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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
贖罪の山羊
164/211

3

 同じく外国人の襲撃を受けていたマウンテンペア北棟では、ほぼ一方的な戦いが繰り広げられていた。

 彼方から飛来する拘束魔法の光を、八ノ夜美里はちのやみさとは冷静に防御魔法で防ぎ、逆に攻撃魔法で反撃をする。八ノ夜が放つ正確無慈悲な魔法攻撃は、謎の外国人襲撃者たちを次々と気絶させ、戦闘不能状態へと陥らせた。


「ふむ。連携はとれているようだが、作戦はおざなりすぎる。なずなの手の者ではないのか?」

 

 悠々と歩く八ノ夜は呟き、一階の魔法障壁を解除してやる。

 レ―ヴネメシスの残党と考えようにも、一般人には危害を加える素振は見えない。彼らだったのならば、マウンテンペアを訪れている客を人質にでもしそうである。


「皆さん、焦らずに逃げてください」

「ありがとう! あなた綺麗で強くて、私嫉妬しちゃうわ!」

「綺麗は余計だ……」

「いけない! 私は指輪を守らないと! シーユーアゲインッ!」


 豪雨が降りしきる外へ、人々は八ノ夜に感謝の言葉を言いながら、次々と逃げていく。


「男、だったよな……?」


 八ノ夜は形成魔法の足場を空中に作って人々の波から逃れると、崩壊しかかっている二階の通路に着地する。


「裏切者の魔女め!」

 

 ロシア語で男が叫び、こちらに攻撃魔法を向けて来る。

 八ノ夜はロシア語を巧みに使って、逆に問いかける。


「お前たちは特務部隊スぺツナズか? 国際魔法教会ニブルヘイムか? 命令元は誰だ?」

「答える道理は――はっ!?」


 八ノ夜は男の攻撃魔法の魔法式を妨害ジャミング魔法で破壊すると、男の身体を物体浮遊の魔法で直接浮かして見せ、空中で身体をひっくり返してみせる。男の服や髪の毛が逆立ち、ポケットからは見たこともない銘柄の煙草の箱や小物が床に落ちていく。


「馬鹿な……! 直接人を浮かすだと!?」

「こっちは時間がないんだ手短にいくぞ」


 男の身体を意のままに操り、ふふふんと八ノ夜は意地悪そうに笑いかける。


「おーこのまま一階に突き落とすのは痛そうだ。当たりどころが悪いとあの世行きだと思うが、どうだろうか?」


 ロシア語でにやりと笑いかける八ノ夜は、宙ぶらりんとなっている男にく。


「ひ、ひ、だ、誰が言うかッ!」

「強情だな。その心意気だけは良し」


 八ノ夜は男を操り空中に浮かばせたまま壁に強く叩きつけ、気絶させる。弾かれるように胸元からドッグタグが飛び出し、八ノ夜はそこに刻まれている名前をしゃがんで確認する。


「国籍は中東のようだが、さっきのは欧米……。さしずめ雇われの傭兵集団といったところか」


 北棟をほぼ完全に制圧した八ノ夜は、南棟に続くゲートを睨む。


天瀬あませ……今のお前なら心配はないと思うが……」

 


                  ※


 兵頭ひょうどうが操る炎の魔法が、ロシア人の傭兵ダルコに襲い掛かる。火炎の渦がダルコを逃がさないと包囲する。それはある種、芸術的な炎の奔流であった。


「やるじゃねーかファースーツっ! 最高に熱いなこりゃあ!」


 ほとばしる炎に包まれるダルコは、氷属性の魔法を発動しようとするが、兵頭がそれを許さない。


「じっとしていた方が身のためだぞ。俺は誠次少年ほど優しくない!」

「何言ってるか分かんねぇぜ! ロシア語で話せよ、ファースーツ!」


 ダルコは自分の身が焼き焦げることもいとわず、兵頭に向け氷属性の攻撃魔法を発動する。


「日本語で頼む。なんて言ってるかさっぱりだ」


 兵頭は苦笑し、自身の周囲に浮かぶ魔法文字スペルを淡々と制御し、新たな魔法式に埋め込む。

 防御魔法を発動しているダルコの周辺に炎が纏わり付き、服をじりじりと焦がしていく。完全に兵頭の炎属性魔法を防げてはいないようだ。


「熱い、熱いぜエレーナ!?」

「ダルコ。そいつ強いよ。魔素マナが尋常じゃない」

「もう遅ーよエレーナ! 俺焼け焦げちまうぜッ!?」

  

 兵頭の炎に包まれるダルコはけたけたと笑い声をあげ、その場に膝から崩れ落ちる。うつ伏せで倒れたダルコは身体中から白い煙を出し、ぴくりとも動かなくなっていた。


「さあ、次はどいつだ!?」


 兵頭は右手を高々と掲げ、謎の外国人襲撃者たちを前に、真正面から立ち向かう。元東日本の魔法生代表の力は、外国人傭兵集団を圧倒していた。


 一階にはすでに大勢の人が詰めかけており、すし詰めの状態であった。空から大量の雨が降っているにも関わらず、逃げようと必死に前へ前へと進んでいる。

 レヴァテインを持つ誠次せいじ心羽ここははその最後尾にいた。


「せーじ。これだと、前に進めないね」

「そうだな。敵は全て兵頭先輩が食い止めてくれているようだけど」


 間を通ろうにも、すぐに押し返されてしまう。


「すいません。ここ、出口は一つだけなんですか?」


 どこかの店の従業員らしき、ネームプレートを胸にぶら下げた女性に誠次は尋ねる。


「どこも魔法で塞がれているの!」


 女性はヒステリックになりかけており、誠次は何も言わずに頷いていた。周りの人もみんな自分が助かることに必死で、話を聞いてくれる素振りはない。

 今のところ外国人が他の人に被害を加えていることはないようだが、彼らの考えがいつ変わるかもわからない。


「あの大勢の人の中、どうやって魔法障壁の前まで……」

「せーじ。怖いものから、みんなは逃げる」


 どうしたものかと思い悩む誠次のすぐそばで、心羽が誠次を見上げて言う。

 誠次は顔を上げ、心羽をじっと見つめた。


「心羽?」

「心羽からも、みんな逃げてたから……」

「心羽……考えがあるのか?」


 誠次が心羽に尋ねると、心羽はうんと頷く。

 しかし、どこか気乗りしないような面持ちでもある。

 誠次はしゃがむと、心羽の両肩をそっと掴んでいた。


「大丈夫。みんなと心羽を助ける為だ。俺がいる」

「……うん。あのね、聞いて――」


 心羽は誠次の耳に両手を添え、考えついた計画プランをこそこそと話しかけて来た。


 ショッピングモールに閉じ込められている人々の苛立ちは、限界を迎えようとしていた。降り続ける雨と鳴り続ける雷に、進まない人の群れ。


「まだ解除できないのか!?」

「できないんなら代われ! 俺がやる!」


 外国人が仕掛けていた妨害ジャミング魔法の障壁は、そう容易たやすく破れる代物ではなかった。今も魔法が使えると名乗り出た若者の何名かが、力を合わせて魔法障壁の前で魔法式を展開している。魔法文字スペルを魔法式に打ち込んでは、長方形の蓋のような魔法障壁に拒絶されるように再び分解される。それの繰り返しであった。


「おい……後ろからなんか来てるぞ!」

「なんだ、あれ!?」


 遥か後方より、誰かが叫んでいる。人々の悲鳴に赤ん坊と子供の泣き声が重なる。すでに散乱していた備品を吹き飛ばす勢いで、そこでは巨大な゛大黒天の使い゛が剛腕を振り上げていた。


 イエティ。突如として再び出現した強敵に、誠次はレヴァテインを向けていた。


「……くそっ!」


 イエティの攻撃をレヴァテインで弾き返しながら、徐々に後退していく。

 床を蹴った誠次は軽く跳ね、一気に出入り口に詰め寄せている客の集団の中へと入っていく。まるで牧場の羊の群れを誘導せんとする牧羊犬たちの如く。


「皆さん、退いてください! こいつは危険です!」


 誠次が後退していけば、ゆっくりと近づいてくる場違いな雪男。その、あまりに厳つい雪男の姿を見た人は、丁度誠次とイエティの間を開けるように形を作り、引いていく。


「き、君こそ! それにその手のものは……!」

「これは武器です!」


 誠次はレヴァテインを床に突き刺す。石材で出来ているはずの強固な床は、易々とレヴァテインの刃を受け入れていた。

 それを見た周囲の人々は皆押し黙り、生唾を飲む。


「ギグゴ!」


 イエティが腕を振るい、誠次に殴りかかる。

 誠次は咄嗟に床からレヴァテインを抜き取り、イエティの攻撃を防いでいた。相変わらずの重たい一撃は、受け流すことで精いっぱいである。

 そして、イエティの胸元には、左手で大事そうに抱えられている心羽がいた。


「このっ!」

「ギゴっ!」


 誠次とイエティは絶妙な間を保ちつつ、じりじりと出入り口へ近づいていく。

 人々は二人の戦いを遠巻きに見つめる為、次々と道を開けていく。


(よし、いいぞ!)


 もう十分に距離は稼げた。誠次は心羽に頷き、合図を送る。

 イエティの胸元でうずくまっていた心羽は、誠次の顔をじっと見つめ返し、やがてうんと頷き返す。


「ギグゲーッ!」


 心羽を(優しく)地面に降ろしたイエティは、誠次に向け両腕を叩きつけるように振り下ろす。

 誠次はそれを見て、横にひらりとかわしてみせる。イエティの攻撃により叩き割れた床の破片が飛び散る中、誠次はレヴァテインをイエティの背に突き立てていた。


「ごくろうさま、イエティ」


 そして、そっと声を掛けてやる。


「グッゴ」

「ありがとう、イエティちゃん」

 

 強靭な肉体を持つイエティはレヴァテインでも傷つかず、心羽によって眷属魔法の魔法を解除され、消えていく。最後の最後にこちらに軽く、共同生活で覚えたグッドポーズをしてみせながら。

 周囲の人は、そんな状況などじっくり観察している余裕などなかった。怪物と、剣を持った男の子が突如現れ、戦場を広く使って戦っていたからだ。

 首尾よく魔法障壁の前にたどり着いた誠次と心羽は、強固な魔法障壁を共に見上げる。


「たどり着いたな。解除できそうか心羽?」

「うん。ちょっと時間かかりそうだけど、心羽に任せて!」


 髪の耳と尻尾をぴんと立て、心羽が張り切る。


「心羽の魔法で、みんなを守る……」

「ああ。そうだな」


 出入り口を塞ぐ魔法障壁の前に立ち、心羽は一旦深呼吸をし、妨害ジャミング魔法の魔法式を展開する。あとは、心羽の手によって魔法障壁が解除されるのを待つだけだ。

 誠次は心羽の背中の前に立ち、改めて周囲を見渡す。


「皆さん落ち着いてください! 今からこの魔法障壁を解除します!」

「――逃げるなーッ!」

「!?」


 きりきりと、鼓膜が不快感を出させるようなかなきり声を上げながら、上空よりダルコが降って来る。焼かれたのかところどころ黒ずんでいる服と身体だが、表情はむしろ生き生きとしているようだ。


「おい……テメェ……まだ俺は終わってねぇぞーッ!」

「タトゥー男!? まだ来るのか!?」

「誠次少年すまない! 仕留めたと思ったんだけど、しぶとくてな! やれそうか!?」


 一つ上の階より、兵頭が他の外国人襲撃者二人と互角以上に戦いながら、柵より身を乗り出していてくる。

 

「やります!」


 そんな返答をした誠次はレヴァテインを手元で回転させながら構え、上空から飛来するダルコが放った魔法の矢を、真っ二つに両断する。魔法の粒子が、誠次の顔を淡く照らして消滅していく。


「サムライボーイッ! お前最高に格好いいクールだぜ!?」

「黙れっ! 心羽が皆を助ける時間は稼がせてもらう!」


 ダルコは空中で一回転をしてみせると、誠次目掛けて身体を捻り、足蹴りを繰り出す。

 誠次はそれを素早くかわすと、身体を回転させ、遠心力による力でレヴァテインを振るった。


「《プロト》!」


 ダルコが防御魔法を発動し、誠次のレヴァテインによる一撃を防ぐ。

 攻撃を防がれた誠次であったが、すぐ後ろでは心羽が自分を信じて魔法障壁の解除を行ってくれている。ここで負けるわけにはいかない。そして、周囲の人々も声を出し、誠次を応援していた。


「第5Rラウンドだサムライボーイ! 俺が完全にアウェイだけどなー!」


 白目を向き、ダルコは因縁の相手だとでも言いたげに両手を掲げる。


「何をヘラヘラと笑っている! 俺は貴様をすでに何度も斬った!」


 心羽を守るために、誠次はダルコにレヴァテインを向ける。


「サムライボーイ! 俺たちは今最高に戦ってるんだ! 戦ってるんだぜ!? それなのに舐めた傷しかつけねーでどうする!? 《スラッシュ》!」


 緑色の属性魔法の魔法式が浮かび上がる。その円形の式の先では、火傷をしているダルコが歓喜の表情を見せている。

 ダルコの魔法式から放たれたかまいたちが、空気を裂いて誠次に襲いかかる。誠次はレヴァテインでそれを切り裂き返し、男に刃を突きつける。


「無駄だ! これ以上斬られれば、貴様は二度と歩けなくなるぞ!」

「どうした斬れよ!? 怖くて出来ねぇのかええ!? 俺は怖くねーぞサムライボーイ!」


 焼け焦げたTシャツの胸倉を掴むが、ダルコはなおも抵抗しようともがく。


「……っ!」


 簡単な事だ。左胸……でなくとも、レヴァテインを深く突き入れればこの男は死に、二度と襲い掛かって来ることもなくなる。


「俺は何度だってお前を倒しに来てやるぜサムライボーイ! 例えあの世からでもなー!」 


 ――だからできるのさ、君とは違って、僕は迷いなく人を斬り殺すことも。

 ダルコの死にかけの表情を見た途端、刺すような頭の痛みと、誰かの声が誠次の頭に襲い掛かる。今までにない激しい痛みに、誠次はうめき、ダルコを押さえつけていた腕を離していた。


「ちがっ!? ぐあああああああっ!」


 じたばたともがき、誠次は悲鳴を上げる。


「またかよテメェ……。いい加減、戦ってんのに舐めてんじゃねーぞスルトッ!」


 苛立ったダルコは物体浮遊の魔法式を片手で組み立てる。こちらの身体を浮かすのかとも一瞬だけ思ったが、すぐにそうではないと分かった。ダルコはこちらの特徴をよく知っているようだった。

 そして今、戸惑う誠次の視線の先ではダルコが噴水から持ち上げた水が、空を自在に飛ぶ大蛇の如く空中でうねっているところだ。水流から突き出た(うろこ)のような棘は、噴水の水底へ沈んでいた屋上の残骸だろう。

 水の大蛇は誠次を一瞥いちべつすると、その巨大な身体を突き動かした。


「心羽……逃げ……っ!」


 水の大蛇は入口へ向け、猛スピードで突撃する。方向的には出入り口方面であり、そこでは心羽がこちらを信じて背を向け、懸命に魔法障壁を解除しようとしている。


「かわしてみせろよサムライボーイ!」

「迎え……迎え撃つ――!」

 

 あまりの痛みに全てが二重に見える視界。それでも、誠次はレヴァテインを振るい、水の大蛇に立ち向かうしかなかった。


 悪天候の為、上空から見える視界は最悪だった。雷もいつこの民間ヘリコプターに落ちるか分かったものではない。


「人間は所詮、不思議な魔法の力が使えるようになったところで神様には抗えないってところか」


 革手袋を嵌めている自分の右手を忌々し気に見つめ、ベルナルトは呟く。数秒刻みの稲光が、機体の外のくすんだ景色を白く染め上げている。


「なんだ……?」


 北棟の入り口から、ごま粒ほどの大きさで見える人々が一斉に外に出て行っている。それと並行するように、南棟から巨大な蛇のような生き物が飛び出していた。


「誰かの眷属魔法か?」


 ベルナルトは目を細め、じっくりと観察する。

 

「水で出来ているのか?」


 外へ出たはいいものの、水の大蛇は苦しそうにもがき、のたうち回っている。すでに北棟から避難していた人々は次々と車に乗り込み、我先へと逃げていく。

 水の大蛇はやがて粉々に砕け、まるで防波堤に高い波が打ち寄せたかのように水飛沫が上がる。八ノ夜の車を見張っていた仲間も、押し寄せる水の波に怯えおののき、蜘蛛の糸を散らすように逃げて行ってしまう。


『問題が発生したベルナルト。あいつらに仲間がいた。アタシもやられた』

「とうに時間切れだよエレーナ。自力で離脱しろ」


 ヘッドセットに聞こえて来た無線の声に、ベルナルトは淡々と応じる。通信先のエリーナは、一瞬の嘆息をし、


『次その顔見たら殺す……!』

「期待して待ってるよ。どうせ怒られるのは俺だ」


 任務は失敗だ。だが都合の良い事に悪天候の為、身を隠すのは容易そうだ。

 ベルナルトはヘッドセットを耳から外すと、操縦桿を握るパイロットの二人を操り、マウンテンペア上空から離脱した。


 レヴァテインと共に突撃した誠次は、水の大蛇の胴に刃を突き入れる。両腕に掛かる重圧は凄まじく、脱臼を起こしそうだ。レヴァテインを突き刺した部位からは真冬の冷水が噴き出し、誠次の身体をずぶ濡れにし、意識をはっきりとさせる。


「俺は……俺はーッ!」


 誠次はレヴァテインを大蛇に突き刺したまま走り、胴体を斬り裂きながら、ダルコの目の前まで走って接近する。


「サムライボーイっ!」


 にたぁ、とダルコがわらう。

 

「貴様とは――」


 目の前で床を蹴り、誠次は高く跳躍する。応戦しようと左手を伸ばしたダルコの頭上をとり、落下する。


「違う!」


 痛みを克服した誠次は空中から強襲し、ダルコの右肩から腹にかけてを、着地する瞬間に切り裂く。水ではない赤い飛沫が飛び出し、ダルコは悲鳴を上げていた。

 

「心羽!?」


 出血によるショックでダルコが倒れ、とうとう動かなくなったことを確認してすぐに振り向くと、出入り口が開け放たれている。ダルコが操っていた水の大蛇が狭い折から逃げるように外へと飛び出していき、大蛇が通った後は、跡形もなくなっていた。そこには心羽の姿も、見られない。


「心羽……?」

「やった!」

「ありがとう、助かったわ!」


 呆然と立ち尽くす誠次の周りでは、出入り口が開いたことを知った人々が一斉に外へと飛び出していく。豪雨は収まってはいないが、ここから逃げ出せることが最優先のようだった。

 誠次も大雨がアスファルトに弾かれている駐車場へと出る。白い視界は悪く、目もまともに開けられそうにない。身体を叩くような大雨は戦いが終わってもなお、むことを知らないように、延々と降り続けているようだった。


「――せーじ……」

「心、羽?」


 何故か弱々しい心羽の声が聞こえ、恐る恐る誠次は雨粒が襲う目元をぬぐい払っていた。

 雷の音が鳴り響く中、声のした方へ懸命に走る。水流により動かされた一台の自動車のドアの下で、心羽は倒れていた。


「心、羽」


 水溜まりの上に仰向けになっている心羽に腹部に、人の頭ほどの大きさの破片が突き刺さっている。水溜まりは心羽の赤い血が滲み、赤く染まりつつある。

 水溜まりの上に、多くの人を斬ったレヴァテインが落とされ、水飛沫があがる。

 レヴァテインを地面に置とした誠次は心羽の目の前で膝をつき、心羽の手をぎゅっと握る。心羽の小さな手はすでにとても冷たく、それが単に雨のせいではない事は分かった。


「そんな嘘だ……嘘だ……! 心羽っ!」


 鼻先から涙混じりの水の雫を落とし、誠次は激しく、なにかを否定するように首を横に振る。


「せーじ……。心羽……みんなを、助けられた……?」


 薄っすらと目を開けた心羽は、誠次の顔を見上げると、力なく訊いてくる。身体もぶるぶると、震えていた。


「あ、ああ……。そうだ……。みんな無事だ……心羽も、早く無事にならないと……元気に、また笑って……」


 気がおかしくなりかけ、誠次は支離滅裂に呟き始める。わなわなと、手足が意思とは関係なく震える。


「良かった……。心羽も、心羽の魔法で初めてみんなを、助けられ、た……」


 頬に煤を被る心羽は、微かに嬉しそうに微笑む。


「せーじも、ちゃんと心羽を守ってくれた……。敵、さんも、ちゃんと守って……」

「心羽が死んだら……そんなの、意味が……っ」

「せーじ……。ここ、は、ちょっと……ねむた、い……。ごめ、なさい……」


 心羽が、目をそっと瞑る。その場に一瞬だけ流れる、全ての時が止まったような錯覚。誠次はその時、何かを失う途方もない喪失感を、一〇年前と同じく味わうことになる。

 また目の前で、親しかった人がいなくなってしまう。守り切れなかった――。


「心羽!? 心羽っ! うわああああああっ!」


 冷たくなった心羽の上半身を支え、天を見上げた誠次は口を大きく開け、人目もはばからずに嗚咽混じりに叫んでいた。どしゃ降りの雨水は、心羽を守りきれなかった誠次を非難するかのように、身体を激しく叩いていく。


「――退きな。泣いてる暇があったら少しでも賭けにでろ。命を粗末にはさせん」


 魂が抜けたかのように呆然としている誠次の肩を勇ましくぐいと引き寄せる、とある白衣姿の女性がいた。


                   ※


 ――悲しみは繰り返す。他者を平然と傷つけられる者は、その無意味さと愚かさに、気づくことも出来ない。

 誠次が山梨県で戦っていた時と同時刻。特殊魔法治安維持組織シィスティム本部の最上階。エレベーターから降りた一本道の正面先に、局長室はある。今もそこには、局長の安全の為と称した二人の政府関係者による見張りが立っており、自由に出入りが出来ない状況であった。


「まったくやってらないぜ……。今頃光安の仲間はテロ壊滅の祝賀パーティ中だってのによ」

「言ってやるな。なずな総理とこの国の為だ」


 愚痴をこぼし合い、にやにやと笑う。

 ふと、背後の局長室から物音がし、ドアが開けられる。出て来たのは、仲間の黒いスーツ姿の男だった。


「具合はどうだい?」


 見張りをしていた片方の男が、局長室の方に視線を送りながら訊く。


「中々に手ごわい相手だったが、幻影魔法には勝てるわけもない。もう廃人寸前だよ」

「馬鹿な男だ。この国の為に、俺たちの言う事に大人しく従っていればいいのによ」


 笑みを浮かべる男たち。

 すると、下層よりエレベーターが最上階までやってくる。到着を知らせる音と、昇りつめたランプの光を確認した男たちはお喋りを止め、エレベーターの方を注視した。

 中からやって来たのは、黒スーツの男に囲まれ、特殊魔法治安維持組織シィスティムの黒スーツを着た金髪をした美青年の隊長であった。


「どうやら数日越しの説得は上手くいったようだな」

「しょせん、ただの青二才さ。自分の理想を無邪気に追い求めた結果だよ」


 ぼそりと、見張りをしていた二人の男が他には聞こえない声量で会話をする。

 日向ひゅうがは、傍らにいる少し瘦せこけ、顔色も悪い光安の男と何やら会話をしている。


「さあ日向くん。君の目で、真実を見るのです。君たちのトップとは、本当はどんな存在だったと言うのかを……」

「……っ」


 最後まで気乗りしない面持ちでいる日向は、エレベーターを降りたところで立ち止まる。

 先ほど局長室で゛仕事゛をしていた男は、日向たちが乗って来たエレベーターに乗り込むと、日向の逃げ道を塞ぐようにドアを閉め、降りて行った。


「国と国民の為ですよ!?」


 その声と共に日向は背を押され、黄色い瞳が微かに動いていた、


「……はい。真実を、知ります」


 迷いを振り払い、日向が毅然とした表情で歩き出す。

 外側から魔法障壁による鍵をかけている為、解除できるのは見張りの二人の男のみである。「通せ」との日向を誘導した男の声の元、二人の見張りは振り向き、魔法障壁を解除した。


「――ご苦労」


 その直後の事であった。

 付近の空間が捻じ曲がったかのような渦がかかり、渦の中心から佐伯剛さえきつよしが飛び出した。


「なっ、貴様!」

「麻痺せよ。《ライトニング》」


 雷属性の魔法を手当たり次第に、しかし驚く日向には浴びせず、周囲の政府関係者たちを瞬く間に麻痺させていく。


「佐伯、剛……!? どうしてここに!?」

「こっそり後をつけさせてもらった」


 動けないでいる日向の目の前で、佐伯は説明も少なく、局長室へと通じるドアを開ける。

 久し振りに覗く中は、酷い有様であった。

 書類や小物が床にぶちまけられたように散乱し、明かりも一切ない閉ざされた室内。奥の局長机の椅子には、声にならない言葉を発してうずくまる一人の男がいた。


「うぅ……あぁ……」

「局長!?」


 佐伯はすぐに局長――志藤康大しどうこうだいの元まで駆け寄る。

  

「これは……!?」


 やや遅れて、鼻に腕を回した日向も入室する。


「ご無事ですか!? しっかりしてください! 局長!」

「国の、為……。わ、わ、私、は……」

「重度の幻影魔法によるダメージか」


 抱きかかえた康大は口をぽかんと開け、目の焦点も合っていない。頬はげっそりと痩せこけており、体温も低い。一刻を争う危篤状態であった。

 佐伯は康大の腕を肩に回し、立ち上がらせた。


「佐伯隊長!? 何をする気だ!?」

「決まってるだろ! ここから逃げるんだ! このままじゃこの人は死んでしまう!」


 立ちふさがるかのような日向の言葉を、佐伯は怒声で一蹴する。その貫禄の違いに、日向は次の言葉を失っているようだ。


「待て佐伯剛! これは重大な反逆行為だぞ! 貴様に破壊魔法を使用する!」


 治癒魔法でも施したのだろうか、すぐに起き上がって来た男たちが、破壊魔法を展開して立ちふさがる。


「貴様たちの指示に特殊魔法治安維持組織シィスティムは従わない! そこを退け! 《ウイングワルツ》!」


 康大を背負っていない片手で風属性の攻撃魔法を発動し、再び政府関係者たちのをきりきりまいにする。緑色の疾風の刃が正面で旋回し、男たちの身体を切り刻んだ。


「ひ、日向! 志藤康大こそテロに加担していた黒幕だ! さんざん説明しただろう!」


 男たちはまるで助けを求めるかのように、日向に向け声を荒げる。


「お、俺は……っ」


 戸惑う日向は、頭に手を添える。


「……っく。貴様ら局長に一体何をしたッ!?」

 

 佐伯はすぐ横でしゃがみ込む男の肩を足で蹴りつけ、壁に押し付けながら問い質す。

 しかし男は、痛みを感じたとしても口を割る素振りはない。それどころか、日向を睨みつけ、逆にこの行為を利用する。


日向蓮ひゅうがれん! この野蛮な行為を見ただろ!? 佐伯と志藤を捕まえろ! でなければ殺すんだ! こいつらを野放しにすればまたしても日本にテロがはびこる! 何としても食い止めるんだ!」

「日向っ! この男たちは志藤局長を殺そうとしている! それどころか無実の罪の汚名を着せ、犯罪者にに仕立て上げようとしているんだ!」

「くそっ……! 俺はっ!」


 狡猾な表情を見せる政府関係者の男と、焦る佐伯に立て続けに叫ばれた日向は混乱し、白い攻撃魔法の魔法式を展開する。


「日向……? ――っく!」


 それが自分の元に向けられたと勘違いをした佐伯は、日向を一瞥いちべつし、男の顎を蹴り上げてから走り出す。それが、佐伯にとっての不幸であった。


「佐伯隊長!? アンタは説明もせずに逃げるのかっ!」


 自身の正義を信じ、佐伯が逃げたと誤解した日向は佐伯の背を睨む。


「逃がすか! 警報を鳴らせ! 防衛システムも作動させろ! 絶対に反逆者たちを逃がすな!」 

「日向! これでわかっただろう!? 志藤康大と佐伯剛はテロに加担していた!」

「本当、だったのか……!」


 元は対テロ用や襲撃者対策に作られた防衛システムが作動したようだ。エレベーターに乗り込もうとしたが、電源が入っていない。後方から魔法の光を感じ、うわ言を呟き続けている局長を背負いながら、佐伯はすぐ横にある非常用階段へのドアを開けた。らせん状の階段の終着点は、遥か下にあった。


「あの場で何を言っても無駄だ。今は逃げなければ……!」


 その、逃げ着く先とは――。

 局長を背負う佐伯は、妻と息子の家族が待つ温かい自宅で過ごした日常を、走馬灯のように思い浮かべていた。この背中に預かる人にだって、大事な家族はいるのだ。返さなければ、なるまい。

 背後から聞こえる無数の足音に耳を澄ませ、孤立した佐伯は四面楚歌の戦いに身を投じる。

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