません、今俺の名前がばれるのはマズいんです」

「……っ」

佐伯剛さえきつよし、で」 


 顔を赤くして立ち止まった香織は、しかし胸元に手を添えて、事態を呑み込むように深く頷く。

 誠次は唇から人差し指を離し「ありがとうございます」と冷静に言う。


「……佐伯さん。貴方カラスの声が俺をここへ導いてくれました……」


 帽子を深く被り直した誠次は、自分が投げ床に突き刺さったレヴァテインを引き抜き、女の子座りをしている香織の前に立つ。


「剛くん!」

 

 香織が叫ぶ。

 香織の《エクス》を喰らった最初の男が、再び立ち上がったのだ。


「な、何者だ、お前……っ」


 しかし、光安の男は完全に怯えている。それも無理はない。方や両腕の骨を外され、情けない姿勢で床に倒され、あまりの痛みと情けなさからか嗚咽おえつ混じりで泣き出している増援の男。方や完全に手出しをすることも出来ずに一方的に打ちのめされ、床に伸びきってしまっている。

 

「自分が……かはっ。何をしているのか、分かっているのか!?」

「その台詞、そのまま貴様に返す!」


 レヴァテインを男に向ける。鞘から解き放たれた銀色の刃には、怯える男の顔が反射している。


「舐めるなーっ! 《サイス》!」

「無駄だ!」


 誠次は死をつかさどる魔法の鎌をレヴァテインで断ち切り、破壊魔法をものともせず、男の元まで一気に接近する。反動で吹き飛ぶ段ボール箱の真下、


「人に向けて破壊魔法をこうも簡単に発動する貴様らに容赦はしない!」


 男の右肩に狙いを澄ました誠次は、両手に持ったレヴァテインを振るい、男の身体を右肩から腹部にかけて斬り裂く。


「ぎゃあああああっ!?」


 瞬間的に血が噴き出した自分の身体を抑え込み、男は床に倒れ込む。

 瞬く間に三人の魔術師を倒した誠次は、特に同情することもなく、香織の方を向く。


「逃げましょう、こっちです」

「……う、うん……」


 少しばかり戸惑いを見せている香織の手を引き、誠次は走り出す。


「怖かったですか?」


 物置部屋の扉を開け、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部一階通路を平然と歩く誠次は、明美に訊く。

 香織の動揺は繋いでいる手の震えからも、十分に知ることが出来た。


「さっきの、あの人たちは……」

「よほどの執念がない限り、すぐに治癒魔法で治しますよ。俺だって、命まで取る気はありません」

「……ありがとう、剛くん……。また私、助けられちゃった……」

「貴女をもう一度助けられて、良かったです。……さあ、急ぎましょう」


 二人の会話は、そこで終わる。

 しかし、緊急事態であったとは言え返り血を浴びてしまった作業着と抜刀したレヴァテインでは、何事もなくロビーを通過することはもはやできないだろう。伸也は先に上手く逃げ切ってくれたと信じ、誠次は周辺を警戒する。


『天瀬! 一体どうした!?』


 耳元から八ノ夜はちのやの声が聞こえ、誠次はレヴァテインを握る右腕を持ち上げ、耳元の髪に隠してある通信装置をタッチする。


特殊魔法治安維持組織シィスティム本部で襲われていた波沢香織生徒会長を保護しました。一緒に離脱します。すでに戦闘中です」

『波沢香織だと!?』

「――前から!」


 香織の言葉に、誠次は帽子のつばで視界が悪い視野を確保するために、顔を大きく上げる。

 先ほどの三人組のいずれかからか通信でもされたのか、光安の男たちが数人、走り寄って来る。


「止まれっ!」


 彼方より魔法の光がきらめくが、誠次は立ち止まることなくレヴァテインを横に振う。


「《ヴェルミス》!」

「《グランデス》!」


 白い霧の先で、魔法の光が拡散するが、


「押し通る――っ!」  


 一瞬の溜めの後、急接近をし、横薙ぎに一閃する。霧の果てで、レヴァテインの刃は余すことなく黒いスーツの腹部を切り抜け、男たちを引き下がらせる。


「なんだ、魔法を、ものともしない……?」

「化け、物だ……」


 次々と倒れていく光安の男たちに、今の誠次を止められる者はいなかった。


「《アイシクルエッジ》!」


 香織も魔法を使い、誠次のレヴァテインの間合い外の敵を蹴散らしていく。

 ロビーまで走り抜ける誠次と香織。さすがに戦闘が続けば、二人とも息も切れていた。ロビーは閑散としているが、一刻も早く逃げださなければならない。

 ――ピューイッ!

 外の明かりが射し込む出口まであと少しと言うところで、天を駆ける猛禽類の鳴き声が、どこからともなく聞こえてくる。まるでそれは、鳥が獲物を見つけた狩猟時の威嚇のようで――。


「侵入者がこうも若い二人組だったとは」


 ロビーを縦横無尽に舞い飛ぶワシを従え、新崎和真しんざきかずまが誠次と香織の前に立ち塞がる。誠次は桃華とうか関係の時に特殊魔法治安維持組織シィスティム本部を訪れた時に、何気なくすれ違っていた人だと思い出す。


「……」

「……」


 香織の手をぎゅっと繋いだまま、誠次は無言で立ち止まる。そうしなければならない異様な気迫と殺気が、今目の前に立ち塞がる男にはあった。

 当然、背後の方からは瞬く間に光安の男たちの足音が響いてきて、誠次と香織はあっという間に囲まれる。


「ふっ。それは変装のつもりかい? 天瀬誠次くん」


 ばれているのならば必要はない、と誠次は答え代わりに被っていた帽子を脱ぎ払う。伸びた髪を目元まで垂らし、誠次は新崎をじっと見つめる。


「立ち塞がるのならば戦います! 斬られたくなければそこを退いて下さい!」


 巨大な特殊魔法治安維持組織シィスティムの紋章が描かれた大理石の上で、誠次は新崎に向け叫ぶ。


「ははは。顔が怖いよ、天瀬くん。もっとリラックスしないと。狩る者は常に殺気を放っていては、肝心な時にすぐに動けなくなる」


 新崎は肩を竦めると、誠次と香織の為に道を開ける。


「君たちと戦う気はないよ。さあ、逃げて」

「「……」」


 誠次と香織は横を素通ろうとする、が。


「――写真。見てくれたみたいだね? つい前までは設置してなかった局長室の監視カメラでしっかりと見てたよ」


 まるであの日と同じだ。真横から新崎が語り掛けて来る。

 一見優し気な眼鏡の奥の視線に睨まれた誠次は、まるで蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなる。


志藤康大しどうこうだい。先代の局長の名さ。君のお友達は、そんな彼の大事な一人息子さん」

「局長……っ。志藤、颯、介が……?」

「酷いよね。その様子じゃ、君にずっと内緒にしていたみたいだ。君はお友達だっていうのに、もしかしたら向こうはそうでもないと思ってるんじゃないのかな? なーんて」


 新崎はくすりと微笑むと、誠次からの返答を待っているようだった。


「……」

「まさかお友達が、憧れの特殊魔法治安維持組織シィスティムに一番近い所にいる男の子だったとはね。まあ、魔法が使えない君が特殊魔法治安維持組織シィスティムに入る事なんて、そもそも無理な話だけどさ――」

「貴方、酷すぎます! 私の姉と同じ組織の人とは思えません!」


 香織が新崎に向け叫ぶ。


「波沢香織さん、か。お姉さんは優秀すぎた。優秀すぎた故に不幸でもあった。君はどうかお姉さんと同じ末路を辿らないように、注意するといいよ」

「姉……お姉ちゃんに何があったの!?」


 途惑い、動揺する香織を面白げに見た新崎は肩を竦めていた。

 食い下がろうとする香織の手を強く引いたのは、誠次の左手であった。


「――例え魔法が使えなくとも、大切なものを守る事は出来ます。そして……例え特殊魔法治安維持組織シィスティムに入れなくとも、俺には出来る事があります! 特殊魔法治安維持組織シィスティムも光安も関係ありません! 今は人間同士が手を取り合わなくちゃいけないと言うのに!」


 新崎は誠次の顔を不思議そうな面持ちで見つめ、身体全体を振り向かせる。


「意外だね。君みたいな考えの人が大勢いれば、この国の将来も安泰かもね」


 本当に称賛する感情もないように、新崎は誠次を見つめて言ってきた。


「……っ」


 誠次は新崎を睨み、しかしこれ以上この場に留まる事も出来ず、香織の手をしっかりと握って逃走した。


「新崎局長!? 良かったのですか見逃して!」


 光安の男たちが、新崎に詰め寄る。近づいて来るそれらを威嚇するようにワシは大きな羽を広げ、新崎がそれを指で撫でてなだめていた。


「ああまだ続けるのさ……。さあ、夜を明かそうじゃないか剣術士。魔術師として、君にまた会える時が楽しみだよ」


 ほくそ笑む新崎は、急いで自分の電子タブレットを起動し、カレンダーを浮かび上がらせる。

 一二月二四日。針が時を刻み、すぐ隣まで近づいた赤い印が刻まれた聖夜の日を、新崎の双眸そうぼうは睨みつけていた。

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