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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
贖罪の山羊
165/211

4

 ヴィザリウス魔法学園の地下演習場に、1-Aの生徒たちは集まっていた。とある魔法の授業の為である。

 演習場備え付きの簡易教室では、はやしが魔法式を宙に浮かし、授業をしていた。


眷属けんぞく魔法。名前は仰々しいが、発動すること自体は簡単だ。発動される使い魔の種類は様々だ。生き物だったり、変な物体だったり。俺か? 俺はもちろんナイスバディなお姉ちゃんだぜ――」


 今日も今日とて平常運転の林は早速、生徒たちを演習場の中へと連れていく。なんのこともない。ただ場所が演習場の中へ移った体育授業のようなものだ。


「一斉に使い魔出されてパレード状態になられるのも面倒だ。少人数ずつでいくぞ」


 林はそう言うと、まずはと集団の中でも後ろの方にいた香月詩音(こうづきしおん)に声をかける。


「まず香月。前へ来てくれ」

「……また私ですか」

「そんな嫌そうな顔するなって」


 香月の魔力の高さは、同級生の中でも群を抜いており、教師間でも有名だ。

 道を開けてくれたクラスメイトたちの視線を左右から受けながら、香月は林の目の前まで歩いて出てくる。背丈は女子高生の平均身長より小さいようで、必然的に林は香月を見下ろしていた。


「眷属魔法、できるか?」

「はい」

「んじゃ、いっちょ頼む」


 言われた通り香月が右手を掲げ、宙に白い魔法式を発動する。制服の身体の周囲を半透明の魔法文字スペルがぐるぐると回転し、銀色の髪がなびく。

 香月が組み立てを終えた魔法式から飛び出したのは、青白い光を纏う、それはそれは小さなウサギであった。


「「「か、可愛いっ!」」」

「……」


 主に女子のクラスメイトたちが叫ぶ中、香月は棒立ちである。香月の眷属魔法により生み出されたウサギは軽く跳ね、大きな耳をわさわさと触り、あざといと感じるほどまでに愛くるしい仕草をクラスメイトたちに向けていた。


「ウサギに月ってか。しっかし思ったより可愛いのが出たなこりゃ」


 ウサギと香月を交互に見た林が無精ひげをさすり、にやにやと笑いかける。


「だからやりたくなかったんです……」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもないです」


 拗ねる香月は自分が生み出したウサギの使い魔をじっと見つめていた。


「まあこのように可愛いのもいれば、格好いいのやキモいの。千差万別ってわけだな。眷属魔法は基本的に一人につき一種類だ。理事長はなんか二体使えているけど、あの人は何でもありだからな」

「生み出せる使い魔って決まってるんですかー?」


 男子生徒が尋ねる。


「ああ。生み出す当人の記憶とかによって生み出される使い魔に偏りがあるって言われてるけど、まだ研究の段階らしい。当然人を襲うような危険な使い魔もいるから、発動は簡単だが扱うのは結構難易度高いぜ?」


 ウサギなんて可愛いものだ、と林は笑いかける。警戒心がとても強く臆病な性格は据え置きで、ウサギは香月の足元に駆け寄っていた。

 それを見た林は微笑む。


「クオリティって言うのか? 生み出せる時間や、使い魔そのものの完成度は、やっぱり体内魔素マナが絡んでるらしい。つまりこのウサギは、見事に再現されているってところか」


 香月には懐いているあたり、普段人目につかぬところで可愛がっているのだろう。林はそう思い、足元に寄り添うウサギに困ったような表情を浮かべている香月を横目でちらりと見ていた。


「さぁウズウズしてきたかお前ら。少数グループに分けてやってみてくれ。上手く扱えれば、相棒みたいで楽しいぞ」


 林の言葉を聞いた生徒たちの顔色が目に見えて明るくなる。

 なに、こういう授業は好きだ。学生時代の自分も、今のように楽しく魔法に触れる授業はいつも楽しかった覚えがある。

 林は満足気に、横に立つ香月に視線を移す。


「お前さんはもう完璧だから、ハメ外し過ぎないようにお友達さんたちのサポート頼むぜ、香月」

「はい」


 香月もどこか嬉しそうに、使い魔のウサギを連れてクラスメイトの輪の中に入っていった。


 演習場内に散らばる男子と女子が、早速眷属魔法の発動を試みている。

 

「わあ、私のはネコだ。可愛い……」

「私のはイヌです。お手しますよ!?」


 篠上しのかみ千尋ちひろがそれぞれの使い魔を生み出し、遊ばせる。命令は聞くようだが、それ以外は本当に生身の生物のようだった。


 作戦成功の瞬間は遠ざかったとは言え、まだまだ任務は続く。それまではうまくクラスメイトたちに溶け込まないといけない。一応今のところは、香月と桜庭さくらばと篠上と千尋を含めたクラスメイトたちは、自分たちの事を剣術士の熱心なファンだと思っている。

 

「今度は男子の方にも接近してみましょう。天瀬誠次のルームメイトたちです」


 篠上か千尋にでも聞いたのだろうか、クリシュティナが何気ない仕草で指を指す。そこには女子生徒のような男子と、眼鏡と筋肉とチャラそうな男子がいた。


「お、男か……」

「お言葉ですがルーナ。剣術士も男子ですよ」

「わ、分かっている! しかし、緊張するな……」


 軽く深呼吸をし、ルーナはクリシュティナと共に男子生徒たちに近づいていく。近づくにつれ、次第に話し声が聞こえて来る。ルーナはそれら日本語を、すでに聞き取れていた。


「――おい、とばりのなんだそれ?」

「ゴリラだけど……尻かいて寝てるな……」


 筋肉質の大きな腹を膨らませ、仰向けになって帳の使い魔は眠っている。言う事も聞かず、困った帳はぐうたらしているマウンテンゴリラを眺めて腕を組んでいた。


夕島ゆうじまのは?」

「手のひらほどの小さなサルだ……。これはメガネザルか……可愛いな……」


 夕島の肩にちょこんと乗り、目が極端なほど大きい小サルは、周囲を怯えた様子で眺めている。夕島がメガネザルにそっと指を伸ばすと、メガネザルは夕島の指をくんくんと嗅いでいた。


小野寺おのでらのは?」

「自分のはフクロウです! 魔法使いみたいですね!」


 嬉しそうに微笑む小野寺の腕にとまり、フクロウは無表情で遠くを見ている。森の博士は首をゆっくりと動かし、近づいて来ているルーナを瞳に捉えていた。


「そう言う志藤しどうのは何なんだ?」


 帳が志藤に問う。


「俺のは、なんかデカいヘビ……」


 志藤の足元では、とぐろを巻いたヘビがじっとしている。人によっては恐怖感を抱かれるであろう、決して格好いいとも可愛いとも言えないような、微妙なチョイスである。


「――ご、ご機嫌よう、男子生徒の諸君!」


 こほんと咳ばらいをしたルーナが、背を向けている男子たちに声を掛ける。


「ヘビって何だっての……」

「俺のメガネザルを食わないでくれよ」

「食わねーしっ! ってか、お前よくメガネザルってわかったな!? 普通は小っちゃいサルだろ!」

「!? あ、あの……っ」


 仲が良いのだろう。無視されている、と言うよりは会話に白熱している男子生徒たちに、ルーナはか細く震える手を伸ばす。


「帳さんの使い魔、全然起きませんね……」

「そう言う小野寺のフクロウも、まったく動いてないけど生きてるのかそれ……?」

「微かに、身体を動かしているようですけど」

「もし、もし……。おーい……」


 ルーナが手を伸ばしたりしてみるが、小野寺も帳も互いの使い魔を見つめており、気づく素振りがない。

 遅れてやって来たクリシュティナがルーナを引き下がらせる……のではなく、逆に背を押す。一般常識はルーナより心得ているとは言え、世間と隔離された環境で育てられたクリシュティナもまた、馴れ馴れしく異性に声を掛ける真似は出来ないのであった。


「く、クリシィ?」

「が、頑張ってルーナ! 私がロシア国歌を後ろから口ずさみます!」

「意味ないぞ!? 逆に不自然だろ!」


 わんやわんやと言い合う二人の女子が同時に、タイル床ではないなにか感触があるものを踏みつける。踏んでいたのは、志藤の使い魔であるヘビであった。


「シャーッ!」

「「きゃーっ!」」


 踏まれたヘビがぶるると舌を出してルーナとクリシュティナを威嚇し、二人の女子は悲鳴を上げて抱き合っていた。


「?」


 断末魔の悲鳴を聞いたところでようやく、四人の男子はルーナとクリシュティナの接近に気づいていた。

 

「ルーナちゃんに、クリシュティナちゃん? 下がれってお前」


 志藤が二人を威嚇している自分の使い魔を後ろへと下がらせる。ヘビは志藤の言う事に大人しく従い、ルーナとクリシュティナへの威嚇をやめていた。


「悪い。まだうまく制御できてなくって」


 志藤はヘビを宥めつつ、未だお互いに抱き着き合っているルーナとクリシュティナを見つめる。


「二人ともどうしたんだ?」


 帳に声を掛けられ、ルーナはごほんと咳ばらいをする。


「い、いや……。君たちが剣術士と、ルームメイトだという事を聞いてな……」


 ヘビに威嚇された恐怖心がいまだに残っているようで、ルーナの声は震えていた。


「そう言えば桜庭さくらばさんと香月さんが言っていたな。ルーナさんは熱心な天瀬のファンだとか」


 夕島が周りの男子たちに告げる。


「海外でも有名人なのは、凄い事ですよね」


 小野寺が誇らしそうに言っていた。


「彼が帰って来るのは、クリスマスなんだな?」

「そーそー。メール見る? 吹きだすぜ?」


 志藤が言ってくるが、すでに桜庭によってメールは拝見済みであった。ルーナは首を横に振っていた。


「二人は眷属魔法はどんなの出るんだ?」


 帳がいっこうに起きない自分のゴリラの肩をぽんぽんと叩いてから、ルーナとクリシュティナに訊く。ぐうたらゴリラは相変わらずいびきをかいて寝ており、時より腹をぽりぽりとかいている。

 

「私たちのは……つまらないものだ」


 ルーナの表情が硬くなり、眷属魔法を発動することを拒む。


「つまらないもの?」


 小野寺が首を傾げるが、ルーナの後ろに控えるようにして立っていたクリシュティナが、代わりと言わんばかりに眷属魔法を発動する。

 魔法文字スペルを魔法式に打ち込むと、クリシュティナの茶色い前結びの二つ髪が風に乗り、浮き上がる。間もなく、クリシュティナの眷属魔法が完成し、魔法式が光を放つ。

 円形の魔法式から飛び出したのは、とんちが上手なお坊さんもびっくり仰天、ホワイトタイガーと呼ばれる白い毛並みをした虎であった。


「うわっ!?」


 志藤が驚き、のけ反る。

 威風堂々と、クリシュティナの使い魔である虎は演習場の床の上に立ち、鋭い牙を男子たちに向けていた。さすがに吠えはしないが、鋭い牙を男子生徒たちに見せつける。

 

「たんまっ! ちょ、マジで怖いって!」

「落ち着け志藤」

「そう言うお前のメガネザル気絶してるっての!」


 夕島の肩に乗っていたメガネザルは、トラの迫力を前に夕島の肩の上でひっくり返っている。


「私の使い魔は少々狂暴です」

「少々どころじゃねーよ!?」


 志藤がツッコむが、誇らしげにクリシュティナはトラの喉元を撫でている。クリシュティナに寄り添うトラはごろごろと喉を鳴らし、クリシュティナの手つきを堪能しているようだ。


「それに比べて自分のフクロウ、微動だにしませんね……」


 トラを見つめてもなお、小野寺のフクロウはじっとしたまま微動だにしない。


「俺のゴリラも寝てるし……」

「――えっ、ちょ、ちょっと!」


 いつの間にかやって来た篠上の使い魔であるネコが、トラに立ち向かっていっている。同じネコ科同士での、仁義なき戦いと言ったところだろうか。しかし子ネコに対し、トラの体格差は歴然である。


「み、みんな仲良くしましょうね?」


 千尋の子イヌはきゃんきゃんと吠え、にらみ合う二匹のネコ科動物の仲裁をしようと、懸命に尻尾を振っていた。


「あーあ。てんやわんやだ……」


 一方では、なげく志藤の足元のヘビがちろちろと舌を出し、ルーナとクリシュティナをヘビ睨みしているのであった。


 魔法科の授業になると、香月はいつも周りの生徒の見本となっていた。香月からすれば、自分の持って生まれたこの力がみんなの役に立てているのであれば、嬉しく感じるものだった。


「そのまま集中して。最初は消費魔素マナが大きく感じるかもしれないけれど、力を入れすぎているだけ」

「おおなるほど。サンキュー香月! って俺の使い魔魚かよっ!」


 盛り上がるクラスメイトたちから少し離れたところ。桜庭が一人で端の方に座り込んでいた。

 どうしたのだろうか、と香月は苦しそうにしている桜庭の元まで駆け寄った。


「大丈夫?」

「こ、こうちゃん? へ、平気平気……」


 桜庭は駆け寄って来た香月に驚きつつも、えへへと苦笑し、スカートを払いながら立ち上がる。


「どうしたの?」

「あたしの眷属魔法、思ったのよりも凄かったみたいで、めっちゃ魔素マナ消費しちゃったんだ」

「見てみたかったわ。どんなのだったのかしら?」

「なんか、剣持った格好いい勇者さんみたいな恰好してたんだ……。こうちゃんにも見せたかった」

「私のウサギよりは、強そうね」


 香月はウサギの頭をそっと撫でてやる。臆病な性格で知られるウサギだが、香月にはよく懐いているようで、嬉しそうに耳をぴんと立てていた。


「いやいや。可愛い方があたしは良かったよー」


 桜庭がそわそわして、ウサギを見つめている。


「触りたいの?」

「う、うんっ」


 こうも分かりやすい態度だと、さすがに苦笑してしまう。香月はうずうずしている桜庭に向け、そっとウサギの背を押してやる。ウサギは小さな足でよちよちと、桜庭の元まで跳ねていた。


「どうぞ」

「あ、ありがと! か、可愛いっ! もう可愛いすぎるっ!」


 興奮する桜庭はスカートを正すことも忘れてしゃがみ、ウサギに向け手を伸ばす。

 ウサギは桜庭の綺麗な指先を見つめ、くんくんと鼻を鳴らす。桜庭がさらに指を近付けようとすると、ウサギは一瞬だけ行動を停止し、次の瞬間――。


「パクっ」

「痛っ!?」


 驚く香月と悲鳴を上げる桜庭。ウサギは桜庭の指をニンジンと誤解したのか、かじるかのように咬みついていた。


                     ※


 白衣の女性はつい先ほど車から降りて来たばかりのようで、まだあまり雨には濡れていない。深緑色の髪を後ろで纏め、跳ねさせるように毛先を上へと向けている。

 女性は心羽の容態を一瞬で確認すると、慣れた手つきで腹部に突き刺さっている破片を物体浮遊の魔法で引き抜いて見せる。


「持ってろ」


 心羽の血に染まったビルの破片を誠次の手元に許可なく落とし、白衣の女性は淡々と治癒魔法を展開する。大雨の下での治療だが、女性は真剣な表情で心羽の治療を行っていく。

 白い光が心羽の身体を包み込み、赤く染まった白い服の下の傷を塞いでいく。

 呆気にとられている誠次がふと、誰かの視線を感じて振り向く。すぐ背後に止まっていた女性が乗っていたと思われる車の後部座席から、病院の病衣姿の女性がぺこりと頭を下げていた。茶色の髪を束ねて前に流すその女性は、口をぱくぱくとさせまるで「大丈夫ですよー」とこちらを安心させる言葉を言っているようであった。


「安心しろ形状的に内臓は貫いて無い。ただ衰弱が激しい。安全な場所まで運ばないとだな……」


 そう言いながら手早く治癒魔法を終えた女性は、誠次の顔をじっと見てくる。

 深緑色の髪を短めで束ねた、綺麗な大人の女性であった。八ノ夜と同年代ぐらいだろうか、すらっと伸びた鼻筋に、雨の雫が流れていた。


「助かるん、ですか……!?」 

「一命は取りとめた。安心しろ。治癒魔法を舐めるな」

「あ、ありがとう、ございます……。俺、治癒魔法の凄さが、いまいちわかってなくて……」


 今度は悲しみの感情ではなく、喜びの感情と共に。再び眼がしらに熱いものが込み上がり、しかし誠次は涙を堪え、心羽を治療してくれた女性に感謝していた。


「良かったな」


 そんな誠次の男の子の心情を察したのか、女性はふっと微笑んでいた。

 

「天瀬! 心羽!」


 音を立てて水溜まりを踏み、こちらも雨に濡れたばかりの八ノ夜が合流してくる。

 白衣の女性は八ノ夜の姿を見ると、やれやれと息をついて立ち上がる。


「来てみたらこの様だ美里みさと。安全じゃなかったのか?」


 胸の前で腕を組み、白衣の女性は八ノ夜を睨みつける。

 八ノ夜も八ノ夜で、白衣の女性を馴れ馴れしく見つめている。


「もはや世界中どこも安全な場所なんてない。隠れ場所を提供してやるだけありがたいと思え」

「分かったよ」


 一仕事終えたと、白衣の女性は白衣の胸ポケットに手を突っ込み、中から煙草のケースを取り出し、一本を口にくわえる。


「この子が例の剣術士か? もっとごついのを想像してたけど」

「お前には渡さん」

「いるか」


 女性の目線が、八ノ夜と誠次を行ったり来たりしている。どうやらこの白衣の女性、八ノ夜の友人のようだ。 

 ごついと言えば、兵頭賢吾ひょうどうけんごだ。タンクトップ姿でまったくもって冬の気配を感じさせない兵頭は、むしろ戦闘で身体が熱くなっていたようで、雨を受けても寒がる素振りを見せてはいない。


「中の敵は制圧。警察にも連絡しました。すぐに大勢来てくれるでしょう」

「兵頭? 心強い味方がいたのか」


 八ノ夜は兵頭を見て小さく驚く。 


「あの皆さん……。早くその女の子を温かい場所へ運んであげませんか? 風邪ひいちゃいそうです」


 車の中からおっとりとした女性が、心配そうに声を掛けてきていた。

 駆けつけて来た警察の車と入れ替わるように、誠次たちは八ノ夜の家へと帰る。


「兵頭先輩、バイクですか!?」

「ああ。風が気持ち良いぞ」


 タンクトップ姿で大雨に打たれながらも、兵頭はバイクを運転し、にっこりと笑っていた。風が気持ち良いなんてレベルじゃないと思うが、ゴーグルをつけた兵頭の顔はお気楽そうだ。


「あの二人は……」


 後部座席に座り、気を失っている心羽を膝枕してやりながら、誠次は車を運転する八ノ夜にく。二人の女性が運転する車はライトを光らせ、八ノ夜が運転する車の後ろをぴったりとついてくる。

 時よりバックミラーで、八ノ夜も負傷した心羽を眺めつつ、質問に答えていた。


「白衣の女が草鹿智鶴くさかちづる。病衣の女が特殊魔法治安維持組織シィスティム第五分隊現役隊長、松風柚子まつかぜゆずだ」

「あの人も特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊長さんだったんですか」

「ああ。そして草鹿は、特殊魔法治安維持組織シィスティム専属の女医だ。同い年で、私とは腐れ縁と言ったところか」


 何やら面白くなさそうに、八ノ夜は両手でハンドルを握っていた。


「心羽……」


 誠次は未だ冷たい心羽の手をぎゅっと握り、温めてやるようにおでこにも手を添えてやっていた。

 やがて二台の車と一台のバイクが、八ノ夜の家に到着する。

 びしょ濡れのままの誠次は心羽を抱え、急いで二階の自分の部屋へと運ぶ。冷たかった身体が今度は高熱を帯びだし、一緒に部屋へとやって来た草鹿に心羽を託す。


「身体がとても熱い。大丈夫そうですか……?」

「身体が生きて抵抗している証拠だ。あとは、この娘の生きる力を信じればいい」

「信じる……」

「この娘がまだこの世界で生きていたいって思えば、目を覚ますよ」

「心羽、俺がついてる……。だからまだ死ぬな……!」


 誠次は自分のベッドの上で眠る心羽のそばの椅子に座り、心羽の小さな手を握り続けていた。

 

「熱心なのはいいがお前も着替えろ。風邪をひくぞ」

「……はい」


 時刻は昼過ぎとなっており、もうすぐ夕暮れ時を迎える。

 草鹿も雨で濡れた白衣を脱ぎ、一階へと向かって行った。


「温かいお茶です。皆さん身体を温めてくださいね」


 八ノ夜の私服を借り、ジーンズに長袖のシャツ姿へと着替えている柚子がキッチンで温かいお茶を淹れ、八ノ夜と草鹿と兵頭に振舞っていた。

 兵頭はタオルでごしごしと身体を拭くと、腕を組んで壁に背を預ける姿勢で立つ。

 八ノ夜は濡れた服のまま、ソファの手もたれに腰かけていた。


「心羽の具合は?」

「アンタの弟子が診てるよ。とりあえず心配ない」

「ありがとう草鹿。助かったよ」


 八ノ夜が草鹿に感謝する。

 草鹿は「まったくだ」と言いながら、柚子が淹れた温かいお茶をすすっていた。


「ショッピングモールの外国人集団。なんだったんですかね、あいつらは」


 兵頭が手のひらで拳をぱんと叩き、真剣な表情をする。


「私は国際魔法教会だと思ったが、連中にしてはいささか作戦が大雑把すぎる。……まるでただ暴れたいだけのようだった」

「――裏切者はどこだと、あいつらは言っていました」


 誠次が全員分のタオルを持ち、階段から降りる。心羽を傷つけた敵の事を、少しでも知る為に。


「裏切者……」


 八ノ夜が誠次から受け取ったタオルで、長い黒髪を拭き取る中、柚子がそっと声を出す。


「もしかして私たちの事かもしれません……。特殊魔法治安維持組織シィスティム本部から逃げて来たのですから……」

特殊魔法治安維持組織シィスティム本部から逃げるって、どういうことですか……?」


 視線を落とす柚子をかばうように、代わりに答えたのは女医の草鹿であった。


「台場の特殊魔法治安維持組織シィスティム本部は今、なずな総理の命令の元、光安によって完全に占拠、封鎖されている。私と松風は行方を知らせず外の病院にいたから、運よく奴らの包囲網から逃げ出せてきたんだ。私たちも謎の襲撃者たちから追われている身でな」

「今や特殊魔法治安維持組織シィスティム本部は陸の孤島です。中から連絡をすることも、外から連絡を入れることも出来ません……」


 茶色の椅子に座る柚子は両手でカップを握り、呟いていた。


「そんな……。政府が特殊魔法治安維持組織シィスティム本部を制圧しているんですか?」

「これではもしもの時に助けられる命も助けれられないじゃないか!」


 誠次と兵頭、二人の男子も息を呑んでいた。

 兵頭がうめく隣で、誠次は自分の頬にそっと手を添える。光安の男に殴られた痛みは、今も微かに残っている。


「他の特殊魔法治安維持組織シィスティムの皆さんが心配です……」


 柚子はお茶の入ったカップを、申し訳なさそうに見つめている。


「私と松風はしばらくここで潜伏させてもらう。邪魔にはならないさ」


 草鹿は空間魔法を操作した後、家の中を見渡して言っていた。

 「よろしくお願いします」と、柚子はぺこりと頭を下げていた。


「まずは心羽の容態が第一だ。草鹿は心羽を頼む。回復するのを待ちながら、対策を考えるぞ」


 八ノ夜が全員に号令を出せば、一同は頷く。


「お願いします、草鹿さん」


 誠次は顔を上げ、今は二階の自分の部屋で眠っている心羽の身を案じていた。


                 ※


 天候は相変わらず優れない。静かに時が流れる高層マンションの一室からは、窓の外に広がる雨水を含んだ白い雲が近くに見えた。


「クリスマスツリー置かないと、サンタさんお家見えないよ!」

「そうね。飾りつけはまさしに任せる」

「うん!」


 明美あけみが用意したクリスマスツリー用の装飾道具を受け取り、雅は楽しそうにツリーに取り付けていく。


「都内のお店、どこもクリスマスケーキの予約始めてる。パパは甘いのが好きだから、ちゃんと用意しておかないとね」

「ロウソク消すの俺がやる!」

「ロウソクは誕生日ケーキの時」


 明美は苦笑しながらも、美味しそうなケーキの数々を特集した雑誌に目を向ける。


「パパ帰ってこないんなら俺とママがケーキ全部食べちゃうもんねーだ!」


 窓の外へ向かって、雅が大きな声で叫んでいた。白い息を吐いて窓にスモークをかけ、つまらなそうな表情で指先で絵を描いていく。


「ママ見て! ママとパパ描いた!」

「ありがとう。可愛いわ、すごく」


 服の袖を引っ張られ、明美はまともに絵を見ずに、感想を言っていた。


(剛さん……。メールでもなんでも、くれれば良いのに……)


 結露の窓に描かれた絵は水滴が流れ、すぐにぐちゃぐちゃになっていく。佐伯雅がパパである佐伯剛を描いた頭でっかちな絵は、まるで頭部から流れる血のような水滴によって、原形を留めなくなっていた。

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