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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
東の魔女が消えた
161/211

7 ☆

 昼の二時には、六畳間のルーナ宅に制服姿で計四名の華やかな女子高生たちがやって来ていた。

 ぱっつんぱっつんに膨れ上がった買い物袋を物体浮遊の魔法で浮かばせていた香月こうづきが、畳の上に袋を降ろす。


「ありがとう詩音しおん。助かったわ」

「いえ。篠上しのかみさんはこの後が大変そうだから、このくらいは平気よ」


 篠上は得意げに腕を持ち上げていた。


「鍋はダシを作って材料を下ごしらえするくらいだし、ちゃっちゃと終わらすわ。それよりこの美味しそうな匂い……」

「良い匂いね……」


 先に六畳間に入った篠上と香月が二人して、鼻をすんすんと鳴らす。


「よく来てくれた。狭いがくつろいでくれ」  


 制服姿のルーナが部屋の奥からやって来て、四人を出迎える。


「すごい。友達同士で二人暮らしなんだね?」

「ご両親は大使館の方で住み込みを?」


 来たばかりだから無いかもしれないとのことで、調理器具を持った桜庭さくらば千尋ちひろが六畳間の中を見渡している。


「そ、そうなんだ。仲が良い家同士だったから、丁度いいと言う事でな……」


 忙しいクリシュティナに代わって、ルーナが応答する。


「ヴィザリウスの寮に住んじゃえばいいのに」


 桜庭が提案してくるが、そうはいかない都合が二人にはあった。


「クリシュティナさん?」


 香月から受け取った買い物袋を片手に持つ篠上が、もう一人の住人に声を掛けていた。

 部屋の奥では、制服にエプロン姿のクリシュティナが、包丁を片手に調理台の前で立っていた。


「いらっしゃいませ」


 クリシュティナはぺこりと一礼すると、忙しそうに料理に戻っていく。

 計六人の人が六畳間に集えば、それはそれはたいそうな圧迫感であった。極北生まれ、極北育ちのルーナからすればこの密度が作る気温だけで、全身から汗が出てきそうになる。


「クリシュティナちゃん、わざわざいいのに」


 篠上が頑張るクリシュティナを見て苦笑している。


「い、いえ。皆さんをお招きするのに、失礼があってはいけませんから」


 メイドとしての口調と言うよりは、ほんの少し、別の何かの感情が混ざったクリシュティナの言葉遣いであった。

 こうして、六畳間に集った六人の少女によって、球技大会の打ち上げが開催された。


「美味しそう……」


 部屋の中央に置かれた四角いテーブルの上に置かれた皿に盛ってある焼いたパンのような食べ物を見つめ、正座をしている香月が喉を鳴らす。

 クリシュティナがもてなしの為に作っていたロシア料理の一つであり、一口サイズにお菓子感覚で作られたピロシキであった。総菜パンではあるが、デザートの為に味付けは甘く、中には果物も入っている。


「お口に合うといいのですが……」

「クリシィの作るピロシキは最高に美味いぞ」


 ルーナが畳の上に座り、山盛りのうちの一つに手を伸ばし、口に運んでいた。


「いただくわ」


 香月が手をそっと伸ばし、ピロシキをかじってみる。さくさくの食感に、中から果物の甘みが広がり、とても美味しかった。


「美味しいわ、すごく……」


 ほんのりと頬を赤く染め、自分がかじったピロシキをまじまじと見つめ、香月は感想を述べる。


「良かったです」


 クリシュティナはほっと一息つくと、制服エプロン姿の篠上と同じく料理作業に戻っていく。

 料理が出来る二人を待っている間、ルーナは自分たちが育った国であるロシアの事を話してやっていた。日本との違いは、様々である。ピロシキをお菓子に、桜庭もお返しにルーナへ日本の事について話してやっていた。


「――カラオケ、か……。聞いたことはあるが、今度行ってみたいな。このみんなで」


 ルーナは腕を組み、微笑みながら言う。

 みんなで、と言われたことが嬉しかったのか、桜庭はうんと大きく頷く。


「英語の音楽もいっぱいあるよ! ロシアと言ったら……あ、゛モスクワ、モスクワ゛だよね!? 小学校の時運動会で踊ったなー」


 ピロシキを美味しそうに頬張っていた桜庭が、突如腕を振り回し、なぜかロシアの首都名を連呼しだす。


「? な、なんだそのロシアを崇めるような曲は……?」

「ああ! それなら私も知っています! ゛じんじんじんぎすかーん゛! ですよね!? クラスの男の子が歌ってました!」


 篠上を手伝っていた千尋が桜庭の肩に手を添え、ピロシキを一つ手に取りながら、なぜか北海道の郷土料理を連呼しだす。

 

「? 二人とも何を言ってるんだ……?」


 意味不明の歌を口ずさまれ、ルーナはひたすら首を傾げていた。


                 ※


 木々を反射する綺麗な水面に、魚釣り用のウキが浮かんでいる。山々から覗く太陽の光は、水面に向け伸びる釣り糸の線を光らせていた。近々天気が崩れるそうだが、山の天気は変わりやすい。良い方にも悪い方に転がるのだろう。

 富士五湖の湖に向け、誠次せいじは広げた折り畳みパイプ椅子に座り、釣り竿を支えていた。普段はレヴァテインを振っているぶん、竿はやけに軽く感じるものだ。


「わく、わく……」


 傍らでは心羽ここはが、新鮮な野菜が入ったかごを両手に持ち、誠次の釣果を期待するような眼差しを向けている。波を打つ風に合わせ、尻尾が左右にゆったりと揺れている。


「釣れないね」

「釣れないな」

 

 心羽の期待するような眼差しの前、格好いいところも見せたく、ボウズで終わるわけにはいかない。


「釣りとは、忍耐だからな。何が起きても動じない心が必要なんだ」

「深い、ね」


 うむ、と目を閉じて頷きながら語る誠次に、なるほど、と心羽は頷く。

 教えを説く誠次は内心で、焦りに焦っていた。なんでもいいから、せめて一匹でも釣れてはくれないだろうかと。

 時間がゆっくりと流れていく。何年も前から変わらない大自然の中、誠次と心羽は会話をしながら、魚が釣れるのを待ち続けた。


「釣れないね」

「釣れないな」

「そうだせーじ。心羽、魔法でお魚捕まえるよ?」

「ナイスアイデ……いや、それは釣りじゃない、狩りだ」


 釣りの楽しみどころを根本からひっくり返そうとする発言に、誠次はおっかなびっくりにツッコむ。

 

「ところで心羽……。ずっと横で見てて、楽しいのか?」


 もうかれこれ数十分は、心羽は横に立っている。座ってもいいと差し出したベンチも、いらないと心羽は首を横に振っていた。誠次は横目で少々申し訳なく、心羽を見る。


「せーじとお話するのが、楽しいから、ここにいる」


 心羽はにこっと微笑んでから、誠次と目線を合わせて来た。

 ウキが沈みかけたのは、水面下の魚がつついたからだろうか。

 顔を微かに赤くした誠次は、釣竿をぎゅっと握り締め直した。


「これは将来が楽しみだね天瀬くん。何か釣れたか?」


 後ろから福田ふくだがやってくる。手には、四角形をした何か大きなものを持っている。


「福田さん。いえ、何もです……」

「魚も寒いから冬眠しているのかもね」


 福田はそう言いながら、誠次の横にあった折り畳み椅子を広げて座る。そして、手に持っていた木造りの台を誠次との間に置く。

 黒い線が引かれ、いくつもの正方形の仕切りが描かれているその台は、将棋盤であった。


「将棋、ですか?」

「釣れるまで老人の相手をするのも悪くはない。もちろん、ハンデはつけるよ」

「俺、それでもいつも負けていたような気がします」


 子供の頃はそれでもむきになって何回も挑んでいたが、何度も何度も返り討ちにあっていた気がする。しかし、知識を身に着けた今なら越えられるかもしれないと言う、予感もあった。


「単純な戦いさ。果たしてどちらが先に王をとれるか……」


 福田のしわのよった目元の瞳に宿る、一瞬の光。

 魚釣りの暇つぶしの為に、誠次は福田と将棋を指すことにした。


               ※


 鍋がぐつぐつと音を立て、煮えている。テーブルの上に鍋敷きを挟んで置かれたもくもくと煙が出ている鍋を、六人の女子が囲んでいた。

 

「狭いし、圧迫感が尋常じゃないわね……」


 箸を持つ香月が、左右をジト目で見つめて言う。六人が一つの鍋をつつこうものなら、ブレザーを脱いでシャツを腕まくりした肌と肌が密着しそうになる。左右にいるのが゛篠上とルーナならば、なおさらだ゛。


「箸はこう、人差し指と親指を合わせまして……」

「こ、こうか……?」 


 千尋がルーナに箸の持ち方を教えてやっている。悪戦苦闘しているようだが、箸の持ち方を習得しておきたいようで。


「ルーナちゃんさん、とても器用ですね」


 香月が塩味の鍋のスープを味わっていたところ、ルーナはすでに箸を器用に持ってみせ、取り出した肉を美味しそうに食べている。


(もう、箸の持ち方をマスターしたの……?)


 いくらなんでも早すぎる習得スピードに、香月は箸で掴んでいた白菜をぽろりと落とす。


「この挟む感覚……。クセになりそうだな……。なんだか賢くなった気もするな」


 ルーナは握った箸の先と先をかちかちと合わせ、頬をほのかに赤く添め、何やらお宝を見つけた子供のような顔をしている。

 思えば、日本語の習得も昨日と一昨日まで翻訳アプリを使って会話をしていた人とは思えないほど進んでいる。


「クリシュティナさんもほら」

「私は……ありがとう、ございます」


 桜庭がとってやった小皿を、クリシュティナは遠慮がちにだが、受け取る。クリシュティナは箸の扱い方を元から心得ているのか、割り箸を割り、摘まんだしいたけを口に運ぶ。


「美味しいな、クリシィ。繊細な味付けなのがよく分かる」

「そうですね、ルーナ。身も心も温まりそうです」


 日本語での会話も、まるでネイティブのようにこなし始めている。

 

「どうしたの詩音? 具はまだあるから遠慮しないでいいのよ?」


 ルーナとクリシュティナを見ていると、篠上に声を掛けられ、香月ははっと顔を上げる。


「なんでもないわ。ありがとう、篠上さん」

「天瀬の事、心配?」

「え……」


 そう尋ねてきた篠上も、どこか浮かない表情をしていた。


「隠さなくていいわ。だって千尋も莉緒も内心で心配なのに、ああやって明るく振舞ってるし」


 言われ、香月は桜庭と千尋の顔をそれぞれ見てみる。確かに笑顔の合間に見える表情は、この宴会を心から楽しめているとは言えないほど、どこかむなしい思いを感じる。


「……本城さんの家にみんなで行った時を思い出すわ。あの時も、天瀬あませくんがいなくなって……」

「そうね……。本当、何やってんのよ……アイツ……」


 思いつめた表情をしているのは、篠上も同じであった。今までは気丈に振舞っていたようだが、やはり彼女も寂しさを感じている。

 篠上が離れれば、自然と話す相手はルーナとなる。ルーナは、先ほどの篠上との会話を聞いていたようで。


「みんなが仲が良いことは分かった。しかし気になるのは、天瀬誠次との繋がりだ」

「貴女にとって、それは重要なの?」


 二人とも鍋を食べる手を止め、細めた目で会話をする。周りがうるさい分、余計に静かに感じる二人のだ。


「重要かどうかは、今は問題ではないだろう? 私は個人的に天瀬誠次に興味があるんだ。彼がどのような経緯で剣術士と呼ばれるようになったのかなどな」


 ルーナは勝気な態度を崩すことなく、香月に質問をする。

 正座をする香月は、右手に箸を、左手に取り皿を持ったまま、背筋を伸ばしまた、動じることなく澄ました顔で口を開いた。


「一生懸命に悩んで戦って守り抜いてくれる……。それは壮大なものじゃなくて、身近にあるとても小さくて、でもとても大切なものを……」


 仲良さげにお喋りをする友達を眺め、香月は言う。


「私たちは、そんな彼を守る力を持っている……」

「剣術士が守るのに、君たちが守る力か。いささかな矛盾だな」


 ルーナは肩を竦める。


「でも、それは悪い事じゃないと思うの。お互いがお互いを思い合えるのは、すごく素敵な事だと思うから……」

「……日本人らしいな」


 ルーナの声は、勝気なものではなくなっていた。差別的な意味ではない、と前置きとばかりに述べたルーナは、肩を落とし、次にはこう言うのであった。 


「私の祖国にも……剣術士のような存在がいれば、滅ぶこともなかったのだろうな……」

「祖国……? ロシアじゃないのかしら?」

「っ。なんでもない、忘れてくれ……。鍋が冷める、食おうじゃないか」


 ルーナはそう言うと、懐から黄色いマヨネーズが入ったボトルを取り出す。


「る、ルーナさん……。何をしているのかしら……?」

「綾奈の作った鍋は十分美味いのだが、ここにマヨネーズをかければもっと美味くなると思ってな。なんだ……君もかけるか?」


 きらきらとコバルトブルーの目を光らせ、ルーナはずいとマヨネーズボトルの先を香月に向けて来る。

 香月は白い眉をぴくりと寄せる。


「全力で遠慮するわ」  


                  ※


 澄んだ水面の上を、ウキが優雅に漂っている。

 将棋盤の上で、福田が投じた一投は、優勢のはずだった誠次の盤面を大きく覆した。ぱちんと乾いた音が鳴り、将棋の中で強いとされている飛車と言う駒を奪われる。


「飛車を、取られた……。優勢だったはずなのに……」

「はっはっは。天瀬くんは囮に使った桂馬に見事に誘わてしまったようだ」


 桂馬。まるで馬が跳躍をするように駒をまたぎ、将棋の駒の中でも目立つ動きをする駒によって陣地を攪乱かくらんされ、誠次はあっという間に劣勢となっていた。


「桂馬は不規則な動きをする。動きに気を取られ、本筋を見誤りやすい」

「本筋?」

「王をとるという事。自分の行動の目標を忘れてはいかんよ」


 なまりのある言葉遣いで、福田は満足そうに笑う。

 

「そして――味方だったものは、もしかしたら敵に寝返る可能性も秘めている」


 福田の手により、味方だったはずの飛車が、敵となって再び盤面に姿を現す。


「飛車……」


 味方だった存在に王を狙われ、誠次はくちびるを噛み締める。


「せーじ、負けちゃうの?」


 心羽が心配して、誠次の横顔を覗き込む。将棋のルールや戦法は難しく、心羽では理解できていないだろうが、誠次の様子を見れば追い詰められているのは一目瞭然であった。


「敵になった飛車がこの位置……。打つ手がない……」


 自分の持つ少ない将棋の知識では、福田に一矢報いることもできなかった。

 

「おや、竿が動いているよ?」


 福田が誠次の背後を見て言う。

 地面の装置に固定した竿がしなっており、魚が餌に食いついたことを知らせている。


「あっ、急がないと!」


 誠次はすぐに身体を捻り、釣り竿を両手で握りしめる。


「こ、心羽も手伝う!」


 野菜を入れたかごを置き、緊張した面持ちの心羽も誠次の手に自身の小さな手を添える。


「大きいっ!?」

「重たいっ!」


 二人の掛け声が重なった時、水面から水飛沫が飛び上がる。釣りあげたのは、大きなニジマスであった。釣りあげた時の水飛沫が身体にかかり「きゃっ」と驚き声をあげた心羽は、水気を払うようにふりふりと身体を震わせる。髪の毛がぼあっと広がっているようだ。


「冷たいっ」

「大丈夫か心羽? 見事に水を浴びちゃったな」

「お嬢さんが身体を冷やしてはいかん。タオルを持ってきてあげよう」


 慌てる誠次と微笑む福田が、心羽を気遣っていた。

 釣り上げたニジマスが、将棋盤の上で跳ねる。駒は滅茶苦茶に吹き飛ばされ、てんやわんやな状況に、誠次は増々慌てていた。


「高そうな将棋盤が!」

「大丈夫だよ。百均ショップでうてきたものだから」

「ひ、百均のだったんですか……」


 福田はあくまで冷静に、暴れまわるニジマスを手で捕まえると、ニジマスの口に指を入れて針を取り出す。そして、なおも激しく抵抗するニジマスを、用意してあった氷水の入っているクーラーボックスの中に入れていた。


「しかし困った。これでは勝敗が分からなくなってしまった」


 ニジマスによって吹き飛ばされた将棋盤と駒を眺め、福田は腰に両手をあてて苦笑いをする。


「いえ、あの状況ではどうしたって俺の負けですよ……」


 完全に追い詰められていた状況だったため、経験の差から見ても、勝ち目はなかっただろう。

 後ろ髪をかいて言っていた誠次であったが、福田は「そんなことはない」と言いつつ、将棋の駒を拾い上げていた。


「確かにあの状況は君をあと一歩のところまで追い詰めていた。だけども、君が逆転できる可能性はまだあった。勝負とは、最後まで何が起こるか分からないもんだ」

「逆転するには、とても小さな可能性でしたけど……」

「たとえどんな劣勢だったとしても、だ。諦めてはいかん。君を信じて戦ってくれていた残りの駒は、君の事をまだ待っていたよ」


 福田は立ち上がると、誠次に将棋の駒をいくつか手渡してくる。香車、金将、銀将、歩兵……。駒は様々だった。

 右手に持った誠次は手の平の上のそれらを、ぎゅっと握り締めていた。


                      ※


 ルーナ宅。鍋を完食し、そろそろ帰り支度をしなければならない時間となっていたが。


「だからぁ……私はぁ、天瀬に早く帰ってきてほしいの……っ! 寂しいのっ!」

「うわーんっ! ぐす……っ」


 顔を真っ赤に染めている篠上と桜庭が、抱き着き合っている。


「どうせ私なんて……昔から根暗で、引っ込み思案で……いいところなんて一つも……」

「なんだか、すごく身体が熱いわ……ふぅ……」


 部屋の隅で体育座りをし、ずーんと沈み込んで畳の上で何やら指を這わす千尋に、おもむろに服を脱ぎたがる香月。


「……ルーナ」

「……クリシィ」


 どうしてこうなった……。

 ルーナとクリシュティナは、目の前で繰り広げられている痴態の数々に、気まずい表情で顔を見合わせる。

 原因は数分前にさかのぼる。クリシュティナが来客用に用意しておいた、ババと言うロシア料理のお菓子を食べた矢先だ。最初は気まずそうにしていた四人の女子とも、徐々に様子がおかしくなり、それぞれ痴態をさらけ出してしまっているのだ。


「考えられるとしたら、ラム酒、でしょうか……」


 しまった、と言う表情でクリシュティナに顎に手を添えていた。


「私たちの中では、普通の味付けだったのだが……」


 ルーナはしっとりとしたケーキのようなお菓子であるババを手に取り、口に放り込んでもぐもぐと咀嚼そしゃくする。ラム酒の風味が口いっぱいに広がり、やはりクリシュティナの手料理はとても美味しく感じる。


「しかし、やはり天瀬誠次は、クリスマスまで帰ってこないようだな……」


 どういうわけかこの四人の女子とも、誠次と深く関わりがあるようであった。それも、何やらただの友達同士ではないような――。


「私がヴィザリウス魔法学園までこの四人は送ろう。もうすぐ夜間外出禁止の時間になってしまうからな」

「ルーナ一人では無茶です。私も一緒に――」

「片付けがあるだろう。そっちを優先してくれ。クラスメイトを家に送り返すくらい、私にもできる」


 クリシュティナは感謝するように一礼し、引き下がる。


「さあ、君たちをヴィザリウス魔法学園まで案内する」

「天瀬ぇ……寂しいよぉ……」

「ぐす、ぐす……」

「私は、なんて駄目なのでしょうか……」

「はぁ……熱い。下着も脱ごうかしら……」

「……まず、全員立とうか……」


 結局、重要な情報も聞きだすことは出来なかった。この酔っ払いたちを学園まで連れ戻すのは大変なことになりそうだ、とルーナは青ざめた表情をしていた。


                  ※


「――゛ワイルドハント゛、と言う言葉をご存知でしょうか?」


 回転式の椅子の背もたれに背を深く預け、黒いスーツ姿の男は電子タブレットが出力する画像に向け話しかける。


「北欧の方で昔から伝えられている、冬の時期に行われる神々の狩りの事です。天から現れた神々が、逃げ惑う人間を狩猟する、それはそれはおっかない行事ですよ」


 部屋に飾られている自分が貰った数々の賞状やトロフィーを眺め、男は言う。


「これはまさしくそれですよ。狩猟とは本能と知能が上手く嚙み合ってこそ獲物を仕留める結果に繋がります。ええ。誘き出すための餌はすでに用意してますよ」


 肩に止まった自身の使い魔であるワシの顎下を撫でてやりながら、男は告げる。男の鋭い目つきは、獰猛な猛禽類を髣髴ほうふつとさせた。


「弱肉強食は世の常。食物連鎖の頂点に立とうとしている私たちならば、狩猟も得意ですよ」


 伸ばした腕に移動する大きなワシの使い魔を眺め、男はほくそ笑んでいた。

 

  特殊魔法治安維持組織シィスティム本部通路を歩く政府関係者二人組の後ろを、佐伯さえきは慣れた身のこなしで尾行する。

 二人の政府関係者は、時より周囲を気にする素振りを見せながらも、とあるところへ向かっているようだ。途中他の政府関係者とすれ違うと、向こうからお辞儀をされている為、それなりに高い地位にいる二人と見て間違いない。

 《インビジブル》を発動したまま、佐伯は二人の後を追っていた。

 

「――会見の時間は?」

「――計画に支障はない」


 歩きながら何やら話しているが、周囲に気を配っているのか、かすれ声で聞こえない。

 しかし、何かを企んでいることは確かだろう。 


「――あーあ。いやゲームできるのはいいけどさ、たまには外で日の光にあたりたいっつーの」

「――隊長からの指示なんですし、我慢……きゃっ!?」


 横から歩いて来た黒スーツ姿の新婚夫婦のうち、白い眼帯を掛けた南雲澄佳なぐもすみかと、佐伯はぶつかってしまう。

 身長も体格も一回り以上こちらが大きいため、よろめいたのは澄佳のほうであった。


(おっと、すまないな南雲なぐも

「な、え? い、今のは?」

「おい大丈夫か? たく片目見えないんだし、こけたんだろ?」


 まったく、と微笑むユエが、澄佳の両肩を後ろからそっと支えてやる。


「ありがとう、ユエさん……」

「ま、まあ、無茶すんなっつーの。お前は本当なら、もうこの仕事やめてもおかしくない身体なんだしよ」

「私も特殊魔法治安維持組織シィスティムのメンバーの一人です」

「は。そうかよ」


 見ているこちらが恥ずかしくなってしまいそうな、仲の良さだ。


(大事にしろよ、ユエ)


 この分ならば安泰そうだと微笑んだ佐伯は、道を開けてやってから、若き特殊魔法治安維持組織シィスティムの背中を見送っていた。


「? 今なんか……」

「どうしたんですか、ユエさん?」

「いやなんか、声が聞こえたような……俺、ゲームやりすぎ……?」


 澄佳の身体を支えてやっていたユエが、何も見えない廊下をじっと見つめていた。


 二人組の男が向かって行った先は、普段特殊魔法治安維持組織シィスティムのメンバーが使用するトレーニングルームだ。

 

「くそっ!」


 そこでは苛立ち声と、壁を思い切り叩く音が響く。胸元で虚しく光るのは、特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊長に与えられている特別な紋章バッジだ。

 日向ひゅうがは腕を壁に押し付け、苦渋の表情で汗ばんだ髪をかき上げる。


「待機指示をずっと続けて、いったい何をやっているんだ、局長は……」

 

 特殊魔法治安維持組織シィスティムとは、こうしてずっとトレーニングをし、待機しているだけの存在ではないはずだろう。

 様々な器具が並んでいるトレーニングルームを出た直後、日向を待っていたのは政府関係者の二人組の男だった。


日向蓮ひゅうがれんだな?」

「ええ」


 男の問いに、日向は簡潔に答える。彼らがここにいるのは、なんでもテロの攻撃の可能性がある特殊魔法治安維持組織シィスティム本部の警護の為だとか。外部との電波も遮断されているので、外の状況はよく分かっていない。


「先日は助かった。私たちの行いを疑う連中も、特殊魔法治安維持組織シィスティムの中にはいるようだが、君はよく協力してくれたな」

「自分は分隊を率いる隊長の身分です。隊の事を考え、軽率な行動を控えただけの事です」


 もしあの時、影塚かげつかの提案に従い、道を開けていたら――。あり得ない想像をしてしまった日向は、無言で軽く首を振る。


「立派な心掛けだ。特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊長にしておくには勿体ない」

特殊魔法治安維持組織シィスティムを馬鹿にしているのか?」


 そのような物言いに、日向は眉をひそめる。


「いや、気を悪くしたのなら謝罪しよう」

「君にだけ、教えておきたいことがあるんだ。政府もこの件は非常事態だと思っている」

「? 一体、何なのでしょうか」


 誘われるがまま、日向は政府関係者の言葉に耳を傾ける。


志藤しどう局長の事に、関してだ。君のように優秀で、本当に信用できる人にしか話せないことなんだ」

「そしてこれは、国家の危機でもある――」

「……っ!?」


 日向は黄色の目を、大きく見開いていた。


志藤しどう局長が、テロに情報を流していた反逆者……!?」


挿絵(By みてみん)

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