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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
贖罪の山羊
163/211

2 ☆

 ヴィザリウス魔法学園の図書棟。ドーム型の天井は、外側の隔壁が開け放たれ、開放感のあるガラス張りとなっている。そこから先には、鼠色の曇り空が広がっている。

 雨の音を聞くと集中できると、近づく雨の気配に、そこでは読書や勉強を行おうとする生徒が大勢いた。


『東京を含めて関東地方はこの後、全体的に雷を含んだ大雨が降るでしょう。記録的な大雨が予想されますので、ご帰宅はお早めに。……雨は憂鬱ですね。そんな日にはコーヒーや紅茶を飲みながら、こんな曲を聞いてみるのはいかがでしょうか――』


 もっとも、志藤颯介しどうそうすけの場合は雨の音がどうこうなど関係はなかったが。

 落ち着きのある声をしたラジオDJの言葉が遠くなり、イヤホンからはモダンなジャズが流れてくる。

 今まで音楽で聞くものとしたらポップソングやロックばかりだったので、静かに勉強をするのならばこれもまたありだろう。


「……やっべぇ……ぶ厚すぎないか? この本……」


 図書棟の目立たぬ隅の方。一人でぽつんと椅子に座る志藤は、ぶ厚い冊子を机の上に広げていた。

 まず昼休みでは人もやって来ないような場所で、志藤は真面目に勉強をしている。努力している姿を見られるのが、昔から嫌だった。教室や寮室で堂々と勉強をしていて周りから変な目で見られたくもなく、昼飯をとった後、すぐに図書棟へと移動して来た。

普段なら絶対に目を通すことのない辞書のようにぶ厚い冊子。それでも、これを父親は学生時代に全てを学んでいたと思えば――。


「……」


 くるくると手元で器用にペンを回しつつ、志藤は真剣な表情をしている。

 

 本棚を一つ挟んだ後ろ側。眼鏡を掛けたヴィザリウス魔法学園の生徒会長波沢香織なみさわかおりが、参考書を開いて勉強をしている。 


「お姉ちゃんも、頑張ってたんだよね……」


 シャーペンのノック部分をあご先に添え、香織は得意げな表情で微笑む。雨の日は静かで、勉強に集中しやすい。特殊魔法治安維持組織シィスティムの姉は生徒会室で勉強をしていたと言っていたが、今では昼休みのあそこは騒々しく、まともに勉強に集中できるところではなかった。


「……」


 香織は小休憩とばかりに、顔を上げる。

 そんな姉との連絡は、まだできていない。女で一つで自分たち姉妹を育ててくれた母親の誕生日でもあるクリスマスまで、あと一か月を切っている。

 イヤホンで繋いだ自分の電子タブレットからは、ラジオ番組で流されていた音楽が終わったところであった。


『いかがでしたでしょうか。今年も早いもので、クリスマスまであと一か月を切りました。皆さん準備は出来ていますでしょうか。まだの人は、お早めに。それでは、ニ〇七九年のクリスマスを大切な人と一緒にすごせるよう、このラブソングをお送りします――』

「クリスマスか……。誠次せいじくんも、クリスマスに帰って来るんだよね……」


 ムードあるレトロな洋楽ラブソングが流れる中、香織は彼からのメールを思い出す。

 誠次せいじが送ったメールは、香織を含めた先輩にだけは敬語であった。ただ、変わっている点はそれだけだ。


「私にもメールをくれたって事は……えっと、いやっ……あくまで報告だけであって他意は……!」

       

 首をぶんぶんと横に振り、香織は再び勉強に集中する。


                  ※


 マウンテンペアの南棟。誠次は本屋で立ち読みをしていた。ゴルフケースのような黒い袋に入っている背中のレヴァテインを、他の人の迷惑にかからないように注意しつつ、店内を歩く。目立たないはずもなく、それでも本屋にいる人は立ち読みに夢中のようで、比較的視線も感じない。


「最新刊出てたんだ。買わないとな」


 お気に入りの作家さんの最新刊を手に取り、誠次は微笑む。電子書籍が一般的になっているが、やはり本は手にとってページをめくっていくのが好きだった。


「静かなところ」


 風船を片手に持つ心羽ここはも、誠次と一緒に本屋までついて来ていた。心羽も本屋の静かな雰囲気が気に入ってくれたようで、辺りを見渡して微笑んでいた。


「読みたい本とかあるか? 買っていいんだぞ?」

「漢字の勉強、しっかりしないと」

「そうだな。本を読みながら、漢字の勉強っていうのはどうだ? はかどると思うぞ」

「なるほど。せーじは賢い」


 心羽が感心したようにこくりと頷く。

 そんな心羽も、奇抜と言うか、特徴的な髪型をしているのでやはり目立つ。まず周囲を歩く人には二度見をされていた。


「……」

「……」


 本に囲まれ、静かな雰囲気が漂う店内。心羽も場の空気をきちんと察し、無言で気になる本を手に取り始める。


「高い……。魔法使わないと……」


 心羽がそっと物体浮遊の魔法を、お目当ての本に浴びせる。棚から本が抜き取られるのと、外がぴかりと光ったのは、ほぼ同時のタイミングであった。

 最初は何事かと首を傾げた心羽であったが、直後に轟いた銃声のような爆音に、雷だという事をすぐに理解する。


「きゃっ」


 どごーん、と言う大きな音に反応し、悲鳴を上げた心羽の心臓がばくばくと鳴る。

 誠次も含め、周りの人もあまりの音の大きさと迫力に驚き、周囲を見渡していた。


「近かったな」

「すごいね……」

「怖……」


 などと言った家族の会話が聞こえる中、誠次はそっと心羽の元へ近づいた。


「大丈夫か心羽?」

「うん。ちょっとだけびっくりしたけど」

「俺も雷はいつ聞いても怖いな」


 天から大地を無差別に狙う狙撃は、いつ自分の身に降りかかってくるものか分からないようなものだ。

 誠次は天を見上げる。まだ昼だと言うのに、鼠色のぶ厚い雲のおかげで、まるで夕暮れ時のように暗くなっている。


「――ゴメンナサイ」


 そろそろ八ノ夜と合流した方がいいと考え始めた誠次の肩に、誰かが手を掛けて来る。

 声を掛けて来たのは、がっちりとした体格の外国人であった。ポロシャツ姿の観光客のようであるが、同時に黒いサングラスが怪しい違和感も感じる。


「は、はい」


 急に海外の人に話しかけれた誠次は、思わず上ずった声で返事をしてしまう。


「ワタシ、オナカペコペコデス。レストラン、ワカリマセンカ?」


 若干のなまりはあるが、日本語を使う男性は困ったように問うてくる。

 鍛え上げられた筋肉と言う、あまりの体格の違いからか、心羽が逃げるように誠次の後ろに回る中、誠次は答えていた。


「ここの最上階にフードコートがあります。レストラン……? 詳しくはあそこに英語の看板がありますから。ええっと、イングリッシュインフォメーション?」


 誠次は男性の背後に見える看板へ指を必死に向ける。

 男性はそれを少しだけ確認すると、すぐにこちらの顔をまじまじと見つめ、大げさだと言えるほどぺこぺこ頭を下げてくる。

 

「オオ! アリガトーゴザイマス。アリガトー!」

「あっいえいえ……」

 

 ここは書店である為、外国人男性の大声は否応なしに目立っていた。その、雷が落ちた直後にも関わらずはつらつとした明るさは、雷に慣れているだからだろうか。  


「アナタシンセツ。ニホンジンハシンセツ! ヨケレバナマエ、オシエテ」

「いえ、名乗るほどのものでは……」

「ソレデハアリガトーデキマセン! ナマエヲ!」

「……天瀬誠次あませせいじです」


 最終的に勢いに押し切られ、誠次は自分の名を名乗っていた。

 

「アマセセージ。ナマエ、オボエタ。ワスレナイヨ!」


 男性は満足そうに笑うと、何度も何度もお辞儀をしてから去っていた。

 二度目の落雷が起こったのは、男性が振り向いた直後であった。男性の視界の先が光ったのとほぼ同時に、轟音が鳴り響く。空からは大粒の雨も、ビルを叩きつけるように降ってきたところだ。

 再び周囲の人が、驚く声を上げる。

 心羽も誠次の身体にぎゅっとしがみつくが、恐る恐る目を開ける。


「すごい……。あの人雷全然怖がってないよ」

「えっ、本当だ」


 陽気な外国人は落雷に動じることもなく、悠々と背を向けてエスカレーターに乗り込んでいる。


「雷に慣れているところで育った人なのかな……」

「そんなところ、あるの? その国の人、凄いね」


 感心するように心羽は呟くが、聞いたことはない。


「いや、わからない……」


 外国人の多くは恐怖に感じると言う地震と雷とでは、違うと言うのだろうか。

 誠次は妙なものでも見る面持ちで、去り行く外国人の背中を見つめていた。

 マウンテンペアのガラス張りの屋上は、叩きつける雨を防いでいる。水が弾かれ鼠色の空がまどろむ景色の先、二機の巨大な民間用ヘリコプターが、徐々に近づいてきていた。


 ――マウンテンペアと言う名を関しているのはつまり、二つのビルがカップルのように立ち並んでいるのと、山梨県を直翻訳した名称をかけているからだろうか。

 ヘリコプターに乗る顔に切り傷を付けた厳つい風貌の男は、屋上を睨みつけている。開け放たれているドアを掴むタトゥーが掘られた太い腕は、やわな訓練で出来上がったものではない。


「いーやっほぅッ! こりゃあスゲー雨だなッ! いつ雷がヘリに落ちても可笑しくねーぜ!?」


 吹き寄せる大粒の雨に、轟く雷の音。そしてヘリコプターの羽が空気と雨を裂く轟音に負けじと、男は機内にてロシア語で叫ぶ。


「ヘリコプター使っちゃって、国際問題に発展したらどう責任とるんですか」


 機内の座席に座る仲間の男は、やれやれと息をつく。


「知るかよそんなの! 難しい話は上がどうにかするんだろ!?」

「動物一匹も殺した事もない温室育ちのお姫様に先を越されるわけにはいかない。手柄は私たちのものだ」


 ノースリーブの服を着た女性は、パイロットの日本人男性に幻影魔法をかけ、操っていた。正気を失っている男性のパイロット二人は、女性の正確な幻影魔法により、操り人形のようにヘリコプターを操縦している。


国際魔法教会ニブルヘイムが求めるのはなによりもの結果。そこに俺が当て嵌まっちまったんだよ。しっかし、こりゃあ最高の観光ヘリじゃねーかッ!?」


 首元の銀のドッグタグに刻まれた【Darko・Glazunov (ダルコ・グラズノフ)】と言う自分の名前。手で持ち上げたそれにキスをし、ダルコは高鳴る胸で空気が張り裂けんばかりの声を出す。身体を叩きつけるように降って来た雨が、いい感じに身体を冷やして心地いい。腕に刻まれた不死鳥のタトゥーが、雨水で涙を流していくようだ。


「中にいる奴らからの連絡はまだない。女の一人も見つけられないのか」

「どうせ出口は固めている。逃げられるもんかよ。゛裏切者゛!」


 そう言うなりダルコは、なんと空を飛んでいるヘリコプター機内から、Tシャツにジーンズ姿と言う格好で、鳥のように両手を広げて飛び出す。体操選手さながら上空で一回転をしてみせ、瞬く間に形成魔法を発動。足場を作り、マウンテンペア東棟の屋上へ着地する。


「イエァッ! 亡国のお姫様に手柄をとられるわけにはいかねぇ! 必ず見つけ出して始末するぞ!」


 着地と共に水飛沫を上げ、ダルコは吠えていた。降りしきる大粒の雨もなんのそのだ。

 まだ上空を旋回しているヘリコプター機内から、男が気乗りしない面持ちで外へ顔を覗かせていた。


「ヘリコプターいらねぇじゃねーかよ……。本当にいいのかエリーナ。こんなの命令違反もいいところだぞ……」

「裏切者を捕まえれば、多少の行動にも目を瞑ってもらえる」

「リスクと言うものをだな……」

「失敗はない。゛操縦゛代われベルナルト、私も行く」

「お、おい!? ちょっ!」


 戸惑う男を残し、エリーナも機内から飛び出す。機内に残されたベルナルトは慌てながらも、急いで幻影魔法を発動。【富士山を空から見てみよう! ヘリコプターツアー!】と日本語で書かれた紙のパンフレットが座席から転がり落ちる中、ヘリコプターはどうにか機体を安定させる。


「あーあ。戦争でもおっ始める気かよ。一応ここは平和の国なんだけどな……」


 青空の下の富士山を眺め、残されたベルナルトはため息交じりに呟く。見れば、もう一機のヘリコプターもマウンテンペア北棟の屋上に無理やり着陸しようとしている。


「雨強くなってるし、どうなっても知らねーぞ……」


 これは明日のニュースが騒がしいことになりそうだと思いながら、ベルナルトはロシア製のタバコを口に咥え、ヴィンテージ物のライターで火をつけていた。


 最初は雷がビルに直撃したのかとも思ったが、すぐにそれは違うものだと理解できた。

 窓ガラスが突如として音をたてて割れ、破片となって降り注ぐ。反射的に人々が上空と繋がった屋上を見れば、魔法の白い光がさく裂していた。

 室内に侵入し、吹き寄せる雨に交じって、透明なガラス片が下層の人の頭上に押し寄せて来た。ビル内部気圧も一斉に変動し、まるで巨大な扇風機を上から至近距離で浴びせられたかのような強風が、ビルの中を蹂躙じゅうりんした。


「きゃあっ!」

「なんだ!?」


 幸いにも屋上のガラスが割れ落ちた先には噴水があり、ガラス片は人に突き刺さることなく噴水の中へ落ちて行ったようだ。


「うわっ」

「きゃっ」


 風圧力の変化で生じた豪風により身体を吹き飛ばされそうになり、誠次はすぐそばの手すりに掴まり、心羽を必死に支えていた。

 心羽も、小さな身体を吹き飛ばされないように、誠次の身体をぎゅっと掴む。風船が心羽の手からするりと離れ、開け放たれた天井へと吸い込まれていく。


「大丈夫か心羽?」

「うん……。でも風船、飛んで行っちゃった」


 気圧は整い、風は収まる。物悲し気な顔をする心羽は誠次にしがみついたまま、顔だけをそっと離した。

 屋上の崩壊に気付き、人々は悲鳴を上げながら走り出す。周囲はたちまちパニックに包まれ、人がいっせいに動いたために、棚に並んだ商品も散乱し、巨大なカートも放られ横転する。


「に、逃げろ!」

「心羽危ない!」


 一目散に走り出す男が心羽に押し倒そうとし、誠次は咄嗟に心羽の手を引いて助け出す。子供の鳴き声と女性の叫び声。そして男性の怒声が重なれば、それが複雑に反響し、恐怖心を助長させる。


「大変……」


 怯える心羽は、誠次の胸に抱き着いて来た。

 誠次は心羽を受け止めながら、天を見上げる。大粒の雨が降り注ぐ中、一機のヘリコプターが旋回しているのが見てとれた。


「――ウラーッ!」


 そんな屋上から、なにか威勢のいい掛け声を上げながら、雨水の滝と共に男が飛び降りてくる。次々と形成魔法による足場を作り出し、それを宙に浮かべては、恐れる様子もなく飛び降りてきている。


「なんだあれ……」「なにあれ……」


 呆気にとられる誠次と心羽のちょうど目の前まで、男は降り立って来ていた。形成魔法で作った半透明の足場に立ち、興味深げに誠次と心羽を睨みつける。


「よぉ、サムライボーイ!」 


 野心剝き出しの狡猾こうかつな笑みを浮かべ、屋上から飛来した大柄の男は俊敏な身のこなしで誠次の掴んでいた手すりまで飛び移る。


「外国人? 何語!?」


 聞き取れずに戸惑う誠次の前で、男は手すりを踏み台に再度高く跳躍する。


「どうせお互いに言葉は理解できねえんだ」


 男は誠次の真後ろに着地すると、すぐさま攻撃魔法の魔法式を展開する。

 敵意の魔法の光にさらされた誠次は慌てて身を動かし、男の右手を払い退ける。

 

「やりあおうぜ!?」

「ちっ!」

 

 誠次はすぐそばにあったホログラム映像で浮かぶリアルなマネキンを、映像出力機ごと足で蹴り倒す。するとホログラムのマネキンが傾きだし、あたかも本物の人間が倒れ込むように、突如襲い掛かって来た男に向け倒れた。


「なんだコイツ!?」


 倒れてくるマネキンが本物の人間に見えたのだろう。男はほんの一瞬だけ怯んだようで、思わず身構えていた。


「今だ! 走るぞ心羽!」

「うん!」


 その隙に、誠次は心羽の手を引き、エスカレーターを駆け降りる。

 しかしエスカレーターの先からは、先ほど誠次にレストランの場所を訪ねて来た男性が逆走して駆け上がって来ているところだった。


「ダルコの野郎……っ!」


 忌々し気に何かを呟くその顔からは気さくそうな笑顔は消え去り、残っているのはこちらを見上げる鋭い眼光のみ。


「ウラギリモノは何処どこにいるっ!」


 先ほどのかたことな日本語は演技だったのだろうか、男はこちらに攻撃魔法の魔法式を発動しつつ、問うてくる。

 

「裏切者!?」


 誠次は背中に手を回すと、迷うことなく袋のチャックを一気に開けながら、男に飛び掛かる。


「接近戦をするつもりか!」


 魔法式を解除した男が咄嗟に殴りかかってきたが、今度はそれをしゃがんでかわしつつ、しゃがんだ勢いで袋から飛び出したレヴァテインを伸ばしていた右手でキャッチし、男の喉元に剣先を向ける。


「やるな……」

「はら、しょー……?」

 

 英語ではない言葉に、誠次は戸惑う。

 半永続的に動いているエスカレーター上で男は素早く身を翻すと、誠次に向けて回し蹴りを繰り出してくる。男の腰は高く、足は長い。それは戦闘において、脅威的な武器と化す。


「このっ!」


 誠次はレヴァテインを咄嗟に引き、男の回し蹴りをエスカレーターを上りながら退避すると、反撃に振り返りながらレヴァテインを振るう。レヴァテインは男の左肩を鋭く切り裂き、男は左肩を抑えて悲鳴をあげた。


「魔術師ならばいますぐ治療しろ!」

「クソッ!」


 額に汗を滲ませる男は、左肩を右手で抑えたままずるずると後退し、動き続けるエスカレーターの途中から横に身体を倒し、飛び降りる。


「っ!? 待て!」


 追い掛けようとした誠次の元へ頭上から飛来する、氷属性の魔法アイシクルエッジつぶて


「上!?」


 誠次は咄嗟に立ち止まり、自身の身体に直撃するコースで迫る礫を全てレヴァテインで斬り落とす。砕かれた氷の破片が照明の光を受け、きらめく。

 魔法で攻撃して来たのは、新手の敵だった。一方で落ちた男は、冷静に形成魔法の足場を作って、反対側の階層に着地している。


「やるじゃないか? サムライボーイ」


 屋上からこちらを見下ろす女性が、腕を伸ばしながら言ってくる。状況的に見て、飛んでいたヘリに乗っていたのだろう。女性が立つ屋上と誠次のいる中層との距離はかなり離れているが、そこから魔法で正確な狙撃をしてきたようだ。それも、エスカレーター上で動いているこちらへ向け。怪我をしながらも冷静に形成魔法で足場を作って離脱した男も含め、敵の技量はかなりのものだ。


「何者だ!? 日本人ではないな!」

「降伏したらキスしてやるよ。サムライボーイ」


 どうやら連中は、こちらの事を゛サムライボーイ゛と呼んでいるようだ。それ以外は、相変わらず聞き取れないが。目的は裏切者とやらの捕獲か、抹殺か……いずれにせよ情報を吐かせるためにこちらを捕縛する気でいるようだ。


「せーじ、下を見てみて」

「下?」


 一緒にエスカレーターを降りた心羽の指摘通り、柵から下を見てみる。

 逃げようとしている人の波が、押し留められている。南棟の出入り口にはすでに、魔法による結界が貼られていた。若い人が必死に魔法障壁を解除しようとしているが、複雑なのか、手間取っているようだ。


「せーじ。心羽だったら、皆を逃がしてあげられるかもしれない」


 続いて心羽は、誠次を真剣な表情で見つめ、言ってくる。


「あの魔法障壁を、解除できそうなのか?」


 うんと、心羽は頷く。


「心羽。みんなを助けたい!」

「わかった。俺が一階まで連れて行く! みんなを助けよう!」


 八ノ夜との合流も大事だが、まずは無関係の人たちを逃がしてやらなければ。落雷と豪雨が止まらぬマウンテンペアの南棟で、誠次と心羽は頷き合う。

 二人に立ちふさがったのは、新手の外国人の男であった。

 誠次は心羽の防御魔法の中から飛び出すと、攻撃魔法を展開していた男の太ももを素早く横に斬る。


「浅い!?」

「邪魔だ! 退け!」

 

 相手が魔術師たちならば、治癒魔法が出来るはずだ。誠次はそうと断定して、心羽の手を引き、走り出す。


「この程度の切り傷で……っ!」


 男は誠次の追撃を恐れたのか防御魔法を展開しようとしていたが、誠次が走り去ったのを見て、急いで治癒魔法を自分の太ももにあてる。


「止まれ!」


 屋上からこちらを見下ろす女性が、氷属性の魔法を放ってくる。


「せーじは守る!」


 心羽が左手ですぐに《プロト》を発動し、氷の刃は魔法の壁によって弾かれる。


「ガキが!」


 エスカレーターを心羽と共に降りていると、下から大柄の男がこちらに向けて手を伸ばしてくる。その大きな右手から、雷属性の魔法元素エレメントの光が輝いていた。

 

「行かせろーっ!」


 誠次は男の懐まで一気に接近すると、レヴァテインの柄を勢いよく持ち上げ、男の顎を打つ。顎を抑えて怯んだ男の腹を蹴り、道を開く。


「っく!?」


 真横から飛んできた風属性の魔法である緑色の刃が、誠次の鼻先を掠めて店のショーウインドウに激突。窓ガラスが音を立てて割れ、粉々に吹き飛ぶ。

 見れば、向かいの通路上からもこちらを狙う外国人がいた。


「危ない心羽!」

「きゃっ」


 挟撃される!? そう直感した誠次は、心羽の身体を押し倒し、魔法の直撃をかわした。頭上で掠めた風属性の攻撃魔法は、誠次のすぐ横のショーウインドウに激突。強固なガラスは粉々に砕け散っていた。

 顔を上げた誠次の顔は青冷めていた。立て続けに、飛び散ったガラス片に一斉にかかる、物体浮遊の汎用魔法。鋭利なガラス片が空中で停止し、一斉にこちらへ向いていたのだ。


「これは……心羽! 防御魔法を!」

「うん」

 

 誠次に押し倒されたままの心羽は左手を伸ばし、冷静に防御魔法を発動する。直後、無数のガラスの刃が心羽の防御魔法に飛来する。


「くっ……!」

「……っ!」


 誠次は心羽の腕をとり、すぐに立たせてやる。


「痛かったか?」

「ううん。それよりも心羽、初めて守られたのかも……」


 それが嬉しいようで、心羽はこんな状況でも頬を微かに赤く染め、誠次を見つめて来る。


「大丈夫だ。心羽は絶対に守る……!」


 誠次が頭に手を添えると、心羽は髪の毛の耳と尻尾を嬉しそうにぴんと立てる。

 氷属性の魔法が、二人の間を切り裂くように飛来してくる。


「さっきから上から狙撃してくるアイツが邪魔だな……」


 釣り目の女性はなおも正確な照準で、誠次と心羽のいるところを属性魔法を用いて狙撃してくる。


「心羽も、さすがに当てられない……」

「――ウラーッ!」


 苦戦する二人の元へ、一階から最初に現れたタトゥー男が再び、威勢よく飛び上がって来た。


「またお前か!」


 立ち止まった誠次はレヴァテインを構え、男を睨む。


「いいぜサムライボーイ。乗ってきたッ!」


 男は胸から刃渡りの長いナイフを、腰からは細身のダガーのようなナイフをそれぞれ取り出し、二刀流で構える。リーチはこちらの方が格段に上だが、向こうには機動性と手数がある。

 背中の心羽は頭上から放たれてくる魔法に対し、防御魔法を発動していた。


「耐えられるか心羽?」

「なん、とか……」

「そいつはお前の子供か? いくらなんでも早すぎるぜサムライボーイ?」


 じりじりと横に大きく回るように歩きながら、男はにやにやと嗤いかけてくる。


「調子に乗るなっ!」


 言葉は分からないが馬鹿にされていることは分かった。誠次の叫び声に、男が一瞬で接近し、サバイバルナイフを勢いよく振るう。

 誠次はレヴァテインでそれを弾き返すが、続いてダガーナイフによる突き攻撃。

 身体を捻り、鋭い一撃をかわしてみせるが、男は軽くジャンプし、誠次の胸に膝蹴りを喰らわす。


「がっ!?」


 速すぎる連撃を捉えることが出来ず、誠次は男と一旦間合いを離そうとするが、男は俊敏な動作で懐まで潜り込んでくる。リーチの差を埋め合わせるような戦い方に、誠次は対処できないでいた。


「っ!? こんな時に頭が……っ!」


 薬物を注射された後遺症が、誠次の身体を確実にむしばんでいた。突如として再来した頭痛に、思わず左手で頭を押さえつけた誠次を男は見逃さない。


「? おいおい。……隙が大きいぜ!?」


 何度か攻撃を弾き返すが、誠次の服を掠めるところまで男の攻撃は迫って来ていた。


「……このまま……負けるかー!」


 叫んだ誠次はレヴァテインを横に一閃し、男と間合いを離す。

 男はサバイバルナイフを構えるが、頭痛を押さえつけた誠次とレヴァテインのリーチある一撃はそれを弾き飛ばす。


「やるじゃねぇか」


 男が驚き、にやりと笑う。


「喰らえっ!」


 その手に握られているダガーナイフを誠次は蹴り飛ばし、男の腹をレヴァテインで斜めに斬る。


「……痛ってーな!」


 男は恨めし気に腹部を抑え、後退していく。


「せーじっ。心羽、もう……っ」


 気づけば、心羽の防御魔法が崩壊寸前まで来ていた。敵の猛攻をここまで凌いでいたのは、さすがであったが。


「心羽!?」

「敵の協力者はもれなく排除する。たとえ子供だろうと」


 冷ややかだが、女性が声を荒げて言ってくる。相変わらず何と言っているのか、内容は分からないが。

 そして、


「――ウラーッ!」


 男が三度、下層から飛び出して姿を現す。


「おいおいサムライボーイ。あんな浅い傷だけしかつけねーとは、舐めてんのか!?」


 べえと舌を伸ばし、男は今度は素手で構える。傷は治癒魔法の応急処置でふさいだのか、服に血こそ滲んでいるものの、当人はさして痛みを感じていないようだ。


「いい加減にしつこいぞ!」


 誠次はレヴァテインを構えこそするが、自分を狙撃から守ってくれた心羽の防御魔法は、もう破壊されていた。


「第三Rラウンドとしゃれこもうぜ?」

「っち!」


 心羽を自分の後ろへ下がらせながら、誠次は男へレヴァテインを振るう。

 レヴァテインの斬撃を男はかわすと、あらかじめ用意しておいたのか、大剣のように大きくぶ厚いガラス片を魔法で自在に操り、こちらを切り裂こうとしてくる。


「ほらほら。ガラスがお前とダンスしたいってさ!」

「接近できない!?」

「当たれ!」


 ガラスとつばぜり合うと、超高度からの狙撃が執拗に誠次を狙う。


「っ! このままでは……!」


 ガラスから後退する誠次であったが、男は見た目とは裏腹の器用さで、ガラス片をもう一枚操り、誠次の退路を塞ぐ。宙を舞う二枚のガラス片は、誠次の隙を見ては一時停止し、突撃を開始する。

 誠次は身を躍らせ、ガラス片の一つを叩き斬る。粉々に割れたガラスを男は早々に捨て、また新たなガラス片に物体浮遊の魔法を浴びせる。


「きりがない……」

「――《フレア》!」


 誠次の後方、一階に続くエスカレーターより、誰かが炎属性の魔法を唱える。どこか聞き覚えのある、威厳ある男の声でもって。


「なんだ!?」

「ぐわっ!?」


 灼熱の炎属性魔法が、敵が点在する箇所に向けて次々と。小さな太陽ともいうべき火球が、敵のいるところへ、正確に着弾していた。


「この距離まで……属性魔法だと!?」


 それは雨にも風にも負けず、心羽も狙い撃てないと言っていた、崩壊した屋上の物陰に身を隠す女性の元へも届く。


「サムライボーイの味方か!?」


 呆気にとられる男が叫ぶ。

 誠次はその隙を突き、レヴァテインを振るい、男の左太ももを斬りつける。切り口からは大量の血が、シャワーのように噴き出していた。


「――やまなッシャーッ!」


 ぺたぺたと足音を立てながら、なんとやまなっしーが歩いてくる。状況的に考えて、どうやらやまなっしーが炎属性の魔法を使い、援護してくれたようだ。


「や、やまなっしー?」


 身を隠していた心羽が戸惑っている。

 男の足を斬った誠次も唖然とし、自分の横に立つやまなっしーを見つめる。


「やるじゃねーか着ぐるみファースーツ! だがよッ!」


 男が嬉々とした表情でガラス片を操り、やまなっしーの胴を切り裂く。

 胴体が破裂してしまったやまなっしーはみるみるうちに萎んでいき、やがて中から青年が姿を見せる。

 

「やまなっしー、萎んじゃった……」


 心羽がしゅんとする中、


「なるべく子供の夢を壊したくはなかったのだけどな……」


 物悲し気な声とは裏腹に、やる気に満ち溢れた声。真冬だと言うのにタンクトップ姿の兵頭賢吾ひょうどうけんごが姿を現していた。

 握手のくだりと言い、先ほどの魔法と言い、誠次は思わず笑いそうになるがレヴァテインを構え直す。生身の人を斬ったレヴァテインだったが、その美しい刀身に血が付いてもなお、威厳と誇りが穢れることはない。


「こ、心羽、子供じゃないもん!」

「はは。それは悪かったな!」


 心羽がむきになって怒るが、兵頭は満足気に笑いかけながら、誠次の横に立つ。


「偶然だな誠次少年! 君の姿を見た時は着ぐるみの中で驚いていたぞ!」


 レヴァテインを油断なく構えたままの誠次は視線を一瞬だけ横へ向け、兵頭に問う。


「ど、どうしてここに?」

「バイトだ。もう進路も決まってるし、暇だったからな」


 バイトで山梨県まで。拍子抜けするような偶然の連鎖に流石に呆気に取られかけたが、すぐに誠次は兵頭の横に立ち、レヴァテインを構える。


「助かりました兵頭先輩! 一階の人を逃がさないと。俺は心羽と一緒に、魔法障壁の解除へ向かいます」

「わかった。ならここは俺に任せろ誠次少年! 君は隙を見てその娘と一緒に離脱するんだ」

「感謝します。貴方とは敵としてではなく、味方として共闘したかったんですよ」

「奇遇だな誠次少年! この俺もだ!」


 誠次の研ぎ澄まされた視線の先では、男――ダルコ・グラズノフが治癒魔法による即席の治療を終えたところだ。まるで不死鳥の如く蘇る男は、まだまだ戦う気でいるようで。


「いいぜ……いいぜ……サムライボーイとファースーツ。乗ってきたァッ!」


 第4Rだ……とダルコはわらう。一般人ならばすでに戦闘不可能に陥るほどの痛みが彼の身体に襲い掛かっているはずだが、まるでダルコはそれらを戦闘の原動力に変えているようだった。

 平穏の時に降り立った狂気の敵たちと、誠次は対峙する。


挿絵(By みてみん)

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